魔女兵器 〜Another Real〜   作:かにみそスープ

92 / 170
第6節 〜果て無き道に振り返らず〜

『私はミカエル・デックス——。『天使長』の名を冠する者だ』

 

 

 

 その名を聞き、マリルを始めとした全員が驚愕を浮かべる。

 

 ミカエル・デックス——。

 それはサモントンが誇る現人神の名にして、祖父でありサモントンの最高責任者であるデックス博士こと『トマス・デックス』と変わる政治面でのデックスの代表として表に顔を出す人物だ。

 

 最近では学園都市以外での外交を中心にしていたため、六大学園都市関係のニュースで一才顔を出していなかったが、その顔と声と雰囲気はマリルは忘れることはない。

 レンとは違った男性特有の強かさを持ちながら、歌うように美しい女性じみた声は間違いなくミカエルの物だ。通信機越しでも聞き間違えることは難しいほどに、その声は特徴的だった。

 

「ミカエル——。あのデックス家の正当後継者にして、サモントンの次期責任者としてのミカエルで間違いないのか?」

 

 マリルからの再確認の言葉に、ミカエルは『そうだな』とすんなりと認めた。

 

『だが、そんな肩書きなんて今はどうでもいい。問題はサモントンの『時空位相波動』の解決だ。その結界というべきか、障壁というか……ともかく『時空位相波動』を突破したいのだろう?』

 

「話が早くて助かるが……お前にはギンが求めるレイラインというのを知っているのか?」

 

『知っているから連絡をしている。時間が惜しんだ、単刀直入かつ単純明快に答えだけ伝えておく』

 

 ミカエルとはそういう人物だったとマリルは改めて思い出す。

 嘘偽りを哀しみ、無駄を嫌い、悪徳を憎む。早い話が曲がったことが大嫌いな素直な人物だ。

 それは性格にも出ており、よほどのことがない限りは無駄な問答、無駄な時間、無駄な感情などを徹底的に排除するところがあり、一度外交の一環として話し合った時も、礼儀正しく無礼千万という矛盾してる態度でとにかく要件だけを伝えた剛の者だ。

 

『『時空位相波動』を成すレイラインについて、それは常に移動している。だから明確な位置を指し示すことは私にはできない』

 

「私には? であれば誰かが知っているのか?」

 

『——ラファエルだ。私の可愛い妹分のな』

 

 思いがけない人物の名が出て、マリルは眠気が完全に吹き飛んだ。

 

 何故そこでラファエルの名前が出てくる——。

 その意味がまるで理解できない。確かに『魔女』ではあるが、それはここにいる者達にも言えることだ。横槍を入れないように沈黙しているが、エミリオもヴィラもベアトリーチェもファビオラも『魔女』であり、意識を取り戻して別室で事情聴取と健康診断を受けているアニーも『魔女』であり、自宅で待機しているイルカも『魔女』だ。さらに言えば霧夕を代表としたSIDが極秘で身元保護してる何人かも『魔女』だ。

 

 そんな数多くいる中、どうしてラファエルが選ばれるのか——。

 それがマリルには一切理解できなかった。

 

『ラファエルならレイラインを知ることができる。彼女は私達と違って、明確に選ばれた『魔女』だからな。ラファエルが望むなら、彼女に宿る『魔力の源』は応えてくれるに違いない』

 

「私達と違って……? ならミカエル、お前は……いや……だとすればガブリエルやウリエルも……」

 

『『魔女』だが、知ったところで今は関係無い。何度も端折るな。時間が惜しいと言っているだろう』

 

 端折って良いことではないとマリルは考える。何せ簡単に認めたが、ミカエルはいくら中性的と言っても男性だ。だというのに女性だけが変質する『魔女』になるのは、おかしいことなのだ。それもガブリエル、ウリエルと三人揃ってだ。

 

 これは前提が間違っていることを意味している。男性が『魔女』にならない、という前提が。

 それを問い質したい気持ちがマリルは湧くが、時間がないのは確かなことでもあり、自分の気持ちを押し殺してマリルはミカエルの次の言葉を待つ。

 

『いいか。『時空位相波動』の内部と外部では『異なる時間の流れ』があるんだ。私達がこうして話してる間に、内部では一日が経過してるかもしれない。あるいは一年が経過してるかもしれない。逆もまた然りだ』

 

 ミカエルの『時間の流れ』という言葉で、マリルは『南極事件』と『天国の扉』でソヤを救出する時のことを思い出す。

 

『我々ができることは『待つ』ことだけだ。それは永遠かもしれないし、一瞬かもしれない。だけど、その狭間で確かに光る時がラファエルなら起こしてくれる。その『光』を『待つ』んだ』

 

「あくまで予測だな。それが的外れの可能性もあるぞ?」

 

『むしろ外れた方が喜ばしい。それはラファエルが真の意味で覚醒する必要がなく、事態を解決できたという意味を持つ。それならそれで良い。その程度の問題だったってことだ。気苦労で済むならそれが一番良い』

 

『だが』とミカエルは一息置くと話を続ける。

 

『私がこうして介入してる以上、それはまずないと言っておこう。私の『魔力の源』が警鐘を鳴らしている。野生の動物が天敵を見つけた時のように、本能を刺激して止まないんだ。それはラファエルに宿る『魔力の源』も同様だろう。アイツらは連鎖的に行動するような『運命』に引き寄せられているからな』

 

「……『魔力の源』? アイツら? 『運命』?」

 

「長くなるから今は割愛する。後で説明するから心配するな。ともかく『魔力の源』がラファエルを助けてくれる。それは覚醒の光となり『時空位相波動』の境界を貫く唯一の道筋となる。それを……ギンが捉え、そこを辿って『時空位相波動』を切り裂く。それが私から伝えたいことだ」

 

 マリルは驚愕した。少なくともこの会話の中で『ギン』という名前は出していない。だというのに、なぜミカエルはその名前を知っているのか。

 

『できるか?』

 

「……儂を誰だと思っておる?」

 

 通信機越しから、歳に相応しくない大人びた包容力に満ちた優しい問いに、これまた歳に相応しくない大人な特有の負けん気に満ちた表情でギンは告げた。

 

 

 

「無駄に歳重ねたのは伊達じゃない。待つことなんぞ、とうに慣れきっておるわ——。小僧」

 

 

 

 …………

 ……

 

 

 

「一週間…………経過しましたね」

 

 その頃サモントンでは、既に外界とは異なり一週間——時間にして168時間、分にして約10000分という非日常という空間では異様に長く感じるほどに時が経過していた。

 

 バイジュウは自分の目を覆う包帯を取り外して、ようやく治り始めた視界で外界の情報を得ようとするが、その全てが靄にかかっていて自分の手相さえ把握できないほどだった。

 

「……まだ時間が掛かりそうですね」

 

 どんなに目を開いても細めてもピントが合うことはない。目そのものが光に慣れておらず、脳も虹彩も処理が混乱している状態なのだから当然だ。こればかりは慣らすのに時間がいる。

 そんなことは頭では分かっているのに、バイジュウの中で焦りが募る。何せ一週間も経過してるのに、未だにあの上空に浮かぶ暗黒を纏う『裂け目』に対して何一つ手掛かりが見つかっていないのだ。

 

「皆さーん、本日の配給ですよー!」

 

 頭を悩ますバイジュウの耳に、腕部の鎧だけは外して三角巾を被るモリスが姿を見せる。その手には盾だけでなく、料理に使うお玉が握られており、銅鑼を鳴らすように盾を叩いて、ここ『ヴェルサイユ宮殿』にて生活を送る避難民を呼ぶ。

 

 罰当たり同然の行為に、内心「あれでも『不屈の信仰』の効果が発揮するなんてどうなってるんだ」と何回目かも分からぬ疑問をバイジュウは持ってしまうが、機能しているからこそこんな呑気な考えが浮かべるほどに安全なのだ。少なくともモリスが意識を途切れさせない限り、サモントン都市部の安全は保証されるのだ。

 

「はい、バイジュウさん。精力付けないといつまでも治りませんよ」

 

 回廊とテラスの間にて、少しでも早く視力が戻らないかと外を眺めるバイジュウにモリスは声をかける。その手にはハインリッヒが「この程度なら廃材でも作れます」と錬成して作られた100均なので取り扱ってる簡易なアルミトレイがあり、その上には拳ほどの大きさのパンが二つ、水が入った300mlペットボトルが一つ、そしてよく分からない濁った一口サイズのゼリーが三つほどあった。

 

「……何ですか、これ?」

 

「それは昨晩、野菜炒めを作った際に出た汁ですね。少しでもお腹が満たせるように、ゼラチンを混ぜてゼリー状にしたのですが……」

 

 そう言われてバイジュウは昨晩の配給を思い出した。都市部のレストランで痛む寸前の野菜が見つかったので、それをガスコンロを駆使して提供されたのだ。

 量があれば、それだけ野菜自体の水分が旨味と共に出てくる。その時点で若干野菜炒めとしては失敗な気もするが、特に気にする必要もないし、モリスが気を利かせて食料になるように工夫したのだ。バイジュウありがたく本日1回目の配給を受け取った。

 

「では、いただきます」

 

 パン二つとスープゼリーを頬張って腹を満たす。見た目に反してスープゼリーは旨味が凝縮されていて、意外にも口に入れた時に嫌味な感じはせず、そんな味に思わず頬が緩むバイジュウの反応を見て、モリスは満足そうに「口にあったようで何よりです」と笑った。

 

「バイジュウさんは少食な上に痩せ気味ですよね。ラファエル様は健啖家だというのに……やはりどこか不調でも?」

 

「……私は体質的な影響でカロリー消費しにくいんです。体温変化がほとんど起きませんし……平均体温も高くないので必要な熱量が少ないんですよ」

 

「そうですか。体調が悪いとかじゃなくて安心しました」

 

 健康診断混じりの問答を終えて、モリスは満足そうに笑顔を浮かべて立ち上がり「ではこれから会議がありますので」と足早に去ろうとする。

 

「……大丈夫なのですか? 私の把握する限りでは、この一週間で休んだ時間なんて……」

 

「はい、合計4時間ほどでしょうね。瞼は重いですが、疲労に関してはサモントンが保有する漢方薬と、ラファエル様の魔法で疲労を取ってるので意外と何とかなってますよ」

 

 168時間の中でわずか4時間——。

 あまりにも過酷で過密で、サモントン都市部の防衛がモリスの信仰心と『盾』に依存している現状を如実に表している。

 『位階十席』を中心に『ローゼンクロイツ』は『ドール』の迎撃に向かっており、ハインリッヒは加勢して『ドール・ハインリッヒ』を増加させて郊外に何百人も送っているが、やはり素体が『ドール』では限界があり、何時間かすると糸が切れたように力を無くして消滅してしまう。依然として防衛戦に関しては『盾』に依存度は大して変化していないのだ。

 

 それはモリスの活力を現在進行形で確実に奪い取っているのにも関わらず、当の本人は疲労なんか表に出すことなく、むしろ配給係として防衛以外でも齷齪と雑事に動き続け、さらには視力を戻ったばかりのバイジュウを気遣うほどだ。彼女の揺るがない信仰心と胆力はそれまでに強大であり、その有り様そのものが『魔女』に匹敵しかねないほどに。

 

 そしてバイジュウは知っている。モリスが口にする『漢方薬』とは普通ではないことを。普通の薬はすべて避難民や緊急治療が必要なエージェントに回すように彼女自身が指示している。そんな彼女が普通の薬など使うわけがない。であれば彼女が口にする『漢方薬』とは何なのか。

 

 

 

 決まっている——。

 サモントンが『植物』が多く、その種類は膨大だ。それを調合することで様々な効力を得るのも当然だろう。問題はその『効力の強さ』と『依存』なのだ。それら二つが極めて高く、どんな人間であろうと精神を擦り減らす『中毒性』がある劇薬をモリスは口にしているのだ。

 

 

 

 

 

 ——俗に言う『違法ドラッグ』と呼ばれる物に手を出してるのだ。

 

 

 

 

 

 もちろん依存症が出にくいように細心の注意払っている。麻薬の一種として有名な『コカイン』だって、溶液や軟膏として利用する際は純度が全体の一割にも満たないほどに非常に薄めることで医療用として活用できるのだ。それぐらい細かい調合することでギリギリ理性をモリスは保っている。

 

 だがいずれは限界は来る。そしてそれは今すぐ訪れてもおかしくない。中毒症状として幻覚が見えたり、発汗や痙攣が止まらなくなったり、呼吸困難や自傷行為に走る可能性が秘めてる状態なのだ。

 

 

 

「……いつまでもこうしておりません。今日から私も会議に参加します」

 

 それを見過ごすことはバイジュウにはできない。今までは視力もそうだが、自然回復による体力の消費で満足に身体も動かせなかったが、今は万全ではないが三分の実力は出せる。

 視界がボヤけてるとはいえ、識字には老人のように目を近づければ見えてくるし、戦闘に関しては人間と同じ大きさである『ドール』相手なら、ボヤけていても攻撃の軌道自体は読むことはできる。自衛する程度なら十分なほどにバイジュウは動ける以上、もうこれ以上黙って過ごすわけがない。

 

「それは有り難いのですが……この一週間で打てる手は打ちました。一応はハインリッヒが直接『裂け目』に近づいて確認しましたが触れることはできませんでした。私が倒れた時の保険としてバリケードも作り、各避難所ごとにエージェントを配置して食料や水の管理を徹底。水問題は未だに解決策が見つからずに前途多難です」

 

「ですから妙案が一つあるんです」

 

 バイジュウはそう言って、学者特有の好奇心や不安など全てが入り混じった生命力に満ちた笑みを浮かべて告げる。

 

「サモントンのXK級科学者異質物である『ガーデン・オブ・エデン』……それを利用して、天然要塞を作るんです」

 

 

 

 …………

 ……

 

 

 

「……つまりサモントンのXK級異質物を利用することで、都市部周辺の樹や植物を急速成長させて巨大なシェルターを作るのです。こうすれば完全にと言えませんが、防衛能力はモリスさんの『盾』に頼らずともある程度の水準まで高めることが可能です。それに植物を成長させることで水脈を変化させて、都市部近辺に流れるようにすることも可能です」

 

「理論的には可能ね」

 

 開口一番、バイジュウの提案にラファエルは消極的な口調で物申した。

 

「だけど問題はいくつもあるわ。地質への影響が良くも悪くも農作物へ大きいこと、水脈の変化が決して良い方向に動くとは限らないこと、植物の急成長は地震を起こして今ある建造物を倒壊させる恐れもあること…………。何よりも問題なのは『XK級異質物は原則として人の手で意図的に操作することはできない』ということよ」

 

 そう簡単に受け入れるほど単純な話ではない。そんなことはバイジュウは分かりきっている。

 

「ニューモリダスの等価交換は、XK級異質物自身が人の手に効力を委ねてるからこそできてるのであって、他のはそういう訳にもいかない。新豊州の『イージス』は気ままだし、マサダの『ファントム・フォース』はじゃじゃ馬よ」

 

「お嬢様が言うと面白いわね」

 

「セレサ、茶化さない」とモリスはセレサの口を物理的に封じる。ラファエルも若干気に入らない発言だったのか、セレサを一瞥してため息を吐くと話を再開させた。

 

「……唯一例外があるとすれば、第一学園都市『華雲宮城』が保有するXK級異質物『エレメンツ・ライン』ぐらいだけど、あれだって色々条件があるの。こっちのは使い勝手悪いのよ」

 

「それは華雲宮城が『陰陽五行思想』を明確な基準にしているからです。サモントンは異質物の研究に関しては六大学園都市の中で最底辺……だというのにサモントンは『ガーデン・オブ・エデン』の全てを解明できたと言えるのですか? 未だ見い出せてない機能があると言い切れますか?」

 

「まあ……言い切れないわね」

 

「でしたら完全操作とまではいきませんが、その法則性を見出すことで外部から切っ掛けを与えることができれば意図的な成長を促す…………という可能性はありますよね」

 

「まあ……可能性はあるわね」

 

 朧げながらも見えて来た可能性。八方塞がりの現状において、唯一の見出せる物にラファエルが惹かれるのは、リスクを承知しても無理もないことだった。それはこの場にいる皆がそうであり、モリスもセレサもハインリッヒもソヤも各々の思考を纏める動作をして考えはじめる。

 

「もし可能であれば、後は匙加減だけです。サモントンに与える影響は……」

 

「……だけどこの場においてXK級異質物について詳しく知るのはいないわよ? 研究者が存命と言っても、この膨大な避難民から探すのは時間がかかるし、何よりも得てる情報もピンキリよ。サモントンでの権威であるお祖父様だって一週間前はサモントンでは不在……。巻き込まれていないから、意見を聞くことはできないわ」

 

「でしたら、人はいなくても資料は残っているでしょう。資料なら『ドール』に襲われる心配もありません。『時空位相波動』の範囲はサモントン全域……であれば必ずその資料がある施設はありますよね?」

 

 バイジュウの意図にここにいる誰もが気づいた。

 いち早くモリスが地図を広げ、すぐさまラファエルがとある場所を指で指し示し、自分達がいる都市部との距離を測り始める。

 

「……セレサ。ここには『ローゼンクロイツ』のエージェントはいる?」

 

 ラファエルの問いに、セレサはため息をついて呆れながら言う。

 

「いるわけないじゃない。最初の避難誘導で研究者が退避してからは閑古鳥。『ドール』は人間を襲うだけで、施設は襲うことはないから、そこに人員置くだけ無駄でしょう」

 

「でしょうね……。なら直接出向く必要があるわね」

 

 計測を終えて、ラファエルは手元にあるスマホの計算機能を閉じる。距離にして都市部から約100キロの地点。研究施設ということもあり、辺りには農園や麦畑といった物は存在しない地区。そこだけは例外的に車などで移動できるように舗道されており、歩けば遅くとも二日以内には辿り着く。

 

 馬や牛といった動物は既に自然に離した後だ。都市部で一週間も面倒が見れるほどの餌はない。その長い距離をひたすら歩くことをラファエル達は決意し、その場所へと改めて指を指し示した。

 

 

 

 

 

「『モントン遺伝子開発会社』——。私たちの祖父である『デックス博士』こと『トマス・デックス』が所属する研究機関に」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。