魔女兵器 〜Another Real〜   作:かにみそスープ

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第2節 〜清漣〜

 ああ、いつぶりだろう——。この目に焼き付いた地獄を夢に見た。

 

 崩れ去ってく街並み。燃え盛る新豊州。塩の彫刻と化した人間。

 

 どこまでも現実的な夢——。

 だが俺は知ってる。これは多分夢じゃない。多分現実にあったこと。もう一つの現実だとマリルはいつか言っていた。

 

 今回の夢はやけに鮮明だ。浮ついた足取りではなく、まるで現実のように一歩、また一歩と歩くたびに焦土の熱は足裏を溶かし、蒸せ狂うほど肺を焼き焦がす。

 

 その地獄は脳裏に燻るもう一つの地獄を思い出す。七年戦争だ。

 貧困に喘ぐ子供、血濡れの子供、銃を握る子供、共食いをする子供、子供、子供、子供子供子供子供子供——。

 

 俺のトラウマが何度も再生される。

 最悪だ、最低だ。核の抑止を超えた『異質物』の絶対的な力は、七年間も全人類の『悪性』を扇動して争いを続けさせた。それで俺の家族は…………。

 違う。今はそんなことはどうでもいい、過ぎたことだ。今気にしたってどうなるものじゃない。

 

 地獄を歩み続けると、やがて最後の刻が来た。

 凜然と浮かぶ黄金の異質物『ロス・ゴールド』……。あの日、あの時の再現のように、何かを待つように黄金の杯は浮かび続ける。

 

 ふと気になって自分の身体を見た。俺は『俺』だった。

 あぁ、そうか。またもう一度願わないと行けないのか。

 何を? ——決まっている。夢の再演さ。何故か理解してしまう。願わなければこの地獄から覚めることはないと。

 

 ——■に……も■も……。

 ——『■■』が本当に■■して■れば……。

 ——■■■だ……■■■を■に……。

 

「■■■、■■■■■■■——」

 

 

   ——我が器よ、変革の時は来た——

 

 ——今一度この地獄を生き抜いて見せよ——

 

 

 …………            …………

   ……            ……

 

 

「————ぁぁああああああああ!!!!!!」

 

 未だ聞き慣れない『女の子』の声を聞きながら『俺』は目覚めた。

 視線を下ろす。たゆんたゆん。すごいでかい。

 股関部分を動かす。記憶の形すら曖昧な我が息子はいない。

 

 当然のように——『女の子』として……『レン』としての今日が始まる。

 

「おはよう、レンちゃん。今日もうるさいね♪」

 

 夢の内容は朧げでよくは覚えていない。ただ漠然と不安だったことだけはわかる。

 だがそんな些細な気持ちなんて、青い髪をツインテールで纏めた少女——『アニー・バース』の笑顔を見たら吹き飛んでしまった。

 

「い、いつもうるさいみたいに言うなっ!」

 

「え〜。寝言は大きいし、あの日は絶叫するし、今でも寝ぼけて立ちションして叫ぶし……」

 

「ごめんなさい、それ以上言わないでぇ……!」

 

 最近になってアニーは俺を揶揄うのが、どうも板についてきたのが否めない。マリルの教育が進んでるのか、それともラファエルの罵りがそうさせてるのか……。もしくはド天然か。

 何にせよ、俺の基本的人権は悲しくなるほど尊重されてない。

 

『お前の人権は文字通り私が握ってる。少なくとも保障はしているから安心しろ』

 

「それを胸のスピーカーから言わないで、マリル姉さん……っ」

 

『生意気な口叩くとお偉いさんの仕事増やすぞ〜。今度はどんなCMをやりたい? 私のオススメは『ラストブレイド』というゲームの番宣だ』

 

「そのゲーム、色々と大丈夫?」

 

 俺の記憶が正しければ、時代遅れのCGデザリングとか盗用BGMとか慣性無視の移動とか色々と面白おかしいゲームとしてネットで大喜利状態だった気が……。

 

『例え問題が一つや二つ抱えたところで、お前の可愛い姿なら勝てるぞ。知ってるか、裁判は女の子の涙で勝てる。……仮に敗訴してもSIDの力もあるしな』

 

 史上最悪なフェミニズムなうえに、納税者様の血をそんな些末なことに使うなっ!!

 

『冗談だ。流石に製作者の努力を無為にするほど私も鬼ではないよ。……まぁ、お前の肖像権は既に売っているのだが……』

 

「待て!? 売ったってどういうこと!?」

 

「現在お前をモデルとしたアバターが活躍中だ〜。毛先から下着の色まで再現されてるぞ〜」

 

 この人に人権握られてる時点でダメかもしれない。

 ……悪というのは人種や性別ではなく個人の問題なんだろうか。逆に正義はわからないけど、悪は明白であり即ちマリル也。

 

『くだらない哲学問答考える暇あるなら、とっとと歯を磨いて身嗜みを整えろ』

 

 マリルには例えスピーカー越しでも心中は筒抜けのようだ。

 

「おおぉ〜! おっ、おぉ〜」

 

「おっ〜? おっおっ……おっ?」

 

 そして話題の『ラストブレイド』は、現在イルカとシンチェンが遊んでいるが、何か相当気になるところがあるのか、二人揃って百面相を繰り広げる。

 イルカは純粋に楽しんでいるが、シンチェンは笑顔のまま顔が青くなったり汗を流したりと忙しい。

 

『パンツの色は純白ですわ〜!!!』

 

「その声……っ! 何でソヤがそこにいるんだよっ!?」

 

『伝えてなかったが、近日中に『時空位相波動』についての現段階の情報を元老院で纏めるからな。そのためにSIDのエージェント達を招集している。……そう、全エージェントをな』

 

『だ・か・ら〜……私もいるわよ〜!』

 

「その声はエミリオか……。って、待て! お前も俺のパンツを——」

 

『安心しろ。私と確認した時はノーパンだったぞ』

 

「そもそも見るのを止めろよ、ヴィラァ!」

 

 思わぬ人達が胸元からドンドン聞こえてきて、朝っぱらから心身共々疲れが溜まる。

 だが悲しいことかな、俺の人権はほとんどない。借金娘に保証されるのは最低限の自由と意思だけなのだ。

 

『そういうことだ。新豊州で待機することになるから、1日か2日くらいは会わせるさ。……それにあの子も帰ってくるしな』

 

「あの子……? もしかしてっ!?」

 

「ああ。お前が思う通りの人物だよ」

 

 珍しく優しげに伝えるマリルの声に、自分でも分かるくらい期待に胸を膨らませる。

 

「じゃあさ! パーティしようっ! みんなで歓迎してさっ!」

 

『元よりそのつもりだ。お前たちも異論ないだろ?』

 

 『問題ありませんわ〜』『私も大丈夫♪』『エミがいいならオッケーだ』と三者同様の返答が返ってきた。

 隣で聞いていたアニーも嬉しそうに頬を綻ばせていたが、視界の端では針時計がチクタクと時を刻むのが見える。

 時刻は8時前。それを見て、俺は少し危機感を覚えた。

 

「——あっと、ごめんマリル! 今日は一限目から体育だから急がないといけないんだ!」

 

「そうだった! 早く行こう、レンちゃん!!」

 

『おう、行ってこい。帰りは遅くならないようにな』

 

 

 …………

 ……

 

 

 秋模様真っ盛りな新豊州の通学路を駆け抜けて、俺やアニーが通うお嬢様学校『御桜川女子高等学校』へとたどり着く。

 腕時計を確認すると時刻は8時15分。まだ余裕はあり、これならホームルームのチャイムまでに着替えぐらいは済ませられそうだ。

 

「おはよう、ラファエル!」

 

 校門前に見慣れた黒髪の女生徒が見えた。

 周りとは明らかに雰囲気も服装も異なっている。俺やアニーも含めて御桜川に通う女生徒達は皆が黒のセーラー服を着るというのに、彼女は緑色のブレザーに緑色のコートを羽織ったりと校則違反の塊なのに、それをさも当然のように堂々と歩いている。

 だが彼女に関しては仕方ない。教師も女生徒も相手の立場を知っており、彼女が冷ややかな視線を流すだけで恐怖で身を縮こませる。

 

「おはよう、アニーに女装癖。……何かあった?」

 

 我らのサモントン総督の孫娘、毒舌お嬢様こと『ラファエル・デックス』様だ。唯我独尊の性格が災いして、自国から留学扱いで一時出国された人だ。

 あまりのVIPなのでこんな粗暴な態度など許されるのが、彼女の世間的身分の高さが肌身で理解してしまう。

 

「SIDにエージェントが集まるみたいでさ。エミやヴィラも来てるし、ベアトリーチェとかも戻ってきたりでパーティするんだって」

 

 エミ達の名前を聞いて、何かを探るようにラファエルは表情を強張らせる。

 

「どうした、ラファエル?」

 

「……聴き慣れない名前を聞いたから、思い出してただけよ」

 

 あっ、そっか……! 

 エミはあくまで愛称なんだから伝わるわけないじゃん……!

 

「この女装癖が……。頭の中身は鶏さんかしら」

 

「ご、ごめん……」

 

「別に謝る必要ないわよ。それで誰なの? そのエミって?」

 

 訝しげな顔で詰めてくるラファエル。

 その視線は言い様のない『圧』を感じて、暗に「誤魔化したら分かってるだろう?」と脅迫していた。

 どうしよう……? マサダ事件のこと教えても、エミと俺の深い部分については他言無用だってマリルに言われてる……っ!

 

「エミはあれだ! マサダの聖女様で引っ張りだこの『エミリオ・スウィートライド』の愛称! ほらネットの動画でもエミが両断したのは知ってるだろ!? あれで助けられた縁でねっ! 動画でも俺も被害者の一人で映ってるし!」

 

 とりあえず当たり障りのない部分を伝える。大人は嘘つかない的なアレだ。俺は子供とかそんな小さなことはどうでもいい。

 

「そんなことは知ってるわよ。他には?」

 

「他っ!? ないないっ! エミに関してないよな、アニー!?」

 

「ないと思うよ、多分ない、きっとない」

 

 信頼度ガタ落ちっ!

 

「……ちっ、玉なし変態には言う度胸はないか」

 

 非常に不服そうな顔をしながら、ラファエルは事情を察したのかこれ以上何も言わずに納得したようだ。

 

 しかし、玉なしは現在進行形で事実とはいえ……。

 と思っていたら、ラファエル自身でも下品だと思ったのか少しだけ頬が赤くしてしまい、一つ咳払いをして話を戻す。

 

「ところで! あんた他にも隠してることない?」

 

「それこそないって!」

 

「レンちゃん、それだとさっきの問答が台無しになってる……」

 

「それはもういいわ。で、どうなの?」

 

 ラファエルに言われて少し考えるが他に伝えることもない。強いて言うなら『時空位相波動』云々についてだが、これは校門前で話すことでもないし、そもそもラファエルとも無関係だ。

 

「ないと思う」

 

「そう。……気のせいかしら」

 

「気のせいって?」

 

「アンタが寝付きの悪そうな顔してたから、悪い夢でも見てるんじゃないかと思っただけよ」

 

 その言葉に俺は少し驚いた。

 ま、まさか、俺の表情ってそこまで分かりやすいのか……!?

 

「レンちゃんの心配してたの?」

 

「はっ! 誰がこんな変態女装癖のメイド野郎を心配してるって? 誰が?」

 

「……たまに思うけど、ラファエルって素直なのか天邪鬼なのか分からなくなる」

 

 俺もそう思うよ、アニー。

 だけどラファエルのことだから、心配はしてくれてると思う。

 

「ちょっと寝不足なだけさ。気に病むことじゃない」

 

「心配してないって言ってるでしょ? 心配するならアンタの成績よ。今日、美術の授業もあるんでしょ」

 

「…………さて、今日のログインボーナスは……」

 

「ふっ、哀れね。私に泣いて縋るのが目に見えるわ」

 

 すいません、ラファエル先輩。ものすごい忘れてました。

 本当は勉強するはずだったのに……なんで忘れたんだ?

 確か「美術観点は興味のあるものから発想が得るのが基本」とかラファエルが言ってくれて、それでラファエルと協力してブロッククラフトを始めて……。

 

 

 …………

 ……

 

 

 ——《平地作業が遅いッ! あんた普段右手を何に使ってるの?》

 ——《ななな、ナニって!? 何ですか!?》

 

 ——《これが中世ヨーロッパの街並みの再現よ》

 ——《なるほど……。こういうゲームだと中も自分で作るから理解が深まる気がする》

 ——《まだよ。これから壁画の再現もするんだから。……ちっ、建築物の大きさとドット数の都合で精巧な出来は期待しないほうが良さそうね》

 ——《えっ、まだ続くの?》

 

 ——《あのぉ……そろそろ勉強……》

 ——《私の芸術に終わりはないっ!!》

 

 ——《もう午前3時か。明日は学校もあるしお開きね》

 ——《ふぁぁ〜……。……ぅん、んっ……? おやすみぃ……》

 

 

 ……

 …………

 

 

「………………ところでさ、昨日さ、ラファエルとさ、ゲームしたんだけどさ」

 

「ぅ——。よ、予鈴がもうすぐよ。自分のクラスに行きなさい、ブルマ野郎っ」

 

 ……お前が犯人じゃん。

 

 

 

 ——昼休み。

 

「女装癖。今日、購買でレインボーパンというキナ臭い新商品出たそうよ?」

 

「このお嬢様なんでも食うな……」

 

 そして当然のように下級生のクラスに入ってくる。

 ラファエルの制服は他の生徒とは違うというのに、もはや見慣れすぎて誰も気にも留めない。

 

「あれは見た目からしてセンスが壊滅してるのが分かるから買わなかったわよ。今日は無難に焼きそばパン」

 

 すでにそれが俺のイメージするVIP級お嬢様からかけ離れてる。

 ……そもそも焼きそばパンって花の女子高生が買うものか……? いや、現在進行形で女の子してる俺だってカツサンドとオレンジジュースだけどね。

 

「レンちゃん、教室前でニュクス先輩が呼んでるよ」

 

 アニーに言われて教室の外を見る。

 そこには長い紫色の髪を靡かせながら、まるで一枚の絵画のように廊下の窓辺に佇むニュクス先輩がいた。

 

「ふんっ。……早く行ってやれば」

 

「お、おう」

 

 若干ラファエルが不機嫌そうだが、行かないとそれ以上に不機嫌になりそうなので迅速に向かう。

 

「ごきげんよう、レンさん」

 

「おはようございます、ニュクス先輩。どうしたんですか?」

 

「この学校に慣れたのかなぁ〜、って先輩風吹かしにきたのとパーティのご招待をね」

 

 ……パーティのご招待?

 

「ごめんなさい。近日中ならアニー達と一緒に歓迎会みたいなものが……」

 

「その歓迎会が私が招待するパーティです。……SIDの協力でいくつか返還されたストラツッティ家の資産ですので、情報漏洩などは心配しなくて大丈夫ですよ」

 

 ああ、なるほど。考えれば、あの家で全員入るのは狭すぎる。

 アニー、ラファエル、イルカ、シンチェン、マリル、愛衣、etc……。思いついた顔を次々と浮かべる。

 …………合計で10人は超えるな。そこまでの考えが回っていなかった。

 

「本当は私も参加したいところですけど、ボディガードのこともあり当日は来れませんので……どうぞ、好きに使ってください」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「——私は行かないわよ」

 

 敵意の籠もったラファエルの声だ。

 振り返ると、駄作と呼ぶ作品を見る時の目つきよりも鋭くニュクスを睨んでいる。

 

「そんな血生臭い女のとこに、私は行かない」

 

「今回は純粋な好意です。……あなたがそういうと思いもあって、私は欠席してるのですから遠慮はいりません」

 

「ちっ、貞淑に振る舞いやがって。施しなんて受けないわよ。……レン、先に謝っとく。今回は私のワガママで欠席させてもらうわ」

 

 申し訳ない顔をしてラファエルは教室から出ていく。

 引きずる性格ではないとは思うけど、放課後にでも遊びに行って気分転換したほうがいいかもなぁ……。

 もしかしたら機嫌を直して来てくれるかもしれない。

 

「ごめんなさいね。私のせいで機嫌損ねたみたいで」

 

「大丈夫です。俺からも謝っておきますから」

 

「ふふ、ありがとう。……あと口調は直したほうが良くってよ」

 

 男だから意識して直すの難しいです。

 

 

 …………

 ……

 

 

 ——放課後。

 

「ラファエル! どっか遊びに行こう!!」

 

「……しょうもないところに行ったらただじゃ済まないわよ」

 

 う〜〜ん、従来偏屈・偏食・偏頭痛疑惑のトリニティ偏なお嬢様だけど、ここまでご機嫌斜めなのも珍しい。

 これは相当お怒りな感じだ。初めて見るかもしれない。

 

「——アンタ、私に失礼なこと考えてる?」

 

「考えてない! 考えてない!」

 

 エミとかもそうだけど、読心術紛いなことされると、俺ってそんなに顔に出やすいのかと思ってしまう。

 

「ふん。なら近辺にストレス解消できる場所とか知ってる?」

 

「ええっと……。ゲーセンだろ? それに銭湯、ボウリング、ネカフェ、ゲーセン、ラーメン屋、焼肉屋、ゲーセン、カラオケ、ゲーセン……」

 

 アニーから「レンちゃん、ゲーセンが4つある!」とツッコミが入るけど、舐めてもらっては困る。ゲーセンはゲーセンでもレパートリーが違う。格ゲー特化もあれば、キャッチャーゲーム特化、シューティング特化、中にはホカホカ弁当自販機もあって飲食スペース完備のとこさえある。

 

「チョイスが全部男臭い。デートプランの才能ないんじゃない? 仮にもサモントン総督の孫娘相手に、お前は庶民の食事を勧める? ……けど悪くないわね。褒めてあげる」

 

「マジ?」

 

「マジよ。ラーメン屋……ちょうどいい。やけ食いでもしたい気分だったのよ」

 

「ラファエル! それは乙女の敵だよっ!!」

 

「ストレスも乙女の敵だけど……。安心しなさい、その分夜は抜くから。女装癖、アンタのオススメは?」

 

「麺によって変わるしな……。好きな味は豚骨ベースだけど、細麺だと背脂系のバリカタ、太麺だと魚介出汁の効いた縮れ麺とか……」

 

 店によっては醤油ベースにしたり、つけ麺にしたりとラーメン道は奥が深いのだ。

 

「あっそ、ありがとう。アニーも来るでしょう?」

 

「ラーメンか……。——いいねっ! 私も久しぶりにガッツリといこうっ!」

 

「そのあとバッティングセンターにでも行ってさ」と俺達は会話に華を咲かせながら、新豊州の商業地区へと足を運ぶ。

 女の子になってから自分の胃のキャパシティは把握済みだ。男の時だったら大盛り・替え玉・ライス・餃子付きでも食い切れたが、今だとこのうち二つ抜かないといけない。

 だとしたら考えなければいけないのはバランスだ。

 

「おっ。レンちゃんが真面目な顔してる」

 

「どうせメニューでも考えてるのよ」

 

 お気に入りのラーメン屋の前に来た。今時立て看板なのが、店主の麺に対する自信を裏付ける。

 やはりここは王道の替え玉+餃子か。それともライス+餃子か。もしくは麺一色で楽しむために大盛り+替え玉か。

 だけど、今から入る店は餃子の味付けが深く、柚子胡椒で食べるのがたまらない。非常に悩む。

 

「でさ、俺がゲーセン行ったらアーケードの記録が……」

 

 聞き覚えのある声。振り返ると、懐かしさが込み上げる連中がそこに来ていた。

 

「おっ、おまえら——」

 

 ——声をかけようとした直後、ふと思い出した。俺は面識があっても、あいつらは『俺』の面識がないことを。

 今の俺が奇怪な行動をしたように見えたのだろう。俺が声を掛けようとした数人の男達は、怪訝な目をして横を通り過ぎて行き、人混みの中に消えていく。

 

「……知り合いじゃなかったの?」

 

「……知り合いだよ。……知り合いだったんだよ」

 

 その返答にアニーは察したようだ。俺から視線を外し、足早で券売機前で考え込んでいるラファエルのところへと向かう。

 

 さっき見たのは俺が『男だった頃のクラスメイト』だ。

 元々いた学校では単位制のうえに課外授業が多く、クラスメイトと同じ授業を受けることは多くはなかった。入学仕立てで友好関係もそこまで深くないけど、休みに入れば一緒にゲーセンやボウリングだってしたんだ。

 

 仕方ないとはいえ『俺』が俺として気づかれなかった。ただ正直自分でも驚いたことがある。

 いつも「俺は男だ」と言っていて、男とバレそうになると誤魔化してるくせに、いざこういう状況になるとホッともしないし寂しくも感じないことに。

 

 自分が女の子……というより『レン』として生きてるのが当然になってるのが今改めて感じた。

 

「……うん、俺は俺だ。レンでもいいさ」

 

「女装癖! アンタは何にする?」

 

 だって、こうして『レン』として生きてる『俺』を受け入れてくれる新しい友達がいるんだ。名残惜しさも当然ある。だが今はそんなことは忘れよう。今日の夢みたいに。

 

「じゃあ、替え玉付き背脂マシマシ豚骨チャーシュー大盛り! ラファエルの奢りで!」

 

「昼時に寝言を言うな」

 

 なんてラファエルお嬢様から、いつもの辛口を言われて奥の席に向かおうとすると——。

 

「あへ?(ずずっ) んっ……レンお姉ちゃん、久しぶり〜!」

 

 カウンターの陰に隠れてラーメンを啜る金髪の少女と出会う。

 第二学園都市『ニューモリダス』の理事会メンバーの一人娘、『スクルド・エクスロッド』がそこにいた。

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