魔女兵器 〜Another Real〜   作:かにみそスープ

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第4節 〜軌跡と奇跡〜

 数日後、ライブハウスで念入りな準備が行われる。

 

 高崎秋良が所属するスタジオの代表と、俺が所属するスタジオの代表…………この場合、藍川さんとベアトリーチェが警備状況や配線環境などを整えてディスプレイ上にどれほどのラグがあるかどうかを確認している。

 

 生放送タイトルはこうだ。『【高崎秋良×星之海】新次元ネットライブ!【無観客ライブ】』————。

 内容としてはこうだ。本筋である歌自体は無料公開で、リハーサルやメイクシーンなどの裏側は有料チャンネル会員限定公開に設定。今現在も有料会員限定で公開中だ。これは商業的な面もあるが、リハーサル中も生放送することで危機的な状況や不審者の発見を早期発見するための策でもある。

 

 つまりネットに生放送することで、監視体制という問題をある程度視聴者に任せているのだ。もちろん、それに任せただけでは杜撰もいいとこだ。刃物といった強襲目的の対策として高崎秋良の周辺にはボディガードが数人配置している。

 

 これだけ準備していれば遅れを取ることはない。施設自体に時限装置がないのは確認済みだし、俺個人としてはその線は薄いとも考えている。

 

 というか……このライブ自体が観客や無観客であろうとも、脅迫犯が来ることはないと思ってもいる。

 

「ねぇ……。本当に犯人が来ないなんて可能性あるの?」

 

 個人的な協力でボディガードとして黒スーツにサングラスと身を扮しているアニーが声をかけてくる。

 

「……脅迫状が届いてから考えたんだ。脅迫の内容と放火するという行為が噛み合ってないことに」

 

「ん? どこも噛み合っていると思うけど」

 

「脅迫状の内容は端的に言えば『高崎秋良のライブを中止すること。拒否すれば高崎秋良の命はない』ってものだ。…………一見繋がって見えるけど、脅迫を拒否した場合の内容は『個人』の命を狙ったものだ。個人の命を狙うなら放火なんていう高崎秋良本人を直接狙いにくい『不特定多数』が犠牲になる方法を取るか……?」

 

「う〜ん……確かに違和感はあるけど、特別変に思うことかなぁ?」

 

「『放火』なんて手段を取るなら、脅迫状すら書く必要がない。それこそライブハウス自体を全焼させて無理矢理中止にすることもできたんだ。この時点で矛盾が発生する。中止にはしたいけど、ライブハウスを全焼するようなことはできない。だとしたら犯人の目的は『中止』の先にある何か…………もしくは放火に乗じた何かだと思う」

 

「おぉ……! 冴えてるけど大丈夫? 本当にレンちゃん?」

 

「アイデアロールがクリティカルすることぐらい俺だってあるよ!?」

 

「ごめんごめん。まあ、レンちゃんの推測が合ってるとして……その『何か』は具体的にはわかるの?」

 

「目的までは分からない……。だけど、こんな回りくどいことをする犯人だ。恐らく高崎さんとは近い縁がある人物なのは間違いない」

 

 だからこうして生放送で高崎秋良の周辺を徹底的に厳重体制にしてるんだ。俺だって今回の出番はネット配信の監視と、裏側トークのゲストとしての役割があって犯人の逮捕には助力できない。

 

 だけど、犯人の逮捕と無観客ライブは推測通りなら全く別物だ。開始さえすればもう手出しはできない。無観客ライブが成功して……守銭奴っぽい言い方はアレだが視聴者の投げ銭次第では負債をすべてカバーできる。その利益を少しでも負債に当てるために、チャンネルも高崎秋良の法人ではなく星之海が勝手に『個人』として開設してるもので行いのだ。これなら面倒な分配もいくつか減る。

 

 しかし犯人の逮捕も可能であれば行いたいところ。何せ無観客ライブをほぼ独断で行うのだ。高崎秋良サイドに属する人間がこれを見たら、何かしらのアクションを起こすのは間違いない。再度の放火は警戒体制的に難しいと考えると、行うのは目的の隠蔽だと俺は思う。

 だとしたらそういう裏方事情はベアトリーチェが任せるのが一番だ。何せ諜報に関しては『魅了』の能力があるから情報戦においてこれ以上ないほど頼もしい。既に本人には説明していて、高崎秋良側のスタッフに関してリハーサルの台本合わせと称して積極的に探りを入れてもらっている。彼女のことだからヘマをすることも考えられない。

 

 この時点で俺が行うことは本当にライブの成功を祈るだけ。そのためには少しでもエンターテインメント性を高めるために、裏側のトークや彼女のリハーサルをしっかりと確認しなければならない。

 

「……電子ピアノ使うの上手ですね、スターダストさん」

 

『音楽関係は前から嗜んでいましたから。これくらいはできますよ』

 

 今回の目玉である高崎秋良と星之海の姉、スターダストがステージ上でリハーサルを行う。スターダストは現在ホログラム映像で映し出されているものの彼女が鍵盤を弾くと音が響いてくる。

 これは電子機器だから起こせる演出だ。情報生命体で『生身』を持たない星之海は通常の楽器を弾くことはできない。だが電子機器ならネット上に繋いでしまえば直接電子ピアノなどの中に侵入して、実態がなくとも鍵盤に応じたプログラムを誤作動させることで間接的に弾くことができる。オーシャンも電子ドラムをホログラム上では叩いて見えるように演出している。

 

「……お二人とも遠隔でセッションを合わせるなんて凄いです。いくら技術が進んでもラグは回線の都合上どうしても遅延があるというのに……」

 

『私達はあくまで指定されたテンポにラグを計算してタイミングを合わせてるだけだよ。高崎さんが曲を崩さない卓越した技術があるからこそできるんだし』

 

 などとオーシャンは言うが、実際はここにいないようでいるんだけどね。だからこそタイムラグが最小なんだし。情報生命体は愛衣が調べても不明な点が多いのだ。

 

 とはいっても高崎秋良が元々持つ実力が高いからこそ安心して任せられるという点は真実で間違いない。朝からリハーサルが続いているというのに、一向にブレることがない歌唱力とギターの技術。それはステージ内を駆け巡ったりと体力面も消費しているはずなのに、むしろ本番に近づくにつれて高まっているのが素人目から見ても伝わってくる。彼女が持っているギターは今まで使用していた『A-Killer』ではなく全くの別物だというのに。

 

 ギターの名は『Gipson柔楓』——。

 

 …………俺がこの日のために藍川さん聞いてライブのために自費で用意した最新モデルだ。価格は何と驚異の500万を超える。名義は藍川さんにして、そのまま高崎秋良に渡してもらった。

 

 その性能は驚くなかれ、俺には全然理解できなかった。最高品質のフレットが云々、フィンガーボードが云々言われたがチンプンカンプン。一番驚くべき点は『変形機能』があるとのこと。

 見た目以上に重い木製を模したエレキギターだが、何とどこかの研究機関が金銭目当てに『異質物』研究の一部をこのギターに提供したらしい。大丈夫か、その研究機関。

 しかも異質物技術は演奏者のパッションとかいう曖昧なモノを感知して、それがある段階まで高まったらVタイプのエレキギターになるとかいう曰く付き。もちろん俺のパッションなんて不足してるので、そのVタイプは見たことないし、今までそんなところまで高まっているのを見たことがないと販売してくれた店員も言っていた。

 

 故にある意味この不良品紛いは完全な一点モノ。世界で唯一使っているのが今目の前にいる高崎秋良ということになる。果たしてその姿を今宵見せるのか。

 

 …………しかし500万。イメージガールの仕事をしてるとはいえ、借金娘の身で無理をしてしまった。このことがマリルの耳に入ったらこっ酷く怒られるんだろうなぁ。後のことを考えると頭が痛くなりそうだ。

 

「スターダストさん、ピアノの音響のバランスが悪いので音量調整しますね」

 

『分かりました』

 

「オーシャンさんは丁寧過ぎます。もう少し大胆にやっても私は合わせられますので、もっと暴れてください」

 

『了解!』

 

 生身を持たない星之海は同時進行で電子楽器全般を演奏しており画面越しから見れば、わずか三人しかいない状況で多種多様な楽器が響く摩訶不思議な映像が映し出される。

 

 本番まで、あと数時間。それまで三人はライブを成功しても失敗しても最高のものにしようと、全力でリハーサルに励む。

 

 

 …………

 ……

 

 

 ——ライブハウス屋外の裏路地。

 

 電柱に背を預けながらベアトリーチェは腕時計を見つめて誰かを待ち続ける。その表情は隠しきれない『怒り』に満ちていた。秒針が一つ、また一つと音で時を刻むたびに、彼女の表情はより険しくなっていく。

 

 やがて一つのリムジンがベアトリーチェが待つ路地裏の前に止まり、そこから恰幅がいいスーツの男性とパーカーを羽織った少女が、ベアトリーチェが派遣したエージェントと拘束されながら彼女の前に連れてこられる。

 

「おい、ここはどこだ! 私は今忙しいのだよっ!」

 

 口うるさく叫ぶ恰幅な男性とは対照に、パーカーの少女は俯いて静かに事態を見守り続ける。

 

「先日ぶりですね、高崎秋良のスポンサー……黒部(くろべ)さん」

 

「君は……ベアトリーチェか。なんだい、先日のお誘いがこれかね。確かに情緒的な物を望んでいたが……君の趣味なら私も興じるとするよ」

 

「……ふっ!」

 

 直後、ベアトリーチェの細長い脚部が卑しく笑う男性の鼠蹊部を蹴り上げた。予想だにしない一撃に、男性は表情を一変させて堪え難い痛みからイビキのように響く呻き声を上げる。

 

「鈍いのは股間だけにしときなさい。頭まで鈍いのは男性として魅力が損なわれるわよ」

 

 ベアトリーチェは黒部の頬を握り潰すように挟み込み、自身へと視線を合わせる。

 

「私はね、女の子の弱みに漬け込んで悪事を強要させるような外道は許せないのよ。今回の脅迫事件と放火……犯人はアナタでしょ?」

 

「……何のことかね?」

 

「知ってる? 詰んだゲームを続行するほど無様で惨めな姿はないのよ。今すぐ投了をするか、豚みたいな鳴き声を上げて御用にされるか、選びなさい」

 

「……はっ、詰むも何もゲームに参加した覚えなんてないが?」

 

「……私は拷問の技術を役割上覚えていてね。アンタみたいな三下に相応しい自白方法なんて幾らでもあるのよ」

 

 すかさずベアトリーチェは黒部の仰向けに押し倒し、両腕を足で挟み込んでその股部分を顔に押し付ける。そしてベアトリーチェは蠱惑的な視線で見下ろして語る。

 

「刹那の幸せぐらいは上げる。ただし今から爪を一つ、また一つと剥がしながら事態を告げるから、自白する気になったら教えなさい。…………まずは小指から」

 

 黒部の右小指から激痛が走る。声をあげようにもベアトリーチェの股で口は塞がれており、その悲鳴が表通りに響くことはない。

 

「……黒部社長はどうしたんですか?」

 

 突如としてのたうち回る黒部の姿に少女は疑問の声を出す。それもそのはず。ベアトリーチェは爪を剥がす宣言はしているが、側から見れば何もしておらずに黒部がただ暴れているだけ。見方によっては錯乱状態になったように見えるのだ。

 

「……彼女は催眠術みたいな能力を持っていてね。幻痛を与える暗示でもしているのでしょう」

 

 監視役のエージェントは静かに告げた。少女からしてみれば何のことだが理解し難いが、自分たちがされている事態の理由は理解しており、諦念の気持ちでベアトリーチェの言葉を聞き続ける。

 

「まずは放火の件について……。脅迫の内容もだけど、計画が杜撰すぎるのよ。おまけに徹底さもない。だって目的は高崎秋良の失墜と、その弱みを利用すること……大方接待とかその辺でしょうね、ナニがどうとかは名誉のために言わないでおくけど。そのために事務所との共用備品である『A-Killer』だけを燃やしたのでしょう? 高崎秋良だけに最低限で効果的な責任と負債を負わせ、事務所自体の損害を抑えるために」

 

 ベアトリーチェは小声で「次は薬指」と呟くと、黒部はさらに足を大きく動かして襲いかかる幻痛から逃れようとする。

 

「まだ耐えるのね、無駄なのに。……そんな局所的な狙いなんてしたら少しでも考えれば分かることよ。ただやり方だけは少し頑張ったようね。そのためにあの子を……高崎秋良の同期である『上原(うえはら) アンコ』を利用するのは許せないけど」

 

「続いて中指」ベアトリーチェは息づくように囁く。

 

「機材の一部に爆薬を仕込み、搬入と共にギターと隣り合わせになるよう設置する。……そこは話し合いの段階で管理方法を決めていたのでしょうね。メンテナンス用のオイルとかも近辺に置くようにしたとか、コンセントと繋がったコードを置くとか……おかげで綺麗にギターだけが溶解していたわよ。問題はその爆破方法……」

 

「はい、人差し指」と感情の篭ってない声で言う。

 

「爆破方法は携帯の着信時の振動。昔の携帯は改造も安易な上に電波も多量に発生する。それらに反応するよう細工して爆破する。爆破時刻と発信者は自分にアリバイを作るためにアンコさんに任せた…………。そんなところでしょう?」

 

「最後に親指」とベアトリーチェは告げて、黒部の口を塞いでいた鼠蹊部を少し動かして声を出させるようにする。

 

「ふぅー……! ふぅー…………! だ……だとしても、私が協力すると思うかね……っ? それならアンコが個人で行っても不思議じゃあない……。むしろ自然だ、何せ……彼女は成功している秋良を恨んでいる……っ!!」

 

「そうね。彼女は成功した高崎秋良を恨んでいるでしょうね……。だって彼女は中学時代、高崎秋良と一緒にバンドを組んでいた一員だもの」

 

 ベアトリーチェの言葉に少女は酷く怯えた声で告げた。「知っていたんですか……?」と。

 

「調べたら分かったわ。……まさか芸名がそのまま本名とは思ってなかったけど『高崎 アキラ』とアナタは中学時代でバンドを一緒にやっていて、その縁でバンドメンバー全員で芸能界デビューした。……だけど夢は長く続かなかった。才能の問題、勉学の優先…………どんな理由にしろ一人、また一人と脱落していって……高校に入る前に残ったのはアナタとアキラちゃんの二人だけになった」

 

 アンコは無言でベアトリーチェの話を聞き続ける。

 

「アキラちゃんは抜けたメンバーの穴を埋めるために血の滲む努力をした……結果としてそれがあの子を独立したマルチタレントとして本格的なデビュー……『高崎秋良』としての活動の遠因となった。残されたアナタは頑張り続けたけど結果は実らず……バンドの活動で損失した費用を返すために裏方の仕事にも手を出していた……さぞ辛かったでしょうね」

 

「……辛かったですよ。だけど辛かったのは、裏の仕事なんかじゃない……。身体を売るなんて抵抗なんてありませんでしたから。だって私には音楽しかなかったんですから」

 

「……アナタ、七年戦争で生まれた孤児なのね」

 

「そうですよ。私は生きるために何でもしました……。飢えを凌ぐために店から食べ物を奪った。衰弱死した仲間の衣服を奪いもした。お金を稼ぐために性行為もしましたよ。私の処女なんて…………業界で散らす前からとっくに無いんですよ?」

 

 今度はベアトリーチェが無言となってアンコの話を聞く。

 

「そんな中でも音楽だけが私にとって唯一の安らぎだった……。私は落ちていたボロボロのギターで何度も心の全てを歌にして叫んだ……。それだけが生き甲斐だったから。……そうして生き抜いて、学園都市として体制が整う頃には今みたいな標準的な生き方ができるようになった。……私は当然音楽の道を選んで、小学校でも中学校でもギターを弾き続けた……そんな時にアキラに出会いました」

 

 アンコの目に涙が溢れている。それは怒りや嫉妬などからではない。自分の無力さを噛みしめたものだ。

 

「彼女は何もかもが輝かしかった……。才能に満ち溢れ、彼女の音楽はまるで太陽のようで……そんな眩しさが、私にとって私の音楽が焼け解けるように感じてしまった……!」

 

 音楽性の違い——。いや、この場合は音楽の価値観だろう。アキラとアンコではそこが決定的に違った。

 

 アキラは『歌う』ために生きている。

 アンコは『生きる』ために歌っている。

 

 初めから目的意識が正反対の二人だった。どちらが正しいなんて、そんなのは決めることはできない。できないが……業界である以上、成功と失敗は付き纏う。

 

 そんな中で栄華を飾った『高崎秋良』と、栄華を散らした『上原アンコ』…………。正反対のアキラが成功し、自分が失敗に属したらその心境はいかほどのものか。

 

 それは、自身の全てを『否定』されてるに等しい残酷さだ。

 

「だったら、どうしてアナタはアキラちゃんに伝えなかったの? 自分の音楽が否定しているというけど……むしろ一番否定しているのはアナタ自身よ」

 

「私、自身……?」

 

「だって言ったじゃない。『何度も心の全てを歌にした』って……。そんな素直さのまま生きていけば、アナタは面と向かってアキラに嫉妬をぶつければ良かったじゃない。それができない時点で…………残酷かもしれないけど、アナタの音楽はそこで終わっていた。自分で自分を否定したのよ」

 

 ベアトリーチェが告げた事実に、アンコは糸が切れた人形のように膝を折って地面へと座り込む。

 否定していたのはアキラでも、高崎秋良でも、周りの人でもなくて自分……。その事実に、惨めで愚かだったことを自覚してしまったアンコは後悔に満ちた表情で一粒だけ涙を零してしまう。

 

「だから彼女は……アキラちゃんは『高崎秋良』として歌う。自分が自分と表現できるのがそれしか知らない不器用で真っ直ぐな子だから……今回の無観客ライブもそう。今まで応援してくれたファンや関係者に精一杯報いるために……『歌』として届けることを彼女は選んだ。だって……それこそが『アイドル』なのだから」

 

 そう言ってベアトリーチェはタブレットを一つアンコの前に差し出す。それは現在生放送中の『無観客ライブ』が映し出されていた。

 

 ステージの上では汗だくになりながらも、精一杯の歌と笑顔で無人のライブハウスを駆け抜ける高崎秋良の姿があった。視界には観客などいないはず。だというのにアンコの心は、まるでその場にいるような熱気と興奮を感じずにいられない。

 

 高崎秋良は次の楽曲に移り、無人なのさえ利用してステージから飛び降りて観客席へと走り、ステージ上では絶対行えないようなアクロバットを決めた。

 

 そのアクティブさは目を見張るなんて物じゃない。ハイヒールを吐き、ギターの配線コードから絡むことなく、見事に空中一回転を魅せて間奏が終わると同時に何事も無かったように再び歌とギターの演奏をしながら観客席の奥へと向かう。

 

 無人の観客席には誰もいない。だというのに彼女の歌の熱が、心が、魂が、アンコも含んだ画面で見回るファン全てがその場にいるではないと幻視するほど高崎秋良が輝いて見えた。

 

《ありがとうーーっ!! みんな、ありがとうーーっ!! スパチャも合計500万突破でありがたいですっ!!! 次はライブ初披露の新曲……だけど、みんなー! ここで私の想いを聞いてくださぁーい!!》

 

 新曲——。その言葉はベアトリーチェだけでなく関係者各位なら驚きを隠せないものだ。何故なら、本来このライブで『新曲』を発表するプログラムなんて組んでなんていない。それは画面越しからでも騒つくライブハウスや、目を見開いて動きを止める星之海姉妹の反応からでも見てとれる。

 

《今回のライブハウス放火と脅迫……。それで私のライブは中止となり、皆様が想像する通り多額な負債を私は抱えています。だから無観客ライブを行い、ファンの皆に今までの感謝と関係者各位の負担を減らすために……私はここで歌っています。……言いたくはないけど、高崎秋良にとって最後のライブなるかもしれない……。そう思ったら、今までの歌では……私の全部を伝え切れないっ!!》

 

 それは今までの輝かしく歌う彼女の姿ではなく、素の状態『アキラ』として叫びだった。

 

《だって! 私の歌はッ! 心はッ!! 魂はッッ!!! 皆に届けるための歌……。私自身を表現した曲なんて何一つない……。私の歌は……皆がいることで輝いていけた。……だからそんな想いを……私の全てを届けるのではなく、聴かせるために歌います》

 

 皆がいることで輝けた。その言葉にアンコは高崎秋良とアキラの心境を悟る。

 彼女のマルチタレントっぷりは、在りし日の中学バンドの延長線上でしかない。今まで夢を落とした仲間たちの夢を抱えて、たった一人でも歌い続けている。それがアキラが持つ本質的な輝き——。

 

 その輝きを応えるように、彼女が今持つ木製を模したギターはVタイプのパンクなギターへと光を纏いながら変化を見せた。

 

《聞いてください……。高崎秋良の単独演奏曲。拙い私だけの、裸の心で書き記した私の歌…………『My Life』!》

 

 

 …………

 ……

 

 

 最初に謝るよ。私は、アナタのことを知らない。

 名前も、好きなことも、嫌いなことも、顔も知らない。ごめんね。

 

 次に感謝を。アナタは、私のことを知っている。

 名前も、好きなことも、嫌いなことも、顔も知っている。ありがとう。

 

 アナタは私をいつも応援してくれた、ありがとう。

 アナタは私をいつも見守っていてくれた、ありがとう。

 アナタは私をいつも傍にいてくれた、ありがとう。

 

 こんな不躾な子でごめんね、感謝は本当だから。

 だけど私には歌うことしかできない……。

 だから今ここで全てを歌い明かそう。

 日が暮れても、夜が明けても、夢が消えるとしても。

 

 沢山の全てにありがとう。

 全てが嬉しかった。全てが楽しかった。

 

 でも、ごめんね。それじゃあ足りないんだ。

 

 『私』の全てはそれじゃあ伝え足りないんだ。

 

 上手くもない私の歌や言葉では表し切れない。

 だけど、こうするしか私は自分を表現できない。

 

 だから、ごめんね。こんな未熟な私が歌を歌って。

 だから、ありがとう。こんな未熟な私を応援してくれて。

 

 そんな全てに……『私達』は紡がれている。

 

 

 ……

 …………

 

 

 一曲が終わり、アンコールが書き込まれて続けて次の一曲が始まる。スパチャの金額は1000万に突入——。一つ自体の金額は100や500といった少額だというのに、積み重なって大きな金額となり繋がる。まるで今まで彼女が積み上げた努力のように。

 

 これこそが『高崎秋良』——。

 その有り様、その輝かしさこそが『高崎秋良』だったのだ——。

 

「こんな子の夢を失墜させようとなんて……黒部さん、最悪よ。それに今回の計画は最初じゃないでしょう? 調べれば余罪なんていくらでも出そうだもの……業界はそういうの多いそうだから」

 

「ヒィ……!!」

 

「……私も最悪な人間ですよ」

 

「そうね。計画したのは社長さんとはいえ、実行したのはアンコさんだもの。……まあ、アナタ自身の罪は器物破損と放火騒ぎ程度よ。長期間の執行猶予は免れないだろうし賠償金も発生するでしょう。だけどそれで見放すほど私たちも残酷じゃないわ……。今回の件で高崎秋良は、私達の事務所に移籍することになる算段があるの。今でも名義があるアナタも移籍することはできるけど……どうする?」

 

「…………遠慮します。私の罪は私の罪ですし、私の音楽は私の音楽です。自分で尻拭いをしないと……アキラに合わす顔さえありません」

 

 そう言ってアンコは路地裏から消えた。

 

 その日の無観客ライブは大成功を収めて、負債はすべて返済し終えたことが後にベアトリーチェの耳に伝わる。それほど時間が経たないうちにライブハウス放火事件の犯人逮捕の報道と高崎秋良の移籍も発表され、こうして一連の事件は終わりを向かえた。

 

 

 …………

 ……

 

 

 ——後日、SID本部にて。

 

「マリル? この預金明細から脈絡なくSIDに返還されてる500万ってなに?」

 

「我が子に対する慈悲だよ。本当は怒りたいところだが……初めて自分の力で何とかしようと頑張ったんだ。御祝金としてギター代ぐらいは私からSIDに返しといてやったのさ」

 

「へぇ〜〜、そんなことあったんだ〜〜」

 

「あぁ……アイドルには興味なかったが、高崎秋良の歌は中々にいいものだぞ? 愛衣も聞いてみるか?」

 

「いいけど……何その音楽ジャケット? レンちゃん、珍しくカッコよく写ってる〜っ!」

 

 そんな話もあったそうな、なかったそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あ、新しいプロデューサー? え? 私の? えぇっ!?」

 

 もしかしたらいつかの未来、どこかの場所でいつか夢見たバンドの少女達は新たな再会があったかもしれない。

 

 だけどそれはまた別のお話。




閑話①【少女と偶像】のこれにて終わりです。あくまでゲーム本編にあるオーガスタと一緒で、顔見せとちょっとした事情把握、そして僕自身の頭お休み的なもののため、かなり気楽にやっておりました。

明日の10月1日から第二章【神統遊戯】開始です。
お話も戻るため、深海浮上と同じように『毎日一話投稿』をするよう心がけます。とりあえずは後書きを書いた8月28日の時には第8節までは毎日投稿できる目安が経っておりますので、ご安心くださいませ。

では、今後とも魔女兵器本編のサービス再開や今後の展開を願いつつ、後書きを終わります。
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