魔女兵器 〜Another Real〜   作:かにみそスープ

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断章① 〜Log Out System Sistine〜

 少年はどこにでもある不幸を背負って生きてきた。

 七年戦争で親を失い、国を失い、それでも生きるために色々と汚いことをしてきた。もちろん人を殺すことだって当然だった。

 

 この世界ではそんなことがありふれている。子供であろうとも武器を持てば脅威となる。それが異質物武器となれば尚更だ。

 少年は偶然拾い上げた異質物武器を利用してこれでもかと人を殺してきた。ただ自分が生きるために何の罪もない大人を、自分と同じ境遇である子供を容赦なく。生きるためには仕方がなかったから。

 

 だからその『行為』をしたのだって生きるためだった。

 眼前に聳える壁。マサダブルクの内城と外城を分つ忌々しい壁。

 

 こんなのがあるから宗教思想の差別が生まれたのか。宗教思想の差別があるからこんなのが生まれたのか。この際、そんなことはどうでもいい。

 

 ともかく少年は偶然と幸運が重なって、その壁を越えることができた。警備がザルな輸送車の中に入って、人目がつかぬ間に降りて内城の中でも一等地へと向かう。

 

 そこには自分とは違い裕福で不自由なんてない権力者がいる。内城は楽園で外城は地獄だ。何も知らない楽園の住人が呑気に過ごしている。

 なら利用しない手はない。そんじゃそこらの権力者の一人や二人を脅すために弱みを見つけ、それを交渉材料に資産を分けていただく。地獄の住人にお裾分けしてもらうだけだ。少しばかりボッタクるお裾分けを。

 

「はいはいはーい。おいたはいけませんよ〜〜」

 

「いてぇよ! 離せよっ!」

 

 だがその作戦は出鼻を挫かれた。

 楽園の中でも極楽浄土。基本が砂漠の大地であるマサダブルクにおいて色彩豊かな花畑。そんな中でのほほんと読書をしていた自分と同じぐらいの少女に少年は関節技を決められて身動きが取れない状態に陥っていた。

 

「あなた入城許可貰ってないでしょう? ということは不法侵入だよね。罪状次第じゃあ銃殺になるけどいい?」

 

 虫も殺したことがないような顔なのに、至って自然かつ冷酷に銃殺という言葉を漏らす少女に少年は寒気を覚えた。

 こいつは嘘を言ってない。殺るといったら殺るという覚悟がとうにできている。何なら掴まれてる手首を挨拶がわりに折ることもできるほどに。

 

「……というのは冗談で。ここに入るならこれくらい用意しないと危ないよ。私だったから良かったけど」

 

 けれど少女は殺すことなく、むしろ手首に何かを巻いてくれた。

 それは入城証明書代わりにあるリストバンドだ。入城の手続きを行う職員か、あるいは国家で管理されてる正式な軍人か、もしくは内城に根付く権力者しか取り扱うことができない代物。

 

 これがある限りは少年はここでの滞在が許される。だがそんな甘いことを内城の連中のするわけがない。

 

 さあ、いったいどんな条件をふっかけてくるのか——。

 

 ある種期待にも似た心境を宿しながら少女の言葉を待っていると——。

 

「じゃあまずは自己紹介! あなたの名前は?」

 

「は?」

 

 なんとも珍妙で不可解な質問だ。警戒してたのが馬鹿らしくなるほどに。

 

「だ〜か〜ら〜名前っ! ユーアーネーム!」

 

「……名前なんか忘れたよ。生きてくのに必要ないんだから」

 

「そんなことないよ、名前は大事。名前を忘れちゃうなんてとても悲しくて寂しくて辛いことだよ?」

 

「んなわけないだろ。そもそも自己紹介するなら自分から名乗るのが礼儀だろう。これだから世間知らずの内城育ちは嫌いなんだ」

 

「ああ、そうだね。そっか。普通私からか」

 

「ごめんねぇ」と少年の心を逆撫でするような甘い声に苛立ちが募る。だが募ったところでどうすることもできないが少年と少女の悲しき実力差であった。

 

「うーんと……名前……名前か……」

 

「……こんな楽園でも名無しがいるとはな」

 

「いやあるよ。でもあまり名乗るなぁ〜〜って忠告されてるからね。どんな呼びやすい名前にすべきか……」

 

「同情して損した」と内心思いながらも少年は未だに頭を畝る少女に思わず苦笑を浮かべてしまう。

 哀れんでいるのか、蔑んでいるのか。どちらにせよ好意的なものじゃないのは確かだ。

 

「じゃあ『アルティナ』! 私の名前は『アルティナ』にするよ! アレクサンドリアルの最初と最後に、システィーナから取って『アルティナ』!」

 

「そうかい。『システィーナ・アレクサンドリアル』でアルティナね」

 

「あっ…………! 名前言っちゃった……!?」

 

「お前アホだろ。割と救いようのない」

 

 ある意味ではこの余裕こそが内城育ちの証だ。こんなアホは外城では生きていけない。

 悪意に唆されて身を削られるに決まってる。悪意に騙されて心を蝕むに決まってる。こんな甘っちょろいやつは外のことなんて知らない方がいいのかもしれない。

 

「じゃあこれはあなたにあげよう! 今日から君がアルティナとして振る舞おう!」

 

「いらねぇよ、そんなモロに女性の名前なんて。そんな女々しい名前を貰って喜ぶ男はよっぽどの変態か女装癖だろうよ」

 

「きっと可哀想などこかの誰かさんが泣いてる……」

 

 そして余裕を持つからこそ施すことができる。そんな当たり前のことを少年は改めて感じた。 

 人の『喜怒哀楽』なんてものは余裕がないと成り立たない。余裕があるから喜び、余裕があるから怒り、余裕があるから哀しみ、余裕があるから楽しく生きていける。人が映画やニュースに感化されるのはそういうことだ。

 

 だからふと振り返ってしまった。少年は少女が畝る姿を見て『苦笑』したことを。

 

 好意的なものじゃないのは確かだ。それでもどういう形であれ、それは感情の発露である以上は喜怒哀楽が伴う。そんな久方ぶりの感覚にどこか胸が躍るのを初めて自覚した。

 

 

 

 ——俺はこの女といて、楽しんでいるのか。

 

 

 

 突如として湧いて出た感情に戸惑いが止まらない。だがこの溢れる気持ちは少なくとも嘘ではない。確実にこの女といて踊り昂っている。

  

 だから何の気もなしに少女の雑談にやれやれ顔で付き合ってやった。外城で廃れた気持ちになるよりかは充実した時間にもなる。

 

 会話の内容なんてつまらないを通り越した虚無ともいっていい。

 昨日は何を食べたのか。明日はどういうことをするのか。そんな路傍の石みたいにどこにでもあるつまらない会話。

 

 だけど少年にとっては充実したものだ。多少デリカシーもプライバシーもないのが汚点だが、まあそれは寛大な心で許してやることにした。内城が持つ『余裕』という気持ちをほんの少しでもお裾分けしてもらったのだから。

 

「そう、なんだ……。壁の外はそんな風になってるだね……」

 

 けれども会話とは情報と気持ちの共有でもある。少年に余裕が分け与えられるように、少女には『貧困』が分け与えられた。

 内城育ちで外のことなんか何も知らない無垢な子供。少年と少女の境遇には文字通り地獄と天国のような隔たりがあったことを。

 

「……何も言えないね」

 

 謝罪するのは違う。この状況を招いたのは少女ではない。少女はただ環境に沿って生まれ育っただけ。ここで謝れば逆に少年の立場を踏み躙るだけの無遠慮だ。

 だけど流せばいいというものでもない。少女はただ受け入れて言葉を絞り出す。涙を堪えながら心を滲み出る。

 

 それは本心だ。少ない時間ではあるが、少年にはそれが分かった。

 こいつは嘘がつけるような度量はない。感情をそのまま出力するしかできない不器用な善人だ。

 

 だからそんな顔を浮かばせ、無垢な心を汚したことに少年は何とも言えない気持ちが湧き上がる。

 

 申し訳なさとかじゃない。彼は生まれついての悪人だ。暴力を振るうことに躊躇いもなければ罪悪感もない。常に自分の利を求め、理を証明する離することのできない性というものだ。

 

 だからその答えを形容するのも、また利己的なものにしかならない。

 

 

 

 ——ああ、欲しい。この子が欲しい。

 

 

 

 今まで奪うことしか知らない人生。自分から発露される感情を昇華させる手段なんて『略奪』しか知らない。

 今すぐこの子を攫ってしまおうか。身代金とかそういう目的でもなく、ただこの子が欲しいから奪ってしまおうか。

 

 

 

 ——いや、何を考えてるんだ。

 ——それは確かに楽しいが、刹那的すぎる。

 

 ——気を熟してからでいいだろう。この女の顔を最も汚れた瞬間を見計ろう。

 

 ——今日を生きるのが精一杯な身だが、そんな暗い明日を見るくらいはできる。

 

 

 

「じゃあ、また来るとするよ」

 

「うん、またね」

 

 

 

 だから今日はここまで。またくだらない話をして、また外城の醜さを教えてあげよう。

 そしてその顔が歪んで穢れる背徳感を生き甲斐にしよう。そして最後には奪おう。それがいい。

 

 

 

「さようなら。また会う時は違う私だろうけど」

 

 

 

 去り際、彼女は意味深な言葉を残していった——。

 

 

 

 …………

 ……

 

 

 

 少年は昨日の出来事もあってそれ以外の悪事をする気も起きず、かといってただ外城に戻るのも退屈で嫌だったので、とりあえず適当な宿を借りて過ごすことにした。

 どうやらアルティナが施したバンドは『大使』として扱うものであり、このバンドを内城の入国機関に見せればアレクサンドリアルが管理する専用のホテルを紹介してもらえたから意外と便利なものだ。支払もアレクサンドリアルがしてくれるのだから素寒貧でも安心。3食昼寝つきの高待遇だ。

 

 

 

 ……よくよく考えたら、これってヒモじゃね?

 

 

 

 なんか途端に情けなくなったが、生きるので精一杯だからしょうがない。今だけは存分に権力を利用するとしよう。

 

 今日も今日とて読書日和の渇いた炎天下。それでも花畑に座る君の姿だけは心に潤いをくれる。淀んだ潤いではあるが、無いよりかはマシなのは違いない。

 

 

 

 さあ、今日はどんな顔をしてくれるだろうか——。

 

 

 

 疚しさを抱えながら少年は隣人のように気さくに「よっ」と声をかけて少女のすぐ隣に座った。彼女から返される言葉なんて想像もしないまま。

 

 

 

「えっと……どちら様でしょうか?」

 

 

 

 

 

 ——少年はアルティナが先天性の『記憶障害』を持っているなんて、その時まで知らなかった。

 

 

 

 

 

 少年はどうしてそうなったのか事細かく問いただした。少女はただ手元にあるノートで整理された情報を読み解く。

 

 私の名前は『システィーナ・アレクサンドリアル』——。

 私は高貴な生まれで、穢れを知らない。知っても忘れる——。

 だからメモを取る。だけど取ったメモの内容を忘れるから理解できない——。

 だから友達がいない。みんな腫れ物として扱う。それでもいるかもしれないけど忘れてしまう。

 

 

 

 たった、それだけ。それだけしかない少女——。

 それがシスティーナ・アレクサンドリアルだという——。

 

 

 

「ごめんねぇ。私の方は忘れちゃって。最低でしょ」

 

 

 

 少年は生まれて初めて哀れみを知った。

 自分は『今日を生きるだけで精一杯』だとしたら、彼女は逆で『今日だけしか生きることができない』存在だということに。

 

 

 

 暗い闇に閉ざした未来を見る者と、未来さえ見れない者——。

 

 

 

 こんな残酷なことがあるか。だとしたら今目の前にいるのは『今日を生きるだけのシスティーナ』であって、少年と『昨日を生きただけのシスティーナ』——いや『アルティナ』はもうここにはいないというのか。

 

 心臓が張り裂けそうだ。そしてこの思いはきっと少年だから持てたものではない。

 きっと彼女の無垢さに当てられた全ての人が思うことだろう。そしてまた『今日しか生きられないシスティーナ』を相手にし、また無垢に戻る『明日のシスティーナ』を見てこれを繰り返す。

 

 身と心が保たない。だからだろう。彼女がずっとこの花畑で一人っきりでいるのは。

 身なりはしっかりとしていて生活に不自由な様子なんてない。虐待の後もない。愛されてるはずなのに、注げた愛は底から抜け落ちていく。血族でさえもその在り方に耐えきれず、それでも彼女の個を尊重するためにもこういう自由を提供しているのだろう。

 

 

 

 システィーナにはそれしかない——。

 じゃあ、それを『奪った』らどうなってしまう——。

 

 

 

 そんなのは考えるまでもない。少年は自分の浅ましさを顧みる。

 

 

 

 ——こいつから『奪う』なんてことはもうしない。許さない。

 

 

 

「じゃあ改めて初めまして。俺は……」

 

 

 

 ——そんなことないよ、名前は大事。名前を忘れちゃうなんてとても悲しくて寂しくて辛いことだよ?

 

 

 

 ああ、だから彼女は大事だといったのか。

 自分は忘れてしまう。それを何度も何度も体験してきて、自分の不甲斐なさといい加減さを何度も何度も悔いてきた。

 そしてそんなことさえも忘れてしまうことを知っていたからこそ、あれは彼女が内包する罪悪感から来るものだったんだ。

 

 

 

 ——-じゃあこれはあなたにあげよう! 今日から君がアルティナとして振る舞おう!

 

 

 

 だったら俺は『昨日の君』を忘れないように、君の名前を抱きしめよう。君の罪悪を背負うことにする。

 元々俺には何もなかったんだ。だったら君の代わりにいくらでも背負うとしよう。

 

 今日から俺は——。

 

 

 

「『アルティナ』だ。笑うなよ」

 

「……女の子みたいな名前だねぇ」

 

「うっさい」

 

 

 

 だったら何度だって合ってやろうじゃないか。お前の無垢さに何度だって報いてやろうじゃないか。さあ今日はどんな話をしてやろう。微笑ましい話か、恐ろしさ話か、滑らない話か。それよりももっと広大な話か。

 

 そうだ。なら君の代わりに世界を見よう。閉じ込められた内城という楽園(地獄)で君に届けられるだけの物語を語ろうじゃないか。

 

 

 

「今日はここまで。また今度聞かせてやる」

 

「でも忘れちゃうよ」

 

「いいんだよ。何度だって話してやるし、何度だって新しいことを教えてあげるから」

 

「変わった人だね」

 

「うっさい。そのメモにでも書いとけ」

 

 

 

 照れ隠しのように少年はぶっきらぼうに返答する。そんな素直ではない様子にシスティーナは笑った。

 

 また明日の私と会いましょうと、そんな『今日のシスティーナ』にとっての『遺言』を少年は心に締まい、また明日も明後日も繰り返す。

 

 

 

「よぉ、今日も初めまして。アルティナだ」

 

「アルティナ……ああ! あなたがアルティナね!」

 

 

 

 何度目かの初めまして。けれどもその日だけは少し違った。

 見慣れたリアクションと違う。パズルの欠けたピースがピッタリはまったような高揚感を持って彼女は話し出した。

 

 

 

「昨日までの『私』から伝え聞いてます。メモを見たらアルティナのことが何ページにも渡って書かれていて……最後に『明日の私へ。アルティナのことをよろしくお願いします』って書かれていたんです」

 

「楽しみにしてくれたようで何よりだ」

 

「だから今日の『私』にも話してください。あなたの素敵な話を」

 

 

 

 だったら刻みつけよう。望むように何度だって。

 君が望めば、俺は何度だって話してあげよう。例え俺にとって話し疲れた繰り返しのものだったとしても。

 

 

 

「私も『今日しかできない初恋』を経験したいんです」

 

「……小っ恥ずかしいこと言うな」

 

 

 

 …………

 ……

 

 

 

 

 

 だが数年経てば彼女の『記憶障害』に対する治療方法は見つかった。

 それは医学的ではない。魔術的な方法だ。ある意味では『奇跡の普遍化』という冒涜でもある。

 

 

 

 

 

 ——研究中の『人工魔女』を医療技術として応用するという。

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