やっぱ馬鹿話はいい。
「隊長、ショッピングモールはどうでした?」
「ア?」
ミゼルがクレイにコーヒーカップを私ながら問うた。クレイはそれに、コーヒーカップに口をつけながら答えた。
「いや、どうかと聞かれてもなァ…」
「行ってきたんでしょ?なら、少しぐらい感想あるでしょう。僕一応あそこの建設に多少関わってるんで気になるんです。」
「アー…」
クレイは頭を掻きながら背もたれに体重を預ける。
「…まあ、面白かったよ。あんだけ広い場所にあんだけの店が並んでんのは商店街しか見た事ねェから、屋根があったのに違和感覚えたな。」
「ふむふむ…真面目な感想ありがとうございます。」
「あと、あれちと照明強すぎねェか?」
「それは隊長が知覚過敏だからでしょう。普通の方からすればあれが普通ですよ。」
「ふーん…そういうもんかね。」
「そういうもんです。」
「で、隊長。」
「…ンだよ。」
ずいっとユキナはクレイに近寄る。
その可憐な顔を前にしても、クレイは照れることなどなく、むしろ少し顔を顰めた。
「誰と行ったの?」
「…」
ニコニコと笑い、問うて来る彼女に…
クレイは顔を押し返すことで答えた。
「近い。」
「あぅー…」
ユキナはそれによって乗り出していた体が後ろに行って机から転げ落ちた。
「誰とってそりゃ、一緒に住んでるガキとに決まってんだろ。」
「えー!隊長例の子とデートしたのー!?」
「デートじゃねェ。買い物だ。」
「それを巷ではデートって言うんだよー!」
「いやだからデートじゃ…」
「《デート》。日時や場所を定めて男女が会うこと。…確かにデートに当てはまらないこともないですね。」
「いや、会うって言うか家で一緒にいるんだが?」
「男女がお買い物してる時点でデートだよー!ね、副隊長も奥さんとデートするもんね!?」
「え?…あー、確かに最近はあまり出来てないけど…車で出掛けて嫁の服買ってやったり、日用品買ったりなんかはするな。」
「ほらー!やっぱデートなんだってー!」
「そうかァ?」
ユキナが叫ぶと、クレイは疑い深い顔で唸る。そこでカレンが「なら」と口を挟んだ。
「隊長はその子と何したの?」
「何って…あいつの服買ってやって、そのまま必要なもん買っただけだが…」
「デートじゃん!」
ユキナは叫ぶ。
「それもぉ完っ全に、デェトじゃん!」
「だから耳元で叫ぶな!」
興奮したユキナの物言いに、クレイは耳を抑えて叫んだ。
「いいなー!ボクも隊長に服買って貰いたいー!」
「知るか!自分で買えンなもん!」
「わーん!隊長に彼女が出来ちゃったー!」
「だからそんなんじゃねェ…って、離れろ暑苦しい…!」
抱きつき、泣すがるユキナを修也は顔を押して引き剥がそうとするが、彼女は断固として彼を離さない。
もはやカオスと化してきた話しに終止符を打ったのは…
カレンの一言だった。
「それなら、皆で隊長の家に確かめに行けばいいじゃない?」
「はァ…」
もう冬場で、太陽などなく、街灯が点灯している街道。
そこをクレイは肩を落としながら歩いていく。もちろん、肩を落としている元凶は、横にいた。
「隊長の家かー!行くの何ヶ月ぶりかなー!まあ、あの時はアパートだったけど!」
「それに凄まじく汚かったしな。」
「…ユキナもうちょい静かにしろ。近所迷惑だろ。」
クレイはため息をつくと、二人を見る。
「まさかお前ら本当に来るとは…なんの意味があんだよこれ。」
「意味は無いよ…けど、意義はある!」
「なんだそりゃ。」
「へえ、ユキナにしては難しい言葉知ってるじゃないか。勉強したのか?」
「ううん、ファッション紙に書いてあった。」
そんな会話の後、クレイは「ったく」ともう一度呻くと頭を抱えた。
「そう言えば食料は副隊長が持ってきてくれるんだっけ?」
「ああ、食料と酒はカレンさんとミゼルさんが持ってきてくれるそうだ。俺たちは『しっかりと見定めておけ』との事だ。」
「何を?」
クレイはもう一度唸ると、気付いたように2人を見る。
「…そういや、お前ら俺と少し離れて歩けよ?」
「え?なんで?喋りにくいじゃん。」
「なんですか?ご近所に《ぼっちアピール》でもしたいんですか?」
「ぶっ飛ばすぞシン。…じゃなくてな。」
「お前ら、俺と一緒に歩いてていいのか?」
「なんで?」
「すげえ避けられてるけど。」
「え?別にいいよ?」
「…」(コクリ)
「ボクたち、10年来の付き合いの幼なじみじゃない?わざわざそんなしがらみ意味無いでしょ?」
「僕達は生まれる時は違えど、最後まで共に生き、共に死ぬ一蓮托生。そんな外野からの評価なんて気にしてませんよ。」
「…シン、今度はなんの本の影響だ?」
「あ、バレましたか?東洋の《三國志》という本の中に似たようなセリフがあってかっこよかったんです。」
「似合ってなーい。」
「うるさいぞ、お転婆娘。」
「む、レディになんてこと…!」
「へー、そのレディはいったいどこに?」
「ムキー!」
そんなやり取りのあと、取っ組み合いを始めた二人を後目に見ながら、クレイは少しだけ笑った。
最近は、この騒がしさも心地いい。
「おーい、置いてくぞ。」
「あ、待ってよ隊長ー。」
クレイは自身の家につくと、そのまま鍵をさして回す。
「あ、閉めさせてるんだね。」
「そりゃ、最近物騒だからな。」
「今に始まったことじゃないけどねー」
「まあ、な。」
クレイはドアを押し開ける。
広めの玄関には明るい光が照らし出されていた。
「ンー…?」
だが、いつも出迎える少女の姿はない。
何か取り込み中なのかと思ったが…
プルプルプルプル…
「…」
暗い廊下の向こう。
壁の影に隠れて震えている少女の姿。
「…サフィ…お前何してんだ?」
クレイが唸るように呟いた…その時。
彼の横を駆け抜けて、ユキナがサフィの元に辿り着いた。
「おー、君が今隊長と暮らしてる女の子!?ボクユキナって言うんだよろしくぅー!」
「ヒッ…!」
ヒョイッ
「お、おおー?」
「お前あんまがっつくんじゃねェよ。サフィが困ってんだろ。」
「えっへへー、つい…」
「悪ィな、怖がらせて。…けどお前、モール行った時は大丈夫だっただろ?」
「あ、あの時は…クレイが近くにいたから…」
「…何か違うか?それ。」
「…ッ…ッ…」
コクコクと、少女は必死に頷いた。
「…ところで、これはいったい…」
「あー、なんかまァ、コイツら俺の同僚なんだけどよ、いつの間にか俺の家に来ることになっててな…」
「…そう、なんだ。」
「この後あと2人来るから、そいつらも出迎えねェとな。…そのふたりが食材持ってくるから、それでなんか作ってやってくれ。」
「ん…分かった…。」
「…」
「…?どうしたの…?」
「悪ぃな…」
「え…?」
「お前が初対面の大人と接するの苦手なの分かってんのに、こんなことになっちまって。」
「…確かに、最初は動揺、しちゃったけど…でも、クレイの仲間の人、ってことは…信用、出来るから…」
「大丈夫、だよ…?」
「…そうか。ならよかったよ。」
「お邪魔します。」
「わー、ここが隊長の家ね!イケメンの香りがするわー!」
「今すぐ帰るか?」
「やん怖い♡冗談よ?」
遅れて到着したミゼルとカレンをクレイが出迎えた。
そして、カレンの視線は彼の横に立てる、頭2つ分ほど違う少女に行く。
「…い、いらっしゃい、ませ…」
少しだけ緊張した様子でサフィが挨拶をすると…
ガバッ!
「…!?!?」
突如、カレンがサフィに抱きつき、そのまま抱き締めた。
ギューッと一通り抱き締めた後…
「やだー!何この子可愛いー!それにこのサイズ感がいいわぁ…!抱き締めやすくてしかもいい匂い…」
スパァン!!
「痛い!?」
暴走したように捲し立てるカレンの頭をクレイが丸めた新聞紙でシバいた。
カレンは頭を抑えて悶絶する。
「…ンでこうウチの女共はボディランゲージが激しいのかねェ?」
「…まあ、しょうがないっちゃしょうがないけどな。」
「ま、隊に入った時からこんな感じだしな。」
クレイは新聞紙を元に戻すと玄関に置いた。
そして、ミゼルはサフィの視線に合うようにしゃがみこんで、彼女に微笑む。
「こんばんは、はじめまして。俺はミゼル・スミス。クレイとはそこそこ長い付き合いなんだ。よろしくね。」
「…あなたが、ミゼルさん…?」
「お、知ってくれてた?嬉しいなぁ」
「うん…クレイが「ネチネチうるさい」って…」
「あはははははは。クレイ、ちょっとこっち来てくれる?」
「事実だろ。」
「だとしても10歳の女の子に何愚痴ってんだよ!?ていうかそれもこれもお前が粗雑だから…」
「ハァン!?人のせいにすんなよ!そもそもお前はいつもだろうが!」
「おぉおぉ、それは喧嘩売ってるんだな?いいよ、買ってやる。」
「上等だ、塵に変えてやらァ…」
「…う…えと…あの…」
「…」
「…」
オロオロとして困っているサフィの姿。
それを確認するや否や、2人は動きを止めた。クレイはそのまま未だ悶絶しているカレンの横にあった袋を持ち上げてリビングに戻る。
「クレイ、上がっていいだろ?」
「当たりめェだろ。早く袋もってこい。」
「え…えと…?」
「わー、何これ美味しい!」
「本当ですね。美味いです。」
「む、むむむ…」
「うん、ウチの家内の味とは少し違うけど…美味いな…」
「さらっと自分の家庭自慢入れてくんな。」
4人がサフィの作った食事を口にしながら口を揃えてそう言う。
クレイの隣に座るサフィは、少しだけ頬を染めた。
「ユキナ…お前なんでオムレツと睨めっこしてんだよ…」
「…これを食べたら、負けな気がする。」
「残したら潰すぞ?」
「隊長辛辣ゥ!!」
ユキナは嘆くと、やがて机に突っ伏して唸り出す。
…やがて、躊躇いがちにフォークを運んだ。
そして、またも突っ伏す。
「ぐぅ…美味い…」
「なんだコイツ。」
クレイが呆れたように言うと、シンとミゼルが苦笑しつつため息をついた。
「…ねえ、隊長…」
「ア?ンだよ。」
「アーンして。」
「はぁ?」
唐突なユキナからの要求にクレイは「何言ってんだコイツ」と言わんばかりの視線と共に聞き直した。
「なんだよいきなり。」
「お願い!ここでしてくれないとボクは完全に負けることになる!」
「だから何にだよ。」
「してくれないとこれから1ヶ月無断欠勤するから!大丈夫、仲間なら普通のこと!」
「お前マジで何言ってんの?」
涙目になりながら訴えるユキナに対して、冷ややかに答えるものの、クレイはやがてため息をついて、ユキナのフォークで料理を持ち上げた。
「…ほれ、これでいいだろ。」
「わーい♡いただきまーす♡」
パクッ
ユキナは美味そうに頬を動かして、そして大きく息をついた。
「…はあ、幸せ。」
「そうか、良かったな。」
クレイは皿とフォークを戻すと、自身の前に置いていた酒の注がれたグラスを傾ける。
それを見ていたサフィは…
「………」
むー、と。
なんだかむくれていた。
サフィ自身、中に生まれたモヤモヤとした気持ちに疑問を抱きながら、クイッとクレイのシャツを引っ張る。
「ん?どうした?」
琥珀色の液体を注いでいたクレイはサフィに視線を向ける。彼女は目を背けながら…
「……しい…」
「ア?なんだって?」
「…私も、して欲しい…」
「何を?」
「…さっきの…」
「どれよ。」
「…アーンって、やつ…」
「はい?」
「ブッ!!」
「ユキナ汚い。」
やり取りの後、ユキナがプルプルと震えながら食べていたものを吹き出した。
そして、口元を拭きながら、彼女は喋り出す。
「…あのね、お嬢ちゃん?さっきのはお子様にはまだ早いんだよね?大人なボクと隊長だから出来るんだよ?」
「…それは、関係ない。その気になれば、赤ちゃんでも出来る。」
「いやいやいや、それとこれとは意味合いが違うから。だいたい、住み込みメイドにそんな…」
「クレイは、私はメイドじゃないって、言ってた。ちゃんとして、私を雇ったって。それに、要望があれば言ってくれって。だからこれは、その、一環…」
「いやいやいやいやいやいや。ただの世話役が雇い主にそんな…」
「これは、福利厚生でもある。」
「うぐっ…」
痛いところをつかれたのか、ユキナは仰け反り、黙り込んだ。
「…というわけで、お願い。」
「…いや、まァ…いいけどさ。」
そして、クレイはサフィのフォークを…
「あれ?お前フォークは?」
クレイの質問に、サフィは左手を背中の後ろに回した。
「さっき、落としちゃったから…洗わなきゃいけない。」
「おう。」
「…というわけで、クレイの、フォークで。」
「はい?」
いきなりの追加要求に、クレイは更に困惑した。やがて、クイックイッとサフィは彼のシャツを引く。
「…早く。」
「…いや…」
クイックイッ
「……………」
「…アー、分かったって。しょうがねェなァ…」
クレイはそう言うと、自身のフォークで料理を掬って、サフィの顔の前に持っていった。
「あ…ん…」
彼女はそれを小さな口で頬張ると、咀嚼するように口を動かす。
そして、嚥下すると、満足そうにため息をついた。
「…美味しい。…ありがとう。」
「どういたしまして。」
サフィの礼に、クレイは少し笑いながら答えた。
その様子に前に座る3人は苦笑と微笑の間のような笑顔を浮かべ…
「あ、アーンに続いて関節キスまで…負けた…」
ユキナは、そう言って倒れ込んだ。
クレイは再度グラスに酒を注ぐと煽り、サフィは…
頬を染めて、小さく笑みを浮かべた。
オチはない。