魔女兵器 〜Another Real〜   作:かにみそスープ

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思っていたより左側の痛みが長引き、大体治ったのが3日前と時間をかけてしまいました。そのため次回のストックも2つのみと進捗がナメクジのため、次回の投稿も一週間後になります。


第10節 〜Load Game〜

「答えろ。お前………………誰だ?」

 

 まだ丑三つ時ではないというのに、人っ子一人いない駅前。そこで俺とアイツは邂逅した。

 

 見覚えのある髪、見覚えのある顔、見覚えのある足取り、見覚えのある手、見覚えのある————。実際に見て、観察すればするほど確信していく。これは『俺』だ。俺という俺はここにいるはずなのに、目の前にいるアイツも間違いなく『俺』だと確信に確信が上乗せされる。

 

 互いの視線が交差する。未だかつて味わったことがなく、異質な緊張感が場を包み込む。呼吸一つが重く苦しく辛い。唾を飲み込むだけで喉に鉛が流されたような強い違和感を覚える。ありとあらゆるもの全てが、この場において『異質』に感じる。

 

「そうだ、よく考えれば私はお前の名前を聞いていなかった。おい、教えろ」

 

 そんな緊迫した空気の中で、素っ頓狂で抑揚のない緊張感皆無の声が響いてきた。それはアイツの隣にいる赤い帽子の女の子からだ。どことなく声はラファエルと似ている気がするが、その声は緑色のお嬢様と違って毒気など微塵も感じない。むしろ正反対の純粋で聖なる声に感じたぐらいだ。

 

「……その前に自己紹介するの忘れてた。私はセラエノ。プレアデス星団の観測者。君の名前も教えてくれ」

 

「え、はい。俺の名前はレンっていいます……」

 

 あまりにもマイペースに話を切り出すものだから、俺もさきほどの緊張感が幾分か抜けて彼女の言葉に返答をした。

 

「ありがとう、レンというのか。……女の子だから『ちゃん』付けが好ましいな。覚えておく、レンちゃん」

 

「そうかそうか、レンちゃんか……」

 

「今はなっ!」

 

「じゃあ俺も其れに肖ろう。……そうだな。レンの最初の姿だから、俺は『アレン』とでも名乗っておくか」

 

 アレン——。それがアイツの名前だというのか。

 

 見た目は『俺』だというのに、本来の『俺』の名前を名乗らずに、むしろ俺のレンから派生したように付けてきた。

 

「お前はアレンというのか。……うむ、互いに名前を知ったことだし、これで私達はより深い親交を得たわけだな」

 

 何が最初の姿だよっ! 俺は俺であって、お前はお前だろっ!? 断じてお前は俺じゃないし、ましてやレンでもないっ!!

 

「その反応からしてレンさえも愛着があるんだな。……そうかい、立派に女の子してるようで安心したよ」

 

「兄貴面するな」

 

「……兄貴? ということは私はアレンと恋人なのだから、必然的にレンちゃんは私の義妹となるのか」

 

「お前、そいつと恋人なのかッ!? 俺に許可なく、恋人を作るなよ! 俺の身にもなれよッ!!」

 

「やっぱ面倒なことになった……っ! しっかりと弁明しとくべきだった……っ!」

 

 一転して緊張感皆無の雰囲気。別の意味で俺はアイツが『俺』という確信を持ってしまう。

 

「そうやって考えなしに行動するから不憫な目に合うんだよッ! いつか借金抱えて人権最低限の玩具にされるぞ!」

 

「今のお前の扱いじゃないか! 見たぞ、ルージュのCM! なにノリノリで塗ってるんだよ!」

 

「演技指導の賜物だわッ! 大体なんだよアレンって! 偽名付けるならもっと真面目に付けろバーカ! お前の中学時代のノートをネットに晒すぞ!」

 

「やめろッ! そんなことしたら黒歴史が始まるぞ!」

 

「百も承知だし、そもそも今はお前が『俺』だわ! 恥を知るのはお前だけだ!」

 

「こいつ社会的恥だけはレンの身分から逃げようとしやがって……!」

 

「その程度の恥は数ヶ月もすれば風化するからな! その間、俺はレンとして悠々自適に過ごさせてもらいますよ!」

 

 俺と『俺』が互いを貶し合う罵倒文句を続ける。いつもならラファエルを筆頭に様々な人達に言い負ける立場だが、今回ばかりは負けられない。こいつにだけは負けてはならないと本能が囁きまくる。

 

「……争いは、同じレベルの者同士でしか発生しない」

 

 セラエノがよく聞くネットスラングをボソッと呟いたと、俺と『俺』は固まる。

 

 互いの視線が交差する。既視感全開の和みがある緩い空気。呼吸を何百回しようが快適で、唾を飲み込むのは水を飲むよ容易い。ありとあらゆるものすべてが、この場において『普遍』的なもの感じた。

 

 どこにでもいる普通の少年——。そんなアレンの姿を見て、俺はどういうわけか安心感というのか…………何とも言えない感覚を覚えた。

 

「……ところでさっきから気になっていたことを聞いていいか?」

 

 赤い帽子の女の子、セラエノが能面みたいな表情を俺に向けて口にする。

 

「どうしてレンちゃんは男の服を着てるんだ?」

 

「いや、それはだな……」

 

「アレンに教えてもらった。女の服を男が着るのは変態だと。ならば逆もまた然り。男の服を女が着るのは変態なのではないかと」

 

「は、はぁ!!?」

 

 いやいやいや! 気持ちはわかるが、俺としては俺は男だから男装してもおかしくない認識なんですが!? というか別に女の子でも男物を着てもいいだろう! オープン変態とかじゃない限りは!

 

「ププッ……。そういえばそんな風に言ったっけ……」

 

「お前の教育どうなってるの!?」

 

「ごめんごめん。これは全面的に俺が悪い。セラエノ、あの時にも口にしたがトランスジェンダーの言葉は知ってるか?」

 

「…………確か性認識の一種だな。性同一性障害とも言われている」

 

「そんな子なんだ。女の子だけど、男の服を着るのが当然で、逆ができない……というか恥ずかしくて着れない。そんな繊細な心を持つ人間なんだ」

 

 いや、それは『心』と『身体』の乖離が問題なのであって、俺のはまた別だから。生まれた時から今にかけて男のままで、『ロス・ゴールド』の件で突拍子もなく女の子になっただけ。

 

 ……なんて説明したところで、少し触れ合っただけでわかる。セラエノは一度追求したら満足する解答が得られるまで質問を何度もぶつけてくるタイプだ。例え多少の差異はあれど、トランスジェンダーの括りで把握してくれるなら、決して上手くない俺の口から出る説明が省けていい。

 

「なるほど。人間とはそういう内包的な問題を抱えているのか……。だが、その意識を持っているなら人間が目指すべき進化の先は精神の解放にあるはず。となれば尚更肉体とは未来では不要。服や見た目を追求し続けても無要。いずれは歴史的価値以外には情報としての意味がないのではないか」

 

「ダブルスタンダードを常に抱え込むのが人間なんだ。言葉を吐いたすぐに矛盾するほどに。人の命を大事にしない奴は死ね、みたいな」

 

「そうか、ダブルスタンダードか…………。ダブスタ……」

 

「う〜〜ん、勉強熱心で先生は嬉しい」

 

 愉快な会話を続けるアレンとセラエノ。その姿は恋人というよりかは兄と妹…………いや、もっと差がある。その姿は『父と娘』みたいだ。そして俺がいつか夢想する光景に似ていた。

 

 軽口を叩きながら、親として娘や息子と接して人生を育みたい。お父さんは生まれてすぐに行方不明になり、母も俺が4歳になる前には『大災害の日』で行方不明となり、俺は幼いまま七年戦争を生き抜いて新豊州にいる。

 だからそんな経験してしまったことから、俺は心のどこかでこんな光景を夢想していた。俺がイルカの好きなお菓子を腹一杯あげるだって…………思えば七年戦争で飢餓に苦しんだことと、親子として仲良く過ごしたい思いが遠因になっているんだって。

 

 この光景は微笑ましいものだ。俺が守らないといけない大事な『家族との記憶』と似ている。できれば手も触れずに、尊いなんか言いながら見守り続けていたい。

 

 だけど……今は心を鬼にして問い質さなければならない。

 

 アレン——。なぜお前はアルカトラズ収容基地で、EX級異質物である『天命の矛』を強奪したのかを。この問い一つで、今包み込んでいる和やかな雰囲気が一転するのが分かり切りながらも言及しなければ、俺は一向に前に進めない。

 

 俺は意を決してアレンへと言葉を紡いだ。

 

「アレン……俺がここにいるのはわかるだろう?」

 

 だが、俺の言葉はそんな光景を打ち壊せない拙くて曖昧な言葉で吐き出すしかなかった。

 

「……もちろん。ニューモリダス市内にある監視カメラで捕捉したんだろう? だからこうして馬鹿正直に顔を晒して街中を数日間楽しみ抜いていたんだ。こうしてお前と面と向かって話し合うために」

 

「俺と話し合うため……?」

 

「ああ。お前も前兆を感じたはずだ。世界そのものに異変が起きていることを……」

 

「…………異変ってどこから?」

 

 心当たりが多すぎて俺にはどこからが『異変』と言われてもしっくりこない。俺が女の子になってからか? 南極での一連の出来事か? 『天国の門』についてか? 情報生命体であるスターダストとオーシャンのことか? それともスクルドの『未来予知』がなくなったことについてか?

 

 思い浮かべられる全てに対して思考を巡らせる。だがアレンからの返答は酷くシンプルなものだった。

 

「全部だ。レンになってから…………いや『ロス・ゴールド』が起動するより前から今にかけての全部。時空位相波動の頻繁的な発生も、その全体的な異変の副次的なものに過ぎない」

 

「全体的な異変ってなんだよ……。」

 

「……俺は『可能性』を模索するために、ありとあらゆる手を使ってきた。このEX級異質物の奪還なんて一環に過ぎない。6面のダイスで『7』を出す……そんな可能性を見出せるものを探し続けて……」

 

「そんなに7を出したいなら、ダイスを真っ二つに割ればいい。ダイスは製作上、出た面の数字と裏側を合わせれば7になる。ためになっただろう」

 

「セラエノ、今真面目な話をしてるんだ。闇のゲーム紛いをしたいわけじゃないんだ。少しだけ大人しくしてくれ」

 

「…………しょんぼり」

 

「できればお口チャックもお願いな」

 

「ンー」

 

 親指を立ててセラエノは返答した。

 

「……だからこれまでは言っておく。SIDがいつまでも……新豊州の『平和』も、いや六大学園都市すべてが、いつまでも『平和』であると思うな。今ある全体的な異変なんて、いつかくる『未来』の前兆に過ぎない。これは引き返せない宿命だ、覚めることがない夢だ。こんな世界を生き抜きたいという意志があるなら…………お前はいずれ『第七学園都市』に訪れることになる」

 

「第七…………学園都市……ッ!?」

 

 そんなの都市伝説や噂話で出る程度なものだ。SIDが新豊州の都市伝説上で必要以上の膨張された恐怖の象徴になったり、ニューモリダスにあるパランティアを題材にしたFPSゲームが販売されたりなど、『第七学園都市』なんてそれらに該当する空想上のブラックジョークみたいなものだ。そんなのが本当に存在するとでも言うのか……?

 

「本当はこんなこと言う気なんてなかったさ。お前と俺が相見えるのはもっと先の未来の話…………だけどちょっとした事情が発生した。そのために俺はここに来るしかなく、同時にお前に事情を説明するための舞台になってもらった」

 

「事情を説明する……?」

 

「結論から言えば近日中、スクルドの『命運』は尽きる。これは覆らない『運命』だ。『未来予知』でも何でもない……確定した事実なんだ」

 

 スクルドの命運が尽きる——?

 

 俺は航空機でのスクルドとの会話を思いだす。

 

《どんなに寝て覚めても頭に焼き付いて、振り払うことができない『予感』——。それは、私が『死ぬ』かもしれないっていうもの》

 

 ……あの話はただの予感じゃなかったのか? だというのに、その『死』という運命は、アイツが言う通り確定した事実だから覆ることがないとでもいうのか。

 

 いや、それなら不本意で不愉快だが理解だけはできなくもない。だけど、それだったら……どうしてそんな『運命』を知っているのに、アイツはスクルドを助けようとしないんだ?

 

「ふざけんなっ……!」

 

 怒りに身を任せて力一杯に服の襟を掴みこんでアレンをこちらへと引き寄せる。だがそれは束の間。一瞬でアレンは俺の手を振り解いて、逆に俺の腕を広げて抵抗できない形へと変えた。

 

「レンもアレンも元々は同じ『俺』という存在から抽出された存在だ。…………言いたくはないが、単純な筋力なら男である俺の方が上だ。お前は俺に手も足も届かない」

 

「だけど……だけど……!」

 

 必死に俺は掴まれた腕を振り払おうと動かそうとするが、アレンの手は一向に解かれることはない。何か特別な力や拘束などといった体位を取られてるわけではない。純粋な筋力差——。どんなに心では男だと訴え、どんなに身なりを整えたとしても改めて今の俺は普通の女の子でしかないと実感してしまう。

 

 自分にさえ負けるほど今の俺は弱い——。レンはそれほどまでに一個人として非力なんだ。

 

「何度やっても一緒だよ。今のレンに、俺を勝つための力はない」

 

 何度も何度も抵抗を試みるが、アレンの表情は変わることなく悲痛な眼差しで俺を見続けている。

 

「お前は今まで一度でも自分だけの力で、異質に挑んだことがあるか? ハインリッヒに助けられ、南極のメタンもSIDに任せ、天国の門だってソヤが命懸けで奮闘して、マサダではエミリオに助けられ…………海底都市ではそれこそ多くの仲間達に助けられた末の結果だ」

 

「……確かに俺の力はちっぽけだけど……だからってスクルドが殺されていい理由にはならないだろ……!」

 

 スクルドとファビオラの絶対的な関係。2年前から主従関係となってファビオラはスクルドの世話係をするようになったが、あの二人にはそういう主従だけで括れる線引きを遥かに超えた信頼関係が構成されている。

  

 ある種それは『家族』という形にも似ており、俺はそんな姿を見て母親といる姿を夢想してしまった。そんな小さな温かな光景を守りたいと思った。それは俺が『俺』である以上、アレンも同じ気持ちのはずなんだ。そんな光景をアレンは否定するというのか?

 

「……俺だって守りたいさ。新豊州記念教会での出来事に介入してまで最初の運命から助けようとしたさ……」

 

 新豊州記念教会での出来事——。その言葉で俺はスクルドの状況を思い出し、一つの結論に達した。

 

「……アレはお前だったのか?」

 

 スクルドはファビオラの決死の忠誠心で、謎の幻覚に覆われた新豊州記念教会から突き飛ばして九死に一生を得た。その後スクルドはしばらく気絶したままで、目が覚めたら教会から離れたベンチで寝ていたという。

 もしその時の犯人がスクルド目当てで教会で一連の出来事を起こしたとしたら、そんな安全に配慮したことなんてするわけがない。父上を対象としたとしても脅迫材料としてスクルドを拘束することもできた。ファビオラの殺害を目的にしても、ただのボディガードを殺害するのが終着点なわけがない。その先には必ず成すべき目的があるはず。それにスクルドが関わらないという確証はない。

 

 あの時、あの状況で、スクルドの安全が保証されるとしたら、そこには必ず第三者の介入があり、スクルドは守られていたことになる。だとしたら第三者とは即ち……目の前にいるアレンに他ならない。

 

「そうさ。だけど未来や運命は変わっても、必ず帳尻合わせが発生することを知った。あの日、新豊州記念教会で死ぬはずだったスクルドは、今度はここニューモリダスで死ぬ運命にある…………」

 

「じゃあ今度も変えればいいじゃないか……!」

 

「……俺もそう思った。だけど利息ってのは貯め込めば貯め込むほど膨れ上がるのと一緒で、運命も先延ばしにするほど帳尻合わせとしての被害が大きくなる。スクルドの運命をここで強引に変えたら、今度はファビオラさえ巻き込み因果が生まれかねない……」

 

「……さっきから聞いてれば、お前なんだよ……!」

 

 アレンから口に出される言葉は、すべてネガティブ思考だらけの女々しさすら感じる不甲斐なさだと自分で自己嫌悪しそうになる。それは自分が元々持つ『普通の人』としての弱い感性に他ならない。どんな弱い言葉も、結局は俺自身がどこかで内包するものであると俺は理解しているため、自分で自分の弱さを諦念にも感情で受け入れているアレンの姿を見ると、自分の弱さそのものを体現しているようで無性に苛立ちが募るのだ。

 

「運命だの、未来だの、因果だの、それを知ってるお前は何だよ!」

 

「……説明してやろうか? アレンという存在がどんな風に生まれたのか?」

 

「……『お前』がどういう存在か……?」

 

 それは『俺』とはとても思えない表情をしていて、同じ顔だというのに明確に俺の中で『アレン』という男が構成されていくのを感じた。

 

「『ロス・ゴールド』の一件で、世界は二つに分かれた。変革した世界と、変革しなかった世界……そこで取り残されて生き延びたのが俺……運命を先伸ばした結果、運命に殺された男さ」

 


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