魔女兵器 〜Another Real〜   作:かにみそスープ

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仲がいいだけが『百合』じゃないんだよなぁ。


閑話② 【少女と日常】
第1節 〜ラファエル・デックスは静かに暮らさない〜


 ————後に『OS事件』となる日のこと。

 

 レン達が海岸でバーベキューパーティに明け暮れてる時、御桜川女子校の屋上にてラファエルは群がる鳩に餌を撒きつつも、退屈と向き合っていた。

 時刻は放課後ではない。むしろ午後の授業の真っ只中だ。だがラファエルは無断で授業を更けているのではない。正当な理由でここで個人的な「授業」をしているのだ。

 

 内容は非常にシンプル。高すぎる芸術センスが災いし、課題という課題をすぐに熟してしまい、現代美術で履修すべき時間を持て余してしまったのだ。

 本来は履修しないところも、教師は手持ち無沙汰なラファエルに伝えたがそれも終わり、ならばと教師の助手としてクラスメイトに享受する立場も授かったが、ラファエルのセンスに凡人が追いてこれるのは難しく、現段階で教えられる技術はすべて伝授してしまった。

 

 さすがに「何もしない」という「教育」を教師自ら行うわけにはいかず、「自習」という形でラファエルは美術の時間から解放されているのだ。

 

(とは言っても、レンもアニーも任務中だし……)

 

 内心ではレンのことを『女装癖』と呼ばないのは、ラファエルのちょっとした拘りだ。別に呼んでもいいのだが、女装癖と呼ぶと「好きでしてるんじゃない!」と顔を赤くして弁解するレンが好きなのであって、別に女装癖という愛称自体にラファエルが特別好んでるわけではない。それはそれとして女装(?)するレンは好ましくはあるのだが。

 

 しかし暇を持て余してるといっても、好きにできる時間は一教科分だけだ。いくら御桜川女子高が進級するための最低単位が多くはないとはいえ、SIDの任務や訓練で抜けることも考えると、次の教科さえもサボって街に明け暮れるのは賢くない。

 

(ハインリッヒもあっちに行ってるから暇ね……)

 

 特徴的な羽がついた髪飾りを指で弄りながら、ラファエルは新豊州を眺める

 もうすぐ終わりを告げる秋模様。曇りない晴天。頭を優しく撫でるそよ風。喧騒ながらも鮮やかな色を見せる新豊州の活気。考え事してたら頭にハトの糞が落ちてきたさえ今のラファエルには些細なこと。

 ラファエルの芸術センスに熱が走る。そして出た結論は以下の通り。

 

(アウトローになろう)

 

 こんな満天の青空の下で時間を潰すだけなのは勿体ない。狭い教室の中で本と向き合うのはもっと勿体ない。ならば学校から出よう。次の授業など知ったことではない。ラファエルは脱兎の如き勢いで校舎を駆け抜け、施錠された校門を乗り越えて学外へと飛び出していった。

 

 

 

 ────実はこの人、根はバカなのだ。

 

 

 

「何してるのかしら、あのナメック星人は……」

 

 窓際の席で数学の証明問題を解き明かして暇を持て余していたニュクスだけが、そんなラファエルの姿を目撃していた。

 

 

 

 …………

 ……

 

 

 

 今日という日は商業地区を歩くだけでは物足りない。

 そう感じたラファエルは、公園のトイレで鳩の糞を念入りに落とした後に、街中のレンタルバイク店に駆け込み、慣れた手つきで書類に筆を走らせる。手続きを済ませると店員からキーを奪い取り、店外の駐車場にある車種へと飛びついた。

 

 ラファエルが借りたのは中型ホバーバイクだ。近代では一部の軽自動車や二輪車などは既にタイヤではなく、浮力で進むのはもう常識のことだ。特に驚きもせずにラファエルはバイクに不調がないか確認を取る。

 

 借りたバイクは無骨で力強さを感じるデザインだが、橙色の搭乗席に白を下地とした赤いハートマークのデコレーションが施された装飾が、ラファエル一推しのポイントでもあったりする。

 

(こうして乗るのも夏以来ね)

 

 第四学園都市──『サモントン』にいた頃は、信仰心が深い自国では逃げるようにバイクに乗って穀物や麦を耕す黄金畑へ駆け出したことが何度かある。

 第五学園都市──新豊州に来てからは、夏場に一度ストレスでご立腹だったところを当たり構わず爆走した覚えもある。勢いのまま地区という地区を走り抜けて、『タイワン』という場所でタピオカミルクティーを飲んだこともあった。

 

 思い出はここまでだ。感傷に浸るためにここに来たのではない。『世界』を広げるために、ラファエルはここに来たのだ。

 ヘルメット、ゴーグル、プロテクターといった防具一式に身を包み、バイクのハンドルを少しずつ捻る。そしてある段階に達したところで、壊れるほどハンドルを全力で捻り、街へと走り出した。

 

 流れゆく街並み。うるさいほど主張が激しい広告も、蜃気楼のように歪み、瞬きの後にはコンビニエンスストアに早変わり。再度瞬けば今度は建設工事現場の作業へと流動的に変わっていく。

 十字路を曲がれば世界は一転。この時間帯から酒に飲む自由人、裏道でタバコを吸う学生達、見回りを続ける警官。警官が見えた瞬間、この時間帯で遊び呆ける自分に事情聴取されるのは面倒だと感じて、再び表通りへと戻る。

 

 世界はこんなにも統一性がない。平等を謳いながらも、こんな僅かな範囲ですら個という個がぶつかり合うのは人間の中身が滲み出ている。早い話が生き汚い。

 だけど、ラファエルからすればこうやって人が生きてる方が好ましい。サモントンにいる国民は信仰心が強いせいで、何をするにしても『神にお願いする』『神のせいにする』『神のおかげにする』——。この自己逃避が嫌悪するほど大嫌いなのだ。

 

 しかし、それはラファエル自身が神という宗教思想を嫌っているわけではない。むしろ総督の孫娘ということもあり、宗教思想に関しては常人よりも人一倍理解してさえいる。レン達に関わってから『魔女』や『魔導書』が何だとあるが、今でも神様という存在を信じるほどには信心深いのだ。

 

 だからこそ自国民だけでなく全世界にいる信者という名の『腑抜けた神の崇拝』を嫌悪しているのだ。

 

 何故その姿勢をラファエルは嫌悪しているのか。それには当然彼女なりの理由がある。

 

 宗教の歴史は遡れば色々と起源があるが、現代において特に名が広まっているのは当然『キリスト教』だろう。

 キリスト教とは起源や宗派などが様々であり、一纏めで括るのが非常に困難なものだ。たかが宗教だろう、とも思うかもしれないが、それで括れるなら某新世紀アニメも「ガソダムと同じロボットでしょう?」や、古く続く論争である「里と山、どっちもチョコ菓子でしょう?」と括られても文句を言ってはいけない。

 

 とはいっても実際、数が多過ぎて全てを例題にして解説するには無数の時間がかかる。だからあえてここは近代において最も根深くて普遍的な『旧約聖書』から派生したキリスト教を例にしよう。

 

『旧約聖書』——。あるいはただ単に聖書と呼ばれる聖典こそが、キリスト教における教義の中心となっている。

 その内容は全貌を知らなくても単語だけなら聞いたことが多い人はいるだろう。『ノアの方舟』『カインとアベル』『バベルの塔』と様々なものがあるが——。ハッキリ言えば、そのほとんどにおいて『神』は『神』でしかなく、『人』は『人』であることを謳っている。

 

 神からの天啓を聞いて、ノアは方舟を作りあげて神が起こした荒波から生き延びたが、最終的には神の干渉を拒んで人の世を作り上げた。

 アベルとカインも農作物のいざこざで殺し合ってしまったというもので、神の介入などはどこにもない。

 バベルの塔も、人が神の領地に踏み入れようとした末に神の逆鱗に触れて『塔だけを壊した』お話だ。

 

 それらにおいて『神』は『人』の力になったことはない。荒波を乗り越えた方舟を建造したのも、塔を作り上げたのも、殺人という罪を作り上げたのは全て人間だ。『神』は一度たりとも手を貸してはいない。

 

 それらが起こした活力と生き方こそが聖書が唱えたいものだとラファエルは考えている。

 

 何が我々は神の名の下に裁きを下すだ。神の名の下に裁きを下すな。人の名の下に裁け。

 

 何が神は常に我々を味方しているだ。神のおかげにするな、人の力で成したことだ。

 

 そうやって自分の責任から逃避する『自己を持たない信仰者』こそ、ラファエルは最も嫌悪する。吐き気を催すほどに。

 本当に神を崇拝するというのなら、人間がすべきことは吐き出すことだけだ。『これからテストで100点を採る』だの、『テストで100点採った』だの、何でもいい。これから人間が起こすことを黙って見ていて欲しいと祈るだけだ。起こしたことを知ってほしいと懺悔するだけだ。

 

 人間が起こした過ちも、成果も、全部人間のものだ。だからこそ人間の営みは美しくも汚く輝き続ける。

 

 だというのに——。ラファエルは自国民の腑抜けっぷりを思い出す。

 

 確かにサモントンは富裕層と貧困が極端に分かれている。だからこそ宗教思想が根付いて常に神の名の下に平等なのだと謳っている。

 だからといって、それで納得して自分の全てを神に委ねて生きるなんて、本来持つべき思想とはかけ離れている。幼少期のラファエルは忌むべき思想を確かに持っていた。だがラファエルは『本当の奇跡』を知ったことで変わった。「そのままではダメだ」と。

 

 もし本当に神様がいるとしたら——。12歳の頃、うっかり水に落ちて気を失った時に感じた『暖かい光』だ。あれこそが神の恩恵なのだと、ラファエルはずっと思ってしまっている。

 

 あの時、確かに『誰か』の手によって救い出された。そのイメージが今でも強く残り続けている。

 

(……そういえば『暖かい光』って、私が回復魔法を使う時のイメージと一緒よね)

 

 何の因果か、と思いながらもラファエルは商業区の端まで来た。ここから先は山が聳え、その麓には『霧守神社』という先程までラファエルの思考で中心にいた神様を祀っている神社があるだけだ。

 

(……戻ろうかしら)

 

 思った矢先、控えめな空腹の訴えがラファエルから鳴った。近くに飲食店などはないが、神社の案内板を見る限り境内には『精進料理』というものを提供する食事処があるようだ。

 

 しばし考えたものの、和風料理はそれほど口にしたことはないと思ったラファエルは、これも何かの縁かと思いながら霧守神社へと足を踏み入れた。

 

「いらっしゃいませ。……お一人様でしょうか?」

 

「見ての通りよ。……って、意外と若いわね。アルバイト?」

 

「一応は巫女をしてるので店主、という扱いでして……。まだまだ修行中の身ではありますが」

 

 少々及び腰で自信がなさげだ。とはいっても、それと料理の味が関わる影響はそう大きくはない。ラファエルは気にせずに案内された座敷へと座り、松竹梅でランク分けされたメニューの中でお嬢様らしく一番位が高い『松』——ではなく真ん中の『竹』を選んだ。

 

 理由は単純。ラファエルはA級とかB級グルメとかの階位ではなく、純粋に料理の味や質をこよなく愛するからだ。故に『平均的』な味が知るために『竹』を選んだのだ。

 

「少々お待ち下さ——。あっ、いらっしゃいませ」

 

 注文を終えたところで、さらなる客が霧守神社にやってくる。ラファエルが言えた義理ではないが、こんな祭事でもない何でもない時期に神社にやってくるのは相当な物好きか、信仰心があるかのどちらかだ。

 

 ラファエルはそんな珍客は誰のかと思い、視線を動かし————即座に素知らぬ顔で珍客から視線を外した。

 

「……貴方はこんなところで何してるんでしょうか?」

 

 だが珍客はラファエルを逃しはしなかった。ガッシリと両頬を摘まれて無理矢理視線を合わせられる。

 

 そこにはラファエルの中で嫌いな人ランキング上位に位置する女——。同学年にして元マフィアの一人娘である『ニュクス・ストラッツィ』が影が入った笑顔で睨みつけるという器用なことをしていた。

 

「はひよ。ほほへをははひはひゃい」

 

「何よ、はこちらの台詞です。無断で学校外に出てるから校長も教頭も大騒ぎしていますよ?」

 

 ——流石に何も言い返せない。現にサボってるのは事実であり、午後の授業を耽るのは教師達からすれば気が気でない。それも留学生の上にサモントン総督の孫娘というのなら尚更だ。

 

 ラファエルはニュクスへ特に当たるような口振りはせずに、両頬に触れられるニュクスの指を軽く弾くと、テーブルの上に予め添えられていたおしぼりで両頬を冷やしながら言う。

 

「サボっただけよ……。どうせ歴史の授業も都合のいい記録しかないんだから聞く価値ないわよ」

 

「遅すぎる中二病か何かを患ってるのでしょうか? ……というか、貴方少し変わりましたわね」

 

「はぁ? 何も変わってないわよ。あんた如きに私の何がわかるっていうの?」

 

「そうした理解を深めるために私と話してみますか? こうして皆が出払っているの希少ですし、何より同じSIDの一員なのですから」

 

 ラファエルが心底嫌そうな顔をしながらも、巫女店主はをもう一度呼んで「注文変更。『竹』を取り消して『松』二つと、善哉二つ」と改めて注文し直した。

 

「アンタの奢りね。それでいいなら聞いてあげる」

 

「……まあ、いいでしょう。所詮は子供じみた反抗ですし」

 

 とクスクスと小馬鹿にするようにニュクスは笑いながら席についた。巫女店主は二人のために程よく温かいお茶を置いていくと、注文変更を再度確認して厨房へと戻っていく。

 

「……で、何よ。私のどこが変わったというのよ」

 

「……さあ? けど最初会った時ほど嫌悪感が薄くなってはいるのよ」

 

「私は現在進行形で濃くなってるわよ」

 

 ラファエルに苛立ちが募る。先程「少し変わった」と言ったことで多少の興味を持ったから話を聞いているというのに、頭から有耶無耶にされては意味がない。

 

「やっぱりアンタみたいな女と食事するなんて間違ってたわ。食べたら即刻解散よ」

 

「……昔の貴方なら話を聞く前に絶対に拒否してたか、今みたいな状況になったら即座に出て行くとは言っておきますが」

 

 ……そう言われると「確か」とラファエルは考えてしまう。そもそもニュクスと一緒に食事をしようか? という考えが浮かぶこと自体がラファエルにとって異常なのだ。その異常こそがラファエルの変化であり——それがニュクスにとって好ましいと思っているのだ。

 

 だとしたら、その『変化』とはいったい——。

 

「……そういう気分なだけでしょう」

 

 答えが出ないままラファエルは言葉を濁しながら言う。対してニュクスは「そう」と大して気にもしない様子で返答を聞き、お茶を少しだけ口にする。それを見てラファエルも口寂しくなり、会話も進まないことから二人してお茶を飲むだけで時間は過ぎていく。

 

 やがて巫女店主が精進料理と善哉を作り終えて、ラファエル達の前に配膳される。精進料理とは肉は使わずに、豆類や一部の野菜を省いたものを煮たり焼いたり和えたりする料理だ。色合いは全体的に塩っけのある茶色であり、香辛料もないことから食欲を唆る匂いもせず、二人は遅くも一定のペースで無言のまま食事が進む。

 

「……こういうところも変わったと言いましょうか」

 

 半分ほど食べ進めたところで、ニュクスはようやく自分が気にしていたラファエルの変化の片鱗を口にした。

 

「……一緒にご飯を食べることが?」

 

「それもありますし、先程の時間……今までの貴方なら嫌うことでは?」

 

「はっ! 嫌いな相手と会話しないほど嬉しいことはないでしょう? 今も昔も変わる訳ないじゃない」

 

「一緒の空気を吸うことすら拒否しそう関係なのに?」

 

 これまたラファエルは黙ってしまう。それも事実だからだ。ニュクスと一緒の空間にいることなんて考えられないからだ。

 例え『○○しなければ出られない部屋』とかに入れられたら、内容にもよるが速攻で解決して一刻もはやく出て、とりあえずは服から髪を洗い流すほどには嫌悪感を持っていたことは覚えている。

 

「それに前なら私がどうこう言おうと貴方は噛み付いてきたわ。いえ、恐らく私に近しい雰囲気を持つ人達すべてに……。周りが全て敵だと言うように……」

 

 ラファエルはニュクスの言うことを否定しない。現に今でも嫌いでしょうがなく敵対視している人は多い。思い浮かべるは祖父でありサモントン総督であるデックス博士から、自分と同様に数多くいるデックス家の従兄弟や従姉妹達……。特に『天使長』の名を持つ最年長には吐き気が覚えるほどに。

 

 

 

 

 

 ——だけど、どんなに思い浮かべても、それら全ての嫌悪を退ける好意的な顔が一番最初に出てくる。

 

 

 

 

 

 それは犬みたいに従順で、猫みたいに気ままで、兎みたいに寂しがり屋で、亀のように呑気で、鳥のように自由で……しかもその上にゲーマーで変態で女装癖でロリコンで馬鹿…………と長々と思い浮かべたところでラファエルは「私は何を考えてるんだ」と頭を振るう。

 

「それも……可愛い後輩ちゃんができたからかしら?」

 

「……はぁ。認めるわ。そうね、私はレンと会ってからちょっと……ほんのちょっっっっっっっと変わったわね」

 

「誰も『レンちゃん』とは言ってないわよ? ふふっ……」

 

 ——頬が熱くなるのをラファエルは感じた。それを誤魔化すように精進料理を次々と口にし、すぐさま善哉を頬張り始める。まるで先ほどまで思い浮かべていた馬鹿のように。

 

「……レンちゃん、良い子だものね。私もあの子おかげで助けられたような物だし……」

 

「まあ、アイツなら誰彼構わず助けようとするわね」とラファエルはまるで自分ごとのように誇らしげに聞く。

 

 そんな表情を浮かべたラファエルに「そういうところよ」とニュクスは、まるで年上の先輩として助言するように言う。

 

「貴方、以前までは協調性とか皆無だったのに……レンちゃんと会ってから壁がなくなったのよ。同級生も『最初からあの雰囲気なら近寄りやすかったのに』とかため息ついてるわよ?」

 

「それ暗に私が『ぼっち』だって言ってる?」

 

「事実でしょう。あなた、お昼ご飯さえもどこか行ってるじゃない。十中八九、レンちゃんのところだとは思うけど」

 

「外食もしてるわよ。牛丼チェーン店とか、ワクドナルドとか……」

 

「それはそれで孤独のグルメよ?」

 

「ぐぬっ……!」

 

 言い訳しようとあまり考えずに言ったことが、墓穴しか掘っていないことにラファエルは悔しさを覚える。

 

「だから私もそろそろ『友人』としてお付き合いしようかと思うの。……いつまでもクラスで孤立するのは少々心苦しいでしょう?」

 

「余計なお世話よっ! 進級したらクラス替えもするんだし……」

 

「でも同学年に友達いないでしょう?」

 

「い、いるわよ……。隣の、クラスの子とか……」

 

「『名前』も言えないような子は友達って言える?」

 

 

 

 ——痛烈にニュクスの言葉はラファエルに刺さった。何故ならラファエルはその『名前』を素直に言えてない人物がいるからだ。

 

 いつもいつも『女装癖』『変態』『馬鹿』と色々と愛称のデパートとなる男にして女という変わった『レン』という子——。

 

 ラファエルからすれば、どう見ても『男』にしか見えないレンとは、事情もよく知らずに一緒に過ごしてきた。

 

 それは色々と騒動まみれの平穏とは言い難いが、充実した日々だった。しかし、どんなに時を過ごしてもラファエルはレンの素性について詳しく知る機会は一度たりともなかった。

 

 考えてしまう。自分はレンとは『友達』とは思っているが、果たしてレンからはどう思われているのか。いや、それはよく考えるまでもなく、彼のことだから『友達』だとは思ってはくれてるだろう。

 

 だけど『名前』を呼び合えない仲は、本当の意味で『友達』と言えるだろうか——。それがどこかラファエルは不安に感じてしまう。

 

 ただでさえ『レン』という名前を目の前で言えない。言えるのはレン自身がいない時と、始めた会った時ぐらいではなかろうか——。

 

 そのままで本当にいいのだろうか、とラファエルは考えてしまう。何故ならラファエルはまだ知らないのだから。『レン』という——いや『彼』自体の存在を。

 

 聡明なラファエルは素性を知らずとも察することはできる。

 レンという名は本名ではないということを。元は別の『名前』があったに違いないことを。

 

 神は見守り続けるだけの存在だ。しかしそれさえも見放された『彼』という存在に、ラファエルはどう向き合えばいい。誰からの恩恵も受けられず、どこかにいる『彼自身』という存在は誰が見つけてくれる?

 

 だとしたら、誰かが差し出さなければいけない——。それを考えたら見放せるほどラファエルも非情ではない。だったら答えはとうに決まっている。

 

 

 

 

 

「ラファエル——。私もいつまでも言い争うのは疲れますから。今後は互いに良い付き合いをしましょう。……今の貴方なら嫌いではないので」

 

 差し伸ばされた手は『握手』という、ニュクスからの友好的な交流をしたいというサインだ。何かしらのくだらない罠があるんじゃないかとラファエルは勘繰るが、特にそういう雰囲気もない。

 

 

 

 

 

 ——少しは素直になった方がいいのかと、ラファエルは考える。いつか本当に対等な『友人』としてレンの名前を…………いや、彼の『本当の名前』を口にするために。

 

 そのためには、まず一歩でも前に進まなければいけない。少しずつでも自分に『正直』になれるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それでも悩むこと十数秒。ラファエルは「まあ私も大人気ないとこはあったか」と、あくまで自分が折れたということで納得しながらニュクスとの握手に応じ——。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「友人として忠告するけど、照れ隠しやストレスでヤケ食いするから太るのよ?」

 

「やっぱアンタのこと大っっっ嫌いだわっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その手は決して離すことはなく、むしろラファエルはニュクスの手を握りつぶすように握り返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ああいうのが『喧嘩するほど仲が良い』というのだぞ』

 

「そうなんですねぇ……。巷の女子高生はあのように……」

 

 食事処の片隅——。巫女店主こと霧守神社の責任者である『霧夕』と主神である『アメノウズメ』は、まだ名も知らぬ少女二人の喧騒を微笑ましく見守っていた。

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