魔女兵器 〜Another Real〜   作:かにみそスープ

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次回、最終節になります


第24節 〜未来の開拓者〜

「私に『ミルクの魂』と、レンさんが抱える『情報』をすべて移植してください」

 

「……その意味をお分かりになってるんですか?」

 

「分かっています」

 

 バイジュウからの申し出に『無形の扉』は当然問う。その問いに彼女はハッキリと返答した。

 

 組織からすれば行幸ゆえに頑なに勧誘を拒否してたことについてはこの際棚に上げるが、交換条件に憑依を望むバイジュウの無謀さに呆れてるしかない。

 

 彼女らは知らないが、憑依によって人為的に生み出した人間としての最高傑作が『無形の扉』のトップである麒麟だ。

 だがその在り方と経緯は組織内でも自覚があるほどに異様で異質で不完全で失敗作なのだ。あの麒麟を持ってしても人為的な憑依は悪影響が大きく、保有しておく情報の取捨選択を定めないと自我が保てないほどだ。

 

「もう一度聞きます。自身が口にしたことの無謀さを分かっているのですか?」

 

「憑依とは自我を塗りつぶす劇薬ということは分かっています。それはSIDが秘密裏に保護してる『神楽巫女』から聞き及んでいます」

 

 もちろんそれも知っている。無形の扉は『憑依』についてのスペシャリストともいえる霧夕の存在をSIDが保護していることも。

 だが、そんな先天的な特異体質を持つ彼女でさえも自我を塗り替えられずに抱えられる魂自体は『アメノウズメ』の一つだけというほどに魂の共存というのは難しいものだ。

 

 それを承知の上でバイジュウは望むというのか。ミルクの魂と、レンの情報を一心に抱えることで二人を救おうとしているのか。そんな余りにもか細い——いや『不可能』なことに縋ってしまうほどに。

 

 

 

 貴方は聡明なはず。無茶無理無謀を通り越した愚策だと理解しているはず——。

 そんな愚者に我々は託そうとしていたのか。人間の進化の未来を。永劫なる宇宙に足を踏み入れる者として期待してたというのか。

 

 

 

 ——失望するしかなかった。

 

 ——殺す。今ここで殺すしかない。自分の価値を履き違え、ただの人間と成り下がったバイジュウを生かす価値などない。

 

 ——そしてそんなバイジュウを信じていた無形の扉も間違っていた。こんな組織に価値なんてありはしない。

 

 

 

「いや。その要求、飲んであげましょう」

 

 だがエージェントが首を断とうと覚悟した直後、そこにギンを抱えながら引き摺り歩く麒麟が姿を見せた。

 ニャルラトホテプを打ち倒したことでドリームランドの月が秩序とルールが保てなくって自壊した結果、現実世界に引き戻された麒麟がバイジュウの要求を飲んだのだ。

 

「麒麟様、何故やらせるのです! こんな小娘にもう価値は……っ!!」

 

「お前の気持ちもわかるが、私も手痛い指摘をこの爺から受けてな。あまり強く言えない立場となっては組織の事情で命を奪うわけにもいかない」

 

「たかが爺の世迷言一つや二つでしょう。気にする必要もない」

 

「だから飲むんだ。バイジュウ様の選択は正しいのか、正しくないのか。この憑依はそれを試す審判として。彼女の行く末を決めるのは彼女自身に委ねる」

 

 華雲宮城は階級主義だ。上がそうだと認めたらそうするように骨の髄まで教育が行き届いている。それは無形の扉だって例外じゃない。

 

 名もなきエージェントは渋々と頭を垂れて「では一任します」と身を下げると、麒麟はバイジュウに歩み寄りその片手に握る異質物武器の『陰陽五行』を突きつけた。

 

「宇宙の一人旅は選択肢の連続。すべてを見極める洞察力も必須だが、天運も持ち合わせてないと到底生き残れない過酷な世界。その第一歩として相応しい」

 

 バイジュウと麒麟の視線が絡み合う。

 バイジュウの目に迷いはない。澄んだ瞳は心さえも見透かせるほどの覚悟を見せていた。

 

 言葉なんて無用。ならばと麒麟は『陰陽五行』を翳し、バイジュウの願いを叶えようとする。

 

 

 

 ——果たして、この綺麗な瞳は何を映すのか。

 

 ——宇宙の神秘に心躍るのか。

 ——宇宙の冒涜に狂わされるのか。

 ——宇宙の無情さに打ちのめされるのか。

 

 

 

 ——そんなことを考えながら、麒麟は眠りにつくバイジュウを見守った。

 

 ここから先は彼女だけの戦い。

 その戦いにどんな意味と結果を齎すかは、彼女だけが導くことができる。

 

 

 

 …………

 ……

 

 

 

 再びの暗闇の世界にバイジュウは溺れる。深海に沈むような息苦しさは、自身が漂う世界の密度を表している。

 

 呼吸するだけでも体力を使う。酸素がドロのように澱んでいて、血流を循環した瞬間には灼熱と絶対零度を内包した熱くて寒いという気持ち悪さを帯びている。

 

 だが、その程度は飲み干して乗り越えないと話にならない。この程度はセラエノのエーテルを炸裂させる『プラネットウィスパー』と比べたら大した事ないのだから。

 

 潜り続ける——。沈み続ける——。

 

 やがて悍ましい光景を目にした。

 頭部が爆ぜたレンの遺体。その首の断面からはドールに生まれ変わろうと触手の形をした『情報』が蠢いている。

 

 触手を引き摺り出して一先ずはレンを犯す情報を止める。続いてはレンの遺体を動かし、その下にある更なる情報を目につける。

 

 これがレンさんを犯そうとした情報の根源——。

 これさえ受け止めきれれば、レンさんを助け出せる。仮に受け止めきれなくても私の魂を殺してしまえばいいだけのこと。残った身体にはミルクの魂が宿って、ここで得た情報はバイジュウの脳を経由する事でミルクに間接的に伝えることができる。

 

 どう転んでも有益にしかならない。私の心身のリスクさえ鑑みなければ。

 

 今更自分の命も心も尊厳も惜しくはない。むしろ今まで大事にしすぎてて腐らせていた。

 命とは繋ぎ託す物。そうやって生命は次世代に託していくのだから元々海から始まった35億年前の地球の生命は、形や機能を変えて今でも繋ぎ止めているのだ。

 

 そんな35億年の歴史を重ねても尚、生命は宇宙に挑むことはできない。根本的に弱すぎるという点もあるが、生存本能が宇宙を求めていないということもある。

 

 元々太陽系において地球という存在は奇跡に等しい。緑が豊かなこと、空気中の成分割合が生命に適していることもあるが、何せ水が『液体』として機能する数少ない惑星なのだから。

 

 少しでも太陽に近ければ水は水蒸気となって『気体』になってしまう。かといって遠ざかれば水は凝固して『固体』となってしまう。

 

 だからこそ生命の始まりである『海』は存在してるだけでも奇跡といえる。海そのものの誕生が44億年前。地球が46億年前に誕生して2億という長い年月を掛けて、ようやく生命が生まれる基盤ができたのだ。

 

 しかしそれでも海で生まれた生命は、何故地上に上がろうとしたのか。

 その理由はただ一つ。生存競争によるものだ。例え全ての命を抱擁する優しい海でも、そこで生まれる生命がすべてが優しい平等な世界ではない。海の中で弱肉強食は行われて弱い者は淘汰されていった。

 

 そんな弱者が『それでも生きたい』と本能が訴えて生き残ろうとしたから地上に生命は繁栄した。とはいっても、それは簡単なことではない。

 

 その『それでも』を行った生命なんて数えきれないほど多くいる。けれどもその大半が環境に適応する前に死んで、死に続けた。無意味に、無価値に、無謀に死んでいったのだ。

 

 だがその無意味、無価値という『意味と価値』があったからこそ次の生命はその反省を活かして地上に挑み続ける。

 無知なことは罪ではない。無知でないことを認めないことが罪なのだ。

 

 そんな数多の挑戦と死の果てに、ようやく地上の生命の原初が生まれた。あとの軌跡は言うまでもない。

 地球が丸ごと凍るという『スノーボールアース』が起き、時には地球全体が酸欠状態となる『海洋無酸素事変』ということが古生代や中生代に起きた。

 

 そして最も有名なのは『Tレックス』や『トリケラトプス』などは有名な『恐竜』という種が絶滅するジュラ紀の末期に起きた『隕石衝突』による影響で粉塵が空を覆うことで発生した『氷河期』だろう。

 

 そして2億3000年前に、やっと人類の基盤中の基盤である『哺乳類』が誕生することになる。

 そこから更に長い年月を掛け、500万前にようやく『哺乳類の霊長目ヒト科』——つまりは『人類』が誕生したのだ。より正確には『猿人』と呼ばれる『ヒト亜科』ではあるのだが。

 

 やがて『猿人』は『ホモ・ハビリス』『ホモ・エレクトス(原人)』と進化を重ね、ついには氷河期を超える画期的な文明である『火』を利用する『ホモ・エレクトス・ペキネンシス(北京原人)』が誕生した。

 

 そしてまともな文明を発展する土台を得た人類は更なる進化と成長を促す。これが『ネアンデルタール人(旧人)』であり、人類の脳みそが歴史上で最も膨れた状態であったと残された骨の形から推測されている。

 

 しかし、それでも『旧人』はその形を維持して繁栄することはできずに絶滅した。その理由は多くあるが、今は命題には関係のないことだ。生命が歩む道筋の一つ。枝分かれした葉先の一つが枯れたの見届けただけの話だ。

 

 そして20万前に、ついに我々が知る『人類』こと『ホモ・サピエンス(現生人類)』が生まれたのだ。

 とはいっても目覚ましい進歩自体は頭の大きさ以外には『旧人』と差はなかった。叩いて音を出すという原始的な音楽もあれば、石壁などに刻む原始的な文字もある。俗に言う『旧石器時代』という文化が残っていたからだ。

 

 では『現生人類』が『新石器時代』になって何を作り出したかと言えば、それこそかの有名な『研ぐ』や『磨く』といったことで石の形を整えて機能性を向上させる『磨製石器』の開発——つまりは『加工』という技術の雛形が生まれたのだ。

 

 そこから先は皆もご存知の『縄文時代』の開幕だ。女王『卑弥呼』を中心とした『国』という文化を境に『土器』や害虫に対抗する『高床式』といった『家(倉庫)』が誕生して、人類は穴倉などに住むといった環境からすれば高度な生活をすることができるようになった。

 

 年代は進んで『弥生時代』になれば『青銅器』や本格的な『稲作』というものが外国から齎され、文化の交流を深めると同時に技術はより強固なものとなっていった。より強大で強固なものを作る概念も生まれ『古墳』や『鉄』というものが生まれたのもこの時代だ。

 また平行して海外に言及すれば、この時には当時中国では『始皇帝』が治めた『秦』という国も生まれていたりするが。

 

 何はともあれ『古墳』という文化の雛形が生まれて、今度は『古墳時代』の到来だ。

 そしてここが人類にとって『思想』のターニングポイントが生まれる。今でも多く根付く『仏教』という思想が他国から伝わってきたのだ。

 

 ここからは激動の時代の移り変わりだ。

 

 

 

 聖徳太子、冠位十二階、大化の改新が起きた『飛鳥時代』——。

 古事記、万葉集、墾田永年私財法が生まれた『奈良時代』——。

 清少納言と紫式部が生み出した枕草子と源氏物語の『平安時代』——。

 源頼朝から始まる武家政権の始まりと終わりを綴った『鎌倉時代』——。

 鉄砲やキリスト教の外国の文化が浸透した『室町時代』——。

 織田信長、豊臣秀吉といった武将が天下統一を計った『安土桃山時代』——。

 ペリー来航、坂本龍馬と新撰組といった江戸幕府を中心とした『江戸時代』——。

 大日本帝国の誕生と数多の国同士の戦争が始まる『明治時代』——。

 そして第一次世界大戦と関東大震災が起きた『大正時代』——。

 

 あとは比較的近代の出来事だ。『昭和時代』『平成時代』『令和時代』について語ることは多くはあっても、この場においては意味は大きくはない。

 

 これだけの歴史を重ねてもなお人類は宇宙に挑むことは最近になってからだ。

 初めて生命が宇宙が行ったのは人間ではなく『ハエ』であり、また軌道飛行を始めて行ったのは、かの有名な『ソ連の宇宙犬』である『ライカ』または『クドリャフカ』と呼ばれる犬である。

 

 そこまでの旅路を経て——ようやく人類は『1969年7月20日午後4時17分』にアポロ11号で『月面に着陸』したのだ。

 

 

 

 ここまでして、ようやく月面への到達だ——。

 生命としては35億年前。哺乳類としては2億3000年前。人類としては20万年。これほどの年月と本能と知恵を捧げても、いまだに生命は宇宙の片鱗に触れることすら困難な有様だ。

 

 

 

 この困難にバイジュウは真正面から当たろうとしている——。それが華雲宮城の無形の扉が求めていたことなのだ。

 

 人類として20万年続く旅路に、新たな進化と息吹を捧げたい。その象徴と人柱にバイジュウを選ぼうとしていた。

 

 それはつまりバイジュウの価値が『20万年続く人類史よりもはるかに価値がある』ことを意味してもいる。

 無形の扉からすれば、歴史や物語に出てくる関羽、始皇帝、アーサー王、ノア、オリオンといった者たちよりも偉大であると言ってるようなものだ。その重荷は到底言葉では表しきれない。

 

 

 

 だが、一人の少女が20万年の歴史を背負い越えるには土台無理な話なのだ。

 

 そんな壮大な歴史と意味を知ってしまえば平伏してしまう。聡明なバイジュウなら尚更だ。この旅路が生み出した価値と犠牲がどれほどのものかを知っている。

 

 

 

 その上で宇宙に行け——? 宇宙に適応しろ——?

 何なら超常にも対応して、道標となれ——?

 

 

 

 余りにも重荷だ。重すぎる役割だ。まだ二十歳にも満たない少女が持つには過酷すぎる旅路の清算。

 

 

 

 それが『情報』の正体だ——。

 宇宙と人類史の天秤。それに挑むことの本質を問うのが、この情報の意味。

 

 

 

 そんなのにバイジュウが適応するには不可能だった。情報の絶対的な量に処理が追いつかず、脳細胞が少しずつ蝕まれていくのがわかる。

 

 ここまでだ。バイジュウの魂はここで終わる。

 なんともつまらない終わり方だと自嘲しながら、その魂の灯火が消えていく。

 

 

 

 意識が微睡んで——落ちて——溶けて——。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして————。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「流石、バイジュウちゃん♪」

 

 意識が塗り潰され、傀儡になろうとする刹那——。

 まるで鈴のように凛と響く声にバイジュウの意識は再覚醒した。

 

「私も一緒にしたのはナイスだね♪ 一人で無理なら二人ならなんとかなるってことさ」

 

 その声を忘れるわけがない。忘れることなんてできるわけがない。

 その声を聞くだけで身体の奥底から力が湧いてくる。渇水の大地に恵みの雨でも通ったかのように満たされていく。

 

 色んな感情がグチャグチャになって、溢れ出て止まらない。きっと今の不細工の顔を見たら彼女は笑うだろう。

 

「まあ、私達二人なら100人力だけどね! いくよ、バイジュウちゃん!!」

 

「うん——!!」

 

 バイジュウは力強く答え返す。最高の相棒である『ミルク』の手を——今度は『味方』として確かに握り返し、再び暗闇の世界にバイジュウはミルクと共に立ち上がる。

 

 

 

 一緒に足を揃えて超常の情報に挑む——。

 眼前に迫るは狂気と神秘が渦巻く宇宙と情報生命体の塊。人間が理解した瞬間には、正気という物を失ってしまうのが道理である劇物。

 

 だけど不安なんてない。貴方の温もりと鼓動が、私の中で止まっていた時間を動かしてくれる。凍てついた時間を溶かしてくれる。

 

 寄せ狂う情報なんて何するものぞ。二人一緒なら怖いものなどない。

 

 例え呑み込まれようとも救ってみせる。例え足を無くしても支えあげる。人と人は支え合うことで生きていき、人という存在を証明できる。

 

 見たことない星の先。光さえも届かない宇宙の最果て。人間が生きるには余りにも過酷で寂しい世界の端。隔絶された世界の境界線。そんな世界でも貴方がいれば私は満足なのです。

 

 重いと言われるだろうなぁ。

 だけどミルクは笑って受け入れてくれるだろう。太陽のような眩しい笑顔で私のことを饒舌に揶揄ってくれるだろう。それで私は満更でもなく膨れっ面になるんでしょう。

 

 それが私達にとっての在り方。自然体で向き合える親友としての距離。偶に距離感が近すぎて可笑しなことにもなるけど、それさえも笑い合える確かな絆の積み重ね。

 

 でも、それでいいのです。そんな当たり前で十分なのです。

 そんな関係が私達にはちょうどいいんだ。

 

 

 

 この『思い』を噛み締めて——。

 この『思い』を『重さ』にして——。

 

 

 

 宇宙の彼方に行きます。

 無限の彼方へ歩んでいけます。

 

 20万年の人類が歩んできた価値なんて、私からすればミルクと一緒にいる『一瞬』のほうが遥かに価値があって尊い。

 

 だから真っ向から挑める。人類の歴史に恐れずに立ち向かえる。

 

 

 

 

 

 いや、違う——。恐れずに立ち向かうという話じゃない。

 

 

 

 

 

 あなたと一緒なら——私が恐れるものなんてあるわけがない。

 

 

 

 

 

 …………

 ……

 

 

 

「——だから貴方は本当の意味で『進化した人類』なんですよ」

 

 

 

 二人っきりの戦いの果て——。

 それを麒麟は見届けた。その顔には悔しさ、悲しさ、喜び——人が表現しうる数多の感情が一体となった名状し難い面妖なものとなっていた。

 

 

 

「でも同時に理解しました。その進化さえも奇跡ではなく軌跡でしかなかったと」

 

 

 

 その果てに見せた結果は麒麟——否、『無形の扉』の根本的な部分にあったバイジュウを求める理由からすれば非常にくだらない物でもあった。

 

 バイジュウは人間を超越した存在だと盲信していた。だが実際は違っていたのだ。

 どこまでも彼女は自身の弱さを懸命に隠し、強くあろうとしたごく普通の人間。どこでもいる普通の人間だった。善性も悪性も兼ね備えたただの人間。

 

 それは麒麟の中に眠る『少女』が忌み嫌うものだ。

 少女の家族は人が当たり前のように持つ悪性によって殺し殺され自滅した。その人間の汚い有り様を知ったから、そういうものを超越した人類を少女は求めた。

 

 だけど結果はどうだ。悪性とは、つまり執着であり生き汚なさだ。

 バイジュウは泥臭く、我儘に、汚くもミルクを求め続けた。自分の身体や心が塗り潰されそうともミルクを助けたい一心で行動し続けた。

 

 それは決して綺麗なことではない。ハッキリ言ってしまえば醜い在り方だろう。

 誰かを助けるために自分を犠牲にするのは決して綺麗事じゃない。助けられた側に呪いを残す刃だ。仮にミルクを助けられたとしても、心身共に捧げたバイジュウが消えてしまっては意味はないだろう。

 

 20年前の南極でバイジュウの中の時計が止まったように、ミルクだって同じようにバイジュウがいない世界の喪失感で時計を止めてしまう。

 

 バイジュウ自身はミルクが強い人間だから、私がいなくても大丈夫だろうと考えるかもしれないが、無形の扉は知っている。ミルクがバイジュウに対してどれほど気持ちを寄せているのかを。バイジュウの非凡さがどれほどミルクにとって刺激になったのか。逆もまた然りだ。

 

 だから二人を繋ぐ絆は綺麗な物だけじゃない。醜い部分もあれば、人には明かすには恥ずかしいものもあるだろう。

 だけどそういう酸いも甘いも知って生き続けるのが人生であり、人間としての正しい旅路だ。良いことも悪いことも含んで人間という在り方であり、その現状を打破しようと踠き足掻く姿こそが変化を促す。

 

 時にそれは進化かもしれない。

 時にそれは退化かもしれない。

 

 そういう枝分かれした生命の進化の先に芽吹いた花こそが人間としての新たな形となる。それが根底にあった組織の願いだ。

 

 

 

「何であれ、彼女もまた『人間』だったんですね——」

 

 

 

 だからこそバイジュウは人間のまま、その価値を示し切った。進化ではなく『成長』という形で示してみせた。

 一人でダメなら二人で。支え合うことを二人は選んだ。そういう形こそが自分たちに最も合った変化であると証明してみせた。

 

 

 

 

 

 ——35億年続く生命の旅路を『人類』という存在のまま。

 

 

 

 

 

 それは『無形の扉』としての信仰を、盲信を、願いを根底から打ち崩す答え。

 組織が不要として切り捨てさせようとしたミルクとの絆があるこそから、バイジュウは宇宙の情報に適応することができた。

 

 

 

 つまりは組織としての完全なる敗北——。

 それは、たった二人の絆によって証明されたのだ。

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