魔女兵器 〜Another Real〜   作:かにみそスープ

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第5節 〜欠片でも、希望を胸に〜

「ふぅ……。皆様お疲れ様です」

 

「随分と疲弊してるわね、モリス。三日ほど寝なくても家事全般できるタフな貴方からだと想像つかないわ」

 

『時空位相波動』発生から約30時間——。

 ようやく市民の避難と都市部周辺にいる『ドール』を排除したところで、モリス達が所属する『ローゼンクロイツ』の『位階十席』は最も安全な場所であろう『ヴェルサイユ宮殿』にて、ラファエル達と落ち合っていた。

 

 揃いに揃って総勢9名——。しかし、その全てが無事とは到底言い切れなかった。

 

 モリス、セレサ、ハインリッヒ、ラファエルは無傷ではあるが、各々の事情があって疲弊し尽くしている。ラファエル以外は30時間という超長時間での防衛戦で精神的に参っており、ラファエルは先の戦いで負傷したソヤ達の治療もあるが、『ヴェルサイユ宮殿』へと避難はしたものの負傷した市民を手当てをするということあって回復魔法を常時発動してしまっていた。市民には『魔女』だということがバレないように注意を払ったのも疲弊を助長させている。

 

 ソヤ、バイジュウは治療を終えて意識はあるが、絶対安静状態で戦いに行くことはできない。特にバイジュウは深刻であり、失った視力を戻すのや視界を慣らすのにラファエルの『回復魔法』を持ってしても、一週間以上掛かると予想されている。

 ではソヤはどうかというと、二日ほどで完治する見通しではあるが、問題は別の点にあって戦いに行くことはできなくなっていた。

 

「……代用品とかはなさそうですわね」

 

 それはガブリエルとの戦いで、自分が持ち出して武器である『掃除屋Thanatos』は爆発したことで木っ端微塵になって使用できなくなったのだ。ソヤの戦闘技術は独特な所があり、普通の剣や銃器は手に合わずに十全に力を発揮することができない。故に専用品である必要性があり、それはソヤの力を完全に引き出すのと同時に、そこに潜む脆弱性が今この場で影響してしまっている。

 

 ソヤは内心「エミリオさんみたいに能力で武器を作ることができれば」と無い物ねだりしてしまうほどに、その事実は今の状況では深刻な問題だった。

 

 唯一完全に無事と言えるのは、この場において味方として扱っていいのか不明瞭なセラエノだ。それに拘束状態で気絶して沈黙するアレンとガブリエルも同様と言える。

 だが、そのセラエノのおかげでこの場にいる全員が誤解もなく現状を把握できている。ウリエルを模していたニャルラトホテプが、ヴィラクスを『魔導書』諸共操って今回の騒動を起こし、それを予知していたガブリエルは例え汚名を被ろうとも未然に防ごうとしたことを。

 

 

 

 ——そして、そのニャルラトホテプは現在『レン』の姿となっていることも。すべて包み隠さず、ありのままにセラエノは口頭で説明した。

 

 

 

「事情は詳しく把握しましたが……ややこしいことをしてくれますね、そのニャルラトホテプという生命体は」

 

「そうだ。アイツが今回の件に関して介入してきたのが、今の騒動の原因になっている。お前達からすれば迷惑この上ないだろう」

 

「……であればニャルラトホテプを止めさえすれば、今回の『時空位相』は収まるという可能性はありますか?」

 

「そういうわけにもいかないだろうな」

 

 モリスの意見に、セラエノは間髪入れずに否定した。

 

「ここがアイツのタチの悪いところだ。今回の『時空位相波動』に関しては、アイツ自身は何の関わりもない。操られてるとはいえ、あくまでヴィラクスとかいう女が『魔導書』を魔力を暴走させたのが発端だからな」

 

「つまりヴィラクスか『魔導書』……あるいは両方を止める必要があると言うのですね」

 

「そういうことになる。となると解決策は大きく分けて三つだ」

 

 そう言ってセラエノは何故か親指を立てて説明を開始し始めた。

 

「一つは『魔導書』の破壊だ。単純に『魔導書』を破壊できれば『時空位相波動』を維持できない。非常にシンプルだろう」

 

「しかし『魔導書』の破壊は完全に行わないと、紙片や頁となって散開してしまいます。脅威性は格段に下りはしますが……その数だけ後に小規模な『時空位相波動』を発生させる可能性も考慮すると、一度保留しなければいけない案です」

 

「ならば」とセラエノは人差し指を上げて話を続ける。

 

「二つはヴィラクス自身の殺害だ。『魔導書』の魔力は持ち主の命と共鳴することでのみ発揮される。持ち主が死ねば、魔力の共鳴もなくなり『時空位相波動』は消失する。これが最も解決策として簡単だろうな」

 

「……ヴィラクスは『位階十席』の1人で仲間です。末端の『第十位』とはいえ、可能な限り犠牲にするわけにいきません。それにそれでは『魔導書』は健在のままです。そう遠くない未来に、再び今回の事態と同じことが起こりうる可能性がある以上、その案は却下します」

 

「だろうな」とセラエノは納得しながら、流れ的に中指——ではなく、さらにもう一つ飛んで小指を立てて話を進めた。

 

「三つはヴィラクスを正気に戻し、そのヴィラクス自身に『魔導書』の制御をして暴走を止めてもらうことだ。だがこれには色々と不確定要素が多すぎる」

 

「思いつく限りでは、そもそもヴィラクスが『魔導書』を制御できるか……。できたとしても今度は『どこまで制御できるのか』……。元々はそれを調べることもあって『方舟基地』での実験でもあったのですから……これは私達でも分かりかねます」

 

 どれも解決策としては妥当ではあるが、どれもそれぞれの問題点を抱えたものだった。相手は『魔導書』という名の『異質物』だ。不明瞭なところがあるのは承知とはいえ、些かその面が大きすぎる。そしてそこには必ずニャルラトホテプというもっと捉えようのない存在がある。モリスがセラエノに案に対して慎重になるのは当然なのだ。

 

「どうあれ事態の解決は急いだほうがいいぞ。『時空位相波動』は地球そのものを進化させる情報の塊だ。放っておけば、地球は順応して46億年の歴史を僅かな時間で塗り替えるほどに急激な進化を遂げる。その進化に人間も植物も適応できず死滅するしかないぞ」

 

「そうですね……。都市部から離れた『ローゼンクロイツ』の構成員からの情報によれば、既に放牧地を含む畜産業を営む土地が5%が機能してないと報告を受けています……。解決が遅れれば、事態解決後のサモントンの食料供給量は低下し、世界に飢餓を与えかねない致命的なダメージを負わせることになってしまう……。ただ解決するだけでは、それはサモントンの……人類の滅亡を意味する」

 

 それはその場の空気を非常に重くなる内容だった。

 ただ戦うだけは意味がない。事態は一刻を争う。だというのに、相手となるのは未知数である『ニャルラトホテプ』を中心とした勢力だ。ハインリッヒが名称を共有してくれたが『シャンタク鳥』自体のデータが存在しない。ただでさえ『ドール』だけでも手一杯なのに、今後も『シャンタク鳥』以外の全く知らない戦力が出てきたら、手が追いつかないのがここにいる全員の共通認識だった。

 

「さらに言えば長時間勝負となれば食料、水、電気など様々な問題も出てくる。それに衛生的な問題もな。その点に関してはどこまでサモントンは対策をしているんだ?」

 

「災害対策は当然しておりますが……『時空位相波動』によって設備によるエネルギーからの供給は止まっています。風力発電、地熱発電、太陽光発電……環境が違うため機能を停止しています。蓄えられた電力はありますが、これも節電しても一週間持つかどうか……。医療設備に関して絶望的と言っていいでしょう」

 

「では食料と水は?」

 

「食料は幸いにも保存が効くのは十全にあります。満腹感の得られる食事とはいえませんが、三食取っても栄養取れるバランスで計算しても、食料は間違いなく一ヶ月は持ちます。ですが水に関してはどこまで利用できるか……」

 

「というと?」

 

「ライフラインが止められている以上、施設関連はすべて利用できません。もちろん家庭や公園の蛇口からも水は出ません。となると利用できる水には限りがあり、用途は多岐に渡ります。衛生面の安全のために食器や排泄物を流すこと、身体を清めることにも使います。あるいは衣服も。もちろん水分補給もです」

 

「風呂や洗濯に関しては水浴びでもしろと言いたいが……」

 

「お察しの通り、地脈を通して溢れる池や湖、それに飲料水として確保できる山地の水源から流れる天然水などの全てはサモントン郊外にあります。であれば当然『ドール』が数多く存在しており、ちょっとやそっとのことでは取り返すのは困難を極めるでしょう」

 

 沈黙が場を支配する。

 長時間の戦闘はできるだけ避けたいが、それでも長時間の準備をしないわけにもいかない。どうにしかして水を用意する算段も見つけなければならないのだ。

 

 考えること十数秒。何かに気づいたセレサは、ハインリッヒを見つめて言う。

 

「あんた錬金術が使えるのよね? あの鳥……『シャンタク鳥』だっけ? ともかく、それを倒した時に大気中の水分を『氷』にしたのを応用して、大気中の水分を『水』として抽出することはできないの?」

 

「可能ではありますよ。水は当然として、もちろん電気を錬成することも」

 

 一同が困っていた問題にハインリッヒは容易く解決できると口にした。だがハインリッヒは少々罰が悪そうな顔をしながら「しかし」と補足を進める。

 

「錬金術とは等価交換が原則。人が飲める量の水を供給することになると、空気中の水分はほぼ消失して乾燥してしまいます。それはウイルスや菌などの増殖を助長し、さらには喉の活動にも支障をきたします。それに緑豊かなサモントンでは、乾燥した樹木が摩擦することで火災が発生する可能性も十二分にある。これを『自然発火現象』と言いますが、聞き覚えぐらいはありますよね?」

 

「ああ、あるわー」とセレサは眠そうに頷きながらも、まだ眠るべき時ではないと必死に目がらしを抑えながら思考を続ける。

 

 水を作り出す手段がないのなら、水を手に入れる手段をどうすればいいのか。より正確に言うなら、郊外にいる『ドール』を退けつつ、少ないリスクで往復する手段があるか。

 

 それは単純に『位階十席』が順番に行ったとしてもかなりの重労働になる。下手したら命を落とす危険性もある。となれば防衛戦の要であり、そういう行動には不向きなモリスを出すわけにはいかない。

 であれば現状いるセレサ、ハインリッヒ、そしてこの場にはいないがサモントン郊外で避難民の誘導と『ドール』との牽制を続けるアイスティーナの三人という少ない人数で行う必要があるのだ。しかも資源を求めての遠征中は都市部の戦力は一人分落ちるし、仮に資源を回収しても持って来れるのは最大でも一人分超だ。避難民の数とはあまりにも違いすぎて、労力の無駄でしかない。

 

 

 

 ——あまりにも人手が足りない。

 

 

 

 セレサがそう考えた時、以前として視線が合わせ続けるハインリッヒの顔を見てある事を思い出し、それをすぐさま提案した。

 

「じゃあ『ドール・ハインリッヒ』を郊外に出して、資源を回収することはできる? 何かしらの不都合があるなら、できるだけ解消するようにはするわよ?」

 

「残念ながら難しいかと。量産型の動作に精密性はないのです。握るといった『手の動き』までなら可能なのですが、縄を結ぶ、キーボードを打つといった『指の動き』は現状不可能なのです。ペットボトルなどに水を汲むことはできても、ペットボトルの蓋を閉めなければ溢れてしまいます」

 

「2020年前後のロボットぐらいの精度と考えないといけないのね……」

 

 そう考えると『ドール・ハインリッヒ』の性能もそこまでではないかとセレサは一瞬疑ってしまうが、冷静に捉えると二足歩行な上に高速戦闘が行え、簡易な命令なら受け付けるという部分だけでかなり有用な存在だ。今でも『ドール』相手に立ち回っているのだから、それだけでも活躍は十二分だと考えを改める。

 

「やはり短期決戦しかない、ということですね。ニャルラトホテプ……いえ、事態の解決ならヴィラクスさんですね……。いったいどこにいるのか……」

 

「この際、どっちでもいいですわ。セラエノさん、そのお二人がどこにいるかは分かりますでしょうか?」

 

 バイジュウとソヤの質問に、セラエノは首を縦に振って答えた。

 

「見当はつく。空に浮かぶ暗黒の裂け目……その奥にいる可能性は非常に高い」

 

「理由はありますか?」

 

「あそこから出た『シャンタク鳥』は統率が取れていたからな。命令を受けていなければ不可能な挙動だ。少なくともニャルラトホテプはいるだろう。ヴィラクスがいる保証はないがな」

 

 分かりやすく要点を伝え、補足をする言い方にバイジュウは「この人、教授として優秀だなぁ」と思いながらも、まだ終わらぬセラエノの言葉に耳を向ける。

 

「問題はあの裂け目は、現実にあって現実にないという点だ」

 

「…………まるで分からないのですが?」

 

 それは一言一句偽りのない言葉だった。

 バイジュウにとってセラエノが口にした『現実にあって現実にない』という意味が頭で理解できても、理屈ではできなかったのだ。

 

「矛盾しているが、あれは『実体を持った幻』なんだ。触れようと、あるいは侵入しようとしても、その瞬間にホログラム映像のように透けてしまう。そういう類なんだ……『時空位相波動』の出入り口というものは」

 

「だけど『ドール』は実体を持って……」

 

「テレビと同じで放送局から家庭に映像を流すことはできても、家庭から放送局に映像を流すことはできないだろう? あれと同じ理屈で『ドール』を一方的に流してるんだ」

 

 それでは手の出し用がない。一方的に裂け目から『ドール』を出現させ、その中に潜まれてはいくら守っていようと、こちらから出向くことができない以上は意味がない。

 こちらの戦力や物資には限りがあるのに、相手には『ドール』に関しては無限と言えるほどに無尽蔵なのだ。これでは持久戦をするだけでもこちらの敗北になるのは目に見えている。

 

「だが、それで静観するほどアイツも完璧主義者ではない。アイツは第一に『面白さ』を求める性質がある。直せない癖や、どうしようもない性癖みたいに……そんな碌でもない性質がな」

 

「なんですか、その意味不明な性質……変態でもしませんわよ?」

 

 ソヤの言い分もごもっとではあるが、生憎と当人がM気質な時点で説得力がないことをバイジュウは胸に秘めておく。

 

「ともかく、どこかしらに付け入る隙が……正確には隙が準備されているというわけですね?」

 

「ああ。必ずアイツは隙を用意している。例えそれが致命傷になると分かっていても……それしか私達が解決策を持たないと考えているなら、確実に手付かずに放置してる方法が……」

 

 だがセラエノがその『方法』を把握している様子はない。それを見てモリスは「なるほど」と一息すると、手拍子をして場の空気を一度切り替えさせた。

 

「……一度話は終えましょう。防衛戦で皆様疲労は溜まっているでしょうから。各々体調を整えるために、数時間後に」

 

「もしかしたら『時空位相波動』の外部から反応があるかもしれませんし」と言ってモリスはその場を離れて、そこで話は終わった。

 彼女を知らない人からすれば、その背中は司令者として常に皆を重んじる逞しい背中にも見える。

 

 

 だがラファエルとセレサは違った。

 強く逞しく、皆の気持ちを背負う彼女の背を見て思う。

 

 

 

 ——また抱え込んでいる、と。

 

 

 

 …………

 ……

 

 

 

『こちらHR1-1より連絡! サモントンに閃光弾を投下しましたが、着弾と発光を確認できません! 『時空位相波動』の観測数値にも影響及ばず……ハッキリ言って無意味ですっ!』

 

「くそっ……やはりレンがいないと、展開が終わって安定してしまった『時空位相波動』に外部から影響を与えることはできないのか……っ!!」

 

 その頃、新豊州のSID本部——。

 

 マリル達はサモントン上空に飛ばしたヘリに搭乗するエージェントの通達を聞きながら、本日三本目となる栄養ドリンクとサプリメントを迅速に口にしながら少しでも早く打開策を思いつかないものかと、例え無駄であろうと理性で分かっても赤髪を炎が揺らめくように掻き回す。

 

 それはマリルの苛立ちが形になったものだ。現在SIDでは『時空位相波動』の発生から30時間、あらゆる手立てを使って突破しようと模索したが、どれも結果は出ずに介入できない状態となり、SID長官という最高責任者の立場としてはあまりにも不甲斐ない状況となっているのだ。

 

「何かしらの対抗策はないのか……? この際、異質物を利用してでも……いやダメだ……。これ以上揉め事の種を蒔くわけにも……」

 

「レンちゃんが心配なのは分かるけど、この状況で異質物は更なる危険を呼ぶリスクがあるから控えたいよね……」

 

 愛衣の言葉はごもっともだ。サモントンの『時空位相波動』の原因がSID側から特定できない以上、下手に異質物を使用するのは混乱を招くリスクの方が大きい。おいそれと持ち出して使用するわけにもいかないのだ。

 

「こうなったら質量兵器をぶつけるしかないんじゃない? ミサイルは……火力高すぎるか。何かもっと比較的安全な……」

 

「じゃあアレだ。エアタンカーの消化剤を使おう。ホラ、赤い粉撒くやつ」

 

「無理だ。新豊州はXK異質物である【イージス】の性質上、弾道ミサイルといった質量兵器を持つことは禁じられてるんだ。【イージス】は入ることは厳重だが、出ることには無関心だからな。新豊州がそういう兵器を持つと一方的な攻撃が可能になると脅威とされて条約で硬く禁じている」

 

 エミリオとヴィラの提案はマリルはすぐさま却下する。エミリオも立場が立場だから「そういえばそんな条約あったわ」と思い出した表情をし、再び頭を抱え直す。

 

「消火剤は既に似たような物で試した。テストと物資の補給も兼ねて、災害用の衝撃対策した食料バックをいくつかな。ものの見事に『時空位相波動』に突入することなく消えたぞ」

 

「マジか……。じゃあどうすればいいんだよ……」

 

「なら、もう『時空位相波動』に適性がある『魔女』を単身で向かわせるしかないんじゃない?」

 

 今度はベアトリーチェが口を出すが、マリルは即座に首を横に振って説明する。

 

「それもダメだ。『時空位相波動』は適性がなきものを全て拒む。魔女の身体や武器はいいとして、装備品……つまりはパラシュートなどは突入した瞬間に排除されてしまう。サモントンの『時空位相波動』はドーム状に大きく広がっていて、高度は500mにも達している。そんな超高度から自由落下したら、痛みを感じる暇さえなく即死だろうよ」

 

「まあ、お前達が空を飛べるなら試す価値はあるがな」と無い物ねだりと分かっていてもマリルは溢す。

 

「それに泳いで渡ろうにも『時空位相波動』の領域は海面に到達していて、一番近いところでも突入地点から岸まで1キロ……海流も考慮すると無理なのは目に見えてる」

 

「じゃあ本当に手詰まりね……。手出しする隙がない」

 

「おい、あの『時空位相波動』——。儂なら何とかできる可能性があるぞ」

 

 その時、呆気らかんにギンは、現在問題となる『時空位相波動』についての解決策があると口にした。

 マリルと形相を変えて「何故今まで言わなかった」と詰め寄るが、ギンは冷静に「早る気持ちは分かるが落ち着け」と老人らしい振る舞いで諭す。

 

「それは今まで儂自身にも分からなかったからじゃ。『時空位相波動』というものがな。だが……何十時間も観察して理解した。あれは性質自体は違うが、根本は『ヨグ=ソトース』という奴と似ておる。核というべきか否か…………知恵のない儂には例えようがないが、そういう部分が似ているんじゃ」

 

 確かに今までギンに『時空位相波動』を見せたことはなかった。資料としては目を通させたが、こうして間近で生で発生したのを見るのは初めてだ。だから今更気づいて口にしたのだと、改めてマリルは気づく。

 

「であれば、新調した刀——『天羽々斬』と儂の技量があれば破れなくもない」

  

 

 

 ——『天羽々斬』。それはSIDがギンのために作り出した刀だ。

 その性能は今は関係ないものの、材質には元々は異質物武器として保存され、かの『ヨグ=ソトース』と繋がっていた『妖刀・蜂と蝶』の破片を利用されており、切れ味に関して現代科学の技術も合わさって前よりも数段に跳ね上がっている。

 

 無論、妖刀を材質にしている以上、再度繋がる恐れがあるのではないかとSIDは危惧したが、ギン自身が「もうこの破片はどこにも繋がってない。その証拠に再生もしないじゃろう」と口にしたのと、実際に霧守神社の一件で『ヨグ=ソトース』を退けて、それ以降妖刀を通して介入してこなかったということを鑑みて武器としているのだ。

 

 

 

「問題はあの『時空位相波動』の核がどこにあるかが問題だ。それさえ分かれば、距離など関係なく切り裂いて『時空位相波動』突破できる」

 

「核……発生した異質物とかか?」

 

「そいつもそうだが、恐らくは別じゃな。ここまで大規模だと、発生源とは別に何かしら繋がりやすい場所がサモントンにはあるんじゃろう。地脈とか霊脈とか……今でいう『レイライン』というやつじゃ」

 

 レイライン——。そう言われてもマリルは頭を抱えるだけだ。何せマリルは科学者ではあるが、地学専門ではない。地脈といったものに関してはそこらの専門学生よりかはマシ程度の知識しか持っておらず、付け焼き刃の知識で導き出せるほどこの問題は生半可ではないのだ。

 

 無論、それは愛衣もそうだ。アイコンタクトで「分かるか?」とマリルは伝えるが、当人の返答は「全然」と言わんばかりに乾いた笑いを浮かべるだけ。

 

 ギンが求める『時空位相波動』が繋がりやすい『レイライン』など聞いたことがない。検討があるとすれば謎に自然発生して、謎に維持し続ける『結界迷宮』ぐらいだが、そんな物がサモントンにあるのかとマリルは考える。

 

 

 

『それを知っている者がいると言ったら、どうする——?』

 

 

 

 突如としてSIDの無線機に送信先不明の音声が届く。

 その声は不思議と惹かれるもので、男性的でも女性的でもない。中性的ではあるのだが、どこか超然とした世離れした雰囲気は、まるで神様からのお告げだと錯覚するかのような神秘に満ちていた。

 

 

 

「貴様、何者だ」

 

『失礼。それでは無線機越しながら、謹んで自己紹介を』

 

 

 

 

 

 そう言って無線機越しに、中性的ながらもどこか人間離れした抑揚で告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私はミカエル・デックス——。『天使長』の名を冠する者だ』

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