魔女兵器 〜Another Real〜   作:かにみそスープ

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左脇下と首筋左側の慢性的な痛みと、リア友との原神のしすぎでストックがあと2話分しかないため、一度体調回復の優先と話を纏めるために次回の投稿だけは一週間後になります。


第9節 〜Standby Mode〜

 数日後、スクルドの件について詳しく聞くために日々の護衛を熟しながら、ようやくできた纏まった時間を使ってスクルド、ファビオラ、俺の三人はイナーラが待つクラブ『Seaside Amazing』の前へと着いた。

 

 とはいっても今は午前中。経営時間外のため閑古鳥状態だ。それに見える見えないはおいといて、俺はニューモリダス用に作成された新社会人の身分証明があるし、ファビオラも同様にあるのだが、見た目からして普通に小学校高学年よくて中学生にしか見えないスクルドはこの未成年お断りのクラブに真正面から入店するのは難しい。議員の娘でもあるから政治に関心な人は顔も知っているのもあるだろうし。

 

 だから、その点に関して予めイナーラに電話してクラブに入るための経路を教えてもらっていて、俺達は職員用の出入り口を探してクラブの周辺を見ている。

 

「あったあった。てことは……」

 

 正面玄関からかなり離れて、建物と鉄網の仕切りの間にある小さな小道を見つけた。ある人が一人通るのにやっとだが、その奥には確かに金属製のドアノブが付いた扉と、事務所用の室外機と換気扇が見える。

 

 俺は事前に伝えられていた室外機の足の裏から鍵を取り出して、ようやくクラブの中に入った。意外にも事務所はクラブという割には、想像していたよりも慎ましく小綺麗に整頓されていた。確かに衣服は多種多様だし、衣装合わせの鏡などどこを向いても自分が映る奇妙な空間ではあるが特徴的なのはそれぐらいだ。

 

「ハロハロ。元気にしてた?」

 

 事務所の奥にあるいかにも偉そうな黒のチェアには、肘掛を利用して頬杖をするイナーラと『思わしき人物』がいた。何せ不思議なことに彼女を見た瞬間、先日朧いで消えた『記憶』の中で彼女の姿が、眼前にいる女性の姿となって復元されたのだ。正直本人かどうか怪しいところだ。『記憶』は決して『記録』ではないから、脳で変換された自分にとって都合のいい認識で保管されているとスクルドに言われている。俺はその『記憶』が正しいのか確認するためにイナーラをよく観察した。

 

 赤髪と表情の豊かさはそのままだが、その姿は先日ホテルで見せた黒ジャンパーを基点としたものではない。ダンスクラブという場所に適応するにしてはかなり大胆であり、胸元と鼠蹊部以外は露出している上にショーツに関しては紐でしかない。脛まで届くベールが頼りなく一枚付けられているだけであり…………あまり言いたくないが、18禁ゲームとかのビジュアルでよく出るタイプのやつだ。

 

「……ここってそういう店なんですか?」

 

 だから思わず聞いてしまった。未成年お断りといい、裸同然の衣装といい、ここはエロゲーとかであるそういうお店ではないかと。

 

「あながち間違いでもないけど、別に如何わしいことはしてないよ。表向きは普通に音楽流して踊ってもらって、VIP用に用意された地下に行けばストリップショーとか際どいポールダンスとかはするけど……行為は従業員全員で徹底的に守ってる」

 

「それも諜報員としての収集能力とかってやつですか?」

 

「これに関してはクラブのオーナーだからね。ここ私が経営してるお店」

 

「えっ!? じゃあイナーラ自身も踊ってるの!!?」

 

「うん。純粋に身体を見せつけるのは趣味だし、諜報活動に一環としてハニトラする時に便利だからね。そういう地盤作りのためにここで実績ぐらいは作っておかないと。だから…………イナーラの踊りに魅せられた男は、み〜んな鼻の下伸ばしちゃうんだよぉ〜」

 

 急におちゃらけた口調になったかと思いきや、イナーラは思い出したようにケラケラと笑い出す。どうやら思い出し笑いしてる様子であり、しばらくその笑いが止まることはなかった。

 

 だがその間、俺の脳内は彼女の刺激的な言葉の数々を聞いて悶々としてしまう。踊りとは具体的などんな踊りなのか。際どいポールダンスというがアレか、股部分を押し付けながら上下運動してるのか? それにストリップというがどこまで脱ぐのか。下着までなのか、それともモザイク映像のその先までなのか。健全な男の子としては想像してしまう。

 

「今想像したでしょ♡ イナーラがぁ〜エロエロな踊りをしてぇ〜おじ様達に媚びを売る姿をぉ〜♡ 」

 

「し、してませんっ!」

 

 そんな妄想をする俺を見て、イナーラ馬鹿にするような口調と態度で蠱惑してくる。人差し指を俺の胸に当てて輪を描き、舌を出して何かを舐め回すのを連想する動きで挑発してくる。

 

「ふ〜ん、今が売れどきのJKなのに援助交際やパパ活とかしないほど奥手なのか、貧困に縁がないお嬢様か、自分の価値に気付いてないのか。何にせよこんな世の中で珍しい子ね」

 

「援助交際っ!? 如何わしいことを言うなよ!!」

 

「あっはっは〜! 何この子、女の子なのに男の子みたいに新鮮な反応してくれてる〜♪ お二人さん、この子って昔からこうなのの?」

 

「昔馴染みではありませんが、初心なのは確かですね」

 

「まあそうじゃない?」

 

 ファビオラもスクルドに至ってはかなり適当な返事だった。しかも二人揃って一連の行為についてはノーコメント。そんなスクルドが「早く話を進めてよ」と言いたげな視線に、俺は当初の目的を思い出して話を切り出す。

 

「俺が童貞とかはどうでもいいっ! 本題に入るけど『エクスロッド暗殺』って何だよ! スクルドや、そのお父さんが狙われているのかよ!」

 

「童貞……? 処女じゃなくて?」

 

「〜〜〜っ!!」

 

「顔真っ赤……耐性がないのね。ここまで来るとイナーラちゃんでも可哀想に感じちゃう。じゃあお望みどおり、その情報についての詳細を教えてあげる」

 

「まあ適当なところに座っておいて」と言って、イナーラは冷蔵庫を開いて飲み物を人数分取り出して注いできた。全員揃って同じものであり、メロンソーダみたいに鮮やかな緑色が揺れている。

 

「……無臭ですか」

 

 と何かを警戒するようにファビオラが意味深に呟いた。

 

「毒も睡眠剤も入ってないから安心しなさい。そんな野暮なことをする女じゃないから」

 

「言葉だけ信頼関係が作れるのは家族ぐらいなものです」

 

 ファビオラは躊躇なく一口を飲む姿はあまりにも自然体過ぎて、俺は思わず惚れ惚れしてしまった。主人を思い率先して毒味をすることに従者としての重責を体現している。

 

 ……俺もSPの立場を考えるならば、こういうことをできるようにならないといけないよなぁ。

 

「エクスロッドの娘さんも遠慮なく飲みなさい。おかわりもいいわよ」

 

「はぁ…………マリルもそうだけど、何でこういう地味な嫌がらせするかなぁ」

 

「嫌がらせ? 優しさの間違いじゃないのか?」

 

「……これ私が気に入ってるスイーツ店にある飲み物なの。裏メニューだから、私が愛飲してることを知っている人はファビオラとかの近しい人物だけなのに……」

 

「諜報員だからねぇ〜〜。それくらいは片手間で分かるわよ」

 

「アナタからすれば個人情報なんて筒抜けってわけね……」

 

 ということはイナーラの諜報力は個人だけで組織であるSIDに及びかねないというわけか。確かにこんな人物が金頼みで何でもするのは怖くもあるし頼りになる……国家が裏で使うのも分からなくもない。

 

「さて……ええっと……そう、エクスロッド暗殺に関しての情報について、まずは教えるわね。第一に議員の暗殺は別に今に始まった話じゃない。ニューモリダスは物騒だからエクスロッド議員に限らず、政治家は常に命の危機に晒されてるわ。だからエクスロッド議員はSPを付けているし、娘さんにはメイドに扮したボディガードを付けてる」

 

「メイドは別にカモフラージュじゃないわよ」とファビオラは乱暴な口調でため息をついた。

 

「だけど今回は別。SIDとは別に、ある人物に頼まれて調べてたんだけど……ファビオラ、あなた『新豊州記念教会』で命の危機にあったそうね」

 

「なぜそのことを——?」

 

 ファビオラの静かな驚きは俺にとって大きな動揺だった。あれは極力情報がバレないように、SIDが極秘裏で対処にあたったはず。播磨脳研にいたのだってマリルと愛衣と俺ぐらいだ。移動係のエージェントがいるにいるが、それは外で待機状態となっていて、内部についての詳細は聞かされていない。アニーでさえこと細やかな情報は聞かされていないのだ。

 

 どうやって情報が漏洩したということが脳裏で駆け巡るが、これさえも個人請負業者として諜報員をするイナーラの実力で暴いたとでもいうのか。だとしたら彼女が持つ情報の圧とはいったいどこまで——。その実態を初めて見てマリルの『イナーラに弱みを握られている』という言葉を理解した。もしかしたらイナーラという女性は、SIDですら手出しが難しい存在なのではないかと。

 

「仕事柄色々とね。その事に関しては私は無関係とは言っとくわ、あくまで情報収集の一環で知っただけ。だけど、その事と暗殺計画については繋がってはいるわ」

 

「君はその暗殺計画に関与してるのか……?」

 

「したかったとは言っておく。だけど先約があったから暗殺計画は断るしかなくてねぇ……今回はアナタ達の味方」

 

 意味深に笑みを浮かべてイナーラは自分のジュースを口にする。

 

「その依頼主のことについて仮に知っていても明かさないからね。私はあくまで中立の存在。………ただし事情があれば別だけど」

 

 イナーラは親指と人差し指でサインを作って催促をした。その態度でスクルドは不快感を示した。

 

「『無能』になら手を貸すってこと?」

 

「文化圏の違いは怖いわね〜〜。新豊州だと『お金』を表すサインよ。額は言い値だけど……さて何億積む?」

 

「ボッタクリもいいところだね。それじゃ友達なくすよ」

 

「冗談が通じないお子様ね、じゃあサービスしてあげる。電話主は名前も明かしてないし、声も加工してたから性別も不明よ。電話番号も非通知なうえに逆探知対策もされて位置情報も登録情報もデタラメ……。まあ、つまり何も分かってないってこと」

 

「これ以上調べるのは私のメリットでもないし」と笑顔を絶やさずにイナーラはスクルドを品定めするように見つめる。当人はその視線に対して受けて立つようにすぐに言葉を返した。

 

「じゃあ何で暗殺計画に教えてくれたのかな? 聞いた限りだと、その『情報』は今回の本筋となる件とは無関係だし、アナタみたいな守銭奴は無償で提供してくれるわけないよね」

 

「……エクスロッド議員の娘は伊達じゃないわけか。いちいち鋭いガキね、そういう子も好きだけど嫌い」

 

 嫌いと言いつつ、イナーラの笑顔は変わることなく、より一層スクルドを気に入ったように笑みをさらに深める。

 

「それに関しては暗殺事件を調べてくれ、という依頼主がいたから調査したのよ。そして依頼主から「近日中にスクルド・エクスロッドが君の元に来るから教えてやってほしい」と言われてね…………。対価は貰ったからこうして話してるってわけ」

 

「その依頼主は分かる?」

 

「今度は分かるけどさっきと一緒。そしてこの情報はお得意様だから高く付きます。何百億で買う?」

 

「……私個人の判断じゃ無理だね。惜しいけどいいや」

 

「旦那様に相談してもいいのでは?」

 

「依頼主が分かったところで暗殺事件の内容とは無関係だから。お金を払うなら、暗殺事件企てた首謀者を突き止めろって言うよ」

 

「……本当無駄金を搾らせないクソガキね。子供は子供らしく親に泣き縋ればいいのに」

 

「そうやって見え見えの挑発されて買うほど愚かじゃないの。それにそれは演技でしょ? 私の怒りを買って本題を逸らす話術…………男を手玉に取るのは得意だけど、曰く私みたいなクソガキを扱うのは苦手みたいね。諜報員だけじゃなくて保育士もやってみたら?」

 

 天使みたいな見た目で、少女とも思えない語彙力で悪魔染みた会話を繋げるスクルドの姿に俺はラファエルとニュクスの言い争いを思い出してしまった。今すごくスクルドが遠くにいて怖い存在に感じてしまう。

 

「ちぇっ、そこまでお見通しか……。じゃあ本題に戻る?」

 

「ええ……。だけど、アナタが求めてる本題はどっちかな? 暗殺計画の方? それとも今回の件でSIDで調査依頼を受けてる『男』の方かな?」

 

 スクルドの絶えない言及に、ついにイナーラは笑顔を潜ませて真剣な表情となった。

 

「エクスロッドの暗殺は確かに気にはなるけど……。それは私側の問題であって、レンお姉ちゃんの問題じゃないから。それに暗殺計画と新豊州記念教会の件は繋がってるんでしょ? それぐらいあれば私やファビオラだけでも心当たりがある候補はいくつか湧くし……」

 

「そうですね。私もキナ臭い人物は思い浮かべております。暗殺の件にしては私達で何とかしますので、レンさんはどうぞ自分の任務をこなしてください」

 

 ファビオラもスクルドの言葉に賛同し、俺に話を切り出すようジェスチャーをした。

 

「…………目的の人物がどこにいるか分かったのか?」

 

「…………潜伏先までは分からない。だけど確実に姿を現すであろう場所ぐらいは分かる。場所はシーサイド駅の首都航空行き線の改札前。日程は分からないけど、時間は多分夜でしょうね。そこで何かしらの取引がある……。それぐらいよ」

 

 たった数日でかなり具体的な情報が出てきた事に、彼女が持つ情報網が異常の中の異常だと改めて気づいた。アルカトラズ収容基地での出来事から数ヶ月……SIDも含めて各国の情報機関が草の根を分ける勢いで調査して影さえ掴めなかった存在がこうも容易く入手するなんて……。

 

「……ファビオラ、予定変更。暗殺事件についてパパ達と共有しなきゃいけないから一度お家に戻ろう。レンお姉ちゃんはお家に入れられないから外で自由行動ってことでいいよね」

 

「異論ありません」

 

 その言葉は俺をしばらくSPの任務から解放することの会話だった。これは二人が勧めてくれたまたとないチャンス。今日か明日か、それとも明後日か。いつ来るかは一切分からないが、場所さえ分かっているなら直に張り込んで来るまで待つのみ。

 

「ありがとうっ!」

 

 俺はその事に感謝の言葉を伝えてクラブから一目散に出て行った。それから起こる会話の内容など、この時の俺には知る由もない。

 

「今度はアナタが求める本題の話。暗殺計画について聞きたいことが気になることが一つだけあるから教えてほしい」

 

「いいわよ。何について教えてほしい?」

 

「……アントン神父について、今知っていることを教えてほしい」

 

 

 …………

 ……

 

 

 時間はかなり過ぎて夜になる。俺は駅前で文字通り誰かと待ち合わせするように、背を柱に預けて眠気覚ましに微糖コーヒーを口にする。苦味を中心とした味付けは脳を刺激し、眠気を少しずつ晴らして砂糖の甘みが後味をまろやかにする。

 

 ここに来て午前中だから、それまでの間はずっとここにいた。退屈で仕方ないと思うかもしれないが、実際はそうでもない。俺はこの日が来るのを待ちわびていて、これまであった道筋を全て脳裏に思い浮かべていたのだ。

 

 全ては『ロス・ゴールド』の消失から起きた一連の特異な出来事。俺は女の子となり、やがて俺が男の時だった姿を持つアイツが、ここニューモリダスで再び姿を現した。

 

 一度目はアルカトラズ収容基地でEX異質物である『天命の矛』を強奪して逃走。その顔さえ隠さぬ大胆不敵っぷりから、すぐに情報は分かるものと思っていたが…………意外にもそれ以降なんの音沙汰もなく今の今までアイツは雲隠れしていた。

 

 ラファエルと一悶着あったスカイホテル事件。

 方舟基地での実験で誕生した希代の錬金術師ハインリッヒの出会い。そしてその影響で南極に飛ばされ、スノークイーン基地でバイジュウの救出もした。

 そのあとも新豊州記念教会でファビオラが意識を失い、播磨脳研で彼女の記憶に入って救出……したっぽい。

 

 後は……そうだ。夏期の授業で一度サモントンにある博物館へとアニーとラファエルで回ったこともあった。あの時は俺はイースターエッグの空間に引き摺り込まれて、皇帝と呼ばれる『オーガスタ』っていう少女とも会った。

 

 それにその後は新豊州にある猫丸電気街で、サモントン出身の元審判騎士であるソヤと一緒にショッピングをしたりした。途中でローゼンクロイツのセレサさんと出会ったり、イルカが神輿に担がれたり、『ジョン』という人物に助けられたり、エルガノの謀略に嵌められて一時は大混乱を招いたが……事態は最終的には平穏に終わりはした。

 

 だけど、その影響で起きた『天国の門』の膨大なエネルギー。それが謎の超高密度な情報を持っていて、それを追い求めた一連の流れでマサダブルクへ潜入。エミリオやヴィラと知り合い、シンチェンと触れ合い、そしてニュクス先輩のことを深く知れて、何よりスターダストと出会うことができた。俺は未だにあの歌の内容、意味、出典を彼女から聞いていないし、彼女は「今の私では覚えていない」と言及していた。

 

 それからは割と近いうちに起きたことだ。『OS事件』に高崎さんの無観客ライブ…………。本当にこれまで色々とあった。

 

 俺が女の子になってからこれだけのことがあったにも関わらず、アイツは姿を見せなかった。だというのに今回のニューモリダスにて二度目となる出現で、ついに手がかりとなる映像を見て、そしてイナーラの情報でついにここまで辿り着いた。

 

 俺にはこれが罠かと疑いは少しはあった。だけど今はそれさえを踏み抜かねば、アイツと今後機会は永久に失うと思うし、何よりスクルドも言っていた。『世界が誰かに作り替えられた』と。

 

 そんなタイミングで俺とアイツが都合よく接触する機会ができた。これは運命の導きなのか、それともその『誰か』の意図的な策略なのか、果たしてそれは何なのか。

 

 後者だとしたら俺達はいわば盤面上の駒に過ぎないのか。役割と役目を常に背負わされ、遥かなる高みから『誰か』は俺達を監視しているのか。

 

 前者だとしたら俺達は何を求められて運命はここに交わるように仕向けたのか。スクルドはこうも言っていた、『引き返すことができない』とも。そして『未来予知』の能力が消えて、未来が見えなくなったとも言っていた。

 

 それは逆に考えば……『未来』が『無い』かもしれない。既に『未来』が無いから、スクルドの『未来予知』は機能しなくなったとも考えられる。

 

 それらを打開するために俺とアイツが今ここに交わることを、運命は選んだとでもいうのか。答えは分かるはずがない。最適で確定した一手なんて、俺たちが生きる世界にあるはずがない。この世界は囲碁や将棋みたいなゲームじゃないんだから。

 

 やがて俺の前に二人の人物が姿を見せる。

 

 一人は特徴的なダイヤ柄の赤い帽子と赤いサロペットスカートの少女。無機質で無表情な瞳で、少女は俺のことをただ見つめ続ける。

 

 そしてもう一人は、見た目に特徴らしい特徴なんてありはしない。少し癖っ毛が入ってる程度で、どこにでもいるごく普通の男子高校生だ。

 

 夜だと尚更目立たない黒髪。恋愛なんて知らない垢抜けない瞳。身長は俺よりも少し高い。

 

 俺は…………この素朴な少年をよく知っている。

 

 少年は俺を試すように見つめ続け、やがて俺は意を決して重苦しく言葉を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「答えろ。お前………………『誰だ』?」

 

 素朴な少年————『アイツ』に俺はそう告げた。

 

 さあ、ここからが本当の始まりだ。


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