でも作中はいよいよ夏休み、彼女達が登場します。
「ふぅ…やっと着いた……」
道の駅の駐輪場でヘルメットを脱いで背中を伸ばしながら菜生はそう呟く。
夏休みが始まってすぐ、母は仕事で数日家を空けるし歩夢や同好会もみんなも家の都合などがあって練習を休みにしたので、菜生は自分達とAqoursの何が違うのか?それを本人たちに会って感じてみたいと思い、沼津の地を一人で訪れていた。
「まぁ勢いで来ちゃったけど…どうすっかなぁ?」
見切り発車で一人で思い立ってすぐ家を飛び出したのはいいが、これからどうすればいいか頭を悩ませる。普段Aqoursがどこで練習しているとかそういう情報を仕入れるより早く移動してしまったからだ。
「ま、まぁ学校行けば流石に誰かいるでしょ?えっと確か…」
ひとまずAqoursが在籍している『浦の星女学院』を目指す事にした菜生はヘルメットを被りなおすと、バイクのエンジンをかける。
バイクの免許自体は、16歳の誕生日にすぐとったものでバイクも当時アルバイトで買った。父が昔乗っていたバイクと同じ車種…の排気量の小さいフルカウルのレーシーな見た目のバイクだ。
買った当時は2人乗りできるようになったら歩夢を後ろに乗せてあげようと思っていたし、歩夢も乗り気だったのだがいざ現物を見ると、そのタンデムシートの小ささに微妙な表情をされたものだ。
「こっからなら近そう…にしてもあっついなぁ、やっぱ電車とかバス使うのが正解だったかも……腰痛いし」
菜生の家から静岡県沼津市まで高速道路を使っても二時間以上かかる。それをこの真夏にバイクで移動しようものならかなりの暑さだ。来て早速後悔だらけの旅になってしまったが、当初の目的を果たすべく菜生は移動を開始した。
「お祭りでもやるのかなぁ?」
道中、道端に提灯が飾り付けられているのを見て、恐らく催し物があるであろうことは推測できる。もしかしたらそこでAqoursのステージが見られるかも?なんて考えると少し楽しくなる。
だが偶然とはいえ、菜生が訪れたこの地にもカオスヘッダーの魔の手が迫っているとは、この時は思ってもみなかった。
「ここが学校…と」
海沿いの道から坂を上った先にある浦の星女学院に到着したが、やはりそれっぽい人を見つけることは出来ない。かといって部外者である菜生は中に入るわけにもいかない。
「すいませーん」
学校の制服に身を包んだ三人の生徒と目が合ったので、菜生は声をかける。
「はい、何ですか?」
「えっと…Aqoursのみなさんにお会いしたくて来たんですけど…今日来てますか?」
「今日はまだ見てないなぁ…ここ何日かはお祭りの準備で来てたんですけど」
そう答えたのは友達だろうか?3人組の少女の一人が教えてくれた。
「あーそういえばここに来るまでに、提灯を見かけましたよ~」
「はい、沼津サマーフェスティバルっていうんです。Aqoursのライブもありますよ!」
「なるほど~」
そう別の子にもそう教えてもらいそう相槌を打ちながら、地元のイベントにも積極的に参加しているのかと感心していた。
―みんな海が好きだから、海に行けば誰かいるかもしれないよ
折角来たのだからAqoursとも話してみたかったなと残念がっていた菜生を見かねてそう教えてもらった菜生は、海沿いの道をひたすら移動していた。
(にしてもホントきれいだな~こんなきれいな海、東京じゃ見れないよ)
「ってあれ…嘘でしょ!?」
海を眺めながら移動していると、船着き場の先の方に立ち何やら思い詰めた表情で海を見つめている少女が目に入ると思わずバイクを止めてヘルメットをとると駆け寄っていく。
「ちょっ…ちょっと待ったー!」
「きゃあっ!え?何!?」
「早まっちゃダメ!私で良かったら話でも何でも聞きますから!」
そう言って菜生は駆け寄っていくと後ろから抱き着くものだから少女は驚いて状況が読めていない様子だった。
「あの…何か勘違いしてません?私はただ海を眺めてただけなんですけど……」
「へ?あ…ええっと……ごめんなさい!」
そうこちらを振り返った少女に告げられ、菜生は引き攣った笑みを浮かべながらあとずさると、そう言って勢いよく頭を下げる。
「いや…私も何か勘違いさせちゃったみたいでごめんなさい……」
「そんなことないですって、完全に私の早とちりだから…」
そんな菜生に、目の前の少女も気まずそうにそう告げるが菜生はそう言ってもう一度頭を下げようとした時、少女の顔を初めて直視してあることに気がつく。
「もしかして…Aqoursの桜内梨子さん…?」
「…?そうですけど……」
「ほんとに!?やった本物だ!ファンなんです、私今日Aqoursに会いたくて東京から来たんですよ」
目の前の少女がAqoursのメンバーである事を知った途端、菜生は目を輝かせると手を取って上下にブンブン振って喜んだ。
「そ、そうなんですね?ありがとうございます」
「あ…ごめんなさい馴れ馴れしくて…えっと私高田菜生って言います、虹ヶ咲学園の二年生でスクールアイドル部の部長やってます」
無意識に梨子の手を掴んでいたことを自覚すると慌てて菜生はその手を放し、そう自己紹介をする。
「じゃああなたもスクールアイドルなの?」
「いや私は違うんだけどさ?ただみんなの活動のサポートをしてるんです」
「なるほど…ていうか同い年なんだし、もっと砕けた感じでいいよ?」
「そ、そう?まぁ私もその方が話しやすいかも。それでね、スクールアイドルの先輩でもあるAqoursのみんなに色々聞いて勉強させてもらえればなぁって思って…」
正直図々しいお願いだとは思ったが、折角こうして会えたのだから色々吸収して帰りたい。それが菜生の素直な気持ちだった。
「なら個人個人に聞くより、集まっている時の方が良いかもしれないわね」
「まぁそれは確かに…でも何だっけ、サマーフェスティバル?の準備中なんでしょ?」
先程学校へ行った時に教えてもらった情報を思い出しながらそう菜生は聞き返すと、梨子は頷いてから言葉を紡ぐ。
「うん。最近はずっと遅くまで作業してたから、今日は休養日ってことになってるの」
「じゃあ今日は無理そうだね、みんな家だったりで休んでるだろうし」
そう菜生が肩を落とすと、梨子は苦笑いを浮かべる。
「どうかなぁ…みんなお休みだからって大人しくしてるとは限らないと思うわ。特に今の状況だとね……」
「それって…」
「あっそうだ。千歌ちゃんになら今日会えるかも。千歌ちゃんの家、私の家の隣なの。今から行ってみる」
何か好ましくない状況にいるのか、梨子のその言い回しに違和感を感じた菜生だったが、その違和感も直後に彼女から提案された内容に吹き飛んでしまう。
「本当!?行く行く!!」
「じゃあ、行こっか」
その提案に乗った菜生は、梨子と共にAqoursのリーダーである高海千歌の家へと2人で向かう。
「そういえばさっき、何か思い詰めてたみたいだったけど、何かあったの?」
「へ?」
「いや、今日初めて会ったのにこんなこと聞くのもアレなんだけどさ?最初見かけた時から気になってて、もしかして今、あんまりいい状況じゃなかったりするのかなって」
菜生が最初に駆け寄って行ったのは、梨子の表情が何やら思い詰めているように見えたからだった。だから菜生は、余計なお世話かもしれないが、もし力になれるならと思ってそう問いかける。
「…私って、そんなにわかりやすい表情してた?」
「うーん…私が見感じでは?」
「ふふっごめんなさい。でも、大したことじゃないの」
「そお?私の方こそごめんね?いきなり抱き着くわこんなこと聞くわで」
「ううん、ありがとう心配してくれて」
大した距離は移動していないのだが、乗ってきたバイクを押している関係でどうしても普段ほどの速度で歩くことが出来ない。たどり着いたころには菜生は肩で息をしていた。
「あっづ~次来るときは電車とバスにしよう…そうしよう…」
「ついたわよ」
「ついたってここ旅館でしょ?」
梨子に案内されてたどり着いたのは『十千万』という旅館だった。
「そうよ?」
「へ?うそ…」
旅館の何がおかしいの?とでも言いたげな梨子の顔を見て、菜生はなんとか状況を呑み込もうとする。
「梨子ちゃーん!」
「ひゃっ!?」
「あっ千歌ちゃん」
旅館の周囲を見渡していると、不意旅館の中からみかん色の髪色の少女が飛び出してきた。梨子に千歌と呼ばれたこの少女が、高海千歌なのだろう。
「梨子ちゃんに話したいことがあったんだよ~」
そう言って梨子に近寄っていく千歌だったが、そこでようやく千歌は菜生の存在に気がつく。
「えぇっと、こちらの方は…?」
「えっと、私は―」
「もしかして…お客様!?失礼したしました」
「いやいや違くて…」
私服の菜生を見て、千歌は宿泊客と勘違いしたらしく、そうかしこまって業務に入ろうとする。
「千歌ちゃん、この子。東京から私たちに会いに来てくれたみたいなの」
「初めまして、Aqoursの皆さんに色々お話聞けたらなって思って」
「そうなの?嬉しい~いっぱい話そう!入って入って!」
「いいの?えへへ、お邪魔しま~す」
梨子にそう紹介されて、千歌は嬉しそうに菜生を自身の部屋へと案内する。最初は旅館と言う事もあって緊張していた菜生だったが、千歌にそう告げられると後に付いて中へと入っていく。
「ここがわたしの部屋ね。ただいま~」
千歌の後に付いていくと、千歌の部屋の中には既に先客がいたらしくその少女と目が合う。
「良かった、ちゃんと梨子ちゃんと会えたんだ。―その子は?」
「初めまして、高田菜生って言います。東京から来ました」
「東京から私たちに会いに来てくれたんだよ」
灰色の髪の少女に、菜生はそう挨拶すると千歌は嬉しそうに彼女に菜生を紹介する。
「わたしは渡辺曜。よろしくね!っていういかいいよ、そんなかしこまらなくても」
「そうだよ~歳もわたしたちとそんな変わらないでしょ?」
「高2だから一応タメかな?初対面でいきなり会いに来たよ~じゃまずいかなって思って」
そう言って菜生ははにかむが、「そんなの気にしなくていいのに」と千歌と曜が笑うと「ありがと」と一言返すのだった。
「菜生ちゃんの通ってる虹ヶ咲学園のスクールアイドルって、この前のイベントで1位になった人がいる学校だよね?」
「え?そんなことも知ってるの?」
「そりゃあ知ってるよ~みんな魅力的でわたし、最後まで目が離せなかったもん」
「出てた子みんな面白かったよね、歌もダンスもレベル高かったし」
そうこの間のイベントのことを千歌と曜に褒められて菜生は「それほどでも~」なんて照れ臭そうにする。
「こういったら気を悪くするかもだけど…今までほとんど聞いたことない学校だったから、まさに彗星の如く現れたって感じだったわ」
「まぁうち、最近活動開始したばっかりだから仕方ないよ。それにイベントもこの前が初めてって子ばっかりだし」
元々スクールアイドル活動をしていたメンバーより、この前のイベントがスクールアイドルとしてのデビュー戦を飾った部員の方が多いのだ。
「でもAqoursのメンバーにそこまで言われると嬉しいよ、きっとみんなに教えたら喜ぶと思う!」
みんなの事を褒めてもらえるのは、菜生としては自分の事のように喜ぶと、ここへ来た目的を切り出す。
「…それで、教えて欲しいんだ。どうしてあんなに魅力的なパフォーマンスができるの?」
「それはね…」
「それは…?」
そう千歌がもったいぶるように切り出すと、菜生は息を呑みその後に続く言葉に備える。
「…何だろ?」
「ずこっ…」
「でも言われてみると解らないもんだよね」
わからない。そう告げる千歌に思わずこけそうになる菜生だったが、曜がそうフォローを入れる。
「私たちも、スクールアイドルに憧れて始めたんだよね。キラキラ輝いてて、わたしもああなりたいって思った」
そう千歌は微笑みながら話し始めると、菜生は真剣な眼差しでその言葉に意識を集中する。
「でも、他のグループの真似をするのじゃダメだって気がついて、わたし達らしく輝くにはどうしたらいいんだろうっていつも考えてる」
「私達…らしく……」
「サマーフェスティバルへの参加も、それが理由なのよね」
そう反芻する菜生に、梨子もそう告げる。
「地域を盛り上げたい気持ちはもちろんだけど、他の誰とも違う、わたし達だけの輝きを見つけるヒントになるかもしれないって」
「自分達だけの輝き…そっか、そうだよね」
曜にもそう告げられ、菜生はなんとなくピースがはまっていくのを感じた。他の誰でもない、自分達の個性。
「そうだ。明日は練習あるから、よかったら見に来ない?」
「行く行く!来てよかった~」
千歌からそう提案されて、菜生はそう無邪気に喜ぶ。
「生きててよかった~」
「それは大げさじゃない?」
ここ内浦での出会いの先に待っているもの、そしてこの町に住む少女たちに待ち受ける困難も、この時はまだ知らずにいたのだった。
今回は二年生組との出会いを書かせていただきました。
この先話を展開していくにあたり、菜生ちゃんには自身の移動手段を持っていてもらう必要があったため、前作の博樹くん同様バイク持ちです。
次回は遂にAqours全員と出会います。お楽しみに!