魔女兵器 〜Another Real〜   作:かにみそスープ

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第15節 〜いと高き者〜

『私の能力の攻略法が分かりかけた……そう言ったか?』

 

「ええ、確かに言いましたわ。そのくだらねぇ能力を攻略すると」

 

 ガブリエルの問いに、ソヤは満身創痍な身体のはずなのに挑発する様に自信満々に告げた。それに対してガブリエルは「戯言を」とか一切言わずに真剣に思考に耽る。

 

 どうしてそんな確信が持てるのか——。

 人は本当に絶体絶命の窮地の中では笑うことはできない。例え幻であろうと、何かしらの一筋の希望が見えなければ虚栄を張ることさえできない。故にソヤの態度はガブリエルにとって不安材料となる物なのだ。

 

「〜〜〜〜っ!! さっ……! きほどからぁ! チマチマと一矢ずつ……っ!」

 

 思考は続ける。行動は休めない。正確無比な射撃を持ってソヤの機動力を削ぎながらも、何か見落としがないかとガブリエルはソヤを見る。

 

 観察する限り、ソヤの身体的ダメージは『治癒石』の回復を踏まえても深刻な物だ。先の強がりも気力を振り絞って吐き出した物であり、決して余力を隠し持っているわけでもない。

 

 であればガブリエルの位置をソヤは捉えたのか、それも違う。

 細心の注意を払って、ガブリエルは『水』の能力を微調整して足音も、匂いも、身体もソヤに感じさせない様にさせている。現に『氷の矢』をソヤは着弾するまで一度たりとも目視も予測も成功していない。その点に関しては不手際は確実にないのだ。

 

 

 

 では、どうして自身が持てる——。

 

 

 

「がぁっ!」

 

 

 

 ガブリエルは冷静に思考をしながらも、並行して今度は矢を二つソヤへと放って当てた。今度は脇腹と脛に一矢ずつ。激痛にソヤの表情は歪みながらも、自身に満ちた表情は崩さずに『水』に映ったガブリエルの虚像を切り刻み、その武器の特性を持って爆発させて『水』を弾けさせるが、それはガブリエル本体に当たることはなく無意味に終わる。

 

 もう一振り。さらに一振り。

 虚像に映ったガブリエルと弄ばれながら、ソヤの斬撃爆破は続く。その間にガブリエルは今度は三矢、ソヤの左肩、左肘、左手首を撃ち抜いた。

 

「そこですのっ!」

 

 そして今度はソヤは矢が放たれた方向へと斬撃爆破をするが、やはり虚像が弾け飛ぶだけだ。

 それもそのはず。ガブリエルの射撃は『水』の能力を利用することで『水流』を作り、着弾直前まで四方八方、縦横無尽に動いた末に対象を射抜くのだ。放たれた矢を直線で辿ったところで、実体のガブリエルへと届くことは決してない。

 

 

 

 分からない。

 理解できない。

 予測がつかない。

 

 

 

 ガブリエルは思考を続けながらも四矢を放つ。

 狙ったのはソヤの両踵、両膝裏——。問題なく正確に射抜いた。

 

 

 

「っっ……っ!!」

 

 

 

 それでもソヤの瞳は『諦め』を宿さない。絶対に討ち取るという『覚悟』を持って戦いを続ける。溢れ出る血なんて知ったことかと、闘争心が満ちに満ちた気迫を持って、その手にあるチェーンソーを握り直す。

 

 

 

 ——そこでガブリエルは気づいた。

 ——何故、ソヤの怪我が『治癒』されていないのだと。

 

 

 

「これだけあれば……十分、ですわ……」

 

 

 

 ソヤは不敵に笑う。

 自分に流れ溢れる『血の先』を見つけながら——。

 

 そこでガブリエルは勘づいた。ソヤがなぜ『治癒』を行わないかを。

 

 

 

『お前、わざと『血』を流したのか……? いくら匂いが消せると言っても、流れ続ける血という『線の繋がり』から漂う匂いは完全に消せないことを見透かして……? だけど『水』に流れる血の匂いを辿っても私に辿り着くことはないぞ? それで私の位置を探ろうなんて——』

 

「——なわけねぇですわ。これだから戦闘慣れしてないお高く止まった者は嫌いですの」

 

 

 

 しかしソヤは否定した。ガブリエルの予想を嘲笑うかの様に、乱雑な言葉遣いに丁寧な語尾を付けながら。

 

 

 

「それで分かるのは『線の繋がり』の始まりと終わりまで……。始まりは私で、終わりは不定……。そんなのは確固たる情報としては使えませんわ……確固たる情報としては」

 

『確固たる……!?』

 

「ですが判断材料にはなる……。匂う、匂いますわ……血がどこに流れるかが……ハッキリと……」

 

『だから何だっていうんだっ! お前が言ったとおり、終わりは不定だろう! それで何が『ハッキリ』と分かるというのだっ!』

 

「——私がただ無策に『爆撃』したと思いで?」

 

 そう言われてガブリエルは、意識はソヤに当てながらも、視界を動かして斬撃爆破の先を見た。もしかしたら監視カメラや仲間がいて、何かしらの方法を用いることで別媒体からの情報を得てガブリエルの位置を探ろうとしているのではないかと疑いながら。

 

 だが一目見ても何もない。ただ壁が崩落してるだけであり、それ以上でもそれ以下でもない。ただ虚しく風が出入りする音が届くだけだ。

 

「『換気』って知ってます? いえ、貴族主義のお高い人間にはそんな事は分かりかねますか。でしたら説明をしましょう、簡潔に。要は室内の『空気』を入れ替えるんですよ。……『爆撃』したことで破壊された回廊の壁が、別の回廊と繋がって空気を入れ替えている……」

 

「そして」とソヤはこれから悪戯を遂行する子供のように笑みを浮かべた。

 

「『空気』である以上『気圧』もある。貴方がこの回廊を『水』で満たしたおかげで、すっかりここは空気が冷えて『低気圧』ですわね。まるで雨が降ってる屋外のように……」

 

『だから……?』

 

「その状態で別の回廊……つまり通常の気圧を持つ回廊と繋いだらどうなるか……。そう……っ! 『気圧差』による『突風』が起こる……っ! 『空気』の流れは急速に循環するっ! 冷蔵庫を開けたら冷気が出る様に……浴槽の蓋を開けると熱気が飛び出す様にっ! それは『血の匂い』も流れに流れ『線』は重なって『面』となり、『面』は合わさって『立体』となるっ! 人はそれを『空間』と呼びますわ!」

 

『だから何だって言うんだっ!! それで私の匂いが分かるわけが——!』

 

「匂いは分かりませんわ。ですが知りたいのは『位置』ですので問題ありませんの」

 

 するとソヤは足先から血を噴き出せながらも振り返る。無限に並ぶ虚像のガブリエルではなく、その先にいる本物のガブリエルへと。

 

 それはハッタリでも妄信でも何でもない。確信を持って幾重にも重なる『水』のカーテンの向こう側にいるガブリエルへと、ソヤは確かに視線を合わせた。

 

「見つけた……っ!! そこに、いますわね……っ!! 『匂い』で……そこにいるのが分かりますわ……っ!!」

 

『馬鹿なっ!? 私の『匂い』は確かに薄めたっ! 可能な限り薄くっ! プロの料理人が切った胡瓜よりも薄くしたっ! 鼻で捉えるのは不可能だというのに『匂い』で私の位置を確かに捉えているっ!?』

 

「ええ、『匂い』で感知しましたわ……。『匂いがない空間』という『匂い』を捉えることで……!!」

 

『……そういうことか……っ!!』

 

 

 

 そこでようやくガブリエルは理解した。いかにしてソヤが自分の居場所を正確に把握したのかと。

 確かに『匂い』でガブリエルの位置を追っていた。だけど、あくまで追っていたのは『ガブリエルの匂い』ではなく『ソヤの血の匂い』だけだ。しかし、これだけでは追えないのは先程ソヤも口にしていた。匂いの『線』を辿ってもガブリエルの位置を捉えるのは不可能だと。

 

 だから捉え方を二次元ではなく三次元にしたのだ。空気を循環させて、自分の血という『匂い』を回廊に充満させるという普通なら自殺行為の方法を使って。

 何せ『匂い』が充満してしまったら、全てが『血の匂い』となって判別が付かなくなるのだ。いくらソヤの『共感覚』が意味を成さない状況とはいえ、何かしら役立つかもしれない自らの嗅覚を潰すことに意味がないのだ。

 

 しかし状況によってはそれこそが最善策となる。それが今なのだ。

 周囲に『水』のカーテンを迷路のように張ることで視覚は不可能。ガブリエルが水を纏うことで『匂い』は薄れて嗅覚も無力となり、音も流水音によって掻き消される。

 

 

 

 そう——。

 ガブリエルの『匂い』はほぼ感知できないほど『薄れて』いるのだ。しかし、それはガブリエル自身が『存在しない』わけではない。『存在する』からこそ『匂いを薄めないといけない』のだ。

 

 

 

『こいつ……『血の匂い』を三次元的に広げることで、無理矢理『血の匂いが薄まるところ』を探したのか……っ! 恐らく成人男性一人分の空間が丸々薄まる『匂い』を……っ!!』

 

「ご明察っ!!」

 

 

 

 血の匂いを充満させて空間を把握したソヤは迷うことなく『水』のカーテンで仕切られた迷宮を駆け、最短距離でガブリエルへと間合いを詰めていく。

 

 その距離は着実に縮まる。30m……25m……少女の見た目から想像もできないほど俊敏に、それこそ獲物を見定めた猫のように鋭敏に接近してくる。

 

 

 

 だが、それで詰められるほどガブリエルは甘くない。

 位置が判明したところで間合いとしては、まだ20m以上はある遠距離状態だ。ソヤのチェーンソーは届かない中、ガブリエルの弓矢は依然として届く。このアドバンテージを活かさないわけがないのだ。

 

 今度は五矢——。四方から一つずつ、そしてもう一つは追撃としてワンテンポ遅れて同じ軌道を描くように調整して放った。

 

 

 

「どこから来るのか予測がつけば、素人の弓矢なんてどうってことないですのっ!!」

 

 

 

 しかし、既に『匂い』は空間を満たしている。矢は『氷』である以上は『水』であり、タイミングと軌道を『流水』を利用しているため、どうしても矢の軌道線は『匂い』を薄くしてしまう。

 いくら軌道が読めない矢が四方八方から襲いかかるとはいえ、その速度自体は普通なものだ。超人的な身体能力を持つソヤからすれば、蠅を叩きつぶす程度の感覚で足を止めることなく弾き返す。当然、追撃の矢も。

 

 

 

 なら——。15mまでソヤが接近したところで、ガブリエルは瞬時に思いついた奇策を実行した。

 

 

 

「っ!? 均一になりましたわ……っ! しかも混じりあって行く……っ! 血と血の『匂い』が……っ!」

 

 

 

 ソヤの嗅覚に突然の変化が襲いかかった。今まで『匂い』が薄くなる部分を探してガブリエルへと接近していたのに、それが突如として周囲と均一の濃度となった『匂い』へと変わったのだ。

 

 同時に『血の匂い』にも変化があった。それは『誰か』の『血の匂い』が混じりあっているのだ。この状況で『血の匂い』を混ぜようと考えるのは一人しかいない。

 

 

 

『ああ。私に纏った『水』を解除した上で『自害』させてもらったよ……っ! 循環しやすいように能力で『水』を『霧』にして混ぜることでね……っ! こりゃ痛い……涙が出るほど痛い……っ! だけど、君が『空間』という三次元的で高密度な情報を『匂い』で把握できるのは、嗅ぎ慣れた自分の『匂い』だからこそ……。私の『血』の匂いを混ぜれば情報処理が追いつかないし、私自身は『水』を纏ってないから薄くもならない……。私も『空間』となったことで、君は本体と空間の『匂い』の見分けがつかなくなったのだ……っ!』

 

 

 

 ガブリエルの予測は寸分の違いもなく的中していた。ガブリエルが自らの血を混ぜたことで、ソヤにはガブリエルの位置を認識できなくなっていた。匂いが戻る前の位置は流石に覚えているが、距離がある中、馬鹿正直にそのままガブリエルが留まるはずがない。その位置情報には何の価値もないのだ。

 

 だがソヤの苦痛混じりの笑みは崩れない。むしろ「そんなことは予測済み」と言いたげに一層笑みを深くして告げる。

 

 

「戦闘慣れしてないはずなのに、大した発想力ですわね……。けど一手……いえ、三手遅いのですわ!」

 

 

 

 途端、ソヤとガブリエルの間の回廊が爆ぜた。ソヤがチェーンソーを振るったことで『屍弾』が射出されて爆発したのだ。

 しかしその射程距離は精々10mであり、爆発範囲も半径5mほどだ。単純計算として15mでは、ガブリエルに爆発の衝撃が届いたとしても、爆発自体が被弾することはない。

 

 

 

「『空間』という三次元で把握できないなら、『線』と『点』という二次元で辿ればいいだけですわ」

 

 

 

 いったい何の意味があるのか、とガブリエルが思考するのと同時にソヤはそう言った。

 その言葉は嘘ではなく、先ほどまで確かにガブリエルの位置を見失っていたソヤは、再度ガブリエルの位置を捉えて真っ直ぐ向かってきたのだ。

 

 

 

『距離が縮まる……! まさか今度は……っ!!』

 

「爆ぜたことで『匂い』はさらに吹き飛ばしましたわっ! 私とあなたの血が入り混じった『匂い』は細菌のように『点』となって無数に……。しかしその中で『線』で繋がる『匂い』が二つ……。一つは私で、もう一つは貴方……もう『匂い』を辿るだけで場所は伝わりますわっ!!」

 

 

 

 つまりソヤは『空間に漂う血』ではなく『身体から流れ続ける血』の『匂い』を追うために、ノイズとなる前者を爆発させることで吹き飛ばしたのだ。

 それで『匂い』が全部吹き飛ぶわけではないが、残ったらソヤが言う通り『点』として漂う上に、爆破の際の火薬の『匂い』が入り混じる。火薬の匂いは当然ガブリエルの物ではないのだから、除外することでより正確にソヤは『匂い』を追うことができるのだ。

 

 

 

 距離は既に5m。

 もう『水』の虚像も、纏う事で『匂い』を薄めるのも無用の至近距離。ソヤのチェーンソーは起動し、小細工など真正面から切り裂こうと大振りで振り下ろした。

 

 ガブリエルも負けじと『水』を障壁を張って阻もうとするが、何も加工もされてない『水』の壁が、純粋な質量による斬撃を止められるはずがない。水を手で掬うと零れ落ちるように、刃も水を難なく裂いてガブリエルへと迫った。

 

 だからこそガブリエルは閃く。

 寄せては引く——。あらゆる物を受け入れ、元に戻る『水』の性質を利用することを。

 

 

 

「——ッ!! 猪口才なっ!」

 

「ふぅ〜〜……! アドリブにしては上手くいったか……っ!」

 

 

 

 至近距離となったことでガブリエルの肉声がソヤの耳に届く。しかし、その二人の間には『透明で厚みのある壁』が突如として出現し、ソヤのチェーンソーの歯を食い込ませて止めたのだ。

 

 その『壁』とは『氷』だ。ガブリエルが弓矢を作ったの同様に、『水』を凝固させて『氷の障壁』を作り出したのだ。切り込んでる最中のチェーンソーを巻き込みながら。

 

 刃どころか持ち手諸共氷漬けにしたことで、ソヤの手さえ動かすことができない。これではソヤも懐から物を取り出すという動作もできないし、その場から大きく動くこともできない。

 

 

 

 万策尽きた——。

 ガブリエルはそう確信した——。

 

 しかしソヤは笑う。彼女も確信して笑う——。

 その程度は読み切っていたと——。

 

 

 

「言いましたよね? 三手遅いと……。こんなこと……既に予測済みなのですわっ!!」

 

 

 

 

 

 ——ギュイイイイイイイイイインンンッッ!!!!!

 

 

 

 

 

 と、ソヤはチェーンソーが無理矢理エンジンを起動させて刃の部分を回転させた。ソヤのチェーンソーは流通してる物とは違い、戦闘用の簡易性を重視するために持ち手の部分を捻ることでエンジンが起動する特殊な機構なのだ。

 

 だが、それで動くはずがない。

 どれだけ特殊な機構とはいえ、使用しているエンジン自体は普通なものだ。回転数自体は変わりはしないし、刃はその全てを凍り付けにされている。虚しくエンジン音が鳴り続けるだけでそれ以上は何も起きないのだ。

 

 それでも回し続けるせいで、エンジンは酷使されて急激に熱が籠り、やがて持ち手となる部分から煙を吐き出し始める。

 

 だからこそ、ソヤは止めはしない。

 待っていたのだ。ソヤからすれば、一番欲しいのはこの『熱』なのだ。

 

 これで『氷』を溶かす——。なんて事は考えていない。こんな熱量では溶けるはずがない。そんなことはとうに分かり切っている。

 

 ソヤが求めてるのは別の部分だ。

『熱』を求めてるのは——ソヤが持つチェーンソー自身へと『ある影響』を及ぼさせるための物なのだ。

 

 

 

 

「そんなことしたら……っ!!」

 

「ええ——『暴走』しますわね。『熱』が籠って……籠りに篭って……チェーンソー内部の『屍弾』は暴発しますわっ!!」

 

 

 

 

 

 ——ソヤが待ち望んでいたのは、チェーンソーの中で機能停止している『屍弾』に熱を灯し、それに伴う暴発だったのだ。

 

 

 

 それは宣言通り暴発した。ソヤの手どころか、身体全て飲み込んでチェーンソーは豪快な爆発と共に氷の壁は砕け散ったのだ。氷の壁は氷塊となって爆風と共に飛び散り、両者を襲う。

 

 

 

 

 

 それは一瞬の出来事だった——。

 頭で処理していては追いつかない奇策中の奇策。普通ならそれだけ勝負が決する一発逆転の特攻——。

 

 

 

 

 

「——危機一髪だった。まさか同士討ちを狙うとは……」

 

 

 

 

 

 ——それをガブリエルは受け切った。

 

 爆風と、それに伴う熱気と氷塊の雨霰——。

 三重の致命傷となる攻撃を『水』の壁を瞬時に張ることで、最低限のダメージで抑え切ったのだ。

 

 爆風は『水』が受けたことで届かず、熱気は『水』によって打ち消され、氷塊は『水』がクッションとなって勢いが殺された。

 

 それでもある程度はガブリエルに傷を負わせたのが、至近距離故の火力だろう。爆風はガブリエルの足を大きく後退させ、熱気はガブリエルの頬を煤のように黒くさせ、氷塊は肌が赤く腫れさせた。

 

 

 

 ——その程度しかなかった。ガブリエルはそんな些細な傷しか負わなかったのだ。ソヤの特攻はほとんど意味をなさなかった。

 

 

 

 ——そして、ソヤはその程度では収まるはずがない。爆発に最も近かったのはソヤなのだから。『水』の壁を貼れないソヤは、その爆発を無力化させる手段を持ってはいない。

 

 

 

 

 

「いったいどこで、いつ……こんな少女がそんな覚悟を持って……」

 

 

 

 

 

 ——間違いなく、ソヤは『直撃』したのだ。

 

 ——爆発も。

 ——熱気も。

 ——氷塊も。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「————は?」

 

 

 

 だから、その姿を見た瞬間、ガブリエルは驚愕と恐怖しか抱かなかった。

 

 爆風を裂いて、一心不乱に向かってくる『ソヤらしき人型の姿』を見て、あまりの衝撃に何も考えることができずに呆然とするしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「□□□□□□□□□————ッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——『焼死体』がガブリエルの元に走ってきたのだ。確固たる意思を持って、その使命を全うしようと。

 

 

 

 

 

 肌は黒く焦げて、頬も焼き溶けている。目なんか見るに堪えない痛ましさと醜さがあり、発したはずの声も喉が焼かれてマトモに出せない。それは元が少女とは到底思えない物だった。

 

 唯一彼女の特徴があるとすれば、その猫耳のキャップぐらいだろう。しかしそれが逆に異質さを際立たせ、見ようによっては『化け猫』が襲いかかるようにも見えるほど、その姿は気味が悪い。

 

 

 

 

 

 ——ガブリエルは知らなかった。

 ——ラファエルが施した『治癒石』の効能がどこまで効くのかを。それこそが、死に体となっているソヤを突き動かす原動力となっていることを。

 

 

 

 

 

 ラファエルの『治癒石』は、過去にエミリオの手首が切れかかるという重傷を負っても問題なく繋ぎ直せるほどの強力な物だ。

 

 つまりは『死亡』していなければ、例え『致命傷』を何度負おうとも後遺症なく癒す。ラファエルの回復魔法はそれほどであり、同時にそれは守るだけの堅実性だけでなく、攻撃においても『応用性』を見出すことも可能なのだ。

 

 

 

 ——ソヤは今、その口内に『治癒石』を含んでいる。先の駆け引きの最初の段階で、こうなることを予測して既に行っておいたのだ。

 

 

 

 ソヤの肌も、頬も焼け溶けている。それは確かに見るに堪えない怪物に見えるだろう。見た目だけなら、死体が動こうとする奇妙な光景なのだから。

 

 だが『治癒石』を口に含んでいたことで、その火傷は『皮膚』という『外傷』だけで済んでおり、内臓組織や筋肉などには一切のダメージが追っていない。

 

 違う——。正確には現在進行形で『回復』を行っているのだ。

 爆発の衝撃でミキサーのようにグチャグチャに成り掛けた筋肉を、心肺停止寸前にまで弱まった心臓さえも無理矢理に『治療』しながらソヤは前進してきているのだ。

 

 

 

 ——いったい、どれほどの激痛が彼女を蝕んでいるのだろう。そんなことは第三者が想像するのは不可能だろう。何せ『死ぬような』痛みじゃなくて、『死ぬ』痛みなのだから。想像するには余りにも絶する痛みには違いないだろう。

 

 

 

 しかし、ソヤはその程度の痛みなんて『どうでもよかった』のだ。この程度、あの時と比べたら『全然痛くない』と心の片隅で思う。

 

 

 

 だって——。

 

 

 

《ごめんなさい……。最後にもう一度、私は自分の我儘を通しますわ》

 

 

 

 

 

 もっと辛くて————。

 

 

 

 

 

《……何を、企んでいるのです?》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もっと痛くて—————。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《もし……もしもレンさんが私を救い出せなかったとしたら……。その時は一緒に逝きましょう…………》

 

《ソヤ……また私を裏切るのですかっ!!?》

 

《憎たらしいほど……愛してますわ。本当に……》

 

《皆さま、今すぐ彼女を……この醜悪な魔女を! 撃ち——》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 愛僧混じりの義母(エルガノ)を、自分諸共殺めたのだから。

 

 その時と比べたら、この程度の傷など些細な物なのだ——。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ト…………タァアアアアアアア!!!!」

 

 

 

 握り込んだソヤの拳は、的確にガブリエルの頭部を叩き込んだ。

 

 全身全霊、手加減無しの殴打——。しかもその手の中には、既に使い終わった『治癒石』を握り込むことで、拳の隙間を可能な限り無くして力が伝搬しやすいように。

 

 

 

「あがっ……!? がっ……?」

 

 

 

 ガブリエルがいかに『魔女』の素質はあれど、その身体能力は一般的な成人男性と変わりはしない。ナイフで切られれば傷はできるし、骨が折れたら動かなくなる。

 

 頭部を拳で打たれれば、脳震盪を起こして意識を失うのもまた普通なのだ——。

 

 

 

「こ……かかっ……!」

 

 

 

 呂律が回らないまま、その僅かな隙を突かれてガブリエルは倒れた。

 

 それと共にソヤも力なく倒れ込む。実質上の相打ちだが、ソヤからすればこれは『勝利』でもあり『敗北』でもあった。

 

 

 

「……末恐ろしい男でしたわ。ほとんど戦ったこともないのに……この私をここまで追い詰めるとは……屈辱ですわね……」

 

 

 

 ようやく喉も治り、焼け焦げた皮膚も瘡蓋となるまで回復したところで口に含んでいた『治癒石』の魔力は尽きた。死にはしないほどに治癒はされたが、歩く気力なんて残っていない。これでは別の敵と鉢合わせているであろうレンやバイジュウの元に向かえない。

 

 しかし、このままではまだ終われない。ソヤは這いずりながらも、ガブリエルの懐へと手を伸ばして、その中にある『携帯電話』を手に取って連絡をかけた。

 

 

 

 ——連絡先はデックスの別邸で待機するラファエル達だ。

 

 

 

『……どちら様でしょうか』

 

「私ですわ……治療を……。場所は…………ヴェルサイユ……。目標を…………見つけ……っ」

 

『ソヤ? ……ソヤッ!?』

 

 

 

 そこでソヤの意識は落ちる。

 痛々しい肌とは裏腹に、穏やかな寝息を立てながら——。

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