魔女兵器 〜Another Real〜   作:かにみそスープ

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第6節 〜いざ、ショッピング!〜

 ——1月某日。新豊州商業地区。

 

 現在レン、アニー、ラファエル、イルカの四人組は新豊州商業地区で一番と名高い大型総合デパート『イオフ』に来ていた。

 

 

 

 目的はただ一つ——。年末年始のバーゲンセール争奪戦——。

 

 …………には乗り遅れたが、とりあえず約束は約束なのでショッピングへと来たのだ。

 

 

 

 先日、レン達は実際に行こうとした。その前に空腹を満たそうと焼肉店に向かった道中、何故か奇妙なお店で、奇妙な『宝くじ』を貰い、その後実際に『宝くじ』をスクラッチしたところ————残念なことに、それ以上のことは四人揃って記憶が朧いでしまって何も覚えてない。

 

 だが流石に『宝くじ』を買う前までの事を忘れてはいない。その騒動で有耶無耶になってしまったが、後日ラファエルが「結局ショッピングしなかったわね」と言ったところ、アニーが「そういえばそうだね」と同意し、イルカは「うん」と菓子を食いながら頷き、レンは「じゃあ行こうか」と話があって今に至る。

 

「……まあ、やっぱり特売品は少ないわよね」

 

「見るからに在庫処分の格安福袋しかないねぇ〜〜。値段的には販売価格からすればお得ではあるけど、役に立たないものや型落ちが多いから結局使わずじまいだし……」

 

「……ジャンクパーツ、ない? イルカ……プロジェクターの性能上げたい」

 

「むっはー!! 対象ゲーム四本買うと一本無料だってさー!! こりゃお得だぜーーっ!!」

 

「…………限定的な25%オフに乗らされる買物弱者になってるわね……。ポイント付与の対象外だし、あんまり賢い買い物じゃないわよ」

 

 四人は早速各々の気持ちの赴くままにデパートの売り場をみんなで回り始める。イルカは機械関連、レンはゲームを中心に目を光らせており、アニーは「子供みたいにはしゃいでるなぁ」と生暖かく見守ってしまう。

 

「……良いわね、これ。インテリアとして使えそうだわ」

 

「えっ、何そのキョンシーみたいに半額の札貼られた石膏像? しかも無駄に大きいし」

 

 一方ラファエルは謎の特売品に目を付けたことに、アニーは引き気味であった。そんなことをラファエルは気にも止めずに「これもいいわね」と次々と謎めいたインテリアへ目移りしては即決でカード決済していく。アニーからすれば「どっちが購買弱者なのか」や「これがブルジョワの金銭感覚なのか」と思いながらも、財布と相談しつつアニーも自分の買い物を楽しもうと全店舗を細かく見てみると——。

 

「光るブラジャーっ!? 超魅力的〜〜!!」

 

 ……とまあ、ご覧通り全員どこかしらおかしいセンスを持っていた。それでも買い物は楽しいし、皆でお揃いのマグカップを色別に購入したり、本屋でファッション雑誌を見たり、ゲームコーナーで『太鼓の鉄人』や『パックウーマン』を興じたり、時には加湿器や小顔ローラーといった女性らしい美容用品などを見ては「これいるのか?」とレンは思いながらも楽しく過ごす。

 

「いやぁ〜〜、買った買った! 大勝利!」

 

「イルカも買えた。『ガセ・ネプチューン』と『ガセ・プルート』……。超次元、お得」

 

「ねぇ、ラファエル。さっき本屋でコッソリと買ってた本って何?」

 

「な、何のことかしら。《悪役令嬢は緊縛がお好き》とか知らないわよ?」

 

 そしてほんの少しの休憩時間。四人はデパート内にあるフードコートで食事を楽しむことになる。

 

 レンは『はなまろうどん』で購入した温玉うどん中盛と惣菜全種盛りを豪快に頬張り、ラフェエルはボンゴレ・ビアンコを気品漂う動作で食す。アニーとイルカはネギマヨと明太子の二種類のたこ焼きをシェアしながら食べあっていた。

 

「ん〜〜。次どこ回ろうっか」

 

「私は洋服を見たいわね。着る服が足りなくなってきたから」

 

「……あんだけ服あるのに?」

 

「はぁ? 季節ごとや天気、気分で考えたら全然足りないくらいよ。アンタ、ファッションに興味は……。……興味は…………?」

 

 ラファエルの顔色が少しずつ変わる。最初は意識の低いレンに対して説教しようと険しかったが、次には品定めをするように目を細ませ、最終的には新しい玩具を手に入れた子供のようにご機嫌な笑みを浮かべた。

 

「良いこと思いついたわ。アンタのセンスを試したいから今から一人で服買ってきなさい」

 

「はぁっ!!? いや、はぁっ!!?」

 

「あっ、それ私も薄々考えてた! だってレンちゃんって、部屋着以外は学生服だったり、戦闘服だったり、作戦用に用意された物だったり……レンちゃん自身が選んだ服って見たことないんだよね!」

 

「今こうして私服着てるだろう!?」

 

「馬鹿。それは『男』としてでしょ?」

 

 

 

 ——お気づきだろうか。実はラファエルが、今日に限ってレンを一回も『女装癖』と呼んでいないことに。それはレンが本日着ている服装に理由がある。

 

 レンの服装は可憐な見た目からは想像しにくい活発な物だ。上は白色のTシャツの上に青のデニムジャケット。下は群青色のダメージジーンズに白のハイテクスニーカー。そして頭に赤色のキャップを前後逆に被るという、一見してヤンチャな男の子に見える服装だ。

 メンズ用ではサイズが合わないのが多く、レディースデザインの物をレンは着ているが、その特徴がなければ男性と見間違える可能性もありうるくらいには女性としての華がないファッションを現在している。

 

 

 

「何か問題ある?」

 

「問題の定義が別ね。私達が言ってるのは『男』としての服装じゃなくて『女』としての服装をどこまで磨いてるのか知りたいの」

 

「えぇ〜〜……。着れれば服装とかどうでも良くない?」

 

 レンもお年頃であるため、お洒落に興味があるかないかで言えばあるが、そのレベルはあくまで外で見られた時に『ダサい』か『ダサくない』か程度の物だ。外で不必要に視線を浴びなければ何でもいいと思っている少年心からすれば、ラファエルの拘りは若干理解し難く、思わず頬を膨らませて文句を垂れてしまう。

 

「どうでも良くないわよ。私はね、完成されない作品やデッサンの狂った絵画を見ると修正したくてたまらないの」

 

「……えっと?」

 

「ちっ、ここまで鈍感か。要は貴方自身のセンスで『女性』の服を見繕ってきなさい、って言ってるの。男と女では求められるセンスが違うの。そういう部分が養われてるか確認してあげる、ってこと」

 

「いやいや!? 学校や作戦は仕方ないとして、日常では極力女の子の格好しないから!」

 

「でもでも〜〜! レンちゃんだって考えたことない? 女の子を自分で着せ替えてみたいなぁ〜〜とか!」

 

「そりゃ……その……あります……」

 

 現に『ゴッドハンター』や『モンスターイーター』では女性アバターを使う時は、世界観に合った自分の理想的な女性像を思い浮かべながら性能度外視でプレイしています、とレンは心の片隅で思う。

 

「じゃあさ! 自分のことどう思う? 男性的な目で見てっ!」

 

「えっ!!? えっと…………その……か……」

 

「か?」

 

「…………可愛いと思ってます……。け、けどそれとこれとは……」

 

「寝間着がウサギさんの模様入ってるのに?」

 

「うっ…………!」

 

「マサダの時だってキャミソール選んだよね?」

 

「うぐっ…………!!」

 

「もっと可愛くしたいと思わないと着ないよね。男らしく寝るなら、それこそTシャツ一枚でもいいし……つまりそれって——」

 

「認めますっ! 自分でもちょっと可愛い服とか着たいとか思ってますっ!! 女の子らしい服着たいなぁ〜〜とか思ってますっ!!」

 

「うんうん♪ それが普通だって♪ 私だってもし仮にカッコいい男の子になったら、それに合った服を見繕うと思うもん♪ ね、ラファエル?」

 

「え? あー……うん、そうね……。着るん、じゃない?」

 

「何でそんな歯切れ悪いの?」

 

「…………親戚に私と似た奴いるのよ。それが男だから、それで想像してただけ」

 

「ラファエルと似たラスボス系がまだいるの?」

 

「ラスボス系は余計よ。……ともかく一度くらい自分の意思で、自分の趣味で、自分のセンスで『女の子』としてファッションしてみなさい」

 

「いや……それでも……」

 

「イルカも見てみたい。レンお姉ちゃんの可愛い服」

 

 ——それが決め手となった。

 

 純粋無垢な子供の視線に当てられては、我らの可愛いロリコンであるレンちゃんは断るに断れない押しの弱さを発揮する。

 レンは自分の『理性』と『欲望』の天秤を、罪悪感と共に思いっきり『欲望』へと傾けてフードコートから飛び出し叫ぶ。

 

「こんちくしょぉぉおおおおおっ!! こうなったら誰がどう言っても文句言えない服にしてきてやるぅぅううううううう!!」

 

「頑張ってきてね〜〜♪」

 

「面白かったら、服の支払いは立て替えてあげるわ」

 

「頑張って」

 

 

 

 …………

 ……

 

 

 

「……とはいってもなぁ」

 

 場所は変わり、イオフ・ファッションフロアの階層。今や入り慣れた女性用トイレにて下着を正しながらレンは鏡を見る。

 

 自画自賛で気恥ずかしさは覚えるが、レンからすれば『レン』という女の子の姿は結構可愛いとは思っているのだ。黒を基調とした赤メッシュの地毛。宝石のように綺麗に輝く赤い瞳。非常に整った肢体。今や絶滅種でもある大和撫子の素質を持つ風体は、レンの好みに結構刺さっているのだ。

 

 とはいっても性的対象に見れるかと言われたら微妙だ。元が元なためか、どうしても『母親』の顔が散らついてしまう。記憶は曖昧で顔つきもよく覚えてないが、その黒髪と優しくて温かい手は確かに覚えている。だからこそレンが『レン』という顔を見て、真っ先に連想するのが『母親』であり、どうしてもそれ以上の気持ちは何も湧かないのだ。

 

 ……母さんが俺ぐらいの時はこんな顔だったんだろうなぁ、と少しばかり現実逃避しながらレンは改めて考え直す。

 

 啖呵を切って飛び出したのは良いものの、生憎と化粧、口紅、香水、服装といった女の子として必需品の知識でさえ赤点回避が精一杯なレンには、今回のこれは中々に厳しいのだ。

 未だに化粧も上手くいかず、頬を無駄に赤くしてしまった時にマリルに言われた「アソパソマソショーに出るのか?」というのは今でもレンの心に深々と突き刺さっている。それほどまでに知識が身についてない。

 

「できる……。できる……」

 

「ねー、ママー。なんであの人、鏡の前で2回も言ったのー?」

 

「きっと進撃したい年頃なのよ。仕方ないの」

 

 レンは鏡の前で自分にはどんな服装が似合うか想像するが、やはり半年間養った女子力と、十数年一緒だった男子力では後者の方が軍牌が上がってしまい、無意識的にボーイッシュな物となってしまう。

 

 5分ほど考えたが答えはでない。しかし方針は何となく決まった。とりあえず青系統の色は極力使わないようにしようと。赤メッシュの髪は自分でも結構目立つと思っており、それと正反対である青系統の色は全体がチラつき過ぎて見栄えが悪いと考えたからだ。

 

 あとは数打てば当てるの精神でレンはファッションフロアを隈なく回る。最初は『ユニシロ』や『UG』で安く済まそうと考えたが、ここで問題が発生する。

 

「に、似合わねぇ……」

 

 見慣れたデザインによる没個性は、赤メッシュの強調性と噛み合わずに見事に見栄えが悪かったのだ。かといって柄が目立つデザインを採用しても悪目立ちが過ぎてこれも似合わない。

 

 途方に暮れてレンは休憩がてらタピオカミルクティーを飲みながら考え直す。まさかここまでファッションに苦労するとは、と。

 

 ベンチに座りながら某高級洋服店に飾るマネキンを見る。冬にあったブラウン色の厚いコート、タートルネックの白いセーター服、黒いミディスカート、鼠色のタイツ、白のピンヒールとラファエルが似合いそうなものだ。それをレンは自分に着たのを想像してみる。

 

「……いや、似合わねぇな」

 

 これも没案になった。今度は服に『着られてる』という印象が出てきてしまったからだ。170cm手前もあるモデル体型のラファエルと、現在162cmと半年前より1cm伸びたレンでは結構身長差があるのだ。ラファエルが似合う以上、レンが似合うわけがない。

 

 少しずつ方針は固まっていくが、それでもどうすればいいか分からない。時間はあっという間に一時間を超えて、レンはスマホを確認するがアニー達から急かす連絡はない。きっと時間がかかるのは予定通りなのだろう。レンは一安心しながらも『まだ時間かかるかも』と一つ連絡を入れ、その直後にアニーから『分かってるよ〜〜。あと三時間くらい悩んでも大丈夫だから!』と返答がきた。

 

「流石にそこまではかからないよ」と内心思いながら、レンは飲み干したタピオカミルクティーの容器をゴミ箱に入れて再度回り始める。

 

 

 

 ——そして二時間後。ついにレンは答えを見つけた。

 

 

 

「わからーん!! 全然わからーん!!」

 

 どんな服装を合わせても明確な答えが見つからない、という答えを見つけた。未だかつてないほどレンは、ナルシスト極まる恵まれた外見に対して怒りを感じたことはない。

 

 なんだ、この赤メッシュ。主張が強すぎてどうしようもない。上手く調和することがなく、服か髪かのどちらかが悪目立ちするしかないのだ。

 

「あれ? どうしたの?」

 

 転げ回る勢いで頭を抱えるレンに、聞き覚えのある声が届いた。決して聞き馴染んではおらず、だというのにこの距離感が近くて無遠慮なありそうなところ。そして飄々とした感じ。それは第二学園都市であった騒動で協力してもらった人物に他ならない。

 

「——イナーラ!? なんでここにいるのっ!?」

 

「野暮用。ちょっと色々とね。……で、話は戻るけど、レンちゃんはどうしてるの? 何か頭抱え込んでるけど」

 

「いやぁ……その……。新しい服買おうと思うんだけど…………あの……」

 

 しどろもどろになるレンの様子を見て、イナーラはその仕草と雰囲気から何かを察したように言った。

 

「……女の子の服が分からないって感じ?」

 

「そうっ! 話が早くて助かるっ!」

 

「じゃあ、店員のオススメ聞いてコーディネートさせるのも手よ。まあ大抵売れ筋の高い物を推されるだろうけど、ある程度は保証されるし」

 

「でも、それだと自分で選んだことにならないし……」

 

「ああ〜〜、そういうお年頃? ふ〜〜ん……気持ちはわからなくもないけどね」

 

「それで自分で選んだんだけど、何かどれも似合わなくて……」

 

「似合わない?」とイナーラは多少の疑問に思いながらレンの周囲を回って観察し始めた。一歩進むごとに「あー」とか「ふむふむ」とか「そういう……」とか言われたら、レンからすれば自分がどんな風に見られてるのか気が気でない。

 

 三周ほどしたら、イナーラは「なるほど」と納得した様子を見せて、普段のお茶らけた雰囲気と共に優しげな笑みを浮かべてレンに言う。

 

「うっし。じゃあ、ここでイナーラさんからアドバイスを上げよう」

 

「アドバイス?」

 

「そそっ。この程度なら大丈夫でしょ」

 

 すると、イナーラは優しい手つきでレンの背中をお腹を撫でた。レンは思わず「ひゃう」と小さな声を漏らすが、イナーラは特に気にもせずに「やっぱりか〜〜」と呟いた。

 

「レンちゃんはまず、背筋を伸ばすとこから始めよう」

 

「背筋?」

 

「レンちゃんって、若干姿勢が前のめりなの。スマホとかゲームとかで覗き込んでる癖もあるんだろうけど、一番は胸の重みに慣れてない感じがね」

 

「うっ……」

 

「だから姿勢を矯正しやすいようにコルセットから中心に組み立てたほうが絵になるよ。……私もそうだけど、レンちゃんみたいな目立つ髪色は堂々としないとまず始まらないから」

 

 堂々とする——。それは盲点だったとレンは思う。

 

 確かに今まで自分は『男』として生活してきたから、こうやって改めて服装を選ぶ時にある『女』としての自信が無かった。それが姿勢や精神にも出て、どんな服を見繕っても内心どこかで『似合わない』とか思ってしまい、自分自身に自信を持つことがなかった。それで本来の主役である『自分』がなくなり、次に目立つ『赤メッシュの黒髪』が主役となってチグハグになっていたのではないかと感じる。

 

 改めて今まで『自分の意思で選ばずに』着た服装を思い浮かべる。

 

 メイド服、ドレス……どちらもコルセットで背筋を伸ばしていた。ソヤの時に着た物は、ヒールや網タイツで足が楽では無かったから姿勢を正さないと負担が大きくなっていた。戦闘服や巫女服は訓練ということもあって、動くために常に気を張っていた。何にせよ、今の自分と違い無理矢理でも『自分』だと主張するような意識や姿勢があったのだ。

 

 そうか、この髪色を活かすには——多少冒険するくらいの気概がないとダメなんだ。とレンは本当の答えをやっと見つける。

 

「あとは『何か足りない』と感じたら、服を変えるんじゃなくて小物で補うと良し。私みたいにチョーカー付けたり、ピアスとかでさり気なく色合いを増やしたりしてね」

 

「ピアスか…………」

 

「ピアスでも穴開け式もあれば、磁石で挟むのもあるから怖がらなくていいわよ。それに小物と言っても色々とあるから。指輪でもいいし、ブローチでもいい……まあその辺は服装と本人のセンスよ」

 

 なるほど、とレンは思わずスマホを開いてメモ帳アプリに記入してしまう。

 

「これぐらいかな。後はレンちゃんのセンスで頑張ってね」

 

「ありがとうっ、参考になった! ……けどやけに具体的というか、アドバイスが的確というか……」

 

「あー……レンちゃんと似た子を最近手解きした、からかな……」

 

「俺みたいなファッション音痴いるんだな……」

 

「まあ、今まで関心持ってなかったら仕方ないんじゃない? これから頑張ればいいんだし。……あっと一番重要なアドバイスを忘れてた」

 

「一番重要?」

 

「——楽しみなさい。それが何よりだから」

 

 そう言って、イナーラは足早に群衆の中に呑まれて消えていった。一連の助言は、レンにとってかなり考えさせる物であった。

 

 

 

 何よりも『楽しむ』——。そんなこと、男の時でさえも考えたことがなかった。服なんか着れればいいと、とりあえず手頃な値段と着心地が良ければそれでいいと適当に買っていた。だから『楽しむ』という事自体を意識するのは今までなかったのだ。

 

 

 

「……よし。なら楽しもうかっ!」

 

 心機一転してレンは自分に合う服を探す。近くのアパレルショップに入り、コルセットを中心にして何が合うや、どんな色合いなら赤メッシュを活かせるのか考える。

 

「違う。これも違う。……これなら近い!」

 

 コルセットといっても種類は様々であり、それが変われば下地となりシャツのデザインも色合いも当然変わる。さながらそれはRPGでパーティを編成する時のワクワク感と似ている。

 

 何をどうすれば可愛くなるのか。可愛いと言っても、どういった可愛さなのか。花のように可憐なのか、雲のようにメルヘンなのか、虹のように煌びやかなのか。意識すればどれだけの可愛さがあるのか。レンにとって、それは『新鮮な衝撃』を受けたのだ。

 

 楽しい、こんなにも悩むのが楽しい——。

 

 そして————。

 

 

 

 …………

 ……

 

 

 

「意外と悩むね、レンちゃん。……メタモル見つかった?」

 

「私も予想外だわ。暇で一回書店で色々見てきたのに、それでも戻ってこないなんて。……私はまだよ」

 

「鯛焼き美味しい。……見つけたけど星4」

 

 

 

 なんと合計『5時間』経過したのだ。アニー達からすれば4時間以内には決まると思っていたが、意外にもレンは悩みに悩み抜いている。流石の三人もただ駄弁って待つのは限界だったらしく、アニーもラファエルもイルカも正月にやった『パケットモンスター』を一緒にプレイしていた。

 

「おまたせっ! これならどうだ!!」

 

 そしてついに話題の中心人物となるレンが帰ってきた。三人とも「やっとか」と思いながら、声がした方へと振り返り、ある者はベタ褒めしようと考え、ある者は笑い転げようと考え、ある者は夕飯なんだろうと考えながら、レンがいったいどんな服装を選んだのか興味深く目にした。

 

「どうだ? これが俺流のファッション!」

 

「お〜〜……。お?」

 

 イルカのリアクションはどこか淡白であった。

 

「お〜〜! 似合ってる!」

 

 アニーは心から褒め称えてくれる。

 

「…………ふーん」

 

「なんでラファエルだけ反応薄いんだよっ!!?」

 

 そして今回の言い出しっぺであるラファエルの反応はイルカ以上に薄かった。しかし別に興味がない、というわけでもなく、むしろその逆で目の色は品定めするようにレンの服装を観察し続ける。

 

 それは可憐で清楚で上品という、ある意味では『男が理想とする女の子』みたいな可愛さを持つ服装であった。

 

 胸元にフリルが装飾された縦柄の白黒ストライプブラウス。背筋を整えるサスペンダー付きのコルセットタイプのゴシックスカート。頭部には黒の横ストライプが入った白のベレー帽。下半身はワンポイントとしてあしらった薄い赤のリボンのソックスと、単純な黒のミドルブーツ。そそして色合いを増やすための水色の肩掛けトートバッグ。極め付けには、とても元男性が意識したとは思えない少しばかりの艶を出す程度のピンクのマニキュア。

 

 これがレンが全力で、凝りに拘った『可愛い』と思う服装。

 

 

 

 つまり俗に言う————。

 

 

 

「……『ゴスロリ』ねぇ」

 

 ラファエルは若干小馬鹿にしつつも、満足気な笑みを浮かべた。それに対してレンは「何か文句あるか」と不貞腐れたような表情をするが、ラファエルは「上出来よ」と意外にも素直に褒めてくれた。

 

「素直に良いと思うわ、女装癖」

 

「え……? あのラファエルが素直に褒めてくれた……?」

 

「似合ってるんだから褒めるでしょ。」

 

「つまり……?」

 

「私から見ても可愛いってことよ。宣言通り、私が立て替えてあげる」

 

「————やったぁあああああああああ!!!! ラファエルに褒められたぁぁあああああああ!!!!」

 

「あのラファエルからお褒めの言葉をもらえるなんて、半年間も女の子してた甲斐があったねぇ〜〜!!」

 

「ちょっと待ってアニー? 私って普段そこまで堅物に見られてるの?」

 

 こうしてレンちゃん初めての一人で決めたファッションは平和に幕を閉じた。自分で決めた服装もあってか、レンはその後も痛く気に入ったご様子で外出時もゴスロリファッションを決めて、その度に周囲の男性を視線を釘付けにしたのは本人はまだ知らない。

 

 なお、この事に関してマリルに「大丈夫か、アイツ?」と少しばかり不安そうな声を漏らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラファエル〜〜、明日買い物行こぉ〜〜」

 

「わ、わかったわ……」

 

 後日。今回のショッピングが余程お気に召したのか、何か変なスイッチが入ったレンに、ラファエルはしばらく振り回れることになるのはまた別のお話。


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