来週もしくは再来週から第三章最終回(15節)まで毎日更新となります。詳細については追って報告します。
今までこの二ヶ月間、ひたすら強くなろうと頑張ってきていた。
だけど先日、ギンとの戦いで完敗した。そういう次元の話ではない力の差を見せつけられた。
そこでやっと気づく。そもそもとして『強い』って何なのだろうと。その意味によっては……エミリオが口にしていた『自分より強い相手には勝つには、自分の方が相手より強くなければいけない』という言葉の意味も分かるかもしれない、変わるかもしれない。
しかし、いくら模索しても答えは見つからなかった。その度に何が分からないのかを知りたくて、ギンに頭を下げて勝負を挑んだ。糸口さえ掴めずに途方に暮れていたから。
「——もう来るな。何度やっても一緒だ」
だけどギンは断った。続け様に「儂にはお前が求めるものは持っておらん」と言って。
それでも何かないかと助言が欲しいと申し込んだ。そしたらギンはこう言った。
「もうお前が持っておる。……無くしたなら拾ってくればよかろう」
その言葉の意図をすぐに察した。
だから……一度振り返ろう。
なんで『強く』なる必要があり、俺が求めていた『強さ』がなんであったのかを。
そもそもとしてスクルドを失った空虚感から、今度こそは守るために強くなることを望んだ。では『守る』ことに尽力すれば強くなれるのか?
それは違う。守るだけでは強くなれない。
では、戦うに尽力すればいいのか。それも違う。
ならば、勝つために尽力するべきなのか。いや違う。
すべてかと言われても違う。そんなのはヴィラが言っていた『何でも屋』であり、それは対応力が上がるだけで直接的な強さとは一切関係ない。
ならば強さのある根本とはいったい——。
…………
……
「わたくしなら、どうやってギンを倒すですか?」
自分の中である結論を見出した。それが正しいのかどうか、自分なりに確認するために、やらなければいけないことがある。そのためには、まず色々な人から話を聞かねばならない。まずはハインリッヒからだ。
「そうですね……。剣の腕においては手も足も出ないので、錬金術で足を凍らせたり、雷を打ち込んで神経を狂わせたり……とかですかね」
…………
……
「私がギン様を倒す、ですかッ!?」
続いて霧夕さんに聞いてみる。
「例え話だから簡単に考えて……」
「う〜ん……。どうすればいいですかね?」
『そもそも剣での勝負では無駄なのだ。ダークリパルサーサンシャインとか言いながら、距離を置いて弾幕でも張っておけ』
「そ、そんな技は知りませんっ!」
…………
……
「ギンさんに勝つ方法……」
三人目、アニー。決闘については目の前では見てはいないが、ハインリッヒが映像を記録してくれていたおかげで、SID関係者ならギンの存在は知れ渡っている。
「無理だね、絶対に無理。野球ならワンチャンあるかな〜……って感じ」
…………
……
「闇討ち、ですわね」
「毒を盛る。手段は何でも良いのでしょう?」
ソヤとベアトリーチェは無慈悲なくらい簡潔に答えてくれた。
……いやまあ、確かに手段は決めてないからいいけどね。勝つにしても色々あるんだから。
…………
……
「……それを聞きにきたってことは、レンちゃんなりの答えでも見えてきた?」
今度はエミリオとヴィラに聞いてみることにした。内容は先ほどまで一緒で『ギンに勝つ方法』——。
しかし、読心術持ちであるエミリオの前ではこちらの魂胆は透けているようだ。
「……内緒ってことで」
「ふ〜〜〜ん? じゃあ私達からの返答も秘密でいい?」
「いくらなんでも悪戯が過ぎないか、エミ?」
「いいの。本人にとっては答え合わせなだけでしょ?」
「うん、それだけあれば十分だよ」
…………
……
「……それで、私にどのような御用で?」
最後にファビオラと聞いてみることにした。彼女だって俺と同じ……それ以上にスクルドを失った無力さに打ちのめされている。
彼女はエクスロッド暗殺計画において無事だったということもあり、安全を第一とするために、エクスロッド家から解雇という形をされてスクルドの身体と共に雲隠れ。現在はSIDにて最高レベルのセキュリティで保護されている身だ。
だが、それで大人しくするようなファビオラではない。日夜ハインリッヒや愛衣と共に話し合い、自身の戦闘技術や武器を研磨しているのだ。
現在危篤状態であるスクルドが帰ってきた時…………今度こそ自分の使命を全うするために。
だからこそ、俺と似たような心境を持つ彼女には、エミリオが問いた言葉遊びにどうやって返すのか知らなければならない。
「ファビオラはさ……自分より強い相手と戦う時、どうする?」
「はぁ? どうするも何も、戦う以上は目的を果たしますよ?」
呆れ顔でファビオラは答える。その表情からは「お前は何を言ってるんだ?」と言いたげにも見える。
「大体、アンタが……そう、アンタみたいな馬頭の鹿頭がそんな質問するのがおかしいのよ? 誰かの入れ知恵?」
「エミリオからの入れ知恵かな……」
「あ〜、軍人上がりの聖女様ね。大方『自分より強い相手を倒すには、自分の方が強くないといけない』的なこと言われた?」
「よくご存知で……」
「軍での訓練だとそういうのよくあるの」と懐かしげにファビオラは零す。どうやらエミリオがいた軍事学校だけが受ける問答ではなさそうだ。
「私としてクソ喰らえって、感じの理屈ですけどね」
「何で?」
「何でも何も……戦う以上は勝たなきゃいけないでしょ。国を守るにしろ、人を守るにしろ。『強い』も『弱い』もない。それが『戦う』ってことでしょ?」
——ああ、ようやく納得のいくピースが全部埋まった。
これだけあれば十分だ。今まで自分が持つ強さを二ヶ月間も求めて…………ずいぶん遠回りして、やっと強さの本質を知れたと思う。
「……ありがとう。参考になったよ」
「そうですか。お力になれたようで何よりです……『ご主人様ぁ』」
……何故かSIDで保護することになった時、メイドとしての雇い主になったのが俺だというのは内緒だ。正直、その身分は俺のメイドカフェ時代のバイトを思い出してしまって背中が痒くなってしまう。
…………
……
「なんで私には助言を求めないのよっ!!」
「だってラファエル、戦うよりも治療要員じゃん!」
ちなみにラファエルには珍しく手が出るほど怒られてしまい、両頬を抓られ続けて赤くなってしまった。
バイジュウにも話を聞きたかったが、日夜研究に明け暮れる彼女に会う時間は取れなかった。
…………
……
そして翌日の夕暮れ時。俺はある場所に向かおうとする。当然、今日まで鍛錬に明け暮れていた霧守神社だ。ギンともう一度話すために荷物を纏める。
俺が無くしていたもの。俺が得た答えを胸を張って言えるものだと証明するために。
「こんな時間に外出か? 男遊びでも覚えたか?」
「……マリル」
玄関前、そこで久しく見た顔であるマリルがいた。連絡自体は取って声は聞いていたが、二ヶ月間も空いていると少し程度の風貌の違いは出る。俺もマリルも。
「まあ、そんなとこです」
「……恥ずかしがることもなく受け入れると、こちらの揶揄い甲斐がなくなるな」
「実際、男のとこに行くのは間違ってないし」
「それもそうか」
軽口を言い合える中になったのは、ある種の成長であり、親離れでもあるのだろう。今まで俺はマリルに頼り過ぎていた。高崎さんの時に背伸びし過ぎてしまったが、今なら胸を張って自然体でいれるだろう。
「……大きくなったな。男しても女としても」
「発育に関しては言わないで……」
「……それに人としてもな」
優しい笑みを浮かべて、マリルは慣れない手つきで俺の髪を乱雑させながら撫でてくれる。
……こう、マリルに裏表なく素直に褒められると、弄られるより恥ずかしい気持ちになってしまう。
「祝いだ。持っていけ」
そう言ってマリルは空いている片手に紙袋を手渡しくれた。
中身を確認してみると、これまた大事そうに梱包された大きい包箱があり、包装にはマリルお気に入りのお酒の銘柄が印字されていた。俺もよく知っている銘柄で、品にもよるが相場にして何十万から何百万とする有名店の物だ。
「……俺、未成年だけど」
「なら成人になるまで取っておけ。……もしくは振るうべき相手がいるだろう。行くだけ行って手土産がないのは失礼だからな」
……手土産か。こういう細かいところはまだまだお世話になってしまいそうだ。ありがたく受け取っておき、感謝の言葉を伝えると俺は玄関を開けて告げる。
「行ってきます、マリル」
「行ってこい、レン」
外の景色を見る。今日の天気は大雪だ。
…………
……
時刻は進み満月の夜。雪景色に覆われた建造物の数々は喧騒なほど眩いネオンライトに染まり、クリスマスや年末年始への足音を大きくする。そんな中、時代に取り残された静寂さで霧守神社は篝火だけを灯して来訪者を待ち続けていた。
石造りの階段も今ではどこに段差があるのか分からないほど撫らかに降り積り、少しでも足を踏み外せば足を挫いてしまいそうだ。こういう時、除雪作業を速やかにできないのが人力と機械との明確な差だと思う。正直、ある程度は助勤の方々も常駐させた方がいいと思うよ、霧守神社さん。
「…………もう来るなと言ったであろう。おぬし、決死の覚悟は出来てるじゃろうな?」
階段を登りきった先、そこには最初に出会った時とはまた違う着物を羽織るギンが月を肴に酒を嗜んでいた。
本人はどうみても未成年なのだが、どうやら昔の時代は飲酒に年齢制限などないらしく、日々ギンはこうして酒を飲んでは思い耽る。楽しんでいるはずなのにどこか悲しげで、月の『その先』を見続ける。
——まるでそこに『誰か』がいるみたいに。
それは情景としてはあまりにも神秘的で——。外見はともかく、中身は『男』だというのに思わず見惚れてしまうほどに。
「……ただ一緒に話し合いに来ただけだよ」
「なに? 手合わせではなく、一緒に月見に参ったじゃと? 何を言い出すかと思えば貴様——」
「これな〜んだ?」
マリルから貰った紙袋から包箱を取り出してギンに見せつけると、瞳の色を分かりやすいほど変えて凝視してきた。
中身についてはまだ言ってないというのに、人間離れした嗅覚で把握したのか、寒さで赤く染まる鼻を動かすと途端に何とも言えない表情を浮かべる。
「ま、まあ酒を持ってきておるなら、崖から突き落とすのは明日の朝まで待ってやらんこともないが……」
最終的には言葉を弱らせてこちらの同伴を許してくれた。すかさず酒に合うと聞き覚えのあるツマミを取り出していく。
明太子入りチーカマ、あたりめ、干しだこ、茎わかめなどなど……。
……あと酒とか関係なく俺自身が好きなポテトチップスやチョコ菓子とか。
「おお……」
現世の安売り嗜好品を見て感動を隠さないギン。昔の嗜好品と今の嗜好品では種類にかなりの差がある。これには堪らないに違いない。俺だってこんな大人買いは初めてでワクワクしてるんだから。
「今日は話し合おう。結局、ギンが『女の子』になった話はまだ聞いてないし。俺だけ話すのも不公平でしょ」
「……それもそうじゃな」
特に渋る様子もなく雪の絨毯を足で払い除けて、羽織っていた着物を一枚敷いて俺が座るところを作ってくれた。
「長くなるが、よいか?」
「いいよ、そのためにこうして用意したんだから。夜明けまで語り合おう」
「女子の夜遊びは感心せんぞ?」
「今は男同士、でしょ?」
「都合の良い時だけ性別変えよって」と呆れながらもギンはツマミを口にした。気品に満ちた口運びは高貴な生まれ育ちだと想像することはできるが、生憎と静寂しかない霧守神社ではどんなに小さくても咀嚼音が聞こえる時点で台無しである。
でも……それくらいの雑さが男らしい付き合い方だろう。俺もポテチの袋を豪快に開けると、負けないくらい煩くポテチをパリッと噛み砕いた。
「では話すとするか。儂が女になった理由……それはこの身体の『本来の持ち主』である『霧吟』のおかげであり——」
それは感謝と幸福を込めた賛辞であり——。
「どうしようもなく、無責任だった儂のせいでもあった」
——後悔と不甲斐なさに満ちた懺悔でもあった。
…………
……
始まりはいつからだったか。何もない『無』に等しい世界で、男はひたすらに無意味に漂い続ける。どれくらいの時間を無闇に過ぎ去り、どれくらいの思考を無駄に重ねたか。
一年? 十年? 百年?
…………あるいは千年を超えるか。
答えはどこにもない。男のいる世界は現世とはまるで違う定義で成り立つもの。そこに体感的な時間はあっても、相関的な時間などはどこにもない。
その瞬間こそが今であり、過去であり、未来でもある——。そんな世界で男は自ら望んで一人ぼっちで漂い続ける。
——結局は輪廻転生といったものはなかったのぉ。
と何度目かも分からぬ思考を男は繰り返す。後悔などありはしない。元々剣以外の全てに対して無頓着であった命なのだから。これは罪の重さであり、同時に罰でもある。それだけが男が実感できる心の動きだった。狂うことなく、狂った安心感で漂い続けるのだけが。
…………そんな空虚な世界は突如として終わりを告げる。
再び無間の闇の中で思考だけを重ねる中、何もない世界に突如として『光』が差し込んできたのだ。
とても温かくて……。とても懐かしくて……。
とても安らいで…………。とても気持ちよくて……。
男はありもしない手を光へと差し伸ばす。
すると、その手に握り返してくれる者がいた。それは細くしなやかで、慈愛に満ちた女性の手だ。
温かな手は『魂』を抱く様に男を包み込み、子守唄を歌うように優しく告げた。
——おいで、もう一人じゃないよ。
そこにはあるのは、無償の■だった。
かつて男は『無』に至るために様々な物を切り捨てた流浪者であり、だからその末路としてこうとして無間の闇を彷徨い続けることになったというのに。
……それを掬い上げるのが、同じ『無』であるはずなのに、すべてを抱き止める者とは何と皮肉なことか。
——生まれよう。もう一度、世界に。
声に導かれ、男の『魂』は光に向かって浮上する。
……闇の底では『何か』がいることに気づくことさえなく。
…………
……
「……っ! ……ろっ! おい、起きろっ!!」
頭痛がする。猛烈な頭痛がする。
ただでさえ痛みが引かぬというのに、周囲からやけにうるさい声が聞こえてしまっては、誰であろうと嫌でも重苦しい意識が起きてしまう。
男は久しく視界を開き見上げる。
……見知った天井だった。木板で構成されており、根強い長寿の樹を使っていることから雨漏り一つない。
「ええい、うるさい……。この老いぼれに——」
長い間、闇の中にいたがどうやら世界というのはそう簡単には様変わりしないようだ、と呆れながら男は起き上がると——。
……たゆん、たゆん。
……ぽよん、ぽよん。
……ぷるん、ぷるん。
——と今まで感じたことない違和感を男は覚えた。
「……? ……?? ……???」
その正体は自分の身体から伝わってくる。それも胸部から。
どういうわけか意味も分からぬまま視線を下へと向ける。
——そこには男の身には似つかわしくない、大きくはないが非常に整った『女性』の胸があったのだ。
「……どわぁああああああああああ!!?!? なんじゃぁぁあああああああああああああ!!?!?」
未だかつてない衝撃が男の脳を混乱させる。
確かに永劫にも近い時間を闇の中で過ごした。生前の姿さえ思いだせないほどに記憶は摩耗しているだろう。
だが、それでも……少なくとも男の性別が『女』であったということは決してない。
——まさか本当に身も心も妖になったのか?
狐にも包まれた感覚のまま、自分の姿を確認すべく姿見を男は探す。この際なら水面に映る姿でも良いと必死に探す。
そこでようやく見つける。鏡ではないが、疎らに砕けた刀身。そこに鏡の様に映る自分の顔を。
——どう見ても生前の自分とは絶対違うと確信できる『女性』の顔があった。
「はぁ!? 誰じゃ、この女は!?」
「お前の顔だろうが!!」
「誰に向かって口を聞いておる、若造が! まずは事情を話せっ! 何故儂がこんな花のように可愛くも美しい女子になっておるのか!!」
「…………もしや、本当に宿したというのか?」
「はぁぁあああああっ!? お前は何を言っておるのだ!?」
男としては気が気でない。もしも妖狐か何かに喰われて、この身として誕生したというのなら、生前に首を落とす決意さえした妖怪扱いされることが笑い話にならないのだ。
『あの……。私の声、届いてますかぁ……?』
「あ゛ぁん゛!!?」
『野蛮が過ぎる声を私から出さないでください!』
「…………ん? お主の声……どこかで……」
混乱が加速する中、どこからか……それこそ『魂』の奥底から聞き覚えのある女性の声が届いてきた。
その声を男はよく知っている。
無間の闇から掬い上げてくれた女の声だ。
——何故、自分の『魂』から、その女性の声が届いてくるのか?
そんな疑問なんて「どうでもいい」と言う様に、女性は凛とした声で男に名前を告げる。
『私の名前は『霧吟』——。貴方の魂を宿した者であります』