「ふぁ…あ…」
薄暗い部屋の中。
窓から柔らかな日差しが差し込む。
そんな中、ソファで眠りについていたクレイは目を覚まして、ゆっくりと伸びをした。
欠伸をしながら、体を弛緩させる。
「…顔洗うかァ…」
そう言ってソファから立ち上がる。
グイッ
「……」
突如感じた重みに彼は動きを止めてため息をついた。そして背後を見る。
そこに居たのは金髪の少女。
先日モールで買った薄いピンクの寝間着に身を包んで安らかな寝顔を浮かべていた。
袖から伸びた白い小さな手は彼の体をガッチリとホールドしていた。
「……」
クレイは微かにため息をつくと、そのままホールドする手を外す。
そして空いた腕の中に、近くに置いていた新品のクマの人形を置いた。
すると気持ちよさそうに少女は抱き締めた。
クレイはそれを見ながら少しだけ笑うと、リビングを出た。
「ハッ…ハッ…ハッ…ハッ…」
寒空の下。
土が硬化した地面を蹴りながら、クレイは荒い呼吸を繰り返す。
照る太陽の日差しを浴びながら一定の速度で市街地を進む。
クレイは、仕事で遅くなった翌日や朝早くから仕事がある時以外は基本的に朝の運動を行う。体作りという名目でもあるが、それ以上に早起きするのも好きなのだ。
「あ、隊長!」
「ア?…オォ、ユキナじゃねェか。お前も朝の運動か?」
「うん、そんなとこ。ココ最近は忙しくて出来てなかったけどね。」
「だな。…にしても、その指の絆創膏なんだよ。猫にでも引っかかれたか?」
「うん?あー、これ?ボクね、最近料理始めたんだよね。」
「は?なんでまた。」
「…この前さ、隊長の家行ったじゃん?」
「うん。」
「その時にさ、気付いたんだよね。好きな人を捕まえるなら、まずは胃袋からだなって。」
「へえ、頑張れよ。
「…隊長ってさ。」
「ん?」
「相変わらず鈍いよね。」
「なんかよく言われる。」
「あ、隊長。」
「おう、シン。お前もはえェな。」
「近所の清掃は僕の日課なんで。」
「相変わらずだな。」
クレイは笑うと、少しだけ速度を弛めながら彼の横を通り過ぎていく。
「じゃ、また部隊室でな。」
「今日は遅れないでくださいよ。」
「わァーってるって。じゃな。」
「はい。また手合わせお願いしますね。」
「あァ、空いてりゃ相手してやるよ。」
「お、クレイじゃん!」
「よお、メリィ。ガキンチョはまだ寝てる時間だぞ?」
「ふぅん!私はもう立派なレディなんだからね!」
「そう思って欲しかったら、もうちょい成長してから言え。」
「な…ッ!」
バッ!
「どこ見てんのよ!」
「内面的に決まってんだろませてんじゃねえガキンチョ。」
体を隠す少女を見て冷めた目で返すクレイの元に、近づく人物が1人。
「やぁ、クレイ。今日も朝の運動か?」
「よォ、ミゼル。お前こそはえェな。」
「まあな、早起きしてればそれなりの得もあるし。」
「ヘェ、そいつは考えたこと無かったな。…それより、お前んとこのガキンチョ自意識過剰が過ぎるぞ。相変わらず。」
「何よー!私学校で皆に大人気なんだからね!」
「ガキ共の趣味は幼稚いからなァ。ま、モテモテなのはいいんじゃねェ?」
「ふん!将来クレイが告白してきても相手してあげないからね!」
「あはははははは。」
「何よー!」
「やめてやれクレイ。メリィもあまり大声出すなよ。近所迷惑。」
「…はぁい。」
「いや悪い、楽しくてな。…それじゃ、俺はもう行くわ。じゃな。」
「ああ、また部隊室でな。」
「クレイ!また遊びに来なさいよね!アンタが来ると弟が喜ぶからー!」
「考えとくよー。」
クレイは腰に吊った円筒型の水筒を取り、蓋をのけて中身を煽る。
温かい中身にため息をつくと、ベンチに腰掛けた。
…その後、ゆっくりと背もたれに体重を預ける。少しずつ人の通りも多くなってきた街中を見ながら、白い空を見つめる。
やがて、彼の隣に座る者が1人。
その人物は軽装の腰をベンチに預ける。整える前の白髪は新鮮だった。
「…大将か。…何の用だ?」
クレイはそう言うと、老人が笑みを浮かべる。
「私も、なんの気兼ねもなくお前と話したいことはあるさ。…それに、今はいつもの呼び方でいいぞ。」
「それなら、お言葉に甘えて。…今日は随分と知り合いに会うな。」
「ほお、3部隊の連中か?」
「まあ、カレンの奴には会ってねえけどな。」
「そうなのか?」
「あいつが早起きしてたら雪が降るよ。」
「そういえばもうそんな時期か。…どうだ、あの子との生活は。」
「この前も聞かれたな。そこまで気にすることかァ?」
「言ったろう?お前の扱いは尚更気を使うと。…お前は、国家にとって大事な戦力なんだからな。」
「…俺も言ったろ?不満無くやってるよ。最近はちゃんと望みも言えるようになってきたし、本っ当に微妙にだけど、表情も増えた。…ま、目は死んでるけどな。」
「…それなら良い。これからもよくしてやってくれ。」
「そのつもりだよ。…じゃ、俺ァ行くぜ。」
「…ああ。また軍部でな。」
「ふぅ…」
走り込みの後、軽めのトレーニングを行ってからクレイは帰路に着く。
自宅の近くを歩きながらクレイは水筒の中身を煽る。
蓋を閉めて振り回しながら、鼻歌を歌って歩く。
「〜♪」
朝早いから、通行人もいないので他の者を気にする必要も無い。
やがて見える自身の家の煙突から煙が上がるのを見て、クレイは笑みを浮かべた。そのまま敷地内に入って、鍵を回し、ドアを開ける。
瞬間、薫る香ばしい匂いに思わず鼻を動かした。
そのままドアを閉めて、玄関で靴を脱ぐ。
リビングに入ると、卓上には既に数種類の朝食が用意されていた。
椅子の背もたれに水筒の紐をかけると、キッチンに居た少女が彼の方を向いた。
「クレイ。…おかえりなさい。」
「おう、ただいま。」
「お風呂、入るの?」
「いや、シャワーでいいや。お前も2度洗うの面倒だろ。」
「…分かった。」
そう言うと、クレイは濡れた上着を脱いで、リビングを出た。
「ふぃー…」
紙を拭きながら、クレイはリビングに戻ると卓上には先程のメニューに加えて目玉焼きが追加されていた。
クレイは椅子を引いて座る。
「…クレイ、卵何かける?」
キッチンから戻ってきたサフィの両手には塩とソースが握られている。
「いつものでいいや。」
「…分かった。」
クレイがそう言うと、サフィは右手に握ったソースを卓上に置いた。
クレイはそれをサッとかけるとフォークで切り取って口に運んだ。
少しして、サフィも彼の向かい側に座って食事を始めた。
しばらく静かな時間が続いたが、やがてサフィが口を開いた。
「…クレイ、今日はどれくらいに帰れそう?」
「ン?今日はいつも通りだな。細けェ任務ばかりならすぐ帰れるだろうし。」
「…そっか。」
「は?深夜突入任務?」
ミゼルが渡した書類を見ながらクレイは呻く。
「随分と急だなァ。」
「なんでも、諜報部隊の情報が漏れてしまったらしい。警戒されてることに気づいて早く動く可能性が出てきたそうだ。」
「えー、随分と珍しいミスだね諜報部隊。」
「めんどいわねえ。」
「そう言うな。彼らの情報のおかげで助けられたことも何度もあるんだからな。」
「それで、標的は?」
「ここらで大きめのテロ集団だな。武器所有も多いと思うから、全員しっかりと気をつけてくれ。」
「りょーかーい。」
「はあ…今日のお店キャンセルしなきゃ。」
「カレンさん最近行き過ぎじゃ…」
「イケメンはいつでもどこでも補充しときたいのよー。」
「……」
「…?隊長、どうかしたか?」
「ン?あァ、いや。何でもねェ。」
少しだけ悩むような仕草をするクレイに、ミゼルはため息をついた。
「……」
ベランダに出たクレイの元に、ミゼルが歩み寄る。
「電話しないのか?」
「誰にだよ。」
「サフィちゃんに。」
「…」
「ま、今思えば始めてだもんな。あの子がお前のとこに来てからの深夜任務は。」
「…まァな。」
「今までずっと任務速攻で終わらせて早めに帰ってたからな。…電話ひとつくらい入れておいたらどうだ?」
「…だな。ちょっと出るわ。」
「おう。」
ジリリリリリリリリ…
クレイの家のリビングに固定電話のベルの音が鳴り響く。
「…?」
新聞を読んでいたサフィは椅子から降りて黒いそれに近づくと、受話器を自身の耳に近づけた。
「…はい。」
『サフィ。俺だけど。』
「…クレイ?」
聞き慣れた青年の声に、少しだけ安堵する。
『今大丈夫か?』
「…うん。家事も終わってるから…」
『そうか。…今日だけどな、帰れないかもしれん。』
「え…?」
『緊急で深夜任務が入ってな。多分帰るの12時越えると思う。飯も用意しなくていいから。先寝ててくれ。』
「そう、なんだ…」
『…?サフィ、どうかしたか?』
「…ッ…ううん、なんでもない…分かった。…頑張ってね。」
『おう。…じゃ、またな。』
「…うん。」
ガチャリッ。
「…」
少女はゆっくりと、テーブルに戻った。
小学生でモテてたやつは何故か高校からモテない法則(何故だ)