魔女兵器 〜Another Real〜   作:かにみそスープ

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第三章 【剣聖抜刀】
第1節 〜修羅羅刹〜


 たまには趣向を変えるのも、また一興だろう。

 今回はある一人の、男の話をしよう。

 

 

 

 

 

 男は非常につまらない存在だった。ただひたすらに日々を銭稼ぎに費やし、酒も嗜まず、欲を喰らわず、名も疎かにしていた。縁を交わすことすらなく、繋がりと呼べるような存在は野鳥と季節だけぐらいなものだ。

 

 それは自身が持つ家族にもそうだった。

 

 男は長男として生まれた身だった。子宝に恵まれず、その時代にして二十代半ばという遅く産まれた子であった。母と父からすれば目に入れても痛くない愛しい子だ。衣食住にも不自由せずに育っていった。

 普通なら育てた恩に応えるために、何かしらの感謝や行動を示すだろう。だというのに男はカケラの興味も示さず、仕事を終えれば、ただ退屈という時間と共に空を眺めることしかなかった。

 

 そんな時間が今生が終わるまで過ごすのだろうか。

 

 

 

「何とも、退屈でつまらない人生だ」

 

 

 

 しかし、そんな中で唯一魅入られる存在を手にした。

 純鉄を打ち磨き抜かれた双つの刀。俗に言う『刀』と呼ばれる存在をある日、路の露店で目にした。

 

 今まで何物にも関心を向けなかった男にとっては、その刀身はどんな女性よりも美しく艶かしく、心の奥を掻き乱される感覚に陥る。

 側から見ても惹かれてることが分かったのだろう。露天を営む商人は見定めるような視線で告げた。

 

 

 

「おっと、旦那。この刀は安物じゃないんだ。欲しけりゃ対価を払え」

「ならば言え。その価値を」

 

 

 

 男は自身ありげに自分が持つ全財産を叩きつけた。何せ無趣味が功を奏して、着物にも酒にも博打にも遊女にも通わなかった堅物だ。生涯で一度たりとも浪費せずに積み立てられた金は、男の年代にしては破格としか言いようがない金額であった。

 

 普通の商人なら一言で受け入れて売買は成立するだろう。

 しかしその商人は笑った。人ならざる笑みを浮かべて、男へと甘言を伝えた。

 

 

 

「金じゃない、『魂』だ。旦那の来世を貰い受ける……それだけだ」

 

 

 

 これまた珍妙で法外な対価を要求してきた。極楽浄土、輪廻転生の信仰が厚い当世にて、輪廻から離れることを口にするのは何の意味があるのか。

 それは事実的な信仰の否定であり侮辱だ。同時にお笑い草だ。ただの人如きが理を外れるなど——。解脱者、破戒僧でもなければ不可能であるというのに。

 

 

 

「その程度——、何度もくれてやろう」

 

 

 

 男は笑いながら、その言葉を聞き入れて双つの刀を手に人里へと戻っていった。冗談半分でも、踏み倒す気でもない。ただ単純につまらぬ自身の魂だけをくれるだけでいいのなら、いくらでもくれてやろうという覚悟なのだ。

 

 それから男の人生には色がつく。ひたすらに剣へと打ち込んだ。

 朝日が昇ったら剣を振るう。仕事を終えれば剣を振るう。陽が沈めば剣を振るう。飯を口にした後に剣を振るう。眠りの前に剣を振るう。

 

 剣をただ木偶人形に打ち込むだけの単純な鍛錬だというのに、男には生まれて初めて感じた楽しさだった。始めた頃は不恰好な自己流の構えで鍛錬したこともあり、生傷が尽きぬ日はなかった。大怪我も負った日もあり、額や腕といったあらゆる部分に傷跡が見えた。

 

 師などいるはずもなく、男は独学のまま気が狂うほどの時間を鍛錬へと費やした。幾度の春を迎えたところで、才覚はついに芽吹くこととなる。

 

 ——意識すると同時に、木偶人形を切り裂いた。それがどういう意味を持つのか。男はその時はまだ知らない。

 

 それは、後に男が『剣聖』と呼ばれる極智へと足を踏み入れた瞬間でもあった。

 

 

 

 水より澄んだ凪の心境。

 雷さえ断つ霹靂の剣筋。

 獣すら慄く乱杭の風格。

 

 その一振りは光さえ置き去りにし、『斬る』という行為でさえ『斬った』と認識させる光速の刃。試し切りをするために、人里の周囲に蔓延る獣や盗賊を瞬く間に屠り尽くした。

 

 それは他者にとってどう見えたのだろうか。

 

 

 

「鬼だ。人のまま妖(あやかし)となりおった」

「見よ、あの額の痕を。忌子に違いあるまい」

「きっと彼奴を孕んだ女も物怪の類いだったのだろう」

 

 

 

 卓越された剣技は、現代における『魔女』の端くれであった。

 深き剣への思いは、現代における『狂信者』の先駆けであった。

 

 人外同然の扱いがそこには待っていたのだ。

 男は生まれ育った里から迫害され、里は男を『人間』として認めなかった。

 

 何より——。

 

 

 

「おらぬ、おらぬ。溺愛する我が子がおらぬ」

「腹より生まれし我が子が鬼であるはずがない」

 

「「鬼よ、我が子をどこに攫った」」

 

 

 

 ……親さえも男の存在を認めなかった。

 

 

 

 男は全てに打ちのめされた。

 だが男は泣き言も恨み言も溢さず、腰に添えた双つの刀だけを持って生まれ育った人里から素直に姿を消した。

 

 元より全てに対して蔑ろにし、剣と共にあった男だ。その報いは当然であると自分で分かっていた。

 

 ……親からの愛でさえ応えようとしなかった自分勝手なのだから。

 子宝に恵まれなかった家系で、やっとの思いで産んだ子がロクでなしの上に狂人だというのなら、愛想も尽かされるのも当然だろう。先に裏切ったのは、親の愛よりも剣への鍛錬へと向けた自分なのだから。

 

 ……その程度の罰など、男は甘んじて受けた。

 

 流浪の身となった男は、世界を彷徨う。

 旅路の中で幾重にも戦いを重ね、男の剣技はより強く、より鋭く、より早く、その心と共に研磨されていく。

 

 

 

「我が力に対抗し得る存在がおるとはな……。茨木であれば一太刀で首を持っていかれたであろう」

「退け、鬼を憎む道理などない。……拙も妖であるのだ」

「ははは!! お主……人の身で成り果てたか?」

 

 

 

 道中にて都を襲撃する最中にいた悪名高い真の鬼がいた。

 あるいは蜘蛛に扮した雌型の妖怪もいた。

 あるいは風に乗る翼を持った人型の物怪もいた。

 

 それらすべてを流れ雲のように、捉える存在などないと一刀で斬り伏せてきた。

 

 長い鍛錬の末に、男の剣は人では到底到達しえぬ領域へと達していた。

 その心は音にも振るわず、風にも揺らがず、岩でも砕けず、霞にも曝されず、炎にも炙れず、蛇にも見透かせず、蟲にも惹かれず、恋にも堕ちることすらなかった。

 

 安寧した家庭などなく、ひたすらに日が出ようが月が出ようが歩き続けて、幾度の春を迎えて、幾度の冬を乗り越えたのか。

 

 そこで知る。

 男が目指す剣の極地——それは『無』へと至るものだと。

 

 元より繋がりなど求めてはいなかった。

 故にその心には、誰もいなかった。

 

 親を捨てたのも、里を捨てたのも、全ては自分が招いたことだった。咲き誇る花を踏み荒らしたの同義で、今更どうこうなる問題でもない。

 

 ただ……その生涯に『意味がなかった』という事実に、男は呆れるように笑うしかなかった。

 

 鍛錬の意味など見出していなかった。最初はひたすらに楽しく、迫害されてからは贖罪の日々。

 

 恥だけを晒し続けてなお生きる理由には、何かしらの意味と大義があるのではないかと考えていたのに……男は最後まで無為に歳を重ねて、罪を作り、罪を償い続けただけの人生であった。『無』という存在に思い焦がれて、果てのない剣の道を歩むだけの。

 

 ……そして最後には都の主に脅威と判断され、『鬼』という名前を与えられて首を落とされることになろうとは——。

 

 

 

 ————それだけはごめん被る。

 

 

 

 男は人である。『鬼』でも『妖』でもあろう。しかし、それを認めていいのは他ならぬ血族のみだ。どこぞの偉いだけの存在に認められるのだけは、どんな恥辱よりも恥ずべきことであった。

 

 ならばと、断罪される前にこの命を絶とうと双つの刃を首筋と腹部に添えた。

 

 

 

 

 

「儂は人だ。名のある罪人でも鬼でもなく、名もなき人として命を絶とう」

 

 

 

 

 

 そう言って、男は躊躇いもなく自分に刃を振るった。

 

 刹那、生と死の狭間で彼は思う。

 

 

 

 ——もし次があるとすれば、酒も嗜み、女を食らい、悦楽を貪り、快楽に溺れ、家族を労おうと。

 

 ——まあ、妖の身では次があっても忌子であろうがな。

 

 

 

 

 

 …………これにて男の話は終わる。

 

 ご覧の通り、ただのつまらない話だ。

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