魔女兵器 〜Another Real〜   作:かにみそスープ

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第2節 〜彼らは讃美を捧げる〜

 季節は巡り、春が来る。

 桜咲く並木道。御桜川女子高校の新入生達が足並みを揃えて校門を通る。校門の前には多種多様の制服を来た別校の男子生徒が一定の法則の下に列を成して見物しており、思い思いのことを口にしていく。

 

「流石は御桜川……っ! レベルが高い女の子ばかりだ……っ!」

 

「あぁ〜〜。お付き合いしてぇなぁ〜〜」

 

 そこに今度は俺達が通る。取り繕うこともなく自然体に。むしろこんな喧騒から早く抜け出るように気持ち早めに歩き続ける。さながら、それは漫画で見るお嬢様が登校するシーンのようだ。

 

「おぉ……あの赤メッシュの人、御桜川の子だぁ……!」

 

「すごい可愛いなぁ……。どこかのお嬢様じゃないかなぁ?」

 

「いいや、俺は芸能人と見たね!」

 

 …………まさか、そんなシチュエーションを俺自身が味わうなんて夢にも思ってなかった。

 

「ふふ〜♪ 人気者だね、レンちゃん♪」

 

「男にモテても全然嬉しくない……」

 

 俺とアニーは校門まで続く桜道を歩きながら話し合う。

 春が来た。つまりそれは時間の移ろいを意味しており、俺達は晴れて『二年生』となったのだ。同時にニュクスなどの先輩方は『三年生』になったことを意味し、悲しいことに俺が女の子になってから一年が経とうしているのだ。

 

 ……一年かぁ。長いようで短かったなぁ。中学の頃はもっとスローライフだった気がしたんだけどなぁ。オンラインゲームのデイリー消費したり、お気に入りのゲームの一周年記念まで待ち遠しかったりで結構一日が経つのが遅かった気がするんだけどなぁ。

 

「一年……経ったのか」

 

 俺はため息をつきながらお腹をさする。先日あの日が来たせいで、今日は不調子極まりない。ある程度慣れたとはいえ、これは何度経験しても痛くて辛抱堪らない。

 

 ……そう、この一年で何度も経験してるんだよな。そういう時期があることは男の時でも知ってはいたが、まさかここまでの頻度で来るとは思っていなかった。同時に『慣れ』というのが、いかに俺が『女の子』として適応してるかが嫌でも分かる。もうタマキン攻撃と生理、どちらがキツいかと言われたら確実に答えられるくらいには適応してしまうほどに。正直瞬間的な痛みは金玉だが、持続的かつ重いのが生理だ。どっちもどっちと言える。

 

 こんな痛みを女の子は頻繁に来ることに驚きを隠せず、一度俺はアニーに質問した。いつも元気そうに明るいアニーでも、こういう日が来た時には気持ちが落ち込むのかどうかを。

 

 

 

《……ごめん。魔女になった影響で時間がズレてるのか、通常の周期で来ないし、来ても軽いんだ》

 

 

 

 ……なんて言われた時には、思わずアニーに羨ましさで殺意を持ってしまうほどには生理という物は重い。俺はもう全国の女生徒の味方だ。生理を軽く見る男性諸君には、一度経験させたいくらいにはこの痛みは万人が知っておくべきだと思う。少なくとも理解はしろ。

 

 ……これだけでも辛いのに、女性はこれより痛いと言われる出産があるんだよなぁ。想像を絶する痛さだと考えるだけで背筋が凍————。

 

「って、俺は何を考えてるんだ……!!」

 

 なに自分が産むこと前提で考えてるんだよっ!! それに産むってことは、その……あの……あれじゃん!? 俺は男なんだからそんなことできないし、するわけないじゃん!!

 

「……顔青ざめてるけど大丈夫?」

 

「へいき、へっちゃら……。なんくるないさ」

 

「大丈夫じゃないねぇ」

 

 仕方ないだろう。自分で自分が恐ろしくなる考えを持ってしまったんだから。…………とはいっても興味があるかないか言われれば……………………うん、まあ、その、あの、って感じで…………。

 

 俺はチラリとこちらを見物する他校の男子生徒達を見る。野生的からインテリ、高身長から低身長とよりどりみどりだ。……仮にこの中から一人そういう関係を持つとして…………と考えたけど、とてもじゃないが今の俺が男子と一緒に恋人みたいなことをすることは想像できない。できるとしても、ボウリングしたりゲーセンに入り浸りする男同士の付き合い方のほうだ。真っ当な男女としての付き合いが俺にできる姿が微塵も浮かばない。

 

「ん〜? どうしたの? 周りに視線を泳がせて……?」

 

「な、なんでもない……っ!」

 

 こちらを心配そうに覗き込んでくるアニーの瞳を見て、自分でも分かるくらい頬が紅潮して熱くなるのが感じる。心臓が飛び出そうなほど心拍数が早まって、久しぶりにアニーを『友達』としてではなく『女の子』として意識してしまう。

 

 うん……。やっぱり俺は男だな。女の子を見てる方がドキドキするんだから。でもそれ以上に、その顔を見て安心感を覚えてしまう。この一年間通してずっと隣にいてくれた親しい顔。日常の範疇で心配そうな顔を見て、今日も何事もなく健やかな日が送れるのだと感じる。

 

「さあ、行こう! 新学期の開始だぁー!!」

 

「よっしゃー!!」

 

 ここから俺達の新学期は始まる。

 さあ、二年生としての生活はこれからだ。

 

 

 

 …………

 ……

 

 

 

「……まあ、意気込んでも午前授業なんだけどね」

 

 午前授業ということもあり、昼間から商業区で遊ぼうと皆が出て行ったことで閑古鳥となったラウンジにて俺達は居座る。メンバーは俺、アニー、ヴィラ、エミリオ、ニュクスだ。ラファエルがいないが、別に珍しいことではない。一応はお嬢様も留学生として来ているため、割と頻繁に教師達に十数分ほど呼ばれることくらいはあるのだ。今日もそれで遅れているのだろう。

 

「しかも今年もアニーとヴィラと同じクラスだったな」

 

「それ言ったらエミ達もそうだろ」

 

「そうね。新鮮味はなかったわね」

 

 などと実りのない会話をしつつ菓子や飲み物を口にしながら、各々自分勝手に好きなことを片手間に行う。

 

 アニーは現世に戻ってくるまでの七年間の間に起きた野球関連の雑誌や映像を見直し、ヴィラは根が真面目な部分があるところから翌日から行われる授業についての予習について余念がなく、エミリオはグルメでも求めているのか商業地区のガイドブックを流し読みし、ニュクスはその首に掲げている宝石……ええっと確か『ブラックオルロフ』って言うんだっけ? ラファエルが口にしていたくらいだし、さぞ高級なのだろう。結構丁寧に汚れを拭き取っている。そして俺自身はスマホで絶賛ゲーム中だ。美少女化した鹿達がレースをする『シカ娘』というものだが、意外にもこれが嵌る。

 

 完全に独立した遊びをしながら屯っている様は、どう見ても一緒にいるだけ意味があるのか問いたい気分だが、現代の子供達はこれぐらいの感性が普通だ。関わり時に関わって、関わらない時は意識はせずに放置。この距離感こそが現代っ子だ。

 

「しかし、ヴィラは勉強熱心だな。今から始めるなんて成績一位とか狙ってるの?」

 

「あのなぁ……アタシ達はお前と違ってSIDの任務としているんだ。優先順位がSIDの方が上な以上、いつ学校に来れない日が来るか分からないんだ。空いた時間に予習くらいしとかないと、いざという時に困る」

 

 これまた実りのない日常的な会話を続ける。最近は異質物問題は些細なものだし、全世界で起きている時空位相波動の発生も、あちこちで極小の物が出るくらいなもので、大抵の場合はソヤが出張するだけで解決してしまう。そのせいで全体的に緊張感というか、危機感という物が薄れてきており、こうした緩い雰囲気が2038年に入ってから1度たりとも締めた覚えがない。まあ、おかげでギン教官との訓練もかなりの密度で行えたから、俺も人並みには強くなることはできたので有難いけど……。

 

 ……これも『国際条約フォーラム』で締結させた『サモントン条約』が遠因だよなぁ。危険度が高いEX異質物をサモントン教皇庁で厳重に保存しているから異質物問題が起こることが少なくなった。各学園都市が抱える異質物はsafe級ばかりだから仮に問題が発生しても些細な物だし、自国の問題を自国ですぐに解決できる。それに伴い各学園都市の対応力も目覚ましい成長を見せて、時空位相波動によって発生する『ドール』という存在に対して対応し得る戦力も整えた。これによって俺達がここ数ヶ月、新豊州で平和に過ごせているのだ。

 

 ……だけど問題が起こらないから、ある奴の動向も非常に追いにくい。世界で手配されているAAA級指名手配犯——『男の時の俺』と瓜二つの身体、魂を持った存在である『アレン』の所在についても全く持って不明なのだから。それにEX級異質物が稼働することもないから、あの『ヨグなんとか』に接触する機会もメッキリ減った。四ヶ月前から一向にこれらに関して前進する兆しさえない。

 

 何か事態を好転させる一手でもあればいいのだが……そんな都合のいいことなどない。故にこちらとしてはSIDから本格的な指示があるまで待ち続けるしかないのだ。

 

「…………というか、ラファエル遅いな。いつになったら来るんだ?」

 

 スマホに表示される時刻を見て俺は呟く。ラウンジに集まってから既に30分以上経過してるが、エミリオ以上に見た目の色彩がうるさくて校則に縛られないグリーンお嬢様が一向に姿を見せない。

 

「レンちゃんは知らないですか?」

 

 ニュクスからの問いに俺は即座に頷いた。

 

「知らないよ。何かはまだ聞いてないけど」

 

「二学期早々、ラファエルさんはお休みよ」

 

「休み? 体調でも崩したの?」

 

 とてもじゃないが想像できない。あの天上天下唯我独尊を行くラファエルが、熱とか出して床で伏せている姿なんて…………。

 

 

 …………

 ……

 

『ケホケホ……。ご、ごめんなさいね……。わざわざ看病に来てくれて……』

 

 ……

 …………

 

 

 いや、想像してみると意外とギャップというか愛嬌というか……。潤んだ目とか、熱で赤くなった頬とか、申し訳なさそうに布団に包まって顔を隠す姿とか…………。あれ? 結構可愛くないか? というか色白の部類に入るから、弱気なところが見えると途端に薄光の美少女になるというか…………。

 

 ……横暴な態度が前面的に出てたから気にしてなかったけど、こうして見るとラファエルって実は結構可愛くて綺麗な分類だったんだな。今更認識を変更することなんて不可能なほど印象が色濃く付いてるけど。

 

「教師曰く『サモントンから呼び出し』があって休んだそうです」

 

「なんだ、そんなこと——って、サモントンから……?」

 

「ええ……。自国の騒動も収まってはいますし、方舟計画のこともありますし……もしかしたら……」

 

「方舟計画のことについて……?」

 

 それについては俺もある程度は聞いている。

 

 南極での一件以来、存在を忘れてしまったのではないかと今まで言及されてこなかった方舟基地だが、近日中にサモントン教皇庁が保護したEX級異質物の一部が、safe級に格下げされたおかげで実験の認可が降りたということを。その中には『リーベラステラ号』で目撃したスターダストの情報が入った隕石も入っていることもあり、マリルと愛衣は『OS事件』の際に解析した『柔積水晶(ハイイーが落としたクラゲ状の物体)』にあった『観星台』や『プレアデス星団の座標』についてどんな意味を持つのかを熱心に予定を組んでいる。

 

 ……俺が知っているのはそこまでだ。それとラファエルがいったいどんな関わりがあるんだ? 確かにラファエルは方舟計画において『サモントン執行代表』としていたけど……。

 

「……実は彼女、今回の方舟計画の『代表ではない』のです」

 

「代表じゃない? ということは別の人が来るってこと?」

 

「ええ……。そして、それはラファエルさんの立場を揺るがす材料でもあります」

 

「…………どういうこと?」

 

「ラファエルさんが元々自国で問題発言をしたために、その騒動から身を隠すために留学したのです。それが御桜川であり、その時期に『スカイホテル事件』での騒動などが重なったことで、ラファエルさんがある程度自分で選んだとはいえ、なし崩しでここに来たに過ぎません」

 

「お、おう……」

 

「しかし一年も経過すれば、自国での騒動も沈静化。それに『スカイホテル事件』でマリル長官が交わした契約も解消されます。そして当初の視察団代表も既に完遂済み…………つまりラファエルさんがここにいる理由は、SIDの繋がりとして『執行代表』という身分があったからです」

 

 そういえばスカイホテルでマリルがデックス博士に「ここ一年間のサモントン農産物を優先的に提供する」とか「第二学園都市の金融先物取引所への行動に目を瞑る」とか言っていたな……。

 

 そうか。もうそろそろ一年も経つとなれば、それらの契約も終えるまでもうすぐなのか……。

 

「それが解消されるとしたら……果たしてラファエルさんがここにいる理由があるのでしょうか?」

 

「えっ……? ここに、いる……理由?」

 

 そんなこと今まで考えたこともなかった。だって、新年も一緒に迎えて学園祭も一緒に楽しんでいて……これからもずっと皆と一緒だって無意識に思っていた。一緒にいることに理由なんてあるわけがないと……あるとしても『居心地が良い』からとか、そんな軽い物だと考えていた。

 

「……言いづらいのですが、もしかしたらラファエルさんはサモントンに帰国する可能性もあるかもしれません」

 

 

 

 ——サモントンに帰国する。

 

 

 

 ……それはラファエルと離れ離れになってしまうということだ。

 

 

 

「ははっ……。ははっ……! まさか……っ!」

 

 あまりにも唐突すぎて、ニュクスなりの冗談かと思って笑い飛ばそうと頑張るが、頬も思考も固まって上手く笑えない。それに誰もこの事について異議を唱える者はいない。皆が表情に少し影を帯びたまま黙りこくる。

 

 ……冗談なんかじゃないんだ。本当にラファエルが帰国してしまう可能性について皆が考えているんだ。『方舟計画』における『執行代表』ではないというだけで、ラファエルの新豊州での立場が失墜してしまうほど淡い物だったということを。

 

 そりゃそうだ。いくら御桜川女子校がお嬢様学校の高給取りだとしても、俺みたいな奴がコネもありとはいえ簡単に入学できるような場所だ。学業において特別秀でた結果を持っていないのに、ラファエルが…………というより世界有数の貴族家系である『デックス』そのものが、いつまでも御桜川にいることを許すだろうか。

 

 ……それに以前、ラファエルが視察団代表として初めて御桜川に来た時にこう口にしていた。

 

 

 …………

 ……

 

《ここの多くのデザインは、戦前の有名な建築を真似ているわね。それでいて、自分達の文化が基礎レベルより高いと主張している。だけどキャンパスの面積が小さすぎて各建築様式の間に緩衝と適度なスペースがない…………こんな場所にいて、あなたは鬱陶しくならないの?》

 

《お爺様が、私を他の学園都市に留学させようとしているのよ。そうでなければ…………こんな模倣だらけの中身が空っぽな場所なんて、————足を踏み入れる価値さえないわ!!》

 

 ……

 …………

 

 

 そうだ————。俺はこの学校に愛着はあるが、ラファエルはもしかしたら御桜川自体に愛着なんて物はないかもしれない。

 

 そんな場所から自国に戻れる権利があるというのなら…………いくらサモントン自体にラファエルが不満を持っているとはいえ、また別の学校に留学するためにサモントンに戻るのもあるのではないか?

 

「……じゃあ本当にラファエルは帰っちゃうのか?」

 

「……別に今って訳じゃないけど、その可能性は十二分にあるね」

 

 俺の問いに、アニーに似合わない暗いトーンで答えてくれる。

 

「代表の後見人が誰になるかは分からないけど、引き継ぎとかもあるだろうし……長くて二ヶ月先。短くて今月末……じゃないかな」

 

「もちろん帰国しない可能性もあるんだけど」とアニーはしどろもどろに口にする。

 

 そうだよな…………。いくらラファエルが当初は御桜川に嫌悪感を持っていたとしても、それをずっと一年間も抱いたまま、あの偏屈お嬢様が御桜川に通い続けるわけがない。必ずどこかしらに愛着が湧いてるからこそ今でも通い続けてるに違いない。

 

 だから……もしそうなら……。あのワガママお嬢様が自分の家系に交渉して、自分の意思で、自分のために、それこそ『デックス』としてではなく一人の少女として『ラファエル』として通うことを選んでくれるなら……もしかしたら今まで通り御桜川にいてくれるかもしれない。

 

  

 

 …………本当に、もしかしたらの話だ。

 

 

 

「……方舟計画か」

 

 俺は窓辺から商業地区を眺めながら呟く。その視線の先には、俺達と同じ制服を纏った見慣れぬ生徒達が楽しく遊んでいる。きっと今年入った新入生達だろう。去年の俺たちみたいに買い物を楽しんだり、カラオケやゲーセンなどを巡ったりして、彼女達なりの日常を育み楽しんでいくのだろう。

 

 ……あんな風に過ごせるのは、もうないのかもしれない。そう考えると憂鬱な気分になってしまう。

 

 

 

 

 

 もし本当にラファエルがいなくなったら——。

 

 いなくなったら、俺はどう思うんだろう——。

 

 

 

 

 

 時間は無常に刻み続ける。胸に言いようのない空虚な気持ちなど気にせず、ただ規則正しく秒針は進み続ける。


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