魔女兵器 〜Another Real〜   作:かにみそスープ

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24歳、覚醒です。(誕生日を迎えました)


第17節 ~荳肴?晁ュー縺ョ蝗ス(■■■■■)~

 クラウディアは自らの過去を語ることは決してしない。それには三つの理由があるからだ。

 

 一つは『不幸とはあり触れたもの』だからだ。

 異質物技術の発展で世界の均衡を保つ現代においては『七年戦争』を機に多くの人々が心身共に癒えぬ傷を負ってるのが常識だ。

 それは呑気で馬鹿をしているレン、変態として意気揚々としているソヤ、明るく姉貴肌をしているエミリオなども例外ではない。この世界では人々の心の奥底で不幸や不運などは刻み込まれており、だからこそ人の心に踏み込むことも、踏み込ませることも容易ではない。そんな中、自分勝手に自身の不幸を嘆こうとはクラウディアは思わなかった。

 

 二つは『話にするほどの不幸でもない』からだ。

 劇的な過去ではない。ただただ普通の、どこにでもある不幸の話。それを私が一番不幸なんです、と世界中の不幸を背負ったかのように我が物顔で語りたくないのだ。そんな三流にも満たない話を。

 

 三つ目が特に重要なことだ。だが周りから見れば「その程度のこと?」と言われるようなものだ。

 クラウディアは『現在、過去、未来』において『どこにも存在しない人物』ということだ。記録や記憶にないとか、社会的に抹殺されたとかではない。元々はクラウディアという人物から、派生して生まれたのが今のクラウディア——『時止めの魔女』なのだ。

 

 

 

 つまりは『空想の人物』——『虚像』や『想像』から産まれたのが『時止めの魔女』の正体なのだ。

 

 

 

 …………

 ……

 

 

 

「鏡よ、鏡よ。世界で一番美しいのは誰?」

 

「それは白雪姫でございます」

 

 クラウディアの出生は至って普通だ。

 内気で弱気で一人遊びが大好きなだけのどこにでもいる小さな女の子。ちょっと人付き合いが苦手で、小学校が終われば家に真っすぐ帰り、今日も今日とて一人遊びに興じております。

 玩具の鏡にプラスチック製の人形が何体と偽物のリンゴ。森っぽいシートを敷いて、今日はこれが彼女の劇場となる。舞台の名は有名な『白雪姫』であり、彼女が姫であり、魔女であり、王子であり、小人でもある。本日も拍手喝采で幕を下ろし、彼女は眠りにつく。

 

 

 

 明日も、明後日も——。その次も、次も——。

 一年先も、二年先も——。

 

 

 

「ねぇ先生……今日もクラウディアはまっすぐ帰ってきたんです……。学校で嫌な事とかされてないですよね?」

 

「断言はできませんが、少なくとも私が認知してる範囲ではありませんね。机に落書きとか、文房具をなくしたとか、お手洗いで暴行を受けてるとかもないです」

 

「それは分かります。私も怪我がないかと、毎日それとなく観察してるので……」

 

「ただ……周りから避けられているのも事実です。クラウディアちゃんは独り言をよく言っていて、それが周りの子供からは不気味に見えてるようで……それで疎遠に……」

 

「……やはり、そうですか。私もそれは感じてて……」

 

「イマジナリーフレンドというやつでしょうか。私は医者ではないので発言に責任は持てませんが……一度、病院で審査してもらったほうがいいかと」

 

 

 

 それは小学校高学年になっても続いた。皆がクラブや塾といった家庭や個人の事情による習い事や、交友関係による遊びを放課後に満喫する中、クラウディアの劇場は今日も繰り広げられる。親と先生の心配事なんて全く気にもせず、ただ自分の世界へと没頭する。

 

 親は単純に心配になった。小さな学校社会に馴染めずにこうして来る日も来る日も一人で遊び続けるクラウディアのことを。

 それだけならそれでいいのだ。元々幼少期はそういうものを抱えやすいものだと知ってるし、母も似たような経験もしたことある。クマのぬいぐるみに名前を付けたり、着せ替え人形に商品名とは別の名前を付けたりしたものだ。それは幼少期の成長と共になくなっていくものだと理解していた。だからこそ今まで生暖かい目で「いつになったらおませさんになるのかしら?」と我が子の成長を見守っていた。

 

 ただそれだって小学校低学年の内に抜けるのが一般的という。

 いくら内気なクラウディアでも、小学校高学年になってもイマジナリーフレンドが抜けないのは、何かしらの精神的な問題、あるいは環境的な問題があるのではないかと考えてしまう。

 だとしたらその問題を生み出しているのは誰だ? 学校でのストレスか? それとも家庭内で鬱屈を溜めてしまうような何かがあるのか? 母親からすれば気が気でない。

 

 

 

 最悪な場合はこういうことも考えないといけない。

 もしかしたら『発達障害』を抱えてしまっているのではないか——という考えを。

 

 

 

 だけどクラウディアの親は善性だった。発育は問題ないし、言語もしっかりとしている。勉強も運動も問題がないどころか、平均より上を維持している。

 だから信じた。クラウディアのイマジナリーフレンドはそういう個性で、少しだけ精神的な成長が未熟なだけの子であると。人間の成長において必ず発生する分離・個体化における移行対象への変遷が遅いだけのものであると。

 

 

 

 

 

 ——お子様は『解離性同一障害』の恐れがあります。

 

 

 

 

 

 けれど中学を卒業してもクラウディアの一人遊びと独り言が収まることはなかった。むしろ一層より深くしていき、不安の種を芽吹かせたクラウディアの親は病院へと移行。結果としてそういう診断内容を受け取った。

 

 

 

 原因は不明——。恐らくは幼少期からの内向的な遊びをし続けることで白雪姫、いばら姫、人魚姫、シンデレラなどの名立たる童話を演じてきたイマジナリーフレンドが、クラウディアの中で少しずつ芽生えて育んだ一面だと医者は言う。

 

 

 

 誰も悪くはなかった——。

 ストレスでも環境でもない。クラウディア自身が元々内包していた精神的な未熟さと内気さが、童話という物に触れることで奇跡的かつ偶発的に個体化しただけのことなのだ。

 

 

 

 つまり分離・個体化における移行対象の変遷を、クラウディアは自分自身を対象として『健やかに成長した』だけだったのだ。

 

 

 

 親は嘆くことはしなかった。腫物として扱うこともしなかった。ただそういう子だと素直に受け入れた。

 なによりクラウディアは分別を弁えていた。可能な限り社会では、もう一つの人格を表に出すことはしなかった。

 けれどそれで社会に溶け込めるかと言われたら否だ。クラウディアの一面は少しずつ露呈していき、少しずつ疎遠となっていく。そういう存在は単純に『気持ち悪い』のだからしょうがない。自分の中にもう一人自分がいるなんて『理解できない』のだから。

 

 

 

 ——大人になるってつまらないことだよね。子供ながらにクラウディアは思う。

 

 誰だって心の中に自分にしか見えない存在はあるというのに。誰だって空想に夢中になり、空想で生きた心の中にだけ存在する命があるというのに。

 

 一度くらい思っただろう。アイドルになりたいとか、歌手になりたいとか、お金持ちになりたいとか、そういう現実的な夢じゃない。

 勇者になりたい、お姫様になりたい、魔法使いになりたい、という空想的な夢を抱いただろう。

 

 子供から大人になる過程でそれを忘れてしまう。

 なんて残酷で、なんて我儘なんだろう。自分勝手に存在を証明したというのに、勝手に存在を否定するなんて。その理由が『気持ち悪い』とか『理解できない』とか、そんなつまらない理由で?

 

 肯定しろとは言わない。否定しないでとも言わない。ただ受け入れてほしい——。それさえも空想は許されないのか? 

 現実にいる生命が生きたいように、空想にいる生命も生きたいと思ってはいけないのか? ただ小さく、健やかに、思い出の中でジッとしているだけでもダメなのか?

 

 そうやって黙って、押し付けて、踏みにじるのが『大人』だというのなら——。

 そうやって空想を忘れて、否定して、捨てるのが『大人』としての成長というのなら——。

 

 

 

 ——私は一生、子供のままでいい。そんな大人になんてなりたくない。

 ——私にとって『私』こそが最高の友達で、家族で、恋人で、仇敵で、理想で、理解者なのだから。

 

 

 

 それが今いるクラウディアの正体だ。

 クラウディアという少女が童話という童話を重ね、生まれ育った演者としての内面が確固たる人格を得た——それが『時止めの魔女』が生まれた経緯となる。

 

 これでクラウディアの話はおしまい。プロローグとなりました。

 これからは一つの童話。第二部『時止めの魔女』の話となります。

 

 

 

 ——それでは開演いたしましょう! 素敵で不思議で、不敵で不可思議な童話の世界を!

 

 

 

 …………

 ……

 

 

 

「なんだ……この空間は?」

 

 異質な冷たい空気の淀みが終えた瞬間、朱雀の眼前に広がる世界は一変していた。

 絵に描いたようなグラデーションの境界が見える光。クレヨンで書き殴った歪な森。地面なのか怪しい無地の足場。

 まるで書きかけのキャンパスにでもいるような異常な世界だ。周囲を見渡しても先ほどまで戦闘していたイナーラがいない。それどころか目的であるバイジュウさえも。

 

「……催眠の一種と考えるべきか」

 

 しかしその程度で焦るほど朱雀は愚かではない。似たような経験は何度か味わっている。特に『ミーム汚染』に対抗するため、そういう認識の齟齬や差に精神的に与える揺さぶりを最小限に抑える訓練も組織は行っている。

 

 故に冷静沈着に朱雀は確認を行う。

 舌を強く噛んで痛覚が機能しているか。乗じて舌から流れる血の匂いに嗅覚は反応するか。ついでに血を舐めて味覚が働いているか。自身と周囲の物に触れて触覚が理解しているか。

 

 結果としてはどれも正常だということを理解した。

 だとしたら視界はどうか。朱雀はこういう催眠には慣れている。催眠の種類は大まかに分けて二種類しかない。『自分を騙す』か『自分以外を騙す』かのどちらかだ。周囲の認識を錯乱させたなら判別は難しいが、自分を騙すだけなら簡単な判別方法がある。

 

 朱雀は自分の『身体の中』に意識を集中させる。『正常に臓器の一部が存在しない』——。

 それで瞬時にどちらかを判別した。この世界は『自分以外を騙す』ことによって成立しているものだと。

 こういう『自分を騙す』場合の催眠は、自分にとっての都合のいい理想を思い浮かべて騙されてしまう。朱雀にとって七年戦争の影響で臓器の一部が腐ってしまったのは大きなコンプレックスだ。故にコンプレックスが解消されないことは、それらを判別するには打ってつけだった。

 

 となれば、この世界は後者で成り立っている幻惑の世界——。

 それが分かればどうということはない。絵空事は絵空事。空想なんて価値はない。形にならない限り、結果を示さない限り、空想なんて意味なんてないのだ。ただ平然と、冷静に、平常に、受け流すだけでいい。

 

 

 

 

 

 だからこそ——『時止めの魔女』の能力は真価を発揮する。

 この能力は空想を蔑ろにする者への『罰』なのだから——。

 

 

 

 

 

 ——それでは第二部の始まり始まり。題名は【不思議な世界と朱雀さん】!

 ——森に迷い人が来たれり。名前は朱雀というそうです。ダンディズム溢れる服と剃り跡が見える髭が逞しいですね!

 

 

 

「……なんだ、このわざとらしい解説は」

 

 どこからともなくクラウディアの声が朱雀に届く。空が震えるような、大地が浮くような不可思議な響きとなって森を騒つかせる。

 奇襲がいつ来てもいいように警戒を怠らずに朱雀は森を歩き続ける。しかし妙に落ち着かないというのが朱雀の本音でもあった。

 

 敵の手中にいるというのもあるが、それとは別の焦燥感。ここにいるだけで神経を逆撫でされたように痒くなる。

 そんな中、朱雀の目の前に小動物が現れた。それも二匹であり、小動物の種類はウサギだ。害など成せるわけもなく、二匹は周囲を少し観察したのちに森の奥へと消えていった。

 

 

 ——あら、可愛いウサギさんだったわね。

 

「……さっきから意味不明だな。これは」

 

 ——二兎追うものは一兎も得ず。過去に欲張った選択でもしたのかしら?

 

「人は欲張る生き物だ。覚えてないだけで、そのような選択を何度かしたことはあるだろうな」

 

 ——カツ丼かカレーかで迷って、カツカレーにしたとか?

 

 

 

「かもな」と適当に相槌を打ちながら朱雀は進む。何も異常も攻撃もなく、変化もなくただ絵空事の世界を渡る。

 しかし、それでも拭いきれない焦燥感。一歩踏み込むたびに森の匂いと色が深くなっていく。

 けれども危機感を得ることはない。焦りだけが募っていく。体の内側から掻き出させる感覚は、不快というにも些か違うものであり、何とも形容しがたい。

 

 

 

 ——森は迷いの証。クレヨンなのは曖昧の証拠。地面が無地なのは無垢だから。

 

「何の話だ?」

 

 ——貴方は幼少期の頃、何か迷いがあったようね。しかしそれが何なのかを当人は覚えてない様子だけど。

 

 

 

 突然の問答に朱雀は黙るしかない。相手の意図を汲み取れないからだ。

 

 

 

 ——これが私の能力の断片。相手の心象と私の空想を接続するもの。

 

「能力だと? 知っているぞ、お前がこの華雲宮城でどんなことをしていたのか……」

 

 

 

 朱雀は得意気な声色となってクラウディアを挑発した。

 

 

 

「『無形の扉』の情報収集能力は学園都市でも随一だ。お前が見せた能力は『鏡を使った転移』と『パン屑を使った追跡』と、麒麟に使った『精神面に影響を及ぼす鏡』だ……。それに加えて私に幻覚を見せる能力だと? そんな数も幅も広い能力が貴様にあるわけないだろう。そういうのはバイジュウ様のような恵まれた素質を持つ者だけが許されるのだ」

 

 ——そう考えるのが烏滸がましくて矮小なのよ。大人ってのは。

 

 

 

 クラウディアの——『時止めの魔女』の声は怒りに震える。自身の能力を馬鹿にしたことに対する憤怒だ。

 それは侮辱なのだ。彼女の空想に対する価値観への侮辱——童話を使い捨てる浪費者への憤慨。『時止めの魔女』はそれらの代弁者であり、空想を疎かにする者には辛辣になる。

 

 募る募る——。

 昂る昂る——。

 滾る滾る——。

 

 数多の童話が『時止めの魔女』を糧として力となる。

 これこそが『時止めの魔女』の本質。彼女の魔女としての真価。

 

 それは『人の思いを映す』というものだ。言い換えれば『人の夢を叶える』ともいえるかもしれない。

 朱雀は勘違いしているが、華雲宮城で行なった全てのことはこの能力によるものだ。スクルドの命が留めることができたのはファビオラが『生きてほしいと本気で思っていた』からだし、レンを追うことができたのは『皆が行方を知りたいと思った』からだし、鏡を通して物を転送できたのは『不便、便利だと思ってくれた』からだ。

 パンや鏡を通したのは童話の形を取ることで、少しでも世界に干渉しやすくなるための媒体に過ぎない。本質は『思い』のほうにあるのだ。思いの強さによって、現実に与える影響も大きくなる。それこそ『時を止める』くらいは容易く。

 

 だから麒麟にも干渉できた。『無限鏡』を媒体することで、彼女の深層心理に眠る『思い』に触れて蘇らせることに。そのためには人と人と繋がりを知らないといけない。

 

 そもそも『人と人はどうやって認識しあっている』のか——。

 それはお互いの意識が共鳴・共感しているからだ。ならば逆に言えば、それらがなければ『人と人は繋がってない』といえる。

 

 そんな馬鹿げた話があるかと笑うものは笑うだろう。前者に関しては認識ができないかもしれないが、後者に関しては分かりやすく形となって証明している。人間は無意識に。

 

 それは『差別』だ。学校であろうと、社会であろうと、国であろうと差別というものはある。

 独特な趣味を持つ者を排除し、人より秀でた者や劣る者を腫物にし、肌や目の色が違うだけで化け物とする。そうして『理解できない』と『気持ち悪い』と、『人間扱いしない』せずに排除するじゃないか。

 

 それが現代の在り方だ——。

 見て見ぬふりをし、そこに置いてけぼりにされた人の形や思いの数々。それらを拾い上げて、糧となって、力となるのがクラウディア——いや『時止めの魔女』なのだ。

 

 

 

 

 

 ——さあ空想を、子供を、夢を、排除してきた顧みない大人に裁きを与える時だ。


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