——『■』とは何か?
意識を記録した■■■……hhhhhhh。
物理学『■■』…………概念。幻覚、■。
——『深』淵に『潜』り込んでいけない。
『■■■■』とは……。
自分が何らかの感覚を失ったとして……aaaaaaa。
臨床研究……『■■■■症候群』。
『■』は虚実のイメージを作り続ける。
——『創』造された記憶に『反』するな。
優秀な品格を……iiiiiii。
今までの……思ったこと…………?
『人々が1つの■■に対して感じる■■■は、生まれつき…………?』
さて、次に同じ■■が…………本当に……■■なのだろうか?
——今は『黙』して『示』された記録を歩め。
2人を別々に監禁し、それぞれに『■■』と『■■』……。
【この情報は確かですか?】
【この記憶は確かですか?】
【この記録は確かですか?】
『……それぞれに『星尘(スターダスト)』と『□□(□□□□□)』とyyyyyyy……』
【この情報は 汚染 されてます】
『星はTwinkle——。海はBoom——。2人はiiiiiii……』
【この 記憶 は汚染されてます】
……『星』は『臨』む。『塵』となって『降』り注いだ『 』を。
【この ■■ は ■■ されてます】
………………
…………
……
——ねぇ? 覚えている?
——『 』は待っているよ……。
——『宇宙』が見える『深海』の底で。
……
…………
………………
………なんだこれは。
——頭痛がする。
——猛烈な頭痛だ。何度目だよ……。
誰かがセメントを流し込んで、じわじわとかき混ぜているかのようだ……。
頭の中にガンガンと響き、激しい耳鳴りが俺を襲う。
俺……語彙力がなさすぎじゃないか。
俺は……どうした?
ゆっくりと脳を覚めさせる。
人魚と戦って……ハインリッヒとイルカが嵐を作って……。
そうだ——。嵐の中で見たんだ、強く光る何かを。
「……じょうぶ!? 起きて、レンちゃん! 大丈夫っ!?」
身体が揺れて、ようやく俺は意識を取り戻す。
目を開けるが視界は霞んでいる。それでも、心配げに顔を覗かせる少女の姿が映ってることはわかる。
次に騒々しい音が聞こえた。辺りを見回すと水平線は見えない。とりあえず船の上ではなさそうだ。
「大丈夫……。……紙ある?」
「あるけど……何に使うの?」
「……ヨダレを拭かせてください」
「なるほどね」と少女は納得して、ポケットから携帯ティッシュを渡してくれた。
……毎回こういう時ヨダレ出るんだよなぁ。それで大抵何時間も寝ていて……。
「気絶してから3時間弱……マサダの時といい、レンちゃんは寝坊助かしら?」
「ありがとう、アニー……」
「……まだ寝ぼけてる。この顔が目に入らないのかな?」
今度は頭を強く揺さぶられて意識が覚醒する。
朧げだった視界も鮮明となり、少女の顔を認識する。髪色はアニーの青とは全く違うピンク。瞳は……青色とオレンジ色の二色だった。
「エ、エエエ、エミリオッ!!?」
「Exactly♪ ……どうやったら私とアニーを間違えるの? 声で間違えたとか?」
そのとおりでございます……。
「そこまで似てないと思うけど……。ハインリッヒさんとバイジュウさんの声を間違えるぐらい」
「そうかな……そうかも……」
覚醒した意識はあらゆる情報を明確に理解する。
騒々しい音はヘリのプロペラ音。水平線が見えないのはここが空だからだ。つまり俺は現在ヘリの中にいるわけで……。
「あれ? 俺達が乗っていたボートは……?」
「魔力を帯びた嵐と無茶な運転が祟ってエンストよ。だからこうしてヘリで回収してあげてるの。ね、ヴィラ♪」
『そうだ。たくっ……イルカを連れてきたのもアタシ達なんだから礼ぐらい欲しいもんだな』
ヘリの操縦席にいるであろうヴィラの声がスピーカーから聞こえる。二人の気の抜けた声を聞くだけで人魚の危機は一度脱して、ひとまずは大丈夫なことが伺える。
「他のみんなは……」
機内を見回す。搭乗席には肩を寄せ合って眠りにつくアニーとイルカが目についた。
この光景を見ると本当に出会った頃を思い出してしまう。江森発電所での出来事の際、同じようにヘリの中で俺もこんな風に一緒に寝ていたっけ。
「あら、お元気そうでなりよりですわ」
傍らには物騒にもチェーンソーの点検をするソヤがいた。独特な修道服は今は脱いでおり、キャミソール一枚と完全脱力状態である。心なしか瞼は重そうであり、表情に妙な艶めきを感じる。
「ふぁ〜……。あっ、愛衣からレンさんに口伝えがありますわよ……」
「愛衣から? どんな?」
「『シンチェンが電波ビンビンに受信中。曰く「見える見えるシンチェンには見え〜る!」だって。海域に何かあるらしいからよろしくね』と、ひっへまひたふあぁ〜…………ぐぅ」
原文ママに伝えてきたな……。
自分の役割を終えて気が抜けたのか、最後には呂律がロクに回らず糸が切れた人形のようにソヤはチェーソーを抱きながら幸せそうに眠りについた。お勤めご苦労様。
「でも数時間も俺は寝てたんだろ? その間に何かしら見つかったんじゃないのか」
「イチゴ大福より甘ちゃんね。見つからないからこうしてソヤが伝えてるんじゃない」
「そマ?」
「そマよ、レンちゃん。私とヴィラが空から、マリルとハインリッヒは情報収集と修理ついでにボートで待機したまま探したけど、それっぽいのは見当たらなかったのよ」
『これが観測したデータのまとめだ』とヴィラは言って、操縦席から分厚いA4クリアファイルとタブレットを投げ渡してきた。
中身を見てみるが一部は俺には理解できないものなので、仕方なく航空写真や海域全域の位相波動を数値化したデータも閲覧したが確かにこれと言った異変は見られない。
タブレットの画面も変えて、ヘリの外装カメラとリアルタイムで共有してみるが何かしらの違和感は覚えない。
「う〜ん……。だったらこれ以上は俺が見ても手詰まりなんじゃ——」
あれ、なんだろう。デジャヴを感じる。
写真では見えない。カメラ越しでも見えない。データでも観測できない。『リーベルステラ号』で初めてシンチェンを会った時と相似点が多すぎる。
「ははっ、まさかね……」
ヘリの窓を開けて安全を確認すると、少しだけ身を乗り出して海を見下ろす。
未だに嵐の爪痕が残っていて、海流は何かを導くかのように渦巻いている。その先に俺は見た。
まるで某一族の如く、小さな女の子の足が海上に生えているのを。
「——緊張感ないけど相当危険だな、アレ!!?」
…………
……
——三十分後、ログハウス簡易作戦本部。
「お前は毎度毎度……」
「すいません本当すいません……」
少女の救助活動は困難を極めたものの、とりあえずは一命を取り留めた。今はベッドの上で衰弱してはいるものの安らかな寝息を立てている。
救出劇は聞くも涙、語るも涙の大スペクタクルだった。情けなさが極まって。
ヘリは海上では低空飛行できない上に、少女の姿は俺しか分からないから俺が救助活動に向かうしかない。だが俺は泳ぎが得意じゃないのブタ手札っぷりに悪戦苦闘。
最終的にはハインリッヒがエアロゲルスプレーと錬金術を駆使して簡易的な足場を作ってくれたことで少女の救出に成功した。
以上、情けない大スペクタクル、完——。
「お前は事件が起きるたびに、幼女を保護という名目で拉致監禁する趣味があるなんてな…………。どこで育て方を間違ったのやら。ヨヨヨ……」
わざとらしくマリルは目を拭い、悲しみに暮れるフリをする。
何とも言えない表現なのだが否定できない事実に、俺はただ苦笑いをするしかない。
今までの俺の実績。
イルカ、チョコレートで懐柔。
スクルド、ファビオラの一件で親しくなった。
シンチェン、最初から懐いていた。
今回、意識不明のところを保護←NEW!
……大丈夫だ、問題ない。今回以外は同意の下だから問題ない。そして今回は人命救助の末だ、道徳的に問題ない。
「しかしこうして間近で体験すると……奇妙なものだな」
マリルは手にあるクラゲ状の物体を舐め回すように見る。
シンチェンが落とした金平糖と同じように、少女が落とした謎の情報結晶体だ。アニーと同じように、マリルはそれを触ることで今現在少女の姿を視認できている。
少女の姿は子供ながらとても雅な物だった。呼吸一つが規則正しく、まるで波の満ち引きを歌うように寝息を立てる。
マリンブルーの髪は文字通り海のように煌びやかで淡く、撫でると手から滑り落ちる水と同じく綺麗に毛先一つさえ絡み付かずに指が通る。
体つきからしてシンチェンよりも一つか二つほど年下だろうか。少女というより幼女に近い。
これこそ、俺が知っている『人魚』に近しい存在だ。もっと言うなら『人魚姫』というものに。
海のように精練で泡のように儚く消えそうなイメージが少女にはある。
違いがあるとすれば、分かりにくいがシンチェンと同じような音楽機器が耳に装着してることだ。シンチェンは猫耳型ヘッドフォンだったが、少女の場合はクラゲのように配線が多いイヤホンだ。配線の先に端子はなく、ただ無意味にぶら下がっているだけ。ぶっちゃけイヤホン型の耳栓にも見える。
「私からは高度な立体映像にしか見えん……。それなのに光熱や電磁波は観測されない……。愛衣の気持ちも分からなくないな」
その愛衣本人は現在名指しで少女との面会謝絶となっている。理由はもちろん実験対象として良からぬことをする恐れがあるから。今はアニーの監視の下、リビングで大人しく情報収集に努めているだろう。
「こうして触ると面白いわね。リーベルステラ号でも私が見えなかっただけで、あの子もこんな感じでいたんでしょ?」
触れないホログラムに感動している子供のように、エミはその手を少女のあちこちに移して楽しんでいる。
「今ここでザクロジュースを零したら世にも奇妙な死体の完成ね」とか言ってるけど、それもうマサダでシンチェンがやった。
「レンちゃんだけ触れるなんていいね〜♪ どんな感じ?」
「普通の子供だよ、シンチェンと変わらない」
俺は少女の頬に触れて指先で摘む。これを赤ちゃん肌というのだろう、突きたての餅みたいにプニプニで逃れ難い中毒感を感じる。
エミやマリルからすれば立体映像に干渉する俺を見て興奮を隠せないでいる。当人からすれば自分しか触れられないって、割とホラーなんだけどね。
「こうしてみると確かに存在していることはわかるのにな……。金平糖共々このクラゲも後日検査に出すか」
途端、ドアからトントントンと優しくノックする音が聞こえた。
一度マリルと視線を合わせて「問題ない」と了承をもらうと、俺は「どうぞ」を入室を許可した。
「失礼します」
入ってきたのは、雪のように繊細な肌を持つ黒髪の少女——。
「バイジュウか……。どうしたの?」
「回収された少女について、興味深い事を愛衣さんが言っていたのですが……。ベッドの上で寝てる子で間違いないですよね?」
「そうだよ。この女の子が……」
ん? 待てよ——。
俺が疑問に抱いた瞬間、マリルも違和感に気付いたようですぐさま問い質した。
「待て。お前、この子が『見えている』のか?」
「はい」とバイジュウは頷いた。
マリルは少女を殴る勢いで触りにいくが、先程と同じく立体映像のように手は空く通過するだけだ。
「……この物体に触ったか?」
今度は手に握り込んでいたミニクラゲをバイジュウに見せるが、彼女は「いいえ」と首を横に振る。そこで俺はやっと疑問が昇華された。
バイジュウには『情報結晶体に触れなくとも少女の姿が見えている』ということに。
「……バイジュウ、この子に触ってみろ」
やや興奮が混じりながらもマリルは冷静に席から立ち、バイジュウへと少女との接触を勧める。
バイジュウも頷くと、昂る好奇心を抑えるように一度深呼吸をして少女の下へ向かう。そしてその手を少女へと向けると……。
——バイジュウの手は少女の髪を『撫でた』。
「……ッ!? まさか本当に……!」
「嘘っ!!?」
予め覚悟していたとはいえ、俺もマリルと似たような驚愕の表情を浮かべているだろう。それぐらい衝撃的な光景だった。
シンチェンも今現在みんなが視認して触れられるようになっているが、それができるようになったのはマサダブルクに入国してからだ。
触れることができるのは俺だけで、視認することは結晶体を介さなければ不可能だった。だがバイジュウはどうだ。今何がどうなった。
俺以外が触れた、結晶体を介さずに見た、そして存在が確立されてもいないのに上記二つを熟してしまった。
それがどういう意味を持つのか。頭の悪い俺でも、今まさに愛衣やマリルが持つであろう探究欲が刺激される。
エミに至っては興奮を隠す気さえなく、少女の身体を触ろうとするが自分の手では触られず、バイジュウの手を掴んで擬似的に触れる事を楽しんでいる。
もちろん興奮とは一時的なものだ。自分でも何をしてるのか気づいたエミは恐る恐るバイジュウと視線を合わせる。バイジュウは驚きから何の反応を示すことができず石化。手を繋ぎあったまま二人して表情が固まる。
非常に気まずそうだ。何だろう、学祭で冗談半分にキスしたらお互いに意識しちゃう感じに似てる。
「……手、温かいんだね。……バイジュウ、さん……」
「い、いえ……。……エミリオさんこそ、私より大きいんですね……手が……」
二人してみるみる顔が赤くなっていく。こっちまで恥ずかしくなってきた。
救いを求めるように俺はマリルを見る。
この状況なら「生娘かっ」とでも一括浴びせたほうが二人の緊張が溶けるというのに、嗜虐心の権化であるマリルはこの状況を見逃すはずがなくニマニマと腹黒い笑みを浮かべて静観に入る。
かといって俺もあの気まずい空間に割り込めるほど度胸は据わってない。というか、こういう女の子同士の間に入ろうとする男は某グラップラー漫画のようにボコボコにされる気がしてならないのだ。
「え、えーっと……指が、綺麗だね……」
「そ、その……エミリオさんも、爪が綺麗です……」
というか二人して褒め合うな、それは褒め地獄だ。SNSで反応されたら反応を返し、またそれを返すという永久機関だぞ。
だから手を離してっ。そしてこの空気をどうにかしてくださいっ。
「んぅ……んっ……?」
などと祈っていると神は慈悲をくれた。
未だに触れ続けるバイジュウの手が寝苦しくなったのか、少女はゆっくりと瞼を開いていく。
少女の瞳を初めて見て俺は惹かれた。同時に寒気が感じた。それは深い、深い、深い…………。どこまでも深い……。海のように煌びやかで、海のように底が知れなくて、海のように…………。
『彼女』の瞳に俺は吸い込まれていく。
『□□』の瞳に俺は飲み込まれていく。
脳裏にある言葉が浮かぶ。「深淵を除く時、深淵もまた覗いている」と。
俺はあの言葉を思いだす。
——あなたは『海』が『何色』に見えますか?
……『何色』だ? この少女の瞳は俺には分からなかった。海としか言いようがない。
深海、清漣、朝凪、夕凪、潮騒、潮汐…………。いやそんな言葉遊びはどうでもいい。本能さえも思考の海に溶かすのが一番まずい。
何もかもを飲み込み、何もかもを吸い込み、何もかもを惹かせる貪欲で純粋で矛盾した海の瞳。
少女の瞳はあまりにも人を『狂気』に魅入らせる。
だけど同時に、俺は直感した。
俺はこの子を『知っている』と。
「……っ!? ぅぅ〜〜〜っ!!」
目覚めた少女は現状に恥ずかしさを感じてバイジュウの手を振り払う。同時にエミの手も離れる。
周りからの奇異の視線を感じて自分の下に敷かれているベッドのシーツで顔を隠そうとするが、実体を持たない少女では掴むことなく、ますます顔は紅潮して耳まで真っ赤にする。そしてイヤホンの光学部分は真っ赤に点滅を繰り返し、配線端子は犬の尻尾のように動き続ける。
その時には少女の瞳はただのオーシャンブルーでしかなくなる。海みたいに煌びやかで、海みたいに静けさを感じる。ただそれだけだ。それ以上特別な感情は溢れはしない。
至って普通の……いや身体的特徴を考慮したら普通とはだいぶ離れているが、それ言ったら俺は元は男だ、いや男だ。元ではない。ただ身体が生物学的に、そして電子情報や戸籍的にも女の子であって俺は歴とした男だ。
……ここまで来ると判断材料って個人の視点ってかなり入るんだな。
「ぁぅぁぅぁぅ……」
ともかく少女は『普通の女の子』としか今は感じない。目が覚めたら見知らぬ人が自分を取り囲むようにいるという状況、子供からすれば圧迫感からパニックを引き起こすのは当然だ。
こういう時はどうすればいいのかなぁ、とか思いながら俺は子供時代の思い出を振り返る。
母さんが遊園地に連れて行ってくれて、俺が迷子になって、無茶苦茶泣き叫びながらも女性のスタッフが対応してくれて……。
「…………バイジュウは子供の相手できる?」
「てんで分からないです……」
冷や汗を垂らしながら頬を掻くバイジュウ。子供のパニック状態は雛鳥と一緒で、最初に見た人とコミュニケーションを取って周りは距離を置いてフォローに回るほうがスムーズに行きやすい。
とはいってもバイジュウ本人が子供の相手が分からないとなるとなぁ……。
「じゃあ私が相手しようか? 孤児院でも面倒見たことあるし」
「やっ!! ぴんくのひと、いやっ!!」
舌足らずながらも少女の残酷な発言にエミは酷く傷ついたようだ。
ヴィラの姉貴分を自負していることもあり「この道も長い姉貴肌なのに……!」とショックのあまり壁に語りかけてしまう始末だ。
「では私が相手しよう。親と子という意味では馬鹿の面倒を見てるしな」
不出来な子で悪かったですねっ。
「そこのはばねろおばあちゃんもやっ!」
「ハバネッ……!? このクソガキッ……!!」
「落ち着けってマリル……!!」
確かにマリルは赤いし世界一辛辣かもしれないけど、初対面の相手に暴言をぶつけるほどかっ!?
ただここまで遠慮がないと、違う意味でますますシンチェンに似ているなぁ……。
「じゃあ誰がいいかな?」
視線を合わせてバイジュウは優しく少女の手を握りながら問う。
「くーるびゅーてぃーなひとと、ばかなお姉ちゃんがいい……」
最初にバイジュウ、次に俺を見る少女。
……。
…………。
………………。
……………………。
…………………………。
————このクソガキィィイイイイ!!
「気持ちはわかるけど落ち着いてレンちゃん!」
「どいてエミッ! そいつ怒れないッ!」
今! 俺の怒りが有頂天でヒャッハーッッ!!!
「レンさん、静かにしてくださいっ! この子がまた怯えちゃいますっ!」
「ご、ごめんバイジュウ……」
「他の皆さんも一度落ち着いて、私とレンさんでこの子の面倒をしますので速やかに退室を」
バイジュウの言葉に渋々とマリルとエミが部屋から出て行く。
まるで母親の逆鱗に触れた子供のようだ。反抗したいことはあるが、同時に逆らうと目前の面倒が降りかかるのもわかるので従うしかない。
やがて部屋は俺とバイジュウと少女の三人となり静寂に包まれる。暫く無言で見つめ合うと、バイジュウは意を決して話を始める。
「君の名前教えてくれる?」
「ハ、ハイ……いいですぅ……」
先ほどの生意気な口に反して想像できないほど潮らしくなる。水を失った魚というか、波が引いた砂浜というべきか。とにかくすごい二面性だな……。
「名前わかる?」
「あぅ、わかりますぅ……」
「じゃあ教えてくれる?」
「ハイっ、い、いいです……っ」
——??? なんか妙に会話が噛み合わないな……?
子供はこういう時、本当のことしか言わない。ただパニックってるだけで、情報の伝達がおかしくなるだけだ。例えるなら飴、雨。期間、帰還。そんな感じだ。
となると……既に彼女は名前を言っているのか? だとしたら……考えられる組み合わせは……。
「バイジュウ、俺が聞く」
「……任せます」
バイジュウと席を代わり、少女の前に座る。
「君の名前は『ハイ、イイ』なのかな? それとも——」
俺の問いに、少女は壊れた人形のように高速で紅潮した顔を何度も頷かせると、これまたネジマキが狂ったように緊張した声で言った。
「ひ、ひゃい……私は、『ハイイー』ですっ」