魔女兵器 〜Another Real〜   作:かにみそスープ

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第15節 ~莉伜蓑逾(■■■)~

「ミルクッ!!」

 

「うおっ!? 急に大きな声出さないでっ!?」

 

 暗闇の世界から目覚めたバイジュウは親友の名を叫ぶ。

 錯乱した頭では周りの状況を把握することなんてできるわけがなく、癇癪でも起こしたかのようにクラウディアの背でバイジュウは暴れ出した。

 

「ミルク……ミルクッ!! ミルクはどこっ!?」

 

「目覚めてすぐ牛乳? 赤ん坊にでもなった?」

 

「そんなわけ……っ!!」

 

 自分を背負うクラウディアを押しのけてバイジュウはミルクを探しに行こうと動こうとした瞬間、酷く鋭い痛みが伝わってきた。

 動かそうにも動かせない。何故なのかとバイジュウは痛みの原因となる場所に視線を下ろすと、そこには脹脛部分の骨が折れて反対向きに向いてる足先が見えた。

 

 

 

 そうだ——。こっちの世界だと四肢がまともに動かせないんだ——。

 

 

 

 痛みで沸騰していた思考が沈着していく。世界の輪郭を少しずつ捉えて、いつもの知ろうとするバイジュウの理性が冴えていく。

 今ここは華雲宮城で『無形の扉』ことフリーメイソンの支社の中だ。麒麟によって四肢の骨が機能しないようにされていて戦闘行為どころか自分で歩くことさえままならない。そういう状況であったことを再認識した。

 

「やっと落ち着いた……。さっきは煽ってごめんなさいね」

 

「大丈夫です。一周回って落ち着くことができましたから」

 

「で、ミルクがどうしたの?」

 

 クラウディアは周囲の警戒をしながらもバイジュウの様子を見る。起きて突然親友の名を叫んで錯乱したのだから、詮索するのが当然であろう。

 

 バイジュウは痛みを堪える意味も込めて深呼吸をすると、暗闇の世界で起きたことを全てクラウディアに伝えた。余すことなく本当に全てだ。

 ヨグ=ソトースのこと。ニャルラトホテプのこと。そして『契約者』として解放されたミルクは肉体がないからこちらの世界に来ても消えてしまうことを。

 

「そっか……。『あの方』はそこまで腐ったことをするか……」

 

「……今なんて?」

 

 クラウディアの言葉にバイジュウは疑問を覚えた。何故ならヨグ=ソトースをそんな呼び方をするなんて、とどのつまり——。

 

「何も言ってない——。良い女の条件は、無闇に人の情事に踏み込まないこと。分かったかしら?」

 

 最初で銭湯に入った時と同じだ。クラウディアは頑なに自身の過去を語ろうとしない。きっと後ろめたいことがあるのだろう。バイジュウだって同じように後悔のある過去を持っている。

 

 だから知られたくない気持ちは人一倍理解してしまう。人には土足で踏み込まれたくないものもある。

 

 ならば聞けない。それ以上はバイジュウの口からクラウディアを問い質す理由がなかった。『魂』を認識できるからこそ、今のクラウディアがどういう思いで聞いているの理解してしまい、それを知らんぷりして無責任に馬鹿みたいに聞くことができなかった。

 

 

 

 きっとミルクなら、それさえも呑み込んで踏み込むんだろうな。私の時みたいに——。

 

 

 

 ミルクの事を思うだけで涙が溢れてしまう。溢れる激情を堰き止めようとすると、感情が脳を侵食して思考と世界が真っ白になってしまう。音も、視界も、すべてがバイジュウにとって不要な情報となって過ぎ去っていく。心に流れ、巡るのはミルクとの思い出だけだ。

 

 ミルクと一緒にいた日々は本当に色付いていた。彼女はバイジュウの知らないことを教えてくれて手を引いてくれた。

 

 まだまだ不愛想の愛嬌なしの仏頂面だったのに、ミルクは本当に楽しそうにどこにでも連れて行ってくれた。カフェ、レストラン、雑貨屋——日常の範囲でバイジュウも利用しているのに、彼女がいるだけで別の世界に見えるほどに楽しくて華やかになった。

 大学の講習も知識を詰め込むだけの場所だと思っていたのに、彼女が隣にいるだけで大学の何気ない日々さえも掛け替えのない宝物となっていった。

 

 学食での日替わり定食に舌鼓を打つミルク——。

 ゲームセンターで一緒に楽しむミルク——。

 水族館や遊園地を駆け回ったミルク——。

 

 

 

 ——バイジュウちゃん。

 

 

 

 思うだけでこんなにもミルクを感じているのに。思うだけでミルクは私の傍にいてくれているのに——。

 そんな幻に囚われてしまうほどに、今の自分はこんなにも心身ともに弱り切っているのか——。

 

 

 

 ——バイジュウちゃん!

 

 

 

 無価値と化した五感ではバイジュウに届くはずがない。

 ならば呼びかける声は何なんだ? 私の心が見せる幻なのか、夢なのか? 

 

 だったら夢でもいい。もう一度深海の底に返して、暖かくて冷たいゆりかごの夢に戻して。ミルクがいない世界なんて、私にとって光がない世界も同然なのだから。

 

 

 

 ——バイジュウちゃん!!

 

 

 

 

 

 ——違う。私を呼びかける声は夢じゃない。今確かに存在する『魂』の鼓動だ。

 ——これは幻でも、錯覚でも、思い込みでも、夢でもない。

 

 

 

 

 

「……いる。まだ、そこにいる……」

 

「いるって?」

 

「ミルクがここにっ!! 私の目の前にいる!!」

 

 

 

 虚空に向かってバイジュウは手を伸ばす。クラウディアからすれば意味不明だが、バイジュウからすれば話が違う。『魂』を認識できるからこそ知ってしまった。

 

 

 

 ——眼前に、行く宛もなく彷徨い続けるミルクの魂があることを。

 

 

 

「いやっ……! 行かないで、ミルクっ! ミルクっ!!」

 

「どーどー! ミルクbotになってるよ!?」

 

「ミルクが行っちゃうッ!!」

 

 

 

 痛みなんか知るもんか。冷やかしも知ったことか。

 かつてないほどアドレナリンが噴き出し、身体中の痛みを置き去りにして何とかしてミルクの魂にしがみ付こうとバイジュウは画策する。

 

 だけど擦り抜けてしまう。この能力は『魂』を認識するだけで触れることはできない。バイジュウの冷たい指先では、ミルクの温かい心を感じることができない。

 

 これほど歯痒い思いはない。今そこに、確実に、ミルクの魂はあるというのに。

 このままでは今度こそミルクの魂が霧散してしまう。一人寂しい世界へと、本当の永劫に囚われてしまう。

 

 けれど諦めるなんて選択肢があるわけない。今のミルクはヨグ=ソトースの手にないのだから、ここから先はバイジュウの独壇場だ。どんな手を使ってでも、自分が払える代償ならいくらでもミルクに捧ぐ。

 

 バイジュウは追憶する——。

 ミルクの魂をどうにかして保護するための手段を——。

 

 

 …………

 ……

 

 

「魂に介入する方法を教えてほしい……ですか?」

 

「ええ。私の能力は認識できるだけで、特に何かできるわけではないので……」

 

 それはある日の霧守神社での出来事。

 レンの鍛錬の成果とギンの存在を聞き、バイジュウも知識ぐらいは得ようと霧夕の下へと出向いたことがあった。

 

「う〜〜ん。バイジュウさんは私みたいな憑依の素質はなさそうですし……レンさんみたいな感じでもなさそうですよねぇ」

 

「……やっぱり無理そうですか?」

 

「いえ。方法は一つだけはありませんので」

 

 そう言いながら霧夕は道場の壁に飾ってあった木刀や竹刀をバイジュウへと差しだした。

 なんだと思ったが、能力で魂を認識できるバイジュウはすぐさま理解した。霧夕が差し出した二つに魂の残滓が存在していることを。

 

「レンさんにも話しましたが『物にも魂が宿る』という言葉があります。これを『付喪神』というのですが、これは魂と物体が近しい関係であればあるほど定着しやすい物になります」

 

「魂と物体が近しい関係?」

 

「要はどれだけ大事にして、どれほど長く身につけたかですね。例えばバイジュウさんなら、その髪飾りや青い首飾りとか」

 

「その付喪神にはいったいどんな意味が?」

 

「特にはないですよ。魂だけでは無力なんですから。今ここで大人しく暇な神様してるウズメ様みたいに」

 

『お前、最近妾の扱い酷くない?』

 

「信仰者が数十人しかいない神様とか有り難み薄いですから」

 

『はぁ~~。妾もVtuberというのになって信仰を集めたほうがいいのかのぉ』

 

「今よりかは健全ですね」と霧夕は適当に流し、茶を啜るとバイジュウとの話を再開させた。

 

「けれどレンさんや私みたいに魂に応える力があるなら、その付喪神を利用して技術や知識を引き出したりもできますが……バイジュウさんの場合は少し違う用途として利用できるかもしれませんね」

 

「違う用途として?」

 

「物に魂が宿るということは、ある意味では物と人が一体化しているという意味でもあり、魂の色や形が同調しやすいんです。言い換えれば『同じ匂い』がする——と言ってもいいかもしれません」

 

「同じ匂い……」

 

「ですからバイジュウさんが付喪神を利用すれば、落とし物とかを探すのに便利かもしれませんね。長年愛用してる財布や腕時計をなくした時とかにでも試してみては?」

 

「私は犬やキノコを探す豚扱いですかっ!?」

 

 

 ……

 …………

 

 

 

 そうだ。『腕時計』がある——。

 一時的でもミルクの魂の依代になれる腕時計が——。

 

 

 

 バイジュウは自身の腕に装着している腕時計をミルクの魂に向かって翳す。

『魂』を認識する能力で既に分かっている。この腕時計にはミルクの残滓がある。付喪神となる素質があるなら、ここで腕時計にミルクの魂を宿せば保護することができる。

 

 ベアトリーチェが『黄金バタフライ』にいた時みたいに——。

 ハインリッヒが『トスハイム青金石柱』に眠っていた時みたいに——。

 ソヤが『チェーンソー』に封印された時みたいに——。 

 ギンが『妖刀』から解放された時みたいに——。

 

 

 

 そうなれば、後はレンに任せれば万事解決してくれる——。 

 

 

 

「ミルク! 今だけはこの腕時計の中に入って!!」

 

 

 

 バイジュウの言葉に、薄れ揺らぐミルクの魂が呼応した。 

 腕時計が宿す残滓に引かれてミルクの魂が定着していく。消えかかっていた魂の輪郭は確かな形となって、ミルクという存在を確立させてくれた。

 

 

 

「よかった……。だけど……」

 

 

 

 これでレンが目覚めれば万事解決——というわけにもいかない。何せ『魂』という存在は曖昧で儚いものだ。霧夕から教えを乞う時に「付喪神は物言わぬ魂でもある。それは決して生きてはいません」とも付け加えるほどに。

 

 今この場で腕時計のままミルクを放置していたら、やがて魂が腐ってしまう。

 結局は急場しのぎでしかなく、時間さえくれば結果は変わらずにミルクは消えてしまう——。

 

 

 

 一刻も早く、レンと接触しないといけない——。

 そう考えた時、バイジュウはようやく周囲の状況を把握して疑問を溢した。 

 

 

 

「……そういえばレンさんは?」

 

「レンちゃんは私の傍で寝っ転がってるわよ」

 

 そう言ってクラウディアは地べたで大の字で放置されてるレンを指さした。

 涎垂らして眠る余りの馬鹿面に、バイジュウも緊張と興奮の糸が切れて、痛みと共にその場で崩れて落ちてしまう。

 

「とりあえず応急処置だけでもしとこうか」

 

 クラウディアは慣れた手つきで処置を始めた。

 SIDの応急キットは選り取り見取りであり、痛み止めとして強力なステロイド注射も常備してある。それを血管に打ち込み、足の骨折はエアロゲルスプレーで補強したギプスで外固定する。

 

 暫時経てば効力は現れて痛みが薄れていく。同時に筋肉も委縮して動けなくなるが、元々重傷で動けないのだから大して差はない。今のバイジュウは絶対安静なのだから。

 

 ますます思考は冷え切って、いつもの冷静沈着で聡明なバイジュウとしての面を覗かせる。周囲の状況が一段と鮮明に見えてきて、ようやくここにいるべきもう一人の人物がいないことに気づいた。

 

「ところでギンさんは?」

 

「お爺ちゃんは囮役を買ってくれたわよ。麒麟を止めない限りは私達の安全の保障はないからね」

 

 確かに。麒麟は執拗にバイジュウの事を狙っている。それは『無限鏡』の後でさえ動き続けようとしたことからも察しがつく。

 それに麒麟の実力はハッキリ言って魔女でさえも歯が立たないほどに研ぎ澄まされていて、ギンみたいな超人ではないと拮抗することさえ難しい。能力などない単純な戦闘能力であれば、ハインリッヒやエミリオでさえも太刀打ちすることなどできないのだから。

 

「でしたら今からの保障してあげましょうか?」

 

 なんて考えていたら、背筋に氷柱でも突き刺すかのような人情を排除した男の声が届く。振り返ると、そこにはバイジュウにとって見覚えのある人物がいた。

 

 身なりの整った黒髪の紳士的な男性——。それ以上でもそれ以下でもない。その程度の特徴しかないのが逆に異様さを醸し出すその人物は、バイジュウをここに連れ込んだ張本人——。

 

「貴方は『朱雀』!?」

 

「麒麟に朱雀って……。へっ、ここの連中は他に玄武、白虎、青龍とかいるのかしら?」

 

「ご安心を。我らの名前など一時の物に過ぎない。今のところはいませんよ」

 

「今のところは……ねぇ」

 

 意味深な言い方にクラウディアは警戒しながらバイジュウと朱雀の間に立つ。

 今この場においてバイジュウとレンを守れるのはクラウディアのみだ。便利な能力は数多くあれど戦闘能力に関してはからっきしのクラウディアが、達人揃いの『無形の扉』の一員を相手にしなければならない状況だ——。

 

「今一度、交渉させていただきます、バイジュウ様。我らと共に歩みませんか? 貴方様を手に入れるためなら、我らは出来る限りの交換条件を吞み込みますよ。仲間に手を出させないことも、こちらが保有する異質物をSIDに提供することも」

 

(できれば避けたいから、何とかして折衷案を思い浮かぶか時間稼ぎしてよね、バイジュウ)

 

「お断りします。ミルクをないがしろにする貴方がたに加担する義理なんてありません」

 

 

 

 なんてクラウディアの願いは届くはずもなく、バイジュウは即座に否定した。

 となればこの後はもう分かりきっている。バイジュウを確保しようと朱雀は動き、それを邪魔するであろうクラウディアを叩きのめすということくらい。

 

 

 

「ならば力尽くといきましょう。覚悟してください」

 

「ちょいちょいちょい!! 待って! 私は戦闘とか不向きなんだって!!」

 

 朱雀はスーツの袖部分からトンファーを取り出して臨戦態勢に入る。同時に一歩、二歩と間合いを詰めてクラウディアの懐へと即座に飛び込んできた。

 腹部に一撃。頭部に一撃。戦闘の中でも特に苦手な近距離戦を仕掛けられては、クラウディアは抵抗することさえもできずに一方的な展開となってしまって戦いにさえならない。

 

 ならばどうすれば打開できるのか——。そんなものも分かりきっている。援軍が来ることだ。

 

「チェストォォオオオオッ!!」

 

 途端、クラウディアとの朱雀の間に一人の女性が力強く鋭い蹴りと共に割って入ってきた。

 鮮血のように赤黒い髪と黒いジャンパーを靡かせ、その健康的ながらも鍛えぬいたシャープな下半身は見る人すべてを魅了する艶やかさがある。

 

 その肉体美は一種芸術とも言えるだろう。外しはしたものの、流れるように続く足技で朱雀の間合いを引き離すと、赤髪の女性は乱れた服と髪を整え、余裕さえもある笑みを浮かべて言った。

 

「手負いの美女に手を出すだなんて紳士的じゃないね? いい歳こいたお偉いさんがそれだと嫌われちゃうよ~~?」

 

 その女性はバイジュウもクラウディアも見覚えはない。だけどその声にはクラウディアは覚えがあった。

 先ほどギンとクラウディアに忠言をくれた女性の声と同一の物だ。だとしたらその名前をクラウディアは知っている。

 

 

 

 赤髪の女性の名は『イナーラ』——。

 

 

 

「……お前がこうして動くとは珍しい」

 

「事情が事情だからね。今回は一肌脱がないといけないほど人材不足なのよ」

 

 イナーラは背中から輪状の形をした赤い物体を両手に構える。俗に言う『チャクラム』という武器だ。

 

「サポートをお願いしてもいいかしら、時止めの魔女さん?」

 

「……いいけど、あんま期待しないでよね!」

 

 一期一会の即興コンビが並ぶ。

 イナーラとクラウディアは共通する目的のために朱雀へと立ちはだかる。

 

 

 

 バイジュウとレンを守るという目的のために——。

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