魔女兵器 〜Another Real〜   作:かにみそスープ

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なんか2時投稿されてることに後から気づいた。


第7節 〜Loss Time〜

「私、未来が……見えなくなったの……」

 

 スクルドから告げられた言葉の意味に、俺は一瞬理解ができなかった。

 

 未来が見えない……。つまり『未来予知』の能力が使えなくなったということなのか? 

 

 そんな俺の考えを読み取ったように、スクルドは一つ頷くと眉を下げて困った表情を浮かべながらも言葉を続ける。

 

「安心して、実害のある不利益とか一切ないから私自身そこまで困ってはいないよ。『未来予知』とカッコつけていても、実態は割とよく当たる勘程度と思った方がいいくらいの物だし……」

 

 よく当たる勘程度の物——確かに言い得て妙だ。スクルドの『未来予知』能力は漫画やアニメとかにあるものに比べて絶対的な物ではない。

 

 前に播磨脳研で説明されたことを思い出す。

 

『未来予知』といっても、あくまで頭の中に断片的な『記憶』があるだけで、その『記憶』を思い出したとしても、どれが過去でどれが未来かなんて本人でさえ判別がつかないと。

 

 何故ならテレビなどの録画と違い、客観的に記された『記録』でない以上、断片的な『記憶』で感じたことを手がかりに予測したところで、人の脳というものは主体となる部分までしか覚えることができず、他の細かい情報を把握することができないのだ。人間の記憶というのは予め脳内で再構築、あるいは整理された情報でしかないと、かつてスクルド自身が言っていた。

 

 例えるならば、自分の記憶に『甘いケーキ』を食べた記憶があったとする。だが、それは『いつ食べたのか』を覚えているだろうか。ましてや『どんな名前のケーキ』だったかを覚えているか。

 ケーキを食べる機会なんて過去にも未来にも腐る程ある。その時漠然と『記憶』していた『ケーキを食べる』という行為は果たして把握しきることができるか。今この瞬間こそは『未来予知』で見た場面だと。

 そんなのは実際に目の当たりにして、本人が『デジャブ』というものを感じることで、初めてここが『未来予知』の能力で見た光景なんだと再認識できるのだという。スクルドの能力はそんな感じなのだ。

 

 だからこの能力が役に立つのは極めて特殊な非常事態に陥った時ぐらいだ。過去の事件や災害を調査して『未来予知』で見た『記憶』が『記録』に該当しないであれば、必然的にそれは『未来』に起こることだと推測できる。そこまで行って初めてスクルドの『未来予知』は信頼できなくもない内容へとなるのだ。

 

「……正直『未来予知』があって助かったことなんて数えるぐらいしかないし、むしろ杞憂に終わるから気苦労の方が多かったんだけど……。唐突にいつかの朝、夢から覚めた時に理由もなく気づいたの。私の『未来予知』が機能しなくなったことに」

 

「不思議だった」とスクルドはSUVのフロントガラスを見つめながら言う。

 

「何かね、心臓が丸ごと無くなったっていうのか……。指先に持った箸の感触がないというか……。付けているはずのメガネを無くしたというか……。そんな感じ程度の違和感しかないのに、確信を持って『未来予知』ができないって……そう感じ取ったの」

 

「……スクルドは能力を失って不安なのか?」

 

「『未来予知』ができなくなったこと関しては不安じゃないよ。ただ物心付いた時からある能力だから、実際になくなったと思うとどんなに異質でも寂しくは感じたよ。だけどそれとは別に…………能力とは関係ない『予感』がするの」

 

「『予感』?」

 

 予知ではなく予感——。

 

「どんなに寝て覚めても頭に焼き付いて、振り払うことができない『予感』——。それは、私が『死ぬ』かもしれないっていうもの」

 

 アイスで当たりを引いた、というように呆気らかんにスクルドは『死』という予感を口にした。

 あまりにも平静なまま口にするものだから、俺は聞き流しそうになりかけたスクルドの言葉を辿りながら会話を紡ぐ。

 

「待って。そんなアッサリと自分の『死』を口にする?」

 

「あくまで予感だからね、かなり漠然とした。記憶にある感じでもなく本当にイメージが湧くだけ。いつ死ぬかも分からない以上、もしかしたらただ単に老衰かもしれないし。そんなのに一々杞憂してたら若ハゲになっちゃうよ」

 

「だけど、問題はここからなんだ」とスクルドは付け加える。

 

「その『予感』と能力の消失……。それ境に私の『記憶』にあった事態とは差異がある出来事が頻繁に起きたの。密売していた組織を確保した際は売買していたのが銃ではなく麻薬だったり、お気に入りのスイーツ店の記念来店客数が一日遅くなったり……」

 

「待て待て。スイーツ店の出来事と、密売を同列に扱うな」

 

「ニューモリダスだと割とあることだからね。慣れたくなくても慣れちゃうんだよ。……それに差異があるのは、アナタと会ったときも『未来予知』と違う光景ができていた」

 

 俺と会ったとき——。そこで俺はラーメン屋でスクルドと話し合ったことを思い出す。

 

「私の記憶が正しければレンお姉ちゃんは『一人』で来て、しかもその時刻は『黄昏時』のはずなんだ。決して放課後の黄昏時の前じゃない。私が思い浮かべる情景とは差異が大きすぎる。……しかも『OS事件』なんて私の『記憶』には載ってない。もちろん偶然そこを『未来予知』していないとなればそこまでだけど、私は知ってるんだ……。本来、レンお姉ちゃんは『OS事件』じゃなくて別の異質物について事態の究明に当たっていることを」

 

「……スクルドの『記憶』だと本来どうなるはずだったんだ?」

 

「……あの時起こるはずだった事態は時空位相波動じゃなくてミーム汚染による情報改革。夢の中で見た光景なら、新豊州全体が大規模な『停電』が起きて交通機関の麻痺、情報手段の途絶、新豊州自体が陸の孤島になりかける災害級の事態が起こるはずだった……」

 

「……そんな事があったのか?」

 

 その言葉に【イージス】によって成り立つ新豊州の事情について俺は考えていた。

 

 新豊州は【イージス】の攻撃性能が皆無であることから、異質物研究が進んでいる学園都市なのにも関わらず他国から迫害されることなく中立なままであることは一般常識として浸透している。その一環として新豊州が運営するセキュリティが堅牢であるデータベースには、同盟国共通で使用できる様々な記録が共有されている。軍事規模、最新鋭の研究、サモントン以外で猛威を振るう農作物を犯す『黒糸病』…………などなど。それらについての対策や成果などリアルタイムで更新され続けている。

 

 そんな秘匿すべき最重要情報を新豊州が受け持っている以上、漏洩は当然として『破損』や『消失』などをさせることもあってはならない。【イージス】を起動させ続ける莫大な電力供給を相まって、新豊州は徹底した電力の供給と維持性を提供している。確かマリルの言っていたことに覚え間違いがないなら、15億ジュール相当の電磁攻撃や地震などの災害、果てには異質物からの攻撃があったとしても無傷のまま機能し続けるほど資産を投下していると言っていた。XK級異質物【イージス】の防衛機能もあり、その電力の維持性を瓦解させるには同じくXK級相当の異質物でもない限り不可能だと。神話に出るイージスの名は伊達ではないと誇るように。

 

 そんな【イージス】の防衛機能さえも突破して、新豊州が『停電』するなんて事態が、スクルドが『未来予知』した『記憶』ではあるというのか? 

 

 ……口には出さないが、そればかりはとても信じられない。

 

「だけど実際は起こらずに、レンお姉ちゃん達は『OS事件』の解明に当たった……。本来『記憶』にあるはずの出来事は丸ごと無くなって、『記憶』にないはずの出来事が突如として起こり始めた。それは私の『未来予知』と『予感』もそう。それが同時に起こるなんて……不気味でならないの。まるで『世界そのものが誰かによって作り変えられた』みたいな気がして」

 

「……ファビオラはどう思ってる?」

 

「信じる、信じないにせよ、私は旦那様の言う通りスクルドお嬢様を守るのみです。『死』を予感しようが、目前に迫ろうが、冥土に渡すつもりなどありません。お嬢様にどんな危機が起きても、自身で見た未来に殺されるというのなら、ファビオラが未来を焼き尽くして炭にするだけですので」

 

「ははっ……頼もしいことで」

 

 何でだろう。ファビオラとは播摩脳研の一件以来、スクルドの召使い以外では深い親交はないはずなのに、以前からそういう姉御肌な気質があった事を知っている気がしてならない。

 

「問題はなぜ『世界が作り変わる』と錯覚するほどの事態が起きたのか……。私はそれ以来ずっと考えてるんだ。世界は知らない間に、もう引き返す事ができないほどの矛盾や欠陥があって、少しずつ崩壊してるんじゃないかって……」

 

 世界が崩壊している。その言葉は誰にとって嫌なものであり、俺にとっては思い出したくもない地獄を想像させてしまう。

  

 あんな事態が、世界のどこか……あるいは『因果の狭間』と呼ばれるようなところで起きているとでもいうのか。誰にも知られることなく、漠然とした感覚だけで捉えることしかできない何かが。

 

「死ぬのは怖くない。だけど、パパやファビオラがいなくなるようなことがあったら……ううん、レンお姉ちゃんやアニーさん達もそう。大事な人達がいなくなるのは…………もう嫌なの」

 

「……お嬢様、失礼します」

 

「ふぇっ?」

 

 突如としたファビオラの畏った宣言に、年相応の可愛らしい声をあげながらスクルドは自身が愛する召使いへと視線を向けた。

 

 ——パチンッ。

 

 途端、破裂音に近い音が俺の耳に届く。スクルドは額を小さな両手で覆って涙目となり、ファビオラは眉を細めていかにも「怒ってます」と言いたげな表情をしながらデコピンとして弾き出した中指を構え続ける。

 

「いたいよ、ふぁびおらぁ……」

 

「こちらは心が痛いです。お嬢様、未来はあくまで未来に過ぎません。お嬢様が不安に思うことは、このファビオラの炎を持って全て灰とします。燃やして、ひたすら燃やして、燃やし続ける……。未来を糧として『現在(いま)』いる貴方様に命の熱を届けます」

 

 そう言ってファビオラはスクルドを抱きしめた。

 

「ですから、安心してください。私達はいま確かにここにいます。未来に怯える必要はありません。お嬢様はいつもらしく元気に、ワガママに、私を振り回していればいいんですよ」

 

 ファビオラは母親のような包容力で、より深くスクルドを抱きしめる。

 

 その光景に俺は自分の母親の姿を幻視した。

 思い浮かべるのは地獄の日、2024年7月25日……『大災難の日』、つまり『七年戦争』が引き起こるよりも前の出来事。

 

 基本的には優しかった母親だった。滅多に怒ることは少なかったが、気分を害した時に子供みたいにブーブーと文句を垂れる一面があったのは今でも覚えている。

 

《どう? SSS評価でクリアできた?》

 

 ゲームをするな! というより難易度の高い目標を定めて俺をゲームからすぐに諦めさせようとしたっけ。今にして思えば良い手段だよな。俺も将来自分の子供……………………。

 ……………そう、父親となる時には試してみてもいいかもしれない。

 

《今日も一緒に寝ようか》

 

 夜とか暗いところが怖くて、寂しくてお母さんと一緒に寝てもらったけ。今じゃあ進んで暗闇でゲームして、プラチナトロフィーをゲットするほどゲームも上手くなったけど。

 おかげで今でも元気です。産んでくれたお父さん、お母さんありがとう。息子…………は今では娘となっておりますが、友達にも囲まれて楽しく過ごしています。けれど、叶うのなら両親と再会したい。そして大手を広げてアニーやラファエル達を友達として紹介したい。

 

 そしてみんなに母親の料理を味わってもらって、産んでくれた恩義を報いるために出来る限りの親孝行がしたい。

 

 ……そんな風と両親のことを馳せてるだけなのに涙が溢れそうになった。

 

 だから、今現在こうして触れ合うファビオラとスクルドを見ていると、少しやきもちを妬いてしまう。

 

「もし、次いけない事を言ったら、ファビオラもちょっぴり本気でお説教します。いつもみたいに逃がしませんからね♪」

 

「…………ありがとう、ファビオラ」

 

 

 ……

 …………

 

 

 とまあ、そんなことが飛行機に乗る前にあった。おかげでスクルドは元気いっぱい。元気がありあまり過ぎて、飛行機に乗ったら思い出したようにスクルドは下着の件についてファビオラに問い質した。

 

 ファビオラも悪気があったわけではないと弁明したが、残念ながらいくら大人びていようがスクルドは根本は子供だ。許せないことに対して感情を一度置いとけるほどの余裕などないので、こうしてダーツ勝負でファビオラの下着を公開するかどうかを賭けた仁義なき戦いが繰り広げられているのだ。

 

 さっきまでの感動短編が台無しである。

 

「くっ……! ここに来てインナープルに二つ、アウターブルに一つ……合計125点とは……」

 

「へっへ〜♪ 残念だけど、たかが135点差。これで決めるよッ!」

 

 ダブル20、トリプル30で合計100点。残り35点。

 

 そして最後の一投。ブルにヒット。正確にはアウターブルだが、俺とスクルドはファビオラと違ってブルに内側と外側で点数が変わるルールではないので、この点数はインナーブルと同じ50点だ。15点超過してスクルドの逆転勝ちとなる。

 

「いぇ〜い! ブイブイ! ダブルピース!」

 

「私が負けるとは……!」

 

 悔しさに顔を顰めながらも、ファビオラはメイド服のスカート部分に手を入れて何やらゴソゴソと何かを取り外す音が聞こえた。

 俺はつい反射的に振り向いてしまい、ファビオラの足元をとらえた。そこには先ほどまで影も形もなかったはずのピンク色のガーターベルトが落ちている。

 

 ……状況的に考えると、まさかこのメイドは……。

 

「ファビオラさん脱ぐんですか!?」

 

 思わず敬語で言ってしまう。待ってくれ、年頃の男性である俺には下着の公開ショーは刺激が強すぎるんですが。

 

「仕方ありません……っ。負けは負けですので……っ!」

 

 次に網タイツが擦り落ちてくる。待て、マジか。嬉しいか嬉しくないかで言われたら大変嬉しいのだが、そういうのは心を許した恋人のために見せるのが王道じゃないのか。こんな罰ゲームのために見せるものではないと俺は思うのだが。それはそれとして自分以外の下着姿も見てみたい気持ちも十二分に湧くのだが。

 

「ええいっ——。覚悟は既に決めておりますっ……!!」

 

 そうしてファビオラはスカートの裾を捲り上げようと手を引き上げて——。

 

「ファビオラ!? 脱いでとも見せてとも言ってないよっ!? あくまで口頭で説明するだけっ!!」

 

 寸前、スクルドがスカートの裾を強引に下げて下着公開は止まられた。

 

 青少年あるある。際どいものは大抵良いところで見れない。


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