魔女兵器 〜Another Real〜   作:かにみそスープ

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第11節 〜その勢いは留まることを知らず〜

「ハインリッヒさん、髪綺麗で長ーい!」

 

「いたたたたたっ!! 髪を引っ張らないでください……っ!!」

 

「アンタもサモントンにいることになって、子供たちの世話役増えて助かるよ〜〜。……さて私は用事があるので、一眠りしますか」

 

「ただサボりたいだけですよね!?」

 

「あの…………何してんすか?」

 

 駐屯基地——。という名のデックス家が持つ数ある別荘のうちの一つ。そこに訪問したところ、眼前にいきなり飛び込んできたのは、10人以上はいる子供達と戯れるハインリッヒとセレサの姿だった。

 

 セレサはいつも通り気怠そうにしながらソファで子供の一人をあやし、ハインリッヒは普段のイメージとはかけ離れて子供達に揉みくちゃにされて、その美しく枝毛ひとつない金髪は、まるで寝起きの俺みたいに乱雑となっている。

 

「見ての通りだよ。護衛と称して親戚の子守りをするのも『位階十席』の仕事の一つさ。ハインリッヒちゃんは今はただの随行員だけど、いずれは席を用意されるからね。今のうちに慣れて欲しいわけ」

 

「じゃあ、ここにいる子供達って……」

 

「そう。未来のサモントンを担うデックスの一員。…………とはいっても未発達な状態。その名に恥じない子になるかは、まだまだ先のことだけどね」

 

「ね、シェキナちゃん」とセレサは自分の前にいる子供の頭を撫でながら言うと、シェキナという名の子供は「うん?」と意味も分からないながらも肯定した。

 

「……シェキナも天使の名前?」

 

 俺の問いに「そうね」と応えたのはラファエルだった。

 

「この中で一番末っ子。『シェキナ』の名は『生命の樹』の……って説明して伝わる?」

 

「ごめん、全く」

 

 俺の馬鹿丸出しな発言に「じゃあ説明するだけ無駄ね」とラファエルは速攻で話をやめた。知識不足で申し訳ない。

 

「さて、ここの別荘はデックスの私有地だから好きにして大丈夫よ。総督からも許可は頂いてるから。……でも、あのガブリエルが裏切るなんてね〜〜。…………いったい何があったのやら」

 

「私に言われても困るわよ。ガブリエルの事が測れるとしたらミカエルぐらい…………そういえばミカエルはいないの?」

 

「ミカエルは外交官として第一学園都市と第六学園都市、それに『バイコヌール基地』とかに顔出してるから不在よ」

 

「相変わらず忙しいのね……。何がそこまでミカエルを駆り立ててるのか……」

 

 セレサとラファエルの会話からして、どうやらデックスでも特別視されているミカエルという人物は今はいないようだ。ラファエルよりも特別視される存在……いったいどれほどのラスボス度数が高いのが少し気になっていたのに。

 

 でも、それは後でいいだろう。今は強奪された異質物の行方を追わないといけない。俺は絶賛演算装置として起動しているスマホへと目を向けて、そこに映るスターダスト達に声をかけた。

 

「どんな状況?」

 

『キンバリー・アン・ポッシブル風情? まあ、予測地点の集束は頑張っているのですが……』

 

『どうしても絞れる予測範囲はレンちゃん達がいる所から、おおよそ半径5kmが限界かなぁ。現地に『剛積水晶』持っていけるなら話は別だけど、EX級異質物をホイホイと国外に出すわけにはいかないし……』

 

 それはもう仕方ない。逆にどこにいるか分からない白紙の状態からサモントンの、しかもデックスの数多くある別邸近辺にいることが分かるだけで僥倖という物だ。

 

『ヴィラクスちゃんはどんな状況?』

 

「私も大体の方角が分かるまでしか……。感じからして、都市部で構えてるんじゃないかと……」

 

『あー、じゃあ都市部だって分かるなら探索範囲も半減だね。別荘は都市部から離れてるから、反対側の放牧地に向かわなくていいし』

 

「反対側は放牧地なんだ……」

 

「そうよ。家畜は当然として、今や絶滅危惧種と化したサラブレッドの馬とかもいるわよ」

 

「馬っ!? このご時世に馬っ!?」

 

 七年戦争の影響で甲子園や東京ネズミーランドを始め、ありとあらゆる施設は致命的なダメージを受けた。それはもちろん動物園や競馬場も例外ではない。だから家畜以外の動物…………ライオン、ゾウ、馬といった大型系の動物は漏れなく姿が見なくなったというのに……サモントンでは存命というのか。改めてサモントンのXK級異質物が優れていることを認識してしまう。

 

「自動車を持たない郊外の人達の貴重な移動手段なのよ。それにサモントンの農作物とはいえ、不細工だったり卑猥だったりと商品として市場に出せないのを処理したりと一石二鳥だし」

 

「どんだけ時代逆行してんの……。というか普通に自動車とか与えればいいのに……」

 

「サモントンの地質はXK級異質物によって保証されてるの。つまりは自然的ではない。だから下手にガスを排出する機械類を使うと、環境変化によって地質が変化して、それに伴ってXK級異質物も再度植物を遺伝子改造。結果的に突然変異を起こす可能性があるから、極力使用を控えるようにしてるの」

 

「なんかインチキ宗教によくある手を翳せば放射能が消える、みたいな言い訳に聞こえるんだけど……」

 

「植物はただ育つだけじゃないの。外界の情報に敏感に反応して、その成長を変化させる。……向日葵だって太陽に向かって咲くでしょう?」

 

 言われてみれば確かに。……にしては過剰すぎないか? 放射線とかによる食物汚染じゃないんだから、もう少し緩く意識してもいいのではないかと考えてしまう。

 

 ……でもXK級異質物を管理する以上、むしろそれくらいのほうがいいのか? 過剰が過ぎるほどに厳重に厳しい方が安全みたいな。

 

「与太話もここまで。ガブリエル達を探しに行ってきなさい」

 

 そう言ってラファエル達は俺達、捜索メンバーを見送ってくれた。

 

 

 

 …………

 ……

 

 

 

 さて、俺たちは逃走中のガブリエルとアレンを探しにサモントンの都市部に繰り出すことになる。全員戦闘用の装備は整え、今回はハインリッヒがいてくれたおかげもあって、例の『治癒石』もバックアップメンバー含めて一人三個とかなり奮発してくれた。しかし再度逃走を計られては面倒なため、一発で終わらせるために作戦メンバーとなった俺、ソヤ、バイジュウは都市部に潜伏しながらも、追跡のために普段とは違う服装で街中に溶け込むことになった。

 

 ソヤはアウトロー感漂う装いであり、いつもの特注修道服を中に着込みながら、その上に緑と黒を基調としたソヤには一回りほど大きいコートを羽織っている。そういうのがお気に入りなのか、被っている黒キャップには目立ちにくくも猫耳を象っており、コートも靴も靴下も猫をモチーフにしたワンポイントなデザインが見える。これはこれで非常に似合っているが、正直普段の装いからのギャップが強くて遠目から見れば別人に感じてしまうほどだ。

 

 かくいう俺も自分でもかなり大胆な装いではあったりするのだが。春先で暖かいこともあり、臍や腰が丸見えの無地で薄ピンク色のオフショルダートップスに、マイクロミニの青色デニムパンツ。見せ用とはいえ首から掛ける黒ブラ。我ながら相当攻め攻めだが、不思議と恥ずかしいという気持ちは湧いてこない。むしろカッコいいとさえ思う。

 

「……レンさん、随分と際どいですわね」

 

「ここまで来ると逆に良くない?」

 

「そうですが……今後レンさんのピュアピュアな匂いを堪能しにくいと考えてしまうと………うぅっ……」

 

 どうやらソヤからすれば不評のようだ。まあ、自分でも攻めすぎかと思ってるけど……なんかイナーラとの一件もあって、こういう装いするのも悪くないと知ったからなぁ。色々と着るのは楽しいんだぞ。

 

「…………いや、でもこれはこれで……周りの匂いを刺激することに、気づかない純情っぷりも…………純情系ビッチというような……」

 

 何を言ってるんだ、ソヤは。人をビッチ扱いするなんて失礼だな。ただ自分の肢体が魅せる可能性を模索してるだけなのに。

 

 

 

 ……さて、もう一人のメンバーであるクールビューティこと薄幸系インテリ美少女のバイジュウはどんな服装か。さぞ清楚だと期待していたのだが——。

 

 

 

「あの……バイジュウさん? そのシャツなんですか?」

 

「漢字プリントのTシャツです。海外受けいいですよ?」

 

 しかし、俺の目にはとんでもないファッション音痴のバイジュウの姿が焼きついて仕方なかった。ストレートタイプの薄青色のダメージデニムパンツとローヒールの黒いパンプスは良いんだ。下半身だけ見ればデスクワークで書類やデータ作業を熟すキャリアウーマンに見える。

 

 ……いや、上半身も要素だけ抽出すれば全然良いんだ。黒のシンプルなシャツの上に、ベージュ色の肩掛けカーディガン、変装用なのか薄黒縁の伊達メガネをしており、どう見てもバリバリ仕事のできるキャリアウーマンだ。どっからどう見ても完璧な仕事人だ。

 

 だというのに……だというのに、それら全てを一撃で粉砕、玉砕、大喝采する強靭、無敵、最強な存在感を放つワンポイントがある。それがシャツにこれでもかとクソデカ達筆フォントで印字された『冷奴』という文字なのだ。服装どころかバイジュウの美少女オーラさえも喰らい尽くす圧倒的な存在感は、あまりにも悪目立ち過ぎる。

 

「だからって、何故に『冷奴』……」

 

 まだ英語とかなら、雰囲気とかで誤魔化せるのに。

 

「これで『クールガイ』と読むんですよ。中々にカッコよくないですか?」

 

 いや『冷奴』は『冷奴(ひややっこ)』だろ。決して『冷奴(クールガイ)』とは読まないだろ。

 

「ソヤはどう思う?」

 

「十人十色ですわ。多様性社会に必要なのは寛容な気持ちですので、世間一般的な考え方を置いとけば、バイジュウさんの装いは個性的で大変よろしいかと」

 

 こいつ、遠回しにダサいって言ってる……!!

 

「まあ、これだけ全員服装が違えばガブリエルさん達も気づきにくいでしょう」

 

「違う意味では目立ちそうだから、周りのことも考えてほしいけどね……」

 

「そっくりそのままレンさんに言いますわ。……しかし、ここの匂いはいつ来ても慣れませんわね……」

 

「匂い? ……そういえば匂いさえあればソヤは追跡することはできる?」

 

「現状況では難しいですわね。住民の皆が信心深すぎて、似たような匂いしか発しないのです。流石にアレンやガブリエルさんは全く別の匂いではありますが、二人の匂いを掻き消すほどの人数ですので……」

 

「じゃあ匂いで追うことは……」

 

「できなくもないですが、匂いで追える時点で視認できる距離だとは言っておきましょう」

 

 うーむ、前途多難だな。絞れたと言っても、それでもサモントンの都市というだけで広大だ。どれほどか分かりきっていながらも、改めて周囲を見渡してしまう。

 

 ……ビル、マンション、アパート、一軒家、お店など選り取り見取りだ。しかもそのほとんどがベランダや庭に観葉植物があったり、グリーンカーテンだったり、花壇があったりと、緑豊かで落ち着いてはいるが、決して探しやすいというわけではない。この中で文字通り草の根も掻き分ける勢いで探すものなら、人員も少ないし、仮にいても潜伏場所も多そうで半年あっても足りはしない。そんな時間があったら再び逃走準備を終えてしまうし……。

 

「バイジュウからは何か策はある? 虱潰しでもいいけど、流石に時間を詰めるに越したことはないし……」

 

 とりあえずクソダサ印字シャツは置いといて、その聡明で博識だけは決して紛い物ではない知識に頼ろうとバイジュウに聞いてみることにした。

 

「私は追跡に関しての能力はないですからね。そういう面で期待されても困りますが……ただガブリエルさんはサモントンで知らない人はいませんから、住民が騒ついていない以上、外にいたり公共スペースにはいないでしょう」

 

「……つまりデックスが数多く所有する別邸のどこかって事?」

 

「いや、それもないと思います。デックスは所有する土地や別邸にいるとしたら、モリスさんやセレサさんや伝わるはずです。もしも仮に、極薄い可能性として二人も裏切り者だとしても、我々がここに来る前からハインリッヒさんがいますし、今はラファエルさんも居たりと隠蔽するのは困難を極めます。この線はまずないと考えて大丈夫でしょう」

 

 バイジュウも色々と考えてくれているようだ。

 

「それに『異質物』の動向も移動しないまま『潜伏』……。これはガブリエル達は少なくとも『数日間は生活できる空間を確保できている』という裏返しでもあります。つまりは衣食住が最低限保障されている状況ということ。お風呂は我慢するとして、食事も排泄も問題なく行えて人目につきにくい……そういう場所にいる可能性が高いと思われます」

 

「……ならセキュリティ意識の高いホテルのVIPルームとか?」

 

「惜しいです。いくらセキュリティが高いとはいえ、一日に一回は従業員から確認を取られますし、寝室とかも整えるために清掃員が入退室をします。そんな一般人の目に入る場所に『異質物』を持ち込むのは、とてもリスクが高すぎます。同様にホームレスがいるような公園や橋の下も可能性は薄いです」

 

「だったら、バイジュウはどこにいるか検討がついてるってこと?」

 

「……それは分かりません。私も決してサモントンに詳しいわけではないので……。これらの条件が当て嵌まる潜伏場所が見つかるかどうか……」

 

 流石にそこまではバイジュウでも分からないか。でも、おかげで捜索範囲はさらに狭まりそうだ。都市部の5km圏内の二人が証言した全てに該当する要素を含んだ場所にいる可能性があると…………。

 

「逆に聞きますが、レンさんは何かしら候補とか浮かびますか? 潜むのに絶好の場所とかは……」

 

「俺も修学旅行で来た一回だけだからな……そんな…………」

 

 …………あれ。そういえば一つだけ思い当たる場所がある。デックスの所有してる場所でもなければ、外でもなければ公共スペースでもない場所。偶然にも、俺は一度だけその場所に赴いたことがある。

 

 

 

 

 

 それは——サモントン政府の管轄所属である『ヴェルサイユ宮殿』という場所だ。

 

 

 

 

 

 あそこは確かに歴史的文化財として外も中も、骨董品さえも復元並びに模倣した物で真の意味で芸術的価値はないですねラファエルは口にしていたが、問題はそこではない。あそこは関係者以外立入禁止とされた区画が、生活に一切困らない範囲で確保されている。年がら年中デックスによって管理されてるわけでもないし、いくらラファエルの叔父が総督という身分であろうと、それだけでサモントンを全て支配できるわけではない。デックスという個人の管轄ではなく、サモントンという政府の括りであれば『公共スペースに属せず、人目に付かずに数日間は生活空間を確保できる』という条件を唯一そこは満たすことができる。

 

「…………それで本当にいいのか?」

 

 けれど確証があるわけではない。もしも俺なら、その条件に見合う場所がそこだから向かうという話に過ぎない…………。

 

 ……だからこそ自信も湧く。だって追う相手はガブリエルでもあるが、その隣には『アレン』がいる。俺がそういう方面で考える以上、多分恐らくきっと『俺』であるアレンも『ヴェルサイユ宮殿』が浮かぶ可能性が濃厚なんだ……。

 

「…………レンさん?」

 

「……『ヴェルサイユ宮殿』に行こう。恐らくそこに二人はいる」

 

 考えたって仕方がない。時間は刻一刻と削られているんだ。

 二人は俺の言葉に確信を感じて頷いてくれた。きっと『ヴェルサイユ宮殿』に行けば、何かしらの事は分かるに違いないと。


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