魔女兵器 〜Another Real〜   作:かにみそスープ

159 / 170
第22節 ~逾櫁ゥア邨らч(■■■■)~

 流星となりて宇宙空間に瞬く輝きが二つ。

 一つはギン。一つは麒麟。その二人が突如として、俺たちの前に現れた。

 

 疑問に思うなら簡単だ。こっちからすれば訳が分からないのだから。

 だけど納得はいく。そもそも俺達がこの世界に来たこと自体がミルクのデータを解析すると同時に放たれた光のせいだ。そのせいで眠りに着いてドリームランドに招かれた。

 

 だとすればキッカケ一つで二人がここに来るのは当然と言える。

 二人とも俺が……というよりソヤとファビオラのように服装が多少変わっているのだから。とはいっても元々二人とも和服だったり民族的な衣装を現代風にしただけだから目に見えてわかりやすい変化はないんだけど。

 

「久しぶりだな、妖の王」

 

 ギンは刀を切先を構え直す。刀の切断部分を接触させる持ち方は、相手を確実に殺すというギンなりのスイッチの入れ方だ。霧吟の件もあってヨグ=ソトースに対する執念など並大抵の物ではない。

 

「気を付けろ! そいつはどこまで行っても距離が掴めない!」

 

「こんだけデカければ当たる時は当たるじゃろ。現に儂はそうやって何度か切ったぞ?」

 

 そうだった……! ギン爺って、そういうこと平気な顔してやる天才肌で、ハインリッヒですら投げ出すほどのやつだった……!

 

 意気揚々とギンは一瞬で間合いを詰めていく。

 

 一歩で音を置き去りにし——。

 二歩で光を越え——。

 

 

 

 三歩で抜刀——。

 

 ギンの究極剣技『逆刃斬』が空間・時間・座標を超えて、あのヨグ=ソトースの胴体をたった一撃で、この宇宙空間ごと半身を断絶させた。

 

 

 

『■■■■■——ッ!』

 

「うそぉっ!!?」

 

 あんなに苦戦したのに、ギンの手に掛かればこんな簡単にも熟るもんなの!? 

 そりゃハインリッヒだって匙投げるに決まってるじゃん!! ハインリッヒが脱帽する理由が肌身で分かったぞ!?

 

「……なるほど」

 

 ヨグ=ソトースの空間を震わせる断末魔の中でもソヤの小言を聞き逃すことはない。

 何がなるほどなんだ? この一連で何かしらの弱点を見つけたのか? その疑問を『共感覚』で感じ取ったソヤは急ぎ足で説明を始めた。

 

「恐らくですが概念的な距離がありますわ! 『時間』とは即ち『光』! 光速に達するギンさんの剣技だからこそ、その概念を破って対抗していますわ!」

 

『ほお。そのことに気づくとはな、エンジェルス』

 

 マジでギンの剣技って光超えてるの!? それもう色々とおかしくないかなぁ!? いや、だからこそ『契約者』として招かれたとも考えられるのか!?

 

「ですが同時に接触するには『光』か『時間』に干渉してないと不可能ということでもありますわ! 例え今そこにいて近づこうとしても届ききらない『概念的な距離』は、ゼノンのパラドックスのように永久に到達しきれないことを意味してもいる!」

 

「そのゼノンの何とか、石の海の副題があるアニメで聞いたことあるな……」

 

 あれは身長が極限にまで1−1/2−1/4−1/8……という感じで数学上での限りなくゼロに近づくみたいな感じだけど。

 

「事態の全貌を把握はできてないけど、概念的な距離の解消か……。ならば好都合というもの!」

 

 今度は麒麟が耳から綿棒みたいな棒状の小さな物を取り出す。

 それは一瞬で太く、逞しく、大きくなっていき、やがては麒麟の女性にしては大きめの手に収まり、そして更なる巨大化を始める。最終的には長さは3m、太さとしては成人男性の二の腕ほどとなり、中国武術でよく見る後ろ手に棍を構える体勢へとなった。

 

 これが噂で聞いた麒麟の異質物武器か。

 あのギンと拮抗してると聞いたが……それはあくまで単純な実力での話だ。

 

 だというのに『概念的な距離』を好都合? 不敵に笑ったことも相まって何を考えているのか全然分からない。

 

 しかし、起死回生の一手はそれが始まりだった。

 麒麟は武器を突き出して伸ばす、伸ばし続ける。宇宙の果てにいるヨグ=ソトースへと伸ばし続ける。前人未踏の世界へと挑む。

 

 人類が誰もが夢見る宇宙の最果て。人類がそこに辿り着くには、人という存在はまだ弱くて、儚くて、身勝手だ。自身を変革するよりも環境を変えようと『侵略』を選ぶ残酷な生き物だから。

 

 だからこそ麒麟こと『無形の扉』はバイジュウを求める。

 バイジュウは優しくて聡明な少女だから。宇宙の最果てに辿り着くのに『侵略』ではなく『適用』を選べるという誰も、何も傷つけることなく、踏みつけることもなく、軽んじることもなく歩んでいける唯一無二の存在だから。

 

 

 

 それは確かに、素敵なことかもしれない——。

 

 

 

 だけどその果てに行けるのはバイジュウだけだ。その結末にはバイジュウは孤独な生命となってしまう。

 

 宇宙の海。星のゆりかご。その中でバイジュウは独りぼっちで人類の『夢』を背負わされて宇宙の深海で溺死するだろう。

 

 それこそが人間の身勝手さだ。『夢』なんて甘美な響きのためだけにバイジュウを犠牲にする。その『魂』を凍死させる運命へと送り出す。

 

 そんなのを許すわけにはいかない。けれどもその夢を否定することもできない。

 行き止まりの世界の只中では『無形の扉』の目的も当然と言える。ニャルラトホテプでの出来事でサモントンの領土が荒らされて食料供給率が下がるのだから、革命的な変化が起きないと学園都市以外の国々は自滅の道を余儀なくされる。

 

 そういう意味では『無形の扉』は優しいと言える。

 人に絶望してるからこそバイジュウに可能性を求めるが、同時に人という存在に希望を根付かせるためにそのようにしているのだ。宇宙という世界に進化、適用させようと人類を促そうとしている。

 

 その縮図が今だ。相対する宇宙はヨグ=ソトース。到達者はギン。希望の導き手が麒麟。見届ける人類が俺やソヤだ。

 人類が触れるにはまだ早すぎる概念との戦い。可能性なんて未知数の狂気の集合体。

 

 

 

 そしてその可能性を——麒麟は見事に届かせた。

 あの異質物武器——『如意棒』は確実にヨグ=ソトースの胴体を貫いた。

 

 

 

『この私に接触するだと!? 光にも時間にも干渉することなく!?』

 

「『斉天大聖の棍棒』とは即ち『如意棒』のこと! 元より『如意棒』とは天と地獄を繋ぐ『錘』だ! 『天竺と地獄』という概念を繋げられるなら『宇宙空間における中心となる座標』と『お前』を繋ぐことなど造作もない! となれば概念的な距離など無意味! 『光』や『時間』なんてものは『観測者』によって変わるんだからな!」

 

「つまりどういうこと!?」

 

「これで私達もヨグ=ソトースの概念距離を破れるってことですわ!」

 

「そう! 今この場でおいて私はお前を『観測』した! 捕捉して『如意棒』で捕まえた!」

 

 シンプルで大変分かりやすい! 今まで超常の意味不明な情報を押し付けられたんだから、これぐらい単純でバカみたいな理由の方が脳みそがスッキリするってもんだ!

 

「だが『観測者』である私がいないと、この概念突破はできない! 攻撃は全部あなた方に一任させますっ!」

 

「でしたら私が麒麟さんのガードに回りますわ! ノーデンスさんも同様に!」

 

『任せておけ』

 

「ありがとう、みんな!」

 

「この借りはバイジュウ様によろしくお伝えくださいね?」

 

「それとこれとは話は別っ! バイジュウに聞きなって!」

 

 足場となるほどに巨大化した如意棒に着地し、『月光百合』のおかげで強化された脚力を使って全速力でヨグ=ソトースへと向かっていく。

 この如意棒が重力場の役割を果たしているのか、側面を走っても足は空に投げ出されることなく走り続けられる。いざとなれば三次元的な逃げ方もできるが、

 

『ふっ。それがどれほど愚かなことか思い知らせてやろう』

 

 それは宣告だ。殺意でも悪意でもない。

 人間がゴキブリなどの害虫を潰すように、ただ処理するという意思と目的を持った時に発するほとんど無機質で機械的で自動的な殺戮への宣告だ。

 

 

 

 沸騰する——。ヨグ=ソトースの情報が。

 脈動する——。ヨグ=ソトースの世界が。

 胎動する——。ヨグ=ソトースの狂気が。

 

 

 

 そこから放たれるのは宇宙を埋め尽くす『銀色の球体の壁』だ。

 いや、壁じゃない。『世界』だ。前後左右上下八方から『銀色の球体』が風船が萎むかのように俺たちへと接近してくる。

 

 壁が迫ってくる——。

 空が落ちてくる——。

 地が上がっていく——。

 世界が押し潰してくる——。

 

 単純無比な回避不可能なオールレンジ攻撃。逃げ場なんてありはしない。切り開こうにも『銀色の球体』はフレイムとノーデンス曰く触れるだけで触れた部分が永久的に消失する代物だ。

 

 本能的な恐怖が全身を駆け巡る。今にも呼吸を無くして窒息死してしまいそうだ。

 けど立ち止まるわけにはいかない。理性で本能を制御して乗りこなし、この状況を打破しないといけない。刺激する本能は生物的な恐怖ではなく生存本能のほうだ。どうにかして打開策を見出さないといけない。

 

 頭の中で巡らせろ。枝分かれした選択の道筋を。その果てにある実る葉の軌跡を。

 

 

 

 ——ダメだ。分からない。聡明じゃないから糸筋さえ見出せない。

 

 

 

 迫るのはある意味では一つの世界なんだ。ヨグ=ソトースが内包する世界。自分にとって害となる者を排除する一面を具現化したもの。それがこの銀色の世界なんだ。

 

 だけど諦める理由にはならない。

 ギンは到達した。麒麟は示した。

 

 この宇宙空間においてヨグ=ソトースに対抗する術を自分の力だけで証明してみせた。人類の可能性というものを。

 

 だったらこっちも応えないといけない。

 俺だって——ヨグ=ソトース(宇宙)に立ち向かう人としての可能性を!!

 

 

 

「どけぇぇええええええ!!」

 

 

 

 概念的にはヨグ=ソトースの宇宙だが、腐ってもここは月面だ。『月光百合』による身体能力は増強は健在だ。それを念頭に入れ、再計算しながらも突き進め。

 

 一閃して銀の球体を第一波を測る。まだまだ深い。世界の果てには到底届かない。

 二閃、三閃と第二波と第三波を切り捨てる。まだ見えない。世界の果てを観測できない。

 

 波は続く。押しては寄せてなんてものはない。ただただ津波のように押し寄せてくる。絶望の象徴となって呑み込もうとしてくる。虚無へと誘う狂気を。

 

 切り捨て、薙ぎ払い——。

 切り捨て、薙ぎ払い————。

 

 切り、薙ぎ、切り、薙ぎ——。

 切り、薙ぎ、切り、薙ぎ————。

 

 

 

 それでも見えない——。

 それでも届かない——。

 

 この銀色の世界を突破する算段が何も見えない。

 もっと。もっと力をくれ。月光百合だけじゃ足りないんだ——!

 

 偶然でも、奇跡でも何でもいい……! 

 ヨグ=ソトースに届くための必要な力が欲しい!

 

 

 

 ——もうしょうがないなぁ、レンお姉ちゃんは♪

 

 

 

 応えてくれたのはどれでもない。

 応えたのは軌跡だった。この声の正体を俺は知っている。スクルドだ。恐らくはもっと先にいる未来のスクルドだ。

 

 

 

 ——確かにドールはレンちゃんを恨む人も無数にいるね。

 ——なんであの子は助けたのに、私は助けてくれなかったの? って。

 

 ——だけど同時に感謝してるのもいる。レンお姉ちゃんが今まで倒したドールの中にだって。

 ——この永劫に続く運命を断ち切って死なせてくれたことに。

 

 

 

 ——だから届けるよ。みんなの力を。みんなの思いを。願いを。

 

 

 

 スクルドを通した魔女の力と思いが『虹色の翼』となって放射される。

 羽化した蝶のように、その極彩色の翼は黒一色の宇宙空間で輝きを放つ。南極で見るオーロラのように煌びやかに華やかに。

 

 一つ一つの『色』が魔女達の思いだ。記憶だ。感情だ。

 流れ込んでくる。色々な魔女達の力と能力が。それらを手繰り寄せ、研ぎ澄ませて、選別し、打開に必要な力を絞り出す。

 

 今なら分かる。あの問いが。『OS事件』での問いが。

 

 

 

 ——あなたは海が何色に見えますか?

 

 

 

 その答えと返答を今感じ取った。理解した。

 わざわざ言葉にする必要なんてない。この思いを背負い切ってヨグ=ソトースに挑む。

 

 雪崩れこむ銀色の世界を翼で押し飛ばす。虹色の奔流が銀色の世界を縫うように裂いていく。おかげで見え始めた、銀色の世界の果てが。

 だからこそ絶望は続く。この世界を破るにはまだまだ層が厚い。何重あるんだ。次元が違うというのがもっと正しい表現なのだろう。

 

 あと10層——。果ては見えたが、その果てに行くには途方もない時間か、玉砕覚悟の進軍しかない。

 何せ迫るのは前方だけじゃない。後方どころか上下左右からも銀色の世界はきているのだ。時間の猶予なんて問答ない。

 

 正面突破しか許されない状況。だけど触れるだけで永久消失の痛みと損失を負う銀色の球体に裸一貫で特攻するのは自殺行為だ。

 

 

 

 ——甘いねぇ。エクスロッドのお嬢さん。

 ——この子は弱いんだから。もっと上げなきゃ。

 

 

 

 困り果てた時にスクルドとは別の声が届いた。そしてその声も俺は知っている。

 関わった時なんて僅かだ。それでも確かに俺にこの声を知っている。

 

 

 

 ——僕の力を貸してあげるよ。『デックス』の一員としてではなく、僕個人のお礼としてね!

 

 

 

 それは『ウリエル』だ——。

 サモントン事件でヴィラクスを助けるために全霊を込めて、その命と魂を燃やし尽くした男の声が俺に届いた。

 

 泥人形の巨腕が俺の周囲に顕現する。おまけに俺の手にもグローブみたいに泥人形の腕が装着される。

 見た目以上に重いが、『月光百合』と『虹色の翼』を携えた今の俺なら……この程度なら屁でもない!

 

 

 

 これなら——!

 

 

 

「うおおおおぉぉぉぉおおおおおおおお!!!!」

 

 

 

 銀色の世界を突破できる!!

 

 ぶん殴って銀色の世界を真正面から押し出していく。

 触れた側から巨腕は塵となっていくが、質量はまだ残っている。あっちも数なら、こっちだって数で押し通るのが道理というもの。

 

 殴って、切って、押し出して——。

 殴って、切って、押し出して——。

 

 殴って——!

 切って——!

 押し出す——!

 

 

 

『こいつら……っ!』

 

 

 

 ヨグ=ソトースの不快な声は俺たちに向けられたものではない。ここにいないスクルドとウリエルに向けたものだ。

 どうしてあの二人が力を貸せる状況なのか。片方は契約者で、片方は死者だというのに。だけどそれは俺でも分かる。

 

 この宇宙空間はヨグ=ソトースが内包する世界が形となったもの。つまりは『門』が開いて『時空位相波動』や『因果の狭間』といった世界の次元を穿つ力が充満している状況だ。

 

 ここでは『時間』という概念が曖昧だ。今ここは『未来』かもしれないし『過去』かもしれない。

 そんな状況下なら、奇跡の一つや二つ起こってもおかしくない。それまで培った軌跡があるのだから。

 

 

 

 ——いっちゃえ、レンお姉ちゃんっ!

 ——いけっ! レンッ!!

 

 

 

 ついに銀色の世界を抜き出し、如意棒の先にいるヨグ=ソトースをこちらも捉えた。距離としてはもう1キロもない。

 だが、同時に力を使い果たした虹色の翼と泥人形の巨腕は霧散。夢のように儚く散っていく。ここから先は二人の力を借りることはできない。俺とギンの力で何とかしないといけない。

 

『この塵芥どもが!』

 

「させん!!」

 

 ヨグ=ソトースの隕石のような重圧を誇る触手をギンは一刀両断してこちらの道筋を繋げてくれる。ギンの助力さえあれば、この距離を詰めていくなんて造作もない。

 だがギンでさえ捌き切るのには限度がある。強力な一撃は確実にギンに処理してくれるが、それを縫う様に差し込まれる小さな一撃である『樹木のほどの太さの触手』は速さも量も先ほどとは桁違いだ。

 

 それさえもギンは可能な限り対処するが、止められずに押し寄せてくる触手がきたらこっちで対処するしかない。月光百合の効力もあって少し踏ん張れば断つことができるが、一つ捌いたところで続けての攻撃が間髪入れずに差し込んでくる。その度に流星丸を振るうが、振るうたびに疲労がたまって切っ先が重くなっていくのが分かる。

 

 一々対処していたら、こちらが先に疲弊してしまう。どうにかしてこの問題を解消しないとジリ貧だ。

 

「フレイム! どうにかしてヨグ=ソトースの攻撃に対抗できない!?」

 

『これぐらいなら今の私でも何とかなるよ!』

 

 指を鳴らすと同時に俺の周囲に炎がいくつか灯される。数は合計で八つで、円を描きながらも均等な間隔を空けて何かを探るように揺らいでいる。

 

 炎の意味を直感した——。そしてその直感は正しかった。

 

 右手前の炎が大きく揺れる。それに反応して俺は左に大きく回避行動をとり、揺らいだ炎の先に如意棒が壁となるように移動すると、直後にヨグ=ソトースの触手が襲来してきた。

 

 つまりこの炎は『探知機』だ。空気だか魔力だか何を探知して反応してるかまでは分からないが、それを捉えて炎を揺らがせることで先読みをしてくれている。そういう類のものだ。

 

 これなら捌くのは最低限度だけでいい。これならヨグ=ソトースの接触まで何とかなる。

 足を止めることなく、手を動かし続け、思考の回転を加速させる。脳の処理が追い付かなくなりそうだが、それを意思の力で極限にまで踏ん張って突き進んでいく。

 

 

 

 3——。

 2——。

 1——。

 

 

 

「捕まえた——」

 

 

 

 とうとう詰め切った。宇宙空間という人間の観点からすればほぼ無限にも等しい夢幻の世界。その果てにいるヨグ=ソトースへとついに触れることができた。

 改めて見るとヨグ=ソトースは巨大で強大だ。人類が立ち向かうにはあまりにも次元が違う存在。こいつに挑むということは、それは世界の理や概念に挑むということの裏返しでもある。

 

 けれど、それで「はい、そうですか」と言って納得なんかできるわけがない。

 虹色の翼を通じて魔女達の思いを知った。霧吟のようにどれほどの思いと願いがあって、魔法に頼るしかなくて、それによって狂気的な破滅を迎えたことを後悔した者がいたか。数えきれないほど多くの、多くの人々が魔法によって狂わされてきた。

 

 それが『ドール』なんだ。あのサモントンの空を覆いつくして流れ込んできた幾千万のドール達。それはすべて『被害者』なんだ。幾千万のドールですら、あらゆる時間の統合した全魔女の『欠片』でしかないというのに。

 

 だとすればこいつらに狂わされた魔女達はどれほどいるというのか。 

 今の人類は七年戦争を機に激減してしまったが、その前は70憶はいたという資料を見たことはある。生きている人だけで70億だとすれば、今まで死んできた人たちは一体累計でどれほどに及ぶのだろうか。そしてその内どれほどの数が魔女としての力を持ったまま果てたというのか。

 

 俺は知っている。ヨグ=ソトースの介入はギンが生きていた鎌倉時代から既に行われる。その時代から介入し始めたと考えるのは不自然だ。考えるならもっと根本的に簡潔に。人類史が始まると同時に魔女が生まれた可能性があることを考えないといけない。

 となれば被害者は『累計人口』に匹敵する可能性だってある。今まで生まれ落ちた人類の総数は紀元前5万年を始まりとした七年戦争が起こるまでだと『約1082億人』と推定されている。

 

 いったいその何%が魔女になった? 0.001%でも1億の魔女がいるということになってしまう。それを考えてしまうと悍ましい。狂気を知ってしまいそうになる。

 

 

 

 だから——そんな過酷かつ破滅的な末路を迎えさせた諸悪であるお前だけは許してはいけない。

 

 

 

 

「確かにお前は世界を守ってるのかもしれないな。だけどお前のような存在に守られるなんて怖気が奔る。金輪際、縁を切らせてもらう!」

 

 

 

 接敵——。

 

 ヨグ=ソトースの身体と思わしき部分に流星丸を切りつける。刃は驚くほどにすんなりと通り肉片となって宇宙空間へと飛び散るが手応えを一切感じない。

 

 驚きはしない。やっぱりこいつは根本的に生物じゃない。

 情報生命体であり、超常の中でも頂点に立つ存在。『時間』や『空間』を司る概念にも等しいのがヨグ=ソトースなんだ。

 

 だからこちら側の通常攻撃なんて意味を成さない。アイツが攻撃しようとする瞬間、その一時だけは情報のチャンネルがあってヨグ=ソトースもこちら側の今までの攻防という形で干渉することはできるが、こうなってくると概念にさえ干渉するほどの魔法や技術を用いるか、攻撃へと転じる一時を狙った無謀なカウンターという形を取るしかない。

 

 それを可能にする方法があるとすれば——。

 

 

 

 

「レンッ! その流星丸を……霧吟の魂を貸せぇぇえええええ!!」

 

「————分かったッ!!」

 

 

 

 真正面から張り合えるギンにしかできないことだ。

 

 流星丸を投げ渡してギンは口で噛んで受け取る。

 愛刀である『天羽々斬』はここまでの攻防で傷み切っていて刃こぼれしている。だったら俺が持つよりもギンが持ったほうが何十倍も有意義に使える。

 

 それに——元々『流星丸』は霧吟の魂の破片を武器へと昇華したものだ。本来持つべき担い手に渡すことなんて当然だと言える。

 

「オラオラァっ~~!! 血が滾るのぉ~~!!」

 

 ギンであれば概念的な干渉が素で可能だ。それは最初の一手が証明してくれている。踏み出す時には既に抜刀術を終えており、寄せ来るヨグ=ソトースの本能的な迎撃を軽くいなしていく。

 だからヨグ=ソトースは警戒を強くする。俺なんて虫けら同然のように意識を外し、ギンへと向けて銀色の球体の飽和攻撃を開始する。

 

 その数、実に万を超える。だがギンにとっては何するものぞ。すべてを切り伏せて進み続ける。

 

 

 

 それでもヨグ=ソトースだってまだ本気じゃない——。

 雄たけびを上げると同時に情報が爆発したのを感じた。宇宙の遥か彼方から轟音とも似た震えを肌で感じ取る。

 

 

 

「う、そ……だろっ!?」

 

 

 肌先で感じ取った方角に視界を向けると、そこには驚愕の光景が起きようとしていた。

 いくら内包した宇宙でも、概念上とはいえやっていいこととやって悪いことがある。それをヨグ=ソトースはいとも簡単に行ってきた。

 

 

 

 

 

 ——『流星群』だ。星々の奔流がギンを目掛けて降り注いでくる。直径としては月よりも遥かに小さいが、それでも星は星だ。一つだけでも俺達をダニみたいにプチっと押しつぶせる単純明快かつ極悪の質量を宿している。

 

 ——しかも、それはすべて『銀色の星』だ。あれらはすべて触れた瞬間に永久的かつ防御を無視して、触れた部分を焼失させるヨグ=ソトースの情報を纏わせた星。絶望の深淵へと陥れる恐怖、狂気の具現化。

 

 

 

 

 

「絶刀——ッ!!」

 

 

 

 それでもギンは怯むことはない。むしろ未知なる領域に挑戦する強者としての笑みを浮かべながら立ちはだかっていく。

 

 星々を相手にしながらギンの進撃が止まることなくヨグ=ソトースの急所になる部分へと詰めていく。

 距離を詰めるたびに流星群の密度もまた濃くなっていく。となれば必然的に捌かなければいけない技量も要求値も跳ね上がっていく。

 

 俺だったら絶対不可能な挑戦——。

 人が星に挑む。人を星を撃ち落とす。そんな光景が繰り広げられ——。

 

 

 

 だけど、限界はあった。たった一瞬。ほんのわずかな動作が鈍くなった。

 

 その隙にギンは星を掠めてしまった——。

 

 

 

 

 

「ギンッ!!」

 

 

 

 

 

 消失していく——。ギンの目が、ギンの片腕が、ギンの片足が——。

 流星群なのだから一回の掠りで続けて被害を招いていく。規模を考えたら生きてるだけでも御の字の奇跡だ。

 

 

 

 だというのに構えを解くことはない——。

 消失したことなんて大したことではないと言わんばかりにギンは呼吸を済ませ——。

 

 

 

 全身全霊の一撃を————。

 今生どころか未来永劫、二度と触れないであろう魂の一撃を————。

 

 

 

 

 

 霧吟とギンの思いを束ねた一刀を————抜刀した。

 

 

 

 

 

 

「逆刃斬————ッ!!」

 

 

 

 一心一体となったギンの絶技は残る星々諸共にヨグ=ソトースを断ち切った——。

 

 身体というべきあらゆる情報が断裂され、ヨグ=ソトースの情報がバラバラとなって宇宙空間へと解き放たれる。

 

 ヨグ=ソトースの『目』に値する情報。『足』に値する情報。『手』に値する情報。『知恵』に値する情報。『本能』に値する情報。

 

 その他色々に値するすべての情報が宇宙空間の中で小惑星のように弾け込んだ。

 

 

 

 

 

 そこで露出する。概念を象る上で必要であろう部分。人間でいうところの『心臓』が——。

 

 

 

 

 

 それは『門』だ——。

 あの『門』がヨグ=ソトースという存在をこの世界に顕現させる概念である同時に核となる存在。

 

 

 

 俺はそれに手を触れ————そして『鍵』でも掛けるかのように、『門』を静かに閉じた——。

 

 

 

 

 

 

『そうか——。そこまでして我を拒むか』

 

「ああ。お前がいないと成立しない世界なんて、こっちから願い下げだ」

 

『ならば我を失う代償——。それによって生ずる対価を全うしろよ——』

 

 

 

 最後はとても静かだった。宇宙空間の中では音は瞬時に意味をなくす。ヨグ=ソトースは無音で消え果てた。

 無限の存在が虚空となって最初から存在しなかったと、夢だと言わんばかりに瞬きの時間もなく消え去った。

 

 

 

 これは人類が宇宙に触れたという、奇跡的な一歩を記した軌跡——。

 人類が可能性を示したことの証明——。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——同時にそれは、禁忌の深淵を覗き見るという意味でもある。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。