「まさか、その声……その髪色……っ!?」
「作用です、ラファエルお嬢様。わたくしの名前はレンと言います」
ふふん、やっぱりラファエルも度肝を抜かれたみたいだ。ファビオラ仕込みの男装技術。それにイナーラに言われてから、気にするようになった男女間での姿勢の違いとかも考慮した独自の物だ。我ながら出来栄えとしては上々だろう。化粧に関してはクラスメイトに任せているけども。
感想も飛び交い、イルカもシンチェンは「カッコいい」と素直に褒めてくれて、ハイイーは見慣れない姿をしてる俺を見て人見知りのところが出て萎縮気味。ニュクスは温和な微笑で「似合ってますわ」と言ってくれて、それにエミリオは同意して頷いてくれる。やっぱり称賛されるのは気持ちがいいものだ。
そして肝心の偏屈ラスボス系グリーンお嬢様こと芸術肌のラファエル様からの感想は————!?
「…………んー?」
「反応薄くないっ!?」
「違うの、レンちゃん。今彼女は内心複雑で重い思いを背負って悩んでるの」
重い思いって何ですか? 説明キボンヌ。
「彼女、普段『女装癖』や『馬鹿』とか呼んでたせいで、今のレンちゃんをどう呼べばいいか分からないみたい」
流石の読心術だ。俺の思ったことを察して即座に説明してくれる。
「えぇ……そんなことで黙るぅ?」
「ラファエルにとっては大真面目。だって、こうして私が言っても反応一つ示さないでしょ?」
試しにラファエルと視線を合わせて見るが、確かに焦点が合わない。自分の思考に耽るせいで、こちらが変顔を浮かべてもリアクションひとつくれない。
これはこれで普段見ないから面白くはあるが……普通にいつも通り読めば良くない? もしくは名前で。
「お嬢様〜? 大丈夫でしょうか〜〜?」
「レンくん。どうしたの?」
男装状態のアニーが俺に近づいてきた。キャラ付けも結構頑張っているようで、普段は「ちゃん付け」なのに、今は俺のことを「くん付け」で呼んでくれる。口調も声色もどことなくボーイッシュな印象を与え、これはこれでアニーのキャラに合っている。
「ラファエルお嬢様が放心状態になってる」
「えぇ〜〜? じゃあ、気付け薬として……ほいっ!」
アニーは躊躇いなく猫騙しを繰り出し、その破裂音にラファエルらしからぬ生娘みたいな声で「きゃっ!?」と叫んで正気を取り戻した。
「………アニーか。それに……それに……」
「マイネーム・イズ・レン。リピート?」
「ノーセンキュー」
ノータイムで拒否った。
「……………うー?」
そしてラファエルにしては珍しい唸り声をあげる。
「………レンでよくない?」
「断固拒否」
何でこのお嬢様は無駄に意思硬いんですかね?
「……狛犬でいいか」
「犬っ!? 執事なのに犬っ!!?」
割とショッキングな命名なのに、エミリオとニュクスは「ははは!」と意味が分かったように笑い始めた。
「そこまで笑うこと!?」
「いやぁ、ピッタリだと思って……。だって狛犬って神の遣いよ? ラファエルに仕える狛犬…………。しもべという意味では、最高位に褒め言葉じゃない?」
「それに狛犬は『阿吽の呼吸』の元です。主人と従者がそのような関係であるのは、非常に喜ばしいことよ」
……つまり、ラファエルなりに執事服をベタ褒めしてくれてるってこと? こんな素っ気なし、愛想なし、遠慮なしの偏屈お嬢様が、俺のことを褒めてくれているのか?
「……そんな深い意味はないわよ。語感がいいだけ。さっさと席まで案内しなさいよ、狛犬」
意味が分かってしまうと、犬扱いでもちょっと嬉しくなる自分がいるのが気恥ずかしい。きっと尻尾があれば、そりゃもう分かりやすいくらいにブンブンと振り回してしまうだろう。
「おほん……。さあ、お嬢様方席にご案内します」
喜びで業務がままならない俺の代わりに、同じく男装姿のヴィラがラファエル達を案内してくれた。騎士のような静かで紳士的な佇まい、そして微かに香る乱暴感。ヴィラ自身が持つ気性の荒いところが見事に纏まっていて非常に絵になる。
「ヴィラも似合ってるねぇ〜〜」
「ああ。動きやすくていいぞ」
ヴィラは褒められることに慣れてる様子だ。自慢気に鼻を鳴らしている。
「アニーさんもカッコいいですよ」
「あっ……ありがとうございます、ニュクス」
素直に先輩から褒められては、アニーは少々恥じらってしまう。…………そういえば、転校初日で感じたアニーとニュクスの関係ってなんだったんだろう?
「ええっと……レン、お兄ちゃん? お姉ちゃん?」
「今まで通りでいいよ。ハイイーは何が飲みたい?」
ここでようやくハイイーが俺のことが分かってくれて人見知りがなくなった。若干オドオドしているが、どうせ暫くしたらいつもの辛辣な言葉や——。
「某果樹園の柑橘一番搾り」
「…………オレンジジュースか」
……こういう遠慮ないところは完全にシンチェンと瓜二つだよなぁ。
「じゃあ私はコーラね」
「私はジャスミンティー」
「ホットチョコレート」
「ハイイーと同じでオレンジジュース」
「かしこまりました。ラファエルお嬢様は何になさいますか?」
「手挽きコーヒー」
お嬢様方の注文を取ってアニー、ヴィラ、俺の三人は簡素な即席カーテンの向こうへと行き準備を進める。トレーの上にホルダー付きの紙コップを並べ、その中に必要な茶葉や粉末を抽出したり溶かしたりする。コーラに関してはただ打ち込むだけだが、これはしょうがない。更には注文のサービスで付けるスコーンも添える。
これで準備完了だ。全て揃ったところでラファエル達の席に向かい、品物をこれまた簡素なテーブルクロスと花瓶で色鮮やかなテーブルへと置いて執事として伝える。
「「「ごゆっくりお過ごしくださいませ」」」
後はお嬢様方の世界だ。これ以上は執事が踏み込んではいけない。俺たちは次のお嬢様のために、再び新しい紅茶を淹れる。
…………
……
とまあ、俺たちのクラスの出し物『男装執事喫茶』が終わりアニー、ヴィラ、俺の三人は教室から出て、お嬢様改め二年生組と子供達と合流する。全員揃って満足そうな表情をしており、率先してアニーが「どうだった?」と聞いて回る。
——さて、その感想は?
「まぁ、味は普通よね」
「そりゃ既製品揃えただけだし……」
当然ながら質の良い飲み物自体は用意してあるが、出来合いの物は出来合いだし、俺たちに淹れる技術なんてものは付け焼き刃過ぎる。ラファエルの言葉に同意しているニュクスもそうだが、マジモンのお嬢様の肥えた舌を満足させるのは難しいに違いない。
「後は良かったわよ。本職と比べたら杜撰な動作だけど、執事喫茶という『ごっこ遊び』にしては本格的。既製品でも淹れ方は間違えてないから風味は飛んでないから十分に楽しめたわ」
「おお……ラファエルには褒め慣れてないから、背中がむず痒くなるね」
分かる。非常に分かるよ、アニー。
語頭に罵倒、語尾に罵倒をするラファエルから褒められるのは結構嬉しいんだよな。狛犬を引きずっているせいか、例えがアレだけど、お手とかの芸を褒められる犬が尻尾振っている感覚に近い。
「ニュクス達のクラスの出し物は何?」
「チーズハットグとタピオカミルクティーですよ。対して面白みもないでしょう?」
「えっ、コンビニとかにあるチーズハットグ? 学園祭で簡単に作れる物なの?」
「ええ、素材さえあれば揚げるですから」
意外だけど、エミリオやラファエルがいるクラスにしては地味な感じは否めない。…………てか、二つとも女子校にしてはやけに高カロリー食品だな。もしかしなくても、と思うながらある人物に横目で見ると、誇らしげにそのオッドアイは「そうです♪」と言いたげに笑っていた。
……今は喫茶店で鼻を満たしたばかりだし、そういう食べ物系はまだ遠慮したいなぁ。けど遊び系も大体回ってしまったし……。
「う〜〜ん……他に良いのは——」
—————ぁぁあああああん………。
………………ん?
「何か……近づいてきてないか?」
——レンさぁぁぁぁああああああん!!
いや、気のせいじゃない。何かが確実に猛接近している。
全員揃って声のした方へと振り返る。廊下の果ての果て。そこには見覚えのある背丈と頭巾を被った少女が、まるで猫のように目にも止まらぬ速さで飛びかかって————うぉい!!?
「レン、すわぁぁあああああああああああん!!!!!」
「うぉおおおお!? ソヤだ!?」
「うぇひひひっ……! こんな匂いを感じたら、居ても立っても居られませんわぁ……!!」
……どうしてソヤがここにいるんだ? と思ったら、やっぱり顔に出やすいようで、共感覚持ちのソヤが説明してくれた。
「町中が何か楽しくて青い匂いがしたもので、その匂いを追っていたら御桜川にたどり着いていたのですわ」
そんなフェロモンに誘われる虫みたいに言われましても。
「そしたら学内からもっと良い匂いが漂ってきまして……それがレンさんだったのでここに来ましたわ。…………先ほどまで何をしていたのでしょうか?」
「えっと……男装執事喫茶です」
「…………なんと」
途端、ソヤは絶望に打ちのめされたような悲惨で悲壮な顔つきになった。
「なんで、そんな面白イベントを見逃してしまったのですわぁぁあああああ!! レンさん! 何卒……何卒、私に見せてもらうことができますか?」
「勤務時間終えたので……」
「ジーザス……」
涙目になって壁に「の」の字を書いてソヤは項垂れてしまう。
「まあまあ……。まだ皆で色々回るし楽しみはあるから」
「そんなこと言われましても、皆さん良い匂いしてますわ……。既に目ぼしい所は回った後なのでしょう……」
「夜になったらキャンプファイヤーしながら、高崎さんのライブあるから……」
「それまでお暇じゃないですか……っ!」
じゃあ最初から一緒にくれば良かったのに、と言いたいところだがそれだけは言ってはいけない。なにせソヤのSIDでの役割は、小規模で発生する時空位相波動を取り除くことだ。俺達がこうして学園祭を行えること、俺が二ヶ月間も霧守神社に籠れたのだってソヤが影ながら厄介事を片付けていてくれているからだ。本人の気質からして表には出さないが、今だって時空位相波動を片付けてから来てくれたんだろうし、できるなら労ってあげたいのが本音だ。
「何か刺激的で、新鮮な物とかないでしょうか……」
「刺激的で新鮮ね…………」
……あるにはあるんだよなぁ。ある人物が頑なに拒否してたから今まで行かなかっただけで。
「……何で見てるのよ、女装癖」
まあ、こちらのグリーンお嬢様ことラファエルのことですね。このラスボスは意外なことに高圧的な態度からは想像できないほど小心な所があり、お化けや蜘蛛といったものが大の苦手なのだ。
何気に流しみてたホラー映画を一瞬見ただけで、某駄女神みたいな野生的な叫びを上げるし、何なら国民的なアクションヒーローである蜘蛛男を見た時なんかも「気持ち悪っ!?」と言って卒倒するほどだ。ちなみに後者について理由が分からないので聞いてみたところ————。
《昼夜問わず全身赤タイツが縦横無尽に白くてネバネバした物を飛び散らかす姿なんて怖気が走るでしょ!?》
……なんて名誉毀損として訴えられてもいいほど、かなりボロクソに言うほどには彼女はそういう系統が苦手なのだ。
まあ、そんなこと小心者な所があって今まで学園祭の出し物にある『お化け屋敷』に行っていなかった。パソコン部がAR技術を駆使して、空き教室がある旧館一階をすべて貸し切った本格系だ。俺だって別に幽霊とかは得意ではないけど、それでも怖いもの見たさで体験したくはある。
もう一度ソヤを見る。こちらの考えを読み取って、猫のくせに犬みたいに期待して目を輝かせて俺とラファエルを交互に見る。
そして俺はラファエルを見る。ラファエルにはソヤやエミリオみたいに心を見透かすような特技はないが、こちらの考えが読めないほど付き合いが浅いわけではない。すぐに察してくれて、心底嫌そうな顔を浮かべる。
周りのみんなに視線を向ける。アニーは「良いよ」と笑顔を浮かべ、ニュクスも「大丈夫ですよ」と言い、エミリオは「ん?」と今更聞くことかと言いたげで、ヴィラは「早くしろ」と言うように欠伸をした。子供達は学園祭を楽しんでおり「次はどこ行くんだろう?」と全員ワクワクしている。
——完全なる四面楚歌だ。
ラファエルは「ぐぎぎ」と言いたげに、苦虫を潰した顔で歯を食いしばり、どうにか逃げきれないと算段しようとあっちこっちに視線を動かし、ついソヤと視線を合わせてしまう。
「お願いしますわ、ラファエルさん。サモントンのよしみとして……」
「…………分かったわ」
「はぁぁ〜〜〜〜♡♡♡」
満足そうに惚けた声を漏らすソヤを見て、ラファエルは心底嫌そうに負という感情を全部乗せて吐き出すほどに重いため息をつく。
……次に行く場所は決まった。パソコン部主催の『お化け屋敷』だ。