最終話まで毎週更新になってしまい申し訳ありません。
眼前に『血の伯爵夫人』こと『レッドアラート』が、その手にある異質物武器『ニュークリアス』を起動させる。
あれについての情報は俺でさえ知っている。名の通り『炉心溶融』という核反応の一種を起こす超常兵器だ。掠った瞬間に忽ち人間程度なんて雪のように溶けきってしまう。
かすり傷でさえ致命傷となる相手に、俺一人で挑めというのか? ……無理に決まっている。
この身は女の子で、非力で、何よりもか弱いんだ。今でも恐怖に震えて仕方がない。足が動こうにも軋んで仕方がない。このまま殺されるのを待つしかないのか?
それ以上の思考を許さないと言わんばかりに、災害は起動を終えて臨戦体制へと移る。『ニュークリアス』に施された特殊合金性の刀身に熱が篭もり、黄色い発光をして刀身が展開され、死への足音が今か今かと歩み寄ってくる。
——動け。
レッドアラートが駆動音を蒸して接近してきた。
——動け!
だというのに、俺の足は未だに根付いたように微動だにしない。
——動けッ!
奮闘も虚しく、ニュークリアスの刃が無情に俺の首筋を——。
——切断せず、空を裂いた。
「えっ——?」
違う。どういうわけか、俺が『一瞬で移動』したんだ。
俺にそんな能力はない。過去に遡っても、そんな効果を発揮したことは一度たりともない。だとしたら何故——?
そんな俺の疑問に、背後から優しい温もりが包んで答えてくれた。
ここには俺しかいないはず。ならば、この温もりの正体は?
即座に俺は背にある物に視線を向けるとそこには——。
——『翼』があった。
「……臨死体験?」
鳥のようなものではなく、天使が持つような純白で、陽光みたいな温かさを持った羽。それが俺の肩甲骨へと外付けされている。
……俺はいつからメルヘン希望の頭になった? 側から見なくても、これじゃあ冗談抜きで魔法少女か、それとも公衆の面前でコスプレをする痛い人だ。
どうすればいいのか呆気に取られる。だって、どう足掻いても『翼』でしかない。これが粒子状のエネルギーとかだったら、嘘みたいに鋭敏なパイロットのように応用という名の真似事ぐらいはやろうとは思うが……。戦闘素人の俺には、本当に呆れるくらい策が思いつかない。俺の頭脳は灰色ではないのだから。
そんな試行錯誤する俺に再び応えるように、その翼は意志を持つように右手を包んで、ある物体を糸で紡ぐように現出させる。
形状は剣型。だが、持ち手や刀身と思われる部分の尺から推測しただけに過ぎない。刀身は星型の根の部分から二又になって伸びており、先端の部分は防犯用武器みたいにU字型になっていて殺傷力なんか微塵も感じない。
黄金の装飾が施されていることから、一見すれば『イスラフィール』の亜種かと思ってしまったが、形状自体は大分別のベクトルに向いたものだ。あっちが魔法少女系なら、こっちはファンタジー寄りだ。
……そして生憎と、似たような物をゲームで見たことがある。口に出すには憚れる著作権が世界一厳しいあの企業の息が入ったゲームだ。
「キ、キー……ブレ——?」
いや、今はそんな些細なことはどうでもいい。事態の把握と打開を考える方が最優先だ。
マルシー的には非常に危険だが、この鍵にも近い剣……あえて名付けるなら『光の鍵』というべきだろうか。そして背中にある羽……俺が好きな原始から荒廃した未来まで冒険するRPG的に言えば『時の翼』も、俺の力になってくれるように感じる。
力は未知数だ。だけど、激励するような暖かさや安心感を届けられたら、俺だっていつまでも震えてる訳にはいかない。臆病風に吹かれようと、及び腰でも戦うしかないんだ。
困惑のひと時が終わりを告げる。レッドアラートが突如消失した俺をついに捕捉し直して臨戦体制を再開させる。
俺も戦おうと、剣としての役割も果たせるかどうか疑問な『光の鍵』を構えた。どこから来ようと迎撃してやろうと勇んだところで、ある重要なことに初めて気付いた。
…………構えが一切分からない。
現在、ただ単純に持ち手に両手を添えるという初心書マーク丸出しの状態だ。これじゃあ、チンピラ未満の子供のチャンバラごっこだ。変な刀身をしているせいで、構えに安定感がないのが不安をさらに助長させる。
「こうなったら、コナクソのヤケクソだっ!」
無抵抗のまま良いようにやられるのも癪だ。どうせ、こんな翼みたいに煌びやかな戦いにはならない。泥臭くなることは目に見えている。
レッドアラートが放つ一撃死の刃が振われる。
それを『時の翼』の速さを利用して寸前のところで交わしきり、その隙に、動力コアごと叩き斬ろうと『光の鍵』を胴体部の装甲へと——。
——ガァンッッ!!
「無理無理無理、できないッ!!」
全身全霊で叩き込んだが、最高品質の鉄鋼で構成されてるだけある。所在不明のマジカルブレードを全力で振り被った程度では、装甲に僅かながらの傷を付けるだけで精一杯だ。
……思考を一生懸命重ねるが打開策は浮かばない。
この『時の翼』と推進力を最大まで利用し、『光の鍵』で突貫することも浮かんだが、あれだけの傷から察するに、弱点である胸元の動力コアを装甲を超えて貫くことはできそうにない。
……超えるなら、それこそレッドアラート自体の無尽蔵なエネルギーを利用するぐらいしないと無理そうだ。だけど、それを利用する手段はない。
かといって、それ以外の明確な弱点はない。実力自体は雲泥の差だ、相打ち覚悟でも動力コアを狙う算段でもしないと、それこそ意味もなく俺は殺されるだろう。
……となると、核反応に匹敵する絶対的なエネルギーが必要と考えた方がいい。だけど、そんな都合のいいものなんて手元にありはしない。
答えは浮かばないまま、レッドアラートの猛攻を『時の翼』の力もあって間一髪でかわし続ける。
……ダメだ。何も策が思いつかない。
そう思考した時、再び『時の翼』に温かさが籠る。その温もりは先ほどまでとは包容力が違う。同じ温かさなのに、まるで同一人物が『成長』したような……『未来』から熱を届けてるような……そんな不思議な感覚だ。
だけど、おかげで身体の底から力が湧いてくる。骨という骨の軋みがなくなり、筋肉という筋肉が鞭みたいに唸りを上げる。根拠はないが、今ならシーズン全部サイクルヒットや三球三振の完全試合も熟せそうな無敵感が湧く。
ボキャ貧だが、これは『祝福』だ。『時の翼』がどこからか……それこそ『輪廻』を超えた先から俺に力を貸してくれている。
……でも、できればもうひと押し欲しい。我儘かも知れないが、災害を倒すにはその程度ではまだ足りないんだ。
その願いに呼応するように、今度は『光の鍵』がその姿を大きく変えた。
特徴的な星形の柄の部分以外は面影もないほどだ。刀身の先には翼をモチーフにした二又の刃。色彩は太陽のような煌めきを収束させ、温かみを持った金属製の黒色へ。まるで『覚醒』したように、『光の鍵』と『時の翼』は装飾された羽を大きく広げた。
……相変わらず著作権的な危険は拭えないが、レッドアラートを打倒するという部分では確信は持てる。『これで倒せる』と——。
問題は『どう当てるか』だ——。
レッドアラートの動きは、AIで制御されてるとは思えないほど機敏で激しい。比喩でも大袈裟でもなく、下手したらアスリート選手よりも運動能力自体は高い可能性さえある。こちらも運動性能は底上げされてるから殴り合いでもしたら何とかなるかも知れないが、生憎と相手の武器は一撃必殺の『ニュークリアス』。かすり傷でも致命傷だ。その案は却下するしかない。
だとしたら、もう答えは一つ。
こちらも同じく『一撃必殺』で決めるしかない。
決意を胸に。覚悟を心に。
深呼吸を一つ。全てを抱いたところで目を見開くと、不思議なことが起きた。
世界は極彩色に染まり、様々な『記憶』が目に入り過ぎ去っていく。それの正体は本能的に分かった。これは『未来』だ、この先に起こりうる全ての可能性を持った。
翼の効力か、あるいは鍵の効力なのか、という細かいことはこの際どうでもいい。無数にある記憶のどこかに災害を打倒する手段があるはずだ。
時間を通して映った、交錯する運命——。
————そこに勝機を見出す。
視界には既にレッドアラートの姿はない。
映るのは幾重にも広がる『記憶』という名の『未来』の大樹。枝分かれした未来の中に、唯一芽吹く花弁を探し出す。
あれもダメ。これもダメ。自分にとって都合のいい『未来』という名の『結果』が見つからない。百を超えた未来を見た。千を超えた未来を見た。それでも見つからない。
そして……万を超える『未来』の果てに、求める『結果』は見出すことさえできなかった。
当然と言えば当然だ。『敵を倒す』……つまり『闘争』という行為はシンプルだが、それゆえに積み上げられた歴史は計り知れない。遡れば旧石器時代。もっと遡れば恐竜が息づく原始時代。『万を超える未来』を見たところで、『億を超える過去』に到達するには逆立ちして世界一周したところで足りに足りない。借金まみれの利息を返すことさえできない。それほどまでに『闘争』の歴史は長く太い。
人は何故、熊と戦える? 当然、積み重ねられた歴史があるからだ。幾重にも引き裂かれた血の果てに『勝利』がある。
人は何故、獅子と戦える? 当然、積み重ねられた歴史があるからだ。幾重にも噛みちぎられた血の果てに『勝利』がある。
人は何故、病気と闘える? 当然、積み重ねられた歴史があるからだ。幾重にも壊し尽くされた血の果てに『勝利』がある。
では、人は『災害』と戦えるのか? ……分からない。
では、人は『災害』に立ち向かえるか? ……分からない。
では、人は『災害』に勝てるのか? ……分からない。
人の歴史において、今まで『災害』に勝てた覚えなどない。
故に『勝利』など見えるはずがない。積み重ねられた歴史がないのだから。
……それと同じだ。俺には積み重ねた戦いなどない。
故に『勝利』など見えるはずがない。万を超える未来の果てに到達したところで、『勝利』を知らない俺に、それが見えるわけがない。
だが、それで諦める理由にはならない。同じことをアレンの時に思ったじゃないか。ここで諦めたら……俺自身がスクルドの生存を諦めることをしてしまう。そんな『未来』を認めるわけにはいかない。
あぁ——。今になって、アレンの気持ちが分かるなんて。
これだから同一人物というか、同じ考えを持つ人間のことなんて知りたくない。一つ分かるだけで、そいつが歩んできた旅路を安易に想像できてしまうのだから。
何度も、何度も何度も、何度も何度も何度も救えないか、考えて行動して、考えて考えて行動して行動して、考えて考えて考えて行動して行動して行動して…………。
……考え抜いた答えに、行動し抜いた答えに、『未来』を変えられないという選択を選んでしまったのだろう。きっと辛かったんだろうなぁ。苦しかったんだろうなぁ。
……自分のことだというのに「よく頑張った」と言って抱き締めたいぐらいだ。決してナルシストだからじゃない。……嫌な表現だが、きっとこれは『母性』というべきなんだろうなぁ。
それでも『未来』がないというのなら、『運命』を無理矢理懐に捻り込むまで。
万策が尽きただけなら、一万と一つ目の策を見出すだけ。俺みたいな馬鹿には、それぐらいの無茶苦茶な根性論が丁度いい。超常に付き合うだけ土台無理な話なのだから。
緩んだ糸の先を限界まで張る。それは『運命』を可視化したもの。
この糸は……排除しなければならない脅威がある。
名はレッドアラート——。その先に俺がもぎ取る『運命』がある。
全神経を脅威へと向ける。正真正銘、災害との一騎打ち。
翼の熱は焼き焦げるほど熱く、鍵は神々しいほど光り輝く。
この一撃で全てが決まる。
翼に宿る全エネルギーを放出して、鍵を真正面に構えてこの身体は災害へと突撃する。
特別な攻撃でも何でもない。単純な『突き』——。
ただし、それは時間さえも飛び越えかねない『亜光速』の一撃。
これが俺が放てる盤面この一手。
災害にある僅かな隙を見つけ、その一撃を放ったのだ。
間違いなく先手は俺だった。先手必勝の一撃は確実に捉えた。鍵の先には動力コア——。それが刹那の時間で届く。
だというのに、災害の動きは遅れながらも確実に迎撃手段を取る。
回避行動は取らない。カウンターを与える猶予などはどこにもない。
あるのは……機械にあるのは『抹殺』という単純な目的のみ。
殺せるならば、『相打ち』常套の一撃など躊躇なく、無慈悲に、機械的に行う。だからこそ自律兵器なのだから。
鍵の一撃は走行を貫き、動力コアへと到達した。同時にレッドアラートの一撃が振われる。
動力が失ってはいるものの、コマンド済みの行動を取り消すことはできはしない。出力不足ながらも、その手にある刃を振り下ろした。
回避はできない。だが身を捻って傷を最小に抑えることはできる。
だけど、それは致命傷だ。災害が持つ刃は、かすり傷でさえ絶命とさせる『ニュークリアス』——『最小の傷』でさえ命を落とす。
——同士討ちになる。
ニュークリアスの刃は、俺の身体に食い込んで肩の半ばで止まった。刃はそれ以上進むことなく、切り口から血が溢れ出す。
激痛が走りすぎて、むしろ痛みが感じなくなりそうだ。だけど、恐ろしいのは此処からだ。俺はこのままニュークリアスが持つ特性によって、チョコレートのように溶けて死ぬのだろう。……想像ができない。
……そう覚悟していたのに、異質物武器が持つ特性による『核分裂反応』による『溶解』など起きることはない。
何故? ……疑問は一瞬で解消された。
そして思い出す。愛衣に説明された覚えがある『核分裂反応』という原理について。
…………
……
「『ニュークリアス』の特性は文字通り『原子核』と密接に関わってる『核分裂』が主な特徴。それは分裂する性質を持った原子核が中性子を吸収することで、一定の割合で核分裂を起こして同時に中性子という物が発生するというもの。この中性子が別の分裂する性質を持った原子核に吸収されれば連鎖反応が起こる。それによって発生する崩壊過程には『発熱』……つまりは『溶解』する作用があり、これが『炉心溶融』あるいは『メルトダウン』と呼ばれる現象の初期反応を引き起こす……ここまでは理解できた?」
「分かんない、わっかんない。愛衣の言ってることはひとつも分かんない」
「……参考に聞くけど、レンちゃんの脳内プロセッサは何世代前?」
「因数分解が分からないぐらいには。何で分解するんだろうって、自然のままでいろよ……と思うくらいには」
「そこからかっ!?」
……
…………
そこまで思いだして、俺は切り込まれたニュークリアスの刃…………その刃先が止まった肩に、何があったかを思い浮かべる。
…………先の戦い、俺とアレンとの戦いで埋め込まれた『天命の矛』を使った異質物武器がある。異質物が素材にされていることもあり、これにはその異質物が持つ特性を色濃く受け継いでいる。
——『天命の矛』が持つ特性は現状把握している限り二つ。
一つは、振り回すと重くなる——。
二つは『高温で融解しない』——。
だとしたら『発熱』は起きても溶けることはない。溶けることがない以上、連鎖反応は起こらずに崩壊することはない。崩壊することはない以上『炉心溶融』が起こることもない。
つまり『ニュークリアス』が機能が発揮されることはない——。
もちろん実際の理論なら、また別の反応、あるいは都合よくこんなことにはならないだろう。だが、それは『常識』の範疇ならの話。
異質物は『超常』によって成立する超理論の世界だ。こんな推測が起きても……不思議じゃないッ!!
「だぁらぁぁああああああッッ!!!」
渾身の力で、輝きを増した『光の鍵』を持ってレッドアラートの装甲ごと動力コアを引き裂いた。
決して綺麗で上品ではない決着。奇声同然の雄叫びも、アニメや漫画みたいにカッコよくないはない。
だけど、それでも、俺には十分すぎる。
こうして謎の助力の末に一人で……『災害』を打倒したのだから。
「やった……やったよ……っ!!」
感無量さから思わず膝の力が抜けて、情けなく女の子座りで尻餅をついた。痛みもあってか涙も溢れてきて、安心感だけが胸を満たしてくれる。
「ありがとう……」
感謝の言葉を告げると、温かな翼と神々しい剣型の鍵は霧散して消え去った。
同時に、残像する『未来』という名の『記憶』も綺麗さっぱりに消え去ってしまう。
まるで『未来』が見えなくなったように——。
…………それはとてつもない虚無感を抱かせた。
…………
……
「私、未来が……見えなくなったの……」
……
…………
『未来』が見えなくなったように……。
『未来』が消えたように……。
スクルドが……消えてしまう……?
「スクルドッッッ!!!!!」
居ても立っても居られず、激痛に身が軋みながらも耐えて教会の扉に手をかける。
まだだ——。まだ中にはヤコブがいるんだ——。
安心するのは早すぎる。行動するのが遅すぎる。
こうしている間にも中ではヤコブは動いている。
イナーラもいるとはいえ、相手は異質物である『イスラフィール』を持っている。その絶大な力の前では、基本的にほとんどの人間が無抵抗にやられてしまうだろう。
もちろん俺もその一人だ。ここで向かったところで、何かできることはない
でも、このままでいいはずがない。このまま立ち止まっていいはずがない。
全部の力で扉を開ける。一歩踏み出すたびにバランスを崩しそうだ。だけど、スクルドの元に行かねばならない。
教会の中に踏み入る。夜光だけが照らす暗がりの中には——。
「ねぇ、目を開けて……アンタはまだ……っ!」
肌が燃え尽きて泡を吹いて倒れるヤコブの姿。
血塗れでイスラフィールを手に倒れるスクルドの姿。
その少女を抱き抱えて、懸命に声をかけるイナーラの姿。
…………何があった? 何があった?
いや理解は後でいい。今は……今だけは——。
「スクルドッ! 今助けて……ッ!!」
懐に手を入れてラファエルの魔力が込められた石……OS事件でお世話になった『治癒石』を探す。だけど見つからない。
それもそうだ。元々は戦闘なんか想定しない。
そんな便利な道具を、この作戦では持ち込んではいないのだ。
……ラファエルの力はないんだ。どうすればいい?
……俺はこんな時でも『誰か』の力に縋ろうとしてるのか? 今にも息絶えそうな少女の姿を間近にしてるのに?
「レン……お姉ちゃん……」
「喋るなっ! 今……いまっ……!!」
冷たくなった少女の手を握りしめる。
何か、何か…………何でもいい、何かないのか?
頼むから……今一度『時の翼』と『光の鍵』みたいな力を……!!
「私の力が届いて…………よかった……っ」
少女の瞳は輝きを失い、ゆっくりと、確実に、力なく目を閉じた。
「……」
穴だらけの胸に手を置く。
…………何も伝わらない。
穴だらけの胸に耳を置く。
…………何も聞こえない。
————心臓が止まっている。
「————」
声が出ない。代わりに思考が走る。
そして過るのは……スクルドの最後の言葉。
『私の力が届いて…………よかった……っ』
……あの力は、『時の翼』も『光の鍵』も……全部スクルドが与えてくれた力だというのか。
だというのに俺は、それに縋ろうとして……。
こんな姿になってでも……俺のことを守ろうとしてくれて……。
スクルドが命を賭してでも、俺を助けてくれたというのに……。
俺は自分に言い訳して、惨めったらしく蹲って、自力で切り抜けようとすることさえ放棄していたというのに……。
本来なら、俺がスクルドを守らないといけないのに——。
この姿も、この心も、この力もお飾りでしかなかった。
「うっ……ぅぅ……っっっ!!!」
泣くな。泣いたって何も変わらない。
自分の惨めさに同情するな。
自分の無力さを肯定するな。
自分の不甲斐なさを正当化するな。
全部——。
全部全部——。
全部全部全部——。
全部、俺に力があれば何とかなることだった。
アレンを捉えるのも、ヤコブを倒すのも、レッドアラートを破壊するのも……。
OS事件も奇跡に縋っただけで……エミリオやソヤの時も、最後しか俺は些細な力にしかなれなくて……。
もっと遡れば江森発電所やスカイホテルの時も……。
いや、それなら、あの過ぎ去った『地獄』の時でさえも…………何とかなったかもしれないんだ。
…………
……
私の大切な人に、君は本当鏡合わせだよ。
……
…………
脳裏に過ぎるは、いつぞや聞いたはずの『誰か』の言葉。
その言葉に俺は、無性にバイジュウのことを思い出してしまう。
……彼女だって19年前のことを乗り越えようと強くなっている。
俺以上の悲劇を味わったのにも関わらず、バイジュウは研究に明け暮れて、自分でも出来ることがあるんだと必死に努力しているというのに。
何度も、何度も思い出しただろうに。
何度も、何度も泣きたくなっただろうに。
何度も、何度も情けなくなっただろうに。
それでも彼女は、前を向いて進み続けている。
…………俺は生まれて初めて、心の底から本気で思った。
——『強くなりたい』