魔女兵器 〜Another Real〜   作:かにみそスープ

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第7節 〜人魚〜

 海上には『ドール』とは似ても似つかない人型の『何か』が犇めき合っている。

 

 白目を剥いた眼球、カエルのような水かきが付いている手、明らかに人の肌ではない薄青い肌と、人間の原型からは掛け離れている。

 肌の色素はガラスのように薄いのか変形して一体化した臓器の数々がうっすらと見える。

 だが一番特徴的なのは下半身であり、脚がなく『尾』がある。歩くのではなく泳ぐためにある部位だ。陸上での活動するという生態があれにはない。

 

 見覚えがある。非常に見覚えがある。

 今でこそ見ることは滅多にないが、子供の頃は母親がテレビや絵本で見せてくれていた。

 

 ——あれはそうだ。一番当てはまるのは『人魚』と呼ばれる存在だ。

 

(……だとしたら、いくらなんでもグロテスク過ぎるだろっ!?)

 

 あんなのが人類が夢見た種族『人魚』だったら、全国の夢見る子どもたちは号泣なんてものじゃない。子供の頃に見たらトラウマになって毎晩夢に出てくるぞ……。

 現に隣にいるアニーは鳥肌を立てており、ソヤも若干引き気味な表情で群れを成して突撃してくる人魚へと臨戦体制を構えようとする。

 

 衝撃的な遭遇に誰もが反応が一瞬遅れる。マリルでさえも息を呑み、魚雷のように海中から飛び出た人魚の接近に反応が示せない。

 皆が胸中に抱く思いは何か。驚愕か、恐怖か、躊躇か、困惑か。何にせよ、大抵の人間ならこの状況にはすぐには対応できない。

 

 だからこそ——。

 

 ——ガキィィイインッッ!!

 

「魂を食べたいのね……ラピスラビリ」

 

 こういう時のハインリッヒは良くも悪くも心強い。

『真理』を求める彼女にとって人魚はただの『未知』にしか過ぎず、故に好奇心の対象にしかならない。人魚の突進を双剣で弾き返し、続け様に回し蹴りで人魚を海へと打ち上げた。

 

 逃すまいと稀代の錬金術師は双剣を携えて、どういうわけか生身で海上を走り抜けていく。

 得物の名は『ラピスラズリ』——。魂を喰らうことで輝きを増す、ハインリッヒが最も得意とする武器だ。

 人魚と交わす瞬間に一閃、人魚の首を刈り取った。正確無比な絶命の一撃は彼女がいかに戦場で場数を踏んだかを物語らせる。

 吹き飛んだ頭部の断面から出血はなく、代わりの赤い霧が撒いて最初から何もなかったかのように消失した。

 

 ……訓練やドールとの実戦でいくらか見慣れたとはいえ、こうやって人型の生物が消えていくには少々心苦しい。ドールと似ているから生命活動をしてない、という認識は持てても、そう簡単に割り切れるものじゃない。

 

 ——そう、簡単に割り切ってはいけない。人魚がドールと似たようなものなら、きっと『首を切った程度で活動を止めるはずがない』のだ。

 

 残された胴体は未だに動き続けて、ハインリッヒの僅かな隙をついて再びこちらに突撃してくる。

 もう迎撃準備はできている。今度は俺が守る番だ。右手にある金属バットを強く握り込んで……。

 

「『均衡』こそが世界の自転を維持する力——」

 

 だが、ハインリッヒの実力は底知れず。人魚の強襲を後出しで対応しきれるのだ、余裕の笑みを浮かべながら。

 彼女が放った赤黒い球体が首なし人魚にぶつかると、突如して人魚の動きが極限にまで遅くなる。

 

 その隙をソヤは見逃さない。自身の武器である電動チェーンソーを取り出し、荒々しく動体を何度も挽き裂いた。そして今度こそ人魚は活動を停止して、完全にそのすべてを赤い霧へと変えて消える。

 

『うんうん♪ ラピスラビリに付与した『フィオーナ・ペリ』の術式は機能してるね』

 

「なんだよ、『フィオーナ・ペリ』って?」

 

 イヤホンから聞こえる愛衣の声に俺は質問を投げる。

 聞き慣れない単語が急に飛び出したら、説明を入れるのが少年漫画の鉄則だぞ。

 

『ハインリッヒが開発した概念系の新武装だよ。彼女の周りに浮かぶ赤黒い球体は『汐焔』って言うんだけど、それは彼女を自動で守る護衛機みたいなもので、彼女の意思が強ければ強いほど威力と防衛範囲を広げるものさ。恐ろしいのは、それらはある機能を成立させるための副次的な産物にしか過ぎないということ』

 

「副次? じゃあ元々の使用用途は別なのか?」

 

『そうだよ。これが生まれたのはレンちゃんが彼女の欲求を昂らせたのが発端さ』

 

 欲求を昂らせた……って、微妙に如何わしい言い方にするなよっ!

 

『レンちゃんは『因果の狭間』や『天国の扉』を対処してきたじゃないか。とはいっても両方とも完璧ではない。前者は方舟基地から南極へのワープして、後者はレンちゃんの体感時間10分と違って実際は2時間の経過。この差に何かしらの起因するのが『あの方』への打開策に繋がるんじゃないかとハインリッヒは考えたのさ』

 

『因果の狭間』などの異能に対して自力で対処するための技術——。

 ハインリッヒの奴、過去に魔導書を収集して『あの方』に接触して以来、傀儡にされたのがよっぽど癪だったんだな……。気持ちは分からなくもないけど。

 

『研究を重ねてハインリッヒは一つの結論に達した。どちらも一度世界の概念から離れている以上、世界の概念に関与している。そしてそのどちらにも時空位相波動は発生しており、時空位相は世界の概念を揺らがせるもの。そこで彼女が考えた、「時空位相波動を意図的に起こせば面白そう」ってね。これを戦闘用にしたのが『フィオーナ・ペリ』なんだ』

 

 ……訂正。錬金術師の考えることは意味わからんっ!

 

『汐焔には意図的に時空位相を極小で暴走させる術式と、素体となる『異質物』のカケラが組み込んであって、人体に触れたら本来それらが持たない『情報』を付与して世界の概念に齟齬を起こす。結果として存在証明が出来なくなり、動きが遅くなるという原理さ。…………コンピュータ的に言えばメモリへの負荷処理を急激に増やして処理落ちさせるもので、出力さえ増やせば自己崩壊さえできる』

 

「…………うん! そういうことかっ!」

 

 なんとなく理解できたような、理解できないような……。なんにせよ俺には想像がつかない力を行使していることだけはわかる。

 だが、そうなるとハインリッヒが海上を移動できるには何でだ? 理論を聞く限りフィオーナ・ペリとは無関係じゃないか。

 

 気になってハインリッヒを観察してみると、走り抜けた後には足形に氷漬けとなっている海が見える。

 …………錬金術師らしく足先から何かしらの魔術的な物を使用して、海を瞬時に氷へと凝固化して足場にしてた感じなのかな? ……どうあれとんでもない力業だな。

 

 イヤホンからも愛衣が『ハインリッヒの体重から考えると氷の質量は……』とか『この質量の水を氷に変えるのに必要なエネルギーは……』とかなり興奮気味だ。こんな異常な状態でも、愛衣らしく対象への疑問を検査しようとするという正常に狂ってる彼女に安心する。

 

「でも、これじゃあ俺達は遠隔で対処するしかないよねっ!?」

 

 一応船に積んであるエアロゲルスプレーを足場として噴出してもいいけど、これだって人間の体重を支えられるほど便利な物じゃない。仮に乗れても出来としては壊れかけのサーフボードになる未来しか見えない。

 

「そのための極地戦闘用だッ! こちらから接近して通り魔でもしてろッ!!」

 

「りょ——っかいですわぁ!!」

 

 海上を円状に動き続けるボートの上で、ソヤは艶やかな笑みを浮かべながら次から次へとチェーンソーの刃は人魚の肉を挽き切る。

 俺も負けじと金属バットを人魚の顔面にぶつけて、スプラッター映画より酷い顔にして怯ませる。

 

「——跳弾力野球ボール、シュートッッ!!!!」

 

 シュートという名のストレートを、アニーは鞭のように身体を撓らせたオーバースローで投げる。彼女の最高球速は訓練の末に139キロも出ており、並の人間なら普通に骨折しかねない。殺人的な速度を誇る白球は人魚の動体へとクリーンヒット。消失まではいかないものの、リリーフ投手として最適な防衛を見せてくれる。

 

 だが、そこまでなら超人にすぎない。ここからが『魔女』の本質だ。

人魚に直撃したデッドボールは意思を持つように次々と他の人魚へと喰らいつき猟犬へと豹変する。執拗に何度も人魚の間をピンボールのように跳ね返り、すべての人魚にハットトリックを決めていく。競技がもう滅茶苦茶だ。

 

「支援攻撃は私に任せといて! いざとなったらL字投法もある!」

 

「頭に『殺人』がつく投法だろ、それ!?」

 

 ネットの古参ネタで見たことあるよ! 他にもナイアガラとか三段何とかとか、頭の悪い(褒め言葉)野球をしてたよね!?

 

 だがこのコンビネーションがあって、しばらくは問題なく戦えた。そうしばらくは。

 

 俺とアニーが船を防衛。ソヤは人魚の迎撃。ハインリッヒは単独行動で殲滅を謀る。

 …………どう見てもハインリッヒの負担が大きいのだ。今回は街中ではなく海上だ。従来の戦闘方法が機能しない以上、どうしても初陣の役割分担では労力に差は出てしまう。

 

 それをマリルが気付かないはずがなく、苦虫を潰した顔で船の操舵に集中している。この掟破りの速度で、粗さはともかく正確な距離感を掴んだまま人魚に接近するのには技術以上に精神力がいる。現にマリルはほんの少しだが疲労を見える。

 

 このままだとジリ貧だ。掃討できるかと言われれば可能ではあるが、マリルがいつまでも保つかと言われれば考えにくい。彼女だって人間だ。ロボットのように冷たくて残酷な一面はあっても、その全てが機械じゃない。だからこんな俺を彼女なりに守ってくれる。

 

 ハインリッヒも万能無敵ではない。個人だけでは、どうしても数の暴力は対処しきれない部分が存在する。特に防衛面に関しては如実だ。船の防衛には一向に参加できない。

 

 何か、何か打開策がないか——。

 人魚の数や猛攻は止まらず、俺たちは防戦を強いられる。

 金属バットだって、電動チェーンソーだって、野球ボールだって、双剣だって複数を処理するには基本的に向いてない。

 

 複数を対処するにはFPSとかなら手榴弾などの爆発物を使うか、RPG-7みたいなミサイルを使用するしかない。

 だが悲しいことに銃火器類はドールなどの生命体には効きづらい。何故ならドールは身体も精神も既に狂っており、腕の切断や心臓を打ち抜く、全身火傷にするなどでは活動を停止することはない。無力化には物理的に細切れにするか、関節という関節を全て折るなどの徹底さが必要だ。

 

 人魚も同じだ。

 牽制用に女性でも取り扱える低反動のサブマシンガンが準備されているが豆鉄砲もいいところだ。この状況では小銃の鉛玉と、節分の豆に差なんてない。むしろ腹拵えできるだけ豆の方が有意義だ。それぐらい銃火器は無力なのだ。

 

 このままでは、ここにいる全員が重傷を負うのは免れない。

 ハインリッヒがくれた戦闘服と宝石がなければ、脆弱・貧弱・軟弱な弱小キュービックな俺はすでに瀕死状態である。生傷だらけの肉体に、衣類としての役割が最低限しか果たせない戦闘服。だが戦闘服はズタボロになろうとも、概念的な防護が重要なのでこれでも機能としては問題なく機能するのは幸いだ。まだ戦える。

 

 戦闘に慣れてるソヤは無傷を維持しているが、疲労は隠しきれずは動きの繊細さが鈍くなってる。

 支援特化しているアニーも無傷だが、いつまでも集中力が続くわけもなく投球フォームと息に乱れがある。

 

「火、水、風、土、光、そしてカバラの蒼き守護者の名にかけて——、降臨せよっ!」

 

 だがハインリッヒの猛攻は止まることはない。

 彼女の背後には『蒼き守護者』と呼んでいる人型のオーラみたいなのが現出しており、ハインリッヒと共に超高速で人魚を対処する。そして汐焔も縦横無尽に戦場を駆け抜けており、接近する人魚の動きを次々と止めて、ハインリッヒはついでのような動作で処理をする。

 汐焔だけでは対処しきれず距離を詰める人魚もいるが、彼女は決して驕らず、むしろ全力で立ち向かう。一撃で腕を斬り、二撃で首を刈り、三撃で胴を断つ。

 双剣の輝きは増すばかり。だが至上の輝きには至らず。果ての見えぬ独壇場では、智恵はいつか輝きを燻らせるのだ。

 一体に対する斬撃が三撃から四撃へ。やがて五撃へ。それでもハインリッヒは舞い続けるしかない。

 

 ——ならば輝きを取り戻させよう。二人の主役を以て。

 

 途端、海上にて世界を裂く閃光が奔る。

 

「この光……どこかで……?」

 

「ああ、見たことあるに決まってる。だってあれは……」

 

 忘れるもんか。これは雷光だ、電撃だ、落雷だ。

 電光石火の瞬きで、海上に姿を見せる人魚を消し炭にする。

 

「レンお姉ちゃん、友達……。みんな傷つける……。イルカは許さない……っ!」

 

 ————天使が光臨した————

 

 苦戦を察して駆けつけたヘリから、雷光を纏うイルカは重力の法則に従わず、一定の速度で少しずつ降りてくる。

 トリックでもなんでもない。彼女が持つ『電撃』の応用で電磁浮遊しているだけだ。

 

 体格に不釣り合いな金属グローブから迸る青白い電撃を見て、江森発電所で初遭遇した時の少女の姿を思い出す。

 

 機械仕掛けの装甲とローブで隠れていたが、かつてのイルカは苛烈極まるドールとの戦闘の繰り返しで満身創痍であった。そこから保護して前線から撤退させたため、今の今まで本格的な戦闘など試したことはない。イルカが万全に戦闘を行うところは誰も見たことなかったのだ。

 

 だから俺は——いやアニーもイルカの正確な強さを見誤っていた。

 もしかしたら、この場にいる全員が。

 

 そもそもとして戦闘経験豊富なイルカが今までドールとの戦いに参加できなかったのには理由がある。療養の意味ももちろんあるが、一番の理由は『街中での戦闘に不向き』ということだ。

 

 少女が持つ魔法は『電撃』だ。それも極めて強力なもので、出力さえ上げれば人なんて一瞬で灰塵と化す。

 だが、それは社会に於いては強力ゆえに発揮してはならない。人間の社会というものは進化と発展を繰り返しいき、原始時代とは違い炎ではなく『情報』と寄り添う社会となった。人間が情報を扱うのではなく、情報が人間を扱うというどこか歪な感じとなって。

 

 ……実際、情報に守られてるからこそ俺は『レン』なのだ。文字通り肌身で情報というものを実感している。

 

 だが情報社会には致命的な欠陥がある。情報が人間を扱う以上、情報の絶対的価値は高まる。その体制を脅かすものがあるとすれば、それは社会崩壊を招く『テロ行為』に等しい。

 事実、新豊州では《サモントン条約》によって発電施設や情報関連施設などは非武装地域として定められており、どんな事情であれ戦闘及び工作を起こすのは第一級テロ活動として認定している。

 新豊州の【イージス】は普通の電撃どころか異質物武器の電磁攻撃では物ともしないのでイルカも問題なくはあるのだが、もしもの可能性もある。だから今までイルカは実戦で出されることはなかった。

 

 だが社会から離れた場所ならどうなる? 《サモントン条約》に定められてない地域から離れ、かつ電磁攻撃を放っても社会的問題が発生しない場所で戦うことになれば、イルカはその実力を十全に発揮するだろう。

 

 今この状況下において、イルカは『誰よりも強い』——。

 

「ここから先は、私の世界……。あなた達、焼き尽くされろ」

 

 眼前に広がる敵の波は少女の魔法を放つだけで無力化される。圧倒的な数を誇る人魚達はイルカに近づくことさえままならずに、肉体を黒く焼け溶けて海に還る。

 

 この圧倒的で暴力的な戦果、ファンタジー系RPGゲームとかで雷魔法や光魔法が優遇される理由がわかる。

「興味ないね」のセリフが有名なゲームでもリメイクされたら終始雷魔法は弱点を付けてたし……。

 

 ハインリッヒは笑みを浮かべて、一度船へと戻ってくる。

 これだけの戦果を見れば笑みも溢れよう。ここまで圧倒的な戦果だと一息吐いて笑みも出てしまう。

 だが彼女の笑みは俺とは違う。あれは『悪い笑顔』だ。何かを思いついたからやろうと魂胆している。

 

 あいつ、この状況下で不利益なことはしないと思うけど、何をしでかす気だ……!?

 

「イルカさん、ここは一つ連携技といきましょう」

 

「……おぉ〜! カッコいい!!」

 

 ……連携技とな? そんなの……そんなの……っ!! カッコいいに決まってるだろ……っ!!

 男子諸君……いや、全人類の心に刻まれたお約束じゃないか……!

 

 ハインリッヒだって「こういうの好きでしょ?」と言わんばかりに俺にドヤ顔を向けてくる。

 大好きです! 連携、合体、融合とか大好きです!!

 

「イルカさんは最大出力で電撃をタイミング良く放つだけでいいです。術の構成などの諸々はわたくしで微調整します」

 

「わかった、がんばって」

 

「あなた様に敬意と感謝を」

 

 ハインリッヒはイルカの前に出て、光の粒子で円陣と見覚えない図形をいくつか展開した。

 

「舞うは嵐、奏でるは災禍の調べ……。術式解放ッ! 蒼き守護者の名の下に、粛清せよっ!」

 

「認証コード、音声入力。Transient、Electromagnetic、Pulse、Surveillance、Technology……。機能解放、イルカ、狙い撃つ、ぜ……」

 

 二人の魔力は共鳴し、暴風が起きる。風が一つこちらに向かうだけで海を引き摺り、気流を荒らす。やがて暴風は雷を迸り、空気全体が緊張感を帯びていく。

 そして身体が無意識に警鐘を起こす。今すぐ逃げないといけないという生存本能、そして生物が持つ本能的な恐怖——嵐の予兆、天変地異の前触れを。

 奇跡を起こすのが錬金術なら、災禍を起こすのもまた錬金術が目指す一つの真理なり。

 

「「テンペスト・アタックッッ!!!」」

 

 駆け抜ける嵐は、海を巻き上げ空を裂いて世界を侵す——。

 災禍は眼前に映る全てを飲み込み、海でさえ楔を抜かれたかのように嵐を中心に海水が吸い込まれて水平線は露わになっていく。

 

 その時、海の隙間で光が見えた。

 途端、頭の中で衝撃が走る。心臓の鼓動が早くなる。耳が出血したのかと錯覚する。激しい目眩が襲う。

 

 言い表せない混沌とした感情が、溺れるように流れてくる。

 ああ、この感情は——。『魂』が塗りつぶされるような——。

 

 深い………………、

 

 深い…………、

 

 深い……、

 

 ……

 

 そこで意識が途切れる。

 まるで世界との繋がりが絶たれたかのように。


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