鬼神の世話役〜青年と少女の記録〜   作:誠家

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素材は浮かぶけど文章にするのがムズい


第4話 膝枕

ガチャリ

 

扉をあけて、クレイはある部屋に入る。

その部屋の奥。置かれてある椅子に座るのは、白髪で、髭を蓄えた男性。

クレイは部屋に入り、最低限の敬意を示そうと、ピシリと手を横に体に沿って伸ばし、背筋もしっかりと真っ直ぐに固定。

「何かお呼びですか、御老公。」

「ああいや、今日はプライベートで呼んだだけだから、そんなお堅くする必要は無いぞ。」

「あらそうですか、と。」

2人はそう言いながらいつもの席に座る。

「…にしても、さっきのはどういう意味だ…?」

「何が?」

「その、御老公と…」

「ああ、なんか東洋の歳とったお偉いさんの呼び方らしい。本に書いてあった。」

「…いや、私はそこまで歳とってないぞ?」

「御歳六十四のおじいちゃん年齢のくせに何言ってんだ。そろそろ引退したらどう?そろそろ余生を考える頃じゃねェ?」

「お気遣いありがとう。先日5人目孫が産まれたからな。その子が大きくなるまでは頑張ろうと思ってる。」

「ふーん…長ェな…」

「そうでも無い。歳を取れば時間は早くなるものさ。…それより、お前も読書をするようになったか。成長したじゃないか。」

「ん?いや、あれはサフィのやつが言ってたのを聞いただけだよ。本は嫌いだ。文字がクソみたい並んでるの見ると吐き気がする。」

「…前言撤回だ。それより、お前もあの子を名前で呼ぶようになったんだな。」

「当たりめェだろ。そっちの方が呼びやすいからな。おかしなことでもねェだろ。」

「ああ、いや何。どんな形であれ、親交が深まるのはいい事だ。…どうだ、あの子と暮らしてもう3週間目だが、感想はあるか?」

それに、クレイは苦笑した。

「感想としちゃァ、大変ってことかな。前のクソ親のせいで、色々おかしな点がある。」

「おかしな点?」

「玄関の鍵かけなかったり、部屋の電気一切つけなかったり、風呂の入り方知らなかったり。大まかな人間生活はできるが、所々で抜けてるとこがある。」

「なるほどね…」

「文字の書き方や言葉も独学らしいぜ。よっぽど頭良かったんだな。その分1度教えたらすぐできるから楽なもんだ、そこは。」

「そうか…まさかそこまで酷いとは思わなかったな…それで、どうだ?」

「あ?何が?」

 

「もう、ウンザリしたか?」

 

「…」

「元々、お前の負担を減らし、身体的回復を速めるための策のひとつであったが、もうこのまま続けるのは苦しいと言うならあの子は軍部で引き取るが、どうだ?」

「…」

クレイは、少し黙り、卓上に置かれた皿から焼き菓子を取り、2つ頬張る。咀嚼、嚥下してから、苦笑。

「聞き方に少し悪意ねェか?」

「そんなつもりは無い」

「ならいいけど。…まあ、俺の意見としては…」

「うむ」

「別に、今のままで問題ねェよ。」

 

「確かにあいつは色々と欠落したスゲェめんどくせェ奴ではあるけどさ、その分いてくれることで助かってんのも確かなんだ。体調も前よりは良くなったし。それに…」

 

「ここで決めんのは、早計じゃねェか?」

クレイが笑いながらそう言うと、白髪の男性は、苦笑。

「…確かにな。…まあでも、これは抜き打ちテストみたいなものだった。お前が『もう嫌だ』と言おうものならすぐさま取りやめた。お前は我々の大事な《戦力》なのだから、丁重に扱う。」

「《コマ》の間違いじゃねェか?」

「そう言うな。これでも私はお前達《三部隊》には感謝してるんだ。」

「お世辞をどーも。…そんだけか?俺ァ戻るぜ。」

そう言って、クレイは立ち上がる。

白髪の男性もそれと同時に立ち上がると、自身のデスクの引き出しから封筒を取り出す。

「クレイ」

「んん?…っと」

パシッ

男性の投げた封筒を危なげなく受け取る。

「次の《目標》だ。動くタイミングはこちらで指示する。それまでに全員に周知しといてくれ。」

「あいよ。じゃな。」

そう言って、クレイは部屋を後にした。

 

「隊長ー暇だよー。」

「…ユキナ、そういうことを言うな。俺とミゼルさんは真面目に書類整理してるんだから。」

「そーだぞ、俺らは副長殿と優等生の恩恵に浸ってる身ィなんだからな。」

「出来れば浸って欲しくないけど…」

「私達が書いて二度手間になるよりマシでしょぉ?」

「なんで書き直し前提なんですか。」

「なら逆に問うけどなんで俺らが書けると思う。」

「…そんなドヤ顔で言われてもな…」

「悪いと思ってるよ。ただ、誰も彼も()()()みてェに万能じゃねェの。」

「それに、うちに書類整理なんて仕事回ってくんの大してないし、楽でしょ。」

「…まあ、それはそうだけど。」

「ならだいじょーぶ。問題なーい問題なーい。」

「ったく…しょうがない奴らだ。」

「ミゼルさん、この書類終わりました。」

「ああ、ありがとう。じゃあ次は…」

 

「ふぅ…」

数十分後、一息つけたのか手を止めたミゼルがゆっくりと息を吐いた。そして、彼の上司に目を向けた。

「隊長、終わりましたよ。」

「あい…よっと。」

組んでいた足を解き、立ち上がったクレイは全員に体を向けた。

「つーわけで、次の標的についての情報だが、一応おめェらのそれぞれの机に置いてある。目ェ通してくれ。」

その言葉に、メンバー全員が1枚の紙をそれぞれ持ち上げて、目を通す。

全員が視線を上げたと同時に、クレイは喋り始める。

「目ェ通したな?次の標的は見ての通り、《カレス》の傘下の売人どもだ。」

 

カレス。

それは、ある闇ルート組織の名称。

薬の売買だけでなく、武器や人身売買などあらゆる外道なことに手を出すゲスな集団。

その影響力は広い地域にあり、東西両方に大きなコネクトがあると言われている。

 

「でも隊長、これこいつら潰したとしてもこういうのってまた出てくんでしょ?トカゲのしっぽみたいにさ。」

「だとしても詰んでおいて損はねェ。こういうのはほっとけばほっとくほど広がりやがるからな。ゴミは1つずつ拾うもんだろ。」

「あー、それもそっか。確かにねー」

「…にしても、私も慣れてきたわね。」

「え、何にですか?」

カレンの言葉に、シンが反応する。

それに彼女は微かに笑って答えた。

「隊長が標的を容赦なく人扱いしないことよ。私なんて最初は隊長の言い分に少し引いてた覚えが…。」

「ボクとシンは元々隊長と同じ施設の出だから、慣れてるけどね。」

「…小さい頃からこんな感じだったの?」

「ええ。…僕らは基本的に一緒にいたので、驚かなくなりませんでしたね。というか、隊長のこの考えに賛成してますし。」

「はえー…最近の若者は怖いわねー…」

そう言って、何処か感心したような、呆れたような声を出す。そして視線は、ミゼルに向く。

「ミゼル君はどう?軍部では1番交流のある君も、最初は少し驚いたんじゃない?」

それに、ミゼルは少しの笑顔で返した。

「…まあ、確かに…最初はこの言い方に驚きや恐怖もあったと思いますけど…今となっては、何も思いませんね。こいつなりに色んなことがあってこうなってるって知ってますし。」

「キャー、良いわねぇ。この信頼しきってる感じ。イケメンとイケメンのコラボはお姉さん大好物よぉ。」

「おめェらうるせェよ。黙って聞け。…そんな訳だけど、まだアジトに突入するって訳じゃない。まだ相手戦力も把握出来てねェしな。そこら辺は諜報員なんかに任せるが、俺らは情報と指示が入り次第そこに向かい、《殲滅》する。長期戦になるかもしれん。今まで通り非番もとっていい。ただ、出かける時は必ず装備はしっかりして、いつでも出動出来るようにして、無線もいつもつけておくこと。深夜帯の突入の時は前もって教えられるから寝る時は付けないでいい。これはいつも通りだ。それに、小さな任務なら入るかもしれんからそれも頭に入れとけ。…質問は?」

クレイの言葉に、反応するものは誰もおらず。

それに彼は、1度頷いた。

「相手はクズだ。人の人生をどう踏みにじろうが厭わない、クズ野郎共だ。そんなヤツらが命乞いをし、自身の家族のことを口に出してきても気にするな。容赦なく撃ち殺せ。いつも言ってるが、それだけのことを奴らはやって来てるんだ。じゃねェと俺らの標的にはなんねェ。いいか、決して()()()()()()()()()()()()。以上だ。」

「「「「了解」」」」

 

「…クレイ、最近忙しいの?」

「アァ?なんで?」

任務後。

家に帰ったクレイがサフィと共に晩飯を食べていると、唐突に彼女が口を開く。

「…目のクマ。…なんだか深くなってる。」

「ん…あー…」

机に置いてあった小さめの鏡を取って彼は自身の顔を確認すると、納得したように言葉を零す。

最近は、こうしてクレイの異変に気付くことも多くなってきた。

「…まー、最近あまり寝れてねえなぁ。どーも早くに目が覚める…」

目元を触りながらクレイはそう呟いた。

なにか最近、いつも通り寝ていても、すぐに目が覚めてしまう。ただ、別に悪夢を見るということも、体調が悪いということも無い。

「…どうせすぐ治る。あまり気にしなくていい。」

クレイはそう言うと、先程と同様にスプーンを動かし始めた。

そう、彼にとってはよくある事だった。

わざわざ、気にすることでもない。

「……」

 

基本的に、2人の入浴順番は決まっていない。クレイの気分次第で変わる。

今日はサフィが先に入浴した。

「…クレイ、お風呂空いたよ…」

「んー…」

サフィの言葉にクレイはどこか気だるそうに浴室へと足を進める。その足は、やはりどこか覚束無い。

いくら大戦の英雄とはいえ、それはただの人間。疲労に勝てない。

「…よしっ…」

サフィはキュッと小さな拳を握った。

 

「ふあぁ…」

欠伸を噛み殺しながら、クレイは浴室からリビングへ向かう。

髪を拭きながら彼はリビングに足を踏み入れた。

「出たぞォ。風呂の湯抜いといたから…」

「…ありがとう。」

髪をタオルで拭きながら、クレイが告げると、サフィは何やら小道具をカチャカチャしながら礼を言った。

「…おめェ、何してんだァ?」

「…クレイの疲れを取ろうと、思って…」

そういうと彼女はなおもカチャカチャし続け…

「…よしっ…」

と、少しため息をついた。

 

「…それじゃ、クレイ。」

ポンポン

「…なんだ、その太ももを叩くジェスチャーは…」

コテン…

「…膝、枕…」

 

「いやいや…大丈夫だって言ったろォ?わざわざそうする理由は…」

「…こうやって、人肌に触れると、一定のストレスは解消できる…らしい。本に書いてた。」

「断る。」

2人は口々にそう言い切って、少しの静寂が訪れる。数十秒ほどその状態が続いていたが…

「チッ…わァーったよ。」

ずっと見つめてくるサフィの静かな圧力に負けたのか、観念したようにタオルをのけて、彼女の膝に寝転がる。

乾いて少し冷えた髪が当たったことで、サフィの体はピクリと震えるが、やがて恐る恐る問うた。

「…どう?」

「お前痩せすぎ。普通なら柔らかい場所なのに骨の硬さしか感じねェ…」

「…ごめんなさい。」

「まあでも…」

 

「…あったけェな。」

「…なら、良かった。」

 

「とりあえずクッション1枚挟んどくか。」

「…うん。」

「…この小瓶なんだよ。なんかいい匂いするけど…」

「…アロマオイルっていう、安眠用の小物らしい…」

「ほーん、油か…そいや、ミゼルの嫁さんが好きだったな。」

「…クレイはさ、」

「あん?」

「…今の職場、楽しい?」

「それ今の状況関係ねェだろ。ていうか俺のこと聞いて何に…」

「…ちょっと、知ってみたいなって、思って。」

その言葉に、クレイは少しだけ黙る。

こうして、彼女が何かをしたい、聞きたいと欲求を自身から出したのは初めてだった。

この数週間で、彼女も変わり始めているということか。

「…職種が職種なだけに、何も言えねェよ。必要があれば殺しも厭わねェし、殺られる可能性だってあるからな。」

「…」

「けどまあ、退屈はしねェから…そこはいい点だと思う。」

「…なら、私とは…?」

「ン?」

「…クレイは、私と暮らすのは、楽しい…?」

それに、その質問にクレイは、何も言わない。今まですぐ返した反応を、この時は少しだけ口ごもった。

そして…

「さァな。…どっちでもいいだろ、ンな事。」

「…そう、だね…」

そう、答え合ったのだった。

 

「……」

パチリと、入ってくる陽射しにクレイは目を開ける。どうやら、眠ってしまったようだ。

「アァ…もう朝か…」

微妙に、昨日の記憶が曖昧だった。

確か、サフィに膝枕をされて…

「その後、どうなったんだっけ…」

いつもより少し低い位置の視点に疑問を抱きながらも、彼は体を起こした…

 

トスッ

「アァ?」

 

それと同時に何やら彼の頭にかかる重さ。

サラリと、彼の顔に金色の何かがかかる。

反射的に上をむくと、そこには小さな白い肌の可憐な顔。サフィだ。

そして、彼の下にある生暖かな何かは、彼女の足。

どうやら、あの膝枕のまま眠ってしまったらしい。

「…チッ、ちと無警戒過ぎたな。」

自身の意識の低さを咎めつつ、彼はそのまま彼女の四肢の間をすりぬけるように立ち上がると、パスパスと彼女の背中を叩く。

「おい、起きろ。もう朝だぞ。」

「…ん…」

彼女はそれに反応して目を開けると、パチパチと瞬きをしてから、クレイを見上げた。

「あ…おはよう、クレイ。」

「アァ。…起こしゃ良かったのによ。そのまま眠るなんてな。」

「…起こすのも悪かったし、それに…」

 

「安心して寝てるクレイが、可愛かったから。」

 

唐突なその言葉に、クレイは少し押し黙る。そして、バツが悪そうに頭を掻くと…

「チッ、調子狂うぜ…」

そして、大きくため息をついてから…

「まあいいや。…とりあえず飯だ飯!顔洗ってくるから用意しといてくれ。」

「あ、うん…」

そのままサフィは立ち上がろうと…

カクンッ。トサッ。

何やらおかしな行動をして、そのまま床に寝転がった…というか倒れ込んだ。

「アァ?どした?」

「…足、動かない。」

「ア?」

「…痺れて、動かない…」

それに、彼は気付く。

いくらクッションを1枚挟んでいたとはいえ、彼程の体重の者を、彼女の筋力や肉体で支えていたのだ。

身体的支障が出来てもおかしくない。

「…ごめん」

床に突っ伏しながら申し訳なさげに謝る彼女を見て、彼はため息をつくと…

「…ま、しょうがねェよ。元はと言えば俺の体調管理のせいだし、おめェが謝る事じゃねェ。俺ァ適当に食っとくから。」

そう言って、シリアルコーンを取り出すクレイ。しかし、サフィは未だに申し訳なさそうに俯いていた。

クレイはそれを見てもう一度ため息をつくと…

「…お前のおかげでよく寝れたよ。サンキューな。」

「…え…?」

それに。

なんて事ない感謝の言葉に。

彼女は驚いたように目を向けた。

クレイは何も無かったかのように牛乳とシリアルコーンをかきこむが。

彼は気づいていない。

一人の少女に、()()()()()かけられた言葉に。

無意識に出たその言葉は、彼女の隙間だらけの心に、静かに染み込んだのだ。




俺も膝枕されたーい(誰にとは言わんが)

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