「貴様…不意打ちとは卑怯なり!」
「私はこのビルの警護を任されているのでな。守護するためなら手段は問わない」
損傷した左上腕部を押さえ、アステファルコンを睨みつけるケツァール。
だがアステファルコンは気圧された様子はない。
彼はハルピュイアから事前にこのスカイビルを守るよう命じられていたのだ。
襲撃してきたテロリストを討つのは当然の役目であった。
「随分と遅かったな」
上空の端にアステファルコンの姿を捉え、ハルピュイアが言葉を向ける。
だがその声は幾分か不満の色を帯びていた。
会議室には既に砲撃が撃ち込まれ、床が所々破損し窓硝子は粉々に割れてしまっている。
本来であればそれを未然に防ぐ形で敵を討たねばならないところだ。
「申し訳ありません。敵の移動スピードが視認出来ない程に速く、迎撃が間に合いませんでした」
至らぬ警護にアステファルコンが平伏する。
数刻前、彼はケツァールがスカイビル周辺に現われた事を認識した。
彼は駆逐するためそちらに向かおうとしたが、その彼の視界から“消える”形でケツァールは姿を消してしまった。
敵を見失ったアステファルコンは急いで周囲を探したが、再び彼を見つけた時には既に会議室に向けての攻撃が始まっていた。
今の迎撃はケツァールがハルピュイアとの会話に意識を逸らされている隙を狙っての不意打ちであった。
「全く護衛役ともあろうものが情けない。お前はそれでも俺の部下か?」
「…弁解の言葉もありませぬ。しかし、今の失態はこ奴を“粛正”する事で晴らしてみせましょう」
「ほう?ではこいつの相手はお前に任せていいんだな」
「は……!ハルピュイア様に恥をかかせぬよう必ずや打ち倒してみせましょう」
彼はハルピュイアに敬礼する形で応える。
ネオアルカディア現筆頭である賢将の部下である事は、ステータスであると同時にそれ相応の強さと品格を求められる。
その責務を果たそうと彼は意志を滾らせていた。
「部下風情がこの私の相手をするというのか?」
「貴様も同じくボスに仕える部下だろう。ならば地位は同じ。今から貴様を国家反逆罪で粛正する」
「同じだと?笑わせるな」
次の瞬間、ケツァールの身体が“ブレた”。
アステファルコンが意表を突かれる。
辺りを見回すが奴の姿はどこにもなくなっていた。
「ど、どこに消えた……!」
「お前の後ろぞ」
「!?」
突然背後からケツァールの声がし、彼は驚いた。
急いで振り返ろうとするが、
「遅い!」
「ぐおお!!?」
羽によるぶちかましを見舞われ、アステファルコンは吹っ飛ばされた。
超速移動からの背後からの死角打ちだ。
目にも止まらぬ速さで彼の目は敵の動きを認識出来なかった。
「あまり調子に乗るな」
体勢が崩れたが、彼は両翼でバランスを取って空中旋回する。
そして反転攻勢に出た。
「喰らえ!」
彼は上に飛び上がると、斜め下方向に三本の矢を発射する。
エネルギー弾が矢の形状になった攻撃がケツァールに向かって飛んだ。
「クカカ、単調な攻撃よのう」
飛んで来る矢にも浮かべるは余裕の笑み。
彼は背に生えている羽を前方へ向けて羽ばたかせた。
すると矢の軌道が曲がり、ケツァールへ到達する前に地面へと急降下していく。
ケツァールの羽が起こした強風により、矢の進行が煽りを受けて外されたのだ。
「ちぃ!小細工を」
「貴様ごときでは我には勝てぬ」
舌打ちする相手に彼は手に持っていたライフルを向ける。
そして嘲笑って引き金を引いた。
「死ぬがよい!」
ライフルから大口径の弾が放たれる。
喰らえば高いダメージを受ける危険な銃弾だ。
だがアステファルコンはそれに対応する。
自らの腕を“開いて”吸引を開始したのだ。
開かれた腕内部から強い吸い込みが発生する。
その間に銃弾は彼の腕にヒットするが、弾ごと外に弾かれてしまいダメージは通らない。
吸引を行っている時の彼は腕が硬化して強靱になるのだ。
「ぬう…!」
アステファルコンの開かれた腕からは強力な吸引が行われ、ケツァールの身体もそちらに引き寄せられていく。
踏ん張ろうとするが、吸引力が強く引き寄せを止められない。
「いくら貴様が速かろうとも私の吸い寄せ効果の中では自由に動けまい」
「小癪な技を使う……だが!」
吸い寄せられていくケツァールだが、尚も不敵な笑みを見せる。
彼はまたしても羽を羽ばたかせ、強力な強風を生み出した。
その風は今度は自らに向かうように向けられており、引き寄せる吸引と反作用にかち合う。
そして吸い寄せられる動きを停止させる事に成功した。
「クハハ!残念だったな、貴様の浅い技など我には通じぬ」
「果たしてそう言い切れるか?」
だがアステファルコンの顔は笑っていた。
そしてこの瞬間、彼はケツァールの背後を取っていた。
「何!?(今の引き寄せ合いでこっちの意識が削がれた所を狙って――!?)」
「粛正を受けよ!」
0距離となった所を逃さず、彼はケツァールの胸ぐらを掴んで自らの膝を立てた。
そしてその膝目がけて奴の頭部を叩きつけた。
ゴガ!
「ぐああ!?」
頭に強烈な一撃を喰らい、ケツァールが苦悶の声を上げる。
アステファルコンは攻撃を単発で終わらせず、掴んだ胸ぐらを放さずに続け様に連打した。
ゴガ!
ゴガ!
ゴガ!
「う、うぐぉおおお!!」
強烈な膝蹴りを頭部に複数回受け、ケツァールは大きくダメージを受ける。
連打が決まった事でアステファルコンは勢いづいた。
「どうだ、これが賊の部下に過ぎぬ貴様と賢将ハルピュイア様の部下である私との“差”だ」
「差だと……?お前ごときと、この我が……?」
「ふざけるでないぞォぉ!!」
憤怒の表情で気勢を上げると、ケツァールがアステファルコンの腕を振り解いた。
瞬間的に強烈なパワーを出し、掴まれていた手を取っ払ったのだ。
「ぐお…!」
「低俗な一配下の分際で無礼千万である!本来の実力差をとくと見よ!」
荒い力で腕を払われてアステファルコンは体勢を崩した。
その隙をケツァールは一気にたたみかけた。
一気に羽力と脚力のブーストをかけて超速移動を見舞う。
再び敵の姿がアステファルコンの視界から消える。
「ぬっ!?どこだ…!」
「死ぬがいい」
「っ!?」
真後ろから声がした。
ぎょっとして彼は背後を振り返る。
だがガードしようとした腕は空を切り、彼の頭部をケツァールの羽が殴打した。
「ぐあっ!?」
「おらおらおらおら!!」
羽を巧みに振りしばき、ケツァールは羽の強力な殴打を放つ。
パワーのある高速連打を0距離で受け、彼は瞬間的に高い負荷を受けた。
「図に乗るな!!」
反撃しようとアステファルコンが腕を薙いで応戦した。
しかし彼の腕はまたしても空を切る。
ケツァールが攻撃を読んで先に超速移動をしていたからだ。
再び敵が視界から消え失せて彼は動揺する。
「くそ、また消えるか……!」
ドゴ!!!
「ガはッ……!」」
彼の頭部に苛烈な一撃が直撃した。
いつの間にか真後ろに陣取ったケツァールが両手を組んで振り下ろしていたのである。
そして立て続けに両手での振り下ろしが繰り返された。
ドゴ!! ドゴ!! ドゴ!! ドゴ!!
後頭部に強力な打ち下ろしが何発も見舞われ、アステファルコンの意識が朦朧とする。
「ぐ、お、ぉ………」
彼がよろめき始めた所でケツァールは彼を奥へ突き飛ばした。
そして最後のフィニッシュとばかりにケツァールは両の羽にオーラをチャージする。
「クハハ、この技を見れた事を光栄に思うがいい!冥土のみやげにするんだな!」
高笑いを浮かべ、彼は決め技を打ち放った。
「シャワーブースターオーロラ!」
上空に舞い上がった彼の羽が大きく羽ばたかれる。
その羽からはあまたの矢が放たれ、眼下へと降り注いだ。
その様はまるでオーロラのシャワーのようであった。
「もはや、これまで……」
迫り来る多数の矢を見ながらアステファルコンは死を悟った。
死ぬのはこれで“2度目”となるが、またしても主の期待には応えられなかったと彼は悔やんだ。
出来る事なら、勝って期待に応えたかった――。
「クキャーッキャッキャ!やっとくたばったか、三下風情が!」
矢の雨が降り注いだのを確認し、ケツァールは勝利に浸る。
彼からすれば“同じ部下同士”などと並べられる事は我慢ならなかったのだ。
彼が仕えるのは暴雪月花の実力者ライオヌルである。
その1番部下と自負している彼はプライドも高い。
片やハルピュイアに仕えているとはいえ、アステファルコンは1番部下でもない。
そもそもハルピュイアに関してもケツァールはライオヌルよりも下だと見なしている。
それほど高く評価していない賢将のさらに部下である者など取るに足らない存在だ。
その“三下”に同格呼ばわりされるなど、彼からすれば言語道断な事だった。
今こうして勝利する事で格の違いを見せつける……という目的を彼は達したのだ。
「さて、この勝負はひと区切りついたようだな」
「!」
矢が降り注いだ周辺は着弾の衝撃で煙が舞っていた。
その煙幕の奥から、1人の男の声が届けられる。
ケツァールは目をむいた。
「賢将、ハルピュイア……!」
煙が晴れた場所にはハルピュイアが立っていた。
アステファルコンの前で盾になる形で。
彼にガードされる形になったアステファルコンは彼の後ろでどうやらまだ生きているらしい。
「ハル、ピュイア……様……!」
「お前の負けだ。情けない戦いをしやがって」
呆れた様子で彼は部下を見下げた。
「何故私などをお庇いに……!」
「弱くても部下は部下だ。私がお前の尻拭いをしてやろう」
そう言って彼は一歩前に進み出る。
眼前で上空に滞空しているケツァールに目を向けた。
「部下が世話になったな。ここからは私が直々に相手をしてやる」
「何……!」
突然割って現われた賢将に彼は内心動揺していた。
さっきまでは離れた会議室内に居たはずだ。
それがいつの間にこれだけ近い距離に、“間合い”にまで入ってきたというのか。
彼は気付く事が出来なかった。
(そういえば、我の部下達は何をしている……?邪魔者が入ってきたというのに何故攻撃をしていない……?)
彼は後方に複数の部下達を控えさせている。
今はアステファルコンとのタイマンだったため手出しはさせなかったのだが、他に闖入者がいるのなら話は別だ。
排除すべき対象として攻撃のむしろにするのがしかるべき流れである。
だが誰も攻撃してこない――。
「……!?」
彼はようやく気付いた。
誰も攻撃をしていないのではない。
そもそも自分の部下達が誰一人として背後に控えていなかったのだ。
「おい……あいつらはどこに行ったんだ?」
「既に俺が片付けたが。気付かなかったか?」
「な、何だと……!?」
大量にいた彼の部下達は、全て賢将によって始末されていた。
彼はアステファルコンとの戦闘に意識を向けていたのもあるが、まさかその間に部下が全員倒されてしまうとは思うだにしなかっただろう。
それだけ速技で、それも気配も悟らせずにハルピュイアは片付けてしまったのだ。
「な、何を馬鹿な……はったりもたいがいにしろ!!」
「信じられないか?ならば今からわからせてやろう」
チャキリ、とソニックブレードを鞘から抜いて彼は構える。
動揺しているケツァールは、刃を向ける賢将を睨みつけた。
「貴様1人で我を倒そうというのか?さっきの部下の醜態を見ていなかったのか?」
「ああ、奴は情けなかったな。あれでは警護役としては務まらん」
溜め息をつきながら、彼は続ける。
「だが何一つ寄与しなかったわけではない」
「何…?」
「お前は何度か被弾していたな」
「……!」
「俺の部下相手さえ完封出来ない軟弱者が俺を相手に出来ると思っているのか」
ハルピュイアは彼を上から見下げた。
その目で格下に見られているとわかり、ケツァールは感情を怒りに転化させる。
「貴様……その言葉、覚悟があって言っているのであろうな?」
「何の覚悟だ?まさかお前に殺られると思っているという事か?」
ハハハ、と賢将がわざとらしく笑った。
「片腹痛いな。なかなか悪くないジョークだ」
「おのれ、許すまじ…!」
挑発されて一気に苛立ちをつのらせるケツァール。
顔を紅潮させた彼は一気に賢将へとダッシュして間合いを詰めた。
そして眼前で羽を打ち付けるように薙ぐ。
「死ねえ!!」
だが、羽が当たった感触はなかった。
ハルピュイアにかわされていたからだ。
羽が接触する寸前までその場にいたはずが、まるで身体を透過したかのように打撃がすり抜ける。
(当たらぬ……だと!?)
完全にヒットしたと思った殴打がすり抜け、ケツァールは前へ体勢を崩す。
そこを背後から緑の斬撃が襲った。
いつの間にか背後に回っていたハルピュイアがソニックブレードを振るっていたのだ。
死角からの攻撃に彼は対応できず、そのまま一閃を喰らった。
「ぐああッ!」
背中を切り裂かれ、ケツァールが苦悶の声を上げる。
今の彼のダッシュは“超速移動”である。
初手からいきなりブースト全快で相手に特攻をかけたのだ。
しかしその本気の足を使った攻撃は賢将にさばかれてしまう。
(馬鹿な……!我の俊足が見切られるだと!?)
だがすぐ様反転すると、彼はもう一度ハルピュイアに特攻する。
(まぐれだ…!この我の素早さについてこれるはずがない!)
一気に羽力と脚力のブーストをかけて、再び超速移動を見舞う。
ケツァールの姿はその場から消え失せた。
少なくとも半端な実力者から見ればそう見えただろう。
だがそうでない者から見れば、そうではなかった。
「中途半端だ」
「グゃっ!?」
ケツァールの頸椎目がけて蹴りが叩き込まれる。
ハルピュイアが右足を横薙ぎに振るい、敵の首元後ろに回し蹴りを決めていた。
完全にトップスピードの状態で攻撃をかわされ、あげく強烈な一撃を喰らった彼は前のめりにつんのめった。空中なので地面に顔が打ち付けられる事はなかったのがまだ幸いか。
しかし彼のプライドは傷つけられた。
(そ、そんな馬鹿な……!我の本気の動きが通用しないだと……!?)
「お前は素早さに自信があるようだな」
「!?」
内心の動揺を知ってか知らずか賢将が彼に言葉を向けてくる。
「だが俺からすればせいぜい中の上と言った所か。その程度なら俺を撹乱するレベルにはない」
「な、何をォ……!」
見透かしたように言われ、彼は紅潮して羽を激しく羽ばたかせる。
すると彼の背に生える両翼から風の流れが巻き起こった。
それは苛烈な小嵐のようにうねりを上げて暴風と化す。
羽の動きに呼応するように、前方のハルピュイアへ目がけて鋭い風撃が飛んだ。
だがそれは一瞬の出来事だった。
ハルピュイアがタイミングよく上空高くに飛んだ。
その下を暴風が通過する。
強力な攻撃だが、冷静に見れば練度の低い猪突猛進な攻撃だ。
飛行能力がある者ならば、風の影響が届かない高さまで飛んで避ければいいだけである。
「くそ!ちょこまかと……!」
「お前は何もかもが“浅い”」
こちらに苛立つように叫ぶケツァールに賢将が簡単に感想を述べた。
ハルピュイアからすれば、奴程度の能力でいきれる事がそもそもレベルが低いと言わざるを得ないのだ。
焦る相手を尻目に、彼は上空を滑空しながら斜め下方向に衝撃波を放つ。
鋭角に軌道を描いてソニックブームが敵へと飛んだ。
「うおぁっ!?」
避けづらい高さから斬撃が向かってくる。
ケツァールはダッシュして下を回避しようとしたが、彼の大きな羽では当たらずによけるのは難しい。
案の定ソニックブームが羽の先端に当たった。
「ぎゃああああーーー!!」
羽の上端が損傷し、彼から大きな呻き声が上がる。
羽ユニットは彼にとって生命線と言ってもいい部分だ。
空中に飛ぶのはもちろん、ダッシュの際の機動力にも直結する。
それが損傷しては影響が出るのは避けられない。
「お、おのれぇ……!」
「詰みだな。これでお前は何も出来なくなった」
気が付けばハルピュイアが正面に立って見下げていた。
上から見下すように彼を見ている。
「ま、まだ…!まだだぁ……!」
吐かれた言葉を受け入れられないケツァールはいきり立った。
ケツァールは身体を気張ると両の羽にオーラをチャージする。
すると高い出力エネルギーが彼の両翼に纏った。
「クハハ、我を貶めた事を後悔するがいい!塵の藻屑にしてやるぞ!」
自信を取り戻したかのように高笑いを浮かべ、彼は上空高く飛び上がった。
羽が損傷した影響であまり速くも高くも飛べないが、技を放つに十分な高さまでは何とか飛べるようだ。
この間に隙はあったが、ハルピュイアが攻撃をする様子はない。
好機とばかりに彼は決め技を打ち放った。
「喰らええ!シャワーブースターオーロラ!」
空中に静止した彼の両翼が大きく羽ばたかれる。
その羽からは大量の光の矢が放たれ、眼下へと降り注いだ。
その様は技の名の通り、オーロラのシャワーのようであった。
ジャバババババ!!!
あまたの光矢が着弾した。
その瞬間、緑の剣閃が幾重にもほとばしった。
両手に持ったソニックブレードが周囲を目にも止まらぬ速さで一閃、五閃、十閃と切りつけていく。
「なに!?」
ケツァールの目が驚愕に見開かれる。
百を超える矢の嵐が捌かれているのだ。
それも2本の剣の薙ぎだけで。
一切動きに無駄の無い正確な、そして尚且つ超速な剣捌きを持って。
それは天賦の才とでも言うべき剣技だった。
「ば、馬鹿……な、ぁ、、、!」
風の力も使わずに剣だけで自分の最大奥義を防がれる。
そんな信じがたい光景を目にしてケツァールは心を折られていた。
30秒後。
全ての矢は尽き、攻撃の嵐は止んでいた。
ケツァールは上空から元の高さまで降り、愕然と前方を見つめている。
賢将はいまだ同じ場所に立っていた。
その身体には傷一つない。
あれだけの数の矢を受けたにもかかわらずだ。
その全てを己の剣閃だけで彼は捌き切ってみせたのである。
(そんな……あまりにも、“差”がありすぎる、、、、、)
賢将と自分との実力差を彼は思い知らされた。
正直戦前は相手がネオアルカディア四天王とはいえ、そこまで脅威には感じていなかったのだ。
自分も暴雪月花の一角である“暴君”ライオヌルの1番部下である。
その自負がある彼は、たとえ賢将相手でも互角以上に戦えるだろうと踏んでいた。
だが、それは驕りであった。
「理解したか?」
「!?」
こちらを見た状態でハルピュイアが呟く。
まるで彼の精神的敗北を見透かしたように。
「お前と俺との間には絶対的な壁がある。それは努力や小細工などで覆せる程度のものではない」
「ぐ……!」
「この勝負はお前の負けだ」
見るまでもなく明らかな結果を告げられ、ケツァールは拳をわななかせた。
だが反論する気は起こらない。
悔しいが、ハルピュイアの言う事は何一つ間違ってはいなかった。
自分と賢将との間には絶対に越えられない格差がある。
今の戦いで彼はそれを精神的に悟ってしまった。
「ふ……何ということよ。この我がここまで無様に敗北を喫するとは」
「恥じる事はない。お前はそれなりの強者ではあった。こちらがより“高い位置”にいたにすぎん」
「ぐ……つくづく癪に障る男よ」
賢将のナチュラルな台詞に彼は敗北も早々に呆れ果てた。
だがその通りなのだ。
彼は元から住む世界が違う存在だったのである。
「くく、だがよいのか?そちはここで油を売っていて」
「どういう意味だ」
「お主がここに来ているという事は、今あの会議室は無防備な状態ぞよ」
ケツァールは思い出したようにスカイビルの方に目をやった。
そう、今あそこの会議室には守り手がいない。
最大の戦力である賢将が単身でここに来ているという事は、今あちらは戦える者がいないということ。
「ああ、そういえばまだ賊が1人残っていたか」
「そうだ。奴はネオアルカディアに恨みを持っている…!そしてお前達に協定を結んだレクトル・ディンマの上層部にもな」
くくく、と余裕を取り戻したケツァールがせせら笑う。
「だからこそ奴は我らに上層部の抹殺を依頼してきた。こうして軍勢を率いて赴いたのもその依頼を成すためよ」
「ほう、お前達はさっき反逆の意志を示したレクトルの者に協力を依頼されたという事か」
お前達の台詞からだいたいの予測は出来ていたが、これで大まかな流れは把握出来た、とハルピュイアが頷く。
「お前達は何故奴に協力した?金が理由か?」
「そうぞ。最初はそうだった。だが今は単に金を得るため、というだけが理由ではなくなった」
「どういう事だ?」
「先程お前達の科学者が新たなエネルギー生成システムを構築すると言っていたな。つまり、エネルギービジネスの大きな変革が起きるという事になる」
「そうか、お前達は確か“ギラテアイト”の密売をして利潤を得ていたな」
「そうだ。我らにとっては現システムではエネルギー享受が満足に受けられぬ稀少型のレプリロイド達が飯の種。ギラテアイトという稀少鉱石はそれら稀少型レプリロイド達にも合う特殊なエネルギー属性を持っている。だからこそ高値で売買が出来、我らは儲けを得ているのだ。しかしシステマ・シエルⅡとやらが完成すれば、その恩恵は霧散してしまう。稀少型レプリロイドだろうと問答無用で適合させられるエネルギーを際限なく自由に生み出せるのだからな」
「なるほどな。それがお前達にとっては認められない事態というわけか」
「その通り。故に我らにとってもこの暗殺依頼は願ったり叶ったりというわけだ」
くくく、と彼は不敵な笑みを見せる。
「お主を殺せなかったのは残念だが、どうやら主以外の主要要人は始末が叶いそうだ。あそこにはまだ“依頼人”がいるからな」
彼が言う依頼人とは、先程最初に反逆の意を示したレクトル構成員の男である。
彼はミュートスレプリロイドであるケツァールと比べれば戦闘能力は大幅に落ちるが、軍隊に所属しており軍の戦闘訓練を受けている男である。
並の一般レプリロイドを殺害するくらいであれば問題なく行える力を持っていた。
レクトル・ディンマの面々は会長のステアラーも含めて戦闘力は全く高くない。
一般レプリロイドとそう変わらない凡レベルでしかないのだ。
そしてネオアルカディアの科学者シエル。
彼女は科学者としては稀代の天才少女だが、戦闘力に関しては0に等しい。
レジスタンスとして修羅場をくぐってきた経験はあるが、それでも武力に関してはどこにでもいる普通の少女でしかないのだ。
「故にムラトゥス1人でもあの場の者を十分に皆殺しに出来るだろう」
「なるほど、お前の自信はそれが理由か」
「そうぞ。我は少しでもここでお前を足止め出来ればよい。今頃あやつが仕事を終えている頃ぞ」
「それはどうかな」
「何…?」
余裕の笑みを浮かべるケツァールに、しかし賢将は焦った様子はない。
「お前は1つ忘れている事がある」
「忘れている事だと?」
「ここに居るはずの男がいないのに気付かないか?」
ハルピュイアが含み顔で微笑する。
ケツァールはすぐにはその答に思い至らない。
「それは誰の事だ…?ん、、、、」
数秒して彼はようやく気付いた。
そういえばさっき倒した男はどこに行ったのか。
奴は先程打ち負かしたが、殺し切ってはいなかった。
寸でで賢将が割って入ったためにとどめを刺せなかったのである。
「ぬぉ…!?まさか――!」
彼は慌ててスカイビルの会議室内部に目をやった。
そこに立っていたのは――。
――ハルピュイアに仕える部下、アステファルコンであった。
「あ、あやつめぇ……!!」
アステファルコンは既にムラトゥスを縛って拘束していた。
戦闘力では完全にミュートスレプリロイドの方が上なため、彼は1人の暗殺も叶わず為す術無く捕まってしまったようだ。
アステファルコンはこちらに目をやった上官に対し、敬礼を作って応じる。
『ハルピュイア様。こちらの賊は確保致しました。私の尻拭いをしてくださり感謝致します』
「うむ。まずは最低限だな。後は要人達を安全に下まで送り届けろ」
『はっ!』
無線通信でこの後のやりとりを話すハルピュイア。
それを聞いたケツァールはがっくりと膝をつく。
「くそ、くそぉ……!まさかあのような三下に暗殺計画をつぶされるとは……!」
「そういう事だ。俺の部下を甘く見た貴様の負けだ」
憤るケツァールにハルピュイアが当然だろうというふうに言う。
「あいつが後を引き継いだ俺の戦闘をただ傍観しているだけと思ったか。無防備になっている要人達の守護に向かうのは警護を任された者として真っ当な判断だ」
「ぐ……!」
「さて、これで貴様達の計画は失敗に終わったわけだが」
もはや武功を一切成せないケツァールに向けて、見下げた顔で賢将が述べる。
「これから貴様はネオアルカディアのプリズンに連行する。そこで洗いざらい貴様の組織の事を吐いてもらうぞ」
「ほ、捕虜というわけか……?」
「そうだ。大人しくしていれば命の保証はしてやろう。情報を多く話せばそれに応じてプリズンでの処遇も優遇してやる」
「そ、そうか」
捕虜として連行されるという今後の方針を聞き、ケツァールは任務失敗の失意から少々立ち直った。
ここで賢将に殺される、もしくは帰った先で上官に殺されるのどちらかは避けられないと思っていたからだ。
彼の仕えるボス、ライオヌルは暴君である。
その名の通り、任務を失敗した者には残虐なやり方で死を与える。
それは1番部下のケツァールに対しても例外ではない。
だが、ここでハルピュイアが捕虜として収監してくれるというなら、死から逃れる道が開けたと言っていい。
彼とて死ぬ事は恐ろしい。まして残虐なやられ方で惨い死に方をするなど真っ平ごめんだった。
彼にとっては死ぬ事よりもどんなやり方であれ生き残る方が望ましいのだ。
「わ、わかった。ではお主達の元で捕虜として洗いざらい話そう」
「そうか、賢明だな。では早速貴様をプリズンまで移送する」
ハルピュイアがケツァールの捕虜収監を決めたその時だった。
ケツァールの胸元から異音が聞こえ出した。
カチカチカチカチカチ
「ん…?何だ、、、、?」
カチカチカチカチカチ
何かのカウントを刻むような音が彼の胸の中から聞こえてくる。
それは何か不安感を与えてくる音だった。
カチカチカチカチカチ
「おい!貴様の中にはまさか――」
「あ……?」
ケツァールはその音の意味する所を理解していなかった。
それは上官が予め部下の身体に組み込んでいた仕掛け。
もしも“敵に寝返った場合”に発動するようプログラミングしていた起爆装置だった――。
ドガアアアアアアア!!!!
身体の内部から閃光が炸裂し、爆発が起こった。
ケツァールの身体は粉々に吹き飛び、辺りには爆風が吹き荒れた。
ハルピュイアは咄嗟に後ろに飛び、何とか爆発の影響を避けた。
だが、ケツァールは生還叶わず、爆発四散して命を散らした。
***
「あーあ、かわいそー。何も殺す事なかったのに」
モニター画面に映る黒煙を見ながら少女が振り返った。
銀髪の長い髪がさらりと流れるように舞う。
「任務を失敗したあげくに俺を裏切ったんだ。当然の報いだろう」
まあ大人しく帰ってきてもどの道殺してたがな、と背後にいた男が吐き捨てる。
彼はケツァールの上官であるライオヌル。
暴雪月花の1人で“暴”を司る。
見た目は25歳前後の青年だ。
部下が爆発死したのを目の当たりにしても、悲しむそぶりは微塵も見られない。
「君も相変わらずだね~。僕は君の部下じゃなくてよかったよ」
「お前のように性格に難があり、無駄に超常的な力がある女は下に置きたくないな。こちらから願い下げだ」
「あ、ひっどーい!そんな事言うなら君でも殺しちゃうんだからね」
ライオヌルに向けて非難する目を向けて少女がむくれっ面をした。
そんな彼女を別の男が諫める。
「まあまあその辺にしておけやノッラ。それ以上は冗談では済まなくなるで」
「はいはーい、わっかりましたー」
「まったく。これだからガキの相手は疲れるんだ」
うざったそうに辟易してライオヌルがモニター画面に目を戻す。
ちなみに今彼女を止めたのはムーンフェイズという男性だ。
彼は暴雪月花の“月”を担当している。
なまり混じりで話す男で3枚目風の風貌を持つ。年齢は25歳前後。
そして不満顔を見せつつも頷いたのはノッラという少女。
彼女は暴雪月花の“花”のポジションである女性だ。
年齢は15歳前後でこの中では一番若い。
銀色の長い髪を持ち、美しい容姿と可愛らしい容姿の両方を持ち合わせている。
「しかしこれは少々厄介な事になったで」
「ああ、まさかネオアルカディアが新たなエネルギー生成システムを開発しているとは」
彼らはケツァール、そしてムラトゥスが持っていた録音無線マイクを通して会議の会話をこの部屋で聞いていた。
会談の途中で出た“システマ・シエルⅡ”開発の話も当然耳に入っている。
その情報は彼らにとって重大な懸念事項をもたらした。
「これではギラテアイトの稀少価値が失われかねない」
「ってか十中八九そうなるでしょー?何かどんなレプリロイドにも適合する千差万別のエネルギーを生み出せるらしいし」
「ドクターシエルという科学者は天才やとは聞いていたけど、まさかそんな事が実現出来るとは思えへんで」
「でもでも彼女は実際に開発したんでしょ?システマ・シエルを」
「その通り。既に彼女は現実に画期的な発明を成している。まあ現システムは完全無欠ではなく穴のあるエネルギーシステムだがな。その綻びのおかげで我々はギラテアイトビジネスを営めているわけだ」
また別の男性がノッラに答える。
彼は暴雪月花の“雪”を務めるファシュロカという男だ。
年齢は20歳前後で顔立ちの整ったイケメンである。
「しかし、その穴を埋められる新システムを作られるとなると話は変わってくる。こちらにとっては死活問題だ」
「完成までにはまだ半年はかかるようやが、それでも予想以上に速い開発スパンや。早急に手を打っておかねばならへん」
暴雪月花の4人は先程得た情報を元に今後の対策を練り始める。
当初はレクトルのムラトゥスから高額の依頼金と引き替えに暗殺を依頼され、金のために暗殺に協力し部下を送ったに過ぎなかった。
だがそこでの会議で盗聴した会話からネオアルカディアが新たなエネルギーシステムを開発しているらしい事を彼らは知った。
汎用エネルギーが身体に適合しない特殊型レプリロイド達を相手にギラテアイトビジネスで利潤を得ていた彼らにとって、それは看過出来ない事態であった。
「ギラテアイト確保のために邪魔になる四天王達はいずれ始末する予定だったが。本来それはもっと奴らのデータが集まってからにするつもりだった。しかし」
「今回の情報でそう悠長な事も言っていられなくなったよねー」
「期限は半年しかあらへん。あの天才科学者なら必ずその期間内に開発を実現させてしまうやろ」
「それは断じて容認できないな。システム開発を中止させるにはあの科学者を早急に殺すのが最善か」
「そうだね~、邪魔なメスガキちゃんには死んでもらおっか」
「メスガキのお前が言えた台詞か」
「ああ゛ん?」
「やめろや、今は我々で殺し合いをしている場合やない」
不穏な空気が流れ始めかねない空気にムーンフェイズが仲裁に入る。
じゃれているだけに見えるが、このまま放っておけば本気の争いに発展しかねないのを彼は知っていた。
「とにかくだ。科学者シエルを殺すにはネオアルカディア本部をある程度攻略する必要がある」
「あの科学者は今はネオアルカディアに所属しているそうだからな。本部内に構えた専用の研究施設に住んでいるようだ」
「そこへ侵入するには本部へ侵攻してネオアルカディアの軍勢を少なからず突破しなきゃならんか」
「我々の戦闘値を考えれば中ボス格や四天王配下のボス程度なら問題なく撃破できるだろう。問題は四天王だ」
モニター画面に4つのサムネイル画像が表示される。
そこにはネオアルカディア四天王の面々が映っていた。
「賢将ハルピュイア、闘将ファーブニル、妖将レヴィアタン、隠将ファントム。この4人が強力な障害になる」
「これまでこの4人とは部下達が1通りやり合ったわけだけど。どの子も滅茶強だったよねー」
「先程俺の愚舎弟が賢将と一戦交えたが、先のアステファルコンとはレベルの違う強さだった。やはり配下のボスと四天王とでは明確な格差があるのは間違いない」
「だが我々の戦闘力も四天王と比べて大して引けは取らんで。まだ十分な量とは言えんけど、1通り四天王全員分のデータもスカウティング済みや」
「まあ、僕達が本気で臨めば4割ぐらいは勝機あるんじゃない?僕らは僕らで部下とは実力に雲泥の差があるしね」
彼らはネオアルカディア本部に侵攻し、襲撃する計画を立てていく。
各軍団の兵達を倒しながら内部に潜入、そして障害となる四天王達をも討つ手筈だ。
ただ、相手も強力な敵故に確実に倒し切れるとは言い切れない。
そのため、殺せない場合はその他の手段で彼らの妨害を無効化しなければならない。
そうして強敵を切り抜けた後、本題である科学者シエルの暗殺を実行に移す。
ネオアルカディア本部襲撃計画が、今着手されようとしていた。
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第1章:稀少資源ギラテアイトを奪取せよ
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第2章:敵本拠地を急襲せよ
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第3章:エネルゲン水晶発掘所を攻略せよ
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第4章:水没した図書館を攻略せよ
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第5章:スカイビルでの戦い
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第6章:四天王VS暴雪月花
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その他個別に好きな箇所があればこちらへ