とりあえず次回以降からの投稿は1週間後となりますが、なるべく早く更新頻度を戻せるように頑張ります。
「男……? ギンが男……?」
混乱する頭で今一度ギンの身体を確認する。
上は付いてる。どう見てもあの感じは付いてる。パッドとかの誤魔化しが効くものではないし、露出度的にありえない。
ならば下はどうか。視線を下ろしてみるが分からない。スカートということだけ。
……両方あるってこと、ありえるの? そんな神話や薄い本でしか成立しないようなことがありえるの?
「見ての通り張りの良い乳はあるし、男根さえ無い身ではあるが、儂は正真正銘の『男』じゃよ」
「…………それってつまり、女ですよね?」
「うむ、この身体は真に正しき女性よ。見惚れるほど可愛くて綺麗じゃろ〜?」
呆れるほどワザとらしく、ギンは胸や尻を強調しながら身をくねらせて「どうじゃ?」と尋ねてくる。すいません、明らかに逆効果です。魅力半減です。
……考えてみる。答えは浮かびかけたが……同時にすぐさま沈んでいった。
理由は簡単。前提が違うということ。
先程浮かんだ答えは、俺と同じで『性別が変わってしまった』ことを予測した。しかし、妖刀の記憶通りなら少女は最初から少女であり、今こうしているギンという存在の肉体は女性のままだ。俺と違って肉体が変わったわけではなく、むしろ逆に精神面で性別が逆転しているのだ。生まれてから男であった俺が、あの日を機に『女の子』になってしまったのは少し違う。
「なんじゃ、そんな難しい顔しおって。やはり男と入るのは嫌か? であれば気を利かせて儂は男湯に行くぞ」
「待って! SIDでも言い訳できないレベルで即逮捕だから! 見た目は女の子だからこっち来て!」
「では、失礼するぞ〜♪」
ご機嫌な様子で足早にギンは女湯の暖簾を潜ってきた。
……いや、身体が女の子だから当然なんだが、こう『男』である事実を踏まえて見ると、どう足掻いても変態が突入してる場面にしか見えない。同性であるはずなのに鳥肌が止まらない。凄まじく嫌だ、来ないで欲しい。
「この中に衣類を入れるのじゃな……。ふむふむ但書の通りなら、これをこうして……おっ、開かなくなっておる!」
ダイヤル錠にも興奮するギンの様子を俺は横目で確認する。そこには生まれた姿のまま何度もダイヤル錠を開け閉めする無邪気な美少女がいた。
隠してる部位なんて一切ない。上から下までスッポンポン。アニメでよくある謎の光や過剰な湯気、それに不自然に視界を遮る障害物なんてない。タオルなんて心許ない障壁もない一面肌色状態だ。見える、見えるぞ、私にも秘部が——。
…………いかん、いかん、いかんいかん! なにマジマジと見てるんだ!! 自分ので慣れているだろうっ!! 想像しろ、胸なんてものは柔らかいだけの胸筋だ!!! 男でも付く時は付くっ!!!!! 今更興味津々で見るほど俺もお子ちゃまではない!!!
でも……でもでもでも。気になってしまう。
ギンは『男』——。それがどういうわけか、今まで感じたことがない高揚感を抱いてしまう。それが本当だというのなら、例え本人の口から「男根がない」や「真正しき女性」と言われても、自分の目で確認しないと落ち着かない。
その鼠蹊部には『ナニ』があるのか————。
「なんじゃ、なんじゃ〜♡ 儂の裸を食い入りよって〜♡ 女の子同士、珍しいものでもなかろう♡」
「ブゥゥウウウウウウ!?!!?」
覚悟が決まる前に、今まで側面状態でしか見れなかったギンが堂々と無防備に裸体を正面から晒した。
当然ない——。ないが……ないから見てしまう。教科書でも断面図しか教えてくれない女性の秘部を。眼球が飛び出すほどにこれでもかと。
「きゃあああああああ!! 破廉恥っ! そそそ、そんなに見せないでっ!!」
生娘全開の叫び声だが、今は自分への恥ずかしさなんて全部捨てられる。それ以上に相手の裸体を見るのが恥ずかしいのだから。
「銭湯だから裸は当然であろう。確かに男の裸なら見るに堪えんかもしれんが……女の裸なら他人であろうと見慣れておるじゃろ」
「だから見れないんだよっ! 俺だって男なんだからッ!!」
「ほ? ……ほー? ……ほうほうほう〜♡」
ニマニマと、そりゃもう下丸出しの嗜虐的でスカべな笑みをギンは浮かべた。一転して美少女の顔が台無しだ。鼻の下が伸びきっていて、同性であろうと背筋が凍りつく。
「そうか、男だったのか〜。儂と同じ男だったか〜〜! いや、歳のせいか目が悪くての〜〜!! 気づかなくてすまないの〜〜〜!!! レンちゃんが女に見えて仕方なくての〜〜〜〜!!!」
ウザいくらいワザとらしくギンは謝罪を言葉にする。
ヤバイ、なんかSNSのネタとしてよく見る叔父さん構文を思い出す。言葉の節々から魂胆が透けてきて身震いする。
「積もる話もあるじゃろうし、背中でも流し合いながら語るとするか? 今は女の子同士、興味あるじゃろ♡」
「いえいえいえ、結構です。マジで結構です」
「恥ずかしがることはないであろう! ……男なら『裸の付き合い』というじゃろ? 一緒に……隈なく洗い合いでもして親睦を深めようぞ♡」
「ひぃぃ……!!」
ごめんなさい、お父さん。ごめんなさい、お母さん。
娘となった身である息子は、今宵純潔を失うかもしれません。
…………
……
「なるほど……。呪いか何かで女の子になったと……」
「は、はい……」
……なんてことは俺の被害妄想らしく、極めて健全に身体を互いに隅々まで確認という名の流し合いをした。際どい触られ方もしたが、それも下心による手つきではなく、親心に満ちた優しい手つきだった。おかげで俺の身体は汚れ知らずの白肌だ。二重の意味で。
結果として互いに相手の身体的な性別は『女性』でありながら、精神的な性別は『男性』であることが分かり、どうしてそうなったのか、先に俺の事情の方から説明することになった。
…………マリルに許可もなく喋ってしまったが大丈夫かな? ここはひと気の薄いところだから、少なくとも先程の会話に聞き耳立てていた客はいなかったし、脱衣室ではプライバシーの都合で監視カメラは付いてない。俺が『男』である事実は、世間に漏れてることは万に一つもないとは思うけど……。
「はぁ〜♪ いつの世も風呂はいいのぉ〜♪ 月見酒が欲しくなるぅ〜〜♪」
なんて考えていたのに、こっちの悩みなんて露知らず。本人は電気風呂に身を落としていた。電気風呂は所定の位置で腰を置けば微弱な電気信号で血行促進されるとかいう効果があり、お気に召した様子でこれでもかと表情を柔らかくしてギンは寛ぎ始めた。
「しかし女性というものは不便よな。胸が浮いて落ち着かん」
「すっごいわかる……。気にしちゃって集中できない……」
「寝る時も不便だ。呼吸がしにくい」
「それも分かる……。胸が邪魔だからうつ伏せでゲームしにくい……」
「汗ばんで蒸せるしの……」
「超分かる……っ!!」
今分かった。最初に見た時の親近感の正体が。
それは同性の……より正確には『男同士の会話』……しかも『女になったことでの悩み』を共感し合えることができるのを直感的に察知していたからだ。久しく感じたことがない多幸感が体の底から湧いてくる。
そうだ、俺は男だ。男なんだから下世話な話をしていいじゃないか。女の子に夢見てもいいじゃないか。今の今までラスボス系お嬢様の「ヘタレ野郎」とか、SID長官の「ビール買い置きしとけ」とか、戦研部主任の「身体検査させて〜〜!」とか色々と女性に対する無情な現実を見せられた上に束縛されてきたんだ。今この瞬間だけでも、男としての開放感に浸っても許されるに決まっている。今誰でもなく男として俺が決めた。男は決意を曲げない、二言はない。
「お互いに苦労するのぉ……。そういう意味では男は便利じゃった……。特にチ○コは良かったのぉ……」
「分かる〜! ないと寂しいし落ち着かないし……」
「それに出す時も我慢が効かんしの。どれだけ我慢しても漏れるものは漏れる」
「それな〜……。漏れた時の恥ずかしさと言ったら……」
と、そこで周囲の視線に気づいた。同年代は一切いないが、叔母様方の視線がやけに熱っぽくも差別的だ。影口で「最近の子はデリカシーがないわね」や「でも盛んでいいじゃない」という会話が密かに聞こえてくる。
大人から見れば下品かもしれないが、ただチン○について話し合ってるだけだ。久々に気持ちが分かり合える男同士の会話なんだから水を差さないで……………………。
…………そこで思い出した。いくら俺とギンが元は『男』であっても、今現在は女の子なんだ。となれば事情はどうあれ会話の大部分は女の子が話してることになる。それを踏まえて先程の会話を振り返ってみた。
……どう見ても痴女の会話だ。
「ギン……一度やめようか」
「なんじゃ、下世話な話は苦手なのか?」
「そうじゃなくてね……」
思い返したら、溺れたくなるほど恥ずかしい会話だった。
「まあ、気にしないでおくか。電子風呂というのも堪能したし、次はどこに行こうかの……」
上機嫌に風呂から身を出して連絡通路の案内板を凝視する。古人であるはずなのに適応力が高すぎる。
「……サウナとは、蒸し風呂みたいなものか。現代ではどうなっておるか気になるし、湯を通さずに女体を見れるのも眼福よな」
そう独り言を終えた時、ギンは「お主はどうする?」と振り返りながら尋ねてきた。
……サウナか。……苦手なんだよなぁ。サウナ自体は好きなんだけど、入ってる人同士で我慢大会する暗黙の了解的な空気が。それによって妙に緊張感がある感じが。どうしても安らぎにきたはずなのに、逆の戦う感じになる雰囲気が。
「俺はいいやぁ〜〜……。ここでもう少し蕩けてるぅ〜〜……」
今は羽伸ばししたい気分だ。我慢大会する気が起きない。
俺の返答を聞くと、ギンは「なら儂一人で行くとするか」と特に気にせずに一人でサウナがある場所へと案内板を確認しながら向かっていった。
……って、ギンの『男』について聞くの忘れてた。これじゃあ、俺だけが話しただけじゃないか。
……けどいいか、また後にでも聞けば。それこそサウナから出てきた後でもいいだろう。気長に待とう。
——カポンッ。
——シャアアア。
……桶とシャワーの音だけが響く。時間にして10分くらいか。ギンが戻ってくることはない。我慢強いのか、単に道に迷って今頃サウナに入ったのか。戻ってくるまでもう少し時間がかかりそうだ。
長風呂で火照った身体を休ませるために一度出て、水風呂に足先だけ浸けて熱を逃していく。ある程度したら今度は手で水を掬って首や脇の下といった関節部に当て水をする。これを繰り返すと、身体は回復魔法に当てられたような清涼感を感じて気持ちがいい。
「あら? 奇遇ですね、マスター」
当て水を繰り返す中、そこで思いもしない人物の声が聞こえた。
その声の主を俺はよく知っているが、問題なのはどうしてそれがここにいるのか。俺は振り返って、この場では正装である裸族に話しかけた。
「珍しいね。ハインリッヒが外出してるなんて」
客観的に聞くと、ハインリッヒが引き篭もりみたいな感じになるので妙な罪悪感が湧くが、実際研究肌の引き篭もりなのだから仕方ない。
「私事がありましてね。そのために出ております」
「ハインリッヒの私事ね……」
今までハインリッヒが研究室が出る時なんて食事か、任務か、野暮用くらいなものだ。野暮用とはラファエルの関連することであり、忘れがちだがハインリッヒはラファエルの『随行員』としてサモントンの使者と度々交流することがあるのだ。
任務はOS事件みたいな大規模なものでもないと研究室での情報調査で済ますし、食事なんて研究に没頭して数日間食わないことさえある。ハインリッヒが外に出ることなんて結構稀なのだ。
だからこそ、ハインリッヒが『私事』で外に出るという初めて知る事実に不安を隠せない。一体どんな『私事』なのか。研究対象となる実験サンプルが不足してるとかその辺りだろうか。
「…………改めて見ると……やはり生前より一回り……いや二回り……」
「人前で堂々と自分の胸を揉まんでくださいっ」
「ご安心を。マスターからの授かり物ですから大事に扱います」
心配をしてるんじゃない。周りの視線を気にしてくれと言ってるんだ。先ほどまで男根について話していたせいで、俺に対する周囲の叔母様方の視線は余所余所しく、そこに自分の胸を揉む女まで近くに来たら誰でも変態の集団だと勘違いされる。
「それではお隣失礼……って、これ水風呂じゃないですか? マスターはそのようなご趣味が?」
「いや、湯冷めしてるだけだから」
「なるほど。マスターのご趣味ならば、それに合った物を作ろうかと思いましたのに……」
自宅に水風呂を作る必要はない。水掛けシャワーで十分だ。
「それでは、わたくしはこちらのお風呂にでも入りましょうか」
そう言って連絡通路のすぐ側のジェットバスに、ハインリッヒは身を置いて優雅な鼻歌をこぼす。
……ハインリッヒでも風呂は至福の時なんだな。誰にも邪魔されずに、伸び伸びと手足を解してジェットバスを楽しんでいる。案外風呂に入ることが私事だったのかも。ここなら合法的に裸族になれるし。
「……マスターは成長中と……」
……視線を感じた。具体的には胸部に、ハインリッヒの釘を打つような鋭い視線が。
気恥ずかしいことこの上ない。このままでは水風呂を浴びているの茹だってしまいそうだ。俺は隠すために同じくジェットバスに入り——。
「ちょ、なにこれっ!? くすぐったい!!」
男性では味わったことがない未知の感覚に襲われた。
なんだ、このゾワっとする背徳感は……。
そして、この言い表せない脳へと刺激は……。
こんなこと男の時には感じたことなかった。こんな未知の感覚は生まれて初めてだ。恐怖だとしても、何を恐れているというんだ? たかがジェットバスだぞ?
「あぁ〜〜……。マスターはまだまだ初々しいのですね〜〜……」
「蕩けるの早いな……」
「完璧な身体でも、人間である以上はどうしても健康に害は出ますからねぇ……。なぜ人間は数時間動かないだけで支障が出る欠陥品に進化したのか……」
さっきまで男性、女性の不便さについてギンについて話していたが、ハインリッヒからすれば人間自体が不便だと言いたげだ。やっぱ研究者の思考を理解するには、俺の脳ではキャパシティが追いつかない。
「レンちゃん、サウナとは実に良いの〜。蒸し風呂とはまた違った風流があって心地良かったぞ〜」
ようやくギンが帰ってきた。長時間入っていたのが見てわかるくらいには、身体中蒸れた熱気が吸い込んだ汗を出している。どうやら我慢大会の勝者のようだ。背後には同様にサウナで汗をかいたであろう元気がない叔母様が何人か歩いているのが見える。
まあ、ともかくこれで『男』についての話の続きが聞ける——。
「——待っていましたよ、貴方を」
と思ったその瞬間、俺とギンの間にハインリッヒが割り込んできた。その背中は俺の守るようにギンの前に立ちはだかり、突然のことに俺の頭が理解に追いつかない。
「下がってください、マスター。この方は未知数です。味方であるという保証はありません」
「何を言ってるんだよ……。ギンはただ気の良い……」
「——黙ってください、マスター」
空気が張り詰めるのが分かった。あのハインリッヒが、俺のことを崇拝してくれると自負してるのにも関わらず、身震いするような眼光で押し黙らせてきた。
——怖い、と本能的に感じた。それをハインリッヒは察して「ご無礼を」と優しい謝罪をしてくれる。
「おいおい……少女を困らせるのは、大人としてみっともないぞ? レンちゃんから離れたらどうじゃ?」
「貴方に用があると言っているのです。貴方さえ素直に応じてくれれば、わたくしもマスターを困らせずに済みますので、どうかお願いします」
「人に物を頼む時は誠意を込めることを知らんのか? せめて頭でも下げたらどうだ?」
「これでも下げてるんですよ?」
互いに言葉の刃で相手を斬りつけ合う。両者共に臨戦態勢だ。一触即発の気配を察して、周囲の叔母様方はそそくさと浴場から消えていく。
こんなハインリッヒが今まで見たことがない——。ここまでの敵意というか、警戒心を見せるなんてよっぽどの縁がギンとあるとでもいうのか?
両者の眼光が交差する。身長は頭二つ分は違うはずなのに、二人とも同じ背丈で睨み合ってるように錯覚する。それほどまでの凄みというか、緊張感がこの場にはある。逃げ出したい気持ちは大いに分かる。
そんな中、ギンはため息混じりに老人のような貫禄で告げた。
「……儂はお主みたいな佳人は知らんぞ」
「わたくしも、貴方みたいな老女は知りません。ですが……匂うんですよ。同族の匂いがこれでもかと」
ハインリッヒの言葉には一つ一つに棘がある。目に見えて敵対意識を見せており、その言葉は遠回しではあるが威嚇行為だ。まるで「関わってくるな」と言うかのように威圧する。
「——あぁ、そういうことか。街中でやけに濃く感じた『匂い』はお前か」
——匂い? 今度は何の話をしてるんだ……?
「では先に名乗ろう。儂の名はギンだ」
「それでは謹んで明かしましょう。我が名はハインリッヒ・クンラート…………」
理解ができない。二人の間に何があるというのか。
だってハインリッヒとギンは生まれた世代も違うし、何よりも国も違う。どう足掻いても接点らしい接点などできるはずがない。
だとしたら、この二人には何が——。
「あなたと同じ……『守護者』ですよ」
『守護者』——。
それは運命の囚人となった者の末路を意味していた。