魔女兵器 〜Another Real〜   作:かにみそスープ

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第一章、最終回です。


第19節 〜星之海StarOcean〜

「病院食って、万国共通で味うっっっっっっすいわよね……」

 

『Ocean Spiral』の一件から数字後。俺達は今回のMVPであるエミリオを労いに、アニーとヴィラと一緒にSIDが株主とする病院へと足を運んだ。

 そこまでは良かったんだけど…………。病室に入った途端あんなに腕や腹から血を出して、挙句には手首からも大量出血させたりと生死を彷徨った人物のはずなのに、フードファイター顔負けの量の食器を積み上げるマサダブルクの神の使者様がいた。

 

「この人、先日まで危篤状態だったよな……?」

 

「まあ、出血多量以外は何の異常もなかったからね……。脱すれば納得というか何というか……」

 

 そうだね、出血多量以外は何にも無かったね。それが尋常じゃないから労いに来たのだが。

 

「ほふほふへ……んっ、はぁ…………。そもそもね、出血多量で安静状態なら鉄分たっぷりの料理準備してくれた方が個人的には嬉しいのよ。レバーとかレバーとかレバーとか……」

 

 文句を言いながら本日7杯目の山盛りの白米を平らげて、電子ジャーから8杯目をよそう。そして電子ケトルからお湯を注いでインスタント味噌汁を準備し、さらには誰かが持ってきていたコンビニの袋から野菜を中心とした洋風オードブルさえも出してきて即座に食事を再開させた。

 

「改めていただきます♪」

 

「あとエミが健啖家だったことに驚きを隠せないんだが……」

 

「すすぅ〜……。……私やヴィラはそこらの成人男性より食べるわよ。一応軍人上がりだからねぇ〜♪ 基本的な新陳代謝が違うのよ♪」

 

 …………確かに今思えばこいつらバーベキューでも食っていたし、夜食でも鍋物とにかく全部突っ込むハングリー精神全開だったわ!? マサダブルクでもザクロジュースを常備してたりするし、振り返れば思い当たる節がかなりあるぞ。

 

「あっ、悪いけどお釣りはあげるから病院近くの『大吉菓子寮』っていうお菓子屋さんで、新商品全部買ってきてくれる? 見ての通り重病人で絶対安静だから♪」

 

「どこがっ!? 仙豆食った後並みの元気だぞっ!? というかそんだけ食ってるのに、まだ食い足りないのっ!?」

 

「病院食だけだと足りなさすぎるのよ、量も味も。子供のおやつじゃないんだから」

 

「患者のために考えられたメニューをおやつ扱いか……」

 

 全世界の医師は泣いていい。

 ……まあ一般人じゃなくて『魔女』だから多少の常識は通用しないのかな……?

 

「これでもエミはお前の顔ほどあるハンバーガー二つを十分で完食するほどの胃だぞ。それをコーラで流し込む根っからのジャンクフード愛好家なんだ」

 

 それを聞いて俺はどんな表情になったのか。少なくともぎこちないものだったには違いない。

 ジャンクフード愛好家まではわかるが、俺ぐらいの顔となるとそれは本格派のハンバーガーだ。もはや愛好家の領域じゃない、ジャンキーでありジャンカーだ。マジモンの愛好家だ。

 

「ちょっと……それだと誤解されるでしょ」

 

 眉を潜めて文句を垂れるエミ。

 だよね。流石に女の子がそこまで食べれるなんて、イルカ以外にいるなんて信じられ——。

 

「その時はセブンアップだって。コーラだと、私がデブみたいじゃない……」

 

 否定するのはそこっ!? そして微妙に恥ずかしがるのもそこっ!? というかコーラもセブンアップも同じ炭酸飲料だよ!?

 

「あの時はセブンアップだったか。……ん? じゃあ去年のナポリタン3キロがコーラだったか?」

 

「ナポリタンの時はペプシよ。コーラの時はチーズピザ2キロの時だね」

 

 完全なデブまっしぐらだっ!?

 

「というか色々と飲むな。料理で決めてるの?」

 

「逆かなぁ。炭酸飲料で食べる料理変えてるだけ。そして炭酸の移り変わりも早いのよね。今はオレンジファンタだけど、前は順にドクペ、サイダー、マウンテンビュー、カルピスサイダー……。その時で食べたいのも変わるのよ」

 

 その気持ち分からなくもない。分からなくもないが……流石にフードファイターみたいなことはしない。

 

「あぁ……炭酸飲料で肉をたらふく流しこみたい……。ジンジャーエールかレモンサイダーがいいわね……。ライム系統で餃子を流すのもいい……」

 

 うん、これはもう放っておいて大丈夫だろう。退院祝いには食い放題の焼肉とか、SNSでよく見る餃子パーティ的なサプライズとかすれば喜びそうだ。…………そのための費用はマスコットガールとして頑張るしかないかぁ。

 

 ……費用という単語で、思い出したくないことを思い出して心労は重なる。何故ならもっとドデカイ物を俺は払わなければいけないのだから。

 

 

 …………

 ……

 

 

「許せないわね……許せないわ」

 

 後日、御桜川女子高等学校にて。

 放課後に俺はもう靴を舐め回す勢いで頭を下げてラファエルに謝罪していた。

 

 謝罪する理由はたった一つ。先日起きた『Ocean Spiral』事件……そのまま『OS事件』に関して、壊してしまったデックス家の家宝にしてラファエルのペンダント『エメラルド』のことについて他ならない。

 

「ほんとぉ……! このとおりぃ……!!」

 

 誠心誠意、全力を込めてラファエル様に土下座をする。当然額は地面についている。

 圧倒的……圧倒的な土下座……ッ! 今なら焼き土下座さえ可能である……ッ!!

 

「……? なんで頭下げる必要あるのよ?」

 

「えっ!? だってラファエル様のペンダントを……!」

 

「あー、それも確かに許せないわね。でも仕方ないでしょう。真に美しい物は至高の宝石よりも今を生き抜く命よ。それがアンタみたいな変態女装野郎やマサダの聖女様やらの命のためなら仕方ないわよ」

 

「じゃあ、何に許せないんだ……?」

 

「決まってるでしょう……? 何杯も食って人一倍カロリー摂取してるくせに太らないエミリオに言ってるのよっ!!」

 

 えぇ……そこぉ……?

 

「私なんか夜抜いたのに、あのラーメン食べた後に0.2キロ増量なのよ……!? 私こそが至高の芸術だというのに、この体重増加は許せないわ……! そんな乙女の苦労なんか無縁だと言わんばかりに食いやがって……」

 

「いや……軍人とお嬢様じゃ基本的な運動量が違うし……」

 

 ラファエルはエージェント的な扱いは受けてるけど、サモントン総督の娘ということもあり、お爺さんからの許可をもらえない限り作戦参加すらままならないご身分だ。そのせいでSIDの訓練にも本格参加は出来てない。その差はカロリー消費量という意味では大きい。

 

 ……まあ何が言いたいかというと、実は消費カロリー的な意味では俺はラファエルよりも普段から何倍も消費していることなんだが。

 

「じゃあ、私に合うスポーツジムを教えなさい、これは命令よ。念のため言っておくけど、一週間もフロに入ってないヤツの汚らしい手で、同じダンベル持ち上げたりプールに入ったりする汗臭いのはお断りよ。男臭いのはアンタだけで勘弁したいの」

 

 臭くて悪かったな!

 

「てか、俺が決めるの!?」

 

「さっき様付けしたでしょう? 傅く覚悟の準備はできてるんでしょう?」

 

「そこまでする義理は……」

 

「できなければアンタを器物損壊罪で訴えるだけよ。理由はもちろん分かってるわよね? お前がデックス家の家宝を壊してサモントンの権威を貶めたからよ」

 

「尽力いたします……」

 

「よろしい。……まあ今回の件は私の不備にしといてあげるわ。バイクで事故ったとでも言えば何とかなるでしょう。所詮はエメラルドだし」

 

「ラファエルってバイク乗れるの?」

 

「17歳よ、当然じゃない。管理が面倒だからレンタルでしか乗らないけど」

 

「へぇ〜、じゃあ今度後ろに乗せてよ」

 

「別にいいけど……。女性にしがみつくのは女装癖として情けなくない?」

 

 ……確かに。想像してみると、年上とはいえラファエルの背中を掴んでいる姿は女々しさ全開だ。

 

「じゃあ、俺が免許取り次第ラファエルを後ろに乗せる!」

 

「ダメよ。色々と条件はあるけど、免許取ってから一年以内は2ケツは禁止が定められてる」

 

 そうなのか……。道交法って難しいな……。

 

「そう落ちこむこともないわよ、二台で走ればいいじゃない。…………まあ、その時までにはセンスのないデートプランぐらいは磨いておきなさい」

 

 ……ゲーセン巡りじゃダメだよなぁ……。ウインドウショッピングとかか……? それとも映画館や博物館とかか……? 

 ゲームなら選択肢あるけど、自分で考えると候補が多すぎて分からない……。こういうところがセンスないって言われるんだろうなぁ……。

 

「というか、私への説明がまだ終わってないでしょう。エミリオやエメラルドのことは分かったから、もっと別の詳細を言いなさいよ」

 

「そうだった! じゃあ次は——」

 

 

 …………

 ……

 

 

 ——SID本部。

 

「今回の事件……。中々興味深い資料だな……」

 

「そうね。特にこの異質物……いえ、この異質物にあった『情報』……」

 

 頬が緩むのを必死に抑えながら愛衣はタブレットを操作することなく、水槽に泳ぐ魚を慈しむようにひたすら撫で続ける。そこに本当に何かがいるように、マリルはタブレットの画面を覗き込んだ。

 

『ここは狭いですね……』

 

『二人暮らしだと狭いよ〜。もっと大きい家にして〜』

 

 タブレットの画面には、まるでアニメキャラをデフォルトしたみたいに二頭身で表示された二人の少女が映る。

 

 一人はコバルトブルーの髪色で、もう一人はマリンブルーの髪色だ。それはレンが今回の事件で知った姉妹————スターダストとオーシャンが頬を合わせながら文句を言い続ける。

 

 今回の『OS事件』で回収した異質物から回収されたものを解析した結果、湧き出た意識を持つデータだ。流石のマリルと愛衣もこの二人が突如として画面に出現した時には、あまりの想定してない事態に探究心よりも驚きの方が先に出て来てしまった。

 

 今となっては恰好の観察対象となって、インターネットにさえ繋がらない端末に隔離している状態になってはいるのだが。

 

「ごめんね〜、今ある容量最大の端末には入れてるんだけど……。君らみたいな生命体はプロトコルにないから良い意味で困るんだよ」

 

「今現在お前らのためだけに専用のサーバールームを作っている。容量は……いくらあっても足りんか。まあ最低限としてPB(ペタバイト)ぐらいは用意するさ」

 

『これ以上軽量化できないから早く〜』

 

『お姉ちゃんもちょっと辛い……』

 

 二人は短い手足で距離を取ろうと頑張るが、画面が小さいのか相対的に彼女が大きいだけなのか、二人は未だに頬さえ離れるのが難しいほど狭い空間の中に囚われている。

 

「そんな状況で悪いが、今回の事件について聞きたいことは山ほどある。協力さえすれば……ある程度の自由行動を認めるぐらいしか交渉カードがないな」

 

『お姉ちゃ〜ん、どうしよっか?』

 

『もちろん飲みましょう。そして先に言っておきます。我々から情報は得るのは非常に難しいことを』

 

「何故だ?」

 

『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■—————』

 

「あっつっっ!!?」

 

 爆発的に熱が籠るタブレットに、愛衣は思わず手を離してしまい落としてしまう。

 

 鳴き声と判断するのさえ不可能だと超音波——。いや、マリルは直感で判断する。これは『言葉』だ。ただ、ひたすら『言葉』に『厚み』というか『質力』を感じるという不思議な感覚が起こる。

 

『——こんな感じです。我々情報生命体には独自の言語と呼べるものがあり、たったわずかな■■■だけでも、情報量としては膨大なのです。それはお分かりでしょうか』

 

「……ああ。お前たちのアルゴリズムは見ているから把握はしている」

 

『そうですか。私達のメッセージが届いて良かったです』

 

 メッセージ——。どこまでも研究者の努力を馬鹿にしたような口振りだが、実際今回の事態については金平糖とクラゲの情報結晶体がなければ『Ocean Spiral』の存在さえ気づけなかった。

 

「聞きたいことはシンプルなものさ。オーシャンに聞くが、レン達は潜水艦を使って施設内を脱出したんだ」

 

 マリルの問いは続く。

 

「だがな……レン達は潜水艦を使ったが19年前の船体では、七年戦争の影響で多大な変化をした海流には耐えきれん。だというのに……どうやってあの潜水艦を海上まで浮上させた」

 

『その程度の質問? 簡単だよ。丁度いい人手があそこには山ほどあったからね〜〜。私のカケラと端末があったから少し影響を与えて手伝ってもらったの』

 

「………………まさかマーメイドかッ!!?」

 

『そう、正解』

 

「だがマーメイドは『狂気』に陥ったことで生まれる存在……。そこに人間を守る意思が生まれるのか?」

 

『『狂気』に陥ってはいないよ。ドールもマーメイドも異質物や魔導書から付与された『情報』の負荷が制御できずに、ただ暴走しているだけ。人間を襲うのも、その大半が元々彼女達が人間を思いながら力を行使していて……それがすり替えられちゃっただけなの』

 

 オーシャンは悲しみを帯びた声で語り続ける。

 

『『Ocean Spiral』にいたマーメイド達も、全員が資料通りの貴族に反してのものだけど……それだって自分たちの家族や大事な人を守ろうとしたから起きたこと。その思いの根本は暴走しても無くなったりしない。だからそれを思考制御という『情報』で一時的に上書きさせて……潜水艦を助けるように呼びかけただけ』

 

 衝撃の事実にマリルと愛衣は無言になってしまう。

 今までドールの生態についてアニーやイルカの協力もあって少しは把握できたと思っていた。まだ解明できていない部分は大きくあるとはいえ、少しずつ理解に近づいているとは思っていたのだ。

 だが実態はもう少し深くあったのだ。ドールやマーメイドは『情報』の負荷によって『狂って』はいない。付加された『情報』に耐えきれず、『情報』の通りに行動してるに過ぎないということが判明したのだ。

 

『幸いにも異質物と媒介が近くにあったから、思考制御の力を増幅させることができた。おかげでマーメイド達を集めて潜水艦を海上に上がる海流にまで乗せることができたし、そのあと暴走しないように可能な限り魔導書との接続を切って役割を終えられた……。7年間の悲劇は、今回で収束したの』

 

「……だとしたらシンチェンとハイイーはお前達と同じ情報生命体なのか? 潜水艦での救出中、二人は未だかつてない脳信号と輝きを放っていた。オーシャンの話が事実だとしたら、その媒介こそはシンチェンとハイイーということになるが」

 

『その通りと言いたいですが、前半は違います。私とシンチェンは同一個体から生み出されたものではありますが……シンチェンは在り方はどうあれ『人間』としてデザインされた端末です。私は中立として見守る情報生命体なのです』

 

 マリルの問いに答えたのはオーシャンではなくスターダストだった。

 

「端末か……。お前とシンチェンは『同一個体』から生まれたと言っているが、お前も本体とは別の端末と呼べる存在なのか?」

 

『そうですね。私はあくまで人類と星の繁栄を観測し続ける存在……。宇宙の果て……『エーテルの海』に佇む■■とは違うのです。もちろん妹であるオーシャンもです』

 

「中立としてか……。ならお前らは何の目的で観測し続けている?」

 

 マリルの問いに、スターダストは無機質な目で返答した。

 

『あなたにそのsanityはない……。知ってしまえばあなたは永劫の智恵に溺れるしかない……。だけど警告と事実の押し付けだけはできるわ』

 

 そこで彼女の目に優しさが籠る。

 

『本来、私達の目的は『人類と星の繁栄』を見守る存在。星は廻り、人もまた巡るように……』

 

『海は広がり、人もまた流れる……。中立としてその繁栄を静かに見守り続けるのが私達の役目…………だった』

 

「だった?」

 

 意味深な言い方にマリルは思わず聞いてしまう。

 

『あなた達も気づいているでしょう? この世界があまりにも出来過ぎていることを…………』

 

 スターダストの言葉にマリルは思い当たる節がいくつか浮かんだ。

 

 日時計の開発。ハッブル宇宙望遠鏡の開発。マゼラン艦隊の地球一周。ライカ犬を始めとした宇宙開拓。テスラコイルの発明。インターネットの開発。さらに火の誕生。

 

 そして…………レンの生存力だ。

 

 今回の『OS事件』も多大な負傷者が出たものの、結果さえ見れば死傷者はゼロなうえに最善ばかりだった。

 

 最初の海上戦での戦力——。

 手渡されたラファエルのエメラルド——。

 数が足りきった治癒石——。

 無駄がなかった武器と人選——。

 

 全てが一つでも欠けていただけで事態はここまで早く収束を迎えなかった。

 

 特にエミリオに関しては奇跡的だ。新たな聖女として誕生した彼女が仮に死亡した場合、新豊州の意図的な事故ではないかと疑われてマサダブルクとの外交に致命的な問題が発生した恐れがある。それでもし軍事戦争にまで発展して、マサダブルクのXK級異質物『ファントムフォース』が起動してしまったら…………それだけでマサダブルクの破滅と共に世界は道連れにされていた。

 

 だが結果としてはエミリオの怪我は後遺症がないうえに、病院での診断結果は『血液不足』となっただけだ。外傷も右手首の痕が薄く残る程度しかなく、側から見れば軽い事故でついたものしか見えない。

 

 あまりにも出来過ぎている。それこそ過去に相対した問答の一つ、シィ教授から出てきた「なぜ、未だに世界の終わりは来ないのか?」という教授の娘の世迷言……。そしてそれに対する答え……。

 

《この世界にはゲームのような『セーブ』機能を持つ異質物が存在している》

 

 愛衣も似たようなことを口にしていた。

 マサダブルクの事件終結後、超展開な理論すぎて言っている自分でも馬鹿みたいとも補足していた。

 

 そのシィ教授と愛衣の推測が事実であるように……スターダストは笑っていた。

 

『だけど……この宇宙は変わってしまった。それによって因果も大きく変化して、致命的な問題が起きた……。未来が『不確定』になったの』

 

「未来が『不確定』だと……?」

 

『それに一番早く気づいたのは間違いなくレンちゃん……。続いて……いや、これはあなたが知っていいことじゃないわね。ここは黙秘するわ』

 

 マリルは追求したい気持ちが湧くが、スターダストの表情は愛くるしい見た目に反して真剣そのものだ。真理に触れるというよりかは、人道に反すると言いたげな表情だ。大人しく話を聞き続けるしかなく、マリルは改めて腕を組み直す。

 

『とはいっても、私自身に情報の欠如も多いわ。私のカケラが近くにない……。あくまで私はオーシャンの異質物を経由して来てるだけ。大半の情報は……リーベルステラ号で発見した古代隕石に積められている』

 

 リーベルステラ号に搭載されていた古代隕石……スターダストの異質物は、今現在サモントンの教皇庁で保管されていることをマリルは思い出す。

 

 ……方舟基地での第二実験の時に話題に持ち出してみようか。そう脳裏に過ぎったのである。

 

『だけど、これだけは分かるから言わせてもらう』

 

 スターダストは重苦しく口を開けた。

 

『ポイント・オブ・ノーリターン…………。人類はもう引き返すことができないところにあることを』

 

 

 …………

 ……

 

 

 ——ある日、ある時間。

 

 ——新豊州、スティールモンド研究センター。

 ——霊魂研究部門、エネルギー開発機関。

 

 

 白衣を纏った少女は楽しげに歩を進める。

 

 歩む背筋は力強く、薄幸な肌は雪のように儚い。

 風に揺れる黒髪は、蚕の糸のように鮮やかで淡い。

 

 気品ある佇まいは海のように穏やかだった。

 

 それが彼女にとってのいつも通り。

 気骨と胆力、そして自信に満ち溢れた足踏みだ。

 

 絶世の美少女とも呼べるほどの彼女に声をかけるものはいない。

 その圧倒的な存在感から恐れ慄いているわけではない。その存在感とはまた違う圧倒的な存在感を放つ奇天烈な物を彼女が身につけているからだ。

 

 白衣の下に着ている黒いシャツにプリントされた縦書きの二字熟語——。

 

 

 

 

 

 『生存』———。

 

 

 

 

 

 その強烈な存在と違和感から、誰も声をかけることなどできないのだ。

 

 

「バイジュウ博士……。その個性的なシャツは何ですか?」

 

 バイジュウが研究室に入った時、そこにいる一人の男性研究員からようやく言及される。

 そこでバイジュウは少し胸を張って、自慢するように言った。

 

「願掛けですよ。ナウくてヤングでトレンディだと思いませんか?」

 

「ナウくてヤングでトレンディなら、ナウくてヤングでトレンディなんて言葉は使いません」

 

「それに願掛けって……今時らしくありませんよ。『魂』のエネルギー研究の成果を願うなら、成就とか達成の方がいいんじゃないんですか?」

 

 女性研究員が発した単語——『魂』のエネルギー。

 これこそがバイジュウが今この研究センターにいる理由だ。

 

 バイジュウは体温維持・完全記憶能力・超人的な暗算能力・光の粒子の放出……と様々な特異体質と能力があるが、『OS事件』の時にレンと触れ合ったことで新たな力が目覚めたのだ。

 

 それは『魂を認識する』能力——。ある意味ではソヤの共感覚にも近い。

 これによってバイジュウは世界に新たな法則があるのを確信し、この研究センターで実現しようと、世界を渡り歩いている時に取得した博士号を駆使してSIDの監視の下で所属している。

 

『魂を認識する』——。その言葉に嘘偽りも齟齬もない。

 

 世界中には様々な人の『魂』が渦巻いており、誰かが誰かを思う時にその人の『魂』が触れ合い、繋がりを求めようとする力をその目で見えるのだ。

 それは無限大に広がっていって、新たな次元へと昇華する瞬間を街中を眺めれば驚くほど体験できる。

 

 それが最も強く感じたのは『OS事件』での一幕、レンとの繋がりを持った影——。あれこそ『魂』が新たな次元へと昇華されて、たどり着いた一種の果て。

 

 それによって……バイジュウは一つの考えを得る。

 私の『魂』も彼女を思い続け、繋がりを求めようとすれば、いつかはたどり着けるのではないかと……。

 

 

 

 ——私ならね……好きな人を救う。

 

 

 

 そして今度こそ言わなければならない。

 

 

 

 ——次のクリスマスまでには少し早いけど、私が予約を入れてもいいかな?

 

 

 

 今まで伝えたくても伝えられなかった言葉を。

 

 

 

 ——ほら笑って。

 

 

 

 その言葉が誇れる自分であることを、胸を張って笑える自分であることを。

 

 そのためには——生きるしかないのだ。

 

 

 

「私が何より願うのがこれなんです。……生きてさえいれば、どんな失敗も、どんな苦境も、どんな過ちも…………いつか笑い話にできますから」

 

「そんな前向きなネガティブやめてくださいよっ。研究者たる者、成功や実在を証明することが生きがいなんですから!」

 

「ええ、ですからバイジュウ博士の研究は私達の手で絶対成功させます! 何年かかろうと失敗や過ちなんてことはありませんっ!」

 

 二人の研究員の言葉は、バイジュウにとって嬉しい物であった。こういう些細なことも、彼女に伝えなければならない——。バイジュウはそれを胸に今も生き続ける。

 

「諸君、紅茶淹れ終わったよ」

 

 備え付けの台所から青髭が少々残る男性がバイジュウの横へと歩み寄る。バイジュウが所属している霊魂研究部門の主任『ヴォルフガング教授』だ。

 誰にも自然体で、そよ風に仰がれる草のように掴みどころがない教授だが、霊魂研究において派生した成果において様々な実績と特許を取得しているというその道の権威として有名な人物であり、バイジュウとして学者の一人と大変興味深いこともあり、この部門に所属されることは非常に喜ばしいことではあった。

 

「教授、僕のレモンティーにはシロップと氷くださーい」

 

「私のアップルティーには砂糖だけください」

 

 二人の研究員は教授の立場など知らんと言わんばかりに、遠慮なく自分達の要望を伝えていく。

 

「少しは年寄りを労りたまえ」

 

「いいじゃないですか。秋も冷え込んだこの頃、色恋沙汰も運動もない研究員にとって、こういう優しさという温もりを感じないと凍死するんですぅー」

 

「それとこれとは別問題です。おっと、バイジュウ君は何を入れるかね?」

 

「そうですね……」

 

 何気ない教授達の会話を聞いて、バイジュウはふとある事を思い出した。

 

「でしたら——」

 

 それは『彼女』と出会ってから少し経ってからのこと。

 

 

 …………

 ……

 

 

 大学教授の金庫番号を教えた波乱の出会いから初めての秋模様。特に何かをするわけでもなく、バイジュウは冷淡に自身の研究と学問に明け暮れ、彼女は引き続き目的がある様子で大学生活を満喫していた頃。

 

「今年の秋も最後なんだね〜。今年はバイジュウちゃんと会ったり、色々とあったけど……う〜ん、実にアレだね。何一つ秋っぽいことしてないっ!」

 

 ある日、終わりを告げる秋模様を楽しもうと彼女に誘われて、バイジュウは街中のベンチで本を片手にマイペースに過ごす。

 

「私は読書の秋を楽しみましたけど……」

 

「私はバイジュウちゃんとの思い出を作りたいの〜〜〜〜!! 読書で思い出作ろうとしたら、図書館でバニーガールになるぐらいしかないじゃ〜〜んっ!!」

 

「出禁になるので止めてください」

 

「げっ……。バイジュウちゃん激おこプンプン丸?」

 

「プンプンです。バイジュウちゃん、激おこです」

 

 わざとらしくバイジュウは怒り、彼女は「ごめんよ〜」とこれまたわざとらしく涙目になりながら、バイジュウへ抱きつきながら謝り続ける。

 

 これがバイジュウと彼女の関係だ。自分たちの距離感が誰よりも理解しているからこそ、気兼ねなくふざけるし、他愛のない会話も楽しくてついつい付き合ってしまう。

 

「…………くしゅん!」

 

「えっ、風邪? せっかくの休みに風邪なんか引いたらもったいない! どうするマフラー巻く?」

 

「誰かが噂をしてるだけです。……体質のことは覚えてますよね?」

 

「あったり前じゃん! 私がバイジュウちゃんのことについて忘れるわけないじゃん!」

 

「ですから平気です。私が風邪を引くことは…………ちゅんっ!」

 

「四六時中薄手の白いワンピースで、くしゃみ連打されたら説得力ないね…………。ちょい待ちな、嬢ちゃん……」

 

 彼女はベンチから腰を上げて、目の前にあるコーヒーショップに駆け込む。屋外から持ち帰りができる構成となっている店であり、バイジュウの目からでも分かるくらい、テキパキと迷いなく彼女は注文を始めるのが見えた。

 

 ……私、コーヒーは苦手なんだけどなぁ。

 

 バイジュウはそう考えると、彼女は自信満々の笑顔で二つの保温用カップ持って戻ってきた。

 

「お待たせ! バイジュウちゃんコーヒー苦手だったよね? だから別のにしといたよ〜♪」

 

「そんなことまで覚えていたんですね」

 

「何度も言わせんなって〜♪ 私はバイジュウちゃんのことなら忘れるわけないし、ずっと側にいるんだからそれぐらい分かるって〜♪」

 

 そう言いながら彼女は温かいカップを差し出してきて……。

 

「ほら、あんたの——-」

 

 

 ……

 …………

 

 

「……『ミルク』を一つお願いします」

 

 秋空のアフターヌーンティー。

 

 見上げた空は19年前と変わらずに、ただ気ままに流れ続ける。

 

 思い出は色褪せることはなく、今日も景色を彩ってくれる。

 

 宇宙も、海も、星も、花も、命も、魂も。

 

 

 

 

 ——あなたは海が『何色』に見えますか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 未来の変革を確認。

 情報の再度収集と更新を開始。

 

 

 

 

 

 …………? 

 

 

 

 

 情報生命体『星尘』との通信が途絶。

 情報生命体『海伊』との通信が途絶。

 

 

 

 

 …………情報不足。推測不可能。観測推奨。

 

 

 

 

 ……………議論終了。

 これより私は絶対中立という役割を破棄する。

 

 

 

 

 

 ソレは無表情で本を閉じる。

 散乱された本の数々を足蹴にして、青く広がる球体を見つめた。

 

 球体と鏡合わせのようにソレは見つめ合い、やがて青くて無機質な瞳が生まれる。瞳が瞬く時、ソレは最初からそうであったように小柄な少女へと姿を変えた。

 

 

 

 

 

「■■■——。□□□——。gんg——。げんご——。ゲンゴ——。言語——。よし、これでいいな。出力完了」

 

 

 

 

 

 少女は青く広がる球体——。

 『地球』を眺めながら、宣戦布告のように言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は『■■■■』。プレアデス星団の観測者」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 くぅ〜疲れましたw これにて完結です!

 ……って一昔前のSSで流行っていたイメージが抜けないこの頃、とりあえずは第一章【深海浮上】は完結しました。

 たくさんの感想、お気に入り、評価などをくださった方々に感謝と謝罪を伝えます。
 ネタバレ防止のために感想の返信は一度客観視して、客観した文章をもう一度客観視して問題ないなら返信という形を取っていたため、感想に対する自分が伝えたい思いが非常に淡白になっていました。

 評価に関してはどんな評価であれ嬉しい限りです。高評価ならば評価してくれた方の感性に響いて嬉しいと感じましたし、低評価ならば魔女兵器の世界観を伝えきれない自分の未熟さを感じて一層精進しようと頑張りました。

 詳しい補足についてはマイページの『活動報告』に記載してますので、ご興味がある方はどうぞ。


・今後の更新について

 現在テロップ自体の製作はしている……。というより実は根本自体は第一章製作前から出来ています。その名残が最初にあったりします。
 ただ、これだとキャラは全員登場せず、後の事を考えると二次小説から興味を持って初めて見た人には、個性的な魔女兵器キャラに二章、三章と突如出てきて脳が破壊される恐れもあるので、一度保留になり『深海浮上』を改めて作りました。結果的に現在繋がりがある魔女達はほとんど出せて一安心です。

 そんなわけで現在執筆中です。予定では第二章は15〜20節ほどで、10節くらいストックができたら更新を再開します。資料とかを調べたりと並行作業するので、恐らく半月〜一ヶ月ほどかかると思われます。大体10月くらいを目安にしていただけたらと思います。

 それまでの間は気分転換に書いた番外編や、ゲームの『少女と皇帝』のようなショートストーリーなどをちょくちょく更新して行けたらと思いますので、今後ともお暇な時間にでも流し読みして頂けたら幸いです。



・最後に

 次回のタイトルは第二章【神統遊戯】(仮名)を予定しておりますのが、その前に第一章後日談のショートストーリー【少女と偶像】を緩〜〜〜く書きますので、今後の更新をお楽しみくださいませ。そちらに関しては多分4節ぐらいになります。

 今後も日本版『魔女兵器』のサービス再開や展開、中国版での本格的なサービス展開なども含め読者皆様の二次創作活動なども魂から願いつつ、一度筆を置きます。

 それでは…………ノシ。

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