魔女兵器 〜Another Real〜   作:かにみそスープ

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第10節 〜貧しいが富んでいる〜

『方舟基地』襲撃の件を聞いて、俺たちの休養は急遽中断となって、すぐさま蜻蛉返りすることになった。皆が皆、各々楽しんでいたこともあり、手にはタピオカミルクティーやらスムージーやらがあるが、場の雰囲気は重苦しいものに違いない。

 

 何せ『異質物』が強奪されるという大事件が起きたのだ。それも『アルカトラズ基地』と同様に、アレンが神出鬼没に現れて颯爽と『魔導書』と『剛和星晶』が盗まれる大失態だ。それに命に別状はないとはいえ、アニーも高圧スタンガンによって気絶させられて数日間は目を覚ましそうにないとも愛衣が言っていた。

 

 だが、そこまでなら警備性の問題から来るSIDの責任という形になるが事実は少々異なる。確かに『異質物』はアレンに強奪されることになったが、そこには共犯者がいたんだ。

 

「……本当なの、ウリエル?」

 

「本当だよ。ガブリエル兄さん…………いや、ガブリエルが裏切った。今回の実験計画を……デックスの威信を貶めるようなことをしたんだ……っ!」

 

 その共犯者が『ガブリエル・デックス』——。その事実に俺は少々気が滅入ってしまった。だって、あの人がそんなことをするなんて……想像できなかったから。

 

「……こちらも少々油断していた。あの弁明は全ては方舟基地の警備を少しでも薄くするためのものだったとはな……」

 

「…………ありえないわ」

 

 マリルの言葉にラファエルはポソッと呟いた。

 

「お兄様………………いいえ、ガブリエルはこんな大胆に裏切れるような人じゃないわ」

 

 ラファエルの言葉に俺も同意したくて堪らない。だって、少し話しただけでも分かる。あの人はラファエルを必要以上に溺愛していた人物だった。今回の先延ばしという名の、ラファエルを街に行かせようとしたのだって、この計画のために実行する背景はあるだろうけど、それでも本当の本気でラファエルが後悔させようにするための一面もあったに違いないのは確かなんだ。

 

 だけど……それを口にしたところで意味はない。現実に方舟基地から『異質物』はアレンとガブリエルに手によって強奪され、その後の行方は『異質物』共々不明なままだ。どんなにガブリエルのことを弁明しようと、起こった事実は変わりはしない。

 

「それに……私の事をダシにするような真似を……」

 

「気持ちは分かるよ、ラファエル姉さん。僕だっていまだに信じられない……」

 

「私もです。ガブリエル様はミカエル様の次席にいる者……。自身が問題を起こせば、自国に与える悪影響がどんな物を想像できないほど子供ではないはず……」

 

 サモントン関係者であるラファエル、ウリエル、モリスが各々自分の心情を口にする。そんな中、ヴィラクスだけは三人と違って「あの〜〜」と少々申し訳なさそうな声で意見を出した。

 

「『魔導書』の行方が分からないとのことでしたら、私の力を使えばすぐに分かりますよ?」

 

「…………マジで!?」

 

 ヴィラクスが持つ意外なスキルに、サモントン関係者として知っていたであろうウリエルとモリス以外の全員が驚いた表情を見せた。あのマリルでさえもだ。

 

「『魔導書』のマスターは私……。『魔導書』から知識が流れるという力を逆探知すれば可能です」

 

「はえ〜〜。…………『魔導書』をこっちに戻すことはできないの? 瞬間移動とか、自律移動とかで」

 

 某リリカルでマジカルでエースな作品みたいに。

 

「それは無理です。ファンタジーやメルヘンじゃあないんですから……」

 

 ワープに似た実例はあるんだけどね。南極基地で行った時みたいに『因果の狭間』を介せばそれっぽくは。

 

「では、早速調べることはできるか?」

 

「できますよ。…………えっと……」

 

 マリルからの催促にヴィラクスは早速応えた。目を瞑って意識を集中させているせいか、ヴィラクスはコマのように回り続けて軸足もブレてドンドン明後日の方向に行ってしまう。

 

 傍目から見なくても、これ大丈夫なのかと不安になってしまう挙動だ。果たしてその結果はいかに。

 

「方角はあっちで……距離が…………分かりませんね」

 

「分からないんかいっ!!」

 

 いつぞやのシンチェン並みの雑過ぎる測定でどうしようもなかった。

 

『ですがご安心を。私達がいれば、お茶の子さいさいです』

 

 その時、思わぬ方面から助け舟が来た。この声、このトーン……つい先程聞いたけど、同時に長い間聞いてもなかったような不思議な感じ……。しかも電話機越しのような若干篭った感じは……!

 

「スターダスト!?」

 

 俺の端末に、電子世界にいるスターダストが声をかけてきた。画面にはエレクトロな景色を背に、スターダストがいつも通りのほほんとした微笑を浮かべている。

 

 ……そして背景には宙を漂いながら、読書をしているオーシャンの姿も見えた。まるで見えないハンモックの上にいるような落ち着いて本を読む姿は、あまりにも今の非常事態の空気と噛み合ってない。まあ情報生命体に空気読めと言っても、そりゃ難しいかもしれないけど……。

 

『はい、今をときめくVtuberのスターダストちゃんです。その方角でしたら、私も『剛和星晶』の反応を肌身で感じています』

 

「肌身って……」

 

『ですが、それが分かるだけで十分です。二つの『異質物』は同じ方向にあることが分かれば、後はオーシャンが何とかしてくれます』

 

『おいっす〜〜♪ 呼ばれて飛び出て何とやら! オーシャンちゃんです!』

 

 いや、さっきから見えていた。結構優雅にノンビリとフワフワしてたよね。

 

『私の情報が詰まっている『剛積水晶』は方舟基地にあるよね?』

 

「あぁ。ここは『異質物』の一時的な保管庫としてもあるからな」

 

『じゃあ、その座標を入れて……後は『剛和星晶』がある方角と、それに伴う『剛積水晶』との共鳴反応の強さを入れて……そこから逆算すると……出てきたよ〜〜!』

 

 元気いっぱいにオーシャンはドヤ顔をしながら、世界地図を見せてくれた。そこには方舟基地の場所を示す青い点があり、青い点からは破線が長く伸びて、最終的には海にある赤い部分を指した。それは現在も移動中だ。地図が縮小しているため視覚的には少々分かり辛いが、赤い点の情報を写す座標の単位が変化していることから分かる。

 

 だけど、気になる情報がもう一つあった。赤い点から更に橙色の破線が点滅を繰り返しながら伸び続けている。この点滅する破線が意味しているのは『予測』であり、赤い点も現在はこの『予測』に反することなく動き続けている。

 

「太平洋を横断中…………しかもこの渡航ルートは……!」

 

『そう。デックスのお嬢様なら分かるよね』

 

 そして、この『予測』の波線はある場所で消える。そこは『予測』が示した最終的な位置だ。その場所について、俺も知っているが、誰よりも知っているのはラファエル自身だろう。

 

 

 

 だって、そこはラファエルが生まれ育った国なのだから。

 

 誰よりも高貴であることを誉れにする国。

 どこよりも食料が恵まれた自然豊かな国。

 国民全てが信仰心を胸に宿す信心深い国。

 

 

 

 ——その名は、第四学園都市『サモントン』。

 

 

 

 …………

 ……

 

 

 

 場所は変わり、SIDが所有する軍用ヘリコプター内。そこでは急遽組まれた『異質物』の奪還のために作戦メンバーが搭乗していた。

 

 実際に現場に出るメンバーは俺、バイジュウ、ソヤ。バックアップはラファエル、ヴィラクス、モリスと丁度新豊州所在組とサモントン所在組で綺麗に分かれた。まあ、この振り分けになるのはしょうがないと言える。

 

 ラファエルは治療面では非常に優秀ではあるが、戦闘面では初級護身術程度の実力しかなく、正直な所、多分今の俺よりも弱い。

 ヴィラクスは『魔導書』がなくなったことで本来持つ力の大半を現在使用できない。これでは戦闘自体がままならない。

 

 となると上記二人がいくらバックアップで、サモントンに急遽設けた駐屯基地に待機とはいえ、誰かしら護衛がいないと、今度は駐屯基地に襲撃された時に対処できる人員がいないため、その保険としてモリスが待機することになる。そういう流れがあってこうなった。

 

「本当にモリスさんは待機でいいのですか? 私がバックアップに回った方が……」

 

 と口にしているのは、なし崩し的に作戦に参加することになったバイジュウだ。せっかくの休日を返上してしまい大変申し訳ないが、今は緊急事態だ。少しでも戦力が欲しいのが実情なため、こうして手伝ってくれるのは素直に嬉しい。

 

「大丈夫ですよ。私は『戦えません』から」

 

「……戦えない?」

 

 バイジュウはモリスに疑問を溢すと、モリスは「ええ」と認めた。

 

「甲冑なんて見掛け倒しの上に鈍重ですから、こういう強襲作戦には一切向いてないんです。…………それにいくら裏切ってるとはいえ、私はガブリエル様に手を出す気が起きなくて」

 

 モリスの言葉に、聞き耳を立てていたラファエルが「どの口が言ってるんだか」と不満を垂れるが、モリスの気持ちは分からなくもない。短い時間とはいえ、ラファエルのことを本当に大事に思っているガブリエル相手に手を出すのは少々気後れしてしまう。

 

 しかし、モリスの言ったことには疑問が残る。それでは『戦いに向いてない』とか『戦いたくない』という表現が正しいはずなのに、彼女が口にしたのは『戦えません』という断定だ。『ローゼンクロイツ』の第一席におり、デックス家でガブリエルやラファエルの教育係もしていた人物が、そんな表現をするのは些か違和感が湧いてしまう。

 

 それがどんな意味を持つかは計り知ることはできないけど……今はどうでもいいだろう。目的とは一切関係ないのだから。

 

 だって俺達はたどり着いたんだから。アレンとガブリエル……正確に言うなら『剛和星晶』と『魔導書』があると示された第四学園都市サモントン上空へと。

 

「すげぇ……ネットで見るより広大で、綺麗だ……」

 

 見下ろした景色に俺は感動した。そこに広がる『緑化都市』に恥じない一面のクソミドリ……じゃなくて宝石のように煌めく植物や木々が無数に立ち並ぶ様に。

 

 上空から見ても分かる。建造物の全ての屋根に植物があり、ベランダは柵にはグリーンカーテンが敷かれている。マンションなどになれば屋上には植物園や公園などが設置されており、ほぼ全ての建造物が昔に提唱されたエコロジー世界を実現させたような芸術的な都市だった。

 

 他にもまだまだ見るべきところはある。都市部から離れたら、一転して田舎臭さ全開の黄金色に波打つ麦畑が見えるが、驚くべきことにその広さが見たこともない。どれくらいの大きさかと言われたら俺の尺度では到底表現しきれない。少なくとも新豊州が二つや三つあっても容易に超えてる面積だ。本当に計り知れないほど広くて…………これが全てサモントンの国土だと思うと、あまりの凄さに興奮してしまう。

 

 以前、修学旅行で来た時は旅客飛行機に乗っていて、まともに上空から見てなかったから新鮮味を感じてしまう。

 

「これがサモントンよ。……感激してるとこ悪いけど、実態はそう良いものじゃないの」

 

「そうなの? だって、こんなにも綺麗……」

 

「国土の維持には色々と必要なものがあるのよ。予算もそうだけど、人員とか設備もね……貴方には辺境の土地が見えないのかしら?」

 

 そう言ってラファエルは辺境の先の先を指差した。俺も双眼鏡を使って見てみると…………。

 

「…………手作業でやってる?」

 

 双眼鏡越しでは、衣類さえも小汚い老若男女が畑を一心不乱に耕していた。そこにはトラクラーといった農業機械もないどころか、そもそもこんな広大な土地を移動するための『車』や『オートバイ』さえ見当たらない。周囲には木造建築の家や、自転車や井戸といった人力を利用する物以外何もなかったのだ。

 

「その通り。都市部から離れた場所は文明レベルが明治時代よりも低迷してるのよ。時代逆行も過ぎて笑っちゃうでしょ?」

 

「……どうしてこんなことになってるの?」

 

「サモントンにはホームレスが多いのは知ってるでしょ? 日夜ニュースで取り上げるくらいだもん。これは『七年戦争』を機に棄民を必要以上に受け入れてしまったのが原因の一つで、当時のサモントンはXK級異質物が動き始めたばかりということや、『黒糸病』のこともあって、とてつもない貧困に満ちた国だったの」

 

 ラファエルは語る。生まれ育った国のはずなのに『汚物』を見るような怪訝な目を浮かべながら。

 

「国土は問題ない。資源も問題ない。だけど食料と資金がなかった。だから黎明期のサモントンは自転車操業で国を繁栄してきた……。明らかに他の国よりも低迷した技術レベルでね……。こんな国土を持った国が、国自体から国民一人一人に文化的で最低限の生活を保障できるわけがなかった。……結果、国民全ては自給自足を強いられることになったのよ」

 

「……でも今なら貿易で資金も豊富なんだろう? 食料だってサモントンは世界随一じゃないか。だったら、もう問題ないんだろ?」

 

「それがそうもいかないの。『黒糸病』の農作物汚染は脅威なのは常識となった今、国一つ一つの農作物は壊滅的……いや、破滅的な大打撃を受けた。米一粒作ることさえ難しいほどにね。…………だけど、サモントンならXK級異質物の力を使えば賄うことが可能だった。…………この時点で、サモントンが選ぶ道は二つに一つとなった」

 

「……サモントンが独立するか、しないかってこと?」

 

「流石にそこらへんは察しがつくようね。そう、サモントンは自国だけで繁栄できることを分かった以上、国外との貿易を止めることもできたの。だけど、それはできなかった……理由は簡単で、文明レベルが低下していた当時、世界を敵に回したら領土目当てで戦争を仕掛けられて敗戦するのは分かり切っていたから。仮に勝てるとしても、それに伴う資源の消費量とも見合ってない。…………サモントンは世界と共存することを選んだの」

 

「……別に良い話なんじゃない?」

 

「ここまでなら美談でしょうね。だけど、ここから先は地獄以前の問題よ。人類は何億人いると思ってるの? 『七年戦争』の影響で世界人口は十分の一、更には国家崩壊して棄民状態となった人を入れなくてもザッと数えて半分の3億5000万人…………。それら全てをサモントンだけで賄えると思う? そりゃ新豊州に比べたら広大よ。だけど、いくら国土があろうと、世界からすれば何十分の一の小さな物に過ぎない。…………農作物だけとはいえ、サモントンの国土だけで世界の大半を賄うなんて無理難題だったのよ」

 

 突如として伝えられたサモントンの実態に、俺は絶句するしかなかった。あんなに緑化都市として宣伝され、自然と一体化してるように風潮されていたのに、その中身は余りにも凄惨なことに。

 

「それに農作物って言うけど、トウモロコシやサトウキビの穀物は自動車などのバイオ燃料としても使用できる……。用途が増えれば、需要も増える。需要が増えれば供給も増えざる得ない。……この国土だけで世界は農作物をもっと作ってほしいと懇願してきたの。…………未だにサモントンは都市部以外はライフラインさえ安定してないのにね」

 

「……じゃあ常に限界ギリギリだったってこと?」

 

「そうよ。世界事情と合わせるため、サモントンは結果的に国民に『奴隷』のように開拓を命じた。…………その開拓の成果が今見える黄金色の麦畑ってわけ」

 

 改めて黄金色の麦畑を見るが、もう俺にはそれが綺麗な物には見えなくなった。そんな俺の矮小な頭に浮かぶのは、よく創作やドラマに出る『夜景の美しさ』についてだ。あの風景だって、一見すれば綺麗かもしれないが、その光は『誰かがそんな夜になっても働いている』ことの裏返しであり、それを知ってからは夜景も素直に見れなくなった。そんな気持ちと似ている。

 

 ……そして実情を知ったからこそ、ある部分について考えてしまう。それは、あのスカイホテル事件での『一年間、新豊州への優先的に農作物を供給する』というのは、余りにも交換条件として酷だったのではないかと。

 

「…………国民は不満を抱かないの?」

 

 だからこそ聴いてしまう。そんな国民全てが奴隷であり、その中でも割合としてはごく少数とはいえホームレスなどがいる現状について、国民が何も言わないはずがない。

 

 それについて、ラファエルは吐き捨てるように言った。

 

「……何のための『宗教信仰』だと思う? 何のために『天使』の名を持つと思う? 何のために『貴族主義』だと思う?」

 

「……………………ごめん」

 

 そのための思想の根付きだと気付かされた。全員が全員、何かしらの『思想』を持ち、何かしらの『役目』を与えられた奴隷のような存在だと。

 

「私は……これが正しいと思ってたのよ。本当に、心の底から…………今でも頭では理解してるほどに……」

 

 聡明なラファエルだから理解してしまう。その在り方をサモントンが受け入れているからこそ、『七年戦争』で傷だらけの世界となった今でも食料問題はそこまで深刻にならずに済んでいることに。だからこそ今でも世界が存続できていることに。

 

 ……俺はそれに対して何も言えない。だって、俺が腹一杯食えるのだってサモントンが献身してくれたおかげだ。それに対して『間違ってる』と言ったら、今までの俺の生き方さえ棚上げしたあまりにも恥知らずで配慮のない物になる。馬鹿丸出しもいいとこだ。

 

 …………じゃあ、俺はなんて言えばいいんだ。その答えは見つからない。見つかるわけがない。最初からデックスどころか、国民さえも含んだサモントンのあり方に、部外者である俺が何も言えるわけがないんだから。

 

「…………さあ、そろそろ着陸よ。今回は任務なんだから、旅行気分にはならないようにね」


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