パトリオットの宣告からあっという間に半月も経過した。
突然の国家の方針変更は多忙で危険なことだらけの綱渡りのはずなのに、意外にもこの半月でトラブルらしいトラブルは一切起きなかった。
まず内城と外城の境界をなくすことから始まった。忘れそうになるがヴィラが持っていた『重打タービン』の設計思想のように、物理的に壁をなくそうということが現実になろうとしてるのだ。
けれどもただ無くなるだけではテロリストを迎え入れるだけであり、とりあえずは第一段階として壁をなくす前に改めて簡易的な『壁』を作ることにした。なくすのに作るという自体に頭を抱えたくなるが、要約すれば『中立地帯』というのを作った。
そこではパトリオットことシスティーナが当主を務める『アレクサンドリアル』が管理する小さな一画。面積にしては100平方キロメートルにも満たない。その中で社会として成立と維持ができる人口総数は数万人と限界集落も限界集落だ。
厳選な審査を終えた者は腕章を付けて入国することができ、システム的にはマサダの基本と差はない。前にエミリオがシンチェンに与えたリストバンドと同じ役割を持ってる。
そしてこの中でなら様々な教育機関から就業支援、さらにはビザの発行といったものを幅広く行ってくれる。国を亡くした流浪の民からすれば至れり尽くせりだろう。現にWebニュースでも実際に体感した充実した支援に歓喜の取材内容とコメントが多く見られる。もちろんアンチのコメントも見られはするが、そんなのは全体で見れば些細なものだ。
交通とか水道とかその辺のインフラは整備中ではあるが、日進月歩で進む外城と内城の『中立地帯』こと『ユートピア』は発展を続けている。
……ユートピアの語源ってローマで生まれたから、そんなのがマサダブルク(元々はイスラエルを中心とした学園都市)に芽吹くのは奇妙というかなんというか。
ともかく順調ということだ。パトリオットが進めるマサダブルクの新体制はまだまだ思想の関係で自国民からは批判の声も大きいが、全体的な目で見れば上手くいってる。
この調子でいけば『ユートピア』に嘘偽りない地帯ができる……と思っていたが、数日前にSIDにパトリオットから連絡があったことで一変した。
——『レン様に助力を願います』
——『どうか。人工魔女を助けて欲しいのです』
…………
……
「本日はお越しいただきありがとうございます、レン様」
というわけで今現在俺はパトリオットに招待されて、アレクサンドリアルが管理する居住地の一画で対談することになった。
まだまだ開発途中の建材と荒れた陸地が虫食い状態となる開拓地。立派なのは工事してる作業員の質と数、それに警備員として配置された人工魔女こと『マルス兵士』が十数人いることくらいだ。
「歓迎はレンだけ? 招待したのは新豊州だけじゃなくて『六大学園都市』に関係する全員でしょ?」
ラファエルが口にした通り、ここにいるのは俺だけじゃない。それどころか今この場においているのは各々の学園都市で融通が効くメンツしかいないのだ。
華雲宮城からはバイジュウ。ニューモリダスからはスクルド。サモントンからはラファエル。新豊州は俺とアニー。そしてリバーナ諸島からはニュクスという感じのメンバーが揃い踏みだ。ニュクスだけは現役ではないのだが、血筋的には関係者であることは確かなので呼ばれても不思議ではない。
そしてマサダブルクからはパトリオットご本人とエミリオという感じだ。エミリオはパトリオットの隣について申し訳なさそうに困った笑顔を浮かべるが、まあ上司と部下の関係性を持っている以上こちらに肩入れはしにくいのだから仕方がないだろう。
問題はどうしてここまで集める必要があるのか、という部分だ。
本題に対する簡単な説明は皆がすでに受けている。必要なのはぶっちゃけ俺だけというのが実情だ。アニーはまだ分かるとして、他のメンツはこんなところに集められる理由がなさすぎる。
「お互い様だけど今は国際フォーラムの事後処理で忙しい身の上同士。こんな戯れをする余裕はないよね」
もちろんスクルドは文句を垂れる。こういう時、ズカズカと本題から突き刺していくスクルドの意図的な幼さからくる無遠慮さは助かる。話が遠回りにならずに本題に移せるのだから。
パトリオットは「それもそうですね」と言いながら背を向けて歩き始めた。
だったらついて行くしかない。パトリオットの背中を見て、これからどこに向かうのかを。
けれども時間は掛からなかった。歩いてから1分未満。一つの仮設状態の建物の前についた。
パトリオットは遠慮なく金網の扉を開き、シートの奥に隠されたものをこちらに見せてくれた。
「……ドールか」
「正確にはドールになる途中ですかね」
そこにいたのは声を上げることすらできず、ただ情報に犯されてのたうち回る少女兵が数十人はいた。
「ここにいるのは『人工魔女』の適性がありながら、付与される情報に耐えられずにドールに変質しようとしている魔女達です」
「レンちゃん、これ『魔女の繭』って状態だね……。こうして見るのは意外と初めてかも」
そんな単語ありましたっけ??? だいぶ前だから記憶があやふやだぞ……。
「レン様にはどうかこの少女たちを救ってほしいのです。あなたであれば可能でしょう?」
「そんなこと言われましても……」
「触れるだけでいいんです。あなたはエミリオと接触することで、彼女の魔女としての力を解放させることができるのでしょう。『ハニーコム』の時のように」
「どうしてそのこと知ってるの!?」
「『stardust』に残された映像データで確認できましたし、エミリオから直接聞きました」
あのエミリオが!? 自白剤を致死量並みに盛られても決して一言も吐き出さなかったエミリオが!?
「断るに断りきれなくてね。サモントンの一件でレッドアラート貸してもらった恩がある手前」
「それに一応はマリル長官から許可はもらってる」とこちらの内心をいつも通り見透かして必要以上にエミリオは補足してくれる。
そうだよな。サモントンで幾千万のドールを対処できたのだって、無人戦闘機であるレッドアラートの恩恵が大きかったもんな。それを考えたらこれくらいはある意味当然というかしょうがない交換条件ではあるのか。
「貴方ならこの状態でも触れることで彼女達を解放できる。そうすれば彼女達は無事に『マルス兵士』として活動することができる」
「……彼女達が望んでるならそうするけど」
でも迂闊にそれを呑むべきかどうかは判断に困るのが実情だ。
人工だろうが何だろうが、魔女の力ということには変わりはない。魔女の力は最終的には破滅に導くのが現状だ。霧吟やギンもそうだし、ウリエルだってそうだ。この三人だって魔導書が持つ情報に踊らされて破滅へと踏み込んでしまったんだ。
「それについて望むしかないというべきでしょう」
返答に困る俺にパトリオットは話を続ける。
「元々マルス兵士の訓練を受けることで、彼女達の親兄弟は十二分な援助を受けられるという条件で人工魔女になることを希望しています。もちろんその中で適性外だったものは、別に補助窓口を設けて教育を一定期間収めることで、程度は下がりますが援助を受けることができる。もちろん税金や居住といった柵について多少言伝はしますが……それが今私がしている政策の大まかな内容です」
無償の慈善団体かと思ったら、噛み砕いた説明でも割と分かりやすい政策とアフターケアに驚いてしまう自分がいる。
「ですから彼女達はここで解放されないと、契約を守ることができずに家族達は路頭に迷うことになる。また右も左も、未来も分からない渇いた砂漠に戻るしかないのです」
「半分脅迫みたいなものね」
「無償の奉仕では国は機能しないことはデックスの娘でもお分かりでしょう。それが貧しいマサダブルクとなれば尚更」
ラファエルからの指摘にパトリオットは真正面から言い返す。温室育ちの恵まれた土地を持つ国には分からないだろうと言いたげな敵意を持って。
それにラファエルは言い返すことはしない。だって他ならぬ本人がそれに近い言葉をメディアに堂々と言った過去があるのだ。
「それにレンに救われたのはデックスの娘も同様でしょう?」
そこまで言われたらラファエルは返す言葉もない。ラファエルも破滅の道を辿ろうとしていたのは事実だ。
魔女の力を暴走させて風を超える暴虐をサモントンに奮いかねない事態に陥った。それはレッドアラートや随伴機である『ブルートゥース』を通してパトリオットでも知っていることであろう。だからそれを突いた。
「……私から言うことはないわ。他はある?」
みんな沈黙するしかない。ここまでラファエルが説き伏せられるのだ。他の皆だって同じようになるのは目に見えている。多かれ少なかれそういう繋がりが多いのだから。
「……『私』から一つだけ」
だが一人だけ弓を引く。目の雰囲気を変えてバイジュウ——いや、ミルクは問う。
バイジュウの中にミルクがいるのは極秘中の極秘だ。知ってるのは無形の扉とSIDを合わせての極一部と少ない。というかあの時事件に関わっていた人達以外にはいないほどに。だからベアトリーチェやニュクスどころか、ヴィラやラファエルでさえ知っていない。
それこそ本来ならエミリオさえ知ってはいけないことだ。だけど彼女は持ち前の読心術のおかげで勝手に知った。本当に勝手に知ってしまった。
だからそういう能力とかない限りは漏らしようがないほどにミルクの存在が厳重だ。悟らせる匂いさえもいけない。
故に秘匿しないといけない。
だからできる限りバイジュウっぽく。できる限り落ち着いて慎ましく。できる限り氷のように冷静に。
「結局私達が呼ばれた理由とはなんぞや?」
「なんぞやとはなんぞや」
ダメだ! ミルクの素の部分が滲み出てきてしまっている!
おかげでパトリオットの口調さえもおかしくなっている!
だけど疑問には応答するのが質問の流れだ。
多少は面食らったパトリオットだったが、しばし目を閉じると「まあいいでしょう」と軽く流し、最近買ったコスメでも見せつけるかのように懐から小銃を取り出した。
「確かにレン様さえいれば話自体は可能です。だけどそれはフェアじゃない。なんだったら小銃を顳顬に押し付けて脅迫することだってできるんですよ?」
そうは言いながらもパトリオットも取り出した小銃をすぐさま戻して打つ気がないことも見せてくれた。
「リーベルステラ号での一連もエミリオから聞いています。レン様は人を信じやすく、警戒心がなくて隙だらけ。試してるこっち側が不安になるほどに純粋で可憐だと」
「余計なお世話だよっ!」
「でも事実だよ、レンちゃん」
「ええ、事実ね」
「嘘偽りなく事実ですね」
「間違いなく事実だよ♪」
「うん、事実だね」
「私も事実だと思う」
『……流石に私も同じく』
満場一致!? バイジュウでさえもフォローしてくれない!?
「それにこのように愛されている。それは自国に住むエミリオだって同様でしょう。となれば私がもしも強行策に出ようものなら……」
「全力で助けに行こうとするね。例えマサダブルクを裏切ってでも」
エミリオはパトリオットに向けて敵意を向ける。というより臨戦態勢だ。
紙で切った程度の薄い傷口。僅かに漏れる『血液』が、エミリオの武器となる。その意味を理解できないパトリオットではない。
「というわけで公平性を保つために皆を呼んだわけです。人工魔女の実態を視察という意味では重要な交流ではありますし、貴方がたに傷がついたら他国に何と弁明をするべきか」
前にラファエルが言っていた『両国の話を円滑にさせるための人質』と似た感じってことか……。
「私は貴方とは敵対する気はありません。穏便で健全な付き合いをしていきたいと思ってるからこそ、このように皆が立ち会う場面を用意した。これで納得していただけましたか?」
「納得はしたけど……」
横目でエミリオに視線を送る。読心術を使って俺の心中にある「本当に嘘はないの?」を伝えるために。
だけどエミリオから返答はない。パトリオットの心境を読み解けない様子であり、目を伏せて軽く首を横に振って「分からない」と暗に告げた。
……なら自分で判断するしかない。助力するかどうか。
でも悩むだけ時間の無駄だということも分かっていた。何せこの光景を見た瞬間に、俺の中であることが思考をよぎったのだから。
…………
……
——あの暗闇でドールから浴びせられた悪意。正当なる独善。
——救える力はあるはずなのに救えなかった自分。
——これを必要な犠牲と思っていいのかどうか。
……
…………
あの事件の最後で思ってしまったこと。救えたかもしれないドール達を見放してしまったことは、俺の中で楔となって深く突き刺さっている。
俺の目の前にいるのは、そうなる前の魔女達で——。
ドールに変質する前の魔女達を救えるかもしれない——。
あの時、置いてけぼりにした願いが拾えるかもしれないんだ。ごく僅かで、小さな範囲かもしれないけど。偽善と呼ばれるかもしれないけれど。
救えるんだったら——救いたい。
そう願うことは決して間違っているわけがない。
「受けるよ。ここにいる人工魔女を救うことを」
「ご助力感謝致します。一方的な慈悲を受けるだけではマサダブルクの権威を貶めるだけですし、この恩は必ず応えさせていただきます」
俺の返答にパトリオットは喜びを浮かべる。
それは救世の聖女といっても差し支えない神秘的で蠱惑的だ。ある意味では人間離れした……それこそ彼女を形容してる『女神』とも思えるほどに。
「…………」
けれども最後までエミリオの疑念が晴れることはなかった。俺はその疑念に満ちた表情が記憶に焼き付いて仕方なかった。
パトリオットの心意の奥底にあるもの——。
それを見定めようとすれば、深淵に誘われるかのような一種の『狂気』を孕んだエミリオの表情を。