魔女兵器 〜Another Real〜   作:かにみそスープ

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カレンダー見たら9月31日なんてないじゃない!

……というわけで9月30日に第3節と第4節公開するように予定変更です。


第2節 〜憧憬と夢想〜

「わたくし『studio imagination define』所属のマネージャー、ベアトリーチェ• ポルティナーリと申します。こちらはわたくしが担当しているタレントの…………」

 

「レ、レンと言います! きょ、今日はよ、よよよ、よろしくお願いしましゅ!!」

 

 やべ、噛んだ。

 

「よろしくね〜レンちゃん♪ 私は高崎明良! 今日は一緒に頑張ろうッ!」

 

 俺の手を秋良ちゃんが握ってくれる。

 

 ————ほわぁあああああああああ!! 幸せが心の底から漲ってくるぅ〜!!

 

「う〜〜ん…………。レンちゃんどこかであったことある?」

 

「い、いや! ありません!」

 

 せいぜい男の時に握手会やサイン会とかで数十秒話したぐらいです!

 

「彼女はいま事務所一推しのタレントでね、色々なコマーシャルでイメージガールとして出てるからその影響じゃないかしら」

 

「あぁ〜! そういえば電池のCMとかで見たことあるかも!」

 

 そんなわけで現在俺は彼女がいる轟(とどろき)スタジオへとお邪魔している。

 

 事情を話すとまあ非常に下らないというか、なんというか…………。自由に放置していた星之海姉妹ことスターダストとオーシャンが秋良ちゃんとコラボするを二つ返事で姉妹が勝手に了承。その帳尻合わせで俺とベアトリーチェがこうして彼女と直接対面して話すことになったのだ。

 

 とはいっても俺はあくまで秋良ちゃんとの話し相手で、本命はコラボの出資者となるスポンサーとの対談だ。スポンサーが『男性』であることはSIDは既に把握しているので、穏便な『話し合い』のためにベアトリーチェの『交渉術』を期待して呼んだ……そんなところだ。

 

 ……話し合いとは上手く言いくるめてるよな。無自覚な洗脳(魅了)は果たして話し合いと呼べるのだろうか。あまり深く考えないでおこう。

 

「じゃあ私は関係者各位に挨拶してくるから、後は段取り通りお願いね」

 

「わかりました!」

 

 ベアトリーチェは妖しいウインクを一つすると、待合室からヒールの音を響かせながら自分の職務を全うしに行く。

 

 流れる沈黙。未だに握られている秋良ちゃんの手はアニーやラファエルとは違って………………違って…………どういえばいいんだ? 

 ラファエルみたいに品やかな感じではないし、アニーみたいにタコだらけでもない。かといってマリルみたいに大人びた感じもないし、イルカみたいな幼い感じもない。

 

 今まで感じたことがない感触…………。何て言うんだろう。

 

「…………レンちゃん、本当に女の子?」

 

「うぇ!? お、俺はどう見ても女の子だろう!? ……いや、女の子だよ!?」

 

 突然とした秋良ちゃんの質問に俺は語尾を取り繕う余裕もなく返答してしまう。そんなおかしな俺の反応に、彼女は「クスクス」と微笑した。

 

「ごめんね、変なこと言っちゃって。レンちゃんの仕草とか顔とか手とか触って何となくなんだけどね…………ライブを見に来た男の子っぽいと思っちゃったんだ」

 

 合ってます。寸分違わず合っております。

 

「でも不思議だなぁ、君には本当に初めて会った気がしない。私はファンの顔とかなるべく覚えるようにしてるんだけど…………会ったことあるのに、会ったことがない不思議な感じ…………」

 

 そうですね。確かに『男』の時は1ファンとしてライブでサイリウム振ったり、握手会が触れた手が嬉しすぎて三日間手を洗わなかったりしましたけど、いま現在『女』の状態で会うのは今日が初めてです。

 

 ……なんて、口が裂けても絶対言っちゃいけない。

 

「まあ、今日は一緒に頑張ろうか! 今日の予定はどんな感じで組まれてるの?」

 

「えーっと……午前中は撮影が中心だね。後で合成するけど、俺はスターダストやオーシャンのモデルとして高崎さんの週刊誌などの特集用写真を撮ったり、俺個人としては新豊州の音楽を纏めたベストアルバムのジャケット撮影とか……」

 

 こうして午前最初の撮影が始まる。

 とはいっても、その重労働は俺が今まで体験したどんな仕事よりも充実で疲労が溜まるものだったと断言させていただく。

 

 

 …………

 ……

 

「秋良ちゃん、もっと大袈裟に笑っていいよ〜。Vtuber相手だとどうしても2.5次元に合わせる必要があるから、わざとらしいくらいの方が合いやすいからね〜」

 

「は〜い! じゃあ、こう指で口角を上げるのとかどうですか?」

 

「ナイスアイディア! だったら口角をピースサインで上げようか! 新豊州限定の写真集だから海外メディアには注意する必要ないし。あっ、レンちゃんはオーシャンみたいに活発乙女全開で片足を全力で曲げていいよ〜。スカートが捲れる恥じらいは分かるけど、どうせポーズを基に合成するからパンツは晒されないし」

 

「は、はい!」

 

 ……

 ……

 

「レンちゃん、もう少しお淑やかな感じで秋良ちゃんの肩に寄り掛かることできない?」

 

「これ以上ですか!?」

 

「これ以上って言っても腰引けてるからね……。スターダストをイメージして……一見大人しそうだけど、どこか隠しきれない妹と似た活発というか活力に満ちたポーズ……その辺をね」

 

「どんなん……?」

 

「頑張ろう、レンちゃん!」

 

 ……

 ……

 

「さあ、続いて単独でジャケット撮影だ。まずは秋良ちゃんから。今回はアルバム初回限定版の特典としてアルバム内の何曲かのイメージに合う写真撮るからね。最初はクール系とかにする? スイッチ入る?」

 

「ふぅ〜…………。——はい、大丈夫です」

 

「流石秋良ちゃん♪ ツインテも解いて一気に大人っぽくなったね……。けど、絵として寂しいからもう一つ小物とかでアクセント欲しいなぁ〜」

 

「ギターを抱く感じでいいですか?」

 

「抱くというより、撫でる感じのほうがいいかな。……レンちゃんの撮影で準備した廃材の大型スピーカーあるから、そこに背を預けてとかしてみる?」

 

「分かりました」

 

 ……

 ……

 

「いいねぇ、レンちゃん……さっきまでとは雲泥の差だね。見た目に反してクール系なビジュアルが似合う似合う♪ 男の子っぽい雰囲気もそうだけど、こういうのに憧れてたり?」

 

「はは、そうっすね……。ところで、このほぼパンツ同然のホットパンツ何とかなりません? こう左足を顔より高く上げると見えそうで……」

 

「それはマイクロミニショートっていうの。それにカメラの位置を調整して右腿で鼠蹊部が隠れるようにしてるからいいでしょう。…………ここまでイメージに合うと思ってなかったし、追加オーダーしてもいいかな?」

 

「どんな感じですか?」

 

「足のポーズはそのままで、右肘をスピーカーの上に乗せて左手はマイクを上向きに持ち上げようか。こうすれば一層ダーク系な絵になるはず……あっ、ついでにフードも深く被ろうか!」

 

「キッツイな、この姿勢ッ!?」

 

 ……

 …………

 

 

「一度休憩入りま〜す! 一時間後に撮影再開です!」

 

「お疲れ様で〜す!」

 

「でーすぅ……」

 

 かたや元気溌剌な秋良ちゃん。かたや呼吸困難な俺。バイタリティの差が如実に出ている。やっぱりこういうアイドル系の仕事をしている人って、根本的な体力というか活力が違いすぎる……!

 

「高崎さん凄いですね……。俺なんかもうヘトヘトで……」

 

 別に特に激しい運動をしたわけでもないのに、昼食時間でさえ俺は固形物を飲み込むほどの余力はなく、お茶を口に入れるぐらいしかできない。だというのに彼女は予めて購入していたコンビニ袋からおにぎり、スナックバー、サラダチキン、果汁ジュースなどが色々出てきては口の中に納められていく。

 

「はむはむ…………。こうでもしないとエネルギーが持たないからね。今は忙しい時期だからCD収録やライブの打ち合わせ、テレビ出演、星之海コラ……それに来週にはMV撮影で地方に行かないといけないしね……。練習も疎かにするわけにはいかないから、この空き時間で少しでもギターに触りたいし」

 

 秋良ちゃんは手早く昼食を済ませてウェットティッシュで手を拭くと、宣言通りギターを持って機材に配線を繋ぎ始める。弾き語りみたいなことをするのかと思いきや、ヘッドフォンを付けるとギターの単音を出しては弦に触れてと何かしているようだ。

 

「何してるんですか?」

 

「チューニング。これで弦を調整して音の基盤を作ってから演奏しないと、他と合わせた時に不協和音とかが起きるの」

 

 彼女は手のひらサイズの機材をを見つめながら応える。……そうか、あれがよく単語だけ聞くチューナーというやつなのか。チューナーで何かしらのデータを見て音を調整……つまりチューニングするというわけね。

 

「へぇ〜、ギターってそんなことするんだ……」

 

「そう♪ …………うん、これでいいかな」

 

 そうして彼女は本格的な練習を始める。目を瞑り、足でリズムを刻みながら指の感覚だけで弦を弾いて音を奏でる。耳を澄ませば鼻歌で歌を歌っている。思っている以上に本格的だ。

 

 一曲を演奏し終えて彼女は深呼吸を一つする。神経を再集中させて再び指を弦に当てると、今度はまた違った音が室内に響いてきた。

 

「音変わったけど大丈夫!? そのチューニングというのズレたりとか……」

 

「ん? 変わってないよ? 変えたのはこっち♪」

 

 焦る俺に、彼女は平常心のまま指で摘んでいる三角形の小物を見せてくれる。

 

「これはギターを弾くのに必要な『ピック』っていう道具なの。ピックだけでも色々な素材と形があってね、今使っているのはウルテム製のティアドロップのHARD。さっき使っていたのはカーボン製ティアドロップのHARD」

 

「ティアドロップ? HARD?」

 

「形のこと。これは涙みたいな感じをしているからティアドロップ。他にもトライアングルとか指につけるフィンガーとかある。HARDはピック自体に厚さのことで、これらがどれか一つでも変わるだけで音も変わるよ」

 

「うそっ!?」

 

「これが本当なんだ♪ それどころかアコースティックギターは製作した時の素材だけで大きく変わるからね……同じように弦とかでも……。ほら、SNSとかでさ色々なコップに水入れて音を奏でるの見たことある? あれと原理は似てるの」

 

 それなら見たことある。コップの縁に指を滑らせて音を出したり、水量が違うコップを箸やスプーンや爪とかで叩いて演奏するやつとかあった。

 

 あぁ……そう考えるとイメージしやすい。ピックは箸やスプーンで、コップの材質や水量とかがギターの素材やチューニングみたいなものになるのか。

 

「まあ、エレキギターも周りの音も吸い込むし機材の繋がりで色々できるけどね♪ 例えばピックじゃなくてこういうので弾いたりもできるよ」

 

 次に彼女が取り出したのは片手で持てる電動ドリルだ。とはいってもギター用に改造されており、先端にはドライバーではなく歯車の形をしたプラスチックカバーが取り付けられている。

 

「これはモーター音とかも反映するから、単音連続で出しながら演出したい時に使ったりするかなぁ……」

 

 そう言いながら彼女は電動ドリルの引き金を引いて「ウィイン!!」と豪快に回るモーター音と共に、人間業では不可能と思われるエレキギターの単音が連続してスピーカーから聴こえてくる。

 

 だけどその音に違和感を感じた。確かにモーター音と一緒に聞こえてきたが……実際に唸っておるドリルの音と、スピーカーから流れる音に分かりやすいぐらい違いがある。

 

「気のせいだったら申し訳ないんだけど、実際の音とスピーカーから聞こえる音って違う?」

 

「違って大正解。だって今はこのエフェクターっていうの繋げてるもん♪」

 

 今度は足先でスピーカーの前にある機材を指し示す。板型の基板には多種多様のスイッチやダイヤルが付いており、まるで配電盤を複雑怪奇にしたようだ。

 

「それはマルチエフェクターって言って、一つで色んな効果音や加工が施せるの。ディレイとかリバーブとか…………たまにだけど、意図的にノイズだして音楽の狂乱性を演出したりとか色々できるよ」

 

「音楽って色々あるんだなぁ……」

 

「これは本当に一部分だよ。ギターの知識でしかない。音楽はドラム、ベース、ピアノとか代表的だけど……オーケストラまでいけば金管楽器、ヴァイオリンだって色々と知識と管理方法がある……。どれか一つでも欠けたら音楽は成立しないんだよ」

 

 俺が感心しすぎで無言になる。彼女もヘッドフォンを付け直して楽譜を見直してギターを弾いて、弾いて、弾き続ける。弾くたびに身体で刻むリズムは振り子のように大きくなっていき、やがて撮影用の衣装の重さやギターの重量を物ともしない軽やかな動きで練習を続ける。

 

 俺はそんな彼女に本気で見惚れてしまった。それは初めてのことではない、二度目だ。一度目はまだ名も馳せてない彼女のストリートライブを初めて見た時のこと。

 

 服装は今と比べて地味だったのは覚えている。学生バンドの延長線上のような物で、仲良くみんなで学生服で路上で歌い明かしていた。そこで俺はとても輝かしいものを見たと感じた。

 

 まだ男だった上に中学生だった時の話だ。今では掛け替えの無い友人であるアニー達がいなかった頃、俺は七年戦争の傷が癒えずどうも色付かない青春を過ごしていた。別に友達がいなかったわけじゃない。ただみんなどこかしら傷心があって、それを感じて一歩踏み出せない自分がいたことが原因だったんだって今では思う。

 

 そんな時に見た彼女が『高崎秋良』となる前の歌は強烈だった。俗に言えば神曲とか言っちゃうやつ。

 でも、教養が薄い俺にとってその言葉で形容するしかないほどの衝撃的だったのは事実だ。歌が『生きてる』ような感覚——まるで『魔法』のように綺麗で鮮やかな歌い方だったんだ。

 

 同年代の女の子が歌っているとは思えないほどで、一瞬で俺は虜になった。ほどなくして彼女は中学生にしてマルチアイドルで芸能界デビューという話題で一躍新豊州の顔となった。その時に俺は、あの時見た彼女が『高崎秋良』だったことを知った。

 

 それからは推しの日々。あの時見た輝きの正体を知りたくて、可能な限り彼女の輝きを追い続けていたんだ。

 

 …………初心を思い出せるほど彼女の尊さは変わってないんだと、改めて感じた。

 

 だけど、同時に俺は今まで見たタレント達を思い出してしまう。全員が全員彼女みたいに煌びやかで眩しい存在ではない。中には夢半ばで折れてしまう者もいたんだろう。

 

 指で数える程度の経験とはいえ、撮影や収録スタジオではそういう子が何人かいた。俺自身に業界関係者に会話をするという免疫がないことや立場、年齢のこともあって話に混じることがなかった。

 思い返すと撮影の合間にどこか虚しそうな感じで、ソファに腰を置きながらスマホを弄り続ける子役も見た。人との関わりを避けるように自販機横のベンチに腰を置く歌手もいた。逆に積極的に偉い人と話し合うタレントもいた。

 

 ……全員それぞれ胸に抱いた夢に燃え上がるもの、逆に燃え尽きたもの、そもそもとして夢さえないのに燃え上がらせるものと色々といる。俺はあくまでSIDの活動の一環としているだけ。この世界は、俺がそう簡単な覚悟で触れていい業界じゃないんだ。

 

 だから、こうして俺がお遊び気分でいることは本当に貴重な体験だと感じてしまう。特番とかでやるタレントの密着ドキュメンタリー……それをカットなし・台本なし・NG指定なしの生で高崎秋良に関わっている……。

 

 ラファエルみたいに超然としたお嬢様とはまた違う絶対的な存在感だ。これが俺の同年代だと思うと……すごい尊敬してしまう。

 

 だからこそ、これから耳に入る言葉には信じられなかった。

 

「あ、秋良ちゃん! 大変なことが起きた!」

 

「どうしたんですか、マネージャーさん?」

 

「来週末のライブ…………中止になるかもしれない!」

 

 中止——。

 

 彼女の『夢』が壊れる音が聞こえた気がした。


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