魔女兵器 〜Another Real〜   作:かにみそスープ

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【第一章】全19節まで毎日更新確定【完結】


第16節 〜Predator Dream〜

「どけぇえええええええええええ!!!!!」

 

 可憐ながらも勇ましい少女の声が戦場に響く。

 

 少女は瞬時に状況を理解した。手に持つ金属バットを全力で投げて、巨兵の腕部へと激突させる。それと共に揺れる照準、放たれる水の砲弾と数多の鉱石の弾丸。

 研ぎ澄まされ鉱石は流れ星のように美しく煌めくも流れ着く先は『死』という着弾点。

 それらは飛びつく少女の顳顬を掠め、身を挺してバイジュウを抱え込んで少女は転がる。

 

「〜〜っ!! 大丈夫か、バイジュウ!?」

 

「レンさん……」

 

 濁流の泥が全身にこびり付き、みっともない姿になりながらもレンは何とかバイジュウを助け出した。そこでバイジュウは改めて意識を整える。

 

 今度こそ助けなければならないと。

 

「レンさん……手持ちの武器に変化は?」

 

「バットを投げ捨てたことくらい……」

 

 つまりは武器はなく、あるのは標準装備の小銃、ナイフ、閃光手榴弾、後は応急手当の簡易セットなどなど……。正直心許ない、というのがバイジュウの本音だった。

 だが、レンさえいれば……二人いればこの状況を打開することは可能だとバイジュウは考える。

 

『放水砲』を放ってから、再度貯めるのに数十秒かかるのはバイジュウは既に把握している。連射ができるのであれば、あのようにエミリオ達を『人質』に取る必要はない。

 だとしたら、その数十秒と人質の奪還こそが現状を打開させる鍵となるのだ。

 

「……いやいや! 大丈夫なのっ!?」

 

 バイジュウからの耳打ちされたアドバイスにレンは戸惑いを隠せない。何故ならそれは無謀以前に、下手したら自殺行為にしかならないからだ。

 

「信じてください……私達を」

 

 真剣に見つめるバイジュウの瞳に、レンは折れてその作戦二つ返事で引き受ける。

 

 作戦は一瞬で決まる——。『放水砲』の再装填まで後20秒、それまでが二人にとっての作戦遂行時間となる。

 両者左右に分かれて巨兵を見定める。巨兵が獲物に捉えたのは……バイジュウだった。巨兵は手となる鉄製の銃口をバイジュウに叩きつけようとするが、鈍重な動きを見切れないほどバイジュウは愚かではない。その隙をついてバイジュウは懐へ跳びこんだ。

 

 手元に掲げるのはラピラスとは別の、ただの鋭利な刃物。護身用のギミックナイフ。巨兵はすぐに意図を察して腹部への硬質化を急ぐ。

 

 だが、その瞬間に巨兵の背後から小規模な爆発が発生した。衝撃は巨兵にダメージこそ負わせないものの僅かに身を止めて、腹部の硬質化が僅かに綻びる。

 

 背後にいるのは小銃を構えたレンの姿と飛び散ったビニール袋。そして携帯型酸素ボンベ。

 

 ——断熱圧縮熱が起こす爆破現象だ。

 

 近年でも医療用酸素ボンベや、ガスコンロの開閉などでも度々火災が発生するケースの一つ。急激に上昇した酸素濃度は断熱変化のひとつとして、圧縮するときに圧力エネルギーと熱エネルギーに変換されてエネルギーとして保存される。このエネルギーは非常に引火性が高く、マッチを擦る時などで起きる摩擦熱や、タバコの煙程度で容易く爆発してしまうのだ。

 レンはそれを利用して、密閉したビニール袋に酸素を注入して巨兵に投げつけ、小銃で狙い撃つことで即座に爆破する即席の手榴弾を作り上げた。

 

 とはいっても、量さえ間違えなければ爆破の規模としては精々縁日の手持ち花火を集約した程度の威力しかない。そして間違えられるほどレンの度胸は据わっていない。

 

 だが、その程度の火力でも、隙さえ生み出せるのならばバイジュウには充分なのだ。ナイフを構えて渾身の力で巨兵の腹部……さらに言うならば『エミリオの腹部』へと深々と突き刺した。

 半固形状となった状態ならば、外部から刃物などは通すことができる。もちろんそれだけでは何の打開策にもなりはしない。突き刺したのがエミリオだというのがこの場に置いて最も重要な意味を持つ。

 

 バイジュウは一気に刃物を引き抜き、エミリオの腹部から夥しいほどの血が半固形の液体へと混じり合う。

 

 エミリオの能力は『血の硬質化』とそれに伴う『血の蒸発』——。

 

 この瞬間を誰よりも待ち望んでいたのは、自由を奪われて脱出手段を絶たれていたエミリオ自身だ。

 

 血はすぐに熱を帯びて針千本となり、取り囲まれている自分達を避けて巨兵の腹部を可能な限り串刺しにした。それと共に赤黒い針は気化を始め爆散。巨兵も内側から水飛沫となって弾き飛び、その衝撃でエミリオ、ヴィラ、ソヤの全員は空へと放り出される。

 

 バイジュウとレンはすぐに受け身を取る態勢へと移り、バイジュウはヴィラを、レンはソヤを倒れ込みながらも受け止めた。

 

 そしてエミリオは濁流渦巻く金属タイルの床に顔から着地した。

 

「いったぁああ!!? ちょっと! 女の子の扱いはデリカシーなんだから優しく切ってよ!? あと立役者なんだから受け止めてっ!?」

 

「ご、ごめんなさい! 下手に傷が浅いと血が足りないかと思いまして……。それにエミさんは一番年上ですし、他の二人は意識さえあるか不安なので……」

 

「一理あるし、いいけどねぇ……。貧血気味は置いといて、すぐ傷口が塞がるのは我ながら便利な能力だと思うわ……」

 

 泥だらけの顔は特には気にはせずに、エミリオは未だに少し滴る腹部の血を止血させるのを先決させる。

 

「すまない……。おかげで助かった……」

 

「げぇぇ……。わたくし確かに被虐気質なところはありますけど、あくまでソフト系なので流石に窒息プレイは遠慮したいですわね……」

 

 朦朧とした意識のままヴィラとソヤの二人は立ち上がる。戦闘する意思は十二分に残っており獲物は絶えず握っているものの、二人の呼吸は酷く弱まっていた。

 

「とりあえず呼吸を整えてくださいっ! あの程度で引かせられるとは思えません……」

 

 バイジュウから指示で深呼吸をして息を整える二人。少しでも早く息を整えるために二人は携帯版酸素ボンベを使用する。指示した本人も今のうちに流れ出た血を止めるために、緑色の宝石を傷口に触れさせて傷を癒す。

 

「この際『魔導書』どうとか言ってられないな……」

 

「ええ……撤退を第一とします。アニーさん達はどこにいますか?」

 

「バイジュウ達を手分けして探すためにアニー達は一度『Earth Factory』に向かった。俺も右回りでしか捜索しないように指示されてるから、この道沿いを戻ってゴンドラまで迎えば必ずどこかでアニーと鉢合わせするようになってる」

 

「わかりました。でしたら、今は合流が先決ですね」

 

 もう陣形なんて機能しない。迫りくる脅威はあの異形のみ。それから逃れることこそ最善の陣形になる。

 

《警告。『Blue Garden』内のEブロックからGブロックまでに海水の侵入を確認。施設の維持を最優先し、直ちに該当箇所を隔離廃棄します。繰り返します》

 

 それは一種の救いであり、同時に滅びの宣告だった。

『Ocean Spiral』は少しずつ、その役目を終えようとする。

 

 

 …………

 ……

 

 

「うわぁ……。でも、管制室はCブロックだからまだ余裕は……あるのかなぁ?」

 

『Earth Factory』の探索を終えて、合流のために『Blue Garden』内へと帰還していたアニー達。シンチェンとハイイーはもう何をしても起きないのじゃないかと思うほど、深い睡眠状態となっていて、アニーとして気持ち楽な状態ではあった。

 

 だが、それとは別に宣告される施設の隔離廃棄。現在アニーがいるのは入り口であるAブロックのため、被害は合わないものの、もしレン達がその範囲内にいれば救出するのは不可能に近い。

 

 気が気でない待機時間。EからGとなると、隣接するDやHが雪崩的な被害が発生する可能性もまだあることを考えると、どうか早く合流したいとアニーの気持ちは前へ進もうと逸るが、現状では生存と合流、どちらの意味をとっても待機がベストなのだ。

 

 もしも既にレン達がH以降のブロックにいて大回りをして向かっている場合、仮にアニーが早く合流しようとBやCブロックに行くと合流することなく、むしろアニー自身が連鎖的に閉鎖する恐れがあるブロックに隔離されて二次被害に合う可能性があるためだ。

 

 そしてAブロック隔離や、ましてや『Blue Garden』そのものの廃棄する宣告があった場合、無慈悲だがレン達との合流は諦めてシンチェンとハイイーだけでも逃さないといけない責任がアニーにはある。

 

 今の彼女には信じて待つしか選択がない。やがてアナウンスが告げる。《DブロックとHからJブロックを隔離廃棄します》と。

 遠くからシャッターが下りる音が聞こえて来る。空気に緊張感が増す。続いて告げる。《Cブロックを隔離廃棄します》と。

 

 少しずつシャッターの下りる音が近づいて来る。

 まだか、まだか——。アニーの焦りは加速する。

 

 すると、近くシャッター音と共に聞き覚えのある声も聞こえてきた。

 

「…………ーい! アニー!」

 

「レンちゃん!」

 

 バイジュウ達を連れて走って来るレンの姿がアニーは捉えた。同時に身体に流れる安堵感。だが安心し切るのがまだ早い。

 

「無事で良かったぁ〜……」

 

「再開は喜ぶのは後です。事態は一刻を争います」

 

「そうだね、バイジュウ。ゴンドラまでの安全は確認できてるから、早く行こうっ!!」

 

 足早に皆がゴンドラと向かう。やがてアナウンスが『Blue Garden』の完全封鎖を宣告する。

 

 何故この時誰も気付かなかったのか——。設計上『Blue Garden』は漏水による封鎖は想定済みだからこそ隔離廃棄機能がある。

 それが機能せずに立て続けに隔離廃棄を実行し、最終的に『Blue Garden』は完全封鎖となった。

 

 ここまでの劇的な流れに、なぜ何者かが工作していることに気づかないのか——。

 

『Blue Garden』内で不定形の物体が蠢き続け、やがてそれはゴンドラの、コースターに取りつき始めた。

 

 

 …………

 ……

 

 

 俺達は一心不乱にゴンドラを目指して『Earth Factory』の連絡通路を全速力で駆ける。皆の息は乱れており、少しでも気を緩んだ瞬間今にも倒れそうだ。

 

 特に重症なのはエミリオだ。止血は既に済んではいるが、あのゴーレムみたいなアメーバから抜け出すためとはいえ、やはり腹部からの出血の量が多すぎた。ラファエルの魔力が込められた緑色の宝石……長いから『治癒石』でいいや。

 治癒石では傷口、疲労、毒素などを完全に治療することはできても、人体として不足した『血液』までは治すことはできない…………というか供給できない。

 

 ヴィラとソヤは体力をある程度取り戻したとはいえ、それは諸々の代償の末だ。倦怠感と疲労、それにバイジュウが言う『放水砲』から発射された鉱石の流れ弾でできた切り傷があったこともあり、既に彼女らの治癒石の魔力は尽きた。そして呼吸を整えるために携帯版酸素ボンベ………………これも長いので『酸素玉』でいいだろう。

 とにかく酸素玉を4分の1を使用して状態だ。俺も即席爆弾を作るために同等の量を消費している。

 

 まだ余裕があるとはいえ……もしもう一度、あのアメーバの襲撃があった場合———。

 

 だから、すぐに気づいた。俺の中で『恐怖』の象徴となりかけているアメーバ状の物体は、俺たちが向かうゴンドラの終着エリア……『Earth Factory』の中央エントランスエリアにいた。

 

 造型は先程とは違い、かなり変化が起きている。

 露出していたアメーバ状の部位は既に頭部しかない。その頭部にも機械の部品が取り込んで蠢いており、赤いランプがサイレンのように点灯している。

 

 あれではもうゴーレムやアメーバとかではなくロボットだ。機械仕掛けの巨兵は、こちらが接近するのを待ちわびていたように腕部を振り上げる。

 

 そして問題は手の部位だ。

 ——『二門』あった。『放水砲』は両手の部位の設計されており、その二つが既に照準を定めて、こちらに銃口を向けていた。

 

「まずいっ——。エミさん、フォローお願いしますっ!!」

 

「今度は遅れを取らないわよっ!!」

 

『放水砲』が二重となって放たれる。狭い連絡通路では、すべてを飲み込む津波に等しい重圧で俺達を襲いかかってくる。

 

 バイジュウはラプラスを振り翳し『引力』と『斥力』の力場を作り出し、俺にはよく分からん化学反応やらエネルギーで見えないフィールドが張り巡らされたように、バイジュウを中心として津波は円を描いて俺達を避けていく。

 

 だが、装填される弾丸は『水』だけじゃない。第二の弾丸『鉱石』が襲撃してくる。単純な質量と速度を持って接近する鉱石は、バイジュウのエネルギー力場でも完全に受け流すことはできず逸らすのが限界だ。

 しかし『鉱石』という弾丸に置いては『逸らす』だけで不十分なのだ。それでは乱射された散弾、跳弾と変わりない。予測不可能な流れ弾が脚に被弾したとなると、それだけで機動性を失い、次弾の『放水砲』を交わし切れずに直撃する。

 

 つまり、第一も第二も『完全回避』以外は、事実上の『死』を意味する厄介極まりない超高密度の弾丸なのだ。

 

 その第二の弾丸は——エミリオが腕の静脈を使った『血の壁』を全体に展開することで受け切る。

 

「うぇええ……吸血鬼みたいに輸血パック直飲みしないと……」

 

『神の使者』と呼ばれる身で吸血鬼とか大丈夫かと気になるところだが、今はそんなことを言っている場合じゃない。

 

 全員が無傷なのはいいことだが、その代償は大きい。エミリオの顔は青褪めて、足元さえ覚束ずに今にも膝から崩れて倒れてしまいそうだ。

 

 これではもう一度防ぐのだけで限界だ——。

 

 子供達を抱えて動けないアニーを置いて、全員が機械仕掛けの巨兵へと突撃する。俺も自身のではなく、アニーが所持していた金属バットを借りて戦闘に参加する。

 

 バイジュウの言葉は当然覚えている。『いざ』という時は逃げて欲しいことを。だけどみんなを守りたいのは俺も同じだし、同じくらい今この場からみんなと逃げたい。

 

 だけど、こいつを『倒さない』と誰も『守る』ことも『逃げる』こともできない。

 

 だったら、全部を使ってでも対処するしかない——っ。

 

 手には既に準備しておいた酸素爆弾が合計3つ。俺が持つ酸素玉の残量を全部使っている。

 

 これが俺が持てる全部————。

 なんて、ひ弱なんだろう————。

 

 俺は『魔女』じゃないから、エミリオ達みたいに能力を持っていない。

 正確には持っているのだが、それはハインリッヒやベアトリーチェなどの封印されていた『魂』を呼び覚ますだけだ。今ここに、そんな『魂』を呼び出せる異質物も、魔導器もない。

 

 だけど、それを言い訳に……立ち止まる理由にしてはいけない。

 

 先陣を切ったヴィラが戦鎚を巨兵の鎧へと振り回す。超重量の鉄槌は鎧を直撃して、巨兵の重心を大きく揺らしたが倒れることはない。

 

 ……まるで何かに支えられているようだ。

 

 だが攻撃の手を緩めることはない。俺も追撃として酸素爆弾を投げつけて、小銃で撃ち抜いて爆発させる。先ほどよりも湿度は低いこともあって、爆風は勢いを増して一瞬で巨兵を包み込む。

 

 しかし、巨兵はゴンドラの終着エリアのゲート前から一向に退けることはなくひたすらに耐え続ける。

 

 爆風に乗じてバイジュウとソヤが斬りかかった。

 ソヤは強引に巨兵の左腕部を削ぎ落とし、バイジュウも『量子弾幕』とラプラスの特性をフル活用して全弾を脚部に直撃させ、さらには右腕部を破損させる。

 

 これで左手の『放水砲』はまず無力化できた。だというのに、不気味なほど巨兵はその場から動くことはない。

 

 

 倒れない、崩れない、揺るがない。不気味なほどに動かない……。

 

 

 そこで気付く。巨兵はゴンドラを……より言うならコースターを背に立っており、コースター内を通して巨兵の背には幾重にも繋がったパイプやチューブが鎧や腕部に張り巡らせている。

 

 もしも予感があっているならば……。あいつは今『コースターすべてを供給ライン』として水や鉱石を補充し続けている——。

 元々ゴンドラは海底資源の移動と運搬を兼ねたインフラの中心だ。供給先が『Blue Garden』というだけで、その供給ラインを巨兵が変更、もしくは強奪したとしたら、不可能ということはないだろう。

 

 もしそうだとしたら、それは規格外規模を持つ半永久的なタンクだ。最高貯蔵量は俺には計算不能だが、コースターは高さだけで『3500m』に達して螺旋状に最下層まで伸びている。半径なんか裕に1キロは超えている。この規模がすべて銃でいう弾倉などに値するとしたら……いったい何発打てる?

 

 いや、それよりも…………どうやって『脱出』すればいい? 

 

 コースター全てが掌握されてるとしたら、下手に手を出してコースターやゴンドラを破損させた場合は、水深2500mの深海港にある旧式潜水艦にさえ辿り着けるか怪しくなる。

 

 愚鈍な思考など許さないと言わんばかりに、巨兵は残された右の『放水砲』を放とうとする———。

 

 懐に入り込んでいるソヤ、ヴィラ、バイジュウは無視して、俺を標的に直線状に繋がるアニーとエミリオが対象だ。俺に防御手段などあるはずがない。

 

 だけどバイジュウの一太刀もあって『放水砲』の機能は弱まっているのは確かだ。近距離爆発で銃口自体をお釈迦にするのは不可能だし、何よりバイジュウ達が巻き込まれてしまう。だけど今なら…………被弾する中心対象が俺なら、自爆覚悟で弾丸を捌き切るのは可能だ。

 

 構えと同時に、俺は残った二つの酸素爆弾を取り出した。一つは直線状に投げ、もう一つはワンテンポ置いて山なりに放り投げる。

 

 二重の弾丸には、二重の爆風で挑む。単純な計算だ。

 

 その間に俺は口に治癒石を含んでおく——。被弾は覚悟の上だ、俺は意を決して第一の爆弾に向けて小銃を発砲。第一の弾丸は爆風に入り混じり、見事に威力を相殺することに成功する。

 

 だが爆風を裂いて接近する青、赤、黄の多種多様・豪華絢爛の鉱石——。第二の弾丸が襲来してきた。

 しかし動作は既に終えている。弾丸が爆風を裂く直前に、俺は眼前に落ちてきた第二の爆弾へと小銃を放っている。

 

 再び爆発。今度は十分な距離は取っておらず、爆風と共に俺は後方へと吹き飛ばされる。火傷を負うのが当然の状況だが、ハインリッヒの戦闘服と治癒石の相互効果で比較的軽傷で済んではいる。

 

 だけど……熱いものは熱いし、痛いものは痛いっ……!

 

「レンちゃん!」

 

「……無駄にはしないっ!」

 

 アニーが名前を叫ぶ声だけで意図を把握した。使い切った俺の治癒石は吐き捨てて、アニーの治癒石を受け取る。

 

 だけど『放水砲』は何とか受けきった。これで巨兵が脅威となり武装はしばらく使用できない。その間に接近している誰かが対処してさえいれば……。

 

 

 爆風が晴れる——。だが、そこには驚愕の光景が広がっていた。

 

 

 血塗れになって倒れるヴィラとソヤ。それを離れた位置で見つめるバイジュウ——-。復活している巨兵の右腕————。

 

 脳内でアドレナリンが分泌されて世界がスローになって見える。加速された思考は現状を把握しようと高速で理解を促す。

 

 破壊された右腕は違う機材を取り込んで、既に違う機構の銃口へと様変わりしている。ミニガン(M134)のように筒状に組まれた銃口という名の大口パイプ管が合計6つ——。

 

 あれは『放水砲』の超高密度の水弾と射程距離を削ぎ落とした代わりに、鉱石と高密度の水弾を『乱射』するために特化させた機構だ。それで無防備なヴィラとソヤを、バイジュウが防御に回る前に迎撃した——-。

 

 あの巨兵、状況に応じて武器を最適化している——。

 

 思考に時間を割いたのは致命傷だった。

 巨兵は両腕を構える。右腕の『放水砲』は依然としてこちらに向け、左腕の『乱射水』は執拗にヴィラとソヤを定める。

 

 無論、バイジュウだって無闇に眺めるだけじゃない。傷ついた彼女達の前に立つことでラプラスのエネルギー力場を利用しようとするが、それでは足りない。水の弾丸は捌き切れても、鉱石の流れ弾にはバイジュウ含めて必ず全員のどこかしらを切り裂く。

 傷ついたヴィラとソヤでは被弾一つだけで死にかねない。例え今この状況で治癒石で回復しようとしても、治癒石は即効性があるわけじゃないので、どうにかしてこの一回だけは耐え切らないといけない。

 

 その手段はある——。この距離なら、俺が全速力で駆けて『身を盾にすれば』ヴィラとソヤは守り切れる、確実だ。

 だけど、そうなると無防備なアニーと衰弱しきったエミリオは『放水砲』に——。

 

「行って、レンちゃん!」

 

 エミリオの声に、俺は駆け出した。

 信じる————。バイジュウだって、危機的な状況からエミリオ達を救出するために覚悟を持って傷つけた。

 

 俺だって、エミリオが必ず防ぐと信じて、エミリオから離れるしかない——。

 

 鮮血は花弁となり、死の弾幕が咲き乱れる。

 

 

 …………

 ……

 

 

 吹き荒れる水飛沫と鉱石の粉塵。ラプラスが発生させる力場によって致命傷だけは避けることにバイジュウは成功する。

 

 レンが身を挺したこともあって、ヴィラとソヤは無傷であり、怪我を負ったのはバイジュウとレンのみ。

 バイジュウが最も被弾率が高く、太腿や肩などの露出する部位のほとんどに深い傷跡があり、あろうことか両手の甲には深々と破片が突き刺さっている。激痛からラプラスを握る力が弱まり、重力に従って銃剣は床へと音を立てて落ちてしまった。

 

 もうバイジュウには治癒石はなく、ヴィラとソヤも現在使用中だ。手元に回復手段するがない状況で、非常に危機に瀕した状態となっている。

 

 違う、一番の危険なのはエミリオだ——。バイジュウは振り返った。

 

 あそこまでの貧血状態では、防ぎ切れるだけの盾を展開すると、例え凌いだとしてもエミリオ自身の命が危ぶまれる。そして凌げなかった場合は子供達諸共、二重の弾丸によって命を奪われる。

 

 どちらにしても無事では済まない。

 霧散した水飛沫が晴れて、視界が鮮明になる。

 

 バイジュウが見た先には、二重の膜が張られている——。白と赤の二色の膜——。

 

 白いのは『エアロゲルスプレー』が噴出した防弾膜だ。ひ弱なアニーやレンが銃弾対策として常に持ち出している戦研部の愛衣が生み出した作品の一つ。

 小銃程度の銃弾なら防ぐ優れものだが、いくら半壊状態の『放水砲』でも、それだけでは水と鉱石の弾丸は防ぎきれない。だからエミリオは『血の膜』で補強することで強度を上げて、最低限の血の量で防ぎ切った。

 

 この状況下でもエミリオは最善を尽くすことを諦めていない。誰よりもボロボロで、誰よりも治癒石の効果は得られないのも関わらず、懸命にそして——。

 

「受け取ってッ!!」

 

 そして、選択を誤ることがない。

 

 アニーが渾身のオーバースローで、エミリオの治癒石をバイジュウに投げ渡した。もうエミリオには戦う気力も、守る意思も薄れている。それはバイジュウ達も同じであり、治癒石で回復を終えたヴィラとソヤは既に度重なる連戦と『放水砲』によって限界を超えて、エミリオと同じく今にも気絶してしまいそうだ。

 

 これでアニーとエミリオの治癒石も、レンの回復とバイジュウに充てられて、もう残る治癒石はシンチェンとハイイーが持つ緊急用と後がない。

 

 戦えるのは、実質バイジュウとレンの二人のみ。

 

 全霊を持って、この危機的状況を打開するのを任される。

 

 だが『乱射』というのは絶え間なく打ててこそだ。

 

 巨兵は放つ死の弾幕は、もう目前。

 レンは自分でも訳も分からぬまま身体が動く。

 

 発射まで3秒、レンはラプラスを拾い上げる。

 

 発射まで2秒、銃口が妖しく蠢く。

 

 発射まで1秒、ラプラスの駆動音が響く。

 

 

 

 発射まで0秒——。

 死の弾幕が二人を襲う。

 

 

 

 少女は『魂』から、願う——。

 自分に、俺に……。

 

 …………『私』に守れる力があったらと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——『魂』とは何か?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識を記録した、ある種のエネルギー体か。

 それとも観測できない量子状態的な存在か。

 

 あるいは『魂』とは単なる概念の一つかもしれない。

 

 物理学における『時間』の概念と同じく……。

 

 ただの幻覚………………『夢』。

 

 ならば唯一の問題は————。

 夢を見ているのは————。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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