魔女兵器 〜Another Real〜   作:かにみそスープ

156 / 170
第19節 ~辟。髯舌→陌夂ゥコ(■■■■■)~

 一方その頃、バイジュウ達は奇妙な状態にただ固まって待つことしかできなかった。

 言われた通りに目を閉じ、耳を塞いでから数十秒。気配が静まったところでイナーラとバイジュウはほぼ同時にどうなってるか目を開けた時には驚きしかなかった。

 

 クラウディアも朱雀も魂でも抜かれたかのように、腕を投げ出し虚ろな目で膝を折って座っている。

 あまりの静けさに何をどうすればいいか分からない。待てばいいのか、この隙に朱雀を拘束でもすればいいのか。とりあえずイナーラは朱雀の両足と両腕をワイヤーで巻いておき、ついでにトンファーも没収しておいた。

 

「げっ! こいつのトンファー、中に仕込み刃ある……」

 

 イナーラは「こわぁ」と自分のことを棚に上げ、暇でも潰すかのように朱雀のトンファーを舐めまわす。そんな緩い雰囲気にバイジュウも自然と口を開いた。

 

「一安心……ですかね?」

 

「まあそうじゃない? 私がハッキングしたこの施設のカメラを見た限り、ギン爺さんも麒麟を抑えることに成功したみたいだし」

 

 その報告に「よかった」とバイジュウは声を漏らす。

 ファビオラもソヤも眠ったままだが身の安全はイナーラの仲間が保障しており、レンはすぐ傍で眠りこけている。今のところは誰一人として犠牲は出ていない。20年前の南極での出来事みたいに一人の死者も出ずに順調に進んでいる。

 ミルクが残したデータも手にあり、ミルクの魂は今ここにある。自分の我儘もあって今回の作戦が発令されたのも同然なので、このような成果はバイジュウにとって本当に喜ばしいことだった。

 

 けれど油断は許さない状況だ。

 バイジュウの心境とは別に、イナーラは変わらずに朱雀の身体を弄って物色をする。すると面白いくらいに出てくる。色々な小物に扮したエージェント御用達の秘密道具がこれでもかと。

 

「ペン型の金属探知機に、発信機付きの名刺……それにタバコに扮した睡眠薬もあるときたか。おっと、これはこれは♪」

 

 楽しげな声を上げるイナーラに、若干ミルクの明るさにも似たものを感じながらバイジュウは彼女へと視線を向けた。その指先にある物は何なのかと少しだけ期待しながら見てみると、そこには奇妙な物があった。

 

「消しゴム?」

 

「違うわよ〜〜♪ 同業者の勘で分かるけど、ここはこれこれこのように……」

 

 至って普通の英文字4つで構成されたカバーを付けた最もポピュラーな消しゴム。

 イナーラはカバーを外すと、そこには通常では存在しないはずの立体パズルのような切れ込みがあり、それを手際よく可変していくと、消しゴムの先端がUSBメモリへと早変わりした。

 

「なるほど……」

 

「今の記憶媒体は超コンパクトで丈夫だからね。こんな細工しても機能するし、このサイズでも数十単位のテラバイト容量があるのよ。私だってお腹とは別にもう二つほどこんなのを隠してるし」

 

「お腹とは別に?」

 

「女の子にしか隠せない場所♡」

 

 頭に疑問符を浮かべるバイジュウに、イナーラは「レンちゃん以上に天然で純粋な子がいるとは」と申し訳なさそうな顔をしながら謝罪をして話を続けた。

 

「『無形の扉』が持つデータとか気になるわよね〜〜。いったいどれほどの価値があるのか……」

 

「そういうのってセキュリティが厳しくて対応した端末とパスがないと無理なのでは?」

 

「私の特注スマホでは問題ナッシング。何のために幾つもの会社を経営してると思ってるのよ」

 

「これで利益が出るってもんよ♪」とイナーラはケタケタと笑いながらUSBメモリと自身のスマホをハッキングの補助機能付きの変換ケーブルで繋ぎ、自信満々の宣言通りにセキュリティを瞬時に解除してデータを閲覧し始めた。

 

「出てきた出てきた。こりゃ『華雲宮城』が抱えてる異質物のデータかぁ……って」

 

 流し見で画面をスクロールしていく中、一つだけ『未判明』と分類されたままデータの最終更新が『20年近く前』という奇妙なデータが目についた。

『無形の扉』は少数精鋭の部隊だが、個人個人の実力やらはトップクラスだ。たかが一つのデータだけに、ここまでの時間を空けて手間取るなんてあり得るはずがない。

 

 

 

 ——なにかある。そう確信してイナーラはそのデータを開いた。

 

 

 

「EX級異質物『白維度』……。直訳すれば『白い空間』とか『白い次元』って意味よね?」

 

「私が知ってる中国語に変化がなければ大体はそんな感じですね」

 

 なにせバイジュウが知ってる言葉は20年前のものが主流だ。バイジュウがいた時代のナウい言葉なんてワンチャンなくはない可能性がありよりのありなのだ。

 

 なんて愉快な考えをしたところで答えに繋がるわけもなく、バイジュウも少しだけその異質物が気になってイナーラの続ける言葉に耳を傾けておく。

 

「約50年前に中国の山奥で発見された扉の形を異質物。状態などから存在自体は紀元前からある物と推測されている……。扉の先は地球上では観測できない空間が広がっており、大気などの研究した結果、その空間は『宇宙空間』に近いものと判明……?」

 

「『宇宙空間』……?」

 

 それは偶然か。ちょうどバイジュウに当て嵌まる要素が都合よく出てきた。しかも最終更新が20年前となれば、あの辛くて苦しい過去でしかない南極での出来事と同時期である。

 何故この場で答え合わせのように指し示された。バイジュウは妙な胸騒ぎを覚え、痛みを堪えながらもイナーラが手にした情報を目に入れた。

 

「調査を進めて異質物を解明しようとしたが、繋がった先は通常の宇宙空間とは異なるものであり、既存の宇宙技術と装備では対応不可能と判明……。実験的に送り込まれた人材はすべて精神錯乱の状態とな、り……!?」

 

 資料を見ていてバイジュウは戦慄を覚えた。『実験的に送り込まれた人材』として添付されたその人物の顔写真。そこに映っていた人物の顔にバイジュウは見覚えがあったからだ。

 

 

 

 忘れもしない。忘れるわけがない。

 それは20年前の南極での事件で、自分たちに襲い掛かってきた『ドール』の顔だ。

 

 

 

「……作成者『ラオジュウ』」

 

 その名はバイジュウを育ててくれた義父の名前だ。けれど、それはおかしいとバイジュウは即座に思い至る。何故なら20年前に更新されたというが、あの南極での事件と同時期なら『既に父親は死んでいる』のだ。

 それにバイジュウの父は異質物研究の学者ではない。生物学者だ。それは引き取られた時から死ぬまでの今まで変わることはない。

 

 何から何までおかしい。出鱈目だと理解を拒むこともできる。だけど聡明なバイジュウはすぐさまそれを可能とする力を知っている。

 

 

 

 ——『因果の狭間』だ。

 

 

 

 しかし、それでも、なんで——。

 信じられない。信じたくない。だけど、そんな——。

 

 でも、父は生物学者で——。けれど異質物研究者としての記録があって——。

 

 

 

 聡明が故にバイジュウの思考は目まぐるしく回る。そしてその答えはシンプルに記載されていた。

 

 単純な転職。この異質物の発見を機に、ラオジュウは今まで熱心に打ち込んでいた異質物研究を捨てて『生物学者』へと変わった。その理由はラオジュウは本人しか分からないことだ。

  だが、その突然の変化に組織も許すはずもなく、是が非でも父の動向を追って戻そうと躍起になった。結果として不慮の事故という形で父は殺されることになった。

 

 

 

 だとしたら——。ラオジュウが生物学者に転身したのは——。

 その転身後に即座に移したことといえば——。

 

 幼いバイジュウの保護に他ならない——。

 

 

 

「わ、私のために……父は……?」

 

 

 

 父が死んだのは、その異質物研究とバイジュウに関りがあったから。そのために父はバイジュウは『来るべき何か』に備え、個人で様々な調査と並行して、バイジュウの才覚を実らせるために幼いころから厳しい勉強と訓練を課せてきた。

 

 なら何のために父はバイジュウを育てた——。

 

 この異質物と関りがあるというのか。すべての始まりは南極ではないのか。

 違う。違う違う。南極での出来事は『バイジュウの終わり』でしかない。

 

 私は知っている。『バイジュウの始まり』はどこにあるのかなんて。

 それは父であり、父が記していた『Ningen』計画I類に他ならない——。

 

 

 

 

「私は……『私』はなんなのっ!?」

 

「決まっているじゃないですか——」

 

 

 

 バイジュウが吐き出した疑問に答えたのは、麒麟でも朱雀でもない。この場ではどこにいてもおかしくない『無形の扉』に従うものの一人が物陰から姿を見せた。。

 逆に言えば、それだけバイジュウの存在は『無形の扉』の誰にも知られているということ。組織の目的意識は統一されており、バイジュウが溢す疑問の答えを持っている。

 

 

 

「貴方はバイジュウ様。人とは違う存在『Ningen』計画I類に属するもの……」

 

「なぜ! なぜ私だけが違うんですかっ!?」

 

 

 

 その『Ningen』計画I類というものがバイジュウにはそもそも理解できなかった。

『Ningen』とは外国語でも何でもない。意味するのは単純に『人間』だ。それだけの意味しかなく、バイジュウはその計画I類というものに分類されているに過ぎない。

 

 その『Ningen』計画I類を目論んでいるのは、父が残したノートに記されたシンボルからして『フリーメイソン』こと『無形の扉』なのは間違いない。

 ならば知っているのだ。バイジュウが求めている根本的な答えを『無形の扉』は。

 だからこそバイジュウを欲しているのだ。その答えの意味と価値を『無形の扉』は知っているから。

 

 

 

 

 

「貴方は『人間と宇宙人のハーフ』なんですよ——」

 

 

 

 

 

 バイジュウの問いに『無形の扉』の一員はアッサリと溢した。あまりにも普通に口にするものだから、空耳だったのではないかと疑ってしまうほどに、その内容は根本的な衝撃と恐怖をバイジュウに抱かせるには十分だった。

 

 

 

「……信じられません」

 

「ですが否定できる材料もないでしょう。貴方だって自分の異質さを知っているはずです。『魔女』とは何ら関りがないのに秀でた才覚がいくつもあるでしょう」

 

 

 

 それは知っている。高度な思考計算、完全記憶能力、どんな環境でも一定の体温を維持する体質。

 自身が放つ『量子弾幕』は魔女由来の力であるが、逆に言えばそれ以外は元々バイジュウが自身が保有していた力。そしてこの『量子弾幕』自体も魔女としての才覚が花開く前から指先から存在する自体は認識していた。

 

 確かに自分でも人とは違う部分はあるとは思っていた。それを隠すように生きていけと父からも言われていた。

 

「そしてこれも知っているでしょう。貴方が派遣された南極での海洋生物調査。あれが元々は誰の研究だったかも」

 

 

 …………

 ……

 

「ごめんなさい。このプロジェクトに参加するのは、私的な目的もあるからです」

 

「分かってるって~~。Bossからしてみると、バイジュウちゃんが『親父さんの海洋生物研究』を続けてくれるなら、問題ないだろうしね。ウィンウィンだよっ。win-winっ!」

 

 ……

 …………

 

 

 知っている。何気ない会話の中で、あの南極での出来事の時にミルクが口にした。海洋生物研究は元々は父ラオジュウの物であることを。

 

 さらにバイジュウは知っている。あの南極の深海で見た海洋生物の正体を。セラエノが口にした『古のもの』であることを。

 

 バイジュウは『目を合わせた』ことで魔女への繋がりを得たと思っていたが、実は違うというのか。『目を合わせた』ことは切っ掛けにしか過ぎず、元々バイジュウには『古のもの』だというのか。

 

 

 

 だとすれば、私に眠る『宇宙人』の細胞って——。

 

 

 

 あまりにも冒涜的な真実に狂気に囚われそうになる。今まで信じてきたものの根底が覆される。自分は特殊な人間などの以前に、そもそも人間ではなかったという衝撃に自己と自我が崩壊しそうになる。

 

 

 

 それでも——。それでも——。

 

 

 

 …………

 ……

 

「ほら笑って? こんなにも可愛い……女の子なんだから」

 

 ……

 …………

 

 

 

 ミルクは『私』を見てくれて、認めてくれて、好きでいてくれてる——。

 それだけでいい。今はそれだけでいい。

 

 それさえあれば——バイジュウは十分だ。

 

 

 

「言ったでしょう。ラオジュウの死の真相を教えると……。それは貴方の生まれそのものにも関係している」

 

「……そうでしたね」

 

「ですから来てください。我々『無形の扉』に。貴方のためなら、我々はすべてを差し出す覚悟も準備もできております」

 

 深呼吸を一つ。心臓の鼓動と痛みを鎮め、バイジュウは凛然と返した。

 

「……なぜ、そこまでして私を求めるのです」

 

「我らの統括者——麒麟だって口にしたでしょう。サモントンでの出来事がなければ、ここまで急ぐ必要はなかったと」

 

 それは本人から聞いている。サモントンの土地が荒れ果てたことによる農作物の減少で食糧問題と、バイオ燃料の供給低下によるエネルギー問題にも深刻に関わると。

 

「元々我ら華雲宮城の研究は異質物だけならず、あらゆる分野において『開拓』を主にしている。廃棄された『Ocean Spiral』の資金元がフリーメイソンであることも知っているでしょう」

 

「ええ。麒麟があそこに移送した隕石と類似した異質物も見せてくれましたからね」

 

「ちょっとイナーラちゃん、興味深くて儲け話の匂いがしてワクワクするけど、それ私が聞いてて無事に済む話?」

 

「それはバイジュウ様次第でしょう。我らの要望を受け入れてくれれば、彼女が望めば不問とします」

 

「うわぁ~~」とイナーラは項垂れながらも、それでも情報は情報だと言わんばかりに録音ボタンを押して「どうぞ続けてください」と話を再開させた。

 

「話を戻します。なんであれ華雲宮城は現状の停滞からの変化……いえ、欲張って進化と言いましょう。人間とおう形をどうであれ次の段階へと引き上げ、地球の重力から解放させたい。それが根源にある願いです。麒麟も同じことを思っています」

 

「しかしバイジュウ様が気になるのはここからでしょう」と前置きをして話を続ける。

 

「その進化を何故早急に求める必要があるのか、それはあの隕石が共鳴したからですよ。サモントンでの事件を機に、悍ましいほどの情報量を放出させていた。これが理由です」

 

 サモントンでの事件を機に隕石が反応した? いったい何にかとバイジュウは考えるが、その答えはレンが口にしていた言葉で理解した。

 あの隕石は『地』の隕石と言っていた。そしてニャラルトホテプに繋がるものであると。

 

「そうか……っ! ニャルラトホテプが出現したことで、その地の隕石を通じて共鳴した……っ!」

 

「そのふざけた名前はこちらは分かりませんが、超常的な存在を感知したのは事実。地に属する情報を放出していたが……しかし、その奥底に眠る脅威を『無形の扉』さえも異質物研究部門は感じ取った」

 

「奥底に眠る脅威……?」

 

「発せられた情報を解読し、我々『無形の扉』は超常の頂点に君臨するであろう存在を認知した。それは言葉で形容しようにも仕切れない……しかしそれでもあえて口にするというのなら……」

 

 そこで彼は大きく口を澱ませる。どのように表現が最適なのか。理解を深めようとし、冒涜的な一面を無意識に理解して狂ってしまう可能性を考慮して、必要最低限ながらも的確に。

 待つこと十数秒。思考を纏めた彼は、重苦しくその口で言の葉を紡いだ。

 

 

 

「虚空から生まれようとする生命の脈動……。いや『マイナス』の概念を糧に『無限』の力を得ようとする情報生命体……」

 

 

 

 自分でも要領を得ない言葉など思っているのであろう。手探りで正しい表現を導き出していく。

 

 

 

「……違うな。あれはエーテルの塊、星の意思、宇宙の一面ともいえる。あえて名づけるなら、こう言いましょう」

 

 

 

 

 

 彼は思考を再び止める。どういう名前がそれを表現するのに適切か。

 それを定めるのに必要な時間は多くはなかった。自分を奮い立たせるように「そう。あえて名づけるなら」と念を押すと、ただ少しの言葉を吐き出すだけなのに辞書をすべて音読したかのような疲労感で呟いた。

 

 

 

 

 

「『星尘Minus』と『星尘Infinity』——」

 

 

 

 

 

 二つの名前——。脅威となるのは二つの存在——。

 その事実にバイジュウはただ唖然と心と身体が凍りそうな恐怖を呑み込んだ。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。