毎週更新も変わらずですが、5月半ばには完結できるとは思います。
『……続い……のニュースで……。……日前に顔なしの遺体が発見されました。年齢は10代ほどと思われており、身元特定のために——』
「……よし。これでテレビは繋がったな」
「叩けば直ると聞いたが、配線を改めて繋いでも直るのか」
「それ昭和以前の話だから……」
——ヴェルサイユ宮殿、関係者用フロア。
そこには忙しなく動き続けるアレンをジっと見つめるセラエノと、色々と荷物を調べているガブリエルの姿があった。
「これは大丈夫……。これも大丈夫……。これは……賞味期限切れか。戦後の時に使用されずに保管されていた缶詰めと言っても、やっぱり年数単位だと腐る時は腐るよなぁ」
「水道やガスはどうだった?」
「水道は大丈夫。ガスは止めてあった。……一応電気コンロはあったから料理はできなくもないけど……」
「美味しくはなりそうにないな」
「……電気コンロとはIHではないのか?」
「全然違う」とアレンとガブリエルの二人は言うと、静観するセラエノを背に動き続ける。これは使えるか、あれは使えるかを繰り返し、壁を見てはこれは大丈夫か、あれは大丈夫じゃないかを言い続ける。
「しかし、ここを使うことになるなんて……。けれど準備するだけ損ということに本当にならないよね? 無駄足は嫌いだよ、私は」
「大丈夫、レンなら絶対気づく。俺達がここにいることくらい」
「まあ……君が言うなら信じるけどさ……。隣の女の子が『突然』現れた時といい、君達は不思議なところが多くある」
「私はいつもいたぞ。『断章』と私は二つで一つ。『断章の結晶』をアレンが持つ限り、私はいつでもどこでも出てこれる。すごいだろ」
「すごいすごい。すごいから大人しくしててね」
いつも通り無表情で胸を張って威張るセラエノをアレンは適当に遇らうのを他所に、ガブリエルは内心「この子、全然意味分からないなぁ」と思いながらもアレンとの話を続ける。
「さて、最低限の準備は終えたし、後は迎え撃つだけだ。……絶対に『魔導書』だけは『誰の手にも渡しちゃいけない』からね」
「そうだな。保険として、セラエノはこちらが防衛する間に『剛和星晶』の情報を『断章』に記すようにしといてくれ」
「——必要ない」
二人が話し合う中、セラエノは無表情なくせに威圧感に満ちた表情で告げる。
「既に『星尘』との情報は共有した。…………誰かは知らないが『外宇宙』の理に接触し、挙句には『門』に喧嘩を売った者のおかげで『門』の安息は無くなったからな。…………私も光よりノンビリする訳にいかないんだ」
それぞれの思惑が交錯しながら、邂逅する時は迫る。アレンは手元にある端末を覗き見た。
映るのはヴェルサイユ宮殿の入口前。監視カメラ越しで見る三人の少女達の姿に、アレンは苦笑いを浮かべながら、誰かに伝えるわけでもなくそっと呟いた。
「…………バイジュウ、いつ見てもそのセンスはないと思うぞ」
…………
……
目前に迫るは、いつぞやの修学旅行兼『インペリアル・イースター・エッグ』を通して、俺が謎の異世界に飛ばされた事変となった場所であるヴェルサイユ宮殿。そこに俺達は何かしらの情報はあるんじゃないかと足を運んだ。
とはいってもアポもない状態での訪問。元は世界遺産とはいえ、今ここにあるのはあくまで復元したものの以上、歴史的価値など薄いため観光客の来館率も悪いため、予約をしていなければ館内を見ることもできない。現に俺達の目の前で物静かに閉まる城門には、工具店などで売ってる安物ではない本格的な錠前で施錠されていた。これではSIDで一応ピッキング技術を得ている俺でも解錠はできない。
「ヴィラはいないから『OS事件』みたいに物理で解決できないよな……」
「物理解決をご所望なら、私のチェーンソーでブッタ切れのコマ切れにすることもできますが、如何なさいますか?」
「アレン達がいない可能性も十二分にあるから強行策はなしでいこう。金属が摩擦する音も嫌いだし」
「まるで確信があるなら強行すると言いたげですね……」
実際にいる確信があっても若干躊躇うけどね。腐っても世界遺産の復元だし。これ以上、賠償金とか請求されて借金娘を引き摺るのは懲り懲りなんだ。
「前に来た時はラファエルが突然現れたんだし、きっと関係者専用の…………おっと、あったあった」
周囲を歩いて一つだけ錠前ではなく、電子ロックで施錠されたドアを見つけた。その扉は入り口にある古風な造りと違い、防弾性の金属扉であり、その造りに馴染ませようと多少は加工してあるが、それでも多少の違和感は感じてしまう。恐らくこれが関係者用の出入り口で間違い無いだろう。
……まあ、どちらにせよ問題はどうやって入るかだったんだけど……。
「…………故障してるな」
「故障してますわね」
「故障してますね」
暗証番号、指紋認証、生体認証、そのどれもが機能せずに無防備に扉は開放されていた。まるで『ここから入って来い』と言いたげに、無防備ながらも威圧感を放つ佇まいで開かれた廊下の先を見て、俺は思わず生唾を呑んで考えてしまう。
「……ソヤ、匂いはどうだ」
「しますわ……悪巧み特有の薄黒い匂いが……。少なくとも『誰か』は絶対にいますわね」
『誰か』が悪巧みの匂いを漂わせながらいる——。恐らくアレンとガブリエルに違いない。まさか本当にヴェルサイユ宮殿にいるなんて……。
……この先にいることは分かった。けれど本当にここから先に進んでいいのか? 冷静に、そして改めて相手の戦力を分析してみる。
まず『異質物』についてだ。『剛和星晶』は自己防衛する力はあるが、同時に自己防衛しかしない。他に数ある『異質物武器』と違って持ち主に力を与えたりはしない。これは脅威にならない。
続いてヴィラクスの『魔導書』だ。これも脅威にならない。何故なら、ここに来るまでヘリの道中でウリエルもヴィラクスも『魔導書』は認証したマスター以外の命令は受け付けない事を実証済みと言っていた。つまり『異質物』自体は、敵対勢力としては出てこない可能性は非常に高い。
だとしたら次は相手自体の人数はどうだ。確実にいるのはアレンとガブリエル。他にいるとしたら…………アレンの隣にいたセラエノの存在ぐらいだ。もしもアレンが何かしらの組織に属していた場合はその限りではないが…………組織に属しているなら、そもそもニューモリダス、新豊州、サモントンと点々とする必要はない。仮にここヴェルサイユ宮殿で籠城しようとしているなら、籠城しなければいけない身分という時点で無法者確定だ。だからどう見積もっても2人か3人のはずだ。
だったら、最後に相手の戦力はどうだ。ガブリエルはラファエルと違って『魔女』ではない。そして先程『異質物武器』がないとも推測した以上、ガブリエル本人に対抗しうる力は持ち合わせていない。無力と考えていいだろう。
しかしセラエノは余りにも未知数だ。『外宇宙』の存在とも星尘は言っていたし、下手したらあの『ヨグなんとか』に匹敵しうる存在だが…………ならば、どうして『方舟基地』を襲撃した際にアレンだけだった? もちろん今現在は一緒にいない可能性はあるが、もし一緒にいる場合なら、それは彼女が戦力にならないからではないかと考えてることができる。
だとしたら問題はアレンだ。アレンの実力は如何程なものか。『方舟基地』へと単身で乗り込んで『異質物』を強奪するほどの腕前だ。ニューモリダスで『天命の矛』を利用した異質物武器を考えると、こちらまだ未知数なところはあるが……。
——勝機はある。俺はもう、あの時とは違う。アレンと一対一になっても対抗できる力を手に入れたんだから。
「…………行こう」
その言葉を合図に、俺達はヴェルサイユ宮殿へと突入した。至って普通なはずなのに異質に満ちた廊下。一歩踏み出すたびに、緊張感から背筋や手から冷や汗が出て湿っぽくなる。一歩踏み出すたびに空気が冷えて肺が収縮して息苦しくなる。まるで深海に潜るような感じだ。ここは地上であり、油絵や陶器もあるはずなのに、徐々にそういう特有の匂いが薄らいでいく。
「……なぜ奥に行くほど『匂い』が『薄く』なっていきますの……?」
その異質な雰囲気に『共感覚』持ちのソヤが見逃すはずがなかった。一歩、また一歩と進むたびにそれは如実に分かる。不安から手汗はありえないほど溜まりに溜まり、滝のように溢れ続ける。今にして思えば、今回はこのような薄い衣装にして良かったかもしれない。変にベタつかなくて済む。しかし、それと現状とは話は別だ。
余りにも異様な雰囲気——。何故か感じる『孤独感』と、例えようのない不安から、俺はいても経ってもいられずに、二人と話して誤魔化そうと後ろへと振り返ると——。
「ねぇ、ソヤ——」
——二人が『消失』していた。今まで確かにそこにいたはずの二人が、最初からいなかったように姿を眩ませていた。
……理解が追いつかない。まるで幻であったかのように、二人の姿は忽然と消え去っている。一緒にいたはずなのに……どういうことなんだ。
混乱する頭の中で一度落ち着こうと壁に手をつく。
落ち着け——。
落ち着け、落ち着け——。
落ち着け、落ち着け、落ち着け——。
深呼吸を一つ。目を閉じて一度視界の情報をリセットする。自分の四肢から伝わる情報を一つずつ再認識して落ち着きを取り戻す。
そして、ある違和感に気づいた。身体に何も異常がないというか、少々の変わったところがないことに。心拍数は上がってないし、思考はボヤけてもいないし、筋肉が萎縮してもいないし、呼吸も乱れていない。
じゃあ、どうして『冷や汗』が出てるんだ。ここまで『手汗』が溜まってるんだ——。
狐に摘まれた感じを拭うべく、俺は改めて自分の手を見てみると、その正体に気づいた。これは『汗』じゃない。ましてや『血』でもない。自分の身体から流れている物ですらない。もっと単純過ぎて、逆に意味不明な代物だった。
「これは……『水』?」
…………
……
「レンさんっ! ソヤさんっ! いったいどこに行ったのですか!?」
——同時刻、同じくヴェルサイユ宮殿にてバイジュウは『一人』で叫んでいた。しかし、その声はレンにもソヤにも届くことはない。音という物は、本来人間が視覚の次に重視する五感であり、一般的な条件下であれば人間の声は約180mまで届く優れ物だ。いくらバイジュウの目の前からレンとソヤの二人が突然消えたとしても、その180m範囲内であれば声だけでも本来なら届くはずなのだ。
だというのに、音は分かりやすいくらい響くことなく消え去った。まるで『何かに吸い込まれる』かのように、バイジュウの声は遠くに行くたびに急激に萎んでいったのだ。
「…………『音の吸収』。それに『水』……。だとしたら、今まで私が……いや、私達が見ていたのは……!」
「そう、『水に映った鏡像』だ。お前達は進むたびに自ら孤立していったんだ」
突如としてバイジュウの背から知人に良く似た声が届いた。その知人は今いるサモントンの令嬢であるラファエルであるが、視界に入ったのは見た目だけなら何一つ似ない金髪の少女だった。
バイジュウが言えた義理ではないが、バイジュウ以上に無表情で冷たい印象を受ける瞳。童話に出るような鮮やかで、ボリューム溢れる赤いサロペットスカートとはミスマッチであるはずなのに、何故かそのミスマッチこそが似合う謎にして神秘的な雰囲気を纏う少女。その少女に、バイジュウは思わず聞いてしまう。
「貴方は……?」
「私はセラエノ——。プレアデス星団の観測者」
…………
……
「私の相手はガブリエルさん、ってことですわね……」
「その通りだよ、審判騎士様」
——一方その頃、同じくヴェルサイユ宮殿内にてソヤは、今回の強奪事件を起こした首謀者の一人であるガブリエルと対峙していた。
「抵抗は無駄だと言っておきましょう。言いたくはありませんが、私は『魔女』ですので」
「昔は『魔女狩り』染みたことやってたのに、今は『魔女』だなんてね……。ミイラ取りが何とやらってことか」
「けれど」と感慨深そうにガブリエルは話を続ける。
「そんな君だからこそ問いたい。『魔女』であり『魔女狩り』でも審判騎士様に」
「……いいでしょう」
「人は何を持って『魔女』とする? 力か、地位か、金か? それを問いたい」
「さあ? 私、そういう部分は深く考えておりませんの」
「それと」とソヤは、コートの中に隠し持っていた折りたたみ式のチェーンソーを展開させた。
「慈悲も容赦もありませんの。私は母代わりのシスターさえも殺し、育ててくれた修道院をも裏切った魔女……。例えデックスであろうと、殺る時は殺りますわよ」
「…………じゃあ、殺ってみるかい? 今こうして無防備に佇むただの天使の名を持つ『人間』相手に」
「——そうするしかないとの言うのなら」
刹那——。ソヤは鋭く研ぎ澄ました一瞬だけの殺意と決意を持って、猫のように俊敏にガブリエルの懐へと入り込んだ。
同時に『ギュイイイイン!!』と、その手にある折りたたみ式のチェーンソーを起動させる。それはソヤが昔から愛用していた『執行人Matthew』ではなく、SIDより支給されたソヤ専用の『掃除屋Thanatos』という新型武器だ。切れ味抜群の上に、回転ノコギリの遠心力を利用して『屍弾』という特殊な加工を施した弾丸をぶつける殺意の塊のような代物だ。
本来なら普通の人間相手に振るうには、余りにも度が過ぎた兵器だ。それもそのはず、この『掃除屋Thanatos』自体は徹頭徹尾『魔女』に対する殺傷力を高めた代物なのだから。『OS事件』の件もあって、ありとあらゆる条件下でも戦力を保障できるように『屍弾』という名の『爆弾』を射出する機能を備えさせた集団戦にも対応した一品。それは例え『魔女』相手だろうと過剰であり、まさに近代兵器が生み出した『魔女殺し』と言える。
しかしソヤは自身の『共感覚』から伝える情報で、ある確信を持ってこの魔女殺しをガブリエルに振るう。その心境に潜む気持ちはただ一つ。
——ガブリエルには『何か』がある、ということだ。
「やはり……っ!!」
切り裂いた瞬間、ガブリエルは『水』となって弾けて消えた。その先には余裕綽々な表情でガブリエルは立ちはだかっており、ソヤは「この程度『匂い』で分かりきっておりましたわ」と再びチェーンソーをその鼻につく表情へと向けた。
「これは強奪した『異質物』では見られない特性……。でしたら、それとは別に何かしらの『異質物武器』を使用して挑んでいるということですね……」
「『異質物武器』? ははっ……何を勘違いしてるんだか……」
そう言うと、ガブリエルはその胸にある青色の宝石を指で摘んだ。それはラファエルが『エメラルド』を持っていたのと同様、ガブリエルに与えられたデックス家の家宝の一つ『サファイア』だ。それはどこにでも普通の宝石であり、それ自体に『魔力』があったとしても決して『異質物武器』にはなり得ない代物だ。
それを見せつけるように出して、一体何の意味があるのか。ソヤは訝しげな表情を見せて注意深くガブリエルを見続ける。
「もう一度問う。人は何を持って『魔女』となる? そもそも『魔女』とは何だ。罪を犯したものか? 人の堕落の果てが『魔女』なのか?」
「何を言って……」
そして、ソヤの目の前で不思議なことが起きた。その指にある『サファイア』が突如として形状を変えて『弓』に変化したのだ。
ソヤは戦慄する。過去に『スカイホテル事件』でラファエルの『エメラルド』が、ベアトリーチェの力を持って『剣』となった事例があるのは知っている。しかし、それはベアトリーチェが『魔女』だからこそ出来た芸当であり、ただの『人間』であるはずのガブリエルが、ベアトリーチェと同様に『サファイア』の『魔力』を解放して武器にすることなんてできるはずがない。
そう——。できるはずがないのだ。『ただの人間』が『魔力』を利用することなんて——。
そんなことができるのは『魔女』だけなのだから——。
「続けて問う。天使は何を持ってその翼は堕ちる?」
世界が呑み込まれていく。どこからともなく溢れ出す『水』が、ソヤとガブリエルの周囲を包み込んでいく。
——同時に『匂い』が薄まっていく。
——『匂い』が『水』に飲み込まれていく。
それはソヤの『共感覚』が無力化されたことを意味していた。既に『匂い』は消え去り、もうソヤにはガブリエルの『感情』の動きや、それに伴うあらゆる行動の『予備動作』さえも不鮮明となる。
この時はソヤは理解した。これは正真正銘『魔女』の力だと。ガブリエルはラファエルと同じように『魔女』の力を宿していたのだと。
なるほど、確かにガブリエルはラファエルと同じデックス家の者だ。才能に恵まれた兄貴分だ。『魔女』になったというのなら、ラファエル以上に『魔女』に適した力を持っていても不思議ではないだろう。
——しかし、それは有り得てはいけない現象なのだ。
「我が名は『ガブリエル・デックス』——。司るは『四元素』の『水』——。堕ちたこの身に持つのは強大すぎる力を持って、お前の相手をしよう」
何故なら、『魔女』の力という者は『女性』にしか宿らない——。
——『男性』であるガブリエルが、その身に『魔女』の力を宿すわけがないのだから。