「……というわけです。私が知りうる情報の限りですと」
「なるほど……」
時間は幾分か過ぎてエルガノからこの世界における常識、文明、そして『神』にも等しい生命体がいることについて聞くことができた。その神にも等しい生命体は、聖書などに伝わる神や天使、それに悪魔のどれにも属さない不気味な形容をしており、その姿を見てしまったエルガノは俺と出会った時のように錯乱していたという。
興味深いのはここからだ。どうやらその神は別の神を山に閉じ込めてるいるのだという。
その山の名は『カダス』——。その山頂にある黒い城の中で別の神が住んでいるという話だ。だが今はどういう理由かは知らないが、その閉じ込めた神々はいなくなって無人の城となっている……という話をレン人から又聞きしてらしい。
そしてエルガノはそれ以上喋ることはなかった。単純にカダスについて分からないことが多いからだ。近づくだけでも難しい北方の山の頂き。そこを調査することは非常に難しいのだから仕方ない。
「ねぇ、フレイム。その神がニャルラトホテプという可能性はある?」
『十二分にあり得るわね。このレン高原周辺はニャルラトホテプの手が及んでいるのが少なくとも数世紀単位で分かっていることだし。それに……』
そこでフレイムの言葉が止まった。思考という名の、小石に躓いたようの一瞬だけ。
『……いや、違うか。エルガノは神官じゃないものね……』
と意味深に呟くだけ呟いて今度は沈黙する。いったいエルガノがなんだってんだ。
怪しいか怪しくないかで言えば怪しいし、信頼できるかできないかで言えば信頼できないけど、ソヤが頬を赤くして手打ちという形にしたのだ。ソヤが信じるなら信じるしかない。
「まあ兎にも角にも! その『カダス』って場所に行けば進展あり! ……ってことでいいんだよな?」
「そういうことになる……のかな?」
「ですが、そのカダスというのは遠い上に険しいのでしょう? 今の私たちでは厳しいと思いますわ……」
そう言ってソヤは自身の手にある武器を見つめる。
そこにあるのは、いつものチェーンソーではなくノコギリだ。同様にファビオラもいつもの炎を纏う機械仕掛けの斧『火砕サージ』ではなく、常識的な大きさの斧になっていてファビオラも「まあ心許ない」と心情をこぼした。
そう、二人は俺と違って武器を現出させるような能力は持っていない。こんな世界でも『魂』を手繰り寄せれば霧吟の魂を武器とした『流星丸』は手に取ることができる。
だけど二人は『ドリームランド』における制約で近代兵器は全部中世とかその辺りの文明レベルまで退化した武器となっている。それは服でも同じことが言える。
まさかフレイムに言っていた『この世界における置換』というのが、ここに来て影響を及ぼすなんて……。
「ソヤ、そんな装備で大丈夫か?」
「大丈夫じゃありませんわ、問題しかないですわ。私これでも非力な少女ですのよ」
非力な少女はチェーンソーをぶん回したりできないと思う。ということは言わないでおこう。
「エルガノ。『月光百合』みたいにソヤに渡せる武器とかある?」
「スコップぐらいしか……」
「どうする?」
「どうする? じゃねぇですわ。却下に決まってますわ」
陸軍において『円匙』と呼ばれる由緒正しき武器なのになぁ。某ゾンビが蔓延る学校アニメにも出るくらいには。
「私も斧以外の何かに変えたいわね。この世界では銃とか扱ってないの?」
「銃は見たことないですね……。それよりも頭数は大丈夫でしょうか? 私は戦闘に関してはからっきしなので……」
そう言ってエルガノは頭を再度抱える。きっと近代兵器がこの世界のどこかで取り扱っていないかを思い出そうとしているのだろう。
「うーん、だったらバイジュウとギンを探すところからにする? 合流できたんだし、意外と近くにいるかも」
『探すだけ無駄よ。二人ともドリームランドには来てないから』
「それ本当!?」
『詳細までは分からないわよ。ギンという男は、どうやったかは分からないけど覚醒の世界にいる』
「男……? 魔女なら須く女性なのでは……?」
「エルガノさんは気にしなくていいです」
一応は女性です。身体的な意味合いにおいては。
『バイジュウは覚醒と夢幻の狭間……。そこで彼女にとって最も辛い相手と戦っている……わかるのはそれくらいね』
最も辛い相手——。その単語で俺はグレイスとの対話が脳裏を過ぎる。
隕石を巡ってバイジュウは『ある人物』と会うことになる——と。
そその人物の名前をグレイスから告げられている。その名は『ミルク』だ。南極での出来事と『Ocean Spiral』での出来事を経て、そして今ここでミルクはバイジュウと出会うことになる。
そして、フレイムからバイジュウが最も辛い相手と戦うと言われたら——そんなのもう可能性は一つしかないじゃないか。
「じゃあ今、バイジュウは……」
『ミルクと殺し合いでもしてるんじゃない。従者になったら逆らうことなんて基本的にできないから』
なんて冷たいことをフレイムはこぼす。それが当然だからこそ、至って普通な態度のまま残酷な真実を告げられたことに、俺は一瞬聞き間違いなんじゃないかと思ってしまうほどだった。
だけど告げられた言葉そのものは本当のことだ。いくら俺が思考を停止させようが何も変わることはない。その事実を聞くことができたファビオラも黙しているのが何よりの証となる。
「……どうしたの、ファビオラ」
「……いや。アンタが考える必要ないことを思ってただけ」
けれどファビオラの沈黙は驚きと同時に思考も入り混じっていた。何かに気づいたような……そんな妙な言葉の空白が。
——その意味を、俺は瞬時に察してしまった。
そんな俺の思考が顔にも出ていたんだろう。
ファビオラは首を横に振って「口にしないで」と言いながら、手を握ったり閉じたりして心を落ち着かせようとする。
「……でも、本当にそうだったら?」
しかし、それは簡単に流していい話じゃない。下手をしたら自分に取って最も愛する人間を手にかけてしまう行為だ。
分かっている。ファビオラだって元々は情報機関に所属していた現場担当のエージェントだったんだ。エミリオやヴィラみたいに人の生き死を何度だって目にしたし、奪うこともあったに違いない。だから命のやりとりに動揺することなんて今更すぎることだ。
それでも相手が相手だ。心が揺らがないなんて逆に人としてダメだ。それでは『魔女』とか『従者』とか以前に本当の意味で狂気に取り憑かれたモノと化してしまう。
ファビオラは俺の心配を察してくれたのだろう。
バカにでもするように大きなため息を吐くと、メガネを直しながら言った。
「お灸を据えるだけですよ。主人の不始末はメイドが請け負います」
「それに言ってしまいましたからね」とファビオラは落ち着いた呼吸のまま話を続ける。
「もし、次いけない事を言ったら、ファビオラもちょっぴり本気でお説教します。いつもみたいに逃がしませんからね——と」
——それはニューモリダスに行く航空機の中で交わした中にあったほんの小さな一幕に過ぎない言葉。その約束をファビオラは覚えていた。
「もしもそうなったら私がスクルドお嬢様を止める。だからアンタは気にしないで」
ファビオラの決意は固くて熱くて揺るがない。覚悟を炎として俺に表明した。
そんな気持ちを俺は軽々しく物申すことなんてできはしない。俺はただ静かに「うん」と一言頷き、ファビオラは女性にしてはやけにニヒルな笑みを浮かべて言った。
「絶対にスクルドお嬢様は助けるから」
…………
……
とりあえず行動指針は決まった。
まずは武器とかの物資を調達することになった。カダスなどの場所に向かおうにも、ここは世界が広くて人間の足だけでは活動に限界がある。もちろん食料も同様だ。
だからエルガノさんからレン高原を中心に交易(という文化があるかは若干怪しいが)してる都市があるかどうかを聞いて、長期活動ができる環境を目指すことになった。
あわよくばこの広い世界を迅速に行動できるような……それこそムーンビーストが乗ってやったきた『船』とか、あわよくば『飛行船』みたいな足があれば、このドリームランドという世界で動くのに面倒なことにならずに済むだろう。そういうのが都市にあればいいのだが。
『というわけでやってきました。『インクアノク』でございます』
「なにこの大理石だけ作ったような不気味な都市……」
エルガノさんが予め教えてくれたということと、フレイムの道案内もあってファビオラ、ソヤ、俺の3人は迷うことなく『インクアノク』という都市に到着することができた。
形容する、大理石みたいであると。
あたり一面の建物が妙に艶やかな石でできた物ばかりであり、そこではレン人以外にも造形が違う種族が結構盛んに交易を行っていた。普通に金銭らしき物資の受け渡しを起こっているし、どうやら俺たちが知ってる世界に近いシステムなようで安心してしまう。
しかしなんだ、この悪趣味というか、文化的にそういうのか分からない妙に目に悪い建物は。
なんかお高く纏まったビジネスビルが使ってるようなお高い縞模様の大理石を建材にしてるような……そんな趣味の悪さが滲み出たアレな都市が『インキアノク』なのだ。
「これはオニキスね……。二酸化ケイ素を主成分とする結晶体を使うなんて……」
「二酸化ケイ素?」
聞く感じだと二酸化炭素みたいで非常に危なく感じます、ファビオラさん。
「『溶岩』とか『ガラス』に使われる物質よ。状態や圧縮濃度で色々と使用用途が多岐に渡っているけど、使い方を誤れば人体に害を及ぼす劇物でもあるの。医学的に発癌性物質を持つことが証明されてるしね」
溶岩と発癌性というワードだけで脳内で『ヤバい』というイメージが瞬時に固まった。とりあえず危険が危ないってことだけは理解できた。
「でも使い方次第では結構便利だったりするのよ。例えば車の『コーティング』とかをする際に『シリカガラス』とかあるんだけど、このシリカって部分は二酸化ケイ素のことを言ってて、ワックスみたいに吹き付けて時間が経てば、こんな風に嫌らしいくらい光沢がつく優れものだったりする」
「へ〜〜」
……って待てよ。
「じゃあ、ここって言い換えれば『ガラスの都市』になるってこと!?」
「まあ、そういうことになるわね」
「だったら、全部の建物が防弾仕様なのか……」
「……『防弾ガラス』と『ガラス』の主成分は別物よ。ラミネート構造……と言っても長くなるだけだし、ともかく二酸化ケイ素を主成分としたガラスは一点集中の力や熱に弱いのよね」
「こんな風に」とファビオラは指を弾くだけで炎が出現し、その熱にやられて建物の極一部が飴細工のように溶けた。
「二酸化ケイ素さん頼りねぇ……」
「そもそも『炎』とか『熱』に対抗できる物質の方が少ないんだけどね。人間だって40℃で熱中症で脳がグチャグチャになるし、水は100℃で沸騰して気化する。鉄とか、それこそ二酸化ケイ素は1600℃くらいで溶けるのに、太陽なんか表面だけで6000℃で核までいけば1600万℃。熱の世界なんてそんなもんよ」
「ちなみに一般家庭で使うコンロの火は1400℃から1900℃よ」とファビオラ付け加えてくれた。
流石は火の魔法を使える上にメイドというだけはあって、そういう部門には相当に詳しいらしい。なのに調理技術が身につかないのは何故なのだろう。
「しかし、ここの種族はレン人よりかは人間に近い形をしてるけど……なんかこう……違うよなぁ」
都市の構造には見飽きたので、次はここにいる種族へと目を向ける。
そこにいるのは顔立ちや肌色は千差万別だが、目も眉毛も耳も手も足も鼻穴も二つあるパッと見じゃなくて人間に見える。当然ながら口は一つだ。上とか下とかの口は言及しないぞ。
けれどよく見ると雰囲気が人間じゃないと分かる。視覚的な情報じゃない。感覚的な物だから何とも言えないが……一言で表すなら『オーラ』があるといえばいいだろうか。
天使ならば翼と輪っかをイメージするように、なんというか。芸能人ならどこか隠しきれない華やかさや上品さがあるみたいな……そういう根本的な部分が違うと確信できた。
「エルガノ曰くここは『本来の神々』と呼ぶべき存在の血を引いた者がいるらしいですわ。そういう部分がレンさんが感じてるものかと」
といいながらソヤは無警戒にも住人に話しかけていた。言葉はどうやら半分ぐらいは通じてるような様子であり、何度かジェスチャーを入り混じる。
しばらくするとソヤに話しかけられた住人は、謎の作法を見せて頭を下げると何のトラブルもなく離れていき、そのソヤ自身は珍しい体験をしたことに興奮して笑みを浮かべていた。
「よく話しかけられるな……」
「臭いで敵意がないのは分かりますわ〜〜♡ 少なくともここの住人は理由がない限り、私たちを襲うことはなさそうですし♡」
こういう時でも便利だな『共感覚』ってのは。きっとこの世界の共通言語ってのは、言葉じゃなくて感情なんだろう。
「で、アンタは何を話してたの?」
「言葉の一部一部は分からないので詳しくはありませんが、ここらで一番栄えてる都市はどこなのかと聞いてましたわ」
ファビオラの質問にソヤは言葉が詰まる様子もなく答えると、その指先をある方向へと向けて説明を続ける。
「どうやら海を越えた先にあるとのことでして、そこならあるのではないかと」
「色々喋ってくれたんだな」
「ええ。都市名も教えてくれましたわ。正確な発音からはかけ離れておりますが、あえて発音するなら『セレファイス』という場所とのことですわ」
などと雑談を入り混じりながらソヤの案内を下にこの都市の港湾へとたどり着いた。
当然俺とファビオラは現地人とコミュニケーションは取れないし、フレイムだってこの世界の住人には認識できないようで、何もないと言わんばかりで視線の焦点が合わない。
となると、ここでの交流は全部ソヤ頼みだ。
港につくと、即座にソヤは船に関係ありそうな商人に話しかけて交渉を始める。
俺たちはただそれを眺めてるだけだ。やることも話すこともないし、あたりを見渡しても海しか見えない。
欠伸でもしながら待ち続けていると、ソヤと商人はその手にある金銭らしき物体と、これまた鍵みたいな物体を入れ替えると、満面の笑みを浮かべてソヤはこちらに戻ってきた。
「無事に入船の許可を頂きましたわ〜〜♡」
「ここでの金銭ってどうなってるの……?」
「材質は全く違いますが、金貨とか銀貨みたいなやり取りしてるみたいですわね」
「マザーエルガノから幾らか貰っててよかったですわ♡」と艶やかな声と共と、少しの不安を覚えながらソヤが借りた(購入?)した船へと乗り込んだ。
どうやら個人利用するクルーザーみたいなタイプであり、他の乗客はいない。それどころか商人は受付以外の仕事はないと言わんばかりに俺たち3人が乗りこむのを見終わると「早くどこか行きなさい」と暗に伝えるように視線を背けて、自らの仕事へと戻っていった。
「ところでソヤ。これはどう動かすの?」
「……さあ?」
「気分は泥舟ね」
それを言わないでくれ、ファビオラ。同じことを思っていたから。
どういう仕組みで動くかも一切不明な船。気分は願いを叶える7つの球に出てくるポッド型宇宙船を試運転する時と似ており、どこか押し間違えたら自爆するんじゃないかと、おっかなびっくりにパネルを操作していく。
『今触ったのが発進するパネルよ。横のが速度調整と旋回調整ね』
「そういえばフレイムに頼ればいいのか……」
なんて思っていたのは束の間。フレイムの丁寧な説明で無事に出航することに成功した。
速度としては並かどうかも不明。何故ならこういう小型クルーザーに乗るのは『OS事件』でマリルの乱暴な運転に乗って以来だ。何が普通で何が異常なのかもわからない速度のまま南東方向にある『セレファイス』という都市を目指していく。
「優雅なクルーズですわ〜〜……」
「そういえば、ここでの食文化とかどうなってるのかしら? このクルーザーには食糧庫とかないし……」
「釣竿は備え付けられておりますし、そこらへんは自給自足になるのでは?」
「だいぶサバイバルだねぇ。寄生虫とか怖いけど、まあ大抵は焼けば大丈夫か」
「でもRPGなら、こういう時に海のヌシ的な存在が出てきたりして冒険の邪魔してきたりするんだよなぁ」
——なんて言ってしまったのが悪かった。俗に言うフラグというやつを立ててしまったのだ。
『この世界に人間が踏み込むとは……身の程知らずとはこのことか』
地響きと雷鳴が入り混じったような威厳溢れる声が届くと同時に、突然として海が裂けていく。それこそ有名なモーゼの十戒の如くパックリと開いて、滝のように海がそこに落ちてく。
するとどうだ。海の底から人の形をした屈強で髭面で強面の男が、タコだかイカだか魚だかよく分からない巨大な海洋生物に乗って姿を見せたのだ。
怖いとか、そういう次元じゃない。本能が警鐘を鳴らしてしまう。この髭男はまともじゃないと。確実に人間とか、この世界にいる種族とか、そういう生命体という括りから超越した存在であると。
——逆らってはいけない。逆らったら、絶対に無事じゃすまない。
『人間の気配が感じたが……赤羽も一緒とはな』
『オイッス。今はフレイムという名前でよろしくね、おじいちゃん』
知り合いなの!? フレイムはこのポセイドンみたいな筋肉ムキムキ髭が似合うダンディな方と!?
『あっと、皆に紹介しようか』
そう言って、フレイムはバスガイドが観光名所の案内と説明をするかのような丁寧な手つきと声色で告げた。
『この人は『ノーデンス』——。正真正銘の神様さ』