つまり……私がその気になれば第4節は10年20年後ということも可能だろう……ということ……!
まあ、何が言いたいかと言うと第4節は今日の18時00分に予約投稿していますのでご安心を。
俺と秋良ちゃんの耳に衝撃の言葉が伝えられた。
——ライブが中止? それって……。
「どういうことですかッ!!? なんで目前に迫ったライブが中止にならなきゃいけないんですかッ!!?」
「仕方ないんだ! さっき脅迫状がネットで拡散されて……しかも宣言通りライブハウスで放火を起こしたんだ。ニュースを見てみろ」
マネージャーは自分のスマホを秋良ちゃんに見せつける。そこには生放送で「人気アイドル高崎秋良への宣戦布告、ライブハウス炎上か!?」と不安を駆り立てるタイトルで情報が流されている。
現場に赴いたアナウンサーはマイクを片手に消火活動されるライブハウスの中継を伝えている。発生したのはつい20分前……。周りへの被害は現在出ていないのが今のところ幸いというべきか。
「うそっ……。こんな酷いことを……」
「…………ショックなのは分かるが脅迫状の内容はこうだ。『来週行われる高崎秋良のライブを中止せよ。さもなくば彼女の命はない。これはお遊びでも、冗談でもない。その証明を今からライブハウスで見せてやる』……と」
それがこの放火だというのか? だとしたら惨すぎる……。目前に迫った高崎秋良の夢を目の前で踏みにじるようにするなんて……。
「…………警察には既に連絡して身元を特定するようにはしている。だがもしものこともある。ライブに来るファンや何よりも君自身の安全を確保するためには、脅迫者の要望を呑むしかないんだ……!!」
「だけど、今ライブを中止になんかしたら……」
「……そうだね。チケットは払い戻し、火事となったライブハウスへの賠償金とレンタル金、拵えたグッズなど様々な金銭問題が発生することになる……。それに脅迫状の前科がある。しばらく歌手として活動は停止せざる終えない…………」
…………呑んでも呑まなくても一緒だっていうのかよ? そんな八方塞がりな状況ってあるのかよ……。
「そんな……一回中止するだけで高崎さんの歌は消えるのか!?」
「…………ライブだってタダじゃないんだ。僕だって少しでも観客に安く提供するために万全の準備と早期予約でレンタル料を切り詰めて、CMやネットでの宣伝費を浮かせるために秋良ちゃんも自らテレビに出て番宣を行なって、配送業者との予約で運賃を安く見積もって……」
「配送業者……?」
「ライブの機材は全部ライブハウスであるわけじゃないんだ。ギター、マイク、配線コード……ある程度の大きさはスタッフが持っていくことはできるさ。だけどピアノ、大型スピーカーなどは配送業者に予約する必要がある。しかも個人じゃなくて法人としてだ。事情がどうあれ「中止なので配送しなくていいです。この件は無かったことに」とは言えないんだ。当日動くはずだった業者の人件費の補償……つまりキャンセル料すら発生する」
知らなかった。ただ一回のライブだけでそこまでの人達が動くだなんて…………。
「…………少し、外に出ますっ……!!」
高崎さんは必死に涙を堪えながら部屋から出ていく。
一番悔しいのは彼女自身だ。自力で夢を追い続けて、念願のライブハウスでの単独ライブ。掴み取った夢の第一歩を目の前で壊されたのだ。その気持ちは理解しようにも理解しきれないだろう。それほどまでに彼女の心には悔しさがあるに違いない。
「どうにか……できないんですか?」
「…………可能と言えば可能さ、ライブを強行すればね。だけど脅迫状も届いて上に事前に実行するほどだ。そんな危険なライブに観客も集まるわけがない」
「じゃあ……犯人がすぐにでも捕まれば……」
「…………可能、かもしれないね。一日や二日で解決する杜撰な犯人ならね。だけどライブまでは一週間しかないんだ……子供の君にどうにかできるのか?」
……俺には無理だ。だけどSIDの力があれば……っ!!
「無理でしょうね……諦めるしかないわ、レンちゃん」
撮影室にベアトリーチェが戻ってきた。スポンサーとの話し合いに疲れたのか、それとも能力を発揮した名残なのか、Yシャツのボタンが肌けている。胸元が見えそうで見えないチラリズムに男心が擽られそうになる。……でも今は、そんなことはどうでもいい。重要なことじゃない。
「いち企業の私達じゃあ犯人を捕まえることはできないわ。今は大人しく待つしかない……」
それは遠回しにSIDとしての力を借りられないことを意味していた。
……そうだよな。これはあくまで防衛庁関連の仕事、それも放火騒ぎとはいえ『非常識』という『常識』の範囲内での出来事。異質物や魔導書などの『超常』の対応を主にするSIDで取り扱ってくれるはずもない。ましてやマリルは元老院だけでなく連合議会といった自国だけでなく、他国との組織とも毎日途方もないほど会議や情報共有を行なっている。こんな些細な出来事など話を聞くだけで温情というものだ。
……もしやるなら本当に自力でやるしかないけど、俺にそんな力はない。今は座して待つしかないんだ。
「今日の撮影は終わったのでしょう? だったら一度事務所に戻りましょう」
悔しい。悔しくて仕方ない。俺がもしマリルまではとは言わず、せめてラファエルみたいに随行員一人ぐらいなら動かせるような立場や権力があれば…………。
OS事件の時もそうだ。俺の手持ちはあまりにも少ない。肝心な時に限って、自分はあまりにも無力だ。異形を倒したのだって、俺に『誰か』が力を貸してくれたからに過ぎない。
マサダブルクでエミリオが処刑されそうになった時もそうだ。俺は自分の力でマサダの内情を解明したから救えたと思っていたが、実際はマリルのフォローがなければ足蹴にされる内容だったとも言われた。
その後のCO2を多量に含んだ砂嵐でさえも、俺がどうやらエミリオに力を与えて両断したからこそ起きた奇跡ではあるが、それだって俺自身が起こした自覚なんてない。ただ事実を伝えられただけ。
この身には絶対に『魂』を呼び覚ます以外の何かしら役立つ力はあるというのに…………。
ソヤと初めて猫丸電気街を回った時もそうだ。サモントンが誇る情報機関『十字薔薇(ローゼンクロイツ)』に所属する『セレサ』が言っていた。
《うーん、素質は悪くないけど鍛錬が足りていないわね》
その言葉は事実で、実際そこで軽い手解きをしてもらったら徒手空拳からでも刃のように鋭い一閃を指だけで放てることを知った。俺には自分で引き出せないだけで、戦う力が確かにあるのは分かっているんだ。
だけど……今必要なのはそんな力じゃないことも分かっている。必要なのは『戦う力』じゃなくて『動かす力』だ。……もっといえば高崎秋良の夢を繋げるための力なんだ。
だって『夢』を無くした瞬間……俺が誰かの夢を諦めるのを認めたら、どこかで約束した『誰か』との『夢』さえ諦める気がしてならない。
それだけは絶対にしちゃいけない。諦められない誰かの夢を目の当たりにして、俺に守れる力があるというのなら…………例えどんな小さな協力でも惜しみなくやらないといけない気がしてならない。
…………だけど俺にそんな力はどこにある? 考えろ、考え抜け。俺ができる最大限のこと。
「……お先に失礼します」
「……お疲れ様。個人的にできることなら協力はしてあげるから」
俺は立場上マネージャーであるベアトリーチェに一礼して撮影室から出て行く。向かう先は決まっている、高崎秋良が行うはずだったライブハウスだ。
きっと、きっと何かしら……。力になれることがあるはずなんだ。
…………
……
とはいって意気込んで向かったのはいいものの……。
「やっぱり野次馬はいるよな……」
スタジオから出て一時間。警察と消防隊、そして民間人が渦巻くライブハウス前へと着く。
一応、今の俺は知る人ぞ知るCMに出るタレントの卵だ。なるべく目立たないようにツバ付きの青色帽子を深く被ってライブハウスの外部から観察してみるが…………やはり外観から分かることは少ない。SIDから捜査願は出ていないから防衛庁に交渉できず屋内に向かうことさえ厳しい。
「後をつけてみればやっぱりか……」
「ひっ!?」
後方から男性の声がすると、突然として肩が捕まれる。今でかつて感じたことのない漠然とした不安に背筋が凍りそうになる。
これが、女子がよく言う生理的な身の危機……!!
「…………なんだ、高崎さんのマネージャーですか」
警戒度全開で俺は振り向いた先には見覚えるのあるスーツ姿の男性がいた。先ほどスタジオで悲報を伝えた高崎秋良のマネージャーだ。急いで着いてきた様子であり、ネクタイピンがズレている。
「なんだって……不躾だなぁ。女の子タレントなら愛嬌がないと苦労するぞ」
まるで体験したかのようにマネージャーさんはため息を吐きながら、俺の手を引いて群衆から抜け出る。こちらも顔が知れた相手なら警戒する必要も薄いので、そのまま俺は手を引かれ続けた。
入り組んだ薄暗い路地裏を歩き、やがてライブハウスの裏手を辿り着く。そこには一人の警官が真剣な顔つきで辺りを見回しており、こちらに気づき次第厳粛な態度のまま「ここは立ち入り禁止ですよ」と注意を促してきた。
「すいません。私は高崎秋良のマネージャー『
「そうですか。少々お待ちください…………。警部、高柳です。実は…………」
どうやら連絡を取り合っているようだ。まあ当然だよな、むしろ血税搾り取っているのだから報連相はしっかりしてくれて一安心ともいえる。
「はい…………分かりました。……お待たせしました、上官からの許可が出ました。そちらのお嬢さんの身分を聞いてもよろしいですか?」
「別事務所のタレントでレンというのですが、彼女もここでライブのゲストとして出演する予定でして…………リハーサル中に忘れた企画書と台本を取りに来たんです」
「……なるほど、分かりました。どうぞ、お通りください」
どこからそんな嘘八百出てんだよッ!? そしてそんな嘘を信じるなよ!? 大丈夫なのか防衛庁!? 職務怠慢とかじゃないよな!?
「…………これを見て」
ライブハウス内を見て回って俺はステージ前のスクリーンを見る。そこには先日から準備をしていたであろう様々な機材が置かれているが、放火の影響でいくつかは黒コゲとなってしまっている。
「……酷いですね」
「ああ……。これ何か秋良ちゃんのお気に入りで勝負ギターである『A-Killer』さ。…………見ての通り、使い物にはならない」
藍川マネージャーがステージ上に指差した物は、ギターの持ち手くらいしか原型が残ってないほど焼け溶けていた。
「彼女はこのライブを…………いや、ライブだけじゃない。これまで全部のハードなスケジュールを乗り越えるために、花咲く女子学生との青春を全てアイドル活動に向け続けて血の滲む努力をし続けてきたんだ……」
「努力を、続けて……」
「ああ……。そもそもとしてファンのみんなは当然すぎて気にも止めてないけど、ギターを持ちながら歌って、しかもパフォーマンスをするって……とんでもなく体力を使うんだよ。君は走りながら歌うことはできる?」
「……できなくも、ないと思う。歌う曲次第としか言いようがないけど」
「うん、そうだね。続いての質問だけど、君は4キロ近い物を何時間も持ち続けて動くことができる?」
「……できなくも、ないかなぁ。2リットルのペットボトル飲料を片手に一つずつ持つと考えればだけど」
「うん、そうだね。続いての質問は、君はヒールを吐きながら踊ることはできるかい?」
「……できる、かも知れない。とはいっても社交ダンスみたいな緩い感じならという話ですけど」
「うん、そうだね。…………それを全部纏めてできる?」
「……無理です」
どう考えても無理だ。どれか一つでもかなりキツイというのに、それを纏めて行う? 引きこもり体質な俺には不可能に近い。ジャケットの撮影でさえ体力を使いきってしまうというのに。
「だけど彼女はできるんだ。縦横無尽にステージを駆けて、ギターがない間奏でも観客の声援に応え続けて、歌いながらギターを弾き続ける。ストリートライブで最高2時間。今回のライブハウスではトークショーを挟んで6時間もの長丁場だ……。そのために彼女は単独ライブが決まってからの数ヶ月、食事制限もして徹底的な身体作りと有酸素運動で肺活量を鍛えてもいた……」
食事制限という単語で昼食時の彼女を思い出す。おにぎり、サラダチキン……どちらもタンパク質を取るために食事で、サラダチキンに至っては低脂質・高タンパクでダイエットとしてもエネルギーとしても高効率を誇るものだとアニーは言っていた。それだけだとビタミン不足になるから野菜などで補う必要があって……。
そこで思い出す。彼女は果汁ジュースを飲んでいた。正確にはドリンク……もっと言うなら『スムージー』というものだった。あれは様々な野菜をミキサーで液体状にしたものだ。ビタミンどころか鉄分やカルシウムさえ補える。となれば足りないのは……何だっけ? 確かアニーは……。
《ダイエットとかと一番向き合わないといけないのは何よりも空腹だね。間食はできるだけ抑えたいから、食物繊維が豊富なのが望ましいかなぁ〜。…………というか何で身体作りについて聞くの? レンちゃん別に太ってないよね?》
……最後については思い出す必要ないな。俺がただオンラインゲームを夜通ししたいがために万全の体調作りに聞いただけだし。
だけど、その時にオススメされたのは『プロテインバー』というものだ。甘味としては十分だし種類が豊富でダイエットにおける部分的な栄養不足を補える。何よりも食物繊維が豊富だ。
あのスナックバーは今思えばプロテインバーだったんだ。そう多くない量で活動しきるために必要なエネルギー要素……。彼女の食事に『甘え』はあっても『妥協』なんてものは何一つない。
僅かな休憩時間でもギターの練習をして、しかも俺の質問にも笑顔で受け答えしてくれて…………彼女は本当に音楽が好きなんだ。それは理解すればするほど至るところに努力の痕があることに気づく。
俺は彼女と握手した時の感覚を思い出していた。あの言いようのない感触はギターを弾き続けてできた切り傷やマメの痕だったんだ。それだけじゃない。握手会とかで何百人ものファンと触れ合って、サイン会で何百人ものファンに直筆で応えていた。そんな日々だから彼女の手は同年代だというのに俺より遥かに手が大きくなっていて…………。
しかも、それらのいくつかはずっと前からあるもので…………俺が初めて彼女を見たあのストリートライブよりも前からのはずだ。もしかしたら物心ついた時には既に出来ていたのかもしれない。
それなのに……こんな些細なことで無くなってしまうのか? 彼女の努力も、夢も、こんな些細な現実の前に押し潰されて消えてしまうというのか。
…………ダメだ。きっと何か手立てがあるはず。
俺は必死になってステージを観察していき、何かできることがないかと考えていく。
「あれ…………?」
そこで俺は気づく。爆破によって焼けたギターの周辺に昔ながらの折りたたみ携帯らしきものも焼け焦げているが、それ以外は無事なままであり……それら全てが電子機器だった。鍵盤などの操作するものはあるが、確かこういうものは物理的な反応じゃなくて、接触反応で電気信号が送られて音が出るはず……。
待てよ……。だとしたらこれって……。
「……藍川さん。ライブを行うには何が足りないんですか……?」
「…………ライブの最低条件か?」
「はい……。当日行うのに必要な最低条件です」
「……大前提として演奏場所と楽器全般と音響機材一式、そして機材を扱うスタッフがいればどういう形であれ行える。後は暴動対策に規模に応じた監視体制を取れるガードマンとかだな」
…………ライブハウスは無事だ、あくまで楽器が一部燃えただけで施設自体に大きな問題は出ていない。そして楽器全般と音響機材一式、機材を扱うスタッフ、それにガードマンか。
………………。
……………………。
……できるかもしれない。全ての条件を満たしながらライブを行うことが。
だけど、あくまで無い知恵を振り絞ったものだし、そのためには最低でもあの二人の協力が必須だ。これが断れたら八方塞がりもいいとこだし、できないと言われたらそれまでだ。
とりあえず俺はメッセージアプリを開いて二人に連絡を入れる。今回の件と、俺がしたいこと、それについて二人が可能であるかの確認を。
返信が来るのにそう時間は掛からなかった。何せあの二人は……。
スターフルーツ:《できますよ》
クラゲヘッド:《できるよ〜!》
情報生命体——-いや、今をときめくVtuber『星之海』だからだ。こんな面白い話に乗ってくれるのは間違いないのだ。というか登録名は相変わらず変更なしか……。まあ、姉妹らしいと言えばらしい。
「ねぇ……マネージャーさんは2020年に起きた厄災のこと知っていますか?」
「あぁ、覚えているよ。世界的な緊急事態だったからね。今では異質物研究も進んで医療も進歩して無縁ではあるが……」
「……そんな時にですよ、アーティストの数々は動画サイト通じてあることをしたそうなんです。それでネット文化はまた一つ新しい境地へと辿り着いたとも聞きました」
俺はもちろん生まれてさえいないから又聞きをした事柄でしかない。母親からこんなこともあったのよ、とか教科書で軽く触れた程度の知識でしかない。
だけど……少しでも可能性があるというのなら……高崎秋良の夢を応援できるのなら…………やってみる価値はある。
「…………まさか、やるのかい? あの伝説をもう一度?」
「やりましょう。高崎秋良と『星之海』によるコラボ企画…………yohtubeにて『無観客ライブ』の生放送」