魔女兵器 〜Another Real〜   作:かにみそスープ

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ズブロッカ……(譫言)


第5節 〜孤独の酒盛り〜

 新年が明けてすぐのこと。レン達がとある場所で『宝くじ』を貰ってる時と同時刻、ギンは特にすることもないので町をのんびりと歩いていた。

 

 普段は霧守神社の一室で居候のように剣を嗜み酒を飲んでいるが、新年では参拝客が多く落ち着いて過ごすことはできない。教官としても本日はお休みのため、本当に目的がないまま町をただフラつくことしかギンにはできなかった。

 

「……落ち着かんのぉ」

 

 元男性の剣聖は、現代の価値観としても女性としても適応した身であり、身体年齢に相応しい現代衣装で練り歩く。動きやすいように運動性抜群のハイテクスニーカー。健康的な四肢のラインを見せる黒のスキニーパンツと群青色のパーカー。その上に厚手の白いコートを羽織りと、どこからどう見ても『普通の女性』として何一つ違和感なく町を彷徨く。

 

 

 

 ——そんな一人で寂しく、誘うように歩く絶世の美少女を見逃す男なんているわけがないのだ。

 

 

 

「そこの可愛い子ちゃ〜ん♪ 俺と一緒にお茶でも——ぁひぃぅっ!?」

 

「うおっ。いきなり手を出すから反応してしまうではないか」

 

 

 

 だが、そこはか弱い女性ではなく、天性の才能を持つ剣士として簡単にいなすのがギンという男(女)だ。声をかけた直後、肩に手を置いたナンパマンに条件反射で回し蹴りを入れて一撃で叩きのめしてしまったのだ。

 

 ギンとしてはナンパされたという体験自体には恐怖はなく「やはり霧吟の身体は美少女なんだな」と現代でも通じる見た目に嬉しくはあったりするが、容赦なく蹴りを入れたことによる申し訳なさは感じてしまう。

 

「……正月は町が静かで退屈じゃ。かといって喧騒を求めて中央に行けば人混みは多すぎて困るし、こうして突然絡まれると手を出してしまうしの……」

 

 どうしようかと悩むギンの視界に、ふとあるお店が目についた。店の前で掲げる看板には『Seventh Heaven』と書かれており、外から店内を観察しようとするが窓ガラスなどないので把握することもできない。しかしギンは嗅覚で分かる。ここには上質な『酒』があると。

 

 さらにギンは超人的な耳を澄まして店内の様子を探る。恐ろしく静かだ。二人の人物が軽く会話してること以外の音の動きが感じられない。

 

「……うむ。ここが良さそうじゃな」

 

 ギンは手頃だと感じて、そのお店の扉を開けた。扉の先には雨水・防寒・防音などの対策から二重構造となっていて、アルコール消毒液と傘の水切り用の機材、そしてダイヤルロック式の傘立てが置かれた空間となっていた。すぐ目の前に入り口と同じ中が見えないデザインの扉と壁があり、ギンは安息を求めてその扉も開けた。

 

「「いらっしゃいませ」」

 

 その先には二人の男女がいた。男の方は『特徴がないのが特徴』と言えそうなほど地味で垢抜けない顔をした黒髪の少年だ。逆に女性の方は長い赤髪、耳にはピアス、首にはチョーカーと特徴しかない。二人とも同じ服装をしていることから従業員だということがわかる。

 

「……やけに幼い見た目ね。ここはバーだから未成年はお断りだけど、年齢を確認できる物とかある?」

 

 赤髪の女性は拭き取っていたカクテルシェーカーを置いて、ギンの年齢の確認をしようとする。一応ギンは戸籍としては二十歳と定めているが、身体年齢は霧吟が生きていた時と同じ16歳ほどだ。見た目だけの判断なら未成年と捉えられても不思議ではない。

 

 ギンは自分の若さに酔いしれるように「すまんのぉ」と自身のIDカードを見せようと懐に手を伸ばした時——。

 

「大丈夫ですよ、店主。彼女は成人です」

 

 ……と男性店員のほうはギンを見極め、それに対して女性は「そうなんだ」と容易く納得してカウンター席へと通してくれた。

 

 内心ギンは「年齢を見て驚く顔が見たかったのに」と思いながらも、上機嫌に案内された席に腰を置いて店内を見回した。

 

 店員二人の雰囲気からは想像もできないダークでシックという大人びた空間だ。ギンには聞き慣れないが、大きくも小さくもない心地良く耳に入るジャズバラードが初顔でも親しみやすい空間を作り出す。

 カウンター席の横側にある壁は一面全てが水槽で構成されており、優雅に泳ぐ小魚を見てるだけで、心が洗われるような穏やかさがあった。

 

「お客様。本日はどのような気分でしょうか? 適した物をご提供しますよ?」

 

 女性の言葉を聞いてギンは考えるが、生憎とギンの舌は酒の良し悪しは分かっても、酒の種類や品質に関してはまるで知らない。どんな米を使っただの果物を使っただの、そういう拘りを持って飲んだことはいのだ。

 

「う〜む……。残念ながら特にないんじゃ。それに普段日本酒しか飲んでなくての……。何がどうとか詳しくないのだ」

 

「でしたらこれを機に試してみますか? ここのバーは私自ら世界中から名酒という名酒を揃えた一級品ばかり。きっとお客様の新しい世界が開けますよ」

 

「……しかし好みの味とかも無いしの」

 

「そういうことでしたら、無作為に味を気ままに楽しむ、というのも良いですよ。この時間帯と時期なら人はそう来ないので、長時間なりの楽しみ方もご提供させていただきます」

 

「安酒で時間潰してボッタくるなよ〜?」

 

「ご安心を。私のお店には安酒などないので」

 

 そう言ってこの店のバーテンダーである赤髪の女性は、先ほどまで洗っていたシェイカーと同式の別物を取り出し、鮮やかな手つきでその中に様々な酒と氷を混ぜると、シェイカーは魔法にでも当たられたように『空中で踊り出した』のだ。

 

 いや、正確にはバーテンダーがその場で軽く投げて回してるに過ぎない。だがその動作が一瞬すぎて常人の目であれば捉えきれないだろう。ギンだからこそ視認できる匠の技だ。相当手慣れたバーテンダーであるとギンは確信し、期待で胸が躍る。

 しかし、それはそれとして見惚れるほど精細で大胆な動きだ。どこか扇情的に踊ってるようにも見えて、ギンは目を見放さずに見続けてしまう。

 

「お待たせしました。こちらジンをベースに、ライムとレモン果汁を合わせたショートカクテルになります」

 

「……飲みやすい」

 

 そして提供された酒を一口飲んでギンは舌鼓を打つ。舌の上で踊り、喉を滑る果物特有の爽やかさがありながら、酒の風味を損なわずに引き立てる玄妙な味付けはギンにとって新鮮な物であった。

 

「カクテルというのは、こんな飲みやすい物なのか?」

 

「種類によりますよ。お客様は初めてとの事で、分かりやすくも奥深い物をチョイスしました。他にもこういうのがあります」

 

 今度は背の低いグラスを取り出し、そこに子供の握り拳ほどの大きさの氷と黄土色の酒を掛け合わせた物をバーテンダーはギンに提供した。

 

「うおっ、なんじゃこのデカイ氷は?」

 

「ウイスキーのロックと呼ばれるものです。最初はストレートな味わいを楽しみつつ、時が経てば氷が溶けてウイスキーの味も少しずつ変わる……。量はシングルにしておりますが、それだけでも十分に楽しめます」

 

「これは効くのぉ……! 酔いもいい感じに……!!」

 

「しかも同じ酒でも、色々とありまして……」

 

 続いても同様のグラスとウイスキーを用意するが、今度は噛み砕けるほど小さい氷の集まりと共にかき混ぜる。そして最後に一切れのレモン汁を搾り出し、そのままレモンを優しくウイスキーの中に浸した。

 

「砕けた氷とレモンとな」

 

「今度はミストと呼ばれる物です。違いは……飲めばお分かりになるかと」

 

「なんとここまで味が透き通るのか……っ! 口直しのように清涼感がある……!」

 

「…………一応そこそこ度数あるんだけど」

 

 赤髪のバーテンダーは呆れ顔になりながらも、「では今度はお酒に合う物を」と言って手を叩いた。するとギンの後方から、いつのまにか厨房に向かっていた男性店員が「お待たせしました」と言って、トレイにある品をギンの前に置いた。

 

「こちら冬野菜とエビを使ったアヒージョとなります」

 

「……美味いなぁ! 酒を主役としつつ、上っ面だけの没個性ではない舌触り……。しかも味わいは酒を殺さぬようにきめ細やかに調和しとる……。さては何かしらの酒を混ぜておるな?」

 

「ええ。こちら少々白ワインを入れております」

 

「お客様。チェイサー……口直し用の飲料水はご用意しましょうか?」

 

「うむ。お前ほどの腕なら何かあるのだろう?」

 

「もちろん」と言って、即座にバーテンダーは作り置きしていた容器から黄色の液体を新しいグラスに注いで渡す。それをギンは口にした時、爆竹のような衝撃が口内を駆け巡った。

 

「……おぉ!? 口で果汁が弾けとる!?」

 

「シードル、あるいはスパークリングと呼ばれる物です。リンゴを単純に使用しただけではありますが……」

 

「分かる、分かるぞ……。ウイスキーと合う風味のおかげで、口直しでさえも摘みになる……っ! 刺激と共に口がスッキリとして、アヒージョがまた新鮮な味となって酒が進む……っ!!」

 

 ギンの口は酒とシードル、そしてアヒージョを繰り返し食べ飲み続ける。まるで人間火力発電所だ。止まることなく動き続け、さらにさらにと酒を食欲を煽り、さらに発電量を高めて加速する。バーテンダーと男性店員は内心「めっちゃ食うな」と思いながらも、同様に止めることなくサービスと商品の提供を続けた。

 

「犯罪的じゃっ……!! うますぎるっ……!!」

 

 ジン、ウォッカ、テキーラ、ラム——。

 スティルワイン、スパークリングワイン、フレーバードワイン——。

 ビール、リキュール、日本酒、梅酒、焼酎——。

 

 その日、ギンはありとあらゆる酒の贅沢を極めた。先日、というよりクリスマスに悪酔いするまで飲み続けた時とは大違いだ。まさか現代の酒がここまで嗜好品として完成度が高いことにギンは心から感動してしまう。

 

(……詫びでも入れないといけんの)

 

 クリスマスでの無礼をどうしようとかとギンは考える。こんな酒の楽しみ方もあるなら、あんな飲み方するべきではなかったと。昔ながらの酒乱として酒を浴びるように飲むアメノウズメの影響を悪い意味で引き摺り続けたことに頭を抱えてしまう。

 

 それがバーテンダーには物足りないことへの訴えなのかと感じ取り、即座に「お客様」と言って次なるサービスを提案してきた。

 

「ご希望でしたら奥のダーツブースに案内して遊戯も嗜んでいきますか?」

 

「……そこまでは良い。楽しみはまた後に取っておくさ」

 

「なら、もっと新しい飲み方も試してみますか?」

 

「興味はあるがまだよい。こんな時間に人気のない酒場で二人でいるなんて、何かしら事情があるであろう? これ以上儂が狼藉するのは都合が悪かろう。さっさと会計して去るさ」

 

 思わずバーテンダーは本当に一瞬だけ息をするのを忘れて警戒心を見せるが、当のギンはわざとらしく欠伸をして「いやぁ、酔いが回って頭が回らんのぉ」と言いながら、懐からSIDから支給されているクレジットカードで支払いを終えた。

 

「また来る。ここは本当に良い店じゃ」

 

 そうしてギンは『Seventh Heaven』のバーから出て行った。まだまだ青くて晴れ渡る空。少し寒い風で酔いを覚ましながら、ギンはあそこで堪能した味を思い出していく。

 

 

 

 ——そして気づく。店員の名前を聞き忘れたことを。

 

 ギンは後悔する。バーテンダーの名前を聞けばよかったことを。あのような……あのような……と考えたところで、ギンは自分の記憶に違和感を気づいた。

 

 

 

 ——バーテンダーの顔や性別が『思い出せない』ことに。髪色さえも思い浮かべないほどに記憶が削られている。

 

 

 

「……本当に酔い過ぎたかの。また行く時にでも覚えればよいか」

 

 

 

 少々不可解な所は覚えはしたが、ギンは気にしないで街を再び巡る。日中からの酒旅はまだまだ始まったばかりなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——ふぅ。何だったのかしら、あの娘。こんな時間に来る物好きだしちょっと驚いちゃった」

 

 ギンが退店してから十数秒後。カウンター席の下にある二重玄関が映るモニターを見て、赤髪のバーテンダーは緊張の糸を解いたように息を吐いた。

 

「仕方ないよ『イナーラ』——。ギン爺は酒が大好きだからね」

 

「お疲れ様。……成人だと知ってたり、ギン爺って妙な愛称で呼んだり、もしかしなくても『アレン』の知り合い?」

 

 赤髪のバーテンダーであるイナーラは、食器を洗い終えて戻ってきたアレンを労いながらもギンについて問いただす。それに対してアレンは少し懐かしそうに目を細めて言った。

 

「……『だった』かなぁ。ギン爺は俺のこと知らないよ」

 

「……そうか、ごめんね。ちょっとデリカシーなかった」

 

 それだけでイナーラは察した。イナーラでもまだ把握しきれないほどの色々と事情がアレンにはある。ここで触れるのは信頼を失うと感じて、それ以上は踏み込みはしなかった。

 

「気にしないで。今はイナーラもいるし、あとセラエノもいる」

 

「そういえばセラエノちゃんはどう? 何かしら進展あった?」

 

「これがダメダメ。やっぱりコミュニケーション能力が致命的だし、履歴書の住所欄やPRに『プレアデス星団』とか未だに書くんだぞ? 独り立ちするには全然ダメダメ」

 

「二回言うほど深刻か。まあ、側から見なくても不思議ちゃんだからね。……だからといって、こうして貴方がここで小銭稼ぎする必要なくない?」

 

「食い扶持が増えたんだから、金が多いに越したことはない。……あいつ結構金かかるし」

 

 

 

 アレンは同居中のセラエノの姿を思い出す。毎日ネットサーフィン三昧、テレビ視聴三昧のどこからどうみてもダメ人間の見本みたいな生活をする芋感ジャージ姿の金髪の少女を。野良猫と「ニャーニャー」と大真面目に会話して『断章』に情報を刻み続ける直向きな少女の姿を。情報収集と称して頑張って料理の腕前が上がり続ける努力家な彼女の姿を。家庭菜園で採集する時に「これも命。有り難く頂こう」と律儀に感謝を述べる優しいセラエノの姿を。

 

 それは本当にアレンにとって得難い日常だった。一目に付かないようにするために狭いアパートの一室借りる中、いつまでも帰りを待って食事を楽しんでくれる同伴者。一時的でも孤独なる旅路を一緒に歩んでくれる彼女は、アレンにとってかつて取りこぼした日常の象徴みたいな物だ。

 

 それが少しでも長く続けられるというのなら——。アレンは多少の遠回りをしてでも繋がりたいと思いたいほどにセラエノが大事なのだ。

 

 自身が背負った使命からは逃げることも、背くこともできない。それでも、その間だけでも、僅かでも失った日常を抱きしめたいぐらいには、アレンはどこまでも『普通の少年』だった。

 

 

 

「……それに今度望遠鏡買う予定だしな」

 

「甘やかし過ぎぃ〜〜。北極行って星が見れなかったこと気にしすぎでしょ」

 

「仕方ないだろ。あんな顔で「見えなくて残念だ」って言われたら、こう……なんというか……胸が苦しくなるだろ?」

 

「いやいや!? 私にはセラエノちゃんの表情見分けつかないよ!?」

 

 昼過ぎのバーで、世界の闇に生きる男女が少しばかりの陽光を浴びながら、彼らなりの『日常』を満喫する。それが次なる使命に赴くまでの短い物だとしても。

 

「……ところでギン爺って娘は何だったの? 教えれるなら教えてほしいにゃ〜〜♪」

 

「SID所属の実技訓練教官」

 

「SID所属って————ゔぉい!? 私、カードで決算しちゃったよっ!!? 履歴に残ってるよ、ここの会計記録っ!?」

 

「……なんかまずいことしちゃった?」

 

「まずくはないけどさ……。ここは普通の店だから、SIDの目が光るのが従業員に申し訳なくてね……。私もここに長居できないし……次はどこにしばらく潜伏しようか……」

 

「……ぁー、ごめんなさい」

 

 イナーラは「いいよ」と特に気にもせずに、痕跡を極力無くすためにレジのデータを照合したりして忙しなく動き始めた。

 

「となると俺もここのスタッフも今日までか……。新しく日雇い探すのも面倒だし、どこかイナーラの融通効くとこない?」

 

「あるけど……恥辱を味わうことになるけどいい?」

 

「そんな裏側の仕事しなきゃいけないの!?」

 

「いいんや。私が融通効くのが新豊州ではあと三軒あるんだけど、一つがタクシー会社、二つは不動産。どちらも資格が必要だからアンタにはダメ」

 

「……では、最後の一つは?」

 

「『女性限定』のアパレルショップ♪ スタッフも女性だけだから、もし働くなら『女装』することになるわね♪」

 

「……頑張って職探してくる」

 

「もう決定事項で〜す♪ あんたタッパ低いし童顔だから平気平気」

 

「えぇぇぇぇえええええええ…………」

 

 男女二人は次なる安息を求めて歩き始める。やがて来るであろう使命が訪れる時まで、二人は健やかな日常を二人なりに過ごしながら。

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