Reincarnation of Belphegor 作:みりえった
遅れてごめんなさい。試験とかもろもろあってどのss共に筆を取れませんでした。その間に感想頂けて、とても嬉しかったです。
さて、今回は遂に今井リサさんが出てきます(ちょっとだけですが)。そしてこれからは少し重めの内容が続きます。それを了承してからどうかお読みいただければなと思います。
あと、結構焦って書いたので誤字とかも多いかもしれません……もしあれば報告してくださると助かります……。
発端は本当に些細なことだった。
『リサってさ、彼氏いないの?』
『……え?』
女子校のお昼休みに行われる、他愛のない会話。
昼食を摂ろうと自分の小ぶりなお弁当を取り出していると、クラスメイトのひとりがそんな話題をふってきた。
『……えーっと? なに急に』
『だってリサってそんな見た目なのにそういう話まったく聞かないもん』
『……そういう見た目って』
なにさ、その評価。確かに派手な見た目はしてると思うけども。
彼女の言葉にあんぐりと口を開ける。
話題を振ってきたのは黒髪ショートに赤色の髪留めがトレードマークの女の子。おとなしい様相で責任感が強く、A組の委員長も務めている。
そんな委員長がそんな話題を振ってきたのも驚いたが、それ以上にここしばらくの間まったくと言っていいほど考えていなかったので、咄嗟に言葉が出なかった。
『う〜んカレシかぁ。あんまり考えてことなかったなぁ』
『まじで? そうなの?』
アタシがそう言うと彼女は驚いたように目を丸くした。
実際、最近はずっと友希那たちとRoseliaの活動をしたり一緒に練習したりでそんなことを考える暇なんてなかった。
それに女子校なだけあって学校にいる間はあまり男の人の目を気にしなくていいし、だから普段の生活ではあまり話題は出てこない。
『……なにさ。そういうこと言うってことは、もしかして彼氏でも出来たの?』
『あれ、鋭いねぇ。実はそうなんだよねー』
『……へー』
なるほどそういうことか。
さては自分の彼氏を自慢したいがためにこの話をふってきたな?
『それはそれは。お幸せなことですなー』
『えへへ』
『うわー、うざぁ』
顔に手を当てて惚気ける委員長に呆れつつ、しかしそれを見て同時に興味も惹かれた。
委員長がこんな顔してるなんて初めて見たかも……。
羨ましいなと、ちょっと思ってしまった。
今まではクラスでも面倒見のいいお姉さん的な子だなーと思ってたのに。彼氏が出来たくらいで人はこんなにも変わるものなのだろうか。
『興味ないわけじゃないんだけどな……』
勿論それだけが高校生の青春だというわけではないだろうが。
だけどアタシも、そういうのに憧れてないわけじゃない。友希那たちやバンドも大切だけど、その他にも大好きな人が出来ればまた見える世界も変わるのかもしれない。
好きな人と色んな事を喋りたい。色んな場所へ行ってみたい。甘い密度で抱きしめてもらいたい。尽くしてあげたい。この人と一緒に歳を取っていきたい。
『…………』
そんなふうに思えたら、色とりどりの美しい景色が見えるのかもしれない。
女子高生の誰しもが思う、そんな他愛のない考えだった。
そんなことを思ってしまった。
こんなことが、発端だった。
「……バカみたい」
アタシはそう呟き、吐き捨てるように特大のため息をついた。
歩道橋の上で手すりに腕をもたれかけさせて、地上5メートル程の場所から下の世界を見下ろす。
コンクリートが広がる灰色の大地。その上にまた無機質な金属のかたまりが6車線の道路を走っていた。
放課後の日も沈んできた時刻。暗い色合いで染められたそんな視界がアタシには忌々しく思えた。
「委員長の嘘つき」
それはまるで今の自分の事を表し、嘲笑われているようだった。
都会の雑多な人混みや交通の波から発せられる音がまたアタシをイラつかせる。何も悪くない友人に当たってしまうほどに。
「…………」
そこに……アタシの先に、色とりどりの美しい景色なんてなかった。
ライブハウスで出会った男。アタシの音を褒めてくれたあの人。演奏後に声をかけてくれた、あの人。
ちょうど委員長と話した後で、意識してしまったのかもしれない。アタシはその甘い言葉に心を惹かれた。
温かい手で、アタシの頭を撫でてくれた。
優しい言葉で、アタシを慰めてくれた。
朗らかな笑みで、アタシを抱きしめてくれた。
その拳で、アタシに絶望を覚えさせた。
「酷い話……」
あんなにも軽率に見た目で判断しちゃうなんて。これじゃ委員長に人のこと言えないよ。
「帰るのやだなぁ……もう、限界なのかもね……」
結果的に、アタシは最低な男に捕まった。
あの人はことある事に自分を支配したがる。少しでも反論も許さない。もう何度殴られたのか分からなかった。
……盲目だった。ちょろかった。浮かれてた。メルヘンだった。
当時の自分は何も見えていなかった。何も感じてはいなかった。勘づいては、いなかった。
そんな自分が、今は果てしなく気持ち悪い。
「あ──」
歩道橋の上。ぐらぐらと揺れる灰色の視界。もう吸い込まれそうだった。この仕打ちは生きてる限り続くのか。
いっそのこと……身体が不安定で、病んでしまった時はそこまで考えた。
「やだ……やだよぉ……」
でも……言うことを聞いていれば。反感の意思さえ見せなければ、殴られることも蹴られることもない。
必死に歯を食いしばって、ふらつく身体を止めた。今も怖いけど、死ぬのは多分もっと怖い。
忌々しいその事実。それだけがアタシを縛り、絡まり……そしてまだ生きる術だと自身を食い止めていた。
「お願い……誰か……誰かアタシを──……」
ぽつりと。雨が降ってきた。手すりが濡れる。悔しさでぐちゃぐちゃになったこころと身体が震える。
「…………」
吐き出したいのに、それすらも叶わない。
結局、言葉の続きが出てくることはなかった。
「では、簡潔に説明してください」
「今井リサ、がんじがらめ、このままじゃ毒死」
「すいませんもう少し複雑にお願いします……」
ええ……簡潔にって言ったじゃないですか。
ぽりぽりとポテトをつまみながら文句を言ってくる紗夜さんに対して、俺はへの字口を作った。
湊 友希那から今井リサの詳しい現状を聞いた後、それを智香さんへ報告しようと俺は一旦CiRCLEを出た。
取り敢えずまた適当なカフェで落ち合おうとスマホを取り出したところ、不意に背後から腕を掴まれた。
『美竹くん、説明していただけますか?』
振り返るとそこには浅葱色の長髪を揺らす紗夜さんの姿があった。走ってきたのだろうか、激しく息が切れていた。
追いかけてきた彼女曰く、説明が欲しいとのこと。……は? なんの? 説明ならさっき湊友希那が全部やったじゃん。まあ確かにグズってたからかなり曖昧だったけれども。
正直付き合うのは面倒だったんだが、ただ逃げるのは得策ではなかった。
息も絶え絶えな相手を力づくで撒くことは勿論可能ではあったが。しかし連絡先等を知られている以上は後々もっと面倒なことにしかならないだろう。
『……わかりましたよ』
そう判断して観念して言うことを聞くことにした。
そして、そのままファミレスなる店に連行された訳だが……。
「? どうしたんですか、きょろきょろとして」
「いやぁこういう店に入ったのは初めてなので」
「……はい?」
「珍しくてつい」
「ファミレスに、入ったことがない?」
物珍しそうに店内を見渡す。
内装は暖色中心の明るい雰囲気で、夕方近くなのにも関わらずそこそこの人数の客がいた。
それにしてもまたカフェみたいなところとは雰囲気が違うらしい。興味深い。
それに目の前の人はメニューも見ずにいきなりポテトを2人分頼み出すし。これが普通なのだろうか。思わず小首をかしげた。
そんな明らかに挙動不審な自分を対面に座る紗夜さんは怪訝そうな顔つきで見つめていた。
「ファミレスに入ったことがないって……」
「別に入ったことがない人もいますよ」
「そりゃあいるとは思いますが……あなたの場合はまるでファミレスそのものを知らないといった感じではないですか」
「そうですね。名前は知ってたんですけど、ただどんな所かは知りませんでした」
「そんな高校生が今どきいるんですか?」
「友人とご飯へ行く時はラーメン屋とかファーストフード店が多いので」
「いや一般常識でしょう」
「それでも入ったことがない場所なんですから、俺からしたら珍しいんですよ」
「はぁ……」
紗夜さんは納得のいっていないような仕草で、首を捻る。
「ファミレスを知らないだなんて……いったいどんな生活をすればそうなるんですか」
「さあ?」
「最低でも子供のころに親御さんと行くものだと思ってましたが……」
「まあ家庭にも色々あるでしょうよ」
そりゃあ紗夜さんは普通の何の変哲もない一般家庭なんだろうが。
生憎こっちはかなり事情が特殊なのだ。
「……ご飯を食べるときにスマホを弄るのはやめなさい」
「え?」
「行儀が悪いですよ」
「そ、そんなこと言われましても」
一応報告しないとなんだけども。
今井リサの粗方の状況は分かったのでそれをチャットに打ち込んでいると、紗夜さんから厳しい叱責が飛んできた。
「前から思ってましたけど……紗夜さんちょっとめんどくさいですよね」
「めんど……! ど、どういう意味ですかっ」
「だってこれご飯じゃないじゃないですか。やりますよ誰でも。お菓子食べながらスマホいじるなんて」
「栄養価とカロリー的には主食です」
「うわっ、そういう見方しちゃうタイプですか」
「……なんです。ダメなんですか?」
「……まあうちの姉とかもしょっちゅうですし、ダメとは言いませんが」
じろりと睨まれた。怖い。この人のポテトに対する情熱はなんなのだろうか。
「お姉さん……そういえばさっき美竹さんの弟だと」
「言いましたね」
「しかも血が繋がってないとか。あれはいったいどういう──」
「俺の話はいいじゃないですか」
そしてしれっと繊細な部分に触れてきた紗夜さんの話を、俺は無理矢理遮る。悪いけれどこの話は続けて欲しくはない。
これ以上続けるとことさら面倒なことになるだろうし、なによりここへ来た本来の目的を忘れないで欲しかった。
「此方も暇じゃあないんです。それよりも説明でしたか? そっちをしましょう」
「……まあいいです。それはまた今度聞くことにしますから」
「また聞く気なのか」
どうしてそこまで食い下がるのか分からない。
蘭と血が繋がってないと何か問題があるのだろうか。
「正直な話……私はあなたが何者なのか分かりかねています」
「美竹 明星。繚桜学園1年Aクラス。弓道部所属です」
「そういう外面的なことを言ってるんじゃないんですよ……!」
「そんなに怒らないでくださいよ……」
冗談なのに。伝わんないのかしら。
紗夜さんは身を乗り出して強めの語調で言葉を放つ。
近くなった距離で、視線が交錯する。力強い眼だった。そこには必ず逃がすまいといった強い意志を感じる。
「あなたという人は……あんなふうに女性を責めるような男なんですか?」
「そうしないと話さなかったでしょうが、あれは」
「その湊さんも言っていましたが、どうしてあなたが今井さんのことを知る必要があるんですか。そもそもどうして私が知らなかった今井さんの男女関係のことについて知っていたのも腑に落ちません」
「それは今井さんの先輩に協力を要請されたからです」
「先輩?」
「
そう言って、スマホの写真フォルダーにあるプリクラを見せる。
「……それは本当なんですか?」
「信用ないですね。仕方ないかもしれませんが」
「あなたが今井さんを助けたところでメリットがないじゃないですか」
「人が人を助けるのに理由なんて──」
「ふざけないで下さい」
「……その速さでそのセリフはちょっと失礼なんじゃない?」
「あなたがそんなことを言うような人でないことは薄々分かっています」
「さいですか……」
酷い印象だ。数日前までは決してそんなことはなってなかったというのに。やっぱりあれか、いかなる理由があれ女の子を泣かせたのが悪かったのか。
まあしかし本当になにか大義名分があるのかと言われれば、そんなものはないので だけど。
今井リサの境遇に同情し救ってやりたいと思ったわけでも、男のやっていることが許せない訳でもない。
強いて言うのなら智香さんに言われたから、お願いされたからと言った理由くらいしかないのだ。
「というか今はそんなことを気にしている場合なんですか? いいじゃないですか、助かるのならなんでも」
「…………」
「それより今大事なことは今井さんの現状ですよ。紗夜さんは湊さんの話で事態を100%理解出来ましたか?」
パッした理由を考えるのも出来なかったのでいよいよ本題に入る。
紗夜さんもむむむと眉根を寄せているが、ため息をひとつうって自分の話に乗ってくれた。
「正直分からないというのが本音です。勿論状況自体が分からないわけではないですが……」
「多分紗夜さんが気にしているのは『どうして今井さんはさっさと別れ話を切り出さないのか』ということではないですか?」
「……ええそうです。私にはそれが分かりません」
「なぜ?」
「なぜ? って……だってそんなに複雑な状況でもないじゃないですか」
「そうですかね」
「そうでしょう。あくまで当人同士の問題です。当人だけでも解決は出来ると思いますが?」
「なるほど……」
それは、昨日の俺も思っていた。
男女交際は、あくまでその当人たちだけの問題。
極論を言ってしまうと何かの罪を犯した等ではない限りその問題はふたりだけで解決することが出来るであろうし、世間的にもそうである方が良いに決まっている。
今回のケースも何かのそういうケースなのかと一瞬思ったけれど、湊さんの話ではそういうことではないらしい。
「……紗夜さんの言う通り、別に問題はそこまで複雑なことではありません」
ではどういう事なのか。既に答えは出ている。
それは言葉にすれば至極単純なものであるが面倒な事この上ないものだった。
「男女交際で片方が嫌気がさしたのなら、その当人が別れ話でも何でも切り出せば済む話」
「です、よね?」
「なのに今井さんは未だに別れずに、好きでもない男の隣にいて、湊さんはそれを指をくわえて見ているだけ」
「それです。私にはそれが分かりません」
「分かりませんか?」
「だって普通なら別れるでしょう、そんなの」
顎に右手の指を添え、考え込むように俯く紗夜さん。
「では、別れない理由とは?」
「え?」
「俺だってそんな状況ならさすがに別れるのが普通だと思いますよ」
そんな彼女に、俺はさらに露骨に言葉をほぐす。
「最初はどうだったかは知らないですが、今は全くもって異性として好きではない。しかもDVまでされているらしいではないですか」
「…………」
「それでも、なお、別れない理由とは?」
「…………」
「言い換えましょうか。それでも、なお、
俺がそこまで言うとさすがに答えに行きついたのか。ハッと目を見開き、俯いていた顔を勢いよく上げた。
「ま、まさかなにか弱みでも握られてるなんてことじゃ……!?」
「湊さんの話を聞く限り、弱みを握られているという訳ではないと思いますけどね」
勿論あの人が把握していないだけというのもありえるが。
「なのでどちらかと言うと脅迫の方が近いのかもしれません」
「脅迫、ですか。いったいどんな……」
「それもさっき言いましたよ」
「え?」
「DVですよ」
「……DV?」
「最もシンプルに言うのなら『俺の言うことを聞かないとぶん殴るぞ』ってことです」
DV。ドメスティックバイオレンス。
家族や恋人などの近しい隣人に対して行われる厄介な暴力行為のこと。個人的な問題が多く、外部から介入しづらいのも解決をより難しくさせている要因であろう。
それが現在の今井リサに絡みついている鎖であり、呪いである。
精神と身体を縛り、蝕む呪い。決して比喩や冗談などでなく、実際に被害も出ていることだろう。
「今回のはそれです」
「で、でもいくらなんでも……それも含めて警察に訴えれば──」
「それが出来れば今井さんも湊さんも苦労してないんじゃないですかね」
そう言って自分の分のポテトをひとつ摘みながら説明する。
「例えばそうですね。チェスというボードゲームがありますよね?」
「は、はぁ? なんなんですいきなり」
カリッと子気味良い音を立てて、口の中へ放り込んだ。
「まあ聞いて下さいよ」
「はぁ……」
「あれは類似しているルールの将棋とは違い、取った駒を使うことは出来ないんです」
「らしいですね。私も詳しいわけではありませんが、それくらいは知っています」
「はい。だから駒に関してだけ言えばゲーム中は二度と取り返しのつくものではないのです」
「そうですね」
「ですが相手のキングを詰ませる為には、そのある程度の駒を犠牲にしなければなりませんよね?」
「まあ……そういうゲームでしょう」
話を進めるにつれ、紗夜さんの顔に不信感のようなものも募ってくる。
おまえは何を言っているんだと、そう言いたげだ。
「今回はちょっとだけそれに似ています」
「今井さんのケースがチェスに似てるんですか?」
「彼女は“別れ話”という、事を解決するための最強のクイーンを持っています。試しにそれで彼氏の方へチェックメイトをかけたことにしましょう」
そんな紗夜さんの表情一旦無視してと。
俺は言葉を続ける。
「しかしチェックメイトと宣言した時……形では詰んでいると分かっても、宣言された方はまだ何かしら駒を動かせますよね?」
「え? いや、でも意味無いでしょう、そんなの」
「ええ意味なんてありません。だってもう詰んでいるのですから。今更今井さんのポーンやナイトのひとつ取ったところで、次の手番に負けるだけです」
「じゃあ……」
「ですがそれが、自分の身体だったとしたら?」
「……は?」
「そのポーンやナイトが、今井さんの身体や精神だったとしたら、どうでしょう」
自分の言葉に紗夜さんはさらに顕著に表情を変えた。少し飛躍させすぎただろうか。
それとも半ば察してしまったのか。ゆっくりと此方に視線を合わせ、唖然として目と口を開いていく。
「『お前がそのクイーンを使い、チェックメイトをかけた瞬間、俺もお前の身体の1部を損傷させてやる』……こういうことではないでしょうか」
「そ、それって……」
「DVがおおやけになったところで、別れ話を切り出してその後粘着して警察に逮捕されたところで、そんなのは関係ないんですよ」
「──……!」
やがて目を見開き、両手で口を覆った。
その顔は完全驚愕の色に染まっている。
「既に何発か……数多の暴力を、その身に受けているのでしょう」
「!」
「『分かったか? これから余計なことをしてみろ。今度はもっと容赦はしない』……こういうことでしょうね」
「そんな……!」
「その後で警察に捕まろうがなんだは関係ない。今井さんは彼に脅え、彼の機嫌を損ねうる行為は取ることが出来ない状態なんでしょう」
ひとつ咳払いをしてから、改めて整理し、口にする。
「男に下る社会的制裁。しかし
「そんなの……」
「余計なことをすれば
「……っ!」
目を瞑り、湊 友希那からの話を聞いて結論づけた内容を話す。
「恐怖による支配は1番単純で、何より強力です」
懐かしむ訳でもなく、古い過去を反吐のように思い出し、唾棄するかの如く吐き捨てる。
これが今井リサの現状なのだろう。本人にも湊友希那にも解決出来なかったのも頷ける。
今井リサは男からの暴力等の恐怖故に、別れることが出来ないでいる。確実かどうかはともかく、手っ取り早くて抑止的。しかも自分の思い通りに動かすこもと出来なくはない。
卑怯で悪辣な手法ではある。だとするとそれは確かに彼女の友人達が介入しようとも徒労に終わるだろう。
例えば『俺たちの関係には何も問題なんてない。なぁリサ?』などと。
そんなことをいけしゃあしゃあと言われてしまえば、今井リサは首を縦に振らざるをえない。
「そんなの、最低です……」
「まあ健全な男女交際とは言えませんね」
警察は証拠がなければ動かない。
だから本人が直接行くのが1番確実。だけどそれは出来ない。
では他人に頼る? けれどもし人に頼る素振りも見せれば、見つかれば、また……。
「やっぱり私たちで警察に行くしか……!」
「良いんですか? そんな軽率なことして」
「軽率じゃないわよ! 一刻を争うでしょう!?」
怒りの募った紗夜さんは周りに注目されることも厭わずに立ち上がった。
テーブルが揺れてガタンと大きな音がなる。
「さっきも言ったとおりこれは本人たちの問題です。本人が大丈夫だと言えば警察も何もしませんよ」
「今井さんが大丈夫なわけが!」
「だから、今井さんは大丈夫じゃなくても大丈夫だとしか言えないんですよ。男がそうさせないでしょうから」
「で、でも実際に今井さんは……」
「証拠がありませんから」
「しょ、証拠?」
「湊さんは今井さんがDVを受けていると言っていましたが、彼女が彼氏に暴行を加えられたという確固たる証拠がありません」
「…………」
「警察からの事情聴取なんて1度でも失敗すればきっと今井さんへの束縛は今より強いものになるでしょう。そうなると後がない以上、軽率に警察に頼る訳にもいかないんですよ」
冷静に分析し、厳然たる現実を伝える。
それを聞いた紗夜さんはなにか言いたそうに口を数回開閉したが。やがて力なくへたりと座り込んだ。
「おかしいです……そんなの……」
「そうですね」
「……あなたは」
「ん?」
「あなたは、湊さんにこの状況を何とか出来ると言っていました」
「言いましたね」
「どうする気なんですか。こんな……絶望的な状況を……」
俯いていた顔を上げ、こちらを見た。
目じりには僅かに水滴が溜まっている。
「あなたは湊さんの話を聞いた時点で何とか出来ると仰っていました」
「ですかね」
「だとすると、もうあの時点ではなにか具体的なプランがあるのではないですか?」
「…………」
正面からじっと差し込まれた紗夜さんの視線。まるで縋っているかのようだった。
「まだ詳細までは言えませんが。まあ、ありますよ」
「!」
「しかしその為にはあなたに協力して頂かなくてはなりません」
また1度瞑目し、ため息と共に口を開く。
紗夜さんはぴくりと反応し、真剣な表情を作った。
「やりますよ。なんでも」
「ではやってもらいたいことはふたつです」
「ふたつ……」
「そんなに難しいことじゃありませんよ」
「私に出来ることなら、なんでもするわ」
「…………」
息を潜めて自分の言葉のひとつひとつを待つ紗夜さんを落ち着かせるつもりで言ったが、もしかすると逆効果になってしまったかもしれない。
そう言えばこの人ちょっとめんどくさいんだった。堅苦しいというか、融通が効かないというか。
だったらふたつ目はちょっと厳しいかもしれんな。いやけど、なんでもするって言ってたしな……。
「? 美竹くん?」
「ああすいません。なんでもないですよ」
しかし黙っているとそれこそ協力を取り付けることが出来ない。
俺は咳払いを挟み、改めて言葉を濁さず伝える。
「ひとつは、ここに今井さんを呼び出して下さい」
「今ですか?」
「今すぐです」
「わ、分かりました」
予想外だったのか。あたふたをぎこちない動きでスマホを取り出す。……今言うことじゃないかもしれんけど、行儀悪いの話はどこへ行ったのだろうか。
そう思いテーブルを見たが、なんとポテトはきれいさっぱり消え失せていた。うせやん。
確かにこれだと食事中ではないが。だがいつの間に完食したのか。
「出来ました。すぐ来るそうです」
「すぐに? マジですか」
「はい。あと10分程だと」
思ったより近いのか。早めに到着するらしい。
それはちょっとまずい。紗夜さんに色々と説明しなくてはならないのに。
「では単刀直入に言います。あとひとつは──」
「……あと、ひとつは?」
時間が惜しい。彼女にどんな反応をされようが、その後の簡潔な説明で納得してもらうしかない。
俺はいつもの通り平静で冷静に、淡々と言い放った。
「俺の彼女になってください」
「……へ?」
簡潔と言っても、今度は単語3つで終わらせたりはしないが。
しかし素っ頓狂な声を上げ、数秒後にはみるみるうちに赤くなるこの人を説得するのには、ある程度の時間が必要そうだった。
特有の着時音と共に、俺はスマホをポケットから取り出す。
「……なるほどな。どうりで羽丘連中が手を煩わせてるわけだ」
内容は明星からの報告。智香の後輩である今井リサの現状が記されていた。
DV被害と脅迫状態にある可能性があり、満足に自身と友人では解決出来ないとのこと。
『LIME』のポップなトーク画面には似つかわしくない文章だった。なかなかどうしてえげつない。
『LIME』とは恐らく日本で1番汎用的に使われているSNSだ。メールアドレスで誰でも簡単に登録でき、使い易いチャット機能が人気を博するアプリケーション。
「まさかこんなメッセージを受け取るとは思わんかったが……それにしてもこいつもこいつでえげつないな」
そのRIMEを操作する。報告の下。画面をスクロールすると、今度は明星の考えた解決策が記されていた。
「こんな方法上手くいくのか……?」
上の文章とは対照的に。ごくごく短い1文。書いていることに、思わず眉根を潜めた。
どう考えても高い確率だとは思えない。
「けどまぁ、アレになら出来るかもな」
しかし送り主があの明星なのだ。であるならば、その結果は火を見るよりも明らかだ。それは自分が一番よくわかっていた。
今の俺は、明星のことを『あいつ』ではなく『アレ』といった。
別にないがしろにしてる訳では無いし、馬鹿にしてる訳でもない。むしろ讃えていると言った方が近いだろう。
畏敬や畏怖に近い。アレに初めて会った時、邂逅の瞬間は、その作り物めいた瞳と完成された美しさに言葉が出なかった。
恐ろしかった。智香が俺よりも先にアレに出会わなくて良かったと、今でも本気で思う。
「あの化け物になら……」
なぜならもし僅かでも俺より先に会っていたのならば、今頃こいつは俺の女じゃなかっただろう。
「
明けの明星のように輝く、見るもの魅了する金色の瞳。
それを持つ人の皮を被った悪魔。俺はソレに期待するのと同時、心の底から恐怖していると言っても過言ではなかった。
読了感謝です。
ちょっと過酷かもしれませんね。ああっやめてください、叩かないで下さい痛いですっ。文句はこのプロットを考えた今は亡きサラ何とかさんにお願いしますぅ!(責任転嫁)