魔女兵器 〜Another Real〜   作:かにみそスープ

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第3節 〜波乱〜

「スクルドっ!? あれっ、えっ、どうしてっ? というかメイドのファビオラはっ!?」

 

「邪魔だから置いてきちゃった♪ ファビオラって「豚骨ラーメンは毒です。邪道です」とか言って私に勧めないんだもん♪ …………それにファビオラの料理は、あれだからね……」

 

「うわー、この子フリーダムっ」とアニーは気の抜けたツッコミを入れる。

 

「でも置いてきたかいがあったよ! ここのラーメンすごく美味しい! ……あっ、お忍びナウだからファビオラには内緒ね」

 

 確かにいつか見たお人形に着せるような薄黒いガウンではなく、白のシャツの上に青いワンピースに着て、これまた青い帽子を被ったりとオシャレながらも目立ちにくい色合いだ。

 だが、彼女自体が持つ精霊のように神聖で愛嬌がある雰囲気は、素朴な服装に反してより一層際立っても見える。

 

「それで、今日はどんな用事で新豊州に戻ってきたんだ? 例のアレか?」

 

 さすがに一般客が入り混じって会話も聞こえやすいなかで、SIDの情報を漏らすほど俺の口も軽くはない。

 だがスクルドには伝わるであろうニュアンスで聞いてみたが、本人は頭に「?」と疑問符を浮かべる表情でラーメンを啜り続ける。

 

「Sが頭につくアレ」

 

「——それか。違うよ、新豊州に来たのは別件」

 

「そっか。じゃあパーティに誘えないか」

 

「バッドタイミングだね、そんな余裕ないや……。今も優先度低い用事ほっぽり出して来てるんだし」

 

 ほっぽるな、ほっぽるな。

 いくら可愛くても許されないこともある。

 

「でも仕方ないよね! ここのラーメン屋、前にレンお姉ちゃんから勧められたお店だし!」

 

 あぁ^〜、でも俺なら許しちゃう^〜。

 そうだよな! 子供相手に時間の束縛はしちゃいけないよな〜!

 

「レンちゃん特有のキモいオーラ出てる……」

 

「ロリコンの上に女装野郎よ。キモいのが当然じゃない」

 

「あー、あー。聞こえなーいっ」

 

「だけど残念。人と会う用事は山ほどあるから餃子は食べれなかった」

 

「また今度来ればいいじゃん。ファビオラも説得すれば渋々来てくれるって」

 

「——そうだね。今度来た時に……ね♪」

 

 どこか神妙な顔つきをしたかと思えば、年相応の無垢な笑顔を見せてスクルドは店から出て行く。

 直後、店外から「私の視界から離れないでくださいと何度も——!」とピンク髪赤縁メガネことファビオラの愛ある怒号が聞こえてきた。

 どうやらお忍びは失敗に終わったらしい。

 

「俺の分買ってくれた?」

 

「悩んでたみたいだから替え玉、ライス、餃子とか全部買っといたわよ」

 

「そんなに食えないよっ!? 廃棄前提なら世論が黙ってないぞっ!」

 

「そうだよっ! レンちゃんをフォアグラにしないで!」

 

 俺をアヒルの詰め物で例えないでください、アニーさん。

 

「あんたが食べ切れないのは想定内だし廃棄もさせない。食べ切れなかった分を私が貰ってあげるというシェア精神よ。些か不衛生だけど、食品を捨てるよりかは衛生的でしょ?」

 

 おお、世界最大の食料輸出国責任者の孫娘なだけあって、なんとも合理的で魅力的な提案。

 アニーが「料理シェアでも世論がうるさいよ」と言っているが、唯我独尊のお嬢様にはそんな言葉なんて完全耐性で弾く。

 

「じゃあ、お言葉に甘えて〜。……だけど普通に半分こにしないのか?」

 

「いいのよ。私だって自分の分を堪能したいし。あんたが食べ切れなかった分を貰えるだけでシェアとしては十分なのよ」

 

 そういうものか。……そういうもんかも。

 

 

 …………

 ……

 

 

 ——同時刻、SID本部。

 

 レン達が和気藹々と街を巡る呑気な声を聞きながら、黒い軍服に身を包んだ赤髪の女性マリルは、元々威厳ある顔つきが鬼を殺す勢いで更に険しくなる。

 

「あのバカ共が……。人の気も知らんで……」

 

「いいじゃないですか。マスターが年相応の遊びを楽しむのは嬉しいことですよ。むしろわたくしのように大らかに解放して、うら若き高校生活をさせるのも一興では?」

 

「お前は解放しすぎだ。さっさと服を着ろ」

 

 不服そうな顔をしながらもスレンダーで非常に整った容姿を持つ金髪の女性ハインリッヒは、一糸纏わぬ姿から一瞬にして下着が見え隠れする薄手のシャツと太腿を見せびらかすショートパンツスタイルに切り替わる。

 

「いや……もう少しTPOを弁えろ」

 

「これでも言いますか。しょうがないですね」

 

 ため息をつきながら、ハインリッヒは今度はカッターシャツっぽい白いブラウスに黒いレギンスといったビジウスウーマンスタイルへと早変わりした。

 マリルもそれに納得したのだろう。「うむ」と小さく頷き、周りを見渡す。

 この場にいるのはマリルとハインリッヒを合わせて合計四名。

 

 一人はタブレット上に出ている何かしらのデータを、メガネ越しに見ては自分を抱くように悦に浸る銀髪の小柄な女性『愛衣』——。

 もう一人は同じくタブレット上で、撮影(もしくは盗撮)した成果をスライドショーで流すレンの画像を見て、同じく自分を思考へと想いを馳せて悦に浸る銀髪の少女『ソヤ・エンジェルス』——。

 

 マリルは目眩と頭痛を覚えそうになった。

 

「「失礼します」」

 

「エミリオ・スウィートライド、並びにヴィラ・ヴァルキューレ。基礎身体訓練を終えて、ただいま戻りました」

 

「よしよし。軍人上がりの格式張った挨拶はいいな。私がまともなのだと実感させてくれる」

 

 マリルの言葉の意味もわからず、疑問符を表情に出すエミリオとヴィラ。二人が理解する日はそう遠くない。

 

「ここは前職と違い、そこまで固くならなくていい。レンみたいに大口開けて眠らずに話を聞いてくれれば、お咎めもせんさ」

 

「レンちゃんって、そこまで呑気というか緊張感ないんですか……」

 

「あいつにとって、校長の話と私の定期ブリーフィングは子守唄なんだろうよ。悪気はないし根は良い子だ。皆が保証する」

 

「そんなこと分かっていますよ」とエミリオは笑顔で言い、準備されていたパイプ椅子へとヴィラと共に隣り合わせに座る。

 

「マリルさんもラファエルさんと同じく面白い匂いをしてますわ〜〜〜っ! ……だというのに、わたくしにはあんな乱暴な——」

 

「話が進まんから黙れ。それではブリーフィングを始める」

 

 懐から取り出した資料を丸め込み、わりと本気の勢いでマリルはソヤの脳天を叩く。

「い、ったい、ですわぁ〜〜〜!!!」と痛みを訴えるが、その声は艶やかな嬌声も入り混じっており「愛衣よりヤバいやつかも知れん」ともマリルは思うがひとまず置いておくことにした。

 

「おはようございます、ハインリッヒさん。ほらヴィラも」

 

「……おはようございますっ」

 

「ふふっ。マサダブルクでの話は聞きましたわよ。わたくしはハインリッヒ・クンラート、今後ともマスター共々よろしくお願いします」

 

「マスター」という単語にエミリオとヴィラは再び疑問を表情に浮かばせる。

「マスターとはマリルのことか?」とヴィラは聞くが、ハインリッヒは顔を横に振る。「レンちゃんのことかしら」とエミリオが聞くと、今度は顔を縦に振った。

 ならば次に浮かぶ疑問はこれだ。エミリオとヴィラは同時に問う。「どうしてレンちゃんをマスターと呼ぶの」「どうしてバカをマスターと呼ぶ」

 

「ふふっ。それはもちろん、この世の中で、わたくしの身体、力、精神、すべてをマスターの力で合成されたからですわ」

 

 ハインリッヒの答えは常人では意味不明な羅列のオンパレードでしかなかった。

 エミリオとヴィラは再び疑問を表情に浮かばせて、互いに目を合わせる。「意味がわからん」「私も」——視線を合わせるだけで二人の会話が成立していた。

 

「SIDのエージェントになったんだ。エミリオとヴィラには日を改めて『錬金術』について教えてやる。とっととブリーフィングを始めるぞ!」

 

 有無を言わさぬマリルの怒号に、この場にいる全員が危機感を感じたのだろう。場は一気に静寂に包まれ、マリルの咳払い一つですらやけに耳に響く。

 

「今回集まってもらったのは、いくつか理由がある。愛衣は既に知っているが、近日中に元老院に『時空位相波動』について今一度情報を共有しなければならない。そこでいくつか君たちの意見も尋ねたいところではあるのが——それよりも「なぜ『時空位相波動』について元老院と改めて情報共有する必要性」という点に関して説明させてもらう。君たちの指標にも関わることだ」

 

 マリルの言葉に今までの空気は嘘のように消え、部屋全体が重苦しくなる。

 

「実はここ数日前から新豊州が所有する海域にて『時空位相波動』の前兆らしき波長を検知している。あくまで前兆の上に、反応自体も非常に些細で微弱なものだ。……だが問題はその範囲なんだ。その範囲は、SIDでも観測史上最大であり、その範囲は現段階で——『半径30キロメートル』にも及ぶ。これは新豊州市が持つXK級異質物【イージス】の絶対防御フィールドの35キロメートルに匹敵しかねない大規模な物だ。本格的に活動を始めたら規模はさらに拡大し、新豊州全域を呑み込みかねない」

 

 驚異的な大きさを誇ることに一同は各々反応を示す。

 

 愛衣はマリルの言葉を聞きながらタブレットに真剣に見つめ、ペン回しをする。

 ソヤは手を顎に添えて目を伏せて考え事に更け込む。

 ハインリッヒは口を噤んで静かにマリルを見つける。まるで話の続きを急かすかのように。

 エミリオとヴィラは、自分達の理解が及びない物であることからイマイチ理解しにくいが、三者三様の反応から只事ではないことだけは察していた。

 

「衛星写真で確認したところ範囲内に人が住めるような島々は存在しない……。となると、今回の『時空位相波動』については従来とはおかしな点がいくつか見受けられてしまう」

 

「愛衣、説明を頼む」と一度教鞭を置き、マリルは愛衣に自分の下へ来るよう指示する。

 

「それでは戦術研究部主任である私から説明させていただきます。『時空位相波動』というものは、『異質物』が特定の条件を満たすことで反応を起こし時空位相……つまりは世界の概念自体を揺らがせるものです。この『特定の条件』というものは……さてエミリオ・スウィートライドさん♡ ここからは予習の成果を聞こうかしら~~~」

 

 最初は真面目で責任ある立場の気品を漂わせた愛衣だったが、最後には一仕事を終えたかのように満足して猫撫で声でエミリオへと話を続かせる。

 

「はい! ……諸説ありますがSIDはこの条件を『人間がどういう形であれ干渉する』ことを暫定としています。これにより異質物から影響を受けた人間を『魔女』と呼称しており、この影響を受け心身を暴走状態となった存在を『ドール』と呼ぶ……で、間違ってないでしょうか?」

 

「大体正解♡ じゃあ続いてヴィラちゃんに問います。ここでマリルが問いたい『おかしな点』とは?」

 

「はい! ……今回問題が発生する海域では人が住める島々が存在しない……。つまり異質物に接触する人間がいない以上、異質物は『時空位相波動を発生させることができない』ということです」

 

「はい正解。これについて私はある仮説を立てました。——『人間ではなく、知生体に接触することで反応する』こともありうるのではないかと。これについて反論などは」

 

 すぐにハインリッヒは挙手した。

 

「その説はありえないかと。これまでの位相波動が、学園都市や他国の首都に非常に多く発生しているものと矛盾してしまいます。仮に知生体に反応するのであれば、位相波動は野生生物が生息する熱帯雨林もそうですし、そもそもとして地球の割合の都合上『海』にて発生する可能性が最も高くなります。しかし海に発生したことは、今まで一度たりともない」

 

「私もマリルに似た事言われたよ。……だとしたら、この海域に『人間が生存』できる領域があるということになるんだよね。それってさ……」

 

 愛衣の言葉にハインリッヒは眉をひそめる。しかしすぐさま彼女は表情を崩すと笑みを浮かべながら告げた。

 

「『アトランティス』などと呼ぶものが存在するとでも?」

 

「おや、稀代の錬金術師が否定するのかい?」

 

「『アトランティス』は存在していますよ。ただ新豊州の座標からして、その海域に実在することはない」

 

 彼女の自信を持った口調にマリルは問う。「確信を持っているな」

 

「だってアトランティスは……第三のセフィロス——『理解』を司る場所ですから。詳しい場所も深度もお答えしましょうか?」

 

「結構だ。ならば他に思い当たる海底都市はあるか?」

 

「……『あの方』が言っていた海底都市が本当にあるのなら、1つ思い当たる節があります。ですが、それこそ有り得ない。場所も違いますし、何より真理に近づかねば見えない入り口さえ、今の技術では捉えること自体が不可能ですわ」

 

「現に……ねぇ?」とハインリッヒは口角を上げ、悪戯な微笑みをマリルに向ける。彼女が言いたいことをマリルは理解している。

 

 思い出すのは方舟基地での出来事。青金石柱からハインリッヒが出現した直後、レン達は『因果の狭間』と呼ばれる異空間に転移し、その後南極にて発見された。彼女が言いたいのはそれのことだ。

『因果の狭間』にいた間、通信のビーコンは完全に途絶していた。それは言い換えれば観測できない領域にいたということ。ハインリッヒが言う『真理に近づかなければ見えない入り口』とは『因果の狭間』で間違いはない。

 

「だがそういうことなら」とマリルはある推論を立てたが、それはあまりにも危険が伴う上に現段階では実行する意味がない、という結論に達して赤い髪を掻き毟る。

 

「まあマスターがご自分の力を完全に理解し制御できるようであれば、わたくしみたいな者でも到達できるとは思いますが」

 

「必要ない。話を続けるぞ」

 

「わかりました」

 

 その推論を堂々と口にするあたり、このハインリッヒの性根というか思考は中々に狂っている。

 仮にもマスターと呼ぶべきレンを危険に晒すというのに、自身の探究心を満たそうと模索する根性は、愛衣のマッドサイエンティスト気質とはまた別の方向で極まっている。これでレンに関しては自分を度外視して第一に考えるあたり尚更質が悪い。

 

「……でしたら衛星写真の不備で観測できてない島々があるというのはどうでしょうか。不備と言っても技術や点検の問題ではなく、地球の磁力による電波障害などを推しますが」

 

「説として提唱するには妥当だな。だがここは新豊州……大陸プレートによる頻発な地震はともかく、磁場による電波障害など記録に多くない。あっても数十秒の問題で、それが衛星が通りかかる時に偶然重なって起きて、今の今まで島を捉えることができなかったということが可能か? アトランティスを見つけるより難しいだろうよ」

 

「同意しますわ。自分でもありえないとは思っておりましたので。だとすれば、残る推論はただ一つ」

 

「私が思い立った仮説と同じだろうよ。つまり——」

 

 ——時空位相波動によって『都市そのもの』が空間転移してきた。

 

 マリルとハインリッヒから告げられた仮説は周囲に緊張が走らせた。

 息を飲むたびに緊張の糸は張り詰めていき、やがてソヤが呟く。「でしたら」

 

「……その仮説には一つの条件が生まれますわね。必ず世界のどこかに、同じく半径30キロメートルにも及ぶ『時空位相波動』の前兆が観測されてなければなりませんわ」

 

「……だからマリルは個人の仮定で終わらせたのでしょう」

 

「ああ、そうさ。世界中を隈なく探したが、そんな反応どこにもなかった」

 

 エミリオとヴィラは推論の数々に唾を飲む。傭兵時代にいくつか経験したとはいえ、『時空位相波動』の専門的な意見をを聞くのは初めてなのだ。自分達では把握しきれていない実態や、想像もしていない仮説の数々には自分達が今まで世界事情とは離れた存在であったのかを実感させる。

 

 同時にこんな緊迫とした状況でも寝ることもあるレンを想像し、改めて緊張感がない少女だと二人は認識していた。

 

「だとしたらなぜ……?」

 

 エミリオの疑問に愛衣が答えた。「これで最初に戻るんだよね」

 

「前例がないから元老院もSIDも対処に困ってる。だから各々で有力な仮説を立てる必要が生まれたんだ」

 

「どんな頓珍漢な意見でも構わん。どうせ机上の空論は付き纏う。……たくっ、こんな時期に異質物も面倒を起こして……」

 

「方舟基地での実験第二弾が予定してるからねぇ。デックス博士も新しく代表を呼ぼうとしてる時期なのにタイミングが悪いったらありゃしない」

 

 不機嫌なマリルに、愛衣は気の抜けた声で言う。隣の芝生は青い、というやつだ。

 愛衣にとってはマリルの頭痛の種など割とどうでもいい。それがSIDの長官を任されてるマリルの立場であり責任なのだから。愛衣の加虐性は底はないのだ。誰であろうと、人が悩む姿は悦に浸れる。ヤバイ、笑みが溢れる。

 

 そんなだらしがない愛衣の表情を見て、エミリオとヴィラのこれでもかとドン引きした。ついでにそんな愛衣の捻れた感情を理解したソヤも酷い顔をしており、そちらにも二人はドン引きした。

 

「この場でまともなのは、私とヴィラとマリルさんとハインリッヒさんしかいないのでは」と思い、エミリオはハインリッヒの方を振り返ると、何故か少しずつ服が量子化して全裸になりかけてる金髪の変態がそこにいた。

 ヴィラは理解が追いつかず思考停止するなか、エミリオは「何故服が?」と問う。金髪の変態は量子化した服を元に戻しつつ言った。「考える時は裸の方が集中しやすいので、つい癖で」と。

 

 とうとうエミリオも思考停止し、ある結論に至った。

 ——もしかしてレンちゃんが寝る理由は、現実逃避の一環だったのではないかと。


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