魔女兵器 〜Another Real〜   作:かにみそスープ

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第16節 ~縺翫→縺弱?縺ェ縺(■■■■■■)~

 ギンは歩く。一人だけで歩き続ける。腹部の痛みに耐えながら宮殿内を。

 目的はただ一つ。『無形の扉』の代表である麒麟と互角に戦えるのは自分だけであり、彼女を相手に重荷は命取りになる。故に一人で挑まねばならない。

 

 抱える物は最低限だ。腰に携える双刀——異質物武器『天羽々斬』に、機動性を重視した和服型の戦闘服。そして相手に対する情けと容赦を排除する心構え。

 そこでギンは「いかんいかん」と少しだけ頭を振って思考をリセットさせる。情けと容赦は今回限りにおいては用意しておかないといけない。イナーラからの言伝ではあるが、グレイスという少女から「麒麟を殺してはいけない」と言われているのだから。

 

 正直、ギンの剣術は試合とか舞台用の気品と伝統がある利口で美しい物ではない。我流で極限にまで究めた殺人用の剣術だ。

 不意打ち常套、型破り常套、常識なんて放り捨てた手段を選ばない殺しが前提であり、よっぽど相手が格下でない限りは殺さずに戦うというのは結構厳しいものだ。

 

 だからこそ同格である麒麟に対して「殺さない」という制約はギンにとっては難しいことこの上ない。手を抜きたいが、相手は手を抜けるほど手緩い存在でもない。

 

 

 

 ——まあ、考えるのは性に合わん。戦いながら考えるとするか。

 ——儂からすれば麒麟を生かさないとならん理由も分からんし、善処ということにして挑むとしよう。

 

 

 

「……来てやったぞ、麒麟」

 

「私は正々堂々という言葉は別に好きではないんですが……まあ、貴方との戦いは少なからず心が躍る」

 

 

 

 思考の只中、ギンと麒麟は対峙する。互いに手負いの状態ではあるが、これでもそこらの戦力では歯が立ちはしない。二人の戦いに介入できるのは、この場においては誰もいない。

 二人は得物を構えて間合いを測る。ギンは刀で、麒麟は異質物武器『斉天大聖の棍棒』こと『如意棒』を——。

 

 互いに互いの性質は既に見切っている。異質物の特性ありきの攻撃などシンプルで強力であるがゆえに単調であり、読みあいには不向きだ。その僅かな一手の先読みと、一手の遅れが互いに致命傷になる以上、麒麟だっておいそれと如意棒を伸ばした射程無制限の棍術を披露することはできない。

 

 

 

 この場において最も信頼できるのは、お互いに自身が極めた戦闘経験と技量のみ——。

 

 

 

 互いに戦闘経験は豊富だ。

 かたや人生をすべて剣に捧げ、魂となった後も剣に捧げた時間が積み重ねた究極の力。

 かたや記憶と魂を一つの肉体に内包することで、技という技を人の数まで集約させた結束の力。

 

 性質は違えど、どちらも常人では到達できない領域。方向性が違うだけで、どちらも力としては極限の域に達している。

 となれば、二人の優劣が決まるとすればお互いの小さな差の積み重ねではない。己自身なのだ。

 

 

 

 これは相手に勝つ戦いではない。『自分に負けない戦い』という——。

 

 

 

 …………

 ……

 

 

 

 一方その頃、クラウディア達の戦いは旗色が悪いと言っていい状況だった。

 形だけ見ればイナーラとクラウディア相手に朱雀という二体一の状況ではあるし、バイジュウがレンとの間に入ることで、朱雀がレンを人質にしようとする作戦は予め潰している。『無形の扉』にとってバイジュウの存在そのものが目的なのだから。

 

 しかしそれでも『無形の扉』は少数精鋭ゆえに極めて個人能力が高水準なエージェントでもある。

 二対一なんて何のその。朱雀はトンファーという間合いとしては大したことない得物でも物ともしない。しなやかに踊るように戦うイナーラとは対極に、愚鈍で力押しの攻めの姿勢を崩しはしない。

 

 それはイナーラにとって最も嫌う展開だ。

 何故なら彼女の戦闘スタイルはチャクラム型の武器——『哉生・既死』は見た目とは裏腹に中距離で戦うことを前提として設計している。その性質は『舞う』ことで空気を刃へと変換して飛ばすという一風変わったものだ。

 

 故にイナーラの戦闘スタイルは優雅かつ華麗に舞う。戦闘の常識から外れた一見意味のない行動は、イナーラからすれば全て意味がある。

 回避行動はすべて攻撃へと変換されて、単純な攻撃は意味を成さないブラフとなる。特に不意打ちが常套手段であるイナーラにとって相手の油断を誘う動きに挟める攻撃は効率がいい。まるで彼女自身の掴み所のない性格のような性質を持つのが『哉生・既死』なのだ。

 

 

 

 ——だからこそ密着してれば強みを潰せるってわけね、こんにゃろ!

 

 

 

 だが、その性質と戦法を朱雀は立ち合って数十秒で理解した。

 舞うという行為は身体と心の一体化すること可能とする表現技法だ。故に『余裕』さえ奪えば心身の芸術的表現を形にする暇などできない。そうなれば『哉生・既死』はただのポンコツに成り下がる。それが朱雀の狙いだ。

 

 イナーラだってそれくらいの対処をされることは想定内だからこそ、ある程度の肉弾戦はできるように訓練しているが、男女という差と自衛用と戦闘用という実戦の経験値がモロに出てしまう。退けようにも退けられないのが今のイナーラの状況だ。

 

 だったら異質物武器に頼らない戦法を取りたいところだが、建物内では手榴弾などの爆発物を下手に使うことはできない。今回の目的はテロ活動ではないのだから、安易に無差別火力を放り込むわけにもいかない。

 小銃なんてもっと駄目だ。零距離の戦いでは既に得物を構えている朱雀の先手を許すことになり、その先手は次なる一手へと繋がって、一瞬であの世行きだ。

 ならば懐に忍ばせている酒を使って簡易的な発火攻撃を仕掛けてみるか。いや、多少の熱さに怯むのが関の山であり、その程度の小細工で何とかなるならここまで悩ませる必要はない。同様に肌着だけになってしまうが、ジャンパーをカーテン代わりに脱ぎ捨てて目隠しで距離を測るのも却下となる。

 

 

 

 どうするべきか——。なんて悩んだところで仕方がない。

 悩みは余裕をなくす。余裕は隙を見出す観察眼のためになくしてはならない。

 

 

 

 イナーラはただ信じるしかない。何ができるか怪しいクラウディアのサポートを。未だに未知数な所が多いクラウディアの能力の本質を。

 

 彼女の詳細をイナーラは依頼として調べたことがある。結果としてはイナーラですら『謎が多い』という女性ということを理解した。

 なにせ保護している当のSIDそのものがクラウディアのことを把握しきれていないのだ。というかSIDが把握してないからこそイナーラに調査依頼が来てしまうほどに謎に包まれている。

 

 年齢は自称二十歳。出身地は不明。能力も詳細不明。名前さえも生まれた時から名乗っていたか怪しいと、どれもこれも確実性がないという幻覚という概念が人間として出力されたかのように捉えようがない人物だ。イナーラが認めてしまうほどに。

 しかし『時止めの魔女』の異名通り、推測として『時を止める可能性がある』という部分は理解している。つまり『時』に干渉するような何か——。

 

 だが『時』というのは非常に曖昧な存在だ。そもそも時間というのは人間が勝手に決めた物にすぎない。地球が自転するのに24時間掛かり、太陽を一周するのに約365日掛かるからこそ『24時間は一日とし、一年を365日として定めている』のだ。

 となると時間の定義は太陽と地球の関係で成り立っている。そしてそれは『光』であり、ならば『光』と干渉してるのかと考えてしまう。クラウディアの『鏡』だって、光に干渉しているということを考えれば一応は納得することができる。

 

 しかしそれでは、ある部分がおかしくなってしまう。それは『物質の移動』だ。

 光とは質量を持たない。ならば物体を移動させるような芸当は不可能だ。送るのは『情報』だけであり、その『情報』で現実を侵食するというのは、それは『ミーム汚染』を超える悍ましい何かになってしまう。

 

 だったら『光』に関する何かに作用してるのか——。だがそれでは幅が広すぎる。

 色であり、距離であり、視覚であり、映像であり、現象であり、世界を形容する物すべてに密接に関わるのが光なのだから。

 

 そうなれば無差別に解釈を広げてしまう。そうなってしまえばキリがない。

 結果としてイナーラですらクラウディアの能力は調べきれなかった。今回の華雲宮城の探索で見せた『パンによる追跡』と『鏡を経由した転送』——。それにスクルドの身体を保護していた『時止め』もすべて『時間』としても『時』としても方向性が違うせいで本質がまるで見えない。

 

 しかし、それでも魔女が保有できる能力は原則的に一つだ。能力が多く見えるような魔女もいるが、それだって能力の大本から派生した応用に過ぎない。イルカが『宙に浮ける』のだって、電気の魔法を利用して『電磁浮遊』によるものと同じように。

 

 

 

 ——なんて呑気な思考は長く続けることはできない。身体能力の差で着実に広がるイナーラの決定的な隙は朱雀は見逃さずに捉えた。

 

 腹部に一閃。胃酸が逆流するような鋭くて重たい一撃に、イナーラは喉から響く呻き声を上げて姿勢を崩してしまう。続けて生み出された隙を朱雀は逃すわけがなく、貪欲に追撃を移ってさらに間合いを踏み込んだ。

 だがこの程度のピンチは想定内だ。バランスを崩す流れに合わせ、イナーラはそのまま大きく背中を逸らせて身を翻した。俗に言う『後方ブリッジ』という体位となってだ。

 

 靴底に仕込みナイフがある——。朱雀はそれを瞬時に見抜いて距離を測った。

 もちろんその予測は間違いではない。朱雀の顔に、金属の刃が紙一重で通過していった。イナーラ特製の仕込みナイフであり、ついでに神経に支障をきたす毒も塗り込んでいるというのに、その危機感を見逃さずに朱雀は脱した。

 

 しかし朱雀は警戒をさらに募らせる。そしてその警戒は無駄ではない。

 回避行動は体操の動き——つまりは『舞っている』のだ。頬を切り裂く風の刃が襲ってくるのは当然であり、朱雀は身を可能な限り小さくすることで被害を最小限に抑える。

 

 ところがどっこい。仕込みはまだある——。イナーラは内心ほくそ笑みながらも足先を朱雀へと迅速かつ丁寧に合わせた。

 スカートの中にはホルスターがある。小銃を仕込んだホルスターが。足を上げようする最中に照準を合わせ、その眉間に弾丸をぶち込む。

 

 しかし、それさえも朱雀は読み切って反射的にトンファーを盾代わりにして弾丸を凌いだ。

 

 

 

「防弾性のトンファーかよっ……!」

 

 

 

 何を想定してそんな改良を加えたのか謎だが、少数精鋭の組織なら修羅場の数もそれ相応にあるからこそ、そういう結論に至ったのだろう。イナーラは悪態をつきながら背中に仕込んでいたサブマシンガンを取り出して間合いを測る。

 

 

 

「面白い芸当を仕込んでいる。だが、これで隠し玉をいくつか失った。次はどんな芸を見せてくれるのかな?」

 

「嫌なおっさんねぇ~~。そんなにイナーラの秘密を剥くのがご熱心なのぉ?」

 

「ご熱心になるさ。お前が握っている情報は多い。一枚一枚丁寧にひん剥きたくなるほどにね」

 

 

 

 煽るために挑発した猫なで声ごときでは、朱雀は精神的駆け引きの土俵にさえ上がらない。ただそれも良しと考えでイナーラの挑発を受け流した。

 

 これだから年齢を重ねた野郎は弄びがいがなくてつまんない——。

 

 サブマシンガンを発砲するも、携帯性を求めてるため威力は最小限だ。

 もちろん一発でも急所に当たれば人の命など容易く奪えるが、防弾加工の服などを貫けるわけがなく、素肌が露出している朱雀の顔を狙おうにもトンファーで華麗に弾き返してくるんだからたまったもんじゃない。

 

 

 

 たくっ。『無形の扉』は代表以外も人外じゃない——。

 

 

 

 弾切れとなってしまえばサブマシンガンなど重荷にしかならず即座に投げ捨てる。リロードしてもいいのだが、その動作を朱雀が見逃すわけがないのは分かりきっている。確実にその隙を再び零距離での戦いに持ち込むだろう。

 

 故に武器は使い捨てる。残るは手榴弾が二つと、両足と懐に仕込んでる合計三つの小銃に、髪に隠してるナイフが一つに、口に含んでる針が数本。それにネイルアートに扮して毒を塗り込んだ爪と、髪留めに偽装した催涙弾に、ウエストポーチには弾薬の他にマニキュアとマスカラに容器に入れてある火薬燃料と選り取り見取りではあるが、いかんせん小手先ばかりで力の差を覆せる物じゃない。あくまで武器に限ればの話であるが。

 

 それでも手持ちの物でやるしかない。懐から小銃を瞬時に取り出して引き金を引く。その動作と並行して片足の小銃を手にし、二つの小銃で朱雀との牽制を行おうとする。

 

 だが先ほどの交戦で朱雀は理解した。イナーラには決定力となる武装が一切ないことを。

 トンファーを顔を守りながら、朱雀は一気に踏み込む。一歩で飛び込み、二歩で背後に。一瞬でイナーラの虚を突いて、小銃の照準を合わせられない場所へと入り込んだ。

 

 今度は逃がしはしない——。

 朱雀は首筋の肌着を掴み、一本背負いで地面に叩きつけようとした時——。

 

 

 突如としてイナーラの『胸が膨らみ』————『はじけ飛んだ』。

 

 

 

「くそっ……! 貴様、こんなものまで……っ!」

 

 弾け飛ぶ中身の正体は肉片でも血液でもない。『唐辛子の粉末』だ。つまり目くらまし——。

 車のエアバックみたいに、特定の衝撃を与えれば膨らんで爆散するように施したもの。色々なベンチャー企業をノラリクラリとするイナーラだからこそ特注できた云わば『防犯ブラジャー』と呼べるような代物だ。

 

「ごめんなさいねぇ~~。育ち盛りなもんで♪」

 

 なんて虚栄でも余裕を見せるが、こんな子供騙しでは拘束から抜け出すだけで精一杯だ。

 朱雀の猛攻が舞うことを許さない。もちろんイナーラの実力では朱雀と渡り合うなんて土台無理な話だ。自分の右手で自分の右肘に触ろうとするくらい確実に無理だ。

 

 だったら頼るしかない——。何もしないサポート役に頼るしか覆せない。

 

「ちょっと! クラウディア!」

 

 一向に援護が来ないクラウディアに向けて、イナーラは不満と怒りと焦燥を溢しながら一瞥する。

 

 するとどうだ。頼りにした人物は鏡をそこかしこに向けてブツブツと呟いているだけだった。

 

「なにやってんのよ、女ぁぁああああああ!!」

 

「これでも大真面目なのよっ!」

 

 なんて文句を飛ばしてもゲームや漫画みたいに都合よく時間が止まったり遅くなったりするわけもなく、朱雀は即座に見失ったイナーラへと視線を合わせた。

 

 まずいまずい——。もう自爆テロ覚悟で零距離で手榴弾ぶっ放すしかないのかもしれない。覚悟を決めるしかないのかもしれない。

 

「クラウディアっ! 限界っ! 援護っ! 何でもいいから早くっ!」

 

 切羽詰まって単純な伝達しかできないほどにイナーラは追いつめられる。

 今までふざけた応戦で切り抜いてきたから、迫る朱雀の表情には憤怒が見え隠れしていて、生命の危機をこれでもかとイナーラは感じた。

 

 

 

 ——やるか。やっちゃうか。自爆テロ。

 

 ——もしくは『一度きりの奥の手』を。

 

 

 

「はぁ~~。あんまやりたくなかったんだけどなぁ……」

 

 

 

 刹那——。

 世界が凍った。世界の時が凍ったのだ。

 

 空間そのものが作り替えられていく。現実が虚像に侵略されていく。

 その異質さにバイジュウだけが気づく。これはサモントンとの戦いでセラエノが放った『プラネットウィスパー』にも似た現象だと。

 

 

 

「イナーラ、バイジュウ。今から目を閉じ、耳を塞ぎなさい」

 

 

 

 異質な空間の中では、誰一人言葉を発することができない。

 否、この場において語り部しか言葉を紡ぐことが許されない。

 

 

 

「ここから先は御伽噺——。人魚は泡に、時と共に魔法は消え、王子のキスで姫は目覚める——」

 

 

 

 語り部は一人謡う。劇場の主役は、自分であるかのように。

 今までのクラウディアとはまるで別人だ——。演者であるかのように『誰か』に成りきっている——。

 

 

 

「——貴方に本当の私を見つけられるかしら?」

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