魔女兵器 〜Another Real〜   作:かにみそスープ

5 / 170
第4節 〜朝凪〜

 ラファエル達と商業区で遊び倒してから数日後。

 

 うらら〜、な気分で腕時計を確認する。時刻は午前九時半。

 俺は駅前にあるカフェで、眠気覚ましにコーヒー(砂糖入り)を飲んで日光浴をしていた。

 

 今日は平日なのだが、諸事情あって学校は本日欠席としている。

 理由は当然SIDの任務だ。任務内容は重大なのだが、俺の役割は重要じゃない。誰かの偵察や諜報活動というわけでもなく、現段階では護衛というのが最適だろう。

 ……その護衛対象は、ここで落ち合う予定だ。セキュリティも何もないが、別に来るのは大統領や官僚ではない。ましてや国宝級科学者でもない。

 ……いや、立場はともかく中身は国宝級かも。ハインリッヒからたま〜に神秘学や錬金術の話を聞くし、ラファエルからも生物学なども教えてもらっているが、未だにあの時の会話が1ミクロンも理解できていない。本当にあれは地球の言葉なのだろうか。もしくは俺の脳味噌はラファエルの言う通り「おサルさんレベル」なのだろうか。自信無くす。

 

「お久しぶりですね、レンさん」

 

「おはよう、久しぶ……りッ!?」

 

 後方から懐かしい声が聞こえて振り返る。

 だが俺が見たの物は、想像を遥かに超えていた。

 

「どうしました?」

 

「………」

 

 久方ぶりに会う黒髪の彼女は、雪のように白いワンピースと肌はそのままに、どこか活発的な雰囲気を宿らせていた。

 理由は簡単だ。彼女のミステリアス×クレバーな雰囲気からは想像つかないアグレッシブ×スポーティな自転車が彼女の横にあるのだ。さらに彼女が抱える大容量のリュックサック。

 どう見てもアウトドア系なのだが、その中でもアスリートなどのエキスパート御用達の本格系だったのだ。文学少女である彼女が与える印象とは正反対である。

 

「その自転車は?」

 

「これですか? アニーさんから勧められたクロスバイクです。某有名スポーツメーカーでオーダーメイドしたもので、お値段は自動車と差はないぐらいですよ」

 

 煌々とした目で俺を見る。「どうですか!?」と言わんばかりの自慢げであり、ネタバレをしたくて堪らない子供のような感じ。

 そんな彼女に魅了されて、もっと新鮮な姿が見たいと思い質問をする。

 

「どうして買ったの?」

 

「見聞を広げるために世界中を見に行ってましたが、やはりバスやタクシーだけだと限界な部分もありまして……。リハビリにも丁度良いですし、移動手段としてこう……ポチッと」

 

「ポチったの!?」

 

「はい。通販サイトが取り扱う商品も多様性に溢れてて、タブレットも19年前とは比較にならないくらい高性能で……特にメモリがいいです。これで複雑な計算や証明を記述するのに表計算を複数立ち上げても落ちませんし、バックドアや外部ハッキングなどによる情報漏洩も対策も万全で……」

 

 ン?

 

「デザインも中々に利便性特化で……。最初は大型化していて持ち辛さを懸念していましたが、触れてみるとそもそも厚さ自体が薄くなっているため軽くて無駄な要素も排除して画面が大きくなっていて……。しかも対応する外部デバイスの対応数も多種多様……ほぼ全てのプラグ対応するのは中々に凄いですよ。音声機器や映像機器もそうですけどエフェクターなども拡張性が高くなっていて、今や直列繋ぎを20個以上してもノイズが発生しないんですよ?」

 

 キキッ??

 

「ですが悲しいことも多かったです……。私が眠る19年の間に七年戦争があり世界情勢は様変わり……。六大学園都市でさえサモントン以外では、農作物を作ろうにも『黒糸病』が常に付き纏っていて、食料問題は世界各国で問題が起き、それに伴う慢性的な戦争も見てきました……。ですが、悲しいだけではありません。現在枯れかけた大地でも問題なく発育できる品種改良した『ポマト』や『キャメロット』というものが開発中なんです。特にこの『キャメロット』……あっ由来はニンジンとメロンの遺伝子組み換えで生まれたものなんですが、理論的には気候・条件を問わず栽培が可能なんです。ニンジンに含まれているカロテンのおかげか『黒糸病』が発生するリスクも他の農作物と比べれば数値上5%も低いんですよ? まさしくアーサー王伝説の登場するにふさわしい名であって……ここまで期待が膨らむといつかはたどり着きたいですね、理想郷に。……とはいっても今のままだと味の問題が付き纏うのと、そもそも研究機関の政治的保障が薄いので頓挫する未来も見えているのですが……」

 

 ウキキッ???

 

「おサルさんには難しかったですか?」

 

「酷くないっ!!? 俺のEDUいくつにされてるの!?」

 

 最低値かっ!? 3d6の最低値なのかっ!?

 

「ごめんなさい。ラファエルさんと口論する時の必死さが大好きで、ついイタズラをしちゃいました。レンさんのそういう男の子っぽいところ、好きですよ」

 

 いや、ラファエルとは口論じゃない。敗北確定のワンサイドゲームもしくは公開リンチなんですけど。あと、そういう意味じゃないのが分かっていても「好き」という言葉にむず痒くなる。

 

 などと色々思うが、彼女の微笑を見てしまうとどうでもよくなる。

 それほどまでに楽しそうで、どこか儚げで、なぜか悲しそうで、だけど温かな彼女の笑顔にときめいてしまった。

 

 まるで、霜が溶けて春が訪れた花のようで。

 彼女も少しずつ、ほんの少しずつ、例えその一歩が小さくても確かに歩み出そうとしている。

 真っ白になってしまったキャンバスに、色をつけるように。これからの彼女の人生は少しずつ鮮やかになっていくのだろう。

 

「じゃあ、行こうか。——『バイジュウ』」

 

「はい。旅先でのお話、いっぱい持ってきましたから。…………あとお土産も」

 

 照れ臭そうにリュックサックを叩く彼女を見て、俺も思わずマリルのような意地が悪そうな笑い方をしてしまった。

 多分、マリルがたまに……いや頻繁に俺を見て笑うのはこれが理由の一つなのだろう。頑張った彼女が誇らしげなのが、我が事みたいに嬉しくなってしまう。

 こんな幸せをいつまでも独占しちゃいけない。早く行こう、マリル達のいるところへ。

 

 

 …………

 ……

 

 

 幸いにもバイジュウが購入していたクロスバイクは折りたたみ式だったこともあり、問題なく電車に乗れた。

 電車から降りた後は徒歩で目的地に向かうのだが、重装備のバイジュウを見るのは流石に忍びなく俺はリュックサックを背負うことにした。クロスバイクは高級品のうえ扱いを知らないので俺が持つのは怖い。

 

「……やっぱり重くないですか?」

 

「い、い、いやいやっ! 大丈夫っ、これくらいっ!」

 

 なんだこのリュックサック。持ってみると見た目以上に重い。持つ分には問題ないのだが……。

 

「何入ってるの?」

 

「ええと……ラファエルさん用に《宗教思想と偶像崇拝の裏表》。ハインリッヒさん用に《宇宙開拓論文》と《絶対性量子力学の空想理論》。アニーさん用の《人体力学の可能性》。レンさんには《電子機器による思考領域拡張》。他SIDの皆様と共有で地域名物の菓子や、自分用の参考書、辞典、論文、タブレット、などなど……」

 

「おサルさんにはわからない内容だらけだぁ……」

 

 今日から文明人やめたほうがいいのかな……。

 

「……あとはちょっと早いクリスマスプレゼントとか」

 

「——そっか」

 

 思い出すのは腕時計にあった録音ボイス。彼女の親友が残したものだ。

 内容は重要なものじゃない。秘匿すべき情報もない。

 あるのは一人の女の子が、親友に我が儘を言うだけのなんてことない日常。ただそれだけ。

 だけど同時にそれしかない。だからこそ大事にしなきゃいけない大切なモノ。

 

「目的地はここの海岸沿いの道路を歩いて行くんですよね?」

 

「そうなんだけど……あっ」

 

 見えた、今回の目的地であるニュクスの別荘。

 いかにも別荘ですよ、と主張せんばかりの王道的なログハウス。…………が何故か数軒。というか……。

 

「……つまりこれ全部?」

 

 恐る恐る振り返る。

 あらま白い砂浜。果てまで煌く青い海。

 

 ……マジすか。

 

「これ全部……ニュクスの所有地なのっ!!?」

 

 どう見ても企業運営できるリゾート施設なんですけど!?

 これ全部私的利用の所有地なの!? さすがにシーズンになったら一般解放したりして貸すくらいはするよね!!?

 

「水着持ってきてませんけど、ワンピースでも大丈夫でしょうか? あと顔が青ざめて痙攣してますが日射病ですか?」

 

「海には嫌な思い出があるだけ……」

 

 水着溶解事件は二度とごめんだ。ラファエルがいない以上、あの水着しかないだろうし、絶対断固拒否。男の尊厳をかなぐり捨ててでも阻止して見せる。私は生娘なのですわ。

 しかし、間近で見るとここまで広いなんて……。諦念の境地に達して砂浜を見渡す。

 オーシャンビューとして最高だ。そして最高に開放的だ。だけど最悪に開放的な人物がいることに気づいた。

 

「何で裸族になってるのっ、ハインリッヒぃぃぃいいいいいいい!!?」

 

 魂の叫びがこだまする。それに気づいたであろう豆粒サイズのハインリッヒは、こちらに手を振ってくれた。遠すぎて見えないのが幸いだ。その……色々と。

 

 目を凝らすと、他にもチラホラと見覚えのある人物が確認できた。

 あの特徴的なピンク髪とヘソだしトップスの露出過多なセンスは間違いなくエミリオだ。頭部にサングラスをかけていて随分楽しげな雰囲気。となると隣にいる似た雰囲気の銀髪がヴィラか。姉妹コーデみたいなのだろうか。イマイチこういうのは把握しきれない。

 

 ビーチパラソルの影で、サングラスをかけてタブレットに向き合っているのは愛衣で確定。

 あの特徴的な白髪や男性受け、機能性、季節のコンセプトなどのありとあらゆることに無頓着な水着デザインの上に、さらに空気読めずにパーカーやウインドブレーカーではなく白衣を着こなすセンスは間違いなく愛衣。

 

 そして強制的に目を向けられる魔性感は……。確実にベアトリーチェだ。赤髪、抜群のプロポーションとなるとマリルもいるが、この惹きつけられる感じと、首掛けタイプのビキニとパレオ、そして麦わら帽子と貞淑な美を意識した感じはベアトリーチェだ。

 ………思わず見惚れそう。

 

 となると隣の赤髪こそがマリルなのだろう。服装はいつもの黒い軍服をマント状にしてラフに過ごしているという、他の人たちと比べて厳粛である意味場違いな印象を受ける。とはいっても今回ここに大勢SIDのエージェントが招集できたのはマリルが任務として枠組みに収めて苦労してくれたからだ。

 

 内容は昨日のうちに把握済み。

 ここの近隣海域にて観測される時空位相波動のデータを収集するのが主。海域にて観測されるには非常に珍しいし、現在の脅威度は低いので今のうちの調査できるだけ調査したいとのこと。もし監視中に問題が発生するようなら速やかに対処するという内容だ。交代制で見張るとはいえ、チームを結成して顔合わせぐらいはしないといけない。その顔合わせに乗じて歓迎会を開くことになったのだ。

 

 ……アニー達は今回お世話になるログハウスで待機中かな? 

 アニーも「やることあるから先行くね! バイジュウのエスコートは任せた!」といってイルカとシンチェンを連れて早々に向かって行ったし……。

 

 とはいっても予想はつく。こういう時、早く出るのは大抵サプライズをするためだ。……俺自身経験はないから、本当に予測の範囲でしかないけど。

 

 バイジュウと「どんなサプライズが待ってるんだろう」や「アニーさん達の水着とか気になります?」などと談笑しながら向かうと、意外とすぐに別荘に着いた。

 バルコニーから見える水平線は星のようで煌びやかで、髪を撫でる潮風は語りかけるように優しい。

 

 ——あなたは海が何色に見えますか?

 

 その時、なぜか海の彼方から優しげな声が響いてきた。

 

「ん? バイジュウ今何か言った——」

 

「——ヤババババババババッッ!!!!」

 

 ドアが勢いよく開き、小さな身体が俺の腹部へと突撃してきた。

 特徴的な猫耳型ヘッドホンを外してるものの、この大きさと妙な言葉遣いは間違いなくヤツだ。

 

 ……だが待ってほしい。俺は駅前で何を飲んだ? そう、コーヒーだ。

 コーヒーは利尿作用があるんだ。利尿作用とは排泄器官を促進するものであり、早い話がトイレが近くなるということだ。嫌な予感がする。

 

 衝撃は両足で支えきれず、そのまま小さな身体と共にもたつきながら倒れ込む。

 背部に激痛。次に腹部に女の子の重量が叩き込まれる。そして猛烈に股部分にあの衝動が迸る。

 

 っ、ぅう…………セーフっ……!!

 

「レンちゅぅうううわああああぁぁぁぁんん!!! 今ね、声がしたの!!」

 

 小さな身体——シンチェンは腹部の上で怖いのか驚いているのか、落ち着きのない様子でソワソワと動き続け、俺のアレを弄ぶように刺激し続ける。無垢の恐ろしさここに極まれり。

 

「あっ、あっ……んっ! そうだねぇ……! 俺も聞こえた……っ! だからっ、話を聞いてあげるからっ、どいてくれる……っ?」

 

「わかった!!」

 

 シンチェンは勢いよく起き上がり、そして——。

 俺の、腹部を、ジャンプ台にして、華麗に離れた。

 

 ——チョロ。

 

 ………………嫌な音がしたな。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。