魔女兵器 〜Another Real〜   作:かにみそスープ

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第13節までは書き終えてるので、このまま第13節まで毎日更新です。


第11節 〜蠱毒の世界の只中で〜

「ウリエル・デックス……」

 

 何故だろう。その名前を聞いて最初に浮かんだ感情は、理由もつかないドギツイほどの嫌悪感と拒否感だった。

 

 その名前を許しちゃいけない。魂にまで刻まれた怒りがどうしようもなく込み上げてくる。

 だけど意味がわからない。いくらデックスとはいえ、少年とは初対面だ。訳もわからない感情で暴力などを振るうほど、私は人間ができていないわけじゃない。

 

 とりあえずは警戒心を強めて少年の動作を追う。

 その雰囲気を察したのだろう。ウリエルと名乗る少年は「そうなるのは当然だよね」と心底申し訳なさそうに言葉を濁しながら、私との距離を一歩半ほど遠ざけて話し始めた。

 

「僕自身じゃないとはいえ、僕は君に酷い裏切りをした。今でもサモントンを混乱させてる遠因は僕にある……。僕がもっと早く気づいていれば、こんな恥晒しをしなくて済んだというのに……」

 

 サモントンを混乱させてる——? どういうことだ。ここは新豊州だし、今日のニュースでそんなことが報道された記憶はない。

 ウリエルに一言言ってSNSを確認してみるが、そういう速報などどこにもなく、強いてトラブルがあるとすれば某有名人が結構報道で厄介ファンが物申してるくらいだ。とても平和的なトラブルしか、今ここでは起きていないのだ。

 

 だけどウリエルが言うことは真実だ、と直感している自分がいる。

 そしてウリエルが言うことは偽りではないことも、信頼している自分がいる。

 

 心の中では泥みたいに粘ついた負の感情が渦巻き続けるというのに、その言葉には水より透き通った揺るぎない確信があった。

 

「だからこそ信じて欲しい。君がしようとしてることは、僕と同じで災厄への引き金にしかならない」

 

「……嫌って言ったら?」

 

 だが、それとこれとは話が別。いくら信じようが直感しようが、あまりにも話の流れに突拍子がない。夢見がちな感性など、中学二年生の時に既に置いてきたのだから、馬鹿正直に従う理由にもならない。

 

 だから試すようにウリエルに問う。どんな返答が来るのか、知りたいがために。その答えは少年とは思えない物騒なものだった。

 

「力づくで止める。君の目を潰し、手を砕き、足を折り、必要ならば君の命も奪う」

 

 マジだ。大マジでこの少年は言っている。敵意と殺意は全く持たずに『覚悟』だけを持って、私の命を取る決意を既に固めている。

 

 それは脅迫も同然だ。私だって自分の命は惜しい。訳もわからないままそんな目に遭うのは御免被る。

 私は一言「分かった」と渋々と受け入れ、一先ずは話を聞くためにウリエルと一緒に図書館の読書スペースから離れて飲食スペースへと向かい、入り口から一番奥の2人席へと腰を置いた。

 

「ランチセットを二つ頼むけど、飲み物は何がいい?」

 

「いらない。今の僕に食事は意味ないからね。さっさと本題を話させてもらうよ」

 

 そう言ってウリエルは咳払いをして話し始める。

 

「まず君はどこまで覚えている? ここにいるということは記憶の混乱があるはずだ」

 

「記憶の混乱……」

 

 非常にある。ここ数日の違和感で嫌というほどに実感している。私の記憶と記録はチグハグで、何が正しいのか間違ってるのか分からない状態だ。それは暗闇の荒野を進んでるような不安を煽る物であり、だからこそ真実が知りたくて、こうして唯一違和感のない『ルーチュシャ方程式』を解いて糸口にならないかと躍起になっていたんだから。

 

「それと世界情勢についてもね。ここは大変平和で素敵な世界だ。争うことはあっても小さなことばかりで、戦争や人種差別、思想による派閥争いさえない平和な世界だ。だけど実際は違う」

 

「……じゃあ、本当はどういう風になってるの?」

 

「現実はただひたすらに血と涙が溢れてる。『七年戦争』の影響で全人類が何かしらの不幸を背負うことになった。マサダでは今もなお内城と外城で人種差別と人権主張のためにテロ行為を繰り返す。華雲宮城も差別問題は大きい。リバーナはマフィアが互いに権利を握って冷戦状態にしてるだけ。ニューモリダスは銃社会の上に、裏では汚職や他国への裏取引が多発。サモントンはホームレスが後を絶たない。新豊州だって『イージス』の管理下であるか、ないかで大きく変わる」

 

 知らない知らない知らない。そんなのは知らない。そんな世界の残酷さなんて知らない。

 

 だって私の記憶では、六大学園都市はそのすべてが研究が進んで豊かな政治が行なっている。『七年戦争』なんか聞いたことがない。

 

 だけど知ってる。記憶でも記録でもなく『魂』に焼きついて部分が知っている。ウリエルが言っていることは、そのすべてが真実であることを。

 

「……ここは本当に優しい世界だ。これは君の願いが形になったからだ。この世界は君が見てる『夢』みたいな物で、君が深層心理で平和を願ってるからこそ、こういう穏やかな世界になってる……」

 

「身体の障害、家系の問題も解決してね」とウリエルは外の児童公園を眺めながら呟いた。その視線の先には、何てことない親子達が公園で楽しく遊ぶ姿があった。

 

「子供達がこうして飢えも寂しさも知らずにいられる。けど、いい加減夢から覚めないと。現実では君の助けを待っている人達がいる」

 

「……夢。ここが夢……」

 

 言われて納得する自分がいる。心の隅ではこんな都合のいい世界があるわけがないと思っていたから。

 

 多分違和感の正体もそれだ。私がここ何日も感じてる違和感は、そういう誰かにとって都合のいい

 

「……うん、でも夢なら覚めないといけないよね。早く覚めて、現実の父さんと母さんを……」

 

「それは無理だ」

 

 ウリエルは断言した。私が思っている当たり前なんて、それそのものが儚い願いだと言う様に、残酷にも次の言葉を言い渡された。

 

 

 

「だって君の親は、現実にはいないんだから——」

 

 

 

 それを聞いて、私は名状し難い感情が煮えたぎった。

 

 

 

 …………

 ……

 

 

 

 一方その頃、サモントン都市部にて——。

 

「さて、ラファエル達は本邸に向かったけど、その間にこっちもどうにかしないわけにも行かないわよね……」

 

 セレサは帰還してからの6時間を組織間での連絡と避難民の状況把握に当て、その後『モントン遺伝子開発会社』から帰還した休息として6時間の睡眠を取った後、寝ボケ頭ながらも市民の様子を伺いはじめた。

 

「おかあさん……おなかへったよ……」

 

「大丈夫。私のパンがあるから食べなさい……」

 

「でもおかあさんが……」

 

「いいの。……喉が通らないから」

 

 身を寄せ合いながら、支給された毛布で暖を取る親子を見てため息をつく。

 水不足が災いして子の母親は物を食べるのが億劫になっている。それは自らに支給された水をも子供に分け与えてしまっていることも起因してもいた。

 

 もう既に崩壊までそう長くはない。いつ民が暴徒になってもおかしくない。だからこそ一刻も早くラファエル達には適応した宝石を入手してもらう必要があるのだ。

 

 今か今かとセレサは苛立ちながら待つ。それは自分の不甲斐なさから来る物でもあり、上司であり戦友であり親友でもあるモリスに対して大きな力になれないことが最も大きな要因でもある。

 

 自分は指示されたこととは言え、呑気に睡眠を取ったのにも関わらず、モリスは今でも最低限さえ満たせないような睡眠でどうにか頑張り続ける。自分が寝てしまっては『不屈の信仰』による障壁が消えてしまい、その瞬間に都市部へと『ドール』が押し寄せてくる。

 

 障壁範囲外である都市部外周のドールは今もなお人知れずに『位階十席』の一人であるアイスティーナが定期的に屠っているが、それでも無防備にしていいのは1時間ほどが限界だ。

 

 だというのに自分はそれに対して無力なのだ。アイスティーナと違い、セレサの戦闘能力は一対一の対人特化であり、複数戦にはまるで向いていない。実力差あれば何人いようが関係ないが、ドールならばまだ何とかなるがシャンタク鳥も混じれば苦戦してしまう。それがセレサにとって歯痒い思いをさせているのだ。

 

「どうしたのですか、黄昏て。手持ち無沙汰なら少しお手伝いして貰えますか」

 

「……ハインリッヒは何してんの?」

 

 そんな時、珍妙な物ではなく『珍妙な人』を両手で引き摺るハインリッヒと会った。

 右手にはハインリッヒと瓜二つの人物、今もこれからもサモントン防衛のために尽力する『ドール・ハインリッヒ』が遊んで草臥れた人形の様にズタボロになっており、長い戦いの末に役目を終えたのだとセレサは感づいた。

 

「『ドール・ハインリッヒ』の回収ですね。もう使い物にならないので、廃棄された『ドール・ハインリッヒ』と組み合わせて改修しようかと」

 

「それは予想つくよ。聞きたいのは、その左手で伸びてる方」

 

 そう言われてハインリッヒは「こっちですか」と乱暴にもう片方の手で気絶している『若い男性』を見た。

 

「このストレスで諸々溜まった殿方のことですね。『ドール・ハインリッヒ』は自意識がないので、役割を終えれば文字通り物言わぬ肉人形なんですよ。ですからそれを見計らって性的解消をしようとするのがいましてね……こうして軽くお仕置きを」

 

「あー……そういうことね」

 

 ハインリッヒが何を口にしているのかを察したセレサは、何とも言えない呆れを交えた嘆息を吐いた。

 

「ですが今は秩序第一。無法者が表出たら、混乱の火種にしかならない。だからこうして断腸の思いで諦めているのです」

 

「あっ、そうなの。テッキリ搾り取った後に叩きのめしたかと思った」

 

「私としてはそれでも別にいいんですけどね。男性のアレは成分としてはかなり貴重ですので。生存本能から来る繁殖行為ですよ? 錬金素材としては質、希少さ共に優秀なのです」

 

「あー、うん。振った私が悪かった」

 

 何にせよ、そういう類に出る輩も出始めるほどにサモントンはギリギリだった。これでもしも障壁が突破でもされたら、サモントンの滅亡は秒読みとなる。

 

 だからセレサは願う。願うことしかできない。モリスに限界が来るよりも早く、ラファエル達の魔力を適応した宝石を一刻も早く見つかることを。

 

『セレサ! 聞こえますか、セレサ!』

 

「どったの、モリスさん? そんな忙しい声を——」

 

 その瞬間、セレサの脳裏に電流が走った。嫌な予感がしたとも言う。

 氷柱が首筋に入り、脊髄を丸ごと貫いた様な怖気がその身を蝕む。まるで先程予感したことが現実だと証明するかの如く——。

 

 

 

 

 

『——障壁内部に『ドール』が発生しました!!』

 

 

 

 

 

 その予感は的中した。モリスからの連絡が来た直後、都市部の中央から轟く悲鳴がセレサの耳を劈いた。

 意識するよりも早くセレサは声の方向へと振り返る。市民が次々と雪崩の様に押し寄せ、セレサはその人混みの合間を縫う様に逆流して『ドール』が発生したという場所へと向かう。

 

 ありえない——。ありえないありえないありえない——。

 

 セレサの中で混乱が膨らむ。『不屈の信仰』によって発生した障壁は今もなお健在だ。その障壁が存在する限り、外部から侵入することなど絶対にできはしない。それは絶対にして絶対なことなのだ。

 

 

 

 

「何でっ!? モリス、あんた一度も祈りを止めてないよね!?」

 

『見ての通りです! ですが、どういうわけか『裂け目』が内部で発生してるのです! そこから『ドール』が次々と……!』

 

 

 

 内部に『裂け目』——。

 それを聞いてセレサは度肝を抜かされ、自分の先入観を改めた。

 

 何故『裂け目』が一つしか発生しないと思っていた。あれが『時空位相波動』をキッカケに出たというのなら、『ドール』が何体も出る様に『裂け目』も複数出てもおかしくないんだと。

 

 しかし同時にセレサは疑問に思う。どうして今頃になって動き出したのか。

 

 ラファエル達がいなくなったを機にするにしては、襲撃のタイミングが遅すぎるし『モントン遺伝子開発会社』に向かった時でもいいはず。むしろその時ならば、今よりも戦力は少なくて絶好の攻め時だったはず。

 

 だとしたら何かしらのキッカケがあったはず。

 考えられるとすれば、それは————。

 

 

 

『私の障壁も二重に貼ることはできません! 早急に事態の解決を!』

 

「クソっ……! よりによって何でラファエルがいない時に……!」

 

 

 

 自分の思考を無理やり止めて、悪態をつきながらセレサは眼前に迫る『ドール』を一体、一閃で『3回も切り裂いて』無力化させる。続けて襲いかかる『ドール』も水が流れる様に淀みなく斬り伏せた。

 

 防衛戦においてラファエルがいないことは、戦術的な価値として非常に苦しい事だとセレサは改めて考える。

 手持ちの『治癒石』も尽きている中、負傷したらラファエルが帰還してくるまで誰一人治せる物はいない。だからここで傷ついてしまったら、ラファエルが戻ってくるまでの最低でも12時間近くは戦線に復帰することができないのだ。

 

 だとすれば、この12時間が防衛戦において重要なターニングポイントになる。一人でも落ちたら、それだけでも防衛線が瓦解しかねないほどに。

 それを肌身で感じ取ったセレサは細心の注意を払いつつ、傷を負うことだけは避けて孤軍奮闘して第一陣を退いた。

 

「ハインリッヒはそのまま避難誘導を! 終わり次第『ドール・ハインリッヒ』を加勢させて避難民の命を第一に立ち回って! 敵の優先度は当然馬ヅラの鳥! あとは私に任せなさいっ!」

 

「単純明快か指示に感謝いたします!」

 

 二人は即座に連携して各々がやるべきことを迅速に行う。先陣を切ってセレサは『ドール』の残党を狩り、ハインリッヒとその左手に抱える避難民の移動を急かす。

 

 それを繰り返し、やがて戦いの最中にしてはやけに静寂な一瞬が生まれた。

 予感がした。セレサは長年の戦闘感覚からして、これは予期せぬ前兆であることを瞬時に予感した。

 

 

 

 ——その直後、人型の影がまるで隕石のように急速落下し、音もなくセレサへと一太刀浴びせてきた。

 

 

 

 既のところでセレサは身を翻して交わし、その動作の合間に飛び蹴りを合わせ、その人影へとダメージを与えつつ距離を取る。人影もそれを予知されるとは思っていなかったようで、セレサの足裏に確かな手応えを感じながら大きく人影は吹き飛んで、建物の一つへと背中を打ちつけた。

 

 そしてセレサはすぐに獲物を視界に捉える。

 それは少女だった。身長は大体162cm。髪は黒を基調とした赤メッシュ。その姿をセレサはよく知っている。だが一つだけ知らない部分があった。

 

 

 

 ——瞳だ。血などを知らない無垢で温かい赤い瞳は、この世全ての善も悪も飲み込んだような達観的で、神様めいた物だった。

 

 

 

 それを見て、セレサは一瞬で理解した。

 こいつこそが、セラエノが伝え聞いたアイツだと——。

 

 

 

「そう……。名はニャル何とか!」

 

「ふぅん、流石に不意打ちは効かないか。そう、俺は……って、名前覚えてないな!?」

 

「アンタの名前覚えにくい上に発音しにくいのよ。ムカつくから、一瞬で終わらせるよ」

 

 

 

 刹那——。

 

 セレサは宣告よりも早く、レンの姿を模したニャルラトホテプを何の躊躇いもなく一閃で『複数回切り裂いた』——。

 

 忽ちにレンの四肢は綺麗に切り別れ、その太刀筋はまるで活け造りを施すように綺麗で、噴き出る血さえも芸術のように神秘的だと錯覚してしまうほどに。

 

 だがそれでも切断という殺傷行為だ。

 その攻撃で一瞬でニャルラトホテプは息を止め、そのサモントンの地へと鮮血を広げて横たわった。

 

 

 

 再び静寂が場を包む——。

 

 だがセレサの闘争心は消えるどころか、油でも注がれたように普段の振る舞いからは想像できないほどに目つきは険しくなり、過剰にもニャルラトホテプの額に刀を深く突き刺して告げた。

 

 

 

「……答えな。じゃないと、このまま頭を二つに裂くわよ」

 

 

 

 死体同然のニャルラトホテプに、セレサは容赦も油断もせずに一層眼光鋭く睨みつける。

 一切の隙を見せないセレサを見て、ニャルラトホテプは四肢も繋がらず脳天も刺し貫かれているのにも関わらず、何事もなかったように目を開いて、品定めでもするかの如くセレサと視線を合わせた。

 

 

 

「……あはは! お前容赦ないな? これでもお仲間の姿だよ? もっとご慈悲とかをさ……」

 

「無駄口叩くな、って言ったの分かんねぇのか!」

 

 

 

 次の瞬間、セレサは刀を引き上げてニャルラトホテプの頭部を乱暴に裂いた。先程の美麗な太刀筋などどこにもなく、チェーソーの刃に引き込まれたように脳や肉が血と共に汚らしく飛び散った。

 

 それでもニャルラトホテプは意識を失うことなく、むしろ面白くなってきたと言わんばかりに笑みを強くする。その態度を不快に思ったセレサは、口の中に刃を捻り入れて強制的に表情を変えて告げた。

 

 

 

「今度は喉を潰す。いいから私の質問に答えなさい。返事は聞かないわよ」

 

 

 

 そうするとセレサは相手が口が動くかも怪しい状態なのに関わらず、問題なく動くと確信して言う。

 

 

 

「この『裂け目』はアンタが起こしたものか?」

 

「……疑問系かよ。どうやら心当たりがあると見えるな」

 

 

 

 しかしニャルラトホテプは問題なく発声した。喉や口からではなく、身体のどこからか響き、ある種それはスピーカーのサラウンドにも近い感じだった。

 

 

 

「ええ。起爆剤はアンタが用意してたのは想像つく。だけどセラエノが言っていたのよ。『裂け目』はお前じゃなくて、ヴィラクスの『魔導書』によって起こした物だと……。だったらこの『裂け目』を起こした張本人はアンタなわけがない。別の誰かがいるはずよ」

 

「ご明察。じゃあ、それは誰だと思う?」

 

 

 

 馬鹿にするようにニャルラトホテプは笑い、セレサはそこで疑問が確信となって、ため息混じりに呟いた。

 

 

 

「……ラファエルってことね。恐らく宝石に呼応した物をラファエル達は見つけた。宝石を魔力媒体になるが、それは性質的には『魔導書』と大差はない……。それを読んだお前は、宝石の魔力を通して『裂け目』が発生するように……!」

 

「50点ってとこだな。もう少し話は続くんだよ」

 

 

 

 話は続く——。それはセレサにとって思いもよらぬ発言だった。

 それを見たニャルラトホテプは、ネタバレをしたくて堪らない子供のように嬉々として喋り出した。

 

 

 

「答えは『空』を見れば分かるさ」

 

 

 

 そう言われて、セレサはニャルラトホテプの警戒心を向けたまま空を見上げた。そこには驚愕すべき光景があった。

 

 

 

 着古した煌めく緑色のローブを纏った『女性』が、暗黒の空を聖なる光で打ち消すかのように神々しく、聖人のような佇まいで浮かんでいたのだ。

 その肌身は人間とは思えないほどに、黄色か緑色とも付かない肌色で侵され、まるで『心を触媒にした毒』のような禍々しさが漂い『邪悪な聖人』という矛盾を両立させた存在がいたのだ。

 

 

 

 だが、一番驚くべきなのは肌色でも雰囲気でもない。四肢は痩せ細り、ミイラの成り掛けのようになって見えるが、その異形めいた姿になろうと人並外れた美貌を誤魔化すことはできない。

 

 

 

 ——波が掛かったように渦巻く黒髪。

 ——優しくも女王みたいに威厳のある吊り目。

 ——何よりも頭についた『羽根』を象ったアクセサリー。

 

 

 

 それは生まれてから今の今まで、セレサが目をかけた人物と同じなのだ——。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『我が名は『■■■■』——。『名状し難き者』——』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——『ラファエル・デックス』の姿と——。


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