9月24日→第2節投稿
9月31日→第3節、第4節投稿
第1節 〜仮想と偶像〜
《ヨーヨー、Yohtube(ヨーチューブ)! 新時代Vtuber姉妹の〜〜〜》
《スターダストと》
《オーシャンです!》
《今回実況するのは大人気ゲーム『Fall Girls』です。端的に言えば敗者の山に勝者が一人佇む弱肉強食のゲームです》
《もちろんお姉ちゃんなんかに負けません! ……ファッキュー! 私の尻尾返せぇー!》
《ゲームにムキになっては…………クソカス野良チーターがぁあああああああ!! チーターならせめて走れ! 空飛んでんじゃねぇ!! 落ちろ蚊トンボがぁ!!!》
…………
……
《うんうん……♪ 中々にエモ〜い感じの姉妹だね……♪》
《私、『高崎明良』はここに宣言しますっ! この姉妹とコラボをするということをっ!!》
……
…………
「なんだこれ……」
「なにこれ……」
「なによこれ……」
「なんじゃろねこりゃ……」
「キリマンジャロコーヒー……」
最後は意味わからない。俺、アニー、ラファエル、シンチェン、ハイイーと順にテレビに放送されてるワイドショーの企画の一つ『今日の秋良ちゃん』を見て思ったことを各々口にしていた。
「紅茶淹れ終わりました」
そして俺達が屯してる家の主、バイジュウがトレーを持って入ってきた。トレーには色とりどりのマグカップが6個置かれている。そのうち二つは耐熱性プラスチックカップであり、その二つをシンチェンとハイイーの前に置いた。
「はい、シンチェンとハイイーにはキャラメルミルクティーです」
「ありがとー」
「ありがとー」
輪唱するように二人はお礼を言う。順に俺達の分も置かれていき、各々自由な分配で砂糖やミルクを掻き混ぜる。
現在、俺達はバイジュウの私室で寛いでいる状態だ。変に凝ったインテリアとか一切なく、壁という壁には本棚が設置されており、その全てが本のみで埋め尽くされている。
しかもそれだけでは飽き足りず彼女が普段使うベッドの横や枕元にも山積みとなった本の数々があり、少しズボラなところがあるのが窺える。とはいっても埃は全然ないし、テーブルも本があること以外は小綺麗に纏まっているものだ。視界に煩い存在を放つものがなく、換気窓もほどほどに風が入るものだから眠気が来るほど心地よくて、穴場の図書館や放課後の教室という印象さえ受ける。
そんなバイジュウの部屋に集まっている理由に関しては…………。
うん………………先日、返却された美術テストにて赤点ギリギリの成績を俺は叩き出したのが原因だ。それに危機感を感じたラファエルが我らのマリル様と直談判。了承を得て「ついでに他の成績も見てもらえ」ということで学者肌であるバイジュウの家で勉強会をすることになったのだ。
そしてラファエルから美術、歴史、生物学を教えてもらったところで疲労が爆発した俺は休憩を希望。どこぞのギターアニメみたいに、何とかティータイムと洒落込んだわけだ。
だという時に、知っている顔ぶれが知らない間にVtuberを名乗り、知っているアイドルが意味不明なことを言い出したら、それはティータイムの混乱の渦に呑まれてしまうのは必然なのだ。
「スターダストさんとオーシャンさんと一緒に……」
バイジュウは自分の分であるミルクティーを口にしながら呟いた。
「う〜〜〜〜〜〜ん。いや〜、売れっ子の秋良ちゃんがコラボする自体は不思議じゃないんだが…………そもそもとして何でVtuberやってるの、あの姉妹ッ!?」
『OS事件』から一週間、ある程度のことはマリルから聞いている。
あの姉妹は情報生命体という一次元ほど違う存在であり、彼女達に生身というものは存在しない。協力する理由も、情報を収集する時に下手なトラブル沙汰は起こしたくないということ。そしてシンチェンとハイイーを…………どういう形であれ干渉できる繋がりがあるということ。
そこまでしか俺は聞いていない。俺だってもう少し詳しいことを知りたいと言ったが、それ以上のことは知る必要がない、とマリルに一蹴されてしまったのだ。
まあ難しい話は聞いても通り過ぎること多いからな……。マリル達でさえ理解できてない雰囲気はあったし、そこに俺が割り込んでもチンプンカンプンなのは間違いない。
だから、とりあえずは『すごい存在』として認識してはいたけど……。
……それがVtuber言ってるの見たら困惑もするだろう!?
「外の世界に興味あるとは言っていたし、自分達なりに繋がろうとした結果じゃない?」
「いつかスパチャで投げ銭守銭奴として染まるんでしょうね……」
「ラファエル、配信者全員がそうであるように聞こえるんですけど」
「そう聞こえないなら小学生から道徳と国語の授業をやり直しなさい。けど貶してはないわよ。むしろ金に溺れるのは金を持つものしかできない特権であり義務。守銭奴全開で金を撒き散らしたほうが金回りが良くなっていいのよ」
ラスボス系お嬢様はいつもの超然とした態度で紅茶を優雅に飲む。
「見てみてレンちゃん。あの姉妹『星之海』ってグループ名でチャンネル作ってる。ゲーム実況どころか歌ってみたとかやってる……」
「活動から一週間しか経ってないのに再生数が全部50万超えてやがる…………」
今の再生数は昔と違って七年戦争の影響で利用者数が減少してるため、ほぼ倍の100万再生と思った方がいい。
…………俺が気まぐれでゲーム実況あげた時なんか再生数31回で、低評価が二つついて速攻で心折れたなぁ。
「姉妹でトークしてるから実況しながら場を繋ぐのがスムーズだったり、クロストークをしないから聞き取りやすいし、そもそもゲーム自体もそこそこ上手い……というかレンちゃんみたい」
「歌ってみたも歌詞の内容に触れないでおくけど、普通に歌の技術もプロ級ね……あの二人本当にただの情報生命体かしら?」
ただの情報生命体って何だよ。情報生命体の時点で超常だわ。
「あの〜〜、一つ聞いていいですか?」
「いいよバイジュウ。どんなこと?」
「Vtuberって何ですか? Yohtuberなら知ってるんですけど……」
世界が凍てついた。まるでVHSやビデオデッキが伝わらない昭和世代に俺達は固まってしまう。今回の場合は逆ではあるのだが。
そこで思い出す。バイジュウが19年間も眠り続けていた。遅れた知識を取り戻すために彼女は見聞を広めに世界中を回ったが…………確かにこういう娯楽系まで手を出すのは難しいかもしれない。
「そうか……19年前だと2018年か……」
その時だと…………まだ黎明期か。Vtuberの歴史は2016年からアイキズナを中心として活動が盛んになったけど、流行語大賞となって本格的に表に出始めたのは2018年から2019年あたりだ。確かにその時なら今やメジャーとなったVtuberという単語も聞き覚えがないのも仕方ない。
…………異質物の研究が盛んになったのもその辺りだったよな。OS事件での音声データでも、ドルフィンがジョーンズ博士が再発見云々とか言っていたし。
「う〜〜〜〜ん。どう説明すればいいのかなぁ」
「そう悩む必要もないわよ。新しい表現方法の一つ、といえば簡潔に済むわ」
我らのラファエルが説明を始めた。
「ある著名人が口にしたわ。Vtuberとは性別や障害といったハンディキャップを乗り越えて、誰もが活躍できるデジタルサイボーグ的な存在だと。これは間違いじゃないわね。ボイスチェンジャーやモーションセンサーも高性能化して男女問わず何にでもなれてしまう、もちろん動物にでもね。これは情報社会において自分の『肉体(リアル)』を晒さずに『魂(アイデンティティ)』を表現するという意味でも非常に都合が良いのよ」
「…………随分詳しいっすね」
「芸術とは現代の価値観と常に向き合うものよ。私自身バーチャルを介して表現するのは性分じゃないけど、表現としては面白いものよ。…………だってねぇ?」
俺を見ながらラファエルは意味深に笑う。……言いたいことが分かるのが、随分と長い付き合いになったことを実感する。
「まあその程度よ。根本的なものはYohtuberの基本から一切離れていない。『なりたい自分になれる』『制約を乗り越えることができる』ということはトランスジェンダーやデミ・ヒューマンから解放されて大らかに活動できる意味を持つ。…………そういう自由になった自己を表現することで『自分を好きになる』という人種も多いわ」
「自分を好きになる?」
「アイデンティティを確立させるのは、何よりも自分が自分を好きになることよ。我思う故に我あり、とでも言っていいわね」
「自分が嫌いでも、自分を好きになってくれる人がいれば確立できるんじゃないの?」
映画でもよくあるし。
「お前は自分の嫌いな教師の話を真面目に聞く? それと同じで自分で自分が嫌いな人間は、何を思っても何を好きになっても、嫌いな自分を通して見てしまうから結果的に何も関心を抱けない。アンタの例題は恋人をキッカケに自分を好きになるハートフルストーリー…………アンタには無縁なものよ」
お気楽な能天気で良かったわね、とでも言いたいのか!?
「だから宗教というのものはある……。自分の価値を絶対的な何に委ねることで楽になる。その『何か』は別に神様じゃなくていい、芸能人やアイドルでも問題ない。ある意味ではその偶像を自分に投影することで自己を保つのがVtuberとして一面でもある」
「まあここまでいくと、もっと根本的な問題になるから本題とは無縁ね」と言ってラファエルは紅茶を口にして話を終わらせた。
「こんなところかしら……」
「人間の心理というものは解放的になっているのに、根本的な『魂』は一切変わらないんですね……」
「…………『魂』が不変だからこそ人間は2000年以上も文明を維持できてる。悲観的に捉えることでもないわ」
…………一つ言っていいか。
「アニー、俺はこの話についていけてない……」
「私もだよ」
「偶像とはいったい……うごごごご」
「わたしは、ネオハイイー。すべての記憶、すべての存在が永遠に分からない……」
こんな無能なラスボスは嫌だ。
雑談をし終えるとCMが終わり『今日の高崎ちゃん』の後半が始まる。
《はい! というわけで本日は新豊州の学区にあるライブハウスに来ています! こちらでライブを行う予定となっておりまして、詳細は下のテロップで…………スタッフさ〜ん! テロップ出てないですよ〜!》
この身体になってから高崎秋良ちゃんのライブや推し活もしなくなったよな……。SIDの任務とかで忙しくなったのと、毎日女の子生活の気苦労、それに俺個人のネット購入履歴はマリルに筒抜けなせいでタペストリーやアクリルスタンドなどのコレクション性が高くて部屋の中で嵩むものがが手元に置きにくいのもある。
今の俺にできるのはジュースなどのコラボ商品、キーホルダー、ダウンロード販売の楽曲を購入するぐらいだ。収納スペースって残酷だよね。
《物販も選り取り見取り! ライブハウス限定のペンライトに、先行発売のコメンタリー付き写真集などもありますので、是非皆さまお越し下さいませ! またクリスマスライブパーティのチケットも現在予約受付中! 今年の聖夜は私と一緒に歌い明かそうッ!》
クリスマスライブって2ヶ月以上先だな…………余裕があれば行きたいんだよな。
《では最後に今日の運勢です! 今日の主役となるラッキーな人は…………乙女座ですッ! 特に金運がいいね、占い結果によると…………うん! なんかいい感じ!》
「漢字読めてないのかしら?」
《えっ? ええっと…………本当ですか!? 皆さんコラボに対するコメントありがとう! おかげでトレンドに乗りました!》
「露骨にカンペ見たわね」
ラファエルはそう言いながらスマホを操作して「本当にトレンドにいるわ」と呟く。俺もすぐさま確認すると、トレンド一位には『星之海』が出てくる。
続いて『秋良ちゃん』『高崎秋良ちゃん』『#星之海コラボ』とかが出てくる。
……って待て!? この星之海コラボって何!? こんなタグ付け番宣してないぞ!?
「ソシャゲで実装されるみたいだよ、星之海姉妹。性能は環境崩壊待ったなし、とか言われてるね……」
「チャンネル作ってから一週間だろっ!? モデリングとかどうなるんだよ!?」
「大丈夫じゃない? あのパズルゲームだから絵さえあれば性能調整するだけだし。ほら20コンボ強化が五つあるよ。単体で759,375倍だよ」
「げー、しかも二人をリダフレにすると全パラ補正25倍、コンボ合計10加算、デバフ系目覚め無効、毒ダメと爆弾ダメ無効、固定追い討ち10億ダメ、ダメ超激減、50,000以上回復したらあらゆる状態異常全解除とか壊れじゃん。攻撃力10,000倍とか書いてるけど、これ全パラ補正も合わせると実質250,000倍だし……実質コンプガチャじゃん」
「インフレすごいけど、これ回復手段を無効にして覚醒とスキル無効に、さらにフレンドリーダースキル無効の攻撃くらうとかいう弱点あるよね……」
「皆さまの話題についていけません……。私の時は256倍の攻撃倍率だった気が……」
しゃーない。年齢の逆算から言えばバイジュウは30代半ばの感性と噛み合う世代だ。今時のぶっ壊れ具合は当時のビット数の都合も解消してダメージ上限増えて、それに伴って相手のHPもこちらの火力も何千倍以上も差が出てる。
「これが人気キャラに対する贔屓ね……。既存のキャラが滅茶苦茶じゃない」
「金の力でシステム組んで楽してるお嬢様が言っていいセリフじゃねぇ……」
こんな緩い感じで俺達の当たり障りない休日は過ぎていく。
「おまたせ〜♪ 検査通院からエミリオが帰ってきましたぁ〜!」
「ほら土産だ。じゃがりことかカントリーマアムとか手が汚れにくいのしといたぞ」
ここでSIDの配置によって我らの御桜川女子高校に留学という形で入学してくるエミリオとヴィラがやってきた。理由は俺と似たようなもので、今後の学校生活において成績が追いついていけるかの再確認だ。
「ここらで休憩もお終いにしましょうか。女装癖の頭も締め直さないといけないし」
「ラファエルも私の学力見てよね〜♪ 同学年なんだから♪」
「私が世話役するのは女装癖だけで勘弁したいわ。ニュクスにでも聞きなさい」
「じゃあ、レンちゃんと合わせてヴィラの分だけでも!」
「おい、エミ。別にラファエルに見てもらう心配はないぞ」
「ダメよ。学力に問題なくともコミュニケーション支障があったら学校生活も楽しめないわよ? ヴィラはレンちゃんと同学年だから、ここは胸に飛びかかる勢いでラファエルのことを先輩って呼ばないと! もちろん私にも!」
「先輩呼びはエミだけにさせてくれ……」
「私は先輩って柄じゃないわよ」
「えっ、でもレンちゃんには呼ばせてるよね?」
「それは立場の違いとして分かりやすい敬称よ」
「エミさんとヴィラさーん! 何が飲みたいですかー!」
「じゃあ炭酸系あったらお願いするわ!」
「アタシはバイジュウにおまかせしとく!」
姦しいとは文字通りこれだな。この場合、姦姦(かしま)しいって書く方が正しいけど。
まあ、これからも和気藹々とした日常は一層厚くなっていくのだろう。バイジュウは御桜川女子高校ではなく、一人だけ目的があるから大学の研究機関に行くみたいだけど……。それでもたまの休日に集まって戯れれば、それだけで輝かしいものになると思う。
「————ん? 電話だ。……はい、アニーです。……うん。……うんうん、了解。じゃあ今からレンちゃんに変わるね」
突如としてかかってきた電話。アニーにかかってくるのは大抵SID関係者からであり、恐らくはマリルか愛衣のどちらかがだ。そして急な依頼が発生して……というのがよくあるケースだよな。
だからアニーの表情は少しずつ険しくは…………ならない。というより嬉しそうな雰囲気すら湧いている。
「もしもしマリル? 今変わったけど俺に用事ってどんな——」
そんな調子だったから、俺も特に警戒心などもつことなど電話を受ける。
だからマリルが今から話す内容が、目玉が飛び出すほどの驚くものであるという認識や覚悟さえ持っていなかった。
『緊急のお仕事だ。…………憧れのアイドル、高崎秋良と出会えるぞ』
…………マジ?