魔女兵器 〜Another Real〜   作:かにみそスープ

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キ○ティ○先生さん!?


第4節 〜聖夜の一幕〜

 ——そして時はもう巻き戻らない。これはレンとギンが『無』の世界で『ヨグ=ソトース』と呼ばれる存在を退いてから数日後の話——。

 

 

 

 

 

『『『メリー…………クリスマース!!!』』』

 

 

 

 

 

 ——そう新豊州では、今聖夜で色づく『クリスマス』と呼ばれる祝日を過ごす一日であった。

 

 場所は我らの可愛いレンちゃんが住むマンションの一室。そこにはレンを筆頭にアニー、マリル、愛衣、ベアトリーチェ、ソヤ、ギン、イルカ、シンチェン、ハイイーがいた。

 

 ……いや、しかいないと言った方が正しいだろう。ラファエルを筆頭にハインリッヒ、エミリオ、ヴィラ、ニュクス、バイジュウ、ファビオラと数多くの友人達が不在という奇妙な状況でもある。

 

「なんでこんなに欠席者多いの? クリスマスって普通祝日だよな? マリルも珍しく休めるぐらいには大事な」

 

 そのことについてレンは疑問は口にする。それに答えたのはソヤであった。

 

「……大事だからこそですわ。レンさん、クリスマスとは本来どういう日かは知っていますか?」

 

「イエス・キリストの誕生日」

 

「……正確には違いますが、まあいいですわ。ともかくイエス・キリストの誕生を祝す日——。これはどんな宗教でも深い意味を持つのです」

 

 ソヤは呆れ顔になりながらも話を続ける。

 

「ラファエルさんはじゃじゃ馬ではありますが、あれでもキリスト教を全国民が信仰するサモントン出身であり、その総督の孫娘。同様にハインリッヒさんもサモントン関係者なので……自国の祭事を疎かにすることはできませんわ」

 

「……じゃあソヤは行かなくていいの? 一応はサモントン出身だよね?」

 

「私はサモントンの戸籍では『死亡』扱いですので、縛られませんの♡」

 

「うわっ、いい加減」とか思いながらレンは質問を続ける。「じゃあエミとヴィラは?」と。二人はサモントンではなくマサダブルク出身だ。信仰しているのもキリスト教ではなく、ユダヤ教のためクリスマスとは無縁だとレンは考える。

 

「むしろエミリオさんはもっと強い使命ですわね。レンさん、『ハッピー・ホリデーズ』は聞いたことありますか?」

 

「い——」

 

「分かってなさそうですわね」

 

「そうだけど、まだ何も言ってないよ!?」

 

「目は口ほどよりも物を言いますわ。『ハッピー・ホリデーズ』とは『ポリティカル・コレクトネス』——略して『ポリコレ』という思想から生まれた『メリークリスマス』に変わる掛け声ですわ」

 

「……? 別にメリクリって言えばいいんじゃ?」

 

「クリスマスはあくまでキリストの誕生を祝う物。他宗教の祭事を祝うなんて冒涜すぎます。……新豊州はその辺大変緩い思想ではありますが」

 

「確かに」とレンは考える。OS事件の時にエミリオが「ハロウィン、クリスマス、バレンタインなんでもござれ」と言っていたが、実際に新豊州の宗教観はキメラだ。あげくには年末年始には神頼みだし、何なら七夕になれば織姫と彦星に便乗して短冊で願ったりもする。

 

「とはいっても祭事は祭事。片方が祝う中、もう片方が祝えずに自粛するというのは一種の差別ではあります。そういう部分を公平・公正的な祭事であると定めるために政治的な思想が入ったのを『ポリコレ』といい、それが浸透しているのが『クリスマス』としてではなく『ハッピー・ホリデーズ』として今日を祝うのです」

 

「……それってエミリオとヴィラに関係あること?」

 

「大いにあります。あの二人——特にエミリオさんは『神の使者』や『聖女』とは呼ばれていますが、実際の政治的な立ち位置は『宗教と教育の首席顧問』という名誉的な役職ですの。ヴィラさんはその助手。……名誉職といっても、やはりマサダにおいての地位は『宗教と教育』に関わる者ですわ。このような祭事で『神の使者』と注目を浴びる存在が、放っておけるわけがありませんの」

 

「宗教って、そんな難しく捉える必要あるのかなぁ」とかレンは考えるが、それは新豊州生まれだからこそ持てる思想だと、この時のレンはまだ知らない。

 

「エミリオさんはそれで一時的にマサダに帰国してますが、身の安全は保証されていますので事故や事件には巻き込まれないとは思いますのでご安心を♡」

 

「でもマサダだしなぁ……」

 

 レッドアラートの製造過程を知っているレンからすれば気が気ではないが、同時にエミリオは地位としても高い身分ではあるので、そんな簡単に狙えるものではないと一先ずは納得する。

 

「ファビオラさんは、レンさんがテレビデビューしたことでメイドカフェでの潜入員がいなくなったため、その代役と信頼作りのために本日はバイト中。ニュクスさんは本日はボディガードの人達との私用が。バイジュウさんは——」

 

「……『大事な人』と過ごしてる」

 

「……そうですわね」

 

 そこで歯切れ悪く会話は止まってしまう。二人して辛気臭い顔をしていると、空気を読んでか読まずか「どーん!」と呂律の回らない口で二人の間に割り込む間男——ではなく外面だけは女性であるギンが茶化しに入る。

 

「なんじゃ、なんじゃ〜〜? 今日は無礼講じゃぞ? 楽しまんとな〜〜」

 

 パーソナルスペースとか一切ない遠慮なし配慮なしの距離感。その瞬間、ソヤが電撃にでも打たれたように表情を険しくて鼻を押さると涙目になって咆哮する。

 

「臭すぎますわーーっ!!? 私の嗅覚が捻り曲がるほど臭すぎますわーーーーっ!!? ゲロ以下の匂いがプンプンしますわーーーーーーっっ!!?!?」

 

「マジでくっさ!! ギン、口臭っ!!」

 

「はぁ〜〜? 美少女の吐息は嬉しい物であろう? ほれほれ、もっと味わっておけ〜〜」

 

 さらにもう一息——。ソヤは「ぎゃー!!」と少女とは思えぬ品のない絶叫をあげて気絶した。その青ざめた表情は状態異常のオンパレードと形容するしかない。『毒・暗闇・沈黙・睡眠・スロウ・バーサク・ストップ・石化中・石化・ゾンビ・体力0・死の宣告・即死』————。

 それら全てを内包してると言っても過言ではないほど、ソヤは痙攣しながら苦悶に満ちた顔が真っ青になっていく様は見るに堪えない珍妙さがあった。

 

 例え見た目が美少女であろうと、教官の名を持つ才女であろうと『くさい息』の破壊力は擁護できなかった。

 

「限度が——。ゔぉえっ!? これ酒の匂いだっ!?」

 

 そして被害者は増える。レンも、その全ての状態異常を引き起こしかねない『この世の全ての酒気』へと呑み込まれたのだ。

 

 発泡酒、ビール、ウイスキー、ワイン——。レンの年齢では計り知れない様々な酒の匂いが混じり合い、名状し難い感覚が襲う。三半規管が混乱して平衡感覚も思考もロクに保てない。

 

 レンは正直に思う。あの日より重くてキツいと。

 

「もっとじゃー!! 酒を持ってこーい!!」

 

「ちょっと! ギン教官は未成年でしょ!?」

 

 ごもっともなツッコミがアニーから入る。どうして身体年齢的には16歳であるギンがこうして飲酒が許されているのか。いくら家内でも許容範囲には限度がある。

 それに対してギンは少女の顔にしては、やけにウザさが極まる得意げな表情を浮かべて懐からある物を取り出した。

 

「わっはっは〜!! これが目に入らぬのか〜〜!!?」

 

 やけに芝居がかった声と見得を張って、その手に握った物をギンはアニーへと見せつけた。それは某時代劇でよく見る『印籠』——。ではなく、新豊州の住民なら誰もが持つ『IDカード』——つまりは身分証と呼ばれる物だ。

 

「それが何だ」とアニーは鼻を摘みながら身分証を見ると——。その中の一部に驚愕の記載があったのだ。

 

 

 

 それは生年月日が『2017年』——。

 つまり20年前に産まれたと堂々とホラを吹いた記載があるのだ。

 

 

 

「二十歳っ!? 身分偽装してるっ!?」

 

「身分偽装〜〜? では今は何年の何月じゃ? 儂の年齢から計算すると裕に百を超える年齢なんじゃが〜〜? 年齢はともかく酒は合法なんじゃが〜〜?」

 

「いいのかよ、マリル? 未成年の飲酒はアウトだろ?」

 

「……身分偽装だらけのお前が言っちゃいけないことだぞ?」

 

「うぐっ……!」

 

 それを言われてはレンは黙るしかない。女になって半年は経つレンではあるが、どう足掻いても元は男であり、今の身分も元々は男の時の戸籍を改竄して生まれたものだ。自分も身分偽装の恩恵をこれでもかと受けている以上、どうしても強くは言えない。

 

「そもそも元となる戸籍があって初めて『身分』という物は決まる。新豊州で認められる身分証がギンにはない以上、それがギンという男……? の戸籍になるんだ。そうなっている以上、ギンはれっきとした成人だ。お前が女性であると同じようにな」

 

「そういうわけじゃ〜〜。儂を酔わせたければ、その三倍は持ってこーい!!」

 

「……にしてはタフすぎるな。霧吟という女の身体は、よっぽど呑兵衛としての素質があったと見える」

 

「まあ、お酒の楽しみ方は人それぞれよ。私は景色を肴に、ギンは雰囲気を肴に楽しむ——。いいことじゃない」

 

 そう言って少し席が離れた安全圏からベアトリーチェは大人びた意見を言う。年季を帯びた余裕は側から見ても美しいものであり、思わずレンも生唾を飲んでしまう。

 しかし、そうして存在感を出したのがいけなかった。酒に呑まれたギンの暴走は止まることはない。次なる被害者——否、獲物を求める視線はその豊満で妖艶な四肢を持つ赤髪の淑女へと狙いを定めたのだ。

 

「そうよな〜〜♪ 酒の楽しみ方は人それぞれよ〜〜♪ 別嬪さんはいいこと言うの〜〜♡」

 

「ごめんなさい。来ないでください、本当に来ないでくださ——、きゃっ!?」

 

 普段は妖艶な雰囲気を纏うベアトリーチェでさえ、ギンから漂う酒気に恐れをなして生娘のような叫び声を上げて悶絶してしまう。「お願い、近づかないで」と若干瞳を潤わせて懇願するベアトリーチェを見て、嗜虐心を刺激されたギンは手にあると酒瓶を一口飲むと、より酔いを加速させて千鳥足でベアトリーチェへと迫ってくる。

 

「ふっふふ〜〜♪ ふっふのふ〜〜♪ ベアトリーチェは綺麗よな〜〜♡ 特にその澄んだ赤髪が良いぞ〜〜♡」

 

「魅了っ! チャームッ!! お願い効いてっ! このドスケベ呑兵衛に聴いて頂戴っ!!」

 

 まるでか弱い乙女のように悲痛な叫びをあげるベアトリーチェを見て、レンは先程の大人びた余裕はどこにいったのしまったのかと悲しい気持ちになる。酒とは時として、大人の尊厳なんて物はこうも簡単に押し壊す魔力があるのだ。

 

「効いておるから安心せえ〜〜♡ ……けっぷ」

 

「おぇぇええええええ……!!」

 

 そして零距離の間合いを取った瞬間、ギンは可愛らしくも不快さ極まる酒気をゲップとして吐き出した。嫌な深みを持つ酒気に鼻をやられたベアトリーチェはソヤと同じように顔を真っ青にし、今にも卒倒しそうな匂いに耐えながらもトイレに向かって逆流する胃物を吐き出す。

 

 それを見届けたギンはご満悦に「ケラケラ」と笑い、さらにその手にある酒を煽ると————。

 

 

 

「ひっく……。もぉぅ、限界ゃ〜……」

 

 

 

 一転して酒に溺れて眠りに入った。床暖房が効いてるとはいえ巫女装束にしては露出が激しい姿見で、少女のように穏やかな笑みを浮かべて大文字で寝ている。ただし寝息だけがカラスの求愛よりも耳障りな大音量ではあるのだが。

 

「うわぁ……これどうなってるの?」

 

 幸い騒動の最中、未成年であるレンでは買えない酒や摘みを補充するために外出していた愛衣だけが素面で現状を見渡す。

 

 大文字で寝る白髪で和服の美少女。某名探偵みたいにしわしわな表情を浮かべて気絶するソヤ。そして頭を隠して尻隠さず、と言わん状態で下半身だけ廊下に飛び出してトイレでグロッキーなベアトリーチェ。

 

 そんな阿鼻叫喚な状態に愛衣は——頬を紅潮させて満面の笑みを浮かべて悦に入る。

 

「あはは〜〜! なにこれっ! 写真撮っていい?」

 

「彼女達の尊厳のためにやめておけ」

 

「ソヤ、大丈夫……?」

 

「げげごぼうおぇっ……!!」

 

 イルカの心配とは裏腹に、そりゃもう地底湖から響くヌシのようにドスの効いた呻き声を上げてソヤはさらに深く気絶する。

 悲しいことに猫科的な感覚を持つソヤにとって、イルカという存在は電気を発生することも相まって本能的に苦手なのだ。レンと同行した際に足首につけられた放電リングの『電気』という刷り込みもあったりするのだが、それはそれとして初めて会った時の見た目からは想像もできないヘビィボディに若干畏怖してるところもある。……ともかく苦手意識があるのだ。

 

「ソヤ……元気出して……」

 

「ボドドドゥドオー……!!」

 

 イルカの更なる介抱にソヤは今度こそ白目になって気絶する。少女の純粋無垢な思いは、彼女にとって劇薬でしかなかった。

 

「ベアトリーチェおばさんも元気だして……」

 

「おばさん……」

 

 そしてハイイーも、久しぶりに容赦ない辛辣な言葉を吐き出すのであった。ナチュラルに幼女から「おばさん」呼びされることは、身体年齢24歳という全然現役の身としては酷く心苦しい物なのだ。

 

「ギンおじちゃ〜ん? 起きてる〜〜?」

 

「がぁー……。ごぉー……」

 

「だーみだねこりゃ……。熟睡してる……」

 

 シンチェンはシンチェンで、いつも通りの気の抜けた雰囲気で「やれやれだぜ」と言いたげに目を伏せた。

 

「あはは〜〜! 酒は飲んでも飲まれちゃいけないよねぇ〜」

 

「てか、なんで酒なんか飲むんだよ? 酒って悪いことの方が多いじゃん」

 

 今回の惨状を見て、未成年にとって当然である疑問をレンは言う。同じく未成年であるアニーも頷いて、お酒とは何がいいのか気になってしまう。

 

 それは全国の未成年が思う主張の一つだ。子供からすれば酒には悪いイメージしかない。メディアだけでも『飲酒運転』や『泥酔による暴行』——。バラエティになれば『アルコールの危険性』など様々なマイナスイメージが染み付いているのだ。

 

 それに対してマリルと愛衣は何とも言えない微妙な表情を少しだけ浮かべると「そういうお年頃でもあるか」と言って、空となったグラスに赤ワインを注いでマリルは話し始めた。

 

「『酒は百薬の長』という言葉を聞いたことあるか?」

 

「し——」

 

「らないか。では教えてやろう」

 

「俺ってそんな顔に出やすい!?」

 

「酒とは本来、長寿の秘訣となる漢方薬に近い役割を持つんだ。古来では酒は薬として使われているのは知っていたか?」

 

「初耳だけど、それはそれとして俺の話聞いてますっ!?」

 

「聞いてるぞ」とマリルは適当の同意しておきながら話を再開させる。

 

「『養命酒』という物はまさにそれだ。酒というが、実際は第二類医薬品に該当されている。サプリメントや風邪薬と一緒で、服用を誤うことをしなければ血行を促進して体調を整えたり、滋養強壮として身体の不足した栄養を補ったりな。とはいっても、アルコールは含まれているから服用後は運転厳禁だ」

 

「そんな都合のいいことある?」

 

「ではお前の好きな物はなんだ。ゲームにしろ食べ物にしろ、やり過ぎや取り過ぎは良くない。肉の食い過ぎでも『生活習慣病』は起こるし、糖分の取り過ぎは『糖尿病』の元だ。ゲームのしすぎは視神経に支障、あるいは長時間の姿勢維持による『腰椎椎間板ヘルニア』などを引き起こすこともある」

 

「それ酒でも同じこと言えない?」

 

「そうだな。酒の飲み過ぎは『アルコール依存症』や『肝臓病』をもたらす。これを『薬も過ぎれば毒』というが、別にこれは酒に限った話ではない。すべてに言えることなのさ。……まあ、アルコールはそのラインが他よりも圧倒的に低くて過ぎ去りやすい面は確かに無視はできないが、それを見極めるのは個人の問題だ。酒が良い悪いの話ではない」

 

「…………じゃあ、何で『飲み会』とかあるの? 健康としてお酒はいいことは分かったけど、大人の付き合いだとお酒である必要ある?」

 

「おっと、面白いところを突くな。確かに健康法としては確立されているが、嗜好品としての考えとして確かに酒は悪いことだらけだ。だがアルコールが持つ成分は、脳内にリラックスさせて解放的にさせる効果もある。…………これが大人になると効くんだ」

 

 しみじみと吐き出すマリルを見て、レンとアニーは頭に疑問符を浮かべる。それを見てマリルは「細かいところ似てきたな」と思いながら話を続けた。

 

「『子供』は良くも悪くも楽観的な部分がある。楽観さは理性のスイッチを自力で行うことが可能であり、人によってはこれが『大人』になっても制御できるのもいる。こういう奴は大抵酒は飲まないな」

 

「じゃあ、そういう考えができれば酒はいらないってこと?」

 

「そうだが、実際の大半の『大人』はそうはいかん。歳を重ねて、仕事を請け負えば『責任』と『立場』が生まれる。それにともなった『品格』というものもな。卍搦めになった心は自力で制御することは難しい。例えば……そうだな、お前に分かりやすく説明するなら、今日は新作ゲームの発売日で夜通しやりたいが、翌日には絶対に落とせないテストがあるからゲームをしてはいけない……的なものさ」

 

 レンは想像する。確かにそういう時は我慢してテスト勉強するしかない使命感に駆られて、ない頭を振り絞って教科書と睨めっこすることを。

 

「これは当然『人間』として正常さ。『欲求』を『理性』で抑えるのは人間社会では必須であり、こういったものが『ストレス』を生み出して抱えることになる。……自制して発散のしようのないストレスを吐き出すために、酒というものは嗜好品として必要なんだ」

 

「じゃあ酒は鍵みたいものってこと?」

 

「そういうことになる。そうでもして酔わないと、大人は心の自由を得られない者もいるからな。…………だが飲み過ぎも良くない。確かに酒は『理性』を緩くするが、それがつまり『本能』に身を任せていい理由にはならない。飲みすぎた挙句、無責任な暴行や性行為をしては、それはもう『大人』でも『子供』でも『人間』でもない。ただの『獣』さ。…………それがこれだな」

 

 そう言ってマリルはギンが巻き起こした地獄絵図を顎で指し示した。

 

「……とはいっても、気持ちは分かる。キリストの誕生だか何だか言うが、ここは新豊州である以上『クリスマス』は大切な人と過ごして楽しむ日さ。……こいつが一番大切だった人は、こうして酒に溺れて『夢』にでもいかなければ会えないと分かってる。……そんなのは偽物だって『理性』では分かりきっているのにな」

 

 マリルは上着を脱ぎ捨てて、熟睡するギンへと羽織らせた。その顔は心底楽しそうで安らかな間抜け顔だ。夢に浸って幸せそうにするギンを見て、レンは無性に『魂』から慈しむようにギンの髪を撫でる。

 

「……酒って悪い物でもないんだね」

 

「いや悪いぞ。それはそれ、これはこれだ。だから細心の注意を払いつつも、法律で未成年には飲ませないようにしているんだからな」

 

「じゃあ、今までの力説ってなんだよっ!!?」

 

「大人の都合の良い言い訳さ。まあ、言葉一つで考えがフラフラするような柔らかい頭には、お酒はまだ必要ないと覚えておけばいい。現実が苦痛になったら飲むぐらいで良いのさ」

 

「それが来るのは、世紀末になった時ぐらいだよ……」

 

「ん?」とレンは何かに気づく。

 

「となると——マリルも何かしら『酒』に頼りたくなるほど辛いことがあるってこと?」

 

「……お前が気にすることではない。大人が子供に気を遣わせたら面目丸潰れだろう? 今は『クリスマス』という行事を楽しめばいいんだ。まだ本命のクリスマスケーキも残ってることだしな」

 

「「「クリスマスケーキッ!?」」」

 

 聞き耳を立てていたイルカ、シンチェン、ハイイーの三人が一斉に食い意地を張って食らい付いてきた。マリルは「愛衣」とバトンを渡すように話しかけると、彼女も得意げな笑みを浮かべて買い出しの本命である大きな箱を取り出した。

 

「ふっふ〜ん♪ これが本日のメインディッシュ! 最高級のクリームと苺、そして超一流のパティシエが作ったフワフワでトッロトロの王道ショートケーキだよ〜〜!」

 

 こうして騒がしい夜は続いていく。新豊州では本日はメリークリスマス。過ごし方は人それぞれ。際限なく楽しむのも、酒に溺れるのも、由来通りに誕生を祝うのもご自由に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——そう、過ごし方は人それぞれ。中には『大切な人』を思って過ごすのもいる。

 

 

 

「今日は12月25日——。クリスマスだよ、ミルク」

 

 

 

 様々なイルミネーションで色づく新豊州とは違い、その一室ではスマホの明かりだけを頼りにバイジュウはローテーブルの前で蹲る。テーブルに置かれた『二人前』のケーキには一口も口をつけずに、その耳にはイヤホンが付けられており、ひたすらバイジュウはイヤホンから流れる『声』へと耳を澄ます。

 

 

 

《バ〜イジュ〜ウちゃ〜ん♪》

 

「ミルク……」

 

 

 

 何度聞いたか分からない『親友』の声——。

 何度聞いても安心する『親友』の声——。

 

 それは、何度聞いても変わらない——。何度も聞いても一言一句、抑揚も間も変わらずに何度も何度もリピートする。

 

 

 

《あと4ヶ月でクリスマスだよっ!! 私へのプレゼントはもう考えてるのかな? えっへっへ〜〜〜。この時期にクリスマスプレゼントの催促はちょっと意地悪だったかも……。でもね、私すごく楽しみにしてるよっ!! ……おかしいな。出会ってからまだ一年しか経ってないのに。バイジュウちゃんとは何世紀も前から知り合っていたような感じでさ》

 

「……大げさですね」

 

《——おっと! あんた今、大げさですねって照れながら言ったでしょっ!? だって私の前ではバイジュウちゃんは、隠し事なんてできないからねっ!!》

 

 

 

 何度も聞いているのに、涙が溢れて止まらない。この後は初めて会った時のことを話してくれる。金庫の番号を教えて無神経だのと言われるが、バイジュウは気にはしない。だって、二人にとって『運命』とも思える出会いだと感じてしまったのだから。

 

 ——親友の声が止まる。バイジュウはそこで片側のイヤホンを外し、涙で腫れた目を拭いながら伝えた。

 

 

 

「……ミルク。クリスマスプレゼント、しっかり用意したよ」

 

 足元にある埃一つない包装紙で包まれたプレゼントをバイジュウは撫でる。それは『OS事件』の前から準備していた物。その数は一つではなく総勢19個——。すべてバイジュウがミルクを思って用意した物だ。

 

 今までこれだけ準備しても渡せるわけがないと、どこか諦めていた。だけどバイジュウは確信している。あの日、あの場所で確かに『親友』の『魂』はそこにいた。

 

 

 

 ——さらに、レンから霧守神社での顛末を聞いた。ギンを捕らえていた『ヨグ=ソトース』と呼ばれる存在が開いた『門』の奥に、今は亡きスクルドとミルクがそこにいたと。

 

 その時にギンの詳細を通して様々なことを知らされた。『守護者』という存在を。『門』や『因果の狭間』といった、現代では未だ計り知れない存在があることを。

 

 ……そしてレンがギンを『守護者』という鎖から解放したということを。それが可能だというのなら、当然バイジュウにはある考えが思いつく。

 

 

 

 

 

 ——『門』にいるミルクへと手を差し伸べることを。

 

 

 

 

 

「……絶対に取り戻す。それまでプレゼントはお預けでいいよね」

 

 プレゼントを再び元の場所に置き、バイジュウは窓辺から街を見渡す。

 

 凍てついた19年という長い眠り——。その間にバイジュウはミルクと一緒にカフェを回ったり、ゲームセンターで遊んだり、ショッピングを楽しんだりと普通の過ごし方があったかもしれない。

 

 それが取り戻せるかもしれない。例えどんな貴方になっていようと、親友であるミルクと一緒なら、どこに行ってもそれは色鮮やかで何よりも大切なクリスマスプレゼントになるに違いないとバイジュウは思う。

 

「私だってお預けされてるんだから。ミルクからのクリスマスプレゼント、すごく楽しみにしてる」

 

 願うようにバイジュウは呟き、プレゼントの一つを愛しく抱きしめる。親友との再会を『魂』から望み続けながら、中身を見て驚く親友の顔を夢想しながら、眠り姫は眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 ……プレゼントの中身について、我々第三者が知っていいものではないだろう。これは二人だけの宝物なのだから。


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