スコーピスを取り逃した後の帰り道、菜生の疲労状態を気遣ってサラが家の近くまで送ってくれていた。栞子は、家の方向が違ったこともあって先ほどまでいた場所で別れていた。
「サラちゃん、さっきはありがとう。私あの時、せつ菜ちゃん達を助けないとって必死でシンさんが言ってる事、考えてなかった」
スコーピスを取り逃がせば、サンドロスがもっと多くの手下を送り込んでくる。状況が悪化することまで、菜生は考えて行動できていなかった事をサラに謝罪した。
「お前が間違ったことをしたと思わない」
不意にサラがこう切り出すと、ずっと下を向いて歩いていた菜生はサラの方を向く。
「え…?」
「シンは、ギャシー星を脱出した時に恋人を見殺しにしたんだ」
サラは淡々と、なんでもない事のように告げる。
「スコーピスの追撃を振り切る為に、恋人とその仲間が乗っていた宇宙船を助けずに離脱したんだ」
「でもそれって…」
「そうだ。大を救う為に小を切り捨てた」
多くの同胞を救う為に、シンは自分の恋人を助けることができなかった。
だから彼は、菜生がたった二人の人間を庇う為にスコーピスへの攻撃を放棄したことが気に入らなかったのだ。
「そう、なんだ……」
シンの怒りの意味を理解した菜生は、そう短く返事をした。だがその事実を前もって知っていたとしても、自分にせつ菜とあの少女を見捨ててでもスコーピスと戦っただろうか?
「だから気にするな。そんな菜生だから、ウルトラマンコスモスはお前に力を貸してくれたんじゃないのか?」
「ありがと」
「でも、シンの言う通りな面もある。取り逃がしたスコーピスの報告で、サンドロスが多くの手下を従えてこの星に来る。その時、お前は―」
サラはそこまで言いかけたが、言葉がそれ以上続くことはなく。周囲を見渡すと、苦い表情を浮かべた。
「―聞かれてしまったか」
「え?」
サラの様子をみて、菜生は状況が読めていないといった表情だったがサラは「いつまでもウルトラマンの事を隠し通すことは出来ない」とだけ言い残してそのまま帰ってしまう。
きっかけは些細な事だった。
昼休みに、菜生が栞子に呼ばれて話をしていたのを遠目に見かけたこと。そして、その時に『ウルトラマン』という単語が聞こえたこと。
そして、菜生が練習を休んだ今日怪獣が現れたこと。
これらが全部偶然とは思えなかった。ウルトラマンがダメージを負って倒れた時に胸騒ぎを感じたから、そちらへ向かってしまったのだろう。
そして―ウルトラマンがいたハズの場所に菜生が居た。
思い返せば、以前ウルトラマンがガルバスの攻撃を受けてやられてしまった時もカオスヘッダーに敗れた時も菜生は病院に運ばれていた。
そして何より、ウルトラマンコスモスが現れているときには必ず
だからだろうか、菜生を見た時に妙に納得してしまった自分がいた。でもそれは否定したかった。
しかし、現実はそれを許さなかった。
後を付けるなんて悪趣味だ。彼女はそう思ったが、否定するための理由が欲しくて会話が聞こえる位置まで近づいてしまったのだ。
その結果、サラには勘付かれてしまったがサラ事情を察してくれたのか帰ってしまった。
「菜生さん」
今日自分が気づいてしまったかもしれない事柄は事実だと確定してしまったようなものだったが、せめて本人の口から聞きたい。
そう思って彼女―優木せつ菜は菜生に声をかけた。
「せつ菜ちゃん…?あれ、家こっちだったっけ?」
菜生は、自身の家の近くでせつ菜と出会うとは思っておらずそうにこやかに返す。
だが、せつ菜の表情は真剣そのものだった。
「どうしても、菜生さんには聞きたいことがあります」
そう切り出した彼女の様子を見て、菜生の表情からも笑みが消える。思い出すのは今さっきのサラの言葉。
「ウルトラマンコスモスは、菜生さんなんですよね?」
「―ッ!?」
ずっと隠したままではいられない。でも、みんなには知ってほしくなかった。それが菜生の本心だった。
でも、もう彼女にも真実を伝えるときなのかもしれない。
「私、見てしまったんです。今日ウルトラマンが消えた場所に菜生さんが一人でいるのを」
「そう…なんだ」
「それに、ウルトラマンコスモスが現れている時に菜生さんは私達の近くにいた事は無いですよね?歩夢さんの夢の中に現れた時も、毒ガス怪獣が街に現れた時も―ミーニンを助けた時だって…!」
菜生が誤魔化すことのできないように、せつ菜はそう捲し立てるように根拠を述べていく。きっと彼女にはもう、真実以外を伝えても決して納得する事は無いだろう。
「さっきも助けてい頂いた事は感謝しています。でも、これだけは確認させてください。あなたは高田菜生さんなんですか?それとも、ウルトラマンコスモスなんですか?」
「せつ菜ちゃん、私は―」
「お願いします。本当のことを、話してください」
意を決して、菜生は「すぅ…」と息を吸ってから言葉を紡ぐ。
「私が、ウルトラマンコスモスだよ」
「い、いつから…?」
「七月の初めから。同好会を復活させるちょっと前って言ったらいいのかな?」
菜生はせつ菜にも全てを明かした。
コスモスと一体化して戦ってきていたことを。流石にサラと栞子の事までは打ち明けるような事はしなかったが。
ずっと菜生の話を真剣な表情で聞いていたせつ菜だった。
「私が言えるのはここまで…かな?ごめんなさい。だますつもりはなかったんだけど、言い出せなくて」
「私だって、優木せつ菜として正体を隠してスクールアイドルをやっていますから。そこは非難できませんよ」
それに―と言葉を続ける。
「助けてくれてありがとうございました」
「あの女の子も大丈夫だった?」
「えぇ、お陰でケガもなく。あの子もお母さんと家に帰りました」
「なら良かった」
自分のしたことは無駄なんかじゃない。そう思えただけで少しだけ気持ちが楽になった。
あそこで助けなければ、今頃せつ菜もあの少女も生きてはいなかっただろうから。
シンの言葉がずっと離れなかったが、実際問題彼のいう事も正しいと思った。それでも、実際に自分がとった行動も間違いではなかったのだとこの時初めて思えた。
「でも、どうしてそこまでしてくれるんですか?あなたもウルトラマンも、体を張って―」
「私は、大好きな皆を守りたかったから。大好きを守る為だよ」
最初はリドリアスを助けたかった。歩夢を助けたかった。それがどんどん広がっていって、大好きな皆を守りたい。そう変化していった。
「それに私は、夢を継いでいくんだ」
「夢を、継ぐ?」
「この星の命を守っていくって夢を、私はあの人に貰ったから―」
そういって空を見上げた菜生を見て、せつ菜もそれが誰なのかが解った気がした。空の向こうに帰ってしまった彼なのだろうと。
「今日はもう遅いし帰ろうよ。うち近いし、私バイクあるから送ろうか?」
「いえ、私もそう遠くありませんし。ノートを買って帰りたいので」
そう言ってせつ菜はやんわりと菜生の申し出を断った。
「そっか、じゃあまた明日ね!」
「はい。また明日」
そう言って二人は反対方向に歩き出す。
菜生はせつ菜と話をして、少し心が軽くなったのを感じた。
彼女にまで正体を明かしてしまったことの良し悪しは置いておいても、隠し通すことに無理がある事は薄々解ってきていた事だ。他のメンバーにも、近いうちに明かすことになるだろう。
(大丈夫、私が皆を守るんだ)
そう決意を一層強めるのだった。
一方で帰路についていた三船栞子もまた、先の戦いの事で悩んでいた。
「大丈夫でしょうか?」
『何がだ?』
「菜生さんとシンさんの事です。私は、菜生さんがおかしい事をしたとは思えないんです』
菜生は人を守る為にその身を盾にした。
確かに人の為に自分の命を危険に晒すことが得策ではないという事も解る。そして、現状ウルトラマンコスモス以外にスコーピスを相手に対等以上に渡り合える者がいない以上猶更という事も。
「私も、菜生さんのようにあなたと戦う事は出来ませんか?」
栞子は自分の中にいる存在に問う。
「あなたが傷付いているのも承知です。私の力で到底足りるとは思えませんが、それでも―」
『ダメだ』
「しかし…」
栞子の言葉を遮り、一言で却下してしまった。
『お前の生命力を借りて本来の力を取り戻せたとしても、私とお前は一つの命を共有する存在になってしまう。そうなれば、お前は元の日常には帰れない』
普段は残った力の一部を使い、人間サイズでの変身だけに収めていたのはこの為だった。完全に融合してしまわない為に、事が済めば栞子と分離して彼女を元の日常に帰す為にこれだけは譲れなかった。
『お前にその適正があったとしても、私はそれを許すことはない。この話はこれで終わりだ』
栞子が胸元のバッジに手を当てても、もうこれ以上声が返ってくることはなかった。
菜生は自身が暮らしているマンションの玄関前にたどり着き、いつも通り学生カバンから鍵を取り出そうとした時だった。
彼女のスマートフォンが可愛らしい着信音を奏でた。
「もしもし、どしたの?」
『菜生ちゃん、今すぐパレットタウンに来て!』
電話の相手は歩夢だった。歩夢の声からして珍しくきつめの言い方のように感じたが、菜生は彼女の様子に少し押されているようだった。
「え?明日も学校あるんだよ?」
『いいから、直ぐに来て!』
「歩夢…?」
用件だけ言うと、直ぐに電話は切れてしまう。歩夢の声の様子からして焦っている用だったが、菜生は一抹の不安を抱えつつ自室からバイクのヘルメットを手に取るとすぐにバイクに跨ってマンションを後にする。
歩夢に指定された場所は、時間帯的にも今日が平日であることも相まってか、人の通りはほとんどない。
「歩夢、どこ?」
施設内に駆け込んだ菜生は、電話で自身を呼び出した幼馴染の名を叫びながら駆けまわる。何故なら、歩夢はそれ以降電話を何度かけても出ないのだ。
彼女にもしものことがあったらいけないと思い、菜生は必死だった。
だがその過程で、菜生はある違和感を覚える。
(おかしい、いくら平日の夜だからって人が少なすぎる)
入って直ぐの商業施設のエリアはまだ人がいたのだが、奥に進むほど。階層が上がるほど人が減っていった。
進んでいく過程で、何者かの罠なのではないかという不安が脳裏を過るが菜生を首を振ってそれでも歩夢の為に走った。
そして、屋外のエリアに出ると。観覧車乗り場の近くのベンチで横たわる制服姿の歩夢の姿を見つけた。
「歩夢ッ!」
「―安心しろ」
歩夢の方へ駆け出すと、菜生の死角からも歩夢の声がした。
「え…?」
思わず立ち止まり、声の主を見やるとそれは間違いなく。虹ヶ咲学園の制服に身を包んだ上原歩夢がそこに立っていた。
今現れた歩夢は菜生の方を真っ直ぐ睨みつけていた。
「眠っているだけだ」
「―歩夢じゃない、誰なの!?」
すると、歩夢の体がモヤのようなものに覆われ、それが晴れるとシンが姿を現す。
「あなたは…なんでこんなことを?」
そう問いかけつつも、菜生は察してしまった。さっき電話してきたのは歩夢ではなく、シンだったのだと。
でも解らない事もあった。どうして歩夢を使って菜生をこんな所に呼び出したのかが、菜生には理解できなかった。
「サラは変わってしまった。お前達人間とかかわったせいで!」
「キャッ…!」
シンは右手の指先にエネルギーを集めると、それを光弾として放ってきた。菜生の足元に飛んできたそれに、菜生は反応が遅れつつも避ける事は出来た。しかし、体勢を崩してその場に倒れ込んでしまう。
「何をいきなり!私達の戦う相手は共通のはずだよ!?」
「黙れッ!」
シンは、夕方の件でまだ怒っているようだった。
制止する菜生の声を遮って、光弾を次々飛ばしてくる。先の戦いでコスモスは消耗していて、今は頼るべきではないと考えた菜生は、直ぐに起き上がると駆けだした。
飛来する光弾を必死に避けつつ、何とかシンから逃げようとするが人間とギャシー星人では身体能力に差があるらしく。追ってくるシンの光弾が頬に肩や太ももを掠めて、制服は破れて皮膚も裂けて出血してしまう。
何とか死角に入らなければと、菜生は視界の隅に映った自販機横のごみ箱の陰に隠れるがそんなものでは防げるわけもなく。菜生とシンの間を遮るものは直ぐになくなった。
「逃げてもムダだ!」
「ハア…ハァ…どうして―」
「―死ねッ!!」
シンが今までで一番巨大な光弾を、菜生の眉間目掛けて放つ。菜生にはそれがゆっくりに見えた。しかしだからと言って足はいう事を聞いてはくれない。
ただそれがゆっくりと、自分の眉間を貫くのを待つだけだと思った。
だがその時、菜生の体を光が包み込み光弾を弾き飛ばした。
それを見て、直ぐにシンは追加で光弾を放る。
「セリャア!」
光の中から現れたコスモスが、追加で飛んできた光弾を全て手刀で弾き飛ばしシンを真っ直ぐ見つめる。
「ウルトラマン、なんでそいつを庇う?」
シンは、そうコスモスに問いかける。彼には、コスモスが菜生にそこまでする理由が解らなかった。
「やめろ!!」
コスモスとシンの間に、そう叫びながら人影が割り込んでくる。
(サラちゃん!?)
菜生はその乱入者の背中を見て、それが誰なのかを理解した。サラが、菜生をギリギリで救ったのだ。
「…どういうつもりだ?サラ」
「それはこちらのセリフだ!いくら何でもやりすぎだ、彼女はウルトラマンである前に地球人なんだぞ!!」
サラはそう激しくシンに言い返す。普段は物静かでクールな雰囲気を纏っている彼女がここまで自身の感情をあらわにすることは珍しかった。
「こいつの存在は、我々やウルトラマンの足を引っ張る。排除するべきだ!」
コスモスが体を張ってせつ菜達を庇ったのは、菜生のせいだと考えていたシンはここで菜生を始末しようとしていたのだ。
『菜生が戦うのは、この星を守る為だ。私は、命を救いたいと願う彼女の想いに共感し共に戦っている』
コスモスがここでシンに諭すように語り掛け、再び菜生の姿へと戻る。
「ごめん。私はあなたとは一緒に戦えない。」
体のいたるところから血を流し肩で息をする彼女は、そう冷たくシンに言い放った。
「菜生!?」
「サラちゃん、私はサンドロスとも戦うよ。でも、サラちゃん以外のギャシー星の人たちを信じられない。一緒に戦うなんて、できないよ…」
菜生はそう告げつつ、視線は歩夢の方へと向いていた。
サラは菜生の視線の先にまだ気を失って横たわる歩夢がいる事に気が付くと、菜生の言っている意味が解った。
殺されかけた事より歩夢を巻き込んだことが、菜生にとっては許しがたい事だった。
「私は、私の大切なものを―大好きな皆を守りたいんだ!その為なら、どんな相手とだって戦う!!」
「―シン、戻ろう。私達は今、最も大切な仲間を失ったのかもしれない」
そう言って、サラはシンを連れてこの場を去った。
その場には、ボロボロになった菜生が一人立ち尽くしていた。
次回『史上最大の危機』