クロス神座廻り   作:フィル

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憐憫神座

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「神座」

 

それは人類の文明が極限までに発達し、ある人工物を創った結果、顕現した神の領域である。

 

それは宇宙の中心。

 

それは全ての事象。

 

それは支配の領域。

 

魂の産まれる原初の混沌。

 

宇宙の総てを支配する領域であり力。

 

森羅万象の根源であり、神がいるべき頂上。

 

その神座は人間が辿り着ける場所。

 

人の祈り、願い、渇望……。

 

強い意思と己ではなく他を変えたいという方向が座へ繋がる切っ掛けとなる。

 

神座に至れば宇宙と合一する。

 

全は己であり、己は全である。

 

己の祈り、願い、渇望、気質を持って座を染め上げ、座の理を支配し、理を決める。

 

その感情が神座の法則と人間の在り方を決定してしまう。

 

その神座を終わらせるには違う人間の違う渇望による神座の交代以外は存在しない。

 

それを永延に永遠と繰り返す。

 

 

 

さて、ここはどこだか分かるだろうか?

 

ここはどこでもないどこか。

 

神の座とは違う別の領域。

 

神座が全てを支配する領域ならば、

 

ここは全てを観測できる領域。

 

すべての神座を記録している。

 

どういう訳か、その領域に干渉し見ているものが存在する。

 

その記録を見て、歴代の神座の神の像を彫り、信仰している。

 

さぁ、歴代の神の座を廻ってみよう。

 

善の法則も悪の法則も、

 

善の神座も悪の神座も、

 

善の渇望も悪の渇望も、

 

その理、その座、その真実の総てを知ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その者、王国を栄えさせるために神へと捧げられた機構である。

 

機構であるが故に感情を抱くことを許されず。只、機械的に王国を栄えさせた。

 

しかし、千里眼を持つが故にその激情は座へと挑む理由になる。

 

多くの悲しみを見た。

 

多くの悲しみを見た。

 

多くの悲しみを見た。

 

私にはこの仕打ちには耐えられない。

 

何も感じないのですか? 悲劇を正そうと思わないのですか?

 

「――――――――――」

 

そんな道理があってたまるか。そんな条理が許されるか。

 

その者は決意した。―――あらゆるものに訣別を……

 

その者は今の座に辿りくべく人理を焼却する。

 

人類を愛するが故に人類が滅ぼす悪。

 

これ彼らの理、彼女たちの座、その者が背負った真実の総てである

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「我が太極の名において歴代の天を凌駕せん」

 

その宣誓と同時に求道神は特異点へ潜っていく。

 

魂を同調させ、強大な存在の元に奥へ奥へと掘削していく。

 

その求道神はただ、歴代の神々へ興味だけで座へと潜行した。

 

求道神は空白地帯に足を踏み入れた。

 

無色透明、限りない白、もしくは、限りない黒。

 

これはまさに極限まで透き通った真水。もしくは無菌の空間。

 

人の考える無という概念体現した空間、されど何もないが故に如何なる様にも発展する多様性を有する。

 

底の見えないこの世界は常人には耐えきれない。

 

砂漠における一粒の砂。

 

大海における一滴の雨水。

 

森林における一枚の葉。

 

人間における一つの細胞。

 

常人がこの空間にいても何も為しえない。それどころか全体における一部となり、自我を失うだろう。

 

だが、それはあくまで凡夫の都合。ある一線を超えた場合、この場は神世界の芽へと転身する。

 

すなわち、太極の保有。

 

現世界を丸ごと塗りつぶすほどの覇道を得たものに限り、この空間に活動を赦され、理を流出―――流れ出すことが出来るのだ。

 

されど色は一色のみ。神座の席は一つ。座るのは一人。両雄は並び立つことはできない。

 

今、歴代の神座を見ることが出来るのはその者が永久不変の求道神であるからだ。

 

自らの外殻をかつてないほど強固に編み上げ、変わらない不変となり、絶対の揺るがない己の自我を持って神座へと深く沈んでいく。

 

自己を保ち続け、やがて行き着いた先に―――瞬間、旧世界の残照が―――私という求道神を歓迎した。

 

「これは―――」

 

よくぞ来た。これが救いだと唸りを上げる。

 

それは歴代の神たちの渇望。

 

それは旧き神々の祈り。

 

それは人々が求める変わらない不変。

 

これはかつて世界を席巻した太極が流出した姿だった。

 

「そういう仕組みか、理解した。これが座にいた者の達した深度か」

 

求道神は深い敬意と共に理解する。相手の人格ではない。善悪ではなく座を手にした者たちの純粋なまでの祈りの強さにだ。

 

「交代か、闘争か、歴代の神々によるが、その残照、残滓というわけか」

 

覇道の流出による座の交代は戦い、次代が勝てば基本的にはより強大になる。

 

されど、只交代すれば、その限りではない。

 

ただ、どちらでもその残照、残滓は残り、次代へと託される。

 

「おもしろい」

 

求道神は笑う。歴代の神々を知りたい。その思いは不変。

 

強大な渇望の覇道の攻撃に対し、強大な不変の求道の防御で対抗する。

 

歴代の神々の座の理の在処、如何なる渇望によって流出したか、己を保ちながら解析する。

 

 

 

 

 

「まず、強く感じた想いは〈憐憫〉」

 

「その者は偉大な魔術師のシステムだった」

 

「しかし、人間の悲しみ、裏切り、略奪、そして最後の死」

 

「偉大な魔術師の王はそのすべてを無視した」

 

「システムは怒り、哀れみ、遂には失望する」

 

「―――あらゆるものに訣別を、この知生体は、神の定義すら間違えた」

 

「故に人理焼却」

 

「人類を愛するが故に人類が滅ぼす悪―――人類悪」

 

 

 

 

 

静かな言葉と共に理解が溢れる。強大な想いに屈さずとも遥かに、求道神である私を凌駕している歴代の座。

 

しかし、それはこれまで理解していなく、分からなかったからだ。

 

ならば、無理矢理にでも型にはめ、理解する。それが解釈違いだとしても、とりあえず名をつける。

 

ゆえに―――

 

「この神、この座の名をつけるならば―――憐憫」

 

「憐憫の獣―――憐憫人理焼却」

 

「真の姿、ここに得たり」

 

姿を捉えることによりこの座を眺めることが出来る。

 

これが座の潜行方法である。

 

求道神は―――私は次へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私には名はなかったが、称えるならこう称えよ」

 

「即ち、人理焼却式―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

原作 fate

 

神の名は「憐憫」。 本名は「ソロモンまたの名をゲーティア」

 

元となった願望は「人類愛 死の否定」

 

座の名は「憐憫人理焼却」「運河憐憫創世」

 

座の理は「死なない世界、死の否定」

 

座の治世 管理型 自由形の双方 死なないという管理をするだけで後は自由

 

座の風景 燃え広がる宇宙

 

 

 

 

 

 

解説

 

よく考えると、この神座設定だとゲーティアは時間遡行で神座に挑んでいるので明星と原作での明星と経緯が似ていますね。 

まぁ、あくまで二次創作での俺設定だけの話ですが

 

 

 

 

 

 





この神が気になったら原作をどうぞ!

また、活動報告で色々なものを募集します。
「神の名」
「神座の名」
「座の風景」
「座の理」
「他作品で神座に至りそうなキャラクター」
「イラスト」
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感想、お気に入り、評価、活動報告があれば幸いです。


次回もお楽しみ下さい。


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