魔女兵器 〜Another Real〜   作:かにみそスープ

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第4節 〜あたたかくて、やわらかくて〜

 ——頭痛がする。

 ——猛烈な頭痛だ。

 

 

 

 まるで酷い『夢』でも見たかのような……。

 そんな……重くて鈍い痛みで……。

 

 

 

「……生理、ってわけでもないよね」

 

 

 

 倦怠感を呼ぶ頭痛だが、いつまでもベッドで横になっているわけにもいかない。今日も今日とて学校があるんだ。寝坊したら、いつものように怒られるんだから、惰眠を貪ってる暇はない。

 

 

 

 …………『怒られる』? 『いつものように』? 

 

 …………いったい誰が怒るんだ? 家族か?

 

 

 

 何を考えているんだろう、私は。

 私にはそんな家族はいない。いるのは——。

 

 

 

「おはよう、お母さん!」

 

「おはよう、レン。寝癖ついてるわよ?」

 

「え、本当? 後でちょっと見てくる!」

 

「パパには挨拶はないのかい?」

 

「もうパパって呼ぶ歳じゃないよ、お父さん……。あと、おはよう!」

 

「ああ、おはよう」

 

 

 

 私をこんなにも優しく愛してくれる『お父さん』と『お母さん』がいるんだ。2人とも科学者で忙しい身であるはずなのに、家族同士の触れ合いを大事にしてくれる。

 

 必要以上に怒りはしないし、怒ったとしてもそこには愛情がある。こんな家族の元に産まれてこれるなんて私は幸せ者だ。

 

 

 

「お父さん、研究はどうなってるの?」

 

「レンもそういうのが気になる年頃か?」

 

「うん! だって『七年戦争』があって…………あれ?」

 

 

 

 ——『七年戦争』って何? と私の中で浮かんだ。

 

 

 

 そんなゲームにしか出てこないような名前がどうして浮かんできたんだろう。

 確かに私達が住む学園都市『新豊州』はゲームみたいに近未来ではあるけれど、それはこの『日本』という国において科学技術の最先端研究の都市として認定されたことによる援助を受けているからだ。

 

 その研究成果もあって『異質物』という過去の遺産……俗に言う『オーパーツ』とか『アーティファクト』とか『ロストテクノロジー』と呼ばれる類の技術も現代では復元できるほどになった。それに伴い技術力も飛躍して、世界はもう資源問題、環境問題、絶滅危惧種といったあらゆる問題とは十年以上前から無縁になって自然と共存している。今では宇宙や海底に生活圏を伸ばそうと奮起できるほどに、地上は豊かになったのだ。

 

 なのに、それらを奪い合う『戦争』なんて言葉が出てくるなんて……。やっぱり変な『夢』でも見ていたのだろうか。思い出せないけど、そんな嫌な『夢』なら思い出さない方がいい。

 

 

 

「……ともかく! 研究はどうなってるの? 私だってお父さんとお母さんの子供なんだから、将来は立派な科学者になるために知りたいの!」

 

「あれは難しいからなぁ。口で説明するにはちょっとなぁ……」

 

「じゃあさ! 今日、お父さんとお母さんの研究所に見学しにいくよ! 今日の課外授業でどこかの研究機関に行かないといけないからさ」

 

「おっ、それはいいな。急ではあるが、まあ私の言伝なら何とかなるだろう。母さんもそれでいいかな?」

 

「……いいと思うわ。この子には、早いとは思うけど……」

 

 お母さんの歯切れが悪いなぁ……。

 やっぱり私みたいな普通な子にはまだ早いのかも……。

 

「……レンが選んだことだから、私は親として力を貸してあげるわ。今日は楽しみにしてるわね」

 

 と思ったらすんなりと認めてくれた。困ってる様な、悪戯したい様な、そんな曖昧な笑顔を浮かべて。

 

 もう……昔からお母さんはお父さんと違って意地悪だ。

 私がゲームをする時だって、無理に「やめなさい」とか言わずに、あえて無理難題な目標をゲームの中に立てて、こちらのやる気を削ごうとするところとか……。

 

「じゃあ、朝食でも食べましょう。レンの大好物なオムレツも作ったから」

 

「やったー!」

 

 でも、そんなお母さんが私は好きだ。

 どんな時でも私のことを考えてくれるお母さん。研究者として最前線に立つのに、こんな凡庸な私を愛してくれるお母さん。

 

「父さんを仲間外れにしないでおくれ〜〜」

 

「分かってるわよ。サラダに合うシーザードレッシングも用意してるから」

 

 ——もちろん、それはお父さんもだ。

 私は、この両親と一緒に毎日いられて本当に嬉しい。

 

 食卓に料理が並ぶ。炊き立てのご飯に、昨日作り置きしていた豆腐とワカメの味噌汁。主菜にはソーセージとネギを混ぜた特製半熟オムレツ、副菜には胡瓜とトマトとサニーレタスのサラダと食欲を唆る彩りだ。

 

 それを家族で囲い、手を合わせて今日の始まりを告げる。

 

 

 

「「「いただきます」」」

 

 

 

 どうしてか……毎日食べてる馴染み深い味なはずなのに、何故か心の底から涙が出そうなほどに、その料理を味合う自分がいた。

 

 

 

 …………

 ……

 

 

 

「おはよう、アニー!」

 

「おはようさん! ……って、寝癖ついてるよ?」

 

 ……忘れてた、寝癖治してくるの。

 通学バックから愛用の赤い手鏡を出して確認してみるが、旋毛付近の髪がツノみたいに纏まって跳ねている。これは軽く水を付けて均すのも、櫛で解かすのも難しい。今日は整髪用のヘアスプレー持ってきてないし……どうしよう。

 

「レンお姉ちゃん、私が直してあげる」

 

「ありがとうな、イルカ……」

 

 とか何とか考えていたら『アニーの可愛い義妹』であるイルカが、その小さな身体を私に乗り出して髪を整え始めた。

 その手には整髪用の水掛けスプレーがあり、中等部なのに小学生みたいな小さな指を駆使して髪を解かしてくれる。

 

「へいっ。これで出来上がりだよ、レンお姉ちゃん」

 

「本当にありがとう……」

 

 解かし終えてくれたイルカに礼を言いながら、コアラのようにしがみつくイルカを離す。昔もこうやって事あるごとにくっ付いて、抱っことかおんぶとか催促されたな。

 

 

 

 その度に重くて背中が折れそうに…………。

 

 そう、昔は…………。

 

 重くて……背中が……。

 

 

 

「……イルカってこんな風に喋る子だったっけ?」

 

 それにここまで軽かったかな? 

 私の中だと、イルカの重さが背骨に支障出る感じだった気がしてならない。

 

 それに昔というが、私の中でイルカの幼少期のイメージが浮かばない。イルカやアニーとの付き合いは、研究者である両親が同じく研究者であるマリルさんとの交流があったからだ。それは今に始まった事ではなく、私が物心付く前からであり、であれば2人との交流も幼年期からとなる。

 

 

 

 だというのに『思い出せない』——。

 2人の幼年期の姿が、綺麗さっぱり出てこないのだ。

 

 

 

「? 私はいつもこんな感じだよ? ね、アニーお姉ちゃん?」

 

「うん。レンちゃんどうしたの? 調子悪い?」

 

 

 

 ……今日は今朝から妙な違和感を覚える。私の中で、辻褄が合わない情報が繋がっているのような……。まるで世界が今できて、それに強引に帳尻を合わせるような……何かが違うことが漠然と私の中で擽る。

 

 でも分からない。何が違うのか、私には何も分からない。

 だけど……とても重要な事な気がする。この違和感は確かな事なのに……どこがおかしいんだろう。

 

 こんな普通の生活のどこに、違和感があるというんだ——。

 

 

 

「何やってんのよ、あんた達」

 

「げっ、ラファエル……」

 

「げっ、って何よ。アンタまだ私の方が先輩だって自覚が足りないの?」

 

「だってラファエル、お嬢様なのに妙に俗物なところあるし……」

 

「何よそれ。美味しい物は美味しいでしょう。それが卵かけご飯だろうが、ピザトーストだろうが、業務スーパーで半額シール貼られた刺身の盛り合わせだとしても」

 

「そういう庶民的なところなんだよなぁ……」

 

 

 

 ……気のせいだろうか。ラファエルと話してる時には違和感を感じない。少なくともその時までは。

 

 次の言葉を聞いた瞬間、心の中で疑問は再び爆けることになる。

 

 

 

「行くわよ、レン。あんたのせいで私が遅刻したら、サモントンの貴族としてはみっともなくて、お兄さま達に合わせる顔がないわ」

 

 

 

 ただ名前を呼ばれただけなのに、ただ普通に学校生活を送っているだけなのに、ただラファエルがお嬢様してるだけなのに、妙にざわついて仕方がない違和感が体内を擽る。

 

 何か……何か絶対におかしいところがある。

 でも、それが私には分からない。分からない事が分からない。

 

 

 

 私は——いったいどうしちゃったんだろう。

 

 

 

 …………

 ……

 

 

 

「……まあ、分からないのは普段の授業もそうなんだけどね」

 

「どうしたの、独り言して? リアルTmitter系女子になったの?」

 

 こちらの呟きを迅速に反応するアニーに、私は苦笑いを浮かべて「そうかも」と頷く。

 

 今朝の違和感は今朝までだった。何の変哲もない授業に、私はいつも通り頭を悩ませた。そこには違和感などなく、いつも通りに分からないと疑問符を浮かべるアホ面があったに違いない。

 

 …………気のせいということは絶対にない。

 今朝のどこかに普段とは違う部分があって、そこに違和感を持っていたのは間違いない。

 

「……まあ、今はいいか」

 

 そうやって自分を今は半ば無理やり納得させて、本日最後の授業である研究機関での課外授業が始まる。向かう先はただ一つ。私の両親がいる『スティールモンド研究センター』だ。

 

 課外授業と言っても、特に班分けされているということはなく、学校の目が届く場所であれば、事前にそこに行くことを伝えておけば個別に向かっても許されるのは我が学び舎の校風だ。おかげでこうしてアニーと2人で来ても問題なく申請が行え、係員の指示の下に見学用のIDカードの発行と、手の甲に赤外線を通して確認できる透明な判子という二重のセキュリティを準備して中へと向かった。

 

「おっ、来たか。小娘ども」

 

「今朝ぶりだね、マリルママ」

 

「こんにちわ、マリルさん」

 

「さん付けはしなくていいと言ってるだろう、レン。君の両親とは個人的にも付き合いがあるんだ。気軽にマリルと呼んでいいんだぞ?」

 

 そんなこと言われても、マリルさんは博士号持ちだからな……。それにSS級科学者として世界中で重宝される存在だから、自分とは住む世界が違うというか……。

 

 もちろんウチの両親も2人ともS級科学者だから、違う世界に生きてる価値観は理解できるけど……それはそれ、これはこれというやつだ。

 

「ええっと……マリル、さん。お父さんとお母さんはどこにいますか?」

 

「……まあ、そういうところがお前の可愛いところだよな」

 

 ……マリルさんに可愛いと呼ばれると、どうしてか背中のあたりがくすぐったくなる。言われ慣れてるはずなのに……どうしてだろう。

 

「お前の父さんと母さん、『ランドルフ』と『リン』は今回のためにある資料を持ち出してる最中だ。とっておきだから口外するなよ?」

 

「とっておき!? じゃあ未公開な『異質物』の情報ってこと!?」

 

「そういうことだ。とはいっても、ある程度整理された物だがな。推敲前の原稿みたいな物で、それを一度閲覧して問題ないなら公表するというものさ。出来立てホヤホヤだぞ〜〜?」

 

 それを聞いてしまうと、思わずワクワクしてしまう。まるでロボットとかに男の子みたいに瞳を輝かせて、今か今かと待ち望む自分がいるの少々気恥ずかしくなるくらいに。

 

 

 

「——ん?」

 

 

 

 …………『男の子』みたいに?

 

 

 

 

「…………何か思い出せそうな」

 

 

 

 どうして『男の子』という単語に反応してしまったのだろう。頭の中で今日一番の大きい違和感が住み着く。

 

 産まれてからこの方、男の子と遊んだことはあるけど、特に印象的なことはなかったし……。特別意識する様な異性なんていなかったはずだ。

 

 だけど、どうしてか『男の子』という部分に強く惹かれる自分がいるそこに何か大事な……その『男の子』という部分に、私の大事な何かがあるような気がしてならないと、そう確信できるほどに、強く惹きつけられる。

 

「……まさか自分が『男の子』だとか?」

 

 なわけない。私の記憶通りなら、私はしっかりと血の繋がった父親と母親の子として『女の子』として産まれ、今のいままで生きてきた。

 そりゃ、当時はやんちゃだったから男の子みたいと呼ばれることもあったけど…………今は流石に恋と青春を夢見る女子高生だ。昔みたいに男の子と間違われることはない。ラファエルと比べたらそりゃ見劣りするけど、これでも女性としてスタイルが恵まれてることは自覚してる。

 

 そんな私が『男の子』だったなんて……。

 冗談で言うにしてはいき過ぎてて面白くない。私の黒髪と顔つきは母親譲りで、つむじの向きと鼻の形は父親譲りだ。これこそが私が『女の子』として2人から産まれた証拠になり、それを疑うことは両親に対して失礼だ。きっとこの感覚は……私が『男の子』だったなんて勘違いなんだ。

 

 だけど、同時に脳内で警鐘が鳴る。それを勘違いで済ませてはいけないと。見過ごしたらもう拾い上げることはできないと。

 

 そして、ふとある映画のセリフが浮かんできた。

 

 

 

 

 

 ——『記憶は思い込みだ。記録じゃない』

 

 

 

 

 

 ……胸と脳がムカムカする。答えが分からない疑問ほど気持ち悪い物はない。何とかして解消しないと落ち着くことができない。

 

「来たか、レン! お望みの物を持ってきたぞ」

 

「お父さん……」

 

 悩む私にお父さんが声をかけてきた。横には研究資料を山ほど抱えた母がいて、私は「持つよ」と言って、その一部を運ぶのを手伝う。

 

 …………今は課外授業の最中だ。難しく考えるのはまた後で大丈夫だろう。別に今すぐ急いで解消すべき難題ではないし、解決したところで私自身の溜飲が下がるだけだ。優先順位なんて無いに等しい。

 

 そう、焦る必要なんてないんだ。この違和感は時間が経てばどうにかしてくれるだろう。解決するなり、忘れるなり、どういう形でもいずれ解消されるんだから、今すぐ求める理由なんてないんだ。

 

「今日はどんな資料を見せてくれるの?」

 

「ふふっ、今あなたが持っているのが今日の目玉よ」

 

 母さんに言われて思わず仰天する。だって今の俺が持つ研究資料はよくあるA4ファイルであり、それは使い切った大学生のレポートのまとめのように紙が嵩張った厚いだけのファイルにしか見えないからだ。

 

 ……これ全部が研究成果ということだろうか? 

 

 両親に聞いてみると、2人は「そう」とアッサリと認めた。

 

「本格的な話は腰を据えてするが、それはある日突然、宇宙開発機関として第一線である『バイコヌール宇宙基地』が飛ばした衛星に届いた情報について記載されてるんだ」

 

「宇宙からって……別惑星の隕石とか宇宙人の細胞とか?」

 

「発見されたら、それはそれで貴重だけど違う。届いたのは『情報』…………つまりは『メッセージ』に近い物なんだ」

 

 

 

 ——メッセージ。それのどこに研究に魅入られる要素があるのか。私にはちょっと理解しにくい。

 

 

 

「『メッセージ』というが、残念ながら人類の歴史において一度も発見されていない物で、ここにある『メッセージ』は文字にすることも言語化できないんだ。だからこそある事を裏付ける証拠になる」

 

「それが裏付ける証拠になる?」

 

「ああ。人類の歴史……地球上で今まで一度もなかったということは、この『メッセージ』は『どこからきて』『誰が出したのか』ということに行き着く。これはもう一つしかない、『宇宙人』だ。フィクションでも何でもない『宇宙人』に値する存在が確かにいることの証明でもあるんだ」

 

 そう考えると途端に魅力的に見えてきた。

 

 宇宙人からのメッセージ——。確かに研究する価値は大いにある。人間は人間としか会話できない。犬や猫と意識の疎通することまでしかできず、他種族との本当の理解への道のりは険しい。

 

 しかし『メッセージ』があるというのなら話は別だ。相手からの明確な意思表示があるというのなら、これをキッカケに『会話』をすることができるかもしれない。

 

 

 

 地球人と宇宙人の会話——。

 それは魅力に満ちた甘美な物だ。

 

 

 

「現在我々研究者はこのメッセージの解明中の物でね、少しずつ解読はしているのだが、未だに謎が多いんだ……」

 

「解明中……」

 

 

 

 確かに出来たてホヤホヤというか、何というか……。自分の親ながら凄いものを持ってきたと感心してしまう。

 テッキリ、もう研究が終わってる情報を持ってきて、その発展性を学生とかの若い発想も取り入れる系の課外授業になるかと思っていたのに……。まさか本当に未完の研究を持ってくるとは……。

 

 

 

「まあ、おかげでこうして持ち出すこともできるんだけどな。私と母さんがいる研究チームは、この『メッセージ』に対してある呼称を与えて研究しているんだ」

 

「呼称?」

 

「ああ。解読するたびに謎が謎を呼ぶ……。解読すれば新しい法則を見つけては、一から研究を見直すことになる……。まるで間違いがあったら成立しない『方程式』のようにね」

 

「だから父さん達はこの『メッセージ』をこう名付けた」と子供のように目を輝かせて、その名を告げる。

 

 

 

 

 

「『ルーシュチャ方程式』とね——」

 

 

 

 

 

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