魔女兵器 〜Another Real〜   作:かにみそスープ

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第6節 〜潮騒〜

 バーベキューでひたすら食欲をこれでもかと煽り立てた後は海辺で水合戦したり、砂浜でビーチバレーしたりとあっという間に時刻は夕暮れ時となる。位相波動の観測は今も続いており、現在はハインリッヒがデータ収集を担当中。他は各自待機状態で別荘の領地内で自由行動。

 

 過ごし方は各々個性的だ。

 マリルはほどほどに酒を楽しみつつ時空位相波動の情報整理を余念なく続けており、愛衣は今まで不明瞭となっていたデータをサルベージして考察に耽る。

 

 エミリオとヴィラは今後俺達と同じ御桜川女子高校へと入学する手配となっており、二人は制服をチェックしたり教材を確認したり予習したりと、どうあれ学生生活を楽しみにしてるように感じる。

 

 ベアトリーチェとバイジュウは自室で読書を満喫中。

 イルカとシンチェンは遊び疲れて熟睡中。

 

 となると残るのは、俺とアニーとソヤということになる。

 

「いや〜、海岸でバーベキューはやっぱいいなっ!」

 

「うんうんっ! 好きなだけ食べて、好きなだけ遊んで、好きなだけ休むっ!」

 

「こんなに楽しいのに、なぜラファエルさんは来ないのか……。やはり、わたくしには理解しがたいお方ですわ」

 

 三人揃って仲良くバーベキューの後片付け中。

 アニーは食器類の洗濯。ソヤは設置したバーベキューグリルや鉄網の清掃。俺は使用した炭の処分、鉄板やビーチバレーの道具を元の位置に戻したりの力仕事だ。

 

「これが終わったらバイジュウと一緒にボードゲームでもしようかっ!」

 

「そういえば物置にいくつか未開封のやつがありましたわね。稀少なものもいくつか……」

 

「ボードゲームかぁ……。オセロ位しかやったことないんだけど」

 

 現代っ子はもれなくアプリやビデオゲームしかしてない。

『大乱闘スマッシュ・シスターズ』、『パケットモンスター』、『ファーストファンタジー』『GBUP』、『昨日方舟』、『少年前線』などなど……。

 そういうアナログ系はここ最近やった覚えがない。

 

「オセロの他にもモノポリー、ゴキブリポーカー、お邪魔者、人狼、ブロックス……結構ありましたわよ」

 

「野球盤はあった?」

 

「どうでしょうか。こういうのは面白い『匂い』で判断することが多くて……ブラックな感じしか覚えておりませんわ」

 

 それを聞いてソヤが上げたボードゲーム全般やりたくなくなった。

 ソヤが『面白い』という時点で危険度が跳ね上がり、汚い手段が常套手段として使えるゲームなのではないかと勘ぐってしまう。

 

「どうせ夜通しでやるんだし、なんでもいっか! レンちゃん、今夜は寝かせないよ〜♪」

 

「うぇひひひ……今宵は楽しみですわね♡」

 

「ソヤが考える如何わしいことは微塵も起きないぞ」

 

「ちぇっ」とブーブーと不貞腐れるソヤ。

 そうこうしてるうちにバーベキューの後片付けは終わり、皆揃ってボードゲームを大量に抱えてバイジュウのところへ突撃しようとする。

 

 ——途端、胸元にいつもの痺れが走った。

 

『悪いな、レン。パジャマパーティーの真っ最中か?』

 

「マリルっ! 今からボドゲやるんだけど一緒に……」

 

『誘いは後だ。現在観測中の海域に大きな揺らぎが発生した。時空位相波動に達するには不十分だが、何かの拍子で活動する可能性も考慮すると無視もできない。早急に出撃準備をしろっ』

 

 マリルからの言葉に俺達三人は瞬時に気持ちは切り替える。

 両腕に抱えていた遊具は廊下の端に置いておき、速やかに出撃待機場所となる海岸沿いの崖の下へ向かう。

 

 

 …………

 ……

 

 

 予めここの地理は確認しており、出撃待機となる崖下には昔の海賊が使用していたと思われる天然の空洞があることをSIDは把握していた。

 目的地に向かうと、待っていたのはマリルとハインリッヒの2人。そして海賊が使用していた海賊船——なんてロマン溢れるものではなく、最新鋭のモーターボートだ。

 

「これって……」

 

「異質物のエネルギーを使用した局地戦闘用モーターボートだ。機種は《Satisfaction》というメーカーが製造した《トリシューラ》を改造したものだがな」

 

 企業名を聞いて俺はすぐに思い出した。確か競技用のモーターマシーンを製造しており、ネット上で度々ネタにされる有名企業だ。

 企業理念が『更なる満足へ!』だったり『満足しようぜ!』と意味不明だったり、イベントで姿を見せる社員が全員袖無しジャケットを着て常人には理解不能な論理を発表したりなど、妙な部分が好評を得ている。

 もちろん社名に恥じない品質は保証しているので、企業としての信頼も随一だ。顧客もしっかり満足させてくれる。

 

「あれ? でもこの形式で異質物のエネルギーを使うのは……」

 

 いつかSIDで受けた講習の一つを思い出す。 

 EX級、XK級を除く異質物が持つエネルギー効率は非常に優れているものの、それを普遍的な物に変換するのは莫大なコストがかかり、通常のエネルギーとして普及するのには現状不可能だと言われていた。

 例えば都市の電力もそうだし、車や船といったバイオ燃料もそうだ。異質物は普及された規格に対して適応しにくいからこそ、従来のエネルギー構造は現役のままでいられるのだ。

 逆に言えばコストさえ掛ければ変換可能ではあるので、用途を絞り込めば異質物のエネルギーを利用できる。その一つが異質物武器だ。あと俺に支給されてるいくつかの戦闘服。

 ただそれをしても利益率としては下の下らしいので、大抵はエネルギーではなく資材として使うのが常識らしい。それがシンチェンやエミリオ達と会った『リーベルステラ』の金庫室にあるコンテナや、スカイホテルで『黄金バタフライ』を保管してたアタッシュケースだ。

 

 だが、目の前にあるボートはどうだ。

 見た目は確かにカタログで見た《トリシューラ》とほぼ同じだ。違いがあるとすれば、船体の関節や排泄部分から青白く揺らめく光が見えることだ。これは異質物の特徴で間違いない。

 マリルが口にした『異質物のエネルギーを利用した』という言葉に偽りなどなく、船という規格に異質物を適応させたのだ。

 

「まさかこのためだけに血税を搾り取ったなッ!?」

 

「ところがぎっちょん。船の燃料規格を異質物に対応できるようにするだけならコストは大統領専用車よりも掛からん。一番費用が膨れるのはエネルギー自体を普及した規格に合わせることなんだ」

 

「じゃあ最初からそうしようよ!」

 

「アホか。異質物のエネルギー自体は千差万別の上に単純じゃない。確かに熱、液体なら大丈夫さ。だが中には情報、時間などが異質物のエネルギーとして内蔵してることもあるんだ。どうやって現代技術で適応したエネルギーに変えればいい? 答えろ、どうしたらいい? 答えてみろレンちゃ〜〜〜ん♪」

 

「無理です……」

 

 だとしたら、このモーターボート……つまりは電力のエネルギーを内蔵する異質物のエネルギーがSIDは予め保有していて、それに合わせたと考えるのが自然だ。

 だけどそんな『電力』に適合した異質物なんて、今までの調査で見つかったことあったか?

 

「これに見覚えはあるだろう?」

 

 そう言ってマリルは一つの見覚えのある『電池』を見せてきた。

 

「あっ、それってイルカがくれたのだ!!!」

 

 イルカが渡した『電池』を見て、俺はあの日の夜を思い出す。

 初めてイルカと出会った江森変電所での出来事を——。

 

 

 …………

 ……

 

 

《イルカ、は、『執行人』》

《『執行人』……中二病的な称号っぽいけど、最近の子の流行りか?》

 

《えっと、……チョコレートをあげるから、そんなに怒らないで……》

《ちょこれーと?》

《これはみんなを幸せな気持ちにしてくれる甘~い食べ物だよ!!》

《見知らぬ幼女を餌付けするレンちゃんのセリフの方が、よっぽど誘拐犯みたい……》

 

《……これ、あげる》

《これは……液中プラズマ?》

 

 

 ……

 …………

 

 

 今思うとバッドコミュニケーションだった気がする……。

 

「でも、あれは普通の液中プラズマじゃ……」

 

「お前は底抜けのアホだな。『天国の扉』が起きた時にヤコブが交渉材料に使うほどだぞ? 『魔女』としてのエネルギーになる以上はただのエネルギー体なわけないだろ」

 

 確かにそうだ。それに一応口に入れるものだ。

 逆に普通の液中プラズマだったら危険だってもんじゃない。……普通のプラズマって何だろう。

 

「規格を合わせる基も、イルカの装備という参考例があったからな。お手頃な費用で間に合わせることができたんだ」

 

「なるほどなぁ〜……」

 

「問答は済んだか。発進する準備は出来てるから、さっさとどこかに掴まれ」

 

 モーターのエンジンが入る。それと共に発生する青白い光。『電池』が持つ異質物エネルギーの放出だ。

 

「————きゃぁぁぁあああああっっっ!!!!!」

 

「振り落とされるなよ、小娘共ッ!!」

 

 マリルはボートを発進させた。なぎ払うように襲いくる横の重力。俺は情けない悲鳴を上げながら手摺りにしがみ付いた。

 

 刹那で最高速に達したボートは、瞬く間に海上を駆け抜けていく。

 爽快感は微塵も沸かない。この殺人的な加速はどう表現すればいいのか。ジェットコースターが落ちる速度を数倍にでもして維持するような重さと言えばいいのだろうか。どう形容しても「超気持ち悪い」の一言に収束する。

 

 そして地理を把握するおまけで、もう一つ知りたくもないことを俺は知っている。海岸から少し離れた岩礁地帯は複雑な構造をしており、真っ直ぐ進み続けるのは不可能なことを。

 つまり、それは船体が旋回するいう意味であり、操舵者はあのマリルだ。初めて方舟基地に向かう際に「本当生きててよかった」と思うほどの異次元運転を発揮したマリルがボートを動かす。

 

 どうなるかなんて予想するまでもない。

 

「ぅっ……!!」

 

「これは、効くね……っ」

 

 アニーも三半規管が故障したご様子。青い髪もあって、より一層表情に陰を落として体調が必要以上に悪く見える。他のみんなは大丈夫そうなのが、一層アニーの容体を心配させる。

 

「だいじょ……うぷっ!」

 

「吐かないでね……レン、ちゃん……ぅぇ……」

 

 お互いに今にも吐きそうになりながら励まし合う。

 ソヤが小声で「これはこれで有りですわ」と言ってるが、何が有りなのか。口から吐瀉物を掛け合いそうになる女の子二人を見て萌えるのか。俺には無理だぞ。

 

「マいぅぅ……えげばぁ、びぃばばっ?」

 

「すまないが、私が会得してる言語に対応してないのは分からん」

 

「マリル、エミ達は?」と言いたかったが伝わらない様子。

 そこで精神力が尽き果てて、以降俺はただ嗚咽を漏らすだけのオーディオ機器となるだけ。

 

 と思った矢先、ハインリッヒが爆速で駆けるモーターボートの慣性なんて露知らず。「クスクス」としか言いようのない笑顔を浮かべてこちらに向かってきた。

 

「お困りでしたらお助けしますよ、我がマスター」

 

「おげぇぁっび……」

 

「……本当に解読に困りますね。『お願い』で間違いないですか?」

 

「ばぁぃ……」

 

「わかりました。我が叡智をお見せします」

 

「ぁぁぃぃぃぉ……ぅぷっ……!」

 

「……アニーさんの分もですね。かしこまりました」

 

 するとハインリッヒの戦闘服から光の粒子を光り出して、俺達を取り囲む。

 吐き気も視界の不安定さも少しずつ収まっていき、光が晴れるころに先ほどまでの感覚が嘘のように消えていた。

 

「服自体に防護術式を施しました。それさえあれば、慣性によるGの働きや水中での負担も軽減できます」

 

「あぁ〜……ありがとうハインリッヒ。すごく楽になったっ!」

 

「俺も楽になったよ……で、なんで俺だけ服装変わってるの?」

 

 アニーはいつもの青いパーカーを模した戦闘服だというのに、俺の服だけいつもの袖なし臍だしの黒いセーラー服ではなく、ピンクのインナーと白のローブに様々な装飾を施した何とも形容し難い重装備に変わっている。露出している部分はスカートの先から見える太ももくらいなのだが、不思議なことに重量感などは一切感じない。

 

「ラファエルさんがいないと魔術的な回復は見込めないので、万全を期してマスター用にわたくしのお古を調整しました」

 

「これハインリッヒのお古なのっ!? 嘘だろっ!!?」

 

 なんでこんな貞淑な衣装が着れるのに、あんな裸至上主義が生まれるの!? 

 

「服自体に身体の基礎代謝を上げる力や、熱や電気に対する繊維、念力や幻覚といった類を軽減する防護術式を組み込んであるので、戦闘がかなり楽になると思いますよ」

 

 やだっ……俺の服、高性能すぎ……っ!?

 

「ただし服自体の魔力がなくなると、動きにくい衣装になってしまうので、そこのところはご了承ください」

 

 どうやら異世界無双系の主人公には俺はなれないらしい。

 実質的な弱点ないのがナウくてヤングでトレンディ―なのになぁ。

 

「どう、アニー?」

 

「うんっ、似合ってるよ! ……ただ、それだけ高性能だと私が上げた服はお払い箱だね。……リカルメにでも出品する?」

 

「いやいや! これはあくまで決戦用というか、デンドロビウムみたいなもので、普段はアニーのが一番楽だよっ!」

 

「それとマスター。こちらも渡しておきます」

 

 いつか見た緑色の宝石が、ハインリッヒの手からいくつか貰う。

 

「ラファエルさんが念のためと、夜な夜なこさえてくれました。使い方は覚えてますか?」

 

「忘れる方が難しいよ」

 

 使用方法、体液に触れさせる。効果、回復する。以上終了。

 危なくなったら傷口に触れさせるか、それとも宝石自体を舐めればいいとかいう現代医療を舐めたものだが、効力自体は折り紙付きで使用さえすれば肌が焼け焦げても完治するほどだ。

 

 ……ラファエルも、こんなことなら意地張らずに来ればいいのに。

 どんだけストラッツィ家というか、マフィアとかのキナ臭い血筋が嫌いなんだよ。

 

 海を横断して数分。目的地となる海域まで到着した。

 だが異変らしい異変は見られない。波は荒らむことなく平穏そのものだし、海中を見ても毒沼とか酸化してるみたいな分かりやすい変化も起きていない。

 

「俺には全然分からないけど、マリルやハインリッヒはどう思う?」

 

「水質に変化はないですし、気流の乱れも感じません。潮の香りも……問題はありません」

 

「私も的が外れた。違法渡航者などが潜水艦を利用して異質物を持ち込んだかと思ったが……ソナーを起動しても反応が見当たらない」

 

 どうやら二人にも見当がつかない様子だ。となれば頼れるのはあと一人。

 

「映像は回しているが、見えるか愛衣」

 

『見えてるよ〜♪ 『天国の扉』の時を反省してカメラも切り替え可能な三段仕様にしたから全部試したけど…………こちらでもわからないだよねぇ、これが♪』

 

 イヤホンから愛衣の興奮気味な声が聞こえる。なぜ科学者というものは理解不能な自体に直面すると興奮するのか。普通は恐怖するものじゃないかと思うのだが……。愛衣だけが例外なのか?

 

「んっ……。味の変化はありませんね」

 

「海水を飲むなよ!?」

 

 例外はもう一人いた! ハインリッヒだ! 

 こいつもさも当然のように奇行に走ってやがる!

 

「視覚、触覚、聴覚、嗅覚すべてが問題ないのです。ならば味覚にも頼るでしょう」

 

「虱潰しとか頭脳派のすることじゃねぇ……」

 

「未知の探究はフィールドワークが基本ですよ? 研究というのは狭い部屋で閉じこもってばかりでは実りません。何事もとりあえずチャレンジです」

 

 多分その思考を持った人間がフグを食えるようにしたんだろうなぁ。

 

「叡智というものはもっと大らかに、もっと自由に、もっと大胆に。私のように開放的にならないと」

 

「お前の場合は開放させすぎだ」

 

 珍しくマリルの手刀がハインリッヒを襲った。愛衣がいなくてある意味手持ち無沙汰なんだと思う。

 だが手刀を食らった本人は「これはこれで……」と思わぬ反応をしていてマリルも流石に困惑を隠せないでいる。

 ……科学者全員が愛衣やハインリッヒみたいな変態だったら世界はもっと酷いことになるのだろうか。

 

『んっ、どうしたのシンチェン? ……伝えたいことがある? ちょっと待ってね〜。…………よし、いいよ!』

 

『あ〜あ〜、テステス! 本日は晴天なり! あいうえおあいうえお! 隣の柿は良く客食う柿だ!』

 

 人喰い柿が生まれてる!?

 

『こらこら、遊び道具じゃないんだよ』

 

『分かってるって〜♪ ——コホンッ』

 

 いつもの戯けた態度は咳払い一つで消え失せる。

 そうだ、頼れるのはもう一人いた。Wikipediaを朗読するかのように様子がおかしくなったシンチェンがいた。

 

『海は光によって色を変える。朝日は輝き夕日は眩くように海は変わる。だけど海を照らす光は二つある』

 

「光が二つ?」

 

『一つは陽光。一つは月光。両方とも光だが、その性質は大きく違う。特に月光は危険。何故なら『lunatic(狂気)』という言葉の語源は月から来るほど、月の光には魔力は溢れている』

 

 シンチェンの言葉は相変わらず文字を朗読してるだけで、本人が理解してるかどうか怪しいトーンだ。

 だが逆にそのトーンが、彼女の語り部をよき一層不安と焦燥を助長させる。

 

『月の魔力は代々言い伝えられていて、かのローマ帝国三代目皇帝、ガイウス・ユリウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクスは狂気に満ちた王だった。それは月に魅入られていたという説もあるぐらい』

 

「…………そういうわけですか」

 

「どういうこと、ハインリッヒ?」

 

「異質物は人間に干渉することで初めて時空位相波動は発生しますが、正確には異質物が持つ『情報』に影響されて…………。いえ、異質物に限った話ではありませんが、人間という者は『情報』に酷く影響される。宗教、アイドル、インターネットのフェイクニュース、創作物における独自的な科学……。この際何でもいいでしょう、マスターが想像しやすいのを選んでください」

 

 ……アイドルにしようかな。女の子になってから推す機会が少なくなったけど、高崎明良ちゃんのファンだし。

 

「どういう形であれ人間というのは『情報』と隣り合わせです。異質物が与える知識も、アイドルが歌う歌詞も、宗教が唱える倫理も……。全ては人間を『狂わす情報』なのです。でしたら、ここで問題は湧きます」

 

「問題?」

 

「果たして、異質物だからこそ『情報』を持つのか、『情報』を持つからこそ異質物なのか……。後者ならば媒体さえあれば『情報』を与えるだけで異質物に相当する兵器を作れる」

 

 その言葉で俺は『天国の扉』を思い出した。

 あれも街頭に特殊な壁画と、携帯などのカメラを通して見ることで観測者の暴力性を『狂気』へと昇華させた。

 そして最終的に『狂気』という『情報』は伝搬して新豊州各地で暴動を引き起こしたのは記憶に新しい。

 

「まさか位相波動が少しずつ反応が大きくなっていたのは……」

 

 マリルが頭上を見上げる。『満月』が世界を照らしていた。

 満月の鏡像は海面に映され、波が揺れるたびに満月も歪む。まるでこれから起こる何かを笑うように。

 

「月の魔力という『情報』が満たされるのが今宵この時だった。だから位相波動が今まで前兆しか見せなかった……。だとしたら——」

 

 直後、海面が揺れる。海で地震が起きたと表現するのは些かおかしいが、俺の語彙力ではそう言うしかない。

 

 すると海面の底から影が見える。それも一つじゃない。十、二十、三十——。徐々に増えていき目視できるだけで百は超える。

 

 そしてそれはやがて群体となって姿を見せた。

 

 白目を剥いた眼球、カエルのような水かきが付いている手、明らかに人の肌ではない薄青い肌と、人間の原型からは掛け離れている。

 肌の色素はガラスのように薄いのか変形して一体化した臓器の数々がうっすらと見える。

 だが一番特徴的なのは下半身であり、脚がなく『尾』がある。歩くのではなく泳ぐためにある部位だ。陸上での活動するという生態があれにはない。

 

 形容するならば——それは『人魚』としか言いようがない存在がそこにはいた。


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